本記事では、ある性質を持つ可換環から「分数」(正確には分数体や商体と呼ばれるもの)をつくっていきます。
具体例としては、整数から有理数をつくったり、複素数係数の多項式全体($\mathbb{C}[X]$)から有理関数全体($\mathbb{C}(X)$)をつくったりしていきます。
一つ一つやることは難しくないせいか、Web上に公開されているpdfやサイトを見ると、商体についての解説はさらっと流されているものが少なくないと感じました。
そこで、今回はお気持ち部分も含めて、がっつりめに書いてみようと思います。
もしよろしければ「さいごに」だけでも読んでいただけると、うれしいです。
また、本記事を書こうと思ったきっかけは以下です。
詳細には追っていないのですが、Twitterで「分数とはなにか?」「整数/整数の形のもの(有理数)だけでなく、$\frac{\pi}{2}$や$\frac{\sqrt{2}}{3}$も分数だろう」などといった話題が持ち上がっていました。
少し調べてみたところ、Web上の辞書には以下のように記載されていました。
整数aを零でない整数bで割った商を、横線を用いてa/bと表わしたもの。aを分子、bを分母と呼ぶ。有理数。
( コトバンク「精選版 日本国語大辞典『分数』の解説」 (2023/1/6参照))
二つの整数a・bの比として表される数。零ではない整数aで整数bを割った結果をb/aと表したもの。あるいは、1をa等分したものをb個集めた大きさをb/aと表したもの。横線の下を分母、上を分子とよぶ。
( コトバンク「デジタル大辞泉『分数』の解説」 (2023/1/6参照))
Oxford Learner's Dictionaryの「fraction」 においても「synonym rational number」と記載されていました(2023/1/6参照)。
国語辞書が、つねに数学用語を正しく解説しているかというと、そんなことはないとは思うのですが、私にとって意外な結果で驚きました。
素人意見ですが「日常的に使用する『分数』という言葉は有理数であるとしていいだろう」ということなんですかね…?
というわけで、「分数」についての記事を書きたくなりました。
寒の入り(環の入り)したので、なにか環に関することをやりたいと思いました。
代数学が好きなので。
Mathlog(本ブログサービス)には、すでに「分数」について、具体例を挙げながら、とても丁寧に解説された良い記事が存在しています。ぜひ読んでみてください。
【おすすめ記事】: そもそも「分数」とは何か?
本記事では、上記の記事から一歩進め、「整域」と呼ばれる可換環から「分数」(正確には分数体や商体と呼ばれるもの)を構成していきます。
<前提知識>
※本記事では、環の定義として「乗法単位元の存在」を含むとします。
※参考になる記事
本記事では、以下のような性質を満たす可換環を扱っていきます。
$R$を可換環とする。$a,b \in R$に対し
$$ ab=0\ \Longrightarrow\ a=0\ \mbox{または}\ b=0 $$
が成り立つとき$R$を整域という。
もしかしたら、上記は「いつでも成り立ちそう」と感じる人もいるかもしれません。
例えば、可換環の代表格である$\mathbb{Z}$は整域ですし、$\mathbb{Q},\mathbb{C},\mathbb{R}$も整域です。
しかし、以下のような例は整域とはなりません。
$\mathbb{C^2}$の元$(i,0),(0,i)$は、いずれも加法単位元$(0,0)$ではないが
$$ (i,0)\cdot(0,i)=(0,0) $$
が成り立つ。
$\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$($\mathbb{Z}$を$6$で割った余りで分類)の元$\bar{2},\bar{3}$は、いずれも加法単位元$\bar{0}$ではないが
$$ \bar{2}\cdot\bar{3}=\bar{6}=\bar{0} $$
が成り立つ。
また、整域について、以下が成り立ちます。
体は整域である。
$F \ni a,b$について
$$ ab = 0 $$
が成り立つとする。
$a \not= 0$のとき、$F$は体であることから$a^{-1}$が存在するので、上式の両辺に$a^{-1}$をかけると
$$ a^{-1}(ab) = a^{-1}\cdot 0 $$
より、$b=0$となる。
カッチリした数学の話は後回しにするとして、まずはお気持ちを書いていきます。
今回の目標は「整域$R$から『分数』をつくること」です。
天下り的ではありますが、$a,b,c,d \in R$に対して、$\frac{a}{b},\frac{c}{d}\ (b\not=0,d\not=0)$を定めることができたとしましょう。
もしも、この「分数」が、私たちが日ごろ扱っている「分数」と同じものであるのだとしたら、例えば以下のような性質が成り立っていてほしいです。
性質1:
$$
\frac{a}{b}=\frac{c}{d} \Longleftrightarrow ad=bc
$$
性質2:
$$
\frac{ga}{gb}=\frac{a}{b} \quad (g(\not=0) \in R)
$$
性質3:
$$
\frac{a}{b}+\frac{c}{d}=\frac{ad+bc}{bd}
$$
性質4:
$$
\frac{a}{b}\cdot \frac{c}{d}=\frac{ac}{bd}
$$
このような性質が成り立つ「分数」を定めていく上で、以下のポイントを考慮する必要があります。
「分数」をつくりたいので、$a,b(\not=0) \in R$に対して
$$ \frac{a}{b}=ab^{-1} $$
とすればよい…としたくなります。
しかし、整域$R$は可換環ではありますが、必ずしも体であるとは言えないので、乗法単位元$b^{-1}$の存在があやふやです。
そのため、除算を使わずに話を進めていくことになります。
例えば、$R=\mathbb{Z}$のとき、$(1,2)$と$\frac{1}{2}$を対応させて「分数」をつくればよい…としたくなります。
しかし
$$ \frac{1}{2},\frac{2}{4},\frac{3}{6},\frac{4}{8},\cdots $$
といったものは、全て「同じ」と見なす必要があります。
$(1,2) \not = (2,4)$ではありますが、$\frac{1}{2}=\frac{2}{4}$となるようにしなくてはならないのです。
以下、可換環$R$は整域であるとします。
先のPoint1とPoint2を意識しつつ、同値関係を入れてみましょう。
$R\times R \backslash\{0\} \ni (a,b),(c,d)$に対して
$$ (a,b)\sim (c,d)\ \Longleftrightarrow\ ad=bc $$
とするとき、$\sim$は同値関係となる。
反射律、対称律が成り立つことの証明は省略し、推移律のみ示す。
$R\times R \backslash\{0\} \ni (a,b),(c,d),(e,f)$について、$(a,b)\sim (c,d)$かつ$(c,d)\sim(e,f)$を満たすとする。
このとき
$\begin{align} ad&=bc\ \cdots(1)\\ cf&=de\ \cdots(2) \end{align}$
が成り立つ。
(1)の両辺に$f$をかけると
$$ afd=bcf $$
となり、(2)の両辺に$b$をかけると
$$ bcf=bde $$
となる。
よって
$$ afd=bcf=bde $$
となるので
$$ afd = bde $$
となり
$$ d(af-be) = 0 $$
である。
$d \not= 0$であり、$R$は整域であることから
$$ af-be=0 $$
であり
$$ af=be $$
が成り立つ。
したがって、$(a,b)\sim (e,f)$であることがわかる。
以下、$(a,b) \in R\times R \backslash\{0\}$に対して
$$ C(a,b)=\{(x,y)\in R\times R \backslash\{0\}\ |\ (a,b)\sim (x,y) \} $$
とします。
$(a,b) \in R\times R \backslash\{0\},\ g\in R \backslash\{0\}$とすると
$$ (a,b)\sim (ga,gb) $$
が成り立つ。
つまり
$$ C(a,b)=C(ga,gb) $$
である。
$\begin{align} a(gb) &= b(ga) \end{align}$
であるので
$$ (a,b)\sim (ga,gb) $$
が成り立つ。
後で改めて定義しますが
$$ \frac{a}{b}=C(a,b) $$
と表記するとしましょう。
命題2より、$R\times R \backslash\{0\} \ni (a,b),(c,d)$に対して
$$ C(a,b)=C(c,d)\ \Longleftrightarrow\ ad=bc $$
となるので
$$ \frac{a}{b}=\frac{c}{d}\ \Longleftrightarrow\ ad=bc $$
と表すことができます(性質1)。
また、命題2より、$(a,b) \in R\times R \backslash\{0\},\ g\in R \backslash\{0\}$に対して
$$ C(ga,gb)=C(a,b) $$
となるので
$$ \frac{ga}{gb}=\frac{a}{b} $$
と表すことができます(性質2)。
以下
$$ Q(R)=(R\times R \backslash\{0\})/\sim $$
とします。
$Q(R)$に以下の演算$+,\cdot$を定める。
$R\times R \backslash\{0\} \ni (a,b),(c,d)$に対して
$\begin{align} C(a,b)+C(c,d)&=C(ad+bc,bd)\\ C(a,b)\cdot C(c,d)&=C(ac,bd) \end{align}$
このとき、これらの演算はwell-definedである。
つまり、$R\times R \backslash\{0\} \ni (a,b),(a',b'),(c,d),(c',d')$が
$$ (a,b)\sim(a',b'),\ (c,d)\sim(c',d') $$
を満たすとき
$\begin{align} C(a,b)+C(c,d)&=C(a',b')+C(c',d')\\ C(a,b)\cdot C(c,d)&=C(a',b')\cdot C(c',d') \end{align}$
が成り立つ。
※well-definedについての解説は後述する。
$R\times R \backslash\{0\} \ni (a,b),(a',b'),(c,d),(c',d')$が
$$ (a,b)\sim(a',b'),\ (c,d)\sim(c',d') $$
を満たすとする。
このとき
$$ ab'=ba',\ cd'=dc' \ \cdots(1) $$
が成り立つ。
(1)より
$$ dd'(ab'-a'b)+bb'(cd'-c'd)=0 $$
なので
$\begin{align} ab'dd'-a'bdd' +bb'cd'-bb'c'd &= 0\\ ab'dd'+bb'cd'&= a'bdd'+bb'c'd \\ (ad+bc)b'd' &= (a'd'+b'c')bd \end{align}$
となり
$$ (ad+bc,bd)\sim (a'd'+b'c', b'd') $$
である。
したがって
$\begin{align} C(a,b)+C(c,d)&=C(ad+bc,bd)\\ C(a',b')+C(c',d')&=C(a'd'+b'c',b'd') \end{align}$
より
$$ C(a,b)+C(c,d)=C(a',b')+C(c',d') $$
が成り立つ。
(1)より
$\begin{align} (ab')(cd')&=(ba')(cd')\\ (ba')(cd')&=(ba')(dc') \end{align}$
となる。
よって
$$ (ab')(cd')=(ba')(dc') $$
であり
$$ (ac)(b'd')=(bd)(a'c') $$
となるので
$$ (ac,bd)\sim (a'c',b'd') $$
である。
したがって
$\begin{align} C(a,b)\cdot C(c,d)&=C(ac,bd)\\ C(a',b')\cdot C(c',d')&=C(a'c',b'd') \end{align}$
より
$$ C(a,b)\cdot C(c,d)=C(a',b')\cdot C(c',d') $$
が成り立つ。
例えば、$R=\mathbb{Z}$である場合
$$ C(1,2)=C(2,4)=C(3,6)=C(-1,-2)=\cdots $$
$$ C(3,5)=C(9,15)=C(-6,-10)=C(12,20)=\cdots $$
などが成り立ち、さまざまな代表元を取ることができます。
したがって、$C(1,2)+C(3,5)$と$C(2,4)+C(9,15)$や、$C(1,2)\cdot C(3,5)$と$C(3,6)\cdot C(12,20)$などが、異なった結果にならず一致しなければなりません。
つまり
$$ (a,b)\sim(a',b'),\ (c,d)\sim(c',d') $$
を満たすとき
$\begin{align} C(a,b)+C(c,d)&=C(a',b')+C(c',d')\\ C(a,b)\cdot C(c,d)&=C(a',b')\cdot C(c',d') \end{align}$
が成り立つことを示し、演算の結果が代表元の取り方に依らないことをいう必要があります。
$Q(R)$は演算$+,\cdot$について体をなす。
難しくない部分は省略する。
<$+$についての結合律>
省略
<$+$について可換>
省略
<加法単位元の存在>
$R\times R \backslash\{0\} \ni (a,b)$に対して
$\begin{align} C(a,b)+C(0,1)&=C(a\cdot 1+b\cdot 0, b\cdot 1)\\ &= C(a,b) \end{align}$
が成り立つ。
※命題3より、$C(0,p)\ (p(\not=0) \in R)$は加法単位元である。
<加法逆元の存在>
$R\times R \backslash\{0\} \ni (a,b)$に対して
$\begin{align} C(a,b)+C(-a,b)&=C(ab-ba, b^2)\\ &= C(0,b^2)\\ &= C(0,1) \end{align}$
が成り立つ。
<$\cdot$についての結合律>
省略
<乗法単位元の存在>
$R\times R \backslash\{0\} \ni (a,b)$に対して
$\begin{align} C(a,b)\cdot C(1,1)&=C(a,b) \end{align}$
が成り立つ。
※命題3より、$C(p,p)\ (p(\not=0) \in R)$は乗法単位元である。
<分配法則>
$R\times R \backslash\{0\} \ni (a,b),(c,d),(e,f)$に対して
$\begin{align} C(a,b)\cdot (C(c,d)+C(e,f))&=C(a,b)\cdot C(cf+de,df)\\ &=C(acf+ade,bdf)\\ &=C(b(acf)+b(ade)),b(bdf))\\ &=C((ac)(bf)+(bd)(ae), (bd)(bf))\\ &=C(ac,bd)+C(ae,bf)\\ &=C(a,b)\cdot C(c,d)+C(a,b)\cdot C(e,f) \end{align}$
$\begin{align} (C(a,b)+C(c,d))\cdot C(e,f)&= C(ad+bc,bd)\cdot C(e,f)\\ &=C(ade+bce,bdf)\\ &=C(f(ade)+f(bce),f(bdf))\\ &=C((ae)(df)+(bf)(ce),(bf)(df))\\ &=C(ae,bf)+C(ce,df)\\ &=C(a,b)\cdot C(e,f)+C(c,d)\cdot C(e,f) \end{align}$
が成り立つ。
<$\cdot$について可換>
省略
<乗法逆元の存在>
$R \backslash\{0\} \times R \backslash\{0\} \ni (a,b)$に対して
$\begin{align} C(a,b)\cdot C(b,a)&=C(ab,ab)\\ &= C(1,1) \end{align}$
が成り立つ。
先にも少し述べたように、以下のように表記するとしましょう。
このとき、命題2と命題3より、$R\times R \backslash\{0\} \ni (a,b),(c,d),\ R \backslash\{0\} \ni g$に対して
$$ \frac{a}{b}=\frac{c}{d} \Longleftrightarrow ad=bc $$
$$ \frac{ga}{gb}=\frac{a}{b} $$
と表記することができます(性質1と性質2)。
命題4より、$R\times R \backslash\{0\} \ni (a,b),(c,d)$に対して
$$ \frac{a}{b}+\frac{c}{d}=\frac{ad+bc}{bd} $$
$$ \frac{a}{b}\cdot \frac{c}{d}=\frac{ac}{bd} $$
と表記することができます(性質3と性質4)。
$Q(R)$における加法単位元を$0_{Q(R)}$、乗法単位元を$1_{Q(R)}$と書くとすると、命題5より、$R \backslash\{0\} \times R \backslash\{0\} \ni (a,b),\ R \backslash\{0\} \ni p$に対して
$$ \frac{0}{p}=0_{Q(R)} $$
$$ \frac{p}{p}=1_{Q(R)} $$
$$ \Bigl(\frac{a}{b}\Bigr)^{-1}=\frac{b}{a} $$
と表記することができます。
また、$R\times R \backslash\{0\} \ni (a,b),(c,b)$に対して
$\begin{align} C(a,b)+ C(c,b)&=C(ab+bc,b^2)\\ &= C(a+c,b) \end{align}$
が成り立つので
$$ \frac{a}{b}+\frac{c}{b}=\frac{a+c}{b} $$
と表記することができます。
そして、整域$R$からつくられた体$Q(R)$は
$$ Q(R)=\Bigl\{\frac{a}{b}\ |\ a \in R,b \in R \backslash\{0\} \Bigr\} $$
と表記することができます。
$Q(R)$の性質についてもう少し詳しく見ていきましょう。
以下
$$ R' = \Bigl\{\frac{a}{1}\ |\ a \in R \Bigr\} $$
とします。
$$ R \cong R' $$
写像$\phi:R \to R'$を以下のように定める。
$$ \phi(a)=\frac{a}{1}\quad (a \in R) $$
<$\phi$は準同型写像>
$a,b \in R$に対して
$\begin{align} \phi(a+b)&=\frac{a+b}{1}\\ &= \frac{a}{1}+\frac{b}{1}\\ &= \phi(a)+\phi(b) \end{align}$
$\begin{align} \phi(ab)&=\frac{ab}{1}\\ &= \frac{a}{1}\cdot \frac{b}{1}\\ &= \phi(a)\cdot \phi(b) \end{align}$
が成り立つ。
また
$$ \phi(1)=\frac{1}{1} $$
であり、これは$R'$の乗法単位元である。
<$\phi$は全射>
自明
<$\phi$は単射>
$\mathrm{Ker}\phi=\{0\}$を示せばよい(※理由は後述)。
$$ \phi(0)=\frac{0}{1} $$
なので、$\{0\} \subset \mathrm{Ker}\phi$である。
$\mathrm{Ker}\phi \ni a$とすると
$$ \phi(a)=\frac{a}{1}=\frac{0}{1} $$
より、$(a,1)\sim(0,1)$なので
$\begin{align} a\cdot 1&=1\cdot 0\\ a&=0 \end{align}$
であり、$\{0\} \supset \mathrm{Ker}\phi$である。
よって、$\mathrm{Ker}\phi=\{0\}$が成り立つ。
一般に、以下が成り立ちます。
$S,S'$を環とし、$f:S \to S'$を環準同型写像とする。このとき、$\mathrm{Ker}f=\{0\}$ならば、$f$は単射である。
(証明)
$f(a)=f(b)\ (a,b \in S)$であるとする。
$f$が環準同型写像であることと、$f(a)-f(b)=0$であることから、$f(a-b)=0$が成り立つ。
$\mathrm{Ker}f=\{0\}$より、$a-b=0$なので、$a=b$となる。
$R$と$R'$は同型なので、これらは環として「同じもの」と見なしてよいということになります。
例えば、$R=\mathbb{Z}$としたとき
$$ R'= \Bigl\{\frac{a}{1}\ |\ a \in \mathbb{Z} \Bigr\} $$
です。
日ごろ私たちは、$\frac{2}{1}=2$などとしていることを思い返せば、「同じもの」とするのは自然なことであるように感じられると思います。
そのような見方をしつつ、以下の命題について考えていきます。
$F$は$Q(R)$の部分体であり、部分環$R'$を含むとする。
このとき、$F=Q(R)$が成り立つ。
仮定より
$$ Q(R) \supset F \supset R' $$
であり、$F$は$Q(R)$と同じ演算$+,\cdot$について体をなす。
$F \supset R'$なので、任意の$a,b(\not =0) \in R$に対して
$$ \frac{a}{1},\ \frac{b}{1} \in F $$
が成り立つ。
$F$は体なので
$$ \Bigl(\frac{b}{1}\Bigr)^{-1}=\frac{1}{b} \in F $$
である。
$F$は、演算$\cdot$で閉じているので
$$ \frac{a}{1}\cdot \frac{1}{b} = \frac{a}{b} \in F $$
となる。
したがって、$F \supset Q(R)$となるので、$F=Q(R)$である。
このことから、$Q(R)$は$R'$を部分環として含む最小の体であるといえます。
また、先述のように、$R$と$R'$を「同じもの」と見なすと、「$Q(R)$は$R$を部分環として含む最小の体である」と表現することができます。
特に、整域$R$が体である場合には、以下が成り立ちます。
$K$を体とすると
$$ Q(K) \cong K $$
が成り立つ。
命題1より、$K$は整域なので、$Q(K)$を構成することができる。
$$ K' = \Bigl\{\frac{a}{1}\ |\ a \in K \Bigr\} $$
とする。
$K$は体なので、任意の$a(\not=0) \in K$に対して、$a^{-1} \in K$が存在して
$$ \frac{a}{1}\cdot \frac{a^{-1}}{1}=\frac{aa^{-1}}{1}=\frac{1}{1} $$
が成り立ち、$K'$も体であることがわかる。
$K'$は$Q(K)$の部分体なので、命題7より
$$ Q(K)=K' $$
である。
また、命題6より、$K \cong K'$なので
$$ Q(K) \cong K $$
が成り立つ。
ここまでの話で、以下がわかりました。
整域$R$に対して、体$Q(R)$を構成することができ、以下を満たす写像$\phi:R \to Q(R)$が存在する。
(1)$\phi$は単射環準同型である。
(2)$Q(R)$の任意の元は$\phi(a){\phi(b)}^{-1}\ (a,b(\not =0)\in R)$の形で表せる。
(1)については、命題6の証明と同様
$$ \phi(a)=\frac{a}{1} $$
として定めればよいでしょう。
また、(2)については、$Q(R) \ni \frac{a}{b}$に対して
$\begin{align} \frac{a}{b} &= \frac{a}{1}\cdot \frac{1}{b}\\ &= \frac{a}{1}\cdot \Bigl(\frac{b}{1}\Bigr)^{-1}\\ &= \phi(a){\phi(b)}^{-1} \end{align}$
と表すことができます。
このような$Q(R)$は、$R$の商体や分数体と呼ばれています。
また、(1)のような「単射環準同型」を「埋め込み」といいます。
そして、$\mathrm{Im}\phi = R'$であり、命題6でも示した通り、$R \cong R'$でした。
先にも言及したように、$R$と$R'$は環として「同じもの」と見なすことができます。
そのような見方をした上で、$R=R'$とすることを許せば、$R \subset Q(R)$であるといえます。
スタート地点では、Point2に書いた通り、$R$は整域であり、体であるかどうかは不明なので、乗法逆元の存在はあやふやな状態でした。しかし、$Q(R)$を構成できたことと、$R \subset Q(R)$であることから、$a(\not=0) \in R$の乗法逆元は$R$には存在しないかもしれないが、$Q(R)$には存在するということがわかりました。
$a,b(\not = 0) \in R$に対して
$$ a = \frac{a}{1} $$
$$ b^{-1} = \Bigl(\frac{b}{1} \Bigr)^{-1} $$
と書くことを許せば、$Q(R)$の任意の元は$ab^{-1}$の形で表すことができます。
$R=\mathbb{Z}$とすると
$$ Q(\mathbb{Z})=\Bigl\{\frac{a}{b}\ |\ a \in \mathbb{Z},b \in \mathbb{Z} \backslash\{0\} \Bigr\} $$
となる。
※$Q(\mathbb{Z})$が、私たちのよく知る有理数体$\mathbb{Q}$です。これが、整数からの「有理数の構成」としてよく知られています。
複素数係数の多項式全体$\mathbb{C}[X]$は整域である(証明略)。
$R=\mathbb{C}[X]$とすると
$$ Q(\mathbb{C}[X])=\Bigl\{\frac{f(X)}{g(X)}\ |\ f(X) \in \mathbb{C}[X],g(X) \in \mathbb{C}[X]\backslash\{0\} \Bigr\} $$
となる。
※整域$R$を係数とする多項式環$R[X]$は整域となるので(証明略)、$\mathbb{R}[X]$などでも同様のことができます。
$i$を虚数単位とする。
$$ \mathbb{Z}[i] = \{a+bi\ |\ a,b \in \mathbb{Z}\} $$
とすると、$\mathbb{Z}[i]$は$\mathbb{C}$の部分環なので、整域となる。
$R=\mathbb{Z}[i]$とすると
$$ Q(\mathbb{Z}[i])=\Bigl\{\frac{a+bi}{c+di}\ |\ a+bi \in \mathbb{Z}[i],c+di \in \mathbb{Z}[i]\backslash\{0\} \Bigr\} $$
となる。
$a+bi \in \mathbb{Z}[i],c+di \in \mathbb{Z}[i]\backslash\{0\}$のとき
$\begin{align} \frac{a+bi}{c+di} &= \frac{(a+bi)(c-di)}{(c+di)(c-di)}\\ &= \frac{(ac+bd)+(bc-ad)i}{c^2+d^2}\\ &= \frac{ac+bd}{c^2+d^2}+\frac{bc-ad}{c^2+d^2}i \end{align}$
となり、$\frac{ac+bd}{c^2+d^2},\frac{bc-ad}{c^2+d^2}\in \mathbb{Q}$であることから
$$ Q(\mathbb{Z}[i])=\{r+si\ |\ r,s \in \mathbb{Q}\} $$
を示すことができる($Q(\mathbb{Z}[i]) \supset \{r+si\ |\ r,s \in \mathbb{Q}\}$の証明は省略)。
※$\mathbb{Z}[i]$はガウスの整数環と呼ばれています。また、$Q(\mathbb{Z}[i])$は$\mathbb{Q}(i)$と表記され、ガウスの数体と呼ばれています。
松坂和夫「代数系入門」では、以下のように「分数」を定義して商体について説明しています。本質的には本記事と同じことをしているのだと思いますが、「分数」の表記の導入の仕方が異なるため紹介しておきます。
体$F$の部分環$R$に対して
$$ \frac{a}{b}=ab^{-1} \quad (a,b(\not=0) \in R) $$
として「分数」を定義する。
※体$F$の存在を仮定しているため、$b^{-1}$の存在を使ってよい。
$a,b(\not =0),c,d(\not=0) \in R$に対して
$\begin{align} \frac{a}{b}+\frac{c}{d}&=\frac{ad+bc}{bd}\\ \frac{a}{b}\cdot\frac{c}{d}&=\frac{ac}{bd} \end{align}$
が成り立ち
$$ L = \Big\{\frac{a}{b}\ |\ a \in R,b \in R/\{0\}\Bigr\} $$
とすると、$L$は体であることを示すことができる。また、$L$は$R$を含む$F$の最小の部分体となる。
この$L$を$R$の($F$における)商体と呼ぶ。
今度は、体$F$の存在を仮定せずに、整域$R$に対し、本記事でいうところの$Q(R)$を構成する。
$$ Q(R) = \{C(a,b)\ |\ \ a \in R,b \in R/\{0\}\} $$
写像$\phi:R \to Q(R)$を、$\phi(a)=C(a,1)$で定めると、$\phi$は単射環準同型となり、$a,b(\not =0) \in R$について
$$ C(a,b)=C(a,1)\cdot (C(b,1))^{-1}=\frac{\phi(a)}{\phi(b)} $$
と表せる。
このような$Q(R)$を(埋め込み$\phi:R \to Q(R)$と合わせて)$R$の商体と呼ぶ。
私の「数学の好きなところ」の一つに、「当たり前な存在を改めてとらえ直す」というところがあります。
今回の内容も結果や具体例を見てしまうと、「要は分数にすればいいってことでしょう」と、何てことないように感じる人もいると思います。
しかも「分数」は小学校のころから慣れ親しんでいて、日常生活にも溶け込んでいる存在です。私自身もお料理をするときに、レシピを見ながら「$\frac{1}{2}$カップ」を計量することがあります。
そのくらい「分数」は当たり前な存在ですが、商体のことを知ってみると、「分数」の見え方に奥行きが出るような気がします。
商体を 学ぶ時間は Show Time!