前回の記事: 2019年の阪大入試(理系)第4問(1)をめちゃくちゃ遠回りして解く その5
今回で完結となります.結局[Gyo20]に出てくる命題をこのシリーズの中で全部証明し切ってしまいました.ここまで読んでくださった方はもうこの論文は読む必要ないです(断言).
いよいよ最終目標である以下の定理を示します.
Calkin-Wilfツリーの頂点の分数は全て既約分数である.
やっと来たかと思うと感慨深いですね.多くても10行程度の証明で済むはずのこの定理の証明を,わざわざ(比較的)難解な証明を経由して示そうとしているのですから,ここまで読んでくださった方は相当なガッツがあると思います(自分で書いておいて何なんですが,ここまでの全部の議論をフォローしてくださっている人はいらっしゃるのだろうか…).全てをフォローしてくださっている方にもそうでない方にも,とにかく読者の皆様には本当に感謝しかありません.
前回,初期交点ベクトルツリーからCalkin-Wilfツリーを構成したわけですが,何か気づくことはないでしょうか.実際に最初の7つの対応を並べてみましょう.
compare2
Calkin-Wilfツリーは初期交点ツリーの3つの成分のうち2つを抜き出してそれぞれ+1して分子と分母に配置するという形で構成されていましたが,どの頂点を見ても交点ベクトルの値が一番大きい成分が選ばれていないことにお気づきでしょうか.実は同じことが交点ベクトルツリーとStern-Brocotツリーの場合にも起こっていました.
compare3
交点ベクトル/Stern-Brocotツリーの対応において最大の成分が選ばれないことは以下の定理から容易にわかります:
交点ベクトル/Stern-Brocotツリーの対応は,交点ベクトルの第1成分が分子,第2成分が分母に対応していた(
第3回の定理2
)ので,
初期交点ベクトルとCalkin-Wilfツリーの対応は,直前のフリップによって変化した成分以外の2成分に1を足したものをそれぞれ分子分母に配置する対応でした(
第5回の定理1
)ので,次の定理を示せばいいことになります.
としたとき,
ちなみに今はそんなに関係ありませんが(ないことはないですが)
補題3は交点行列の具体的な記述を与えた
第5回の定理8
からでも導出できますが,場合分けが多くて綺麗ではないので別の証明を考えます.そのために,第3回,第5回で使った命題に今回も登場してもらいましょう.
次のどちらかの不等式が成立する.
特に,任意の三角形分割
となる.
を仮定する.
任意の
任意の
ただし,
補題4,命題5,補題6の証明は 第3回の記事 を参照してください.補題7は交点行列の定義を考えれば明らかです.
まず,
逆について示す.
以上から,以下の定理が示されました.
第5回の定理1
における初期交点ベクトルツリーとCalkin-Wilfツリーの対応において使用される交点ベクトル
さて,もう少しです.ここでさらに少し記号の準備をしましょう.
3次の置換群を
と定義しておきます.このとき,以下の事実が成り立ちます.
任意の
この補題は一見非自明に見えますが,実は単純な話です.
第2回の記事
で
torusuniversal
これを補題中の
つまり,三角形分割
さて,実はもうほとんどCalkin-Wilfツリーの分数の既約性の証明は終わっています.最後にとどめをさしましょう.
まず最初に,Calkin-Wilfツリーと初期交点ベクトルツリーの対応において使用される交点ベクトル
以上でこのシリーズのゴールである定理が証明されました.ここまでお疲れ様でした!
これにて無事このシリーズは完結…といきたいところですが,まだ少しモヤモヤした感情を持っている人もいるかもしれません.おそらく,
こんなこと考えて何のためになるんだ!?
と思っていらっしゃる方もいるのではないでしょうか(あ,もし証明が間違っている等の理由でモヤモヤしている方がいらっしゃったらコメントをお寄せくださると助かります).実際,直接証明しようとすればこんな長ったらしい証明を与えなくても良いはずです.確かに,この事実を証明するだけならばここまでやる必要はありません.しかし,この証明の過程で考えたツリー同士の対応は重要な意味を持つと個人的には考えています.もうお気づきかと思われますが,このシリーズで一番僕が伝えたかった事実はツリーの既約性の話ではなくこのStern-Brocotツリー,Calkin-Wilfツリーと交点ベクトルが構成する2つのツリーの対応の話です.次回の記事で,そこら辺の話をして終わりにしようと思います.ということで後もう少しだけ続きます.ここまで読んでくださってありがとうございました.