この記事は「
なぜ正'フェルマー素数'角形は作図できるのか?
」の発展的な内容として書いています。
この記事の作者は体初心者ですので、間違いがあればご指摘ください。
基本的なアイデア
正p角形が作図できるか考える問題はが作図できる(有理数と四則演算・平方根の組み合わせで表せる)か考えることと同値で、1のp乗根が作図できるかを考えることでこれが求められます。しかし、ある未知数が作図できるかを直接調べるのは大変です。有理数は四則演算に対して閉じていますが、平方根に対しては閉じていないことがこの問題を複雑にしています。
そこで、演算が閉じていない平方根を任意の数に使うことは封じて、有理数と「ある二次方程式の解」の四則演算でどんな数が表現できるかを考えます。これは定義上作図できることが分かっていますし、未知数が作図できるか調べるよりも簡単です。
この記事で解説するのは後者のアイデアで、「体の拡大」と呼ばれます。
体の拡大
体
適切な四則演算が定義されていて、かつ四則演算に対して(で割ることを除いて)閉じているような構造を体(たい、field)という。
たとえば有理数全体は体をなし、それを有理数体と表します。
「適切な四則演算」には厳密な定義がありますが、この記事では有理数と実数の四則演算が体の定義を満たしていることが分かっていれば十分です。また、体の定義にべき乗根は含まれていないことも覚えておきましょう。
有理数体にを追加して「有理数・・四則演算で表せるすべての数を含む集合」を考えてみます。この集合は明らかに四則演算に対して閉じているので再び体をなします。
このような操作を有理数体にを添加するといい、できあがる体を拡大体とよんでと表します。またこの操作自体のことを拡大とよび、で表します。
はすべての有理数に加えてやなどの無理数を含みますが、実数全体ほど多くの数は含みません。たとえばやのような数は、有理数・・四則演算をどのように組み合わせても表すことができません。
この体が含んでいるのは次の定理に示すような形で表せる数だけです。
を2乗数ではない整数とする。体に含まれるすべての数は、2つの有理数を使ってと表すことができる。
実際に、と () の四則演算を考えると
となり、すべて有理数を使っての形で表せることが分かります。やや乱暴な言い方をすれば、この表現方法が「四則演算に対して閉じている」ことを示しています。
拡大の次数
のすべての数はという形で表せました。同じようなことを他の体の拡大についても考えることができます。
体とその拡大体について、をの元、をに含まれないの元とすると、のすべての元を次の形で表すことができる。
ここで、を適切な元で固定したときにのすべての元を表現できるような最小の項の数を拡大の次数という。
また、次数がであるような拡大を次拡大という。
ここまでで見てきたようにに含まれるすべての数はという形で表せます(はにあたり、は固定されたにあたります)。この式の項の数は2で、これ以上少ない項の数でのすべての数を表すことはできませんから、の次数はです。
また、という元の表し方をという元の順序対と考えると、これはベクトルの定義を満たします。
体とその拡大体について、はを係数とするベクトル空間をなす。
このとき、ベクトル空間の次元と拡大の次数が一致する。
ついでのようにベクトル空間をなすことを示しましたが、これが重要な役割を果たします。
拡大と方程式
この節では未知の値を添加する拡大について考えます。
さっそくですが、次の定理が成り立ちます。
体とその次拡大体があったとき、任意のに対して少なくともひとつはでないが存在し、次の式を満たす。
言い換えると、任意のは必ずを係数とする次方程式の解になる。
ここでいう次方程式は広義の次方程式であり、次数が以下の方程式のことをいいます。
個のの元を考える。
はを係数とする次元ベクトル空間をなすから、個を超えるの元は必ず一次従属になる。
よって、次の式を満たすような少なくともひとつはでないが存在する。
このにを代入すると与式が得られる。
定理4は、ある数が作図できるか考える上でとても重要です。
にどんな数を添加したか分からなくても、それが2次拡大ならただちに「二次方程式を解いて求められる」ことが分かるからです。また、「繰り返し二次方程式を解いて得られる数」は「有理数体を繰り返し2次拡大した体」に含まれることも分かります。
円分体
いよいよ本題、1の原始p乗根について考えていきましょう。体の世界では、有理数全体に1の原始p乗根を添加した拡大体を円分体と呼びます。
なお、断りがない限りは以上の素数、は1の原始p乗根とします。
円分体
有理数体に1の原始p乗根を添加した拡大体を円分体という。
まずは拡大の次数を考えます。任意のは、有理数を使って次のように表せそうです。
しかし原始p乗根は
を満たすという性質がありますから、もとの式から原始p乗根のうち任意のひとつを省いて、次のような式に変形することができます(省いた原始p乗根をとします)。
2つ以上の原始p乗根を省くことはできません。よって、この拡大の次数はになります。拡大の次数と方程式の次数は対応していますから、これで1の原始p乗根は多くとも次の方程式の解になることが分かります。……これではまだ作図できるか判断できそうにありませんね。
の中間体
方程式を解く都合上、いきなり大きな次数の拡大を扱うのは大変ですから、より小さな次数の拡大に分解することを考えたくなります。このような「拡大の分解」を考えたとき、元の体と拡大体の間に挟まる体を中間体とよびます。
中間体
体から体への拡大に対して、がの拡大体であって、がの拡大体であるような体が存在するとき、この体を拡大の中間体という。
幸いなことに、ガロア理論の知識を使うと次の定理が成り立つことが分かります。これを証明することは難しいので、ありがたく結論だけを使わせてもらいましょう。
円分体の中間体
が以上の素数でを1の原始p乗根とすると、有理数体から円分体への拡大にはの約数と一対一で対応する中間体が存在する。
ここで、の約数に対応する中間体をと表すことにすると、がを割り切るときはの次拡大体となる。
言葉だけでは少し分かりにくいので、の例を図で示します。はに、はにそれぞれ対応しています。
1の原始13乗根ζに至る拡大ルート
これによって、有理数体から円分体への拡大の次数が「素因数分解」できることが分かります。上図のようにであればですから、を含む体を得るためには有理数体から始めて2次拡大→2次拡大→3次拡大と3回拡大すればよいわけです。
とすればですから、有理数体に4回の2次拡大を施せばいいことが分かります。定理4より、2次拡大で得られる数はすべて2次方程式の解として得られますから、が(実際に値を求めなくても)作図できることが分かります。
抽象的に考えていると忘れがちですが、各中間体も有理数体になんらかの数を添加して得られる拡大体です。このとき添加される数は、実は元の記事で求めていました。のループをいくつかにグループ分けしたときの各ループの和が「添加される数」にあたります。
のときの「
最初のグループ分け
」で考えてみましょう。
1の17乗根のグループ分け
とします。が成り立ちますから、をと表せば添加する数はひとつで済みます。を考えると、と有理数の四則演算で得られる数は、を使わずにと有理数だけで表せることが分かります。この体はであり、「つ」にループを分けたこと、の約数「」と対応しています。
まとめ
情報の整理
情報量が多くなってきたので、元の記事の内容とあわせて整理します。素数に対して、様々な概念がという数やその約数を通して繋がっていることが分かるでしょうか。
3以上の素数、を法とする原始根、1の原始p乗根について、次の概念がという数を通して対応しています。
- 以下の任意の自然数をで表現でき、周期のループが作れる
- 1のp乗根すべてをで表現でき、周期のループが作れる
- 拡大の次数はである
また、次の概念もそれぞれ対応しています。
- の約数
- のループを個に分けたときの、各ループの和
- の次拡大で得られるの中間体
そして忘れてはいけないのが、
が成り立つことです。
この記事が示したかったこと
ごちゃごちゃしていますが結論はシンプルです。
正p角形を作図するために1の原始p乗根が作図できるか調べたいのですが、そのままでは次方程式を解かなければならず、求めるのが困難でした。
体の拡大と方程式の対応
しかし、体の考え方とガロア理論を使うことで「そこに至るルート」を作ることができ、がの形で表せる素数なら作図できる、ということが簡単に示せるようになりました。
中間体による「方程式のルート」
最終的に、ある素数に対して、正角形が作図できるか判断するには、単にを素因数分解してみて、そこに以外の素因数が含まれていないことを確認すればよいということになります。
折り紙による作図は四則演算・平方根に加えて立方根も使えますが、この場合もの素因数がとだけであれば作図できる、ということが分かりますね。