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大学数学基礎解説
文献あり

直交多項式と超幾何関数(2)〜直交多項式の定義〜

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さて前回に引き続き、直交多項式についての記事を書こうと思う。

今回は
直交多項式とはどういうものであるかをざっくり定義す・・・るところまでかな。

その前にいくつか、必要な前提知識について簡単に述べておく。
(こういう回は書き飛ばしても良さそうだけど何かのために)

ベクトル空間と内積空間

ベクトルは、大雑把に言えば動きの情報を持った矢印のことである。
...と思っている方がいるなら、それでは定義が弱い。
これから話す上で、ベクトルは基本的に多項式たち;関数を扱うので。
その「動きの情報を持った矢印」が満たす性質を抽出し
逆にそれらを満たすものを「ベクトル」と呼ぶことにする。

ベクトル空間

Kを体、Vを空でない集合とする。
VK上のベクトル空間であるとは、加法+:V×VV及びスカラー倍:KVVの2つの演算があって次の8つを満たすものである。

  1. 任意のu,v,wVに対しu+(v+w)=u+(v+w) (加法の結合律)
  2. ある0VVが存在し、任意のxVに対しx+0V=0V+x=x (加法単位元の存在)
  3. 任意のxVに対し、ある元xVが存在して、x+(x)=(x)+x=0V (加法逆元の存在)
  4. 任意のu,vVに対しu+v=v+u (加法の可換律)
  5. 任意のr,sKvVに対しr(sv)=(rs)v (結合律)
  6. Kの乗法単位元1KKと任意のxVに対し1Kx=x (スカラー単位元)
  7. 任意のr,sKvVに対し(r+s)v=rv+sv (分配律)
  8. 任意のrKv,wVに対しr(v+w)=rv+rw (分配律)

別の言い方をすれば、可換群Vが体K上の加群となるときにそれをベクトル空間と呼ぶのである(環上の加群の特殊な例)。
我々がよく見るところでベクトル空間は顔を出す。

空間ベクトル

Rを実数体、R3は実数3つの組からなる加法群(直積群)とする。
これはR上の3次元ベクトル空間となる。
R3の各点は、3次元空間の点と同一視でき、また「向きと長さを持った矢印」とも同一視できる。

ベクトル空間における次元とは、一次独立な(非自明な線型結合による関係式を持たない)ベクトルの最大個数のことである。平面が2次元、空間が3次元と呼ばれるときのあの次元に他ならない。

行列

Kの元いくつかを長方形の形に並べたものを行列と呼ぶ。
縦がm個、横がn個のときmn列の行列と言い、それら全体の集合はMm,n(K)と書く。

行列は線形代数の基礎的な概念となっている。すなわち、ベクトル空間の間の写像(線形写像)は基底を固定することで行列としての表示ができる。
私個人的には、行列より線形写像を先に定義する流儀の方が好きではある。

数列

基礎体Kの成分を無限に(自然数を添字として)並べたものを数列と呼ぶ。
よく知られた事実として、数列全体の中である斉次線形漸化式を満たす数列全体は有限次元部分空間となり、その次元は漸化式の階数に一致する。

これは高校の3項間漸化式が典型的な例である。
例えばan+2=5an+16anという漸化式だと、特性方程式λ2=5λ6の解は2と3なので、この漸化式はan={2n},{3n}という2つの独立な解を持つ。
さらにこれらの一次結合an={a2n+b3n}でこの漸化式の解が尽くされているので、2次元ベクトル空間をなす、という主張である。
前回のチェビシェフ方程式の回(定理1)で出てきた漸化式
an+2(x)=2xan+1(x)an(x)
は第一種・第二種チェビシェフ多項式{Tn(x)},{Un(x)}ともに満たしているのがわかったが、この2つの数列も1次独立であることに注意すると、一般解は実はこれらチェビシェフ多項式の一次結合である。

数列はn番目の値が定められた離散的なものであるが、これを連続にしたものが次である。

関数空間

基礎体KからKへの(集合として任意の)写像全体を関数と呼ぶ。
(この場合、基礎体はだいたいRCである。)
関数全体もまたK上のベクトル空間である。
また関数全体のうちある斉次線形常微分方程式を満たすもの全体は有限次元部分空間であり、その次元は微分方程式の階数と一致する。

2階定数係数斉次線形常微分方程式、名前が長いが。基本的な常微分方程式である。
y+ay+by=0に対し、例えば特性方程式が異なる2実解α,βを持つときは、この方程式の解空間はy=Aeαx+Beβxである。

我々が今から考えたいものは関数全体よりはもう少し狭い。

多項式

非負整数Z0から基礎体Kへの写像fのうち、f(n)0となるnが高々有限個となるものを考える。これら全体の集合に対し、加法は数列のそれと同じに、乗法は
(fg)(n)=k=0nf(k)g(nk)(畳み込み積)
で入れたものは環構造を持つ。この集合をK上の1変数多項式環と呼び、K[x]などと書く。さらにK[x]K上の無限次元ベクトル空間(もっと言えばK代数)となる。
またこの写像fだが、f(m)xm+f(m1)xm1++f(1)x+f(0)と書かれる。(ただしmf(m)0となる最大のm)そのmは多項式の次数と言う。

書き方こそ物々しいが、よく見る3x+2とかx3+5x28x9とかのあの多項式に他ならない。
数学的に厳密に書くのは疲れる。
(特に、無限に続く例えば1+x+x2+のようなものは省かねばならない)
細かいことを言うとキリがないが、必要ならばその都度注意する。

主に考えるのは、この多項式の空間である。
他にもベクトル空間の例は山ほどあるが、ここでは例示しない。

内積空間とは

高校数学のベクトルでは、内積という概念が現れ、
平面や空間ベクトルの角度・長さを扱うのに重要な意味をなしていた。
すなわち何かしらの意味でベクトル空間を測っているのである。

ベクトル空間を測ることのできる「内積」の持った性質だけを抜き出して一般化したものが内積空間、また別の名を計量ベクトル空間という。

内積空間

以下全て基礎体KRまたはCとする。
ベクトル空間(K,V)が内積空間であるとは、以下の3つの条件を持ったV×V上の写像,:V×VKを持つことである。

  1. 任意のxVに対し、自分との内積はx,x0であり、またx,x=0となるのはx=0のみである。(半正定値性、非退化性)
  2. 任意のx,yVに対し、x,y=y,xが成り立つ。 (共役対称性)
  3. 任意のa,bKx,y,zVに対し、ax+by,z=ax,z+by,z (第一成分に関する線形性)

また、vVに対し||v||:=x,xvの長さと呼ぶことにする。なおこの長さに対しVはノルム空間をなす(定義省略)。

例えば我々のよく知る、実空間ベクトルにおいて
(x1,x2,x3)(y1,y2,y3)=x1y1+x2y2+x3y3
で定められる内積(ドット積)は上の性質をもちろん満たしている。
ただし、成分が複素数になると
(x1,x2,x3)(y1,y2,y3)=x1y1+x2y2+x3y3
などと共役を入れる必要が出てくる。他にも、例えば対称行列の空間などではS,T:=tr(ST)などといった内積を入れることが多い。

関数空間(L2空間)における内積

L2空間、二乗可積分空間、は内積の構造を持つことが知られている。
測度論を丁寧に定義することは本記事の趣旨から大きく逸れてしまうので割愛する。
測度空間(S,Ω,μ)に対し、その上の二乗可積分関数とは、可測関数f:SCであってその二乗ノルムが
||f||2:=(Sf2dμ)12<
有限であるもの全体を指すものとする。この可測関数全体を同値関係
fgf=ga.e. xS
という(測度0を除き一致する関数を同一視した)同値関係で割ったものがL2空間と呼ばれるベクトル空間である。L2(S,μ)と書かれる。
この空間には次で定められる内積があり、そこから誘導されるノルムは二乗ノルムと一致する。
f,g=Sfgdμ

さて、このようなL2内積だが、実は多項式の空間にも援用することができる。
しかし、それを話す前に直交性について復習する。

ベクトルの直交性、シュミットの直交化法

高校の平面/空間ベクトルにおいては、ベクトルabの内積が0であるとき、なおかつabも零ベクトル0と一致していなければ、直角に交わることが示せる。
もちろんこれは内積が角度と直結していること(本来は角度を内積で定義すべき)とcosπ2=0であることが効いているのであるが、内積が0であるという事実を「直交性」と呼び、この性質を抜き出して内積空間に使うのである。

内積空間における直交性

ベクトル空間Vとその上の内積,、さらにx,yVに対してx,y=0が成り立つ時、xyは直交していると呼ぶ。

内積空間の考えでは、零ベクトルは任意のベクトルと直交していて欲しいので、平面/空間ベクトルに倣って零ベクトルを除くということはしない。
この時、次のようなものが自然に定義できる。

直交補空間

内積空間Vの部分空間Wに対し、Wの内積,に関する直交補空間を
W:={xV任意の yW に対しx,y=0}
で定める。これはVの部分ベクトル空間になり、またWW={0}である。

これはWの全てのベクトルと直交したベクトル全体である。
Vが有限次元のときは、(W)=Wという双対性があり、またWの次元とWの次元の和は元のVの次元に等しくなる。

正射影(直交射影)

基準となるベクトルaを1つ固定する。
任意のベクトルbを、①aと平行な成分p(b)と②aと直交する成分n(b)、に分けたいということを考える。
このとき次の2式が成立する。
{p(b)+n(b)=bn(b),a=0
垂直ベクトルn(b)bp(b)にして下の式に代入すると
bp(b),a=0p(b),a=b,a
がわかる。さらにp(b)aと平行である仮定からp(b)=kaと書くと、
ka,a=b,a
となり、kの値が計算できる。k=b,aa,aである。
以上よりベクトルaを基準とするbの正射影ベクトルp(b)
p(b)=b,aa,aa
として計算できる。なお、定義からp(b)=p(p(b))である(射影作用素)。

シュミットの直交化法

ここまで準備をしたので、シュミットの直交化法について述べることができる。
そもそも、ベクトルの基底が直交していると内積の計算含め嬉しいことがたくさんある。
なので適当に取った基底から直交基底を作りたい。

motivation: ベクトルの基底{an}に対し直交基底{en}であって、
<e1,,ek>=<a1,,ak>: k番目までの基底で貼られる部分空間を任意のkに対し同じものにしたい

e1,,ek1までができていて、ekをどう取るか考えたい。
すなわちakのベクトルのうち、e1からek1までと平行な成分を引いて、全てに直交するようにしたい。
上の正射影の議論から
ek=akl=1k1ak,elel,elel
として取ることでk番目の直交基底ekが構成可能である。(ただし最初のe1に関してはe1=a1として取る)
このようにして取ってきた{en}は題意を満たす。(証明略)

note: ekek||ek||で取り替えることでekの長さを1にとることができる。
このような長さ1の互いに直交する基底を正規直交基底と言う。

今のところ特に正規性(長さが1であること)は仮定しない。

直交多項式の定義

お待たせいたしました。
早速直交多項式を定義したいと思う。
なお、本来はもう少し定義を広く考えることができるが、今回は簡略化のため、重み関数を用いて書き表せる直交多項式に限ることにする。

直交多項式(定義①)

R上のベクトル空間R[x](多項式環)を考える。
適当な区間[a,b](実数全区間でも良い)の上の重み関数w(x)

* 任意のj0に対しμj:=abxjw(x)dxは有限の値を取り、かつμ0>0

という条件を満たすことを仮定する。
この時R[x]の2つの多項式f,gに対して次の内積
f,g:=abf(x)g(x)w(x)dx
を考えるとこれは内積の定義を満たし、この内積で内積空間になる。
シュミットの直交化法を行うことで、R[x]の基底{Pn(x)}n=0であって

  • Pn(x)n次多項式
  • 任意のmnに対しPm(x),Pn(x)=0
  • 任意のnに対しPn(x),Pn(x)0

を満たすものを取ってくることができる。
この多項式列{Pn(x)}n=0を重み関数w(x)に関する区間(a,b)上の直交多項式列という。

これが1番自然な直交多項式の定義であろう。
重み関数の取り方によって、様々な直交多項式列が知られている。(例は後の記事で)

note: このμjj次のモーメントと呼ぶ。
このモーメントがうまく計算できる場合に名前のついた多項式列になってくる。
note: (w(x),(a,b))に関する正規直交基底を取ると、一意に決めることができる。
しかし定数倍の差は時と場合により使い分ける。

具体例〜第一種チェビシェフ多項式〜

第一種チェビシェフ多項式は(前回の記事を参照)
区間(1,1)における重み関数w(x)=11x2に対する直交多項式列、としても定義できる。
この定義から一般項を求めてみよう。(そんなことは可能か?→今は直接はしんどい)

とりあえずモーメントを計算する必要がある。
jが奇数の時は奇関数の積分となりμj=0jは偶数として良い。
μj=11xj1x2dx=π2π2sinjθcosθcosθdθ(x=sinθ と置換)=π2π2sinjθdθ=20π2sinjθdθ=(2j1)!!(2j)!!π=j!2j(j2)!2π(Wallis の積分公式)
のようにモーメントが計算できる。

さて今定めた第一種チェビシェフ多項式{Pn(x)}n=0n番目の多項式Pn(x)を求めたい。
この多項式はn次多項式であるので、Pn(x)=k=0nakxkと置くことができる。
さらに1,x,,xn1まで全てと直交しているので、0jn1に対し
0=Pn(x),xj=11xjPn(x)1x2dx=11xjk=0nakxk1x2dx=k=0nak11xjxk1x2dx=k=0nakμj+k
というn個の(j0からn1まで走る)連立方程式の解として現れる。
定数倍の差があるので、最高次係数an=1の仮定を置くと、上の式は
k=0nakμj+k=0k=0n1akμj+k=μn+j(μ0μ1μn1μ1μ2μnμn1μnμ2n2)(a0a1an1)=(μnμn+1μ2n1)(a0a1an1)=(μ0μ1μn1μ1μ2μnμn1μnμ2n2)1(μnμn+1μ2n1)
となるので無事に係数akたちを求めることが良かった。めでたしめでたし。

どこがどう求まったんだい?

一般的にモーメントが求まっていれば、モーメントからなる行列(これをモーメント行列と呼ぶ)を用いることで、原理的に係数を計算することができた。
が、モーメント行列の逆行列に、モーメントのベクトルを掛け算するだなんて...

note: 実はモーメント行列Δn1の逆行列はそれなりに計算可能な形にはなる。
本末転倒と言うかむしろ余談だが、
一般的にΔNの逆行列の成分は求める直交多項式Pn(x)の係数ak(n)を用いて
(ΔN1)i,j=lNai(l)aj(l)と書ける。(ただし各Pn(x)||Pn||=1と正規化しておく)

次の式を2通りに書くことから始める。
まず1通りめは直交多項式の係数を用いて書き下すと、和の入れ替えに注意して
abxk{n=0NPn(x)Pn(y)}w(x)dx=abxk{n=0Ni,j=0nai(n)aj(n)xiyj}w(x)dx=j=0N{n=jNi=0nai(n)aj(n)abxi+kw(x)dx}yj=j=0N{i=0N(nNai(n)aj(n))μi+k}yj

一方で関数xkを直交多項式Pn(x)で展開した式を
xk=l=0NclPl(x)
とおく。(実際には和はlkで十分)そしてこれを代入して計算すると
abxk{n=0NPn(x)Pn(y)}w(x)dx=abl=0NclPl(x){n=0NPn(x)Pn(y)}w(x)dx=n=0NPn(y)l=0NclabPn(x)Pl(x)w(x)dx=n=0NPn(y)l=0Nclδl,n(直交性、長さは1であることに注意)=n=0NPn(y)cn=yk
となることが従う。

以上から、yjの係数を比較して
{(nNai(n)aj(n))0i,jN(μi+j)0i,jN}j,k=i(nNaj(n)ai(n))μi+k=δjk
となり積が単位行列1N+1になることがわかった。すなわち
(μi+j)0i,jN1=(nNai(n)aj(n))0i,jN
とモーメント行列の逆行列が求められる。(証明終)

しかし直交多項式の係数ak(n)は一般的に煩雑で、それの積の和なのでより煩雑になる(超幾何関数が出てきてしまう)
チェビシェフ多項式でさえも書き下したくない。
そもそも第一種は長さがn=0n12倍ずれるから余計だるい:::
(前記事の定理3の直交性の主張から。長さに場合分けが必要である)

note: 逆行列は求めなくて良い。
実際次の行列式で求められるのがわかる。
Pn(x)=1detΔn1det(μ0μ1μn1μnμ1μ2μnμn+1μn1μnμ2n2μ2n11xxn1xn)
ただこれも計算が楽とは言い難い。
(以上のnotesでは BergZhang(1つ目の証明、内容が全体的に面白い)やMourad(2節、これ以外にもモーメントの性質が多々書かれている)を参考にした)

よってこれらモーメント法から直接係数を計算することは困難を極める。
ではどうすれば良いのか?

その話はまた次以降に話すことにする。

まとめ

今回はベクトル空間・内積空間・シュミットの直交化法を復習して、
重み関数による直交多項式の定義を述べることができた。
またモーメント法に関する直交多項式の係数の原理的導出についても触れた。
なおこれに関しては面白い論文も複数あり、機会があれば余談編の記事を書くかもしれない。

次からは直交多項式の様々な性質について見ていくことにする。

感想

実は1番時間かかったのが、
折り畳んだモーメント法の証明で
2つの行列の積が単位行列になるところ。
行間で端折られていた...普通にできたけど💦

参考文献

[3]
Mourad E. H. Ismail, Classical and Quantum Orthogonal Polynomials in One Variable, Encyclopedia of Mathematics and its Applications (98), Cambridge University Press, 2005
投稿日:2024425
更新日:202458
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投稿者

整数論を研究中。 本音は組合せ論がやりたい。 最近は直交多項式・超幾何級数にお熱。 だけど幾何と解析は鬼弱い。

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  1. ベクトル空間と内積空間
  2. ベクトルの直交性、シュミットの直交化法
  3. 直交多項式の定義
  4. まとめ
  5. 参考文献