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多項式環における有限生成イデアルの生成元の個数について

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この記事の内容のレベルは大学数学で、ジャンルは線形代数・可換代数です。
この記事を通して、環という用語は「単位的可換環」を意味する用語としてのみ使います。

この記事では、多項式環のイデアルに関するある命題を証明します。
内容としては、筆者の記事 「斉次分解に着目した生成系の位数に関する考察」 の続きにあたるものです。この記事の中で紹介したアイデアを抽象化したものがここで提示したい命題です。

主命題の紹介を行う前に、この記事のアウトラインを書いておきます。
始めに必要な概念の定義や主命題の紹介を行います。
その後、主命題を証明をします。
最後に、上記の「斉次分解に着目した生成系の位数に関する考察」の中で取り扱った命題に関して、この主命題を利用した形で再度証明を与え、議論の抽象化ができていることを示します。

主命題の主張

最初に、いくつか定義をします。

$k$ を体とし、$f$$k$ 上の多項式環 $k[x_{1}, \ldots, x_{n}]$ の元とする。
また、 $n := \mathrm{deg}f$ とし、$f_{i} \ (0 \leq i \leq n)$$f$ の第 $i$ 次斉次成分とする。
このとき、$0 \leq l \leq n$ に対し、 多項式 $f$ が最低次数 $l$ を持つとは、斉次成分 $f_{0}, \ldots, f_{n}$ に対して
$i < l \implies f_{i} = 0$ かつ $ \ f_{l} \neq 0$ が成り立つときをいう。また、この場合、$l$$f$最低次数$f_{l}$最低次成分と呼ぶ。

例えば、多項式 $f = x^{3} - xy + 4y^{2}, g = 3x - y \in k[x, y]$ に関しては、$f$ は最低次数 $2$ を、$g$ は最低次数 $1$ を持つことになります。

$k$ を体とし、$g_{1}, \ldots, g_{m}$$k$ 上の多項式環 $k[x_{1}, \ldots, x_{n}]$ の元とする。
また、$g_{1}, \ldots, g_{m}$ の組 $g$$ g := \begin{pmatrix} g_{1} \\ g_{2} \\ \vdots \\ g_{m} \end{pmatrix} $ とし、$v \in k^{n}$ に対し $ g(v) := \begin{pmatrix} g_{1}(v) \\ g_{2}(v) \\ \vdots \\ g_{m}(v) \end{pmatrix} $ とする。

この時 $g_{1}, \ldots, g_{m}$ が線形空間の基底を生成する とは、適当な $a_{1}, \ldots, a_{m} \in k^{n}$ が存在して、$k^{m}$ のベクトルの組 $\{g(a_{1}), \ldots, g(a_{m})\}$$k^{m}$ において一次独立になるときをいう。

例えば、$x + 2z, -y \in k[x, y, z]$ は線形空間の基底を生成します。
$ g := \begin{pmatrix} x + 2z \\ -y \\ \end{pmatrix} $ とし、$k^{3}$ の元 $ a := \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ 0 \\ \end{pmatrix} b := \begin{pmatrix} 0 \\ -1 \\ 0 \\ \end{pmatrix} $ を考えれば、組 $\{g(a),\ g(b) \} = \{ \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ \end{pmatrix} \}$$k^{2}$ において一次独立になるとわかるからです。

これを踏まえて主命題を書くと、次の通りです。

$k$ を体とし、$f_{1}, \ldots, f_{m}$$k$ 上の多項式環 $k[x_{1}, \ldots, x_{n}]$ の元とする。
$f_{1}, \ldots, f_{m}$ は共通の最低次数を持つとし、各 $f_{i}$ の最低次成分を $\lambda_{i}$ と書く。
この時、$\lambda_{1}, \ldots, \lambda_{m}$ が線形空間の基底を生成するならば、$k[x_{1}, \ldots, x_{n}]$ のイデアル $(f_{1}, \ldots, f_{m})$ は位数 $m - 1$ 以下の生成系を持たない。

主命題の証明

$S$ をイデアル $I := (f_{1}, \ldots, f_{m})$ の生成系であって位数最小のものとする。$\nu := \#S$ とし、$S = \{s_{1}, \ldots, s_{\nu}\}$ とする。
$l$$f_{1}, \ldots, f_{m}$ の共通の最低次数とする。今、$s_{j} \in I$ なので、$s_{j}$$f_{1}, \ldots, f_{m}$ の( $k[x_{1}, \ldots, x_{n}]$ 係数の)線形結合で書ける。各 $f_{i}$ は最低次数 $l$ を持つので、$s_{j}$$l$ 未満の次数の斉次成分を持たないことに注意する。

さて、各 $i$ について、 $f_{i} \in I = (s_{1}, \ldots, s_{\nu})$ なので、適当な多項式 $g_{i, 1}, \ldots, g_{i, \nu}$ を用いて、$f_{i}$ は下記のように表示される。

$$f_{i} = g_{i, 1}\ s_{1} + \cdots + g_{i, \nu}\ s_{\nu}$$

両辺の $l$ 次斉次成分を比較する。$s_{j}$$l$ 次未満の次数の斉次成分を持たないのであった。
このことから、$s_{j}$$l$ 次斉次成分 $\sigma_{j}$ および $g_{i, j}$ の定数項 $b_{i, j}$ を用いて、下記の $\lambda_{i}$ に関する等式が得られる。

$$\lambda_{i} = b_{i, 1}\ \sigma_{1} + \cdots + b_{i, \nu}\ \sigma_{\nu}$$

これから、以下の一次方程式系が得られる。

$$ \begin{cases} \lambda_{1} = b_{1, 1}\ \sigma_{1} + \cdots + b_{1, \nu}\ \sigma_{\nu} \\ \lambda_{2} = b_{2, 1}\ \sigma_{1} + \cdots + b_{2, \nu}\ \sigma_{\nu} \\ \vdots \\ \lambda_{m} = b_{m, 1}\ \sigma_{1} + \cdots + b_{m, \nu}\ \sigma_{\nu} \\ \end{cases} $$

$ \lambda := \begin{pmatrix} \lambda_{1} \\ \lambda_{2} \\ \vdots \\ \lambda_{m} \end{pmatrix} , \ B := (b_{i, j}) , \ \sigma := \begin{pmatrix} \sigma_{1} \\ \sigma_{2} \\ \vdots \\ \sigma_{\nu} \end{pmatrix} $ と置くことで、これは単に $\lambda = B \ \sigma$ と書ける。

さて、$\lambda_{1}, \ldots, \lambda_{m}$ は線形空間の基底を生成するのだった。よって適当な $a_{1}, \ldots, a_{m} \in k^{n}$ が存在して、行列 $ P := \begin{pmatrix} \lambda(a_{1}) \lambda(a_{2}) \cdots \lambda(a_{m}) \end{pmatrix} $ が正則行列となる。今、行列 $S$$ S := \begin{pmatrix} \sigma(a_{1}) \sigma(a_{2}) \cdots \sigma(a_{m}) \end{pmatrix} $ とおく。すると、$P = BS$ が成り立つ。$P$ はその正則性からランクが $m$ になるから、不等式

$$m = \mathrm{rank}(P) = \mathrm{rank}(BS) \leq \nu$$ が成り立つ。これから主張が正しいとわかる。

最後のランクに関する不等式は、必要であれば 記事「斉次分解に着目した生成系の位数に関する考察」の補題3 を参照してください。

記事「斉次分解に着目した生成系の位数に関する考察」で取り扱った2命題の再考

ここでは、上記記事で取り扱った命題に、上記の主命題を利用した形で再度証明を与えます。
まず、これから検討を行う命題を上記記事から再掲します。

$A$ を環とし、$a_{1}, \ldots, a_{n} \in A$ とする。
この時、$A$ 上の $n$ 変数多項式環 $A[x_{1}, \ldots, x_{n}]$ のイデアル $(x_{1}-a_{1}, \ldots, x_{n} - a_{n})$$n-1$ 元以下の生成系を持たない。

$k$ を体とする。$k$ 上の $3$ 変数多項式環 $k[x, y, z]$ のイデアル $(x^{3}-yz, y^{2}-xz, z^{2}-x^{2}y)$$2$ 元で生成できない。

以下、証明を行います。

命題2

$A$ を体としてよいこと、また、$a_{1} = \cdots = a_{n} = 0$ としてよいことは認める(必要であれば、 引用元記事 を参照せよ)。以下、見た目のために体 $A$ のことを $k$ で表す。

検討するイデアルは $I := (x_{1}, \ldots, x_{n}) \subseteq k[x_{1}, \ldots, x_{n}]$ である。

$x_{i}$ は共通の最低次数 $1$ を持ち、その最低次成分は自分自身である。また、 $x_{1}, \ldots, x_{n}$ は線形空間の基底を生成する($ x := \begin{pmatrix} x_{1} \\ x_{2} \\ \vdots \\ x_{n} \end{pmatrix} $ に対して、$k^{n}$ のベクトル$ \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ \vdots \\ 0 \end{pmatrix} , \ \cdots \ , \begin{pmatrix} 0 \\ 0 \\ \vdots \\ 1 \end{pmatrix} $ を代入すれば $k^{n}$ の標準基底が得られる)。

したがって、$I$$n - 1$ 元以下の生成系を持たない。

命題3

$x^{3}-yz, y^{2}-xz, z^{2}-x^{2}y$ は共通の最低次数 $2$ を持つ。各々の最低次成分は、$x^{3}-yz$$-yx$, $y^{2}-xz$ が自分自身、$z^{2}-x^{2}y$$z^{2}$ である。
今、$-yz, y^{2}-xz, z^{2}$ は線形空間の基底を生成する。
実際、$ \alpha := \begin{pmatrix} -yz \\ y^{2}-xz \\ z^{2} \end{pmatrix} $ に対して、$k^{3}$ のベクトル $ \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ 0 \\ \end{pmatrix} , \ \begin{pmatrix} 0 \\ 0 \\ 1 \\ \end{pmatrix} , \ \begin{pmatrix} 1 \\ 1 \\ 1 \\ \end{pmatrix} $ を代入すると、得られるベクトルの組 $ \{ \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ 0 \\ \end{pmatrix} , \ \begin{pmatrix} 0 \\ 0 \\ 1 \\ \end{pmatrix} , \ \begin{pmatrix} -1 \\ 0 \\ 1 \\ \end{pmatrix} \} $ は一次独立である。よってイデアル $(x^{3}-yz, y^{2}-xz, z^{2}-x^{2}y)$ は少なくとも $3$ つ以上の生成元を必要とするため、$2$ 元で生成することはできない。

終わりに

記事 「斉次分解に着目した生成系の位数に関する考察」 を投稿した際、あとがきに下記のように記載しました。

「ここで行った手法はある程度共通の枠組みをもってとらえられそうなものではあるのですが、残念ながら現時点ではそれに相当するものは見出せませんでした。この手法に関して何らかの抽象化・一般化を施した定理が存在するかは今後よく注意していきたいと思っています。」

ところが、投稿してからぼんやりと記事を見直してみたところ、「こうすればうまく定理の形にまとめることができるのではないか」というアイデアを思いつきました(それを検証し、まとめたのがこの記事です。)。

「投稿する前に思いつかなかったのか」ということが頭によぎりましたが、やはり投稿する前にこれを思いつくことは難しいものでした。記事として内容を整理した結果、内容をようやく俯瞰することができ、結果そこに至って初めて内容をまとめることができたのだろうと思います。

命題を記載するにあたって、2つほど概念を定義しましたが、ひょっとしたらすでによく知られた概念に名前を付けてしまっているかもしれません。もし該当する概念をご存じでしたらぜひお知らせください。

また、この記事の内容に関して誤植等がございましたらぜひお寄せください。

投稿日:2022813

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