K.Hirata
です。これは
最終日の記事です。
本記事をご覧になっている皆様、圏論アドベントカレンダー2022の初日の記事
は読んでいただけたでしょうか。
実はこの初日の記事の中に、本当は微妙に成り立たない嘘主張が含まれています。
「は?嘘つくなよ!」
「**おいおいじゃあ記事撤回しろよ!**」
ご、ごめんなさい、、、
しかし間違っているとは言えども、全く違うことを書いているわけではなく、非常に微妙だが厳密には修正が必要、というくらいの間違いが仕込んであるだけですので、おそらくなかなか気づかないですし、撤回はしません。(この記事へのリンクは足しておきます。)
この記事では、その主張が間違っていることの証明と、修正した正しい主張を紹介します。
「てめえの間違った主張見つけてやるぜ!」という方は初日の記事をもう一度読んでから、
間違いを既に見つけられている方、「ほ〜ん、まあどこかわかんないけど、早く続き読ませろよ」って方は次の節へお進みください。
以下ネタバレになります。
$\newcommand{\AddCat}{\mathbf{AddCat}}$
$\newcommand{\AbCat}{\mathbf{AbCat}}$
$\newcommand{\Cat}{\mathbf{Cat}}$
$\newcommand{\Set}{\mathbf{Set}}$
$\newcommand{\one}{\mathbb{1}}$
$\newcommand{\I}{\mathbf{I}}$
$\newcommand{\E}{\mathbf{E}}$
$\newcommand{\C}{\mathcal{C}}$
$\newcommand{\A}{\mathcal{A}}$
間違っていたのは、
[補題4]( https://mathlog.info/articles/3689#加法圏全体は Cat 上の何らかの monad の代数の圏か)です。主張は次のようなものでした。
(元)補題4
加法圏からなる$\AbCat$の充満部分圏$\AddCat$は、reflective full subcategory である。
\begin{xy}\xymatrix@=70pt{
{\AddCat}
\ar@{^{(}->}@<-1.5ex>[r]_{U_0}
\ar@{}[r]|{\bot}
&
{\AbCat}
\ar@/_/@<-0.5ex>[l]_{F_0}
}\end{xy}
加法圏からなる$\AbCat$の充満部分圏$\AddCat$は、reflective full subcategory ではない。
圏 $\one$ を零対象のみからなる自明な圏とする。
また、圏 $\I$ を対象が 2 つの圏であって、$\one$ と圏同値になるようなものとする。
すなわち、対象が $a, b$ で、非自明な射として $a\xrightarrow{f}b$ と $b\xrightarrow{f}a$ だけをもち、
$gf = 1$, $fg = 1$ になっているようなものである。
これら $\one$, $\I$ はともに加法圏である。
今、2つの異なる圏同値を与える関手 $a,b\colon\one\rightarrow\I$ がある。
これらの equalizer について考えよう。
$\AddCat$ が $\AbCat$ の reflective full subcategory ならば、右随伴たちの合成関手
$\AddCat\hookrightarrow\AbCat\rightarrow\Cat\xrightarrow{\mathrm{ob}}\Set$ は極限を保つはずなので、
$a,b$ の equalizer は、存在すればその対象の集合は $\Set$ での equalizer $\emptyset$ になるはずである。
\begin{xy}\xymatrix@=40pt{
{\emptyset}
\ar[r]
&
{\{*\}}
\ar@<-1ex>[r]_{b}
\ar@<1ex>[r]^{a}
&
{\{a,b\}}
}\end{xy}
しかし、対象のない加法圏は存在しないので、
$\AddCat$ が $\AbCat$ の reflective subcategory ではない。
$\Cat$ での $F$ と $G$ の equalizer というのは、対象に関しても射に関しても 集合として equalizer をとったもの、つまり
なる部分圏になります。
さっきの証明では、ほぼ同じデータを持つ関手 $a,b\colon\one\rightarrow\I$ に対して、その equalizer が、$\Cat$ での equalizer になってしまい、$\Cat$ での equalizer が $Fx = Gx$ や $Ff=Gf$ が厳密に等しいことを要求する、"変なもの" になっているのがよくないです。
そこで、次のような 3 つのの回避策を提案します。
次のようにして、補題 4 は修正することができる。
これは $\AbCat$ 上 monadic になる。
1, 2 はつまらない解決策なので 3 の話をします。
ところで元の reflective full subcategory である、という主張は、
idempotent monad の言葉で書くと次のような主張になります。
$\AddCat$ は $\AbCat$ 上の idempotent monad の algebra と morphism の圏である.
こう見ると、3 の主張は元の主張とよく似ていることがわかります。
実際、3は、equalizer などの厳密すぎる要求を、2圏論を通して up-to-iso に緩めることをして、修正しています。
以下では、3 についてより詳細を説明したいと思うのですが、
さすがに全てをこの記事に証明つきで書くのは無理なので、
3 の主張に出てきた用語の定義などを説明したいと思います。
2圏 $\A$ は、対象の集合 $\mathrm{ob}(\A)$ と Hom category ${\{ \A(A,B) \} }_{A,B\in\mathrm{ob}(\A)}$ の族の組で、
Hom category の対象を 1-cell, 射を 2-cell と呼び、
各対象に対して identity 1-cell
$$1_A \in \A(A,A)$$
と、合成関手
$$c_{A,B,C}\colon\A(B,C)\times\A(A,B)\rightarrow \A(A,C)$$
があって、ウンヌンカンヌンなもの.
詳しくは nlab や壱大整域などを見てください。
2圏 $\A$ は、対象と 1-cell だけを取り出した普通の圏 $\A_0$ に、2-cell というデータが付け加えられたものだと思うことができます。
つまり、対象と対象の間に射(1-cell)があるだけでなく、射(1-cell)と射(1-cell)の間に、さらに次元が下の射(2-cell)も考えられるようなものです。
$\Cat$, $\AbCat$, $\AddCat$ などは、自然変換を 2-cell として加えることで 2 圏になる。
2圏に対して、2-関手や、2-自然変換などを考えることができます。
2圏における monad は 2-monad と呼ばれます。
基本的には同じなのですが、algebra の間には、pseudo morphism という、up-to-iso で構造が保たれることを要求するように弱めた準同型が自然に考えられます。
2-monad とは、2圏 $\A$ の上の 2-自己関手 $T$ と 2-自然変換 $m\colon TT\Rightarrow T$, $e\colon 1\Rightarrow T$ の組で、
通常のモナドの公理を満たすもの。
2-monad の algebra とは, 通常の圏$\A_0$上の monad $T_0$ の algebra $\mathbb{A}=(A,TA\xrightarrow{a}A)$ のことである。その間の pseudo morphism $(f,\bar{f})\colon\mathbb{A}\rightarrow\mathbb{B}$ とは、
\begin{xy}\xymatrix@=10pt{
{TA}
\ar[rr]^{Tf}\ar[dd]_{a}
&
&
{TB} \ar[dd]^{b}
\\
& {\bar{f}\cong} & \\
{A}
\ar[rr]\ar[rr]_{f}
&
&
{B}
\\
}\end{xy}
のようなものであって、幾つかの coherence condition を満たすもの。
何らかの構造が載った圏と、その間の up-to-iso で構造を保つ関手などが具体例になります。
$Cat$ 上の 2-monad であって、次のようなものを algebra と pseudo morphism の 2 圏に持つものがそれぞれある。
$\AbCat$ 上の 2-monad であって、次のようなものを algebra と pseudo morphism の 2 圏に持つものがそれぞれある。
特に $\mathcal{F}$ として、2点の離散圏と空圏をとったときが、今回の加法圏の話になります。
(この場合、limit の時で考えても colimit で考えても同じになっています。absolute colimit なので。)
他にも、さまざまな例があります。
Idempotent monad というのは、$\mu$ が $\eta T$ の逆射になるようなものでした。
今、$\Cat$を具体例に考えれば、2圏では射(1-cell)というのは関手のようなものであると考えられて、
1-cell と 1-cell が随伴をなしたり、特に同値を定める、というようなことを考えることができます。
同値というのは、次で定義できます。
1-cell $f\colon A\rightarrow B$ と $g\colon B\rightarrow A$ が同値であるとは、
同型な 2-cell $1\Rightarrow gf$ と $fg\Rightarrow 1$ があること。
2-monad $T$ が pseudo idempotent であるとは、
multiplication $m$ と $eT$ が同値であること。
$m.eT = 1$ は monad の公理から成り立つので、つまり、$1\cong eT.m$ が必要十分である。
前加法圏から ($\mathbf{Ab}$-米田埋め込みをしてから表現可能関手の biproduct を追加して) 加法圏にする操作は、
元々加法圏だったなら、既にある biproduct と同型な対象を追加しているだけなので、
出来上がる加法圏は元の加法圏と同型ではなくとも同値になります。
ゆえにこの操作は、pseudo-idempotent であることがわかりました。
今日の記事は厳密に議論するのは非常に前提知識が多すぎるので、定義を紹介するにとどめましたが、
詳しく学びたければ、非常に難しいですが、参考文献の論文が一番の近道かとは思います。
かなり難しく、専門性も高いのでおすすめはしませんが......
今日で圏論アドベントカレンダー2022の記事は (一応) 最後になります。
書いていただいた方、読んでいただいた方、皆様お付き合いありがとうございました!