論文[1]またはその勉強ノートである私の以前の記事[2]
【Causalityノート】時空が多様体上の時間バンドルとなるための十分条件
https://mathlog.info/articles/2906
において、時空$M$が順時的で完備な時間的単調共形Killingベクトル場が存在するならば、その時空はある(微分)多様体$N$上の(時間)直線束となることが示されました。しかしその$N$が空間となるか、すなわち$N$に誘導される計量が正定値となるかは明らかになりませんでした。そこでこの記事ではどのようなときに時空が時間と空間に大域的に分解するかという条件を与えることにします。この記事の内容は文献[3]
[MIGUEL ANGEL JAVALOYES AND MIGUEL SANCHEZ]
EXISTENCE OF STANDARD SPLITTINGS FOR CONFORMALLY STATIONARY SPACETIMES
https://arxiv.org/pdf/0806.0812.pdf
に基づいています。この記事はこの論文の勉強ノートであり、以前の記事の続きです。
この記事は因果構造に興味を持つ方、特に因果階層がどのように応用されるのかを勉強したい方を想定しています。
まずこの記事で舞台となる時空の最も一般的な定義が以下となります。
時空$(M,g)$に時間的な共形Killingベクトル場$K$が存在するとき、共形定常時空という。さらに$K$がKillingベクトル場のときには定常時空という。
次に大域的に時間+空間と分解される質の良い共形定常時空を定義します。
時空$(M,g)$が標準的共形定常時空であるとは、あるリーマン多様体$(N,h)$があり、$M$が直積多様体$M=\mathbb{R}\times N$となり、自然な同一視の下で、$g=\Omega(t,x)^2(-\beta(x)^2dt^2+2\omega(x) dt+h(x))$と表されることである。ただし、$\Omega(t,x)\in C^\infty(M),\ \beta(x)\in C^\infty(N),\ \omega(x)\in\Gamma(\Lambda^1(N))$である。また$\Omega(t,x)=1$のときは標準的定常時空であるという。
標準的共形定常時空は定義より共形定常時空ですが、一般には逆は成り立ちません。どのような条件があれば逆が成り立つのかを調べることがメインテーマとなります。そしてその条件とは「区分時空であること」というのが結論になります。区分時空の定義は後で述べます。
時空$(M,g)$が完備な時間的共形Killingベクトル場を持つとする。このとき、$(M,g)$が標準的共形定常時空であるための必要十分条件は区分時空となることである。
この記事の目的は定理1の証明及び解説を行うことです。
定理1の証明には「因果階層」についての知識を多分に使います。時空の因果構造の性質の良さには段階があり、全ての時空を要素とする集合の中で因果的に性質の良い時空ほど小さい集合となります。その包含関係はおおまかに
非全悪質時空$\supset$年代順時空$\supset$因果時空$\supset$区分時空$\supset$強因果時空$\supset$安定的因果時空$\supset$因果的連続時空$\supset$因果的単純時空$\supset$大域的双曲時空
となっていて、大域的双曲時空が一番性質が良いです。この階層は因果階層と呼ばれます。因果的振る舞い規定する条件は一般に因果条件と呼ばれますが、大域的双曲性に向かって因果条件がどんどん強くなっていきます。
この節では必要になる因果階層の知識を準備をしますが、基本的には事実を列挙するだけにさせてもらいます。因果階層についてより詳しく知りたい方は、Mathpediaの私の記事「因果階層」( https://math.jp/wiki/%E5%9B%A0%E6%9E%9C%E9%9A%8E%E5%B1%A4 )またはその参考文献を見てください。この記事では区分時空、強因果時空、安定的因果時空、因果的連続時空が登場します。この記事で紹介する因果階層についてのほとんどの事実に証明を与えませんがMathpediaの記事に証明はだいたい書いてあります。
まずは因果階層において非常に基本的な地位を占める因果時空の定義です。
時空$(M,g)$が因果時空であるとは、閉因果的曲線が存在しないときを言う。
次に区分時空の定義は以下です。
時空 $(M,g)$ が未来区別時空であるとは、次の同値な3つの条件を満たすときを言う(同値性は自明ではない)。
任意の $p\in M$ と任意の近傍 $U(\ni p)$ に対して、$U$ に含まれる $p$ の近傍 $V$ があり、任意の未来向き因果的曲線 $\gamma:[0,1]\rightarrow M$ で $\gamma(0)=p,\gamma(1)\in V$ となるものが、$\gamma\subset V$ となるときをいう。
任意の $p\in M$ と任意の近傍 $U(\ni p)$ に対して、$U$ に含まれる $p$ の近傍 $V$ があり、$J^+(p,V)=J^+(p)\cap V$が成り立つ。
$I^+(p)=I^+(q)$ならば、$p=q$
過去区分時空も未来と過去を入れ替えて同様に定義する。未来区分かつ過去区分であるとき区分時空であるという。
因果階層に慣れるために、区分時空でない時空の例を見ましょう。
$(\mathbb{R}^3,\{t,x,y\})$にLorentz計量$g=-dt^2-dtdx+dy^2$を入れる。$X_1=\partial_t-\partial_x,\ X_2=\partial_x$は共に光である。この時空に同値類$(t,x,y)\sim(t,x+1,y+a),\ a\in\mathbb{R}-\mathbb{Q}$を入れて商時空$(M,g)$とする。$\partial_t$はKillingベクトル場であるから$M$は定常時空である。
$M$の任意の時間的曲線に沿って$t$座標は狭義単調増加であるため、時間的閉曲線を持たないから順時的時空である。さらに$x-$曲線でない任意の因果的曲線に沿っても$t$座標は狭義単調増加であるから閉曲線にならない。$t=$一定面は$T^2$と同相であり、$x-$曲線は$t=$一定面内で稠密であるが、閉曲線にはならない。このことからこの時空は因果時空でもある。しかし$x-$曲線は光的なので因果的曲線であり、$t=$一定面内で稠密であるから明らかに区分時空ではない。
例1は定常時空で標準的定常時空でない時空の例にもなっています。というのもこの例は区分的でないので、定理1を使えば標準的定常でないことがが従うからです。
次に区分時空より少し条件を強めた強因果時空の定義は以下です。
時空$(M,g)$のある点$p\in M$が強因果(strongly causal)であるとは、次の同値な条件のいずれかを満たす時を言う。
$p$の任意の近傍$U$に対して、$p$の適当な近傍$V(\subset U)$で$M$において因果的凸であるものが存在する。
$p$の任意の近傍$U$に対して、適当な近傍$V(\ni p)$があり、任意の因果的曲線$\gamma:[0,1]\rightarrow M$で$\gamma(0),\gamma(1)\in V$ならば、$\gamma\subset U$となる。
任意の$p\in M$が強因果であるとき、時空$(M,g)$は強因果時空であると言う。
定義より直ちに次が分かります。
強因果時空は区分時空である。
次に安定的因果時空の定義を見ましょう。直観的に言うと計量を少し摂動しても因果時空となる時空のことです。以下の定義に見るように摂動というよりは光円錐を少し“開く”操作と言った方が正確です。
時空$(M,g)$上の時間的に向き付けられたLorentz計量全体$Lor(M)$に半順序$<$を次のように定める。
$g,g'\in Lor(M)$に対して、$g$に関する因果的ベクトルが全て $g'$に関して時間的になるとき、$g< g'$と定める。
時空$(M,g)$が安定的因果時空であるとは、計量$g'$で$g< g'$となり、かつ$(M,g')$が因果時空となるものが存在するときを言う。
安定的因果時空の特徴づけにおいて重要なのが次の時間関数の概念です。これは名前の通り時空の“大域的な時間”と解釈できます。“大域的な時間”とは因果的に隔たった事象間の因果的な隔たり具合を測る時空全体で定義された尺度であろうという考えから次のように定義します。
時空$(M,g)$上のスカラー関数$t:M\rightarrow\mathbb{R}$は、
任意の未来向き因果的曲線に沿って狭義単調増加となるとき、一般化時間関数(generalized time function)という。
一般化時間関数が連続であるとき、時間関数(time function)という。
滑らかでかつ${\rm grad}\ t$が過去向きで時間的であるとき、可微分時間関数(temporal function)という。
次が定理1の証明においても非常に重要となる安定的因果時空の特徴付けです。
時空$(M,g)$に対して次は同値である。
安定的因果時空である。
時間関数が存在する。
可微分時間関数が存在する。
この定理の証明をこの記事で与えることはできません。特に$(2)\Rightarrow(3)$は難しいです[4]。$(1)\Rightarrow(2),(3)\Rightarrow(1)$の証明の概略はMathpediaの記事に書いています。
また次も成り立ちます。
安定的因果時空は区分時空である。
安定的因果時空は強因果時空であることが示される(Mathpediaの記事参照)。
因果的連続時空というのは名前の通り因果構造が“連続的”であるということです。因果構造が連続的であるという言葉の意味をきちんと定義するための次の3つの概念、反射律、体積時間、外側(内側)連続を定義します。
時空$(M,g)$が点$q\in M$ において過去反射的(past reflecting)であるとは、次の同値な3つの条件を満たすときを言う。
$I^+(p)\supset I^+(q)\ \Rightarrow\ I^-(p)\subset I^-(q)$
$q\in \overline{I^+(p)}\ \Rightarrow\ p\in \overline{I^-(q)}$
$q\in \partial I^+(p)\ \Rightarrow\ p\in \partial I^-(q)$
さらに任意の点が過去反射的であるとき、時空$(M,g)$は過去反射的であるという。未来と過去を入れ替えて未来反射的も同様に定義する。過去反射的かつ未来反射的であるとき、時空$(M,g)$は反射的であるという。
時空$(M,g)$において、測度$\mu$で$\mu(M)<\infty$となるものを任意に一つ取り、固定する。このとき、$\mu$に付随する過去体積関数$t^-:M\rightarrow\mathbb{R}_{\geq0}$、未来体積関数$t^+:M\rightarrow\mathbb{R}_{\le0}$を次で定義する。
$$
\begin{align}
t^-(p)&:=\mu(I^-(p)),\\
t^+(p)&:=-\mu(I^+(p))
\end{align}
$$
上の定義で用いた測度$\mu$は例えば次のようにして構成できます。$g$から定まるリーマン測度を$\omega$とし、$M$の開被覆$\{U_i\}_{i\in\mathbb{N}}$で$\mu(U_i)<1$となるものを取ります。開被覆$\{U_i\}_{i\in\mathbb{N}}$に付随する1の分割を$\{\rho_i\}$とすると、$\mu:=\sum_i2^{-i}\rho_i\omega$は望みの性質を満たすことが分かります。
$I^\pm$が
内側連続であるとは、任意の$p\in M$と任意のコンパクト集合$K\subset I^\pm(p)$に対して、$p$の適当な近傍$U$が存在し、任意の$q\in U$に対して、$K\subset I^\pm(q)$となるときを言う。
外側連続であるとは、任意の$p\in M$と任意のコンパクト集合$K\subset M\backslash \overline{I^\pm(p)}$に対して、$p$の適当な近傍$U$が存在し、任意の$q\in U$に対して、$K\subset M\backslash \overline{I^\pm(q)}$となるときを言う。
実は任意の時空において内側連続は常に成り立ちます。以上3つの概念により以下の因果的連続時空が定義されます。
時空$(M,g)$が因果的連続時空であるとは、以下の同値な条件を満たすことである。
$(M,g)$は区分時空であり、反射的である。
$t^\pm$ は時間関数である。
$(M,g)$は区分時空であり、$I^\pm$が外側連続である。
これらの同値性も全く自明ではありません。次がこの記事で必要な因果階層についての最後の知識です。
因果的連続時空は安定的因果時空である。
安定的因果時空の特徴付けから明らかである。
では定理1の証明をしていきます。初めに次の重要な命題があります。
時空$(M,g)$において、完備な時間的共形Killingベクトル場$U$が存在するとき、$g$と共形同値な計量$\bar{g}$で$U$がKillingベクトル場となるものが存在する。
https://mathlog.info/articles/2906 の定理2の系参照。
共形変換により曲線の因果的性質は不変なので、この命題及び定常時空を共形変換すれば共形定常時空になるという自明な事実から定理1は定常時空について証明すれば十分であることになります。定理1を証明するにあたり必要性と十分性をそれぞれ証明していきましょう。すなわち
標準的定常時空は因果的連続時空である。従って区分的である。
区分時空$(M,g)$に完備な時間的Killingベクトル場が存在するならば、標準的定常時空である。
標準的定常時空ならば、定義より、関数$t\in C^\infty(M)$が存在して、$g=-\beta(x)^2dt^2+2\omega(x) dt+h(x)$と表される。${\rm grad}\ t$が過去向き時間的ベクトル場であることを示せすことが出来れば$t$は可微分時間関数となり、$(M,g)$は安定的因果時空となるから命題4より区分時空である。
よって任意の未来向き因果的ベクトル$v$に対して、$g({\rm grad}\ t,v)>0$となることを示せば良い。$v$を$\partial_t$と$t$のレベル集合に接する方向に分解して$v=v^t\partial_t+v_x$とすれば、結局$v^t=g({\rm grad}\ t,v)>0$を示せば良い。
$\partial_t$と$v$が共に未来向きであるから、
$$
\begin{align}
g(\partial_t,v)=-\beta^2v^t+2\omega(v_x)\le0,\\
\therefore\ 2\omega(v_x)\le\beta^2 v^t
\end{align}
$$
である。
また$v$は因果的であるから
$$
\begin{align}
&||v||^2=-\beta^2(v^t)^2+2\omega(v_x) v^t+||v_x||^2_h\le0,\\
&v^t\le \frac{\omega(v_x)-\sqrt{\omega(v_x)^2+\beta^2||v_x||^2}}{\beta^2},\ \frac{\omega(v_x)+\sqrt{\omega(v_x)^2+\beta^2||v_x||^2}}{\beta^2}\le v^t
\end{align}
$$
である。
よって
$$
\begin{align}
\beta^2v^t\geq\omega(v_x)+\sqrt{\omega(v_x)^2+\beta^2||v_x||^2}
\end{align}
$$
となり、$v_x\ne0$のとき$v^t>0$である。また$v_x=0$のときは$v=v^t\partial_t$となり$\partial_t$が未来向きなので明らかに$v^t>0$である。
上の証明で$v=v^t\partial_t+v_x$と$\partial_t$が共に未来向きだとしても直ちに$v^t>0$という結論にはならないことに注意してください。例えば$v^t<0$の場合でも$\omega(v_x)$が負の大きい値の時は$g(\partial_t,v)<0$となり$v$が未来向きになることはありえます。
必要性の証明は少し長いです。まず定常時空は因果的にすでに割と良い性質を持つことを主張するのが次の命題です。
時空$(M,g)$は完備な時間的Killingベクトル場$U$を持つならば、$(M,g)$は反射的である。
$I^+(p)\supset I^+(q)$とすると、任意の$q^+\in I^+(q)$と$p$を結ぶ未来向きの時間的曲線が存在する。特に、$U$が生成する1パラメータ変換群を$\phi_t$とすると、任意の$\epsilon>0$に対して、$\phi_\epsilon(q)$と$p$を結ぶ未来向きの時間的曲線$\alpha:[0,1]\rightarrow M$が存在する。$U$は完備であるから$\phi_{-\epsilon}\circ\alpha$は定義される。この曲線のパラメータを反転させれば$q$から出て$\phi_{-\epsilon}(p)$へ至る過去向きの時間的曲線と見なせる。
任意の$p^-\in I^-(p)$に対して、$p$と$p^-$を結ぶ時間的曲線$\gamma$を一つ取る。$p$の正規近傍を$V$とし$p'\in\gamma\cap V$とする。$V$上の因果的関係はMinkowski時空のそれと同じだから
$\epsilon$を必要なら十分小さく取れば$p'\in I^-(\phi_{-\epsilon}(p))$とできることが分かる。よってこのとき$p^-\in I^-(p')\subset I^-(q)$である。
証明の模式図
上の証明で仮定$I^+(p)\supset I^+(q)$は$I^+(p)\ni q$を意味しないことに注意してください。$I^+(p)\ni q$は強い仮定であり、この場合は定義より直ちに$I^-(p)\subset I^-(q)$が従います。
これより直ちに次の系を得ます。
区分時空$(M,g)$が完備な時間的Killingベクトル場を持つならば、$(M,g)$は因果的連続時空である。
よって$(M,g)$は因果的連続時空であり、従って安定的因果時空であるので、定理3より可微分時間関数が存在します。すなわち次が得られました。
区分時空$(M,g)$が完備な時間的Killingベクトル場を持つならば、可微分時間関数が存在する。
命題10の証明の本質的に難しいところは定理3の条件(3)の証明です。これは2005年に文献[4]において解決された問題でかなり難しいです。私も証明をフォローできていません。
十分性の証明には代数トポロジーの強力な定理「Invariance of Domain」を使います(文献[6] https://pi.math.cornell.edu/~hatcher/AT/AT.pdf ,181 page)。
$U$を$\mathbb{R}^n$の開集合とし、$h:U\rightarrow\mathbb{R}^n$を連続な単射とする。このとき$h(U)$は$\mathbb{R}^n$の開集合である。
では十分性の証明をしましょう。
もし$U$の各積分曲線とただ一度交わる空間的超曲面$S$が存在すれば、標準的定常時空となる。なぜなら$U$が生成するフローを$\Psi:\mathbb{R}\times M\rightarrow M$とすると、$\Phi_S:\mathbb{R}\times S\ni(t,p)\mapsto \Phi(t,p)\in M$は微分同相であり、$(\mathbb{R}\times S,\Phi_S^\ast g)$は明らかに標準的定常時空である。よってこのような$S$の存在を示せば良い。
$U$の軌道空間を$Q$とすると、$M$は$Q$上の直線束となるから$M\simeq \mathbb{R}\times Q$と分解される。可微分時間関数を$t$とすると、${\rm grad}\ t$が時間的だから$S=t^{-1}(0)$は空間的超曲面である。$t$は時間関数であり、任意の時間曲線に沿って狭義単調増加するため、$S$と因果的曲線が交わるなら唯一点で交わる(この性質を持つ集合は順時的集合と呼ばれる)。よって$U$の各積分曲線と交わるならば唯一点である。従って$S\simeq Q$を示せば良い(全ての$U$の積分曲線と交わるかどうかまだ分からない)。
分解$M\simeq \mathbb{R}\times Q$に関して第二成分への射影を$\pi:M\rightarrow Q$とする。$S$は順時的集合なので$\pi|_S$は単射である。またinvariance of domainより$\pi(S)$は開集合である。さらに$M$は連結であるから$Q$も連結である。従って$\pi(S)$が閉集合であることを示せば良い。
$p\in M$の分解$M\simeq \mathbb{R}\times Q$に関する成分表示を$p=(t,x)_\ell$と書くことにする($\ell$はline bundleの$\ell$)。$S$の点列$\{z_n=(\hat t_n,\hat x_n)_\ell\}\in S$に対して、$\hat x_n\rightarrow \hat x_\infty\in Q$とする。
$\hat x_\infty\notin\pi(S)$と仮定して矛盾を導く。もし$\hat t_n$が収束するなら$z_n$が極限を持ち$S$は閉集合だから$z_n\rightarrow z_\infty\in S$となり矛盾する。よって$\hat t_n$は発散する。$\hat t_n\rightarrow+\infty$と仮定してよい。
$\hat V$を$\hat x_\infty$を含む$Q$の開近傍とする。$\pi^{-1}(\hat V)$には空間的超曲面である切断が存在するから$\pi^{-1}(\hat V)$は標準的定常時空である。その切断を$V\subset \pi^{-1}(\hat V)$とし、$\pi^{-1}(\hat V)$の標準的定常時空への分解を$\pi^{-1}(\hat V)=\mathbb{R}\times V$とする。この分解に関する成分表示を$z_n=(t_n,x_n)_s$とする。
関数$T:V\times V\rightarrow[0,\infty)$を
$$
T(x,y):=\inf\{t;\ (0,x)_s<<(t,y)_s\}
$$
と定義すると、$T$は$V\times V$上で連続である(証明は少し長いのでAppendixに回す)。$T_W:=\inf_{x,y\in W} T(x,y)$と定義する。
十分大きい$n_0$に対して、$x_{n_0}\in W$とできる。$n>n_0$に対して、$T_W$の定義より$t_n\geq t_{n_0}+T_W,\ x_n\in W$だから$(t_n,x_n)_s\in I^+((t_{n_0},x_{n_0})_s)$である。よって$S$が順時的集合であることに矛盾する。
証明の模式図
(1)標準的定常で因果的単純でない時空の例について
標準的定常時空は因果的連続です。因果階層としては
因果的連続$\supset$因果的単純$\supset$大域的双曲
となっています。標準的定常かつ大域的双曲な時空の例はMinkowski時空です。また標準的定常で大域的双曲でなく因果的単純な時空の例はAnti-de Sitter時空です。ただ、標準的定常で因果的単純でない時空の例を私は知りません。
(2)完備性について
時間的完備であることと完備な時間的Killingベクトル場を持つことの関係性はどうなっているのか分かりません。これはもしかしたら大域Lorentz幾何についての教科書をよく読めば書いてあるかもしれませんが。
十分性の証明の途中で次の命題を仮定しました。
標準的定常時空$M=\mathbb{R}\times V$において、関数$T:V\times V\rightarrow[0,\infty)$を
$$
T(x,y):=\inf\{t;\ (0,x)_s<<(t,y)_s\}
$$
と定義すると、$T$は$V\times V$上で連続である。
ここではこの命題の証明をします。
$x,y\in V$に対して、次の2つの条件
を満たす$ 0\le T_0<\infty$が存在し、$T(x,y)=T_0$である。
$M$の計量を$ g=-\beta dt^2+2\omega dt+g_V$とする(記号は定義2と同じ意味)。$\gamma:[0,1]\to V$を$V$上の$C^1$級曲線で$g_V(\dot\gamma,\dot\gamma)=1$を満たすものとする。$f\in C^1([0,1])$に対して、方程式
$$
-\beta f'^2+2f'\omega(\dot\gamma)+1=0
$$
は解を持つ。この方程式の正の解を$f$とすると、曲線$\tilde\gamma(u):=(f(u),\gamma(u))_s$は$(0,x)_s$と時間的曲線$R_y:=\{(u,y)_s;\ u\in\mathbb{R}\}$を結ぶ光的曲線である。従って、$J^+((0,x)_s)\cap R_y\ne\emptyset$である。
$(T_0,y)_s\in \partial J^+((0,x)_s)=J^+((0,x)_s)-I^+((0,x)_s)$とする。$ T< T_0$に対して、$(T,y)_s\in J^+((0,x)_s)$となることはありえない。なぜならもしそうなったら、$(0,x)_s<(T,y)_s<<(T_0,y)_s$なので$(0,x)_s<<(T_0,y)_s$であるから、$(T_0,y)_s\in I^+((0,x)_s)$となり、矛盾する。よって$(T,y)_s\notin J^+((0,x)_s)$である。また$T>T_0$に対しても同様に$ (T,y)_s\in I^+((0,x)_s)$である。よって$T_0$は望みの性質を持つ。
まず$y$に関する連続性を示す。$ \partial J^+((0,x)_s)=\{(T(x,y),y)_s;\ y\in V\}$である。点列$\{y_n\}\in V$で$y_n\to y$かつ$ T(x,y_n)\to T'\ne T(x,y)$となるものがあるとする。$ \partial J^+((0,x)_s)$は閉集合だから$ (T',y)_s\in\partial J^+((0,x)_s)$となる。$ T'\ne T(x,y)$だから、$ t\ne T'$で$ (t,y)_s\in\partial J^+((0,x)_s)$となる$ t$があることになり、存在性の証明と同様の矛盾が生じる。
最期に$ x$に関する連続性を示す。点列$\{x_n\}\in V$を$ x_n\to x,\ T(x_n,y)\to T'\ne T(x,y)$を満たすものとする。
(i) $T'< T(x,y)$のとき
$ (T',y)_s\notin J^+((0,x)_s)$であり、$ J^+((0,x)_s)$は閉集合だから$ (T',y)_s$のコンパクトな近傍$K$があって$ K\cap J^+((0,x)_s)=\emptyset$とできる。$M$は標準的定常時空であり、定理7より因果的連続時空であるから、$I^\pm$は外側連続である。よって$ x$の適当な近傍$ U$があって、任意の$x'\in U$に対して、$ J^+((0,x')_s)\cap K=\emptyset$となる。これは$ x_n\to x$のとき$T(x_n,y)\to T$となることに矛盾する。
(ii) $T'> T(x,y)$のとき
$I^\pm$の内側連続性(常に成り立つ)から同様の議論が成り立つ。
補題13の証明において$\partial J^+((0,x)_s)\ne\emptyset$であることも示さないといけない。ほぼ明らかであるが、きっちり論証するのは面倒そうなので省略する。