今日は令和年月日なので,を用いた個の例を挙げます.いずれも,基礎的な環論の概念についての例になっています.
は,小さすぎず大きすぎないちょうどいい感じの環であり,簡単な具体例を作るのに適しています.環論で新しく出会った概念の具体例を作る際,私が愛用している環がこれなのです.環論などで新しい概念がうまく飲み込めないときは,あなたもぜひ(あるいは他の有限環)を用いて具体例を作ってみてください.きっと理解の助けになるでしょう.
さて,まずとはそもそも,環をそのイデアルで割った剰余環です.しかしこれから剰余環や局所化の例を見る際に,剰余環の剰余環とか,剰余環の局所化を考えるのはつらいので,この記事ではが剰余環であることは忘れて,単に集合に演算が入ったものと思うことにしましょう:.
(加法はをで割った余り),乗法はをで割った余り)で定まっています.)
記事全体でとします.
(1)イデアル
全てのイデアルを列挙
のイデアルは全部でつありますが,全てつの元で生成されます.のイデアルを全て列挙すると次の通りになります:
,
,
,
.
とは素イデアルです.したがってはの素元です.
また,とは極大イデアルでもあります.
とは,素イデアルでも極大イデアルでもないです.
付け足し
アルティン環についての次のような命題があります:
アルティン環の任意の素イデアルは,極大イデアルである.
さて,有限可換環は明らかにアルティン環なので,もアルティン環です.の素イデアルはですが,これらは確かに極大イデアルであり,命題を満たしていますね.
(2)剰余環
剰余環の例
イデアルによる剰余環を考えましょう.
はを用いてと書けるもの全体の集合です.なので,という表記自体は6種類あるのですが,表記が違くてもの元としては同じものである場合があるので,はより小さくなります.実際,
,
,
となっているため,
となります.
なおの正体はという集合ですから,は集合の集合であり,次のようにも書けます:
.
イデアルの対応の例
さて,上のについて,剰余環におけるイデアルの対応を見てみましょう.
のイデアル全体の集合を,のイデアルでを含むもの全体の集合をとします.との間には以下の全単射があります:
各は集合であることを思い出して,それらの元を明らかにして書くと次のようになります:
この例をよく見てみましょう.の元はが入れ子になっていますが,内側のを取り除いたものが,対応するの元になっていますね.
の元は集合の集合なので,大皿の上に小皿が載っていて,さらにその小皿の上に元が載っているという構造なわけですが,小皿をとっぱらって全部を大皿に移したものが,対応するの元になるのです.
(3)局所化
局所化の例
の部分集合を考えます.はの乗法的集合(積閉集合)になっています.さてによるの局所化を考えましょう.はとを用いてという分数の形に書けるもの全体の集合です.分母は種類,分子は種類あるので,という表記は全部で種類あるのですが,(普通の分数と同じように)表記が違くてもの元としては同じものがあるので,の要素数はより少なくなります.
実際,
となっていることが計算によりわかるため,
となります.
ここで,などのように,分子がでないのに分数全体としてはに等しくなるという現象が観察されます.この現象について詳しくは私の別の記事をご覧ください:
記事「局所化のあの同値関係を自然に導く」
なお,となっているため,はの素イデアルによる局所化でもあります.したがってこのはとも表せます..
(この例では,局所化はもとの環よりも「小さく」なっています.実はこれは,例外的といってもいい現象です.例えばが整域でがその乗法的集合のとき,局所化はより「大きく」なります.正確には自然な環準同型が単射になります.)
素イデアルの対応定理の例
上のについて,素イデアルの対応を見てみましょう.の素イデアル全体の集合を,の素イデアルであってと交わらない(に含まれる)もの全体の集合をとすると,はともに元集合で,唯一の元の対応は次のようになっています:
(4)素元分解と既約元分解
は整域でないため,素元や既約元の奇妙な振る舞いを見ることができます.
のでも単元でもない元はですが,これらは全ての素元です.したがってのでも単元でもない元は全て有限個の素元の積として表せます.(自分自身が素元なため.)しかし,素元分解は一意的でないです.例えば:
さて,実はは素元であるにもかかわらず,既約元でないです.また,有限個の既約元の積として表すこともできません(!).これらのことを証明しましょう.
とおいたとき,と積の形に書けるが,ももの単元でない.したがっては既約元でない.
の(既約元とは限らない)元の積として
と表せたとする.今,なので,.ゆえに.
今,はの単元であるため既約元でなく,また命題によりは既約元でないので,の元はいずれも既約元でない.ゆえ,はいずれも既約元でない.したがってをの有限個の既約元の積として表すことはできない.
(実はも既約元でないことが示せる(示してみよう!)ので,は既約元をつも持ちません(!).なので,そのことからは有限個の既約元の積として表せない,としてもよいです.既約元がそもそも個もないからです.もちろんも既約元の積として表せません.)
さて,整域に関する次のつの命題が知られています:
をネーター環かつ整域とするとき,のでも単元でもない任意の元は,有限個の既約元の積として表せる.
私たちが今考えているはネーター環だが整域ではないため,これらつの命題を満たさないのです.(は素元だが既約元でない.は有限個の既約元の積として表せない.)
非整域では(ネーター環であっても)有限個の既約元の積で書けない元が存在しうるというのは不思議ですね!
(5)中国式剰余定理
この節においては,はのイデアルによる剰余環であることを思い出すことにします.中国式剰余定理により,環としての同型を示してみましょう.
まず,環のイデアルとしてです.実際,任意のに対して,なので,ですね.逆の包含は明らかです.
したがって中国式剰余定理により,環の同型を得ます.同型写像は次の通りです:
(は互いに逆になっています.)
(6)環上の加群
上の変数多項式環を考えます.また,はの加法群とします.可換群を環上の(左)加群とみなすことを考えましょう.を上の加群とみなす方法はどんなものがあるでしょうか?(全ての作用を列挙することが最終的な目標です.)
考察してみましょう.
何らかの方法により,を上の加群とみなすことができたとします.それがどういう作用かは具体的にはわからないけれども,環上の加群の公理によってわかることがいくつかあります.それらを見ていきましょう.
混乱を避けるために,のへの作用は星を用いて表すことにします:
またにおける環としての積はで表します.
定数の作用
まず,環上の加群の公理により,任意のに対して
となります.も次のように求まります:
また,なので,これでの多項式のうち定数による作用が全て決定しました.
一般の多項式の作用
多項式とに対してがどうなるか見てみましょう.
となるので,結局,単項式に対するが決まれば,が求まることがわかります.
単項式の作用
そこで,単項式とに対するがどうなるか考えてみましょう.なので,とおけば,環上の加群の公理により,
となります.さらに,
(は個)
となります.よって,という写像を考えると,結局となることがわかります.ただしとは,を回合成した写像です.
以上の議論から,写像を定めることで,が定まり,最終的にが定まることがわかります.
ところがどっこい,
などとなりますから,はの値だけで決まってしまいます!
ということは結局,のへの作用は,のみによって決定するのです!
例えば?
では例えばとしてみましょう.
同様にがわかります.
ではに対してを求めてみましょう.
を加群とみなす方法は全部でいくつあるか
のへの作用は,で決まってしまうのでした.はの元でなので,を上の加群とみなす方法は全部で6個あることがわかります.実際,ごとにを次のように定めることで,が成り立ち,は作用により加群になります:
ただし,右辺において,とは環における積を考えている.
を上の加群とみなす方法は個ありますが,異なる方法で加群とみなしたものは,実は同型にもなりません.どの作用で考えているかを区別するためににより加群とみなしたをと書くことにすると,に対して,加群としてとなるのです.この証明は難しくないので,興味のある方はトライしてみてください.
とまあ,長々と書いてしまいましたが,実は次のように考えると簡単です:
加群とは環準同型のことであり,環としてである.よって環準同型を考えれば良いが,これはの行き先により定まる.なので,の行き先は通りありうる.ゆえにを加群とみなす方法は個ある.
有限な具体例を作るすすめ
環論に限らず,数学では難しい概念が出てきて,「何だこれ」「わかんない…」と思うことは多々あると思います.そういうときには,私は簡単な具体例を作るようにしています.今回という有限環を用いて例を作ったように,私は有限な例をまず作るようにしています.有限な例は,扱いやすいからです.
あなたも,数学でわからない概念に出会ったときは,有限な例を作ってみてはいかがでしょうか.きっと,理解の助けになることでしょう.