最近、理論的には簡単だけれども、計算が面倒な積分に対して天才置換を見つけて簡略化する遊びにはまっています。(で、その一つを思いつくのにどれだけ時間をかけるかということなのですが)
その中でいくつか面白そうなものができたので、その中の一つを紹介してみようと思います。
次の積分は有名です。
$$
\int_0^1\frac1{1+x^3}dx=\frac{\ln2}3+\frac\pi{3\sqrt3}
$$
この積分は高校範囲で解こうとすると結構面倒(部分分数分解をして、arctanの形を作って置換積分して、...)になります。
\begin{aligned} \int_0^1\frac1{1+x^3}dx &=\int_0^1\frac1{(1+x)(x^2-x+1)}dx\\ &=\frac13\int_0^1\left(\frac1{1+x}-\frac{x-2}{x^2-x+1}\right)dx\\ &=\frac{\ln2}3-\frac16\int_0^1\frac{(x^2-x+1)'-3}{x^2-x+1}dx\\ &=\frac{\ln2}3+\int_0^1\frac1{(x-\frac12)^2+\frac34}dx\\ &=\frac{\ln2}3+\int_0^1\frac1{(2x-1)^2+3}d(2x-1)\\ &=\frac{\ln2}3+\frac\pi{3\sqrt3} \end{aligned}
しかし、級数に対して十分な知識を持っていれば次のような変形が可能です。
\begin{aligned}
\int_0^1\frac1{1+x^3}dx
&=\int_0^1\sum_{n=0}^\infty(-1)^nx^{3n}dx\\
&=-\sum_{n=0}^\infty\frac{(-1)^{3n+1}}{3n+1}\\
&=\frac13\sum_{k=0}^2\ln(1+\zeta_3^k)\zeta_3^{-k}\quad(\zeta_3=e^{\frac{2\pi i}3})\\
&=\frac{\ln2}3-\frac16\ln\left(\zeta_6\zeta_6^5\right)+\frac{\sqrt3}6i\ln\frac{1-\sqrt3i}{1+\sqrt3i}\\
&=\frac{\ln2}3+\frac1{\sqrt3}\arctan\sqrt3\\
&=\frac{\ln2}3+\frac\pi{3\sqrt3}
\end{aligned}
全く頭回さなくても(知識を振り回して)解けるという意味ではとても楽ですね。最近高校のテキストを読んでこの問題にぶち当たったときに最初に思いついたのはこの解法です。級数erなら割とこの解法でやる人が多いのではないのでしょうか。ただ、一般的な高校生にはとてもじゃないけどできないですよね。
そこで今回提案させていただくのは次の変形です。
\begin{aligned} \int_0^1\frac{dx}{1+x^3}dx &=\int_0^1\frac{t+1}{3t^2+1}dt\quad\left(x\mapsto\frac{1-t}{1+t}\right)\\ &=\frac16\int_0^1\frac{(t^2+\frac13)'}{t^2+\frac13}dt+\int_0^1\frac1{3t^2+1}dt\\ &=\frac{\ln2}3+\frac1{\sqrt3}\arctan\sqrt3\\ &=\frac{\ln2}3+\frac\pi{3\sqrt3} \end{aligned}
おそらくこの問題を解くことだけを考えるとこの手法が一番計算が楽だと思います。ただ、この置換なかなか思いつかないですよね。いわゆる「天才置換」かもしれません。というわけで今回のテーマは置換
$$ x\mapsto\frac{1-t}{1+t} $$
です。以下、$\phi=\phi(t)=\frac{1-t}{1+t}$として、この置換が導く簡単な性質を見ていきましょう。
まず普通に微分を計算します。
\begin{aligned}
x&=\frac{1-t}{1+t}\\
dx&=-\frac{2}{(1+t)^2}dt
\end{aligned}
従って、次のようになります。
$$
\int_0^1 f(x)dx=\int_0^1\frac{2f\circ\phi}{(1+t)^2}dt
$$
ちょっと待て、ありがたみが全然分からない。そう思われる方もいらっしゃると思います。まぁ、天才置換なので...などと諦めなくても、ありがたみを合理的に説明できます。
とはいえこれだけだと何もわからないので、もっと基礎的な性質を考えていきましょう。次のような性質が成り立ちます。
次の等式が成立する。
\begin{aligned}
\phi([0,1])&=[0,1]\\
\phi^{-1}&=\phi\\
1+\phi&=\frac2{1+t}\\
1-\phi&=\frac{2t}{1+t}\\
1+\phi^2&=\frac{2(1+t^2)}{(1+t)^2}
\end{aligned}
証明は簡単なので省略しますが、この性質があってはじめて役に立ちます。というか、この置換における__最重要性質__といっても過言ではないでしょう。何度か手を動かして証明してみることをお勧めします。
これを知らずしてこの置換を使うことは厳しいと思われます。3,4,5番目の式を見てみてください。これから察するに、「$1+x, 1-x, 1+x^2$が出てくる積分は何かしら変形できるのでは?」という想像が働きますね。その直感はある程度正しく、次のような等式が成り立ちます。簡単なので証明しません。
次の等式が成り立つ。
\begin{aligned}
\int_0^1\frac{f(x)}{1+x^2}dx&=\int_0^1\frac{f\circ\phi}{1+t^2}dt\\
\int_0^1\frac{f(x)}{1+x}dx&=\int_0^1\frac{f\circ\phi}{1+t}dt\\
\int_0^1\frac{f(x)}{1-x}dx&=\int_0^1\frac{f\circ\phi}{t(1+t)}dt\\
\int_0^1\frac{f(x)}{(1+x)^2}dx&=\frac12\int_0^1f\circ\phi dt\\
\end{aligned}
他にも使いやすいものはあるのですが、よく使うものはこれです。なんだよ、あんまり変わらないじゃないものあるじゃないか、と思われるかもしれません。でも、積分変換で__変わらない__って凄くないですか。
ここまで見ると、元の積分がうまくいった理由に合点が付きます。$1+x^3=(1+x)(x^2-x+1)$と変形できて、命題2の二番目の等式と、残りの分母の因数が2であることがかなり効いています。ということは、もっと一般的に
$$ \int_0^1\frac{1}{1+x^n}dx $$
の積分をさせるにはちょっと無理では、というのは感覚的にわかりますね。
とはいえです。こんなに面白い性質があるのですから、何かしらの積分は求めることができるはずです。実際、その具体例として次のようなものがあります。(Serret integralというのですが、かつての僕が知る限りではパラメータを導入したりと結構計算が面倒でした)
\begin{aligned} \int_0^1\frac{\ln(1+x)}{1+x^2}dx &=\int_0^1\frac{\ln(1+\phi)}{1+t^2}dt\\ &=\ln2\int_0^1\frac1{1+t^2}dt-\int_0^1\frac{\ln(1+t)}{1+t^2}dx\\ \therefore\int_0^1\frac{\ln(1+x)}{1+x^2}&dx=\frac{\pi\ln2}8 \end{aligned}
あれ、これってこんなに簡単な積分だっけ...?
いつまでも遊んでいてもいいですが、ポリログの特殊値を求めるのにうまく使えるので示しておきます。級数的観点から求めるのは 遭難者さん の記事にあったのでそちらを見ていただければいいのではないかと思います。今回求めるのは次の級数です。
$$ \operatorname{Li}_2\left(\frac12\right)=\sum_{n=1}^\infty\frac1{2^nn^2} $$
まずは この記事 に書いてあるように変形した後、$(e^{-z}\mapsto x)$と置換してあげたのち、ここで紹介した置換を用います。すると、次のように簡単な積分を求める作業に帰着できます。
\begin{aligned} \sum_{n=1}^\infty\frac1{2^nn^2} &=\int_{0}^{\infty}\frac{te^{-z}}{2-e^{-z}}dt\\ &=\int_0^1\frac{\ln x}{2-x}dx&(e^{-z}\mapsto x)\\ &=-\int_0^1\frac{\ln(1-x)}{1+x}dx&(x\mapsto1-x)\\ &=-\int_0^1\frac{\ln(1-\phi)}{1+t}dt&(x\mapsto\phi)\\ &=-\ln2\int_0^1\frac1{1+t}dt-\int_0^1\frac{\ln t}{1+t}dt+\int_0^1\frac{\ln(1+t)}{1+t}dt\\ &=-\ln^22+\int_0^1\ln(1+t)(\ln(1+t))'dt+\int_0^\infty\frac{ue^{-u}}{1+e^{-u}}du&(t\mapsto e^{-t})\\ &=\eta(2)-\frac{\ln^22}2\\ &=\frac{\pi^2}{12}-\frac{\ln^22}2. \end{aligned}
ここで、$\eta$はDirichletのイータ関数で、要するにRiemannゼータ関数の交代級数です。級数変形を用いなくても、ごちゃごちゃしたテクニックを用いずにきれいに求めることができました。
少し一般化させた話としては、次のような置換があります。(q-超幾何級数とは一切関係ありません。)
$$ x={_a\!\phi_l}=\frac{a-t}{lt+1} $$
これはここまで説明した$x\mapsto\phi$に似た性質をもっていて、同様の運用が可能です。具体的には次のようになります。
次の等式が成り立つ。
\begin{aligned}
{_a\!\phi_l}([0,a])&=[0,a]\\
{_a\!\phi_l}^{-1}&={_a\!\phi_l}\\
l{_a\!\phi_l}+1&=\frac{al+1}{lt+1}\\
a-{_a\!\phi_l}&=\frac{(al+1)t}{lt+1}\\
d{_a\!\phi_l}&=-\frac{al+1}{(lt+1)^2}
\end{aligned}
次の等式が成り立つ。
\begin{aligned}
\int_0^a\frac{f(x)}{lx^2+a}dx&=\int_0^a\frac{f\circ{_a\!\phi_l}}{lt^2+a}dt\\
\int_0^a\frac{f(x)}{lx+1}dx&=\int_0^a\frac{f\circ{_a\!\phi_l}}{lx+1}dt\\
\int_0^a\frac{f(x)}{a-x}dx&=\int_0^a\frac{f\circ{_a\!\phi_l}}{t(1+t)}dt\\
\int_0^a\frac{f(x)}{(lx+1)^2}dx&=\frac1{al+1}\int_0^af\circ{_a\!\phi_l} dt\\
\end{aligned}
使える状況が少なそうに見えますが、$l$の任意性が効いているので意外と多くの状況に対応できます。十分一般的といえると思います。$l=a=1$としたときが今までの話に対応しますね。
皆さんどうでしたか。いろいろ嬉しい性質をもっているのにこのような置換を知らなかったという人は多いのではないでしょうか。個人的にこの$\phi$置換面白いなぁという感じなのですが、あまり使っている人を見たことがないので記事にしてみました。
もしこの記事が好評であれば考えた他の「天才置換」も記事にしてみたいなと思います。それではまたね!