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斉次分解に着目した生成系の位数に関する考察

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この記事の内容のレベルは大学数学で、ジャンルは線形代数・可換代数です。
この記事を通して、環という用語は「単位的可換環」を意味する用語としてのみ使います。

この記事では、「斉次分解を利用することで多項式環のイデアルの生成系の位数について情報を得ることができる」というアイデアを2つの命題の証明を通じて紹介します。

扱う命題は次の2つです。

$A$ を環とし、$a_{1}, \ldots, a_{n} \in A$ とする。
この時、$A$ 上の $n$ 変数多項式環 $A[x_{1}, \ldots, x_{n}]$ のイデアル $(x_{1}-a_{1}, \ldots, x_{n} - a_{n})$$n-1$ 元以下の生成系を持たない。

$k$ を体とする。$k$ 上の $3$ 変数多項式環 $k[x, y, z]$ のイデアル $(x^{3}-yz, y^{2}-xz, z^{2}-x^{2}y)$$2$ 元で生成できない。

内容を続ける前に上記の2命題の出典を記載しておきます。
命題1は Atiya-MacDonald 可換代数入門の 1.5 節の多変数多項式環に関する記述がもとになっています。
また、命題2は R.Hartshorne 代数幾何学の 1.1 節の演習問題 1.11 がもとになっています。
(上記の記述・問題に関して自分で考察をしたい、という方はこの記事はご覧にならないほうが良いかもしれません。)

追記

この記事の要点である「斉次分解を利用することで多項式環のイデアルの生成系の位数について情報を得ることができる」というアイデアを後に命題の形で抽象化しました。
当該命題を扱った記事は こちら です。よろしければご覧ください。

命題1の証明

証明にあたって、利用する補題を2つ用意しておきます。

$R_{1}, R_{2}$ を環とし、$\varphi: R_{1} \rightarrow R_{2}$ をその間の全射とする。
また、$I \subseteq R_{1}$ をイデアルとし、$S$ をその生成系とする。
このとき、$\varphi(S)$$R_{2}$ のイデアル $\varphi(I)$ の生成系である。

$\varphi(I)$ がイデアルになることは省略する(必要なら このページ を参照せよ。)。

$\varphi(S)$ の生成するイデアル」とは「$\varphi(S)$ を含むイデアルのうち最小のもの」だった。よって次の2点を確かめればよい。

  1. $\varphi(S) \subseteq \varphi(I)$
  2. $R_{2}$ のイデアル $\mathfrak{a}$ について、$\varphi(S) \subseteq \mathfrak{a}$ ならば $\varphi(I) \subseteq \mathfrak{a}$ が成り立つ。

前者は自明である。。
後者は $S \subseteq \varphi^{-1}(\mathfrak{a})$ より、両辺の生成するイデアルを考えて $I \subseteq \varphi^{-1}(\mathfrak{a})$ より正しいとわかる。

$F$ を体とし、$A$$F$ 上の $(l, m)$ 型行列、$B$$F$ 上の $(m, n)$ 型行列とする。
このとき、 $\mathrm{rank}(AB) \leq l, m$ が成り立つ。

不等式 $\mathrm{rank}(AB) \leq \mathrm{rank}(A)$ を示せばよい。このことは以下の計算からわかる。

$$\mathrm{rank}(AB) = \mathrm{dim}(\mathrm{Im}(T_{AB})) = \mathrm{dim}(T_{A}(\mathrm{Im}(T_{B}))) \leq \mathrm{dim}(\mathrm{Im}(T_{A})) = \mathrm{rank}(A)$$

実際には転置を考えることで不等式 $\mathrm{rank}(AB) \leq \mathrm{rank}(B)$ も成り立ちますが、ここではそのことには立ち入らないことにします。

さて、命題1の証明を行います。

$S$ をイデアル $I := (x_{1}-a_{1}, \ldots, x_{n} - a_{n})$ の生成系のうち、位数が最小のものとする。
イデアルそのものが有限生成なので、位数 $\# S$ は有限である。$n \leq \#S$ を示す。

まず、$a_{1} = a_{2} = \cdots = a_{n} = 0$ としてよいことに注意する。
実際、同型(つまり全射) $\lambda: A[x_{1}, \ldots, x_{n}] \rightarrow A[x_{1}, \ldots, x_{n}]: x_{i} \mapsto x_{i} + a_{i}$ を考えると、これにより $I$$(x_{1}, \ldots, x_{n})$ に写る。
このとき $\lambda(S)$ は補題3より $(x_{1}, \ldots, x_{n})$ を生成しているが、仮に $a_{1} = a_{2} = \cdots = a_{n} = 0$ の主張がわかっていれば、これから $n \leq \#\lambda(S) = \#S$ となる。

よって以下、$I = (x_{1}, \ldots, x_{n})$ とする。

次に、主張が体の場合に帰着できることにも注意する。このことは以下のようにしてわかる。
体の場合の主張が示されていたとする。
$\mathfrak{m}$$A$ の極大イデアルとし、$\pi: A \rightarrow A/\mathfrak{m}$ を自然な全射とする。
また、$\tilde{\pi}: A[x_{1}, \ldots, x_{n}] \rightarrow (A/\mathfrak{m})[x_{1}, \ldots, x_{n}]$$\pi$ から誘導される多項式環間の写像とする。$\tilde{\pi}$ は全射である。
補題3より、$\tilde{\pi}(S)$$\tilde{\pi}(I)$ の生成系だが、値域が体なので、この場合 $n \leq \#\tilde{\pi}(S) \leq \#S$ となる。

よって以下、$A$ は体であるとする。見た目のために、$A$ をこれ以降 $k$ と書くことにする。

さて、$\nu := \#S$ とし、$S$$S = \{s_{1}, \ldots, s_{\nu}\}$ と書く。各 $s_{i}$$I$ の元なので定数項がないことに注意する($(0, \ldots, 0)$ を代入すると消える)。

今、任意の $1 \leq i \leq n$ に対し、$x_{i} \in I = (s_{1}, \ldots, s_{n})$ なので
多項式 $f_{i, 1}, \ldots, f_{i, \nu} \in k[x_{1}, \ldots, x_{n}]$ が存在して、等式

$$x_{i} = f_{i, 1}\ s_{1} + f_{i, 2}\ s_{2} + \cdots + f_{i, \nu}\ s_{\nu}$$ が成り立つ。

両辺の1次斉次成分を比較する。
$s_{j}$ には定数項がなかったから、1次斉次成分の比較式は、$s_{j}$ の一次斉次成分 $\sigma_{j}$ 及び $f_{i, j}$ の定数項 $a_{i, j}$ を用いて、
$$x_{i} = a_{i, 1}\ \sigma_{1} + a_{i, 2}\ \sigma_{2} + \cdots + a_{i, \nu}\ \sigma_{\nu}$$
となる。結局、これにより以下の一次方程式系が得られる。

\begin{cases} x_{1} = a_{1, 1}\ \sigma_{1} + a_{1, 2}\ \sigma_{2} + \cdots + a_{1, \nu}\ \sigma_{\nu} \\ x_{2} = a_{2, 1}\ \sigma_{1} + a_{2, 2}\ \sigma_{2} + \cdots + a_{2, \nu}\ \sigma_{\nu} \\ \vdots \\ x_{n} = a_{n, 1}\ \sigma_{1} + a_{n, 2}\ \sigma_{2} + \cdots + a_{n, \nu}\ \sigma_{\nu} \end{cases}

ここで、$k$ 上の $(n, \nu)$ 次行列 $A$$A:=(a_{i, j})$ とすると、上の一次方程式系は

$$ \begin{pmatrix} x_{1} \\ x_{2} \\ \vdots \\ x_{n} \end{pmatrix} = A \begin{pmatrix} \sigma_{1} \\ \sigma_{2} \\ \vdots \\ \sigma_{\nu} \end{pmatrix} $$

と書ける。各 $\sigma_{j}$ は一次式だったので、適当な $k$ 上の $(\nu, n)$ 次行列 $B$ により

$$ \begin{pmatrix} \sigma_{1} \\ \sigma_{2} \\ \vdots \\ \sigma_{\nu} \end{pmatrix} = B \begin{pmatrix} x_{1} \\ x_{2} \\ \vdots \\ x_{n} \end{pmatrix} $$

と書ける。結局

$$ \begin{pmatrix} x_{1} \\ x_{2} \\ \vdots \\ x_{n} \end{pmatrix} = AB \begin{pmatrix} x_{1} \\ x_{2} \\ \vdots \\ x_{n} \end{pmatrix} $$

となるが、
$ \begin{pmatrix} x_{1} \\ x_{2} \\ \vdots \\ x_{n} \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ \vdots \\ 0 \end{pmatrix} , \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ \vdots \\ 0 \end{pmatrix} , \cdots, \begin{pmatrix} 0 \\ 0 \\ \vdots \\ 1 \end{pmatrix} $

を代入することで、$n$ 次単位行列 $E_{n}$ を用いて $E_{n} = AB$ と書けることがわかる。
ここで補題4を使えば $n = \mathrm{rank}(E_{n}) \leq \nu = \#S$ となり主張が言える。

命題2の証明

背理法で示す。
イデアル $I := (x^{3}-yz, y^{2}-xz, z^{2}-x^{2}y)$$2$ つの多項式 $\sigma, \tau$ によって生成されると仮定する。

さて、$\sigma, \tau \in I$ であるが、ここで $I$ の元一般の性質を確認しておく。

$\varphi \in I$ とする。この時、以下の3つが成立する。

  1. $\varphi$ は定数項を持たない。
  2. $\varphi$ は一次の項を持たない。
  3. $\varphi$ の二次の項は $yz, z^{2}, y^{2}-xz$ の線形結合である。

まず、$I$ の元は「$t$ べきの代入」 $\lambda : k[x, y, z] \rightarrow k[t]: x \mapsto t^{3}, y \mapsto t^{4}, z \mapsto t^{5}$ によって消えてしまうことに注意する。これを踏まえて性質の証明をする。

まず、1はすぐにわかる(仮に定数項があれば $\lambda$ で消えない)。
次に、2を確認する。
$\varphi$ の二次以上の単項式は、$x, y, z$ いずれか $2$ 個以上の積であるから、$\lambda$ によって移る行き先の $t$ べきの次数は $6$ 以上である。
今、$\varphi$ の一次成分を $a, b, c \in k$ により $ax + by + cz$ と置くと、これの $\lambda$ による像は $at^{3} + bt^{4} + ct^{5}$ である。従って $\lambda(\varphi) = 0$ が成り立つためには、$a = b = c = 0$ が成り立たねばならず、結果 $\varphi$ が一次の項を持たないことが従う。
最後に、3を確認する。
$\varphi$ の三次以上の単項式は、$x, y, z$ いずれか $3$ 個以上の積であるから、$\lambda$ によって移る行き先の $t$ べきの次数は $9$ 以上である。
$\varphi$ の二次成分を $a, b, c, d, e, f \in k$ により $ax^{2} + by^{2} + cz^{2} + dxy + eyz + fzx$ と置く。これの $\lambda$ による像は
$$at^{6} + bt^{8} + ct^{10} + dt^{7} + et^{9} + ft^{8} = at^{6} + dt^{7} + (b + f)t^{8} + et^{9} + ct^{10} $$ である。
これから、先ほど同様に条件 $\lambda(\varphi) = 0$ を考えると、$a = d = 0, f = -b$ が従う。
結果として、$\varphi$ の2次成分は $b(y^{2} - xz) + cz^{2} + eyz$ となり、3が正しいとわかる。

さて、$x^{3}-yz, y^{2}-xz, z^{2}-x^{2}y \in I = (\sigma, \tau)$ なので、適当な $f_{i}, g_{i} \in k[x, y, z](i = 1, 2, 3)$ によって

\begin{cases} x^{3}-yz &=& f_{1}\ \sigma + g_{1}\ \tau\\ y^{2}-xz &=& f_{2}\ \sigma + g_{2}\ \tau \\ z^{2}-x^{2}y &=& f_{3}\ \sigma + g_{3}\ \tau \end{cases}

とかける。ここで、この $3$ つの等式の各々で二次成分を比較する。
冒頭の性質から、$\sigma, \tau$ には定数項、一次成分がない。よって $\sigma, \tau$ 各々の二次成分を $\sigma_{2}, \tau_{2}$ とかくと、$f_{i}$ の定数項 $a_{i}$, $g_{i}$ の定数項 $b_{i}$ によって

\begin{cases} -yz &=& a_{1}\ \sigma_{2} + b_{1}\ \tau_{2}\\ y^{2}-xz &=& a_{2}\ \sigma_{2} + b_{2}\ \tau_{2} \\ z^{2} &=& a_{3}\ \sigma_{2} + b_{3}\ \tau_{2} \end{cases}

と書ける。ここから $a_{1}, b_{1}$ を取り直すことで、適当な $k$ 上の $(3, 2)$ 次行列 $A$ により

$$ \begin{pmatrix} yz \\ y^{2}-xz \\ z^{2} \end{pmatrix} = A \begin{pmatrix} \sigma_{2} \\ \tau_{2} \end{pmatrix} $$

と書ける。一方、適当な $k$ 上の $(2, 3)$ 次行列 $B$ により

$$ \begin{pmatrix} \sigma_{2} \\ \tau_{2} \end{pmatrix} = B \begin{pmatrix} yz \\ y^{2}-xz \\ z^{2} \end{pmatrix} $$

とも表示できる。したがって、等式

$$ \begin{pmatrix} yz \\ y^{2}-xz \\ z^{2} \end{pmatrix} = AB \begin{pmatrix} yz \\ y^{2}-xz \\ z^{2} \end{pmatrix} $$

の成立が言える。

今、

$ \begin{pmatrix} x \\ y \\ z \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ 0 \end{pmatrix} , \begin{pmatrix} 0 \\ 0 \\ 1 \end{pmatrix} , \begin{pmatrix} 1 \\ 1 \\ 1 \end{pmatrix} $

を代入することで、

$$ \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ 0 \end{pmatrix} = AB \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ 0 \end{pmatrix} , \begin{pmatrix} 0 \\ 0 \\ 1 \end{pmatrix} = AB \begin{pmatrix} 0 \\ 0 \\ 1 \end{pmatrix} , \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ 1 \end{pmatrix} = AB \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ 1 \end{pmatrix} $$

がわかる。結局、$3$ 次単位行列 $E_{3}$ に対し $E_{3} = AB$ が成り立つ。

補題4を用いることで、これから不等式 $3 = \mathrm{rank}(E_{3}) \leq 2$ が従うが、これは不合理である。

終わりに

この記事は、 可換環論botさん の運営するマシュマロにて、筆者の出した ある質問 に対する回答がもとになっています。「斉次成分に着目する」というアイデアは、この回答をもらうまで自分の中に使いこなせるものとしてなかったものだったため、この記事を書いたことで大いに親しみが持てるようになったと思っています。
ここにそのことに対する謝意を表したく思います。どうもありがとうございました。

ここで行った手法はある程度共通の枠組みをもってとらえられそうなものではあるのですが、残念ながら現時点ではそれに相当するものは見出せませんでした。この手法に関して何らかの抽象化・一般化を施した定理が存在するかは今後よく注意していきたいと思っています。
この記事に関してご意見・誤植がございましたらぜひお知らせください。

追記

冒頭にも書きましたが、後にこの手法を抽象化して命題の形にまとめることができました。
詳細は こちら をご覧ください。

投稿日:2022811

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