はじめに
とは, トレースがである係数の行列全体のことであり, 括弧積についてリー環をなします. この記事では, 参考文献の章節の一連の問題を誘導として, の既約表現を分類し, 有限次元表現が既約表現の直和で表せる(完全可約である)ことを示すのを目標とします. 記事を読むのに必要な前提知識は, 線形代数と表現論の言葉(既約表現, 部分表現など)の定義くらいだと思います. リー環については知らなくても多分大丈夫です(というか筆者もあまりわかっていない).
以下の議論は誤りを含んでいたり迂遠である可能性があります. 間違った箇所があったら教えてくださると助かります.
本題
はを基底にもち,
というつの関係式を満たします. そしての表現とはベクトル空間とつの作用素であって,
を満たすものです. 以下, 上の有限次元表現を考えます.
既約表現の分類
以下有限次元既約表現がある形のものに限られることを示します. 前半では既約とは限らない有限次元表現について成り立つ命題を示します.
の固有値は有限個なので実部が最大のものが存在し, そのようなものを一つとってとする. 固有値の広義固有空間をと書くと, は上で零写像となる.
以下恒等写像をで表します.
と計算できる. 最後の式を繰り返し用いて
を得る. を両辺に右からかけて,
ここでと仮定すると, が固有値の広義固有ベクトルとなるが, これはの取り方に矛盾.
まず, 以下が成り立つ:
これはという関係式に注意して帰納法で示すことができる. (以下, 帰納法やあまり難しくない計算によって導かれる命題の証明を省略する場合がある. そのような命題のいずれも, の満たすつの関係式に注意して導くことができる.)
両辺に左からをかけ, さらに両辺に右からをかけることによっての満たす漸化式を得られるので, 帰納法を用いることにより命題が従う.
命題と同様の式変形により, の成立がわかる. 両辺に右からをかけて得られる式より, が従う. これを繰り返すとが導かれるが, の固有値は有限個であるからある整数が存在してとなる.
上でとなるをとる. このようなは, の各基底に対してとなるのうち最大のものとしてとれる. 命題よりについてなので命題を用いることができて, 任意のについて
が成り立つ. すなわちが恒等的に成り立つ. の最小多項式はを割り切るが, は重根を持たないのでの最小多項式も重根を持たない. よっては上対角化可能.
は上対角化可能なのでは上である. よって, 命題の証明で用いた式より,
とする. のとき両辺に右からをかけて,
なので.
以上で準備は整ったので, いよいよ有限次元既約表現を考察します.
整数ごとに次元のの既約表現が同型を除いて一意に存在する.
を有限次元既約表現とする. を命題のようにとり, をとる(に注意). このときは一次独立となる. これは, 命題よりこれらの中に零ベクトルと等しいものが含まれず, さらに命題の証明よりこれらが相異なるの広義固有空間に属していることより従う. これらが張るの部分空間をとする.
次に, がの部分表現であることを示す. がの作用により閉じていることを言えば十分である. がの作用について閉じていることは明らか. ここで, 帰納法により以下の式が従うことに注意する:
つめの式を移項させて, を得る. 両辺に右からをかけると, より式の右辺はのスカラー倍であるから右辺はの元であり, .
つめの式を移項させて, を得る. 両辺に右からをかけると, より式の右辺はのスカラー倍であるから右辺はの元であり, .
以上よりがの作用により閉じているので, はの部分表現である. は既約表現だから, である.
の基底についての表現行列を計算する. 今の考察より
であることを用いる. 各行列は次正方行列である.
は行列成分がで, そのほかの成分がである行列で,
は行列成分がで, そのほかの成分がである行列で,
は行列成分がである対角行列である.
したがって, を変えることにより, 与えられた次元のの既約表現が同型をのぞいて一意に存在することが示された.
次元既約表現を考えると, はの基底に一致することがわかります. また, これらの表現行列は基底の取り方によることに注意します(たとえば,
この記事
ではを基底にしている). 個人的には, 選んだ固有値がいつの間にか整数であると判明しているところが面白く感じました. お前, いつの間に...
有限次元表現について
ここでは任意の有限次元表現が既約表現の直和で表せる(つまり, が完全可約である)ことを示します. 前節の次表現をで表します.
(補足)
既約表現でない(非自明な部分表現を持つ)のに部分表現の直和に分解できない表現があるのか?と思った方もいるかもしれません(少なくとも自分は最初はそう思いました). しかし実際, 例えばの表現について, の作用をとしてで定めたときを考えると, 第成分がであるベクトル全体からなるの部分空間のみが非自明な(既約)部分表現になり, は部分表現の直和として分解されません. このように, これ以上分解できない表現を直既約表現と呼びます.
前半については, についてを計算してになることを確かめれば良い(計算は略す). 後半については, が単位行列の倍に等しくなることを確かめれば良い(計算は略す).
いきなりよく分からない作用素が天下り的に登場しました. (カシミール作用素(Casimir operator)という名前があるらしいですが, 知識不足のため詳しいことは何も知りません...) ここでを可約な(既約でない)表現であって, 部分表現の直和に分解できないようなもののうち次元が最小のものとします.
は上で固有値をただひとつ持ち, それはの形をしている.
の広義固有空間分解がの部分表現による分解を与えることを示す. について,
のとき, 両辺に左からをかけると, との可換性によりも固有値を持つ広義固有ベクトルであることがわかり, の広義固有空間は部分表現であることが従う. よっての取り方より, の固有値は種類しかない. またの取り方より, の部分表現は既約表現だからの形をしている. 命題より, 固有値はの形をしている.
前半は良い. はの表現となることが確かめられ, これはより次元が小さいので既約表現の直和に分解できる. 固有値の議論から, これは既約な部分表現としてのみを持ちうる.
(補足)
一般に, で, がの表現, がの部分表現のとき, は常にの表現であるがはの表現とは限りません.
の固有空間は次元であり, その基底をとおくとはの基底である.
前半部分を示す. のについての表現行列をとし, についての表現行列をとする. ここでの基底はの基底を延長して得られるもので適切にとると, 命題よりはを対角線に沿って個並べたブロック状の上三角行列となる. は対角行列なのでは(真に)上三角行列となり, 固有多項式を考えることで対角成分が重複度も含めて固有値となっていることがわかる. の対角成分にはが回登場するので, 広義固有空間の次元はである. 命題よりであるので, は次元である.
後半部分について,
であり, これはの個数と一致するから, あとは一次独立性を示せば良い. はごとに異なるの広義固有空間に属する(命題の証明)ので, を固定したときにが一次独立になることを示せばよい. なお, いまなので命題の証明においての場合を考えて, はごとに異なるの(広義ではない)固有空間に属することが従う.
とする. ここで, 以下の事実に注意する:
についてかつならばが成り立つので, .
これは, であることより従う.
対偶をとると, についての固有値がでないがを満たせばとなる, という主張になる. いまであり, の固有値はではないのでが得られる. これを繰り返し用いることによってとなるが, は一次独立であったのですべてのについて.
をの張る部分空間とすると, これはの部分表現である.
いまであるので, これはが部分表現の直和に分解できないことと矛盾します. したがって, 部分表現の直和に分解できないような表現が存在することを仮定したのが誤りであり, 任意の有限次元表現が既約表現の直和で表せることが示されました!長かった...
おわりに
こちらの記事
に, 具体的なの表現の例が詳しく載っています.
カシミール作用素が後半で急に登場して本質的な役割を果たしていたので, 次はそれについて知見を深めたい所存です.