3

複素解析:一致の定理

3765
0
$$$$

今回の目標

今回は、複素解析に出てくる一致の定理と呼ばれる定理を紹介します。これは、二つの正則関数がある点の周りで一致していれば、領域全体で一致してしまうということを主張する定理です。
正則関数に対してその定義域を自然に拡張する解析接続と呼ばれる操作があります。一致の定理は解析接続の一意性を保証してくれる定理です。

今回の予備知識

用語について

  • 連結な開集合のことを領域といいます。

定義・定理について

複素数の意味で微分可能な関数のことを正則関数と呼びます:

正則関数

$\Omega \subset \mathbb{C}$を領域とする。関数$f: \Omega \to \mathbb{C}$正則であるとは、任意の$z \in \Omega$に対して、極限$$\lim_{h \to 0}\frac{f(z+h) - f(z)}{h} $$が存在することをいう。

また、任意の点でテイラー展開が可能な関数を解析関数と呼びます:

解析関数

$\Omega \subset \mathbb{C}$を領域する。関数$f:\Omega \to \mathbb{C}$解析的であるとは、任意の$z_0 \in \Omega$に対して、ある$z_0$の近傍$U$$a_p \in \mathbb{C}$ ($p=0,1,\ldots$)が存在して、任意の$z \in U$に対して
$$f(z) = \sum_{p=0}^{+\infty} a_p(z-z_0)^p $$
が成り立つことをいう。

複素関数の正則性と解析性は同値であることが知られています。

正則関数と解析関数の同値性

$\Omega \subset \mathbb{C}$を領域する。関数$f:\Omega \to \mathbb{C}$に対して、以下は同値である:

  1. $f$は正則である。
  2. $f$は解析的である。

今回は正則関数に対する命題として一致の定理を述べますが、解析関数に対する性質を用いて一致の定理を証明します。最も重要なのは次の定理です。

解析関数の零点の離散性

$\Omega \subset \mathbb{C}$を領域とし、関数$f: \Omega \to \mathbb{C}$が解析的であるとする。$f$が恒等的に$0$でないならば、$f$の零点集合$$\{z \in \Omega: f(z) = 0 \}$$$\Omega$内で離散的である。

こちらの定理の証明に関しては、前回の記事 複素解析:解析関数の零点の離散性 をご覧ください。

一致の定理

それでは、一致の定理を見てみましょう。

一致の定理

$\Omega \subset \mathbb{C}$を領域とし、$f, g: \Omega \to \mathbb{C}$を正則関数とする。$\Omega$内の点列$\{z_j\}_{j \in \mathbb{N}}$$z \in \Omega$が存在して、

  • $\lim_{j \to +\infty} z_j = z$
  • 任意の$j$に対して、$f(z_j) = g(z_j)$

をみたすとする。このとき、任意の$z \in \Omega$に対して$f(z) = g(z)$が成り立つ。

2つの正則関数$f, g$に対して、ある$\Omega$内の収束点列で値が一致していれば、$\Omega$全体で一致する、ということを述べています。証明の前に、いくつか注意すべき点を見ておきましょう。

正則でない場合

領域$\Omega \subset \mathbb{C}$上の連続関数や無限回微分可能関数については、一致の定理は成り立ちません。

$\Omega$の外に収束する場合

「点列$\{z_j\}$の極限$z$$\Omega$内に存在する」という仮定は重要です。じっさい、$\Omega$内に集積点を持たないような点列$\{z_j\}$に対して、零点集合が$\{z_j: j \in \mathbb{N}\}$と一致するような正則関数が存在することが知られています(ワイエルシュトラスの定理)。
参考: Weierstrass theorem - Encyclopedia of Mathematics (英語)

それでは、一致の定理の証明を見ていきましょう。

$h := f - g$とおく。仮定より$h$$\Omega$上の正則関数で、すべての$j$に対して$h(z_j) = 0$を満たす。$h$の連続性より、$h(z) = \lim_{j \to +\infty} h(z_j) = 0$である。したがって、$z$$h$の離散的でない零点であるから、定理2より、$h$は恒等的に$0$である。よって、$\Omega$上で$f = g$が成り立つ。

2つの関数の差を考えると、解析関数の零点の離散性から差が恒等的に0になるという証明でした。零点の離散性を示すのは少し大変でしたが、それさえ示せてしまえば比較的簡単ですね。

一致の定理の系、応用

一致の定理の系として、次のようなものが挙げられます:

一致の定理の系:ある開集合上で一致する場合

$\Omega \subset \mathbb{C}$を領域とする。$f, g: \Omega \to \mathbb{C}$を正則関数とする。$\Omega$の空でない開部分集合$U$が存在して、任意の$z\in U$に対して$f(z)= g(z)$が成り立つとする。このとき、任意の$z \in \Omega$に対して$f(z) = g(z)$が成り立つ。

一致の定理の系:曲線上で一致する場合

$\Omega \subset \mathbb{C}$を領域とする。$f, g: \Omega \to \mathbb{C}$を正則関数とする。$\Omega$内の1点でない連続曲線$C$が存在して、任意の$z\in C$に対して$f(z)= g(z)$が成り立つとする。このとき、任意の$z \in \Omega$に対して$f(z) = g(z)$が成り立つ。

同じ定義域の正則関数が2つあったとき、「ある開集合上で一致すれば全体で一致」「ある曲線上で一致すれば全体で一致」ということがわかります。一部分で等しいことをチェックすれば全体で等しいことが分かってしまうというのが一致の定理の強力なところです。

応用:指数関数の$\mathbb{C}$上への正則拡張の一意性

$\mathbb{R}$上の指数関数
$$e^x = 1 + x + \frac{1}{2!}x^2 + \frac{1}{3!}x^3 + \cdots + \frac{1}{n!} x^n + \cdots $$
の定義域を$\mathbb{C}$に拡張することを考えてみましょう。このような拡張はいろいろ考えられるかもしれませんが、正則という条件を満たすものはひとつしかありません。具体的には、$z \in \mathbb{C}$に対して
$$e^z = 1 + z + \frac{1}{2!}z^2 + \frac{1}{3!}z^3 + \cdots + \frac{1}{n!} z^n + \cdots $$
が正則な拡張になっています。(収束半径が$+\infty$なので、$\mathbb{C}$上で収束して正則関数を定めます。)
一致の定理から、$\mathbb{R}$上で$e^x$と一致するような$\mathbb{C}$上の正則関数はこれしかないことがわかります。

解析接続

このように、一致の定理を用いることで正則関数(解析関数)の定義域を「自然に」広げることができます。この操作を解析接続と呼んでいます。
正則関数がどのように解析接続されるか、あるいはもうこれ以上解析接続できないかといったことを調べるのは複素解析における興味深い問題の一つです。

次回は解析接続についてもう少し詳しく見ていきたいと思います。それではまた!

投稿日:20201112

この記事を高評価した人

高評価したユーザはいません

この記事に送られたバッジ

バッジはありません。

投稿者

orca
orca
19
9285

コメント

他の人のコメント

コメントはありません。
読み込み中...
読み込み中