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大学数学基礎解説
文献あり

sl(2)の表現

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はじめに

sl(2)とは, トレースが0であるC係数の2×2行列全体のことであり, 括弧積[X,Y]:=XYYXについてリー環をなします. この記事では, 参考文献[1]215節の一連の問題を誘導として, sl(2)の既約表現を分類し, 有限次元表現が既約表現の直和で表せる(完全可約である)ことを示すのを目標とします. 記事を読むのに必要な前提知識は, 線形代数と表現論の言葉(既約表現, 部分表現など)の定義くらいだと思います. リー環については知らなくても多分大丈夫です(というか筆者もあまりわかっていない).

以下の議論は誤りを含んでいたり迂遠である可能性があります. 間違った箇所があったら教えてくださると助かります.

本題

sl(2)e=(0100),f=(0010),h=(1001)を基底にもち,

effe=h,ehhe=2e,fhhf=2f

という3つの関係式を満たします. そしてsl(2)の表現とはベクトル空間V3つの作用素E,F,Hであって,

EFFE=H,EHHE=2E,FHHF=2F

を満たすものです. 以下, C上の有限次元表現Vを考えます.

既約表現の分類

以下有限次元既約表現がある形のものに限られることを示します. 前半では既約とは限らない有限次元表現Vについて成り立つ命題を示します.

Hの固有値は有限個なので実部が最大のものが存在し, そのようなものを一つとってλとする. 固有値λの広義固有空間をV(λ)と書くと, EV(λ)上で零写像となる.

以下恒等写像をIdで表します.

EHHE=2EEH=(H2Id)EE(HλId)=(H(λ+2)Id)EE(HλId)n=(H(λ+2)Id)E(HλId)n1
と計算できる. 最後の式を繰り返し用いて
E(HλId)n=(H(λ+2)Id)nE
を得る. vV(λ)を両辺に右からかけて,
(H(λ+2)Id)nEv=0
ここでEv0と仮定すると, Evが固有値λ+2の広義固有ベクトルとなるが, これはλの取り方に矛盾.

多項式Pn(x)Pn(x):=n!x(x1)(x(n1))で定める. Ew=0を満たすwVについて, EnFnw=Pn(H)w.

まず, 以下が成り立つ:
EFnFnE=nFn1(H(n1)Id)
これはEFFE=Hという関係式に注意して帰納法で示すことができる. (以下, 帰納法やあまり難しくない計算によって導かれる命題の証明を省略する場合がある. そのような命題のいずれも, E,F,Hの満たす3つの関係式に注意して導くことができる.)

両辺に左からEn1をかけ, さらに両辺に右からwをかけることによってPn(x)の満たす漸化式を得られるので, 帰納法を用いることにより命題が従う.

(0)vV(λ)についてある整数N>0が存在し, FNv=0.

命題1と同様の式変形により, F(HλId)n=(H(λ2)Id)nF の成立がわかる. 両辺に右からvをかけて得られる式より, FvV(λ2)が従う. これを繰り返すとF2vV(λ4),F3vV(λ6),が導かれるが, Hの固有値は有限個であるからある整数N>0が存在してFNv=0となる.

HV(λ)上対角化可能.

V(λ)上でFN=0となるN>0をとる. このようなNは, V(λ)の各基底viに対してFNivi=0となるNiのうち最大のものとしてとれる. 命題1よりvV(λ)についてEv=0なので命題2を用いることができて, 任意のvV(λ)について
0=ENFNv=PN(H)v
が成り立つ. すなわちPN(H)=0が恒等的に成り立つ. Hの最小多項式はPN(x)を割り切るが, PN(x)は重根を持たないのでHの最小多項式も重根を持たない. よってHV(λ)上対角化可能.

(0)vV(λ)に対しFNv=0を満たす最小のNNvとすると, λ=Nv1.

HV(λ)上対角化可能なのでHV(λ)λIdである. よって, 命題2の証明で用いた式より,
EFnFnE=nFn1(H(n1)Id)=n(λ(n1))Fn1
vV(λ)とする. n=Nvのとき両辺に右からvをかけて,
0=Nv(λ(Nv1))FNv1v
FNv1v0なのでλ=Nv1.

以上で準備は整ったので, いよいよ有限次元既約表現を考察します.

整数N>0ごとに次元Nsl(2)の既約表現が同型を除いて一意に存在する.

Vを有限次元既約表現とする. λを命題1のようにとり, (0)vV(λ)をとる(V(λ)=V(λ)に注意). このときv,Fv,,Fλvは一次独立となる. これは, 命題5よりこれらの中に零ベクトルと等しいものが含まれず, さらに命題3の証明よりこれらが相異なるHの広義固有空間に属していることより従う. これらが張るVの部分空間をWとする.

次に, WVの部分表現であることを示す. WE,F,Hの作用により閉じていることを言えば十分である. WFの作用について閉じていることは明らか. ここで, 帰納法により以下の2式が従うことに注意する:
FnHHFn=2nFn
EFnFnE=nFn1(H(n1)Id)
1つめの式を移項させて, HFn=FnH2nFnを得る. 両辺に右からvV(λ)をかけると, Hv=λvより式の右辺はFnvのスカラー倍であるから右辺はWの元であり, HFnvW.
2つめの式を移項させて, EFn=FnE+nFn1(H(n1)Id)を得る. 両辺に右からvV(λ)をかけると, Ev=0より式の右辺はFn1vのスカラー倍であるから右辺はWの元であり, EFnvW.

以上よりWE,F,Hの作用により閉じているので, WVの部分表現である. Vは既約表現だから, V=Wである.

Vの基底v,Fv,,FλvについてE,F,Hの表現行列RE,RF,RHを計算する. 今の考察より
EFnv=n(λ(n1))Fn1v,HFnv=(λ2n)Fnv
であることを用いる. 各行列は(λ+1)次正方行列である.
REii+1列成分がi(λ(i1))で, そのほかの成分が0である行列で,
RFii1列成分が1で, そのほかの成分が0である行列で,
RHii列成分がλ2(i1)である対角行列である.
したがって, λを変えることにより, 与えられた次元のsl(2)の既約表現が同型をのぞいて一意に存在することが示された.

2次元既約表現を考えると, RE,RF,RHsl(2)の基底e,f,hに一致することがわかります. また, これらの表現行列は基底の取り方によることに注意します(たとえば, この記事 では1j!Fjvを基底にしている). 個人的には, 選んだ固有値がいつの間にか整数であると判明しているところが面白く感じました. お前, いつの間に...

有限次元表現について

ここでは任意の有限次元表現が既約表現の直和で表せる(つまり, sl(2)が完全可約である)ことを示します. 前節のλ+1次表現をVλで表します.

(補足)
既約表現でない(非自明な部分表現を持つ)のに部分表現の直和に分解できない表現があるのか?と思った方もいるかもしれません(少なくとも自分は最初はそう思いました). しかし実際, 例えばC[x]の表現C2について, xC[x]の作用をA:=(1101)としてvAvで定めたときを考えると, 第2成分が0であるベクトル全体からなるC2の部分空間Vのみが非自明な(既約)部分表現になり, C2は部分表現の直和として分解されません. このように, これ以上分解できない表現を直既約表現と呼びます.

作用素C:=EF+FE+12H2E,F,Hと可換であり, Vλ上でλ(λ+2)2Idと一致する.

前半については, X=E,F,HについてCXXCを計算して0になることを確かめれば良い(計算は略す). 後半については, RERF+RFRE+12RH2が単位行列のλ(λ+2)2倍に等しくなることを確かめれば良い(計算は略す).

いきなりよく分からない作用素が天下り的に登場しました. (カシミール作用素(Casimir operator)という名前があるらしいですが, 知識不足のため詳しいことは何も知りません...) ここでVを可約な(既約でない)表現であって, 部分表現の直和に分解できないようなもののうち次元が最小のものとします.

CV上で固有値をただひとつ持ち, それはλ(λ+2)2(λZ0)の形をしている.

Cの広義固有空間分解がVの部分表現による分解を与えることを示す. X=E,F,Hについて,
(CμId)nv=0
のとき, 両辺に左からXをかけると, Cとの可換性によりXvも固有値μを持つ広義固有ベクトルであることがわかり, Cの広義固有空間は部分表現であることが従う. よってVの取り方より, Cの固有値は1種類しかない. またVの取り方より, Vの部分表現は既約表現だからVλの形をしている. 命題7より, 固有値はλ(λ+2)2(λZ0)の形をしている.

VW=Vλの形の部分表現を持ち, あるnについてV/W=i=1nVλとなる.

前半は良い. V/Wsl(2)の表現となることが確かめられ, これはVより次元が小さいので既約表現の直和に分解できる. 固有値の議論から, これは既約な部分表現としてVλのみを持ちうる.

(補足)
一般に, V=WUで, VAの表現, WVの部分表現のとき, V/Wは常にAの表現であるがUAの表現とは限りません.

Hの固有空間V(λ)n+1次元であり, その基底をv1,,vn+1とおくとFjvi(1in+1,0jλ)Vの基底である.

前半部分を示す. HVについての表現行列をRHとし, Vλについての表現行列をRHとする. ここでVの基底はWの基底を延長して得られるもので適切にとると, 命題9よりRHRHを対角線に沿ってn+1個並べたブロック状の上三角行列となる. RHは対角行列なのでRHは(真に)上三角行列となり, 固有多項式を考えることで対角成分が重複度も含めて固有値となっていることがわかる. RHの対角成分にはλn+1回登場するので, 広義固有空間V(λ)の次元はn+1である. 命題4よりV(λ)=V(λ)であるので, V(λ)n+1次元である.

後半部分について,
dimV=dimW+dim(V/W)=dimVλ+ndimVλ=(n+1)(λ+1)

であり, これはFjviの個数と一致するから, あとは一次独立性を示せば良い. Fjvijごとに異なるHの広義固有空間に属する(命題3の証明)ので, jを固定したときにFjviが一次独立になることを示せばよい. なお, いまV(λ)=V(λ)なので命題3の証明においてn=1の場合を考えて, Fjvijごとに異なるHの(広義ではない)固有空間に属することが従う.
isiFjvi=0
とする. ここで, 以下の事実に注意する:
x0についてFx=0かつHx=μxならばCx=μ(μ2)2xが成り立つので, μ=λ.
これは, C=2EFH+12H2であることより従う.
対偶をとると, Hについての固有値がλでないxVFx=0を満たせばx=0となる, という主張になる. いまiF(Fj1(sivi))=0であり, Fj1viの固有値はλではないのでisiFj1vi=0が得られる. これを繰り返し用いることによってisivi=0となるが, v1,,vn+1は一次独立であったのですべてのiについてsi=0.

Wivi,Fvi,,Fλviの張る部分空間とすると, これはVの部分表現である.

これは命題6の証明とほぼ同様にしてできる.

いまV=i=1n+1Wiであるので, これはVが部分表現の直和に分解できないことと矛盾します. したがって, 部分表現の直和に分解できないような表現が存在することを仮定したのが誤りであり, 任意の有限次元表現が既約表現の直和で表せることが示されました!長かった...

おわりに

こちらの記事 に, 具体的なsl(2)の表現の例が詳しく載っています.

カシミール作用素が後半で急に登場して本質的な役割を果たしていたので, 次はそれについて知見を深めたい所存です.

参考文献

投稿日:220
更新日:220
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翁
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