複素数$z$に対して、平方根を取る関数$\sqrt{z}$を定義したいのですが、実はこれは一筋縄ではいきません。この記事では、どのような点でうまくいかないのか、解析接続という見方からどのように$\sqrt{z}$がとらえられるかを解説します。
以前の記事 での解析接続の定義は次のようなものでした。
$\Omega_1, \Omega_2 \subset\mathbb{C}$を領域とし、$U \subset \Omega_1 \cap \Omega_2$を空でない領域とする。$f_1 : \Omega_1 \to \mathbb{C}$, $f_2 : \Omega_2 \to \mathbb{C}$を正則関数とする。$f_2$が$U$をのりしろとした$f_1$の$\Omega_2$への解析接続であるとは、$U$上で$f_1 = f_2$が成り立つことをいう。
今回の記事では、この定義に基づいて、のりしろ$U$を介して関数を「貼り付けていく」ことにより$\sqrt{z}$について考察していきます。
複素数$z$は、極形式という形で以下のようにあらわされるのでした:
$$ z = r(\cos \theta + i \sin \theta)$$
ただし、$r = |z|$は$z$の絶対値、$\theta$は$z$の偏角です。また、ふたつの複素数の積は、
$$ z_1 = r_1(\cos \theta_1 + i \sin \theta_1), $$
$$ z_2 = r_2(\cos \theta_2 + i \sin \theta_2) $$
に対して、
$$ z_1 z_2 = r_1r_2(\cos (\theta_1 + \theta_2) + i \sin(\theta_1 + \theta_2))$$
と表されるのでした。
これを見ると、$z = r(\cos \theta + i \sin \theta)$と表しておいて、
$$ \sqrt{z} := \sqrt{r}\left(\cos \frac{\theta}{2} + i \sin \frac{\theta}{2}\right)$$
と定義すればよいような気がしますが、これでは定義になっていません。というのも、偏角$\theta$の選び方が一通りではないからです。
実際、極形式で$\theta$の代わりに$\theta + 2\pi$としても$z$は変わりません。このとき、$\sqrt{z}$の式では$\frac{\theta}{2}$が$\frac{\theta}{2} + \pi$となり、偏角が180度変わってしまいます。このことは、$z\neq 0$の平方根が符号の違いでふたつ存在することに対応しています。
そこで、例えば、偏角$\theta$の動く範囲を$-\pi < \theta < \pi$に制限してみましょう。すると、$z$の偏角の表し方は一通りになり、$\sqrt{z}$は一意的に定まりそうです。
対応$$z = r(\cos \theta + i \sin \theta) \mapsto \sqrt{z} = \sqrt{r} (\cos \frac{\theta}{2} + i \sin \frac{\theta}{2})$$が領域$\Omega=\{z \in \mathbb{C}\setminus \{0\}, -\pi < \theta < \pi \}$上の正則関数になることを確かめてみましょう。
そのために、今回は極座標に関するコーシー・リーマンの方程式を使います。$f = u+iv$のように実部と虚部に分けて、
$$ \frac{\partial u}{\partial r} = \frac{1}{r} \frac{\partial v}{\partial \theta},\,\, \frac{\partial v}{\partial r} = -\frac{1}{r} \frac{\partial u}{\partial \theta} $$
を示せば正則性が従います。今回は$u = \sqrt{r}\cos \frac{\theta}{2}$, $v = \sqrt{r} \sin\frac{\theta}{2}$なので、計算すると、
$$ \frac{\partial u}{\partial r} = \frac{1}{2\sqrt{r}} \cos \frac{\theta}{2} = \frac{1}{r} \frac{\partial v}{\partial \theta}, $$
$$ \frac{\partial v}{\partial r} = \frac{1}{2\sqrt{r}} \sin \frac{\theta}{2} = -\frac{1}{r} \frac{\partial u}{\partial \theta} $$
となります。これより、$\sqrt{z}$が$\Omega$上の正則関数になることが分かります。
これで一件落着……というわけにもいかず、例えばこの選び方だと$\sqrt{-1}$が定義されていないですね。それでは、$-1$が定義域に入るように$0 < \theta<2\pi$と選ぶことにしてみると、今度は$1$が定義域に入っていません。このように、すべての複素数に対して$\sqrt{z}$が連続に(あるいは正則に)なるようにうまく定義することはできないことが知られています。
実用上は、この節でみたように、都合がいいように$\mathbb{C}$の一部分を選び、そこで適切に$\sqrt{z}$を定義して使うことになります(この操作を分枝を取ると言ったりします)。
偏角を$-\pi<\theta < \pi$の範囲に制限して定義した$\sqrt{z}$と、$0<\theta < 2\pi$の範囲に制限して定義した$\sqrt{z}$は、上半平面($0<\theta<\pi$の部分)では同じ関数を定めていますね。これを解析接続という言葉を用いて表現すると、次のようになります:
$\Omega_1:=\{z \in \mathbb{C} \setminus \{0\}: -\pi < \theta < \pi\}$, $\Omega_2:=\{z \in \mathbb{C} \setminus \{0\}: 0 < \theta < 2\pi\}$とおく。$\Omega_1$上で定義した$\sqrt{z}$を$f_1$、$\Omega_2$上で定義した$\sqrt{z}$を$f_2$とおく。すると、$f_2$は$\Omega_1 \cap \Omega_2$をのりしろとする$f_1$の$\Omega_2$への解析接続である。
下半平面($-\pi < \theta < 0$、あるいは$\pi < \theta < 2\pi$の部分)も$\Omega_1 \cap \Omega_2$に含まれていますが、ここでは$f_1 \neq f_2$となっています。解析接続により一周回って戻ってきたとき、元の関数と値が変わっている例になっています。
また、同様にしてさらに解析接続を続けていくこともできます。$z$が原点の周りを2周すると関数$\sqrt{z}$の値が元に戻るようになっていることを確かめてみると面白いかもしれません。
今回の記事では、以下のことを紹介しました:
またこのあたりの話題を紹介できればと思っております。ここまでお読みいただきありがとうございました。それではまた!