このレジュメはYoutubeにて公開した動画 イプシロンデルタ論法と位相空間の連続写像 の内容をまとめたものです。レジュメ単体で読むよりも動画と合わせてご覧になることをお勧めします。なお、動画も本文章も位相空間や連続写像の定義について丁寧に説明するものではないことをご注意ください。
話の目標は二つの連続性の定義、つまり$\epsilon\delta$論法を用いた関数の連続性の定義と位相空間を用いた連続性の定義の関係を調べることです。位相空間や連続写像という概念については定義を確認する程度なので、これらについてご存知ない方は別の教科書などをお読みください。本文を読む上で必要になる集合の包含、冪集合、逆像という集合に関する基本的な言葉については
冪集合と逆像
にまとめたので、必要に応じて参照してください。
まず$\epsilon\delta$論法を用いた関数の連続性の定義を復習する。
$f:\R \to \R$が$a\in\R$で連続であるとは、任意の$\epsilon>0$に対してある$\delta>0$が存在して、$\abs{x-a}<\delta$ならば$\abs{f(x)-f(a)}<\epsilon$が成立すること。
次に位相空間の定義と連続写像の定義を確認しよう。
集合$X$とその冪集合$P(X)$の部分集合$O\subset P(X)$の組$(X,O)$が位相空間であるとは、
$X\in O, \emptyset\in O$
正の整数$n$に対して$U_1,\ldots,U_n\in O$ならば$\bigcap_{i=1}^n U_i\in O$
任意の集合$\Lambda$と$\Lambda$で添え字付けられた$O$の要素の族$\{U_\lambda\}_{\lambda\in\Lambda}$[^1]に対して$\bigcup_{\lambda\in\Lambda}U_\lambda\in O$
位相空間$(X_1,O_1), (X_2,O_2)$の間の連続写像$f:(X_1,O_1)\to(X_2,O_2)$とは、写像$f:X_1\to X_2$であって、任意の$U\in O_2$に対して$U$の$f$による逆像$f^{-1}(U)\in O_1$であるものをいう。
集合$X$に対して、位相空間$(X,O)$の定め方は一通りとは限らないことに注意しよう。
上は一般の位相空間について述べたが、今回は$X$を実数全体のなす集合$\R$とする。この集合に対して$O_\R\subset P(\R)$を適切に定めることで、位相空間$(\R,O_\R)$における連続写像の定義が$\epsilon\delta$論法による関数の連続性と結びつくことを確かめるのがこの文章の目標である。
$\R$の冪集合$P(\R)$の部分集合$O_\R\subset P(\R)$を次のように定める。$U\in O_\R$であることは任意の$x\in U$に対してある$\epsilon>0$が存在して、$(x-\epsilon,x+\epsilon)\subset U$であること。
ここで、$(x-\epsilon,x+\epsilon)$という記号は開区間を表すもので、$x-\epsilon$より大きく$x+\epsilon$より小さい実数のなす集合のこと、つまり
$$\begin{eqnarray}
(x-\epsilon,x+\epsilon)=\{y\in\R\vert x-\epsilon< y< x+\epsilon\}\end{eqnarray}$$である。
より一般に、開区間$(a,b)\subset\R$は $$\begin{eqnarray} (a,b)=\{x\in\R\vert a< x< b\}\end{eqnarray}$$で定まるもの。
上の定義4で定めた$O_\R$と$\R$の組$(\R,O_\R)$が位相空間の定義2を満たすかどうかは証明が必要である。その前に上の定義4に慣れるため、開区間が$O_\R$に属することを確かめよう。
開区間$(a,b)=\{x\in\R\vert a< x< b\}\subset\R$を考える。
これが$O_\R$に属することをいうために、任意の$x\in (a,b)$に対してある$\epsilon>0$が存在して、$(x-\epsilon,x+\epsilon)\subset(a,b)$であることをいう。$x\in U$とする。 このとき$a< x< b$である。$\epsilon=\min\{x-a,b-x\}$とすると$(x-\epsilon,x+\epsilon)\subset(a,b)$となる。
この$\epsilon$が定義において存在を示すべき$\epsilon$である。
さて、$(\R,O_\R)$が位相空間の$3$条件を満たすことを確かめる。
上で定義した$O_\R$を用いると$(\R,O_\R)$が位相空間となる。
$\R\in O_\R$であることは、いかなる$x,\epsilon$に対しても$(x-\epsilon,x+\epsilon)\subset\R$なのでよい。$\emptyset\in O_\R$であることは、$U=\emptyset$に対する条件が空集合の要素に対する全称なので真。
$U_1,\ldots,U_n\in O_\R$とする。
これに対して$\bigcap_{i=1}^nU_i\in O_\R$を示す。$x\in\bigcap_{i=1}^nU_i$とする。
このとき、全ての$i=1,\ldots,n$に対し$x\in U_i$である。$x\in U_i$であることから、ある$\epsilon_i>0$が存在して$(x-\epsilon_i,x+\epsilon_i)\subset U_i$である。$\epsilon=\min_{i=1,\ldots,n}\epsilon_i$とする。
全ての$i$に対して$\epsilon\leq \epsilon_i$であるから
$$\begin{eqnarray}
(x-\epsilon,x+\epsilon)\subset(x-\epsilon_i,x+\epsilon_i)\subset U_i\end{eqnarray}$$となる。
よって、共通部分の定義から$(x-\epsilon,x+\epsilon)\subset\bigcap_{i=1}^nU_i$となる。
以上より、この$\epsilon$が$x$に対して存在を示すべきものである。
$O$の要素の族$\{U_\lambda\}_{\lambda\in\Lambda}$をとる。
これに対して$\bigcup_{\lambda\in\Lambda}U_\lambda\in O_\R$を示す。$x\in\bigcup_{\lambda\in\Lambda}U_\lambda$とする。
このとき、ある$\lambda$が存在して$x\in U_\lambda$となる。$U_\lambda\in O$であるから、ある$\epsilon>0$が存在して$(x-\epsilon,x+\epsilon)\subset U_\lambda$となる。
和集合の定義から$U_\lambda\subset\bigcup_{\lambda\in\Lambda}U_\lambda$なので、上と合わせて $$\begin{eqnarray}
(x-\epsilon,x+\epsilon)\subset\bigcup_{\lambda\in\Lambda}U_\lambda\end{eqnarray}$$となる。
よって、この$\epsilon$が$x$に対して存在を示すべきものである。
さて、上で紹介した連続性の二つの定義が等価であることをいおう。実際には上で述べた関数の連続性の定義1は点$a\in\R$における連続性なので、このままでは同値にならない。$f:\R\to\R$の$\R$全体での連続性を以下のように定義する。
$f:\R \to \R$が連続であるとは、任意の$a\in\R$に対して、以下が成立すること。
任意の$\epsilon>0$に対してある$\delta>0$が存在して、$\abs{x-a}<\delta$ならば$\abs{f(x)-f(a)}<\epsilon$が成立すること。
位相空間の連続写像の定義をある点における連続性で定義することも可能だが、今回はこちらでやることにする。
位相空間の連続写像の定義2を改めて述べる。
位相空間$(X_1,O_1), (X_2,O_2)$の間の連続写像$f:(X_1,O_1)\to(X_2,O_2)$とは、写像$f:X_1\to X_2$であって、任意の$U\in O_2$に対して$f^{-1}(U)\in O_1$であるものをいう。
この二つの定義5,6の同値性を示すため、まずは関数の連続性の定義5を集合の言葉を用いて書き換えよう。そのために、絶対値を用いた記述を開区間を用いて書き直す。まず、$x\in(a-\epsilon,a+\epsilon)$と$\abs{x-a}<\epsilon$は同値であることを説明する。$\abs{x-a}<\epsilon$は絶対値を外すと $$\begin{eqnarray}
-\epsilon< x-a<\epsilon\\\end{eqnarray}$$となり、この各辺に$a$を足すと
$$\begin{eqnarray}
a-\epsilon< x< a+\epsilon\end{eqnarray}$$となる。よって、これは
$$\begin{eqnarray}
x\in(a-\epsilon,a+\epsilon)\end{eqnarray}$$と同値。
同様に$\abs{f(x)-f(a)}<\epsilon$は$f(x)\in(f(a)-\epsilon,f(a)+\epsilon)$と同値である。さらに、これを逆像を用いて書くと
$$\begin{eqnarray}
x\in f^{-1}((f(a)-\epsilon,f(a)+\epsilon))\end{eqnarray}$$と同値でもある。
以上のことから、$a\in\R$に対する条件である $$\begin{eqnarray}
\mbox{任意の}\epsilon>0\mbox{に対してある}\delta>0\mbox{が存在して、}
\abs{x-a}<\delta\mbox{ならば}\abs{f(x)-f(a)}\epsilon\mbox{が成立する。}\end{eqnarray}$$は次のように書ける。
$$\begin{eqnarray}
\mbox{任意の}\epsilon>0\mbox{に対してある}\delta>0\mbox{が存在して、}
x\in(a-\delta,a+\delta)\mbox{ならば}x\in f^{-1}((f(a)-\epsilon,f(a)+\epsilon))\mbox{が成立する。}\end{eqnarray}$$さらにこの$x$についての条件は集合の包含関係 $$\begin{eqnarray}
(a-\delta,a+\delta)\subset(f(a)-\epsilon,f(a)+\epsilon)\end{eqnarray}$$と同値である。したがって、$\epsilon\delta$論法を用いた関数の連続性の定義5を集合の言葉を使って書き直すと次のようになる。
$f:\R\to\R$が連続であるとは、任意の$a\in\R$に対して、以下が成立すること。
任意の$\epsilon>0$に対してある$\delta>0$が存在して、 $$\begin{eqnarray} (a-\delta,a+\delta)\subset f^{-1}((f(a)-\epsilon,f(a)+\epsilon))\end{eqnarray}$$が成立する。
この書き換えでは、位相空間の言葉は使っておらず、単に集合の記号を用いて$\epsilon\delta$論法による連続性を書き換えただけなことを再度注意しておく。
さて、この書き換えた定義7が位相空間を用いた定義6と同値なことを確かめよう。まずは$f:(\R,O_\R)\to(\R,O_\R)$が位相空間の間の連続写像であるとき、関数の連続性を満たすことを確かめる。
$a\in\R$を取る。 $\epsilon>0$を取る。
位相空間$(\R,O_\R)$の定義より $$\begin{eqnarray}
(f(a)-\epsilon,f(a)+\epsilon)\in O_\R\end{eqnarray}$$ である。$f$が位相空間の間の連続写像なので、上の開区間$(f(a)-\epsilon,f(a)+\epsilon)$の$f$による逆像は
$$\begin{eqnarray}
f^{-1}((f(a)-\epsilon,f(a)+\epsilon))\in O_\R\end{eqnarray}$$ を満たす。$f(a)\in(f(a)-\epsilon,f(a)+\epsilon)$なので、逆像の定義から
$$\begin{eqnarray}
a\in f^{-1}((f(a)-\epsilon,f(a)+\epsilon))\end{eqnarray}$$ である。$f^{-1}((f(a)-\epsilon,f(a)+\epsilon))\in O_\R$であり$a\in f^{-1}((f(a)-\epsilon,f(a)+\epsilon))$なので、$O_\R$の定義からある$\epsilon'>0$が存在して、$$\begin{eqnarray}
(a-\epsilon',a+\epsilon')\subset f^{-1}((f(a)-\epsilon,f(a)+\epsilon))\end{eqnarray}$$である。 この$\epsilon'$を$\delta$とすれば示すべき条件が満たされる。
逆に、$f:\R\to\R$が定義7の意味で連続関数であるとき、定義6の意味で位相空間の間の連続写像$f:(\R,O_\R)\to(\R,O_\R)$を定めることを示そう。
$V\in O_\R$をとる。 これに対して$f^{-1}(V)\in O_\R$を示す。$O_\R$の定義から、任意の$a\in f^{-1}(V)$に対してある$\epsilon>0$が存在して$(a-\epsilon,a+\epsilon)\subset f^{-1}(V)$となることを言えばよい。$a\in f^{-1}(V)$を取る。 逆像の定義から$f(a)\in V$である。$V\in O_\R$であるから、この$a\in V$に対してある$\epsilon>0$が存在して
$$\begin{eqnarray}
(f(a)-\epsilon,f(a)+\epsilon)\subset V\end{eqnarray}$$ である。$f$が連続なので、この$a$と$\epsilon$に対して$\delta>0$が存在して、$$\begin{eqnarray}
(a-\delta,a+\delta)\subset f^{-1}((f(a)-\epsilon,f(a)+\epsilon))\end{eqnarray}$$が成り立つ。$(f(a)-\epsilon,f(a)+\epsilon)\subset V$であるから、逆像の性質より
$$\begin{eqnarray}
f^{-1}((f(a)-\epsilon,f(a)+\epsilon))\subset f^{-1}(V)\end{eqnarray}$$である。 上の包含を二つ合わせて $$\begin{eqnarray}
(a-\delta,a+\delta)\subset f^{-1}(V)\end{eqnarray}$$ となる。
この$\delta$を$\epsilon$とすればよい。
改めて振り返ると、$O_\R$の定義は天下りに与えられたがこれこそが$\epsilon\delta$論法による連続性の定義と連続写像の概念が同値になるような$\R$の位相であるということができる。
実際には$O_\R$は開区間全体を含む最小の位相であるという言い方もできる。$I\subset P(\R)$を開区間全体で定まる集合とする。ただし端点は$-\infty, +\infty$も許すことにする。つまり、$U\in I$であることは$a,b\in\R\cup\{\pm\infty\}$が存在して$U=\{x\in\R\vert a< x< b\}$とかけることで定める。この$I$を用いて$(\R,I)$を考えると、これは位相空間の定義を満たさない。例えば$U_1=(0,1), U_2=(1,2)\in I$だが$U_1\cup U_2=(0,1)\cup(1,2)\notin I$である。そこで、定義を満たすように$I$に上のような集合を追加していく。そのようにしてできた$P(X)$の部分集合で定義を満たしかつ最小なものが$O_\R$である。