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大学数学基礎解説
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環論,ℤ/6ℤの6例(令和6年6月6日)

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今日は令和666日なので,Z/6Zを用いた6個の例を挙げます.いずれも,基礎的な環論の概念についての例になっています.

Z/6Zは,小さすぎず大きすぎないちょうどいい感じの環であり,簡単な具体例を作るのに適しています.環論で新しく出会った概念の具体例を作る際,私が愛用している環がこれなのです.環論などで新しい概念がうまく飲み込めないときは,あなたもぜひZ/6Z(あるいは他の有限環)を用いて具体例を作ってみてください.きっと理解の助けになるでしょう.

さて,まずZ/6Zとはそもそも,環Zをそのイデアル6Zで割った剰余環です.しかしこれから剰余環や局所化の例を見る際に,剰余環の剰余環とか,剰余環の局所化を考えるのはつらいので,この記事ではZ/6Zが剰余環であることは忘れて,単に集合{0,1,2,3,4,5}に演算が入ったものと思うことにしましょう:Z/6Z={0,1,2,3,4,5}

(加法はa+b:=(a+b6で割った余り),乗法はab:=(ab6で割った余り)で定まっています.)

記事全体でA:=Z/6Zとします.

(1)イデアル

全てのイデアルを列挙

Aのイデアルは全部で4つありますが,全て1つの元で生成されます.Aのイデアルを全て列挙すると次の通りになります:
(0)={0}
(1)=(5)={0,1,2,3,4,5}
(2)=(4)={0,2,4}
(3)={0,3}

(2)(=(4))(3)は素イデアルです.したがって2,3,4Aの素元です.
また,(2)(3)は極大イデアルでもあります.
(0)(1)は,素イデアルでも極大イデアルでもないです.

付け足し

アルティン環についての次のような命題があります:

アルティン環の任意の素イデアルは,極大イデアルである.

さて,有限可換環は明らかにアルティン環なので,Aもアルティン環です.Aの素イデアルは(2),(3)ですが,これらは確かに極大イデアルであり,命題1を満たしていますね.

(2)剰余環

剰余環の例

イデアルI:=(3)(={0,3})による剰余環A/Iを考えましょう.

A/IaAを用いてa+Iと書けるもの全体の集合です.|A|=6なので,a+Iという表記自体は6種類あるのですが,表記が違くてもA/Iの元としては同じものである場合があるので,|A/I|6より小さくなります.実際,

0+I=3+I,
1+I=4+I,
2+I=5+I

となっているため,
A/I={0+I,1+I,2+I}(Z/3Z)となります.

なおa+Iの正体はa+I={a+0,a+3}という集合ですから,A/Iは集合の集合であり,次のようにも書けます:
A/I={{0,3},{1,4},{2,5}}

イデアルの対応の例

さて,上のA/Iについて,剰余環におけるイデアルの対応を見てみましょう.
A/Iのイデアル全体の集合をXAのイデアルでIを含むもの全体の集合をYとします.XYの間には以下の全単射があります:
XY(0+I)(={0+I})IA/I(={0+I,1+I,2+I})A

a+Iは集合であることを思い出して,それらの元を明らかにして書くと次のようになります:
XY{{0,3}}{0,3}{{0,3},{1,4},{2,5}}{0,1,2,3,4,5}
この例をよく見てみましょう.Xの元は{}が入れ子になっていますが,内側の{}を取り除いたものが,対応するYの元になっていますね.
Xの元は集合の集合なので,大皿の上に小皿が載っていて,さらにその小皿の上に元が載っているという構造なわけですが,小皿をとっぱらって全部を大皿に移したものが,対応するYの元になるのです.

(3)局所化

局所化の例

Aの部分集合S:={1,2,4,5}を考えます.SAの乗法的集合(積閉集合)になっています.さてSによるAの局所化S1Aを考えましょう.S1AaAsSを用いてasという分数の形に書けるもの全体の集合です.分母は|S|=4種類,分子は|A|=6種類あるので,asという表記は全部で4×6=24種類あるのですが,(普通の分数と同じように)表記が違くてもS1Aの元としては同じものがあるので,S1Aの要素数は24より少なくなります.

実際,

01=02=04=05=31=32=34=35,

11=41=22=52=14=44=25=55,

21=51=12=42=24=54=15=45

となっていることが計算によりわかるため,

S1A={01,11,21}(Z/3Z)となります.

ここで,31=0などのように,分子が0でないのに分数全体としては0に等しくなるという現象が観察されます.この現象について詳しくは私の別の記事をご覧ください:
記事「局所化のあの同値関係を自然に導く」

なお,S=A(3)となっているため,S1AAの素イデアル(3)による局所化でもあります.したがってこのS1AA(3)とも表せます.S1A=A(3)

(この例では,局所化S1Aはもとの環Aよりも「小さく」なっています.実はこれは,例外的といってもいい現象です.例えばR整域Tがその乗法的集合のとき,局所化T1RRより「大きく」なります.正確には自然な環準同型RT1Rが単射になります.)

素イデアルの対応定理の例

上のS1Aについて,素イデアルの対応を見てみましょう.S1Aの素イデアル全体の集合をXAの素イデアルであってSと交わらない((3)に含まれる)もの全体の集合をYとすると,X,Yはともに1元集合で,唯一の元の対応は次のようになっています:
X(01)={01}(3)={0,3}Y

(4)素元分解と既約元分解

Aは整域でないため,素元や既約元の奇妙な振る舞いを見ることができます.

A0でも単元でもない元は2,3,4Aですが,これらは全てAの素元です.したがってA0でも単元でもない元は全て有限個の素元の積として表せます.(自分自身が素元なため.)しかし,素元分解は一意的でないです.例えば:2=23.

さて,実は3は素元であるにもかかわらず,既約元でないです.また,有限個の既約元の積として表すこともできません(!).これらのことを証明しましょう.

3Aは既約元でない.

x=y=3とおいたとき,3=xyと積の形に書けるが,xyAの単元でない.したがって3は既約元でない.

3AAの有限個の既約元の積として表せない.

Aの(既約元とは限らない)元の積として

3=a1a2an

と表せたとする.今,3(2)なので,a1,a2,...,an(2)={0,2,4}.ゆえにa1,a2,...,anA{0,2,4}={1,3,5}

今,1,5Aの単元であるため既約元でなく,また命題2により3は既約元でないので,{1,3,5}の元はいずれも既約元でない.ゆえ,a1,a2,...,anはいずれも既約元でない.したがって3Aの有限個の既約元の積として表すことはできない.

(実は2,4も既約元でないことが示せる(示してみよう!)ので,Aは既約元を1つも持ちません(!).なので,そのことから3は有限個の既約元の積として表せない,としてもよいです.既約元がそもそも1個もないからです.もちろん2,4も既約元の積として表せません.)

さて,整域に関する次の2つの命題が知られています:

Rを整域とするとき,Rの素元は既約元である.

Rをネーター環かつ整域とするとき,R0でも単元でもない任意の元は,有限個の既約元の積として表せる.

私たちが今考えているA=Z/6Zはネーター環だが整域ではないため,これら2つの命題を満たさないのです.(3は素元だが既約元でない.3は有限個の既約元の積として表せない.)

非整域では(ネーター環であっても)有限個の既約元の積で書けない元が存在しうるというのは不思議ですね!

(5)中国式剰余定理

この節においては,Z/6ZZのイデアル6Zによる剰余環であることを思い出すことにします.中国式剰余定理により,環としての同型Z/2Z×Z/3ZZ/6Zを示してみましょう.

まず,環Zのイデアルとして2Z+3Z=Zです.実際,任意のnZに対して,n=2(n)+3n2Z+3Zなので,Z2Z+3Zですね.逆の包含は明らかです.

したがって中国式剰余定理により,環の同型Z/6ZZ/(2Z3Z)Z/2Z×Z/3Zを得ます.同型写像は次の通りです:
f:Z/6ZZ/2Z×Z/3Zn+6Z(n+2Z,n+3Z)g:Z/2Z×Z/3ZZ/6Z(a+2Z,b+3Z)3a2b+6Z
(f,gは互いに逆になっています.)

(6)環上の加群

A上の1変数多項式環B:=A[x]を考えます.また,M:=AAの加法群とします.可換群Mを環B上の(左)加群とみなすことを考えましょう.MB上の加群とみなす方法はどんなものがあるでしょうか?(全ての作用を列挙することが最終的な目標です.)

考察してみましょう.

何らかの方法により,MB上の加群とみなすことができたとします.それがどういう作用かは具体的にはわからないけれども,環上の加群の公理によってわかることがいくつかあります.それらを見ていきましょう.

混乱を避けるために,BMへの作用は星を用いて表すことにします:
:B×MM(b,m)bm
またBにおける環としての積はで表します.

定数の作用

まず,環上の加群の公理により,任意のmMに対して

1m=m

となります.2m,3m,...も次のように求まります:

2m=(1+1)m=(1m)+(1m)=m+m.3m=(1+1+1)m=(1m)+(1m)+(1m)=m+m+m.4m=(1+1+1+1)m=(1m)+(1m)+(1m)+(1m)=m+m+m+m.5m=(1+1+1+1+1)m=(1m)+(1m)+(1m)+(1m)+(1m)=m+m+m+m+m.

また,0m=0なので,これでBの多項式のうち定数による作用が全て決定しました.

一般の多項式の作用

多項式f(x)=akxk+...+a1x+a0BmMに対してf(x)mがどうなるか見てみましょう.
f(x)m=(akxk+...+a1x+a0)m=(akxkm)+...+(a1xm)+(a0m)
となるので,結局,単項式axnに対するaxnmが決まれば,f(x)mが求まることがわかります.

単項式の作用

そこで,単項式axnB(aA,1nZ)mMに対するaxnmがどうなるか考えてみましょう.axn=xnaなので,r:=amとおけば,環上の加群の公理により,
axnm=(xna)m=xn(am)=xnr
となります.さらに,

xnr=x(x(x...(xr)))(xn個)

となります.よって,φ:MM,txtという写像を考えると,結局axnm=xnr=φn(r)となることがわかります.ただしφnとは,φn回合成した写像です.

以上の議論から,写像φ:MM,txtを定めることで,axnmが定まり,最終的にf(x)mが定まることがわかります.

ところがどっこい,

x2=x(1+1)=(x1)+(x1),x3=x(1+1+1)=(x1)+(x1)+(x1).

などとなりますから,φφ(1)=x1の値だけで決まってしまいます!

ということは結局,BMへの作用は,x1のみによって決定するのです!

例えば?

では例えばx1=2としてみましょう.

x2=x(1+1)=(x1)+(x1)=2+2=4.x3=x(1+1+1)=(x1)+(x1)+(x1)=2+2+2=0.

同様にx4=2,x5=4がわかります.

ではf(x):=5x2+3Bに対してf(x)2を求めてみましょう.

f(x)2=(5x2+3)2=((5x2)2)+32.
ここで
(5x2)2=5(x(x2))=5(x4)=52=(1+1+1+1+1)2=(12)+(12)+(12)+(12)+(12)=2+2+2+2+2=4.
また,
32=(1+1+1)2=(12)+(12)+(12)=2+2+2=0.
よって
f(x)2=4+0=4.

MB加群とみなす方法は全部でいくつあるか

BMへの作用は,x1で決まってしまうのでした.x1Mの元で|M|=6なので,MB上の加群とみなす方法は全部で6個あることがわかります.実際,cMごとにc:B×MMを次のように定めることで,xc1=cが成り立ち,Mは作用cによりB加群になります:

c:B×MM(i=0naixi,m)i=0naicim
ただし,右辺において,aicimとは環Aにおける積を考えている.

MB上の加群とみなす方法は6個ありますが,異なる方法でB加群とみなしたものは,実は同型にもなりません.どの作用で考えているかを区別するためにcによりB加群とみなしたM(M,c)と書くことにすると,c,dM(cd)に対して,B加群として(M,c)(M,d)となるのです.この証明は難しくないので,興味のある方はトライしてみてください.

とまあ,長々と書いてしまいましたが,実は次のように考えると簡単です:

B加群Mとは環準同型BEnd(M)のことであり,環としてEnd(M)Z/6Zである.よって環準同型Z/6Z[x]Z/6Zを考えれば良いが,これはxの行き先により定まる.|Z/6Z|=6なので,xの行き先は6通りありうる.ゆえにMB加群とみなす方法は6個ある.

有限な具体例を作るすすめ

環論に限らず,数学では難しい概念が出てきて,「何だこれ」「わかんない…」と思うことは多々あると思います.そういうときには,私は簡単な具体例を作るようにしています.今回Z/6Zという有限環を用いて例を作ったように,私は有限な例をまず作るようにしています.有限な例は,扱いやすいからです.
あなたも,数学でわからない概念に出会ったときは,有限な例を作ってみてはいかがでしょうか.きっと,理解の助けになることでしょう.

参考文献

[1]
雪江明彦, 代数学2 環と体とガロア理論, 日本評論社, 2010
投稿日:202465
更新日:202481
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  1. (1)イデアル
  2. 全てのイデアルを列挙
  3. 付け足し
  4. (2)剰余環
  5. 剰余環の例
  6. イデアルの対応の例
  7. (3)局所化
  8. 局所化の例
  9. 素イデアルの対応定理の例
  10. (4)素元分解と既約元分解
  11. (5)中国式剰余定理
  12. (6)環上の加群
  13. 定数の作用
  14. 一般の多項式の作用
  15. 単項式の作用
  16. 例えば?
  17. $M$$B$加群とみなす方法は全部でいくつあるか
  18. 有限な具体例を作るすすめ
  19. 参考文献