本記事では、ある性質を持つ可換環から「分数」(正確には分数体や商体と呼ばれるもの)をつくっていきます。
具体例としては、整数から有理数をつくったり、複素数係数の多項式全体(
一つ一つやることは難しくないせいか、Web上に公開されているpdfやサイトを見ると、商体についての解説はさらっと流されているものが少なくないと感じました。
そこで、今回はお気持ち部分も含めて、がっつりめに書いてみようと思います。
もしよろしければ「さいごに」だけでも読んでいただけると、うれしいです。
また、本記事を書こうと思ったきっかけは以下です。
詳細には追っていないのですが、Twitterで「分数とはなにか?」「整数/整数の形のもの(有理数)だけでなく、
少し調べてみたところ、Web上の辞書には以下のように記載されていました。
整数aを零でない整数bで割った商を、横線を用いてa/bと表わしたもの。aを分子、bを分母と呼ぶ。有理数。
( コトバンク「精選版 日本国語大辞典『分数』の解説」 (2023/1/6参照))
二つの整数a・bの比として表される数。零ではない整数aで整数bを割った結果をb/aと表したもの。あるいは、1をa等分したものをb個集めた大きさをb/aと表したもの。横線の下を分母、上を分子とよぶ。
( コトバンク「デジタル大辞泉『分数』の解説」 (2023/1/6参照))
Oxford Learner's Dictionaryの「fraction」 においても「synonym rational number」と記載されていました(2023/1/6参照)。
国語辞書が、つねに数学用語を正しく解説しているかというと、そんなことはないとは思うのですが、私にとって意外な結果で驚きました。
素人意見ですが「日常的に使用する『分数』という言葉は有理数であるとしていいだろう」ということなんですかね…?
というわけで、「分数」についての記事を書きたくなりました。
寒の入り(環の入り)したので、なにか環に関することをやりたいと思いました。
代数学が好きなので。
Mathlog(本ブログサービス)には、すでに「分数」について、具体例を挙げながら、とても丁寧に解説された良い記事が存在しています。ぜひ読んでみてください。
【おすすめ記事】: そもそも「分数」とは何か?
本記事では、上記の記事から一歩進め、「整域」と呼ばれる可換環から「分数」(正確には分数体や商体と呼ばれるもの)を構成していきます。
<前提知識>
※本記事では、環の定義として「乗法単位元の存在」を含むとします。
※参考になる記事
本記事では、以下のような性質を満たす可換環を扱っていきます。
が成り立つとき
もしかしたら、上記は「いつでも成り立ちそう」と感じる人もいるかもしれません。
例えば、可換環の代表格である
しかし、以下のような例は整域とはなりません。
が成り立つ。
が成り立つ。
また、整域について、以下が成り立ちます。
体は整域である。
が成り立つとする。
より、
カッチリした数学の話は後回しにするとして、まずはお気持ちを書いていきます。
今回の目標は「整域
天下り的ではありますが、
もしも、この「分数」が、私たちが日ごろ扱っている「分数」と同じものであるのだとしたら、例えば以下のような性質が成り立っていてほしいです。
性質1:
性質2:
性質3:
性質4:
このような性質が成り立つ「分数」を定めていく上で、以下のポイントを考慮する必要があります。
「分数」をつくりたいので、
とすればよい…としたくなります。
しかし、整域
そのため、除算を使わずに話を進めていくことになります。
例えば、
しかし
といったものは、全て「同じ」と見なす必要があります。
以下、可換環
先のPoint1とPoint2を意識しつつ、同値関係を入れてみましょう。
とするとき、
反射律、対称律が成り立つことの証明は省略し、推移律のみ示す。
このとき
が成り立つ。
(1)の両辺に
となり、(2)の両辺に
となる。
よって
となるので
となり
である。
であり
が成り立つ。
したがって、
以下、
とします。
が成り立つ。
つまり
である。
であるので
が成り立つ。
後で改めて定義しますが
と表記するとしましょう。
命題2より、
となるので
と表すことができます(性質1)。
また、命題2より、
となるので
と表すことができます(性質2)。
以下
とします。
このとき、これらの演算はwell-definedである。
つまり、
を満たすとき
が成り立つ。
※well-definedについての解説は後述する。
を満たすとする。
このとき
が成り立つ。
(1)より
なので
となり
である。
したがって
より
が成り立つ。
(1)より
となる。
よって
であり
となるので
である。
したがって
より
が成り立つ。
例えば、
などが成り立ち、さまざまな代表元を取ることができます。
したがって、
つまり
を満たすとき
が成り立つことを示し、演算の結果が代表元の取り方に依らないことをいう必要があります。
難しくない部分は省略する。
<
省略
<
省略
<加法単位元の存在>
が成り立つ。
※命題3より、
<加法逆元の存在>
が成り立つ。
<
省略
<乗法単位元の存在>
が成り立つ。
※命題3より、
<分配法則>
が成り立つ。
<
省略
<乗法逆元の存在>
が成り立つ。
先にも少し述べたように、以下のように表記するとしましょう。
このとき、命題2と命題3より、
と表記することができます(性質1と性質2)。
命題4より、
と表記することができます(性質3と性質4)。
と表記することができます。
また、
が成り立つので
と表記することができます。
そして、整域
と表記することができます。
以下
とします。
写像
<
が成り立つ。
また
であり、これは
<
自明
<
なので、
より、
であり、
よって、
一般に、以下が成り立ちます。
(証明)
例えば、
です。
日ごろ私たちは、
そのような見方をしつつ、以下の命題について考えていきます。
このとき、
仮定より
であり、
が成り立つ。
である。
となる。
したがって、
このことから、
また、先述のように、
特に、整域
が成り立つ。
命題1より、
とする。
が成り立ち、
である。
また、命題6より、
が成り立つ。
ここまでの話で、以下がわかりました。
整域
(1)
(2)
(1)については、命題6の証明と同様
として定めればよいでしょう。
また、(2)については、
と表すことができます。
このような
また、(1)のような「単射環準同型」を「埋め込み」といいます。
そして、
先にも言及したように、
そのような見方をした上で、
スタート地点では、Point2に書いた通り、
と書くことを許せば、
となる。
※
複素数係数の多項式全体
となる。
※整域
とすると、
となる。
となり、
を示すことができる(
※
松坂和夫「代数系入門」では、以下のように「分数」を定義して商体について説明しています。本質的には本記事と同じことをしているのだと思いますが、「分数」の表記の導入の仕方が異なるため紹介しておきます。
体
として「分数」を定義する。
※体
が成り立ち
とすると、
この
今度は、体
写像
と表せる。
このような
私の「数学の好きなところ」の一つに、「当たり前な存在を改めてとらえ直す」というところがあります。
今回の内容も結果や具体例を見てしまうと、「要は分数にすればいいってことでしょう」と、何てことないように感じる人もいると思います。
しかも「分数」は小学校のころから慣れ親しんでいて、日常生活にも溶け込んでいる存在です。私自身もお料理をするときに、レシピを見ながら「
そのくらい「分数」は当たり前な存在ですが、商体のことを知ってみると、「分数」の見え方に奥行きが出るような気がします。
商体を 学ぶ時間は Show Time!