$\mathfrak{sl}(2)$とは, トレースが$0$である$ \mathbb{C} $係数の$2\times 2$行列全体のことであり, 括弧積$[X, Y]:=XY-YX$についてリー環をなします. この記事では, 参考文献$[1]$の$2$章$15$節の一連の問題を誘導として, $\mathfrak{sl}(2)$の既約表現を分類し, 有限次元表現が既約表現の直和で表せる(完全可約である)ことを示すのを目標とします. 記事を読むのに必要な前提知識は, 線形代数と表現論の言葉(既約表現, 部分表現など)の定義くらいだと思います. リー環については知らなくても多分大丈夫です(というか筆者もあまりわかっていない).
以下の議論は誤りを含んでいたり迂遠である可能性があります. 間違った箇所があったら教えてくださると助かります.
$\mathfrak{sl}(2)$は$e=\begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 0 & 0 \end{pmatrix}, f= \begin{pmatrix} 0&0\\ 1&0 \end{pmatrix}, h= \begin{pmatrix} 1&0\\ 0&-1 \end{pmatrix} $を基底にもち,
$$ef-fe=h, eh-he=-2e, fh-hf=2f$$
という$3$つの関係式を満たします. そして$\mathfrak{sl}(2)$の表現とはベクトル空間$V$と$3$つの作用素$E, F, H$であって,
$$EF-FE=H, EH-HE=-2E, FH-HF=2F$$
を満たすものです. 以下, $\mathbb{C}$上の有限次元表現$V$を考えます.
以下有限次元既約表現がある形のものに限られることを示します. 前半では既約とは限らない有限次元表現$V$について成り立つ命題を示します.
$H$の固有値は有限個なので実部が最大のものが存在し, そのようなものを一つとって$\lambda$とする. 固有値$\lambda$の広義固有空間を$\overline{V}(\lambda)$と書くと, $E$は$\overline{V}(\lambda)$上で零写像となる.
以下恒等写像を$\mathrm{Id}$で表します.
\begin{align}
EH-HE&=-2E \\
EH&=(H-2\Id)E \\
E(H-\l\Id)&=(H-(\l+2)\Id)E \\
E(H-\l\Id)^n&=(H-(\l+2)\Id)E(H-\l\Id)^{n-1}
\end{align}
と計算できる. 最後の式を繰り返し用いて
$$ E(H-\l\Id)^n=(H-(\l+2)\Id)^nE$$
を得る. $v\in \V(\l)$を両辺に右からかけて,
$$(H-(\l+2)\Id)^nEv=0$$
ここで$Ev\neq 0$と仮定すると, $Ev$が固有値$\l+2$の広義固有ベクトルとなるが, これは$\l$の取り方に矛盾.
多項式$P_n(x)$を$P_n(x):=n!\cdot x(x-1)\cdots \left(x-(n-1)\right)$で定める. $Ew=0$を満たす$w\in V$について, $E^nF^nw=P_n(H)w$.
まず, 以下が成り立つ:
$$EF^n-F^nE=nF^{n-1}(H-(n-1)\Id)$$
これは$EF-FE=H$という関係式に注意して帰納法で示すことができる. (以下, 帰納法やあまり難しくない計算によって導かれる命題の証明を省略する場合がある. そのような命題のいずれも, $E, F, H$の満たす$3$つの関係式に注意して導くことができる.)
両辺に左から$E^{n-1}$をかけ, さらに両辺に右から$w$をかけることによって$P_n(x)$の満たす漸化式を得られるので, 帰納法を用いることにより命題が従う.
$(0\neq)v\in\V(\l)$についてある整数$N>0$が存在し, $F^Nv=0$.
命題$1$と同様の式変形により, $F(H-\l\Id)^n=(H-(\l-2)\Id)^nF$ の成立がわかる. 両辺に右から$v$をかけて得られる式より, $Fv\in \V(\l-2)$が従う. これを繰り返すと$F^2v\in\V(\l-4), F^3v\in\V(\l-6), \dots$が導かれるが, $H$の固有値は有限個であるからある整数$N>0$が存在して$F^Nv=0$となる.
$H$は$\V(\l)$上対角化可能.
$\V(\l)$上で$F^N=0$となる$N>0$をとる. このような$N$は, $\V(\l)$の各基底$v_i$に対して$F^{N_i}v_i=0$となる$N_i$のうち最大のものとしてとれる. 命題$1$より$v\in\V(\l)$について$Ev=0$なので命題$2$を用いることができて, 任意の$v\in\V(\l)$について
$$0=E^NF^Nv=P_N(H)v $$
が成り立つ. すなわち$P_N(H)=0$が恒等的に成り立つ. $H$の最小多項式は$P_N(x)$を割り切るが, $P_N(x)$は重根を持たないので$H$の最小多項式も重根を持たない. よって$H$は$\V(\l)$上対角化可能.
$(0\neq)v\in\V(\l)$に対し$F^Nv=0$を満たす最小の$N$を$N_v$とすると, $\l=N_v-1$.
$H$は$\V(\l)$上対角化可能なので$H$は$\V(\l)$上$\l\Id$である. よって, 命題$2$の証明で用いた式より,
$$EF^n-F^nE=nF^{n-1}(H-(n-1)\Id)=n(\l-(n-1))F^{n-1}$$
$v\in\V(\l)$とする. $n=N_v$のとき両辺に右から$v$をかけて,
$$0=N_v(\l-(N_v-1))F^{N_v-1}v$$
$F^{N_v-1}v\neq 0$なので$\l=N_v-1$.
以上で準備は整ったので, いよいよ有限次元既約表現を考察します.
整数$N>0$ごとに次元$N$の$\mathfrak{sl}(2)$の既約表現が同型を除いて一意に存在する.
$V$を有限次元既約表現とする. $\l$を命題$1$のようにとり, $(0\neq)v\in V(\l)$をとる($V(\l)=\V(\l)$に注意). このとき$v, Fv, \dots, F^{\l}v$は一次独立となる. これは, 命題$5$よりこれらの中に零ベクトルと等しいものが含まれず, さらに命題$3$の証明よりこれらが相異なる$H$の広義固有空間に属していることより従う. これらが張る$V$の部分空間を$W$とする.
次に, $W$が$V$の部分表現であることを示す. $W$が$E, F, H$の作用により閉じていることを言えば十分である. $W$が$F$の作用について閉じていることは明らか. ここで, 帰納法により以下の$2$式が従うことに注意する:
$$ F^nH-HF^n=2nF^n$$
$$ EF^n-F^nE=nF^{n-1}(H-(n-1)\Id)$$
$1$つめの式を移項させて, $HF^n=F^nH-2nF^n$を得る. 両辺に右から$v\in V(\l)$をかけると, $Hv=\l v$より式の右辺は$F^nv$のスカラー倍であるから右辺は$W$の元であり, $HF^nv\in W$.
$2$つめの式を移項させて, $ EF^n=F^nE+nF^{n-1}(H-(n-1)\Id)$を得る. 両辺に右から$v\in V(\l)$をかけると, $Ev=0$より式の右辺は$F^{n-1}v$のスカラー倍であるから右辺は$W$の元であり, $EF^nv\in W$.
以上より$W$が$E, F, H$の作用により閉じているので, $W$は$V$の部分表現である. $V$は既約表現だから, $V=W$である.
$V$の基底$v, Fv, \dots, F^{\l}v$について$E, F, H$の表現行列$R_E, R_F, R_H$を計算する. 今の考察より
$$EF^nv=n(\l-(n-1))F^{n-1}v, HF^nv=(\l-2n)F^nv$$
であることを用いる. 各行列は$(\l+1)$次正方行列である.
$R_E$は$i$行$i+1$列成分が$i(\l-(i-1))$で, そのほかの成分が$0$である行列で,
$R_F$は$i$行$i-1$列成分が$1$で, そのほかの成分が$0$である行列で,
$R_H$は$i$行$i$列成分が$\l-2(i-1)$である対角行列である.
したがって, $\l$を変えることにより, 与えられた次元の$\mathfrak{sl}(2)$の既約表現が同型をのぞいて一意に存在することが示された.
$2$次元既約表現を考えると, $ R_E, R_F, R_H$ は$\mathfrak{sl}(2)$の基底$e, f, h$に一致することがわかります. また, これらの表現行列は基底の取り方によることに注意します(たとえば, この記事 では$\dfrac{1}{j!}F^jv$を基底にしている). 個人的には, 選んだ固有値がいつの間にか整数であると判明しているところが面白く感じました. お前, いつの間に...
ここでは任意の有限次元表現が既約表現の直和で表せる(つまり, $\mathfrak{sl}(2) $が完全可約である)ことを示します. 前節の$\l+1$次表現を$V_{\l}$で表します.
(補足)
既約表現でない(非自明な部分表現を持つ)のに部分表現の直和に分解できない表現があるのか?と思った方もいるかもしれません(少なくとも自分は最初はそう思いました). しかし実際, 例えば$\mathbb{C}[x]$の表現$\mathbb{C}^2$について, $x\in \mathbb{C}[x]$の作用を$A:=\begin{pmatrix} 1&1\\0&1 \end{pmatrix}$として$v \mapsto Av$で定めたときを考えると, 第$2$成分が$0$であるベクトル全体からなる$\mathbb{C}^2$の部分空間$V$のみが非自明な(既約)部分表現になり, $\mathbb{C}^2$は部分表現の直和として分解されません. このように, これ以上分解できない表現を直既約表現と呼びます.
作用素$C:=EF+FE+\frac{1}{2}H^2$は$E, F, H$と可換であり, $V_{\l}$上で$\frac{\l(\l+2)}{2}\Id$と一致する.
前半については, $X=E, F, H$について$CX-XC$を計算して$0$になることを確かめれば良い(計算は略す). 後半については, $R_ER_F+R_FR_E+\frac{1}{2}R_H^2$が単位行列の$\frac{\l(\l+2)}{2}$倍に等しくなることを確かめれば良い(計算は略す).
いきなりよく分からない作用素が天下り的に登場しました. (カシミール作用素(Casimir operator)という名前があるらしいですが, 知識不足のため詳しいことは何も知りません...) ここで$V$を可約な(既約でない)表現であって, 部分表現の直和に分解できないようなもののうち次元が最小のものとします.
$C$は$V$上で固有値をただひとつ持ち, それは$\frac{\l(\l+2)}{2}(\l\in \mathbb{Z}_{\geq0} )$の形をしている.
$C$の広義固有空間分解が$V$の部分表現による分解を与えることを示す. $X=E, F, H$について,
$$ (C-\mu\Id)^nv=0$$
のとき, 両辺に左から$X$をかけると, $C$との可換性により$Xv$も固有値$\mu$を持つ広義固有ベクトルであることがわかり, $C$の広義固有空間は部分表現であることが従う. よって$V$の取り方より, $C$の固有値は$1$種類しかない. また$V$の取り方より, $V$の部分表現は既約表現だから$V_{\l}$の形をしている. 命題$7$より, 固有値は$\frac{\l(\l+2)}{2}(\l\in \mathbb{Z}_{\geq0} )$の形をしている.
$V$は$W=V_{\l}$の形の部分表現を持ち, ある$n$について$V/W=\displaystyle\bigoplus_{i=1}^nV_{\l}$となる.
前半は良い. $V/W$は$\mathfrak{sl}(2)$の表現となることが確かめられ, これは$V$より次元が小さいので既約表現の直和に分解できる. 固有値の議論から, これは既約な部分表現として$V_{\l}$のみを持ちうる.
(補足)
一般に, $V=W\oplus U$で, $V$が$A$の表現, $W$が$V$の部分表現のとき, $V/W$は常に$A$の表現であるが$U$は$A$の表現とは限りません.
$H$の固有空間$V(\l)$は$n+1$次元であり, その基底を$v_1, \dots, v_{n+1}$とおくと$F^jv_i(1\leq i\leq n+1, 0\leq j\leq \l)$は$V$の基底である.
前半部分を示す. $H$の$V$についての表現行列を$R'_H$とし, $V_{\l}$についての表現行列を$R_H$とする. ここで$V$の基底は$W$の基底を延長して得られるもので適切にとると, 命題$9$より$R'_H$は$R_H$を対角線に沿って$n+1$個並べたブロック状の上三角行列となる. $R_H$は対角行列なので$R'_H$は(真に)上三角行列となり, 固有多項式を考えることで対角成分が重複度も含めて固有値となっていることがわかる. $R'_H$の対角成分には$\l$が$n+1$回登場するので, 広義固有空間$\V(\l)$の次元は$n+1$である. 命題$4$より$\V(\l)=V(\l)$であるので, $V(\l)$は$n+1$次元である.
後半部分について,
\begin{align}
\dim V&=\dim W+\dim (V/W) \\
&=\dim V_{\l}+n\dim V_{\l} \\
&=(n+1)(\l+1)
\end{align}
であり, これは$F^jv_i$の個数と一致するから, あとは一次独立性を示せば良い. $F^jv_i$は$j$ごとに異なる$H$の広義固有空間に属する($\because$命題$3$の証明)ので, $j$を固定したときに$F^jv_i$が一次独立になることを示せばよい. なお, いま$\V(\l)=V(\l)$なので命題$3$の証明において$n=1$の場合を考えて, $F^jv_i$は$j$ごとに異なる$H$の(広義ではない)固有空間に属することが従う.
$$ \displaystyle \sum_i s_iF^jv_i=0 $$
とする. ここで, 以下の事実に注意する:
$x\neq 0$について$Fx=0$かつ$Hx=\mu x$ならば$Cx=\frac{\mu(\mu-2)}{2}x$が成り立つので, $\mu=-\l$.
これは, $C=2EF-H+\frac{1}{2}H^2$であることより従う.
対偶をとると, $H$についての固有値が$-\l$でない$x\in V$が$Fx=0$を満たせば$x=0$となる, という主張になる. いま$\sum_i F(F^{j-1}(s_iv_i))=0$であり, $F^{j-1}v_i$の固有値は$-\l$ではないので$ \sum_i s_iF^{j-1}v_i=0 $が得られる. これを繰り返し用いることによって$ \sum_i s_iv_i=0 $となるが, $v_1, \dots, v_{n+1}$は一次独立であったのですべての$i$について$s_i=0$.
$W_i$を$v_i, Fv_i, \dots, F^{\l}v_i$の張る部分空間とすると, これは$V$の部分表現である.
これは命題$6$の証明とほぼ同様にしてできる.
いま$V=\displaystyle\bigoplus_{i=1}^{n+1}W_i$であるので, これは$V$が部分表現の直和に分解できないことと矛盾します. したがって, 部分表現の直和に分解できないような表現が存在することを仮定したのが誤りであり, 任意の有限次元表現が既約表現の直和で表せることが示されました!長かった...
こちらの記事 に, 具体的な$\mathfrak{sl}(2)$の表現の例が詳しく載っています.
カシミール作用素が後半で急に登場して本質的な役割を果たしていたので, 次はそれについて知見を深めたい所存です.