ユニタリ空間の任意の線形変換には極分解と呼ばれるものが存在します。これは簡単に言うと、線形変換を回転・鏡映操作と各直交する方向への拡大操作に分解して考えることに相当します。
この記事では一般の場合についての極分解を示して、その極分解に現れるユニタリ変換についても考察します。
*私は数学の中でも線形代数が大の苦手です。間違いが含まれていた場合は優しく教えてください。
それだけに逆に初学者にも分かりやすい説明ができた気もするので線形代数が苦手な方にもぜひ読んでいただけると嬉しいです。
以下、空間としては常に有限次元線型空間だけを考えます。随伴変換、正規変換、エルミート変換、ユニタリ変換については特に定義することなく用います。また、スペクトル分解も使っていくのでこのあたりの知識は他の本などで確認していただけると幸いです。
なお記事を執筆し終えてから重複する記事がないか調べたところ(←順番がおかしい)triaさんによる以下の記事を見つけました。
https://mathlog.info/articles/5sFi9LYKcVQUg853f3pk
極分解の証明に関しては本質的には似た方法を取っていますが、triaさんの記事では部分等長写像を使っている点などで違いがありそうです。読んだ上で一応自分の記事も出しておく意味はあるかなと判断しましたが、triaさんの記事も併せてお読みいただくと極分解の理解がさらに深まるかもしれません。
さて、今回の目標は以下の定理を示すことです。
ユニタリ空間$V$の任意の線形変換$T$は半正値エルミート変換$H$とユニタリ変換$U$を用いて$T=HU$と分解される。
ユニタリ空間$V$のエルミート変換$T$について、$\forall x \in V(x \neq 0),(T(x),x) \gt 0$ となるとき$T$は正値エルミート変換であるという。$\forall x \in V,(T(x),x) \geq 0$となる時$T$は半正値エルミート変換であるという。
エルミート変換$T$について
$T$が正値$\Longleftrightarrow$$T$の固有値が全て正
$T$が半正値$\Longleftrightarrow$$T$の固有値が全て0以上
が成り立つ。
後半部分については、$T$の固有ベクトルからなる正規直交基底が取れることより従います。
極分解の証明のためにいくつか補題を用意します。
任意の線形変換$T$に対して$TT^*,T^*T$はともに半正値エルミート変換である。
(証明)$(TT^*(x),y)=(T^*(x),T^*(x))=(x,T(T^*(x)))$
$(TT^*(x),x)=(T^*(x),T^*(x)) \geq 0$より成り立つ。$T^*T$についても同様である。なお、$T$が正則の場合は$TT^*,T^*T$は正値エルミート変換になる。
$T$が半正値エルミート変換である時、$S^2=T$なる半正値エルミート変換$S$が一意に存在する。
(証明)$T$を半正値エルミート変換とする。$T$のスペクトル分解を$T= \beta_1P_1+ \beta_2P_2+,,,+ \beta_kP_k $とする。スペクトル分解の定義から各$ \beta_i $は$T$の固有値であり、$P_iP_j=0(i \neq j),P_i^2=P_i$が成り立っている。$T$は半正値より各$\beta_i$は非負だから$S= \sqrt{ \beta_1 } P_1+ \sqrt{ \beta_2 } P_2+,,,+ \sqrt{ \beta_k } P_k $とおける。この時$S^2=T$が成り立つことは計算により分かる。$S$の表示から$S$が正規変換であることは明らかで、また$S$の固有値は$ \sqrt{ \beta_1 }〜 \sqrt{ \beta_k } $(全て0以上の実数)より$S$は半正値エルミート変換である。一意性についてもスペクトル分解の一意性から従う。
なお上の補題で半正値を正値に置き換えたものも成り立つことが同様に分かります。この主張も今後補題3として言及します。さて、これで準備ができたのでとりあえず正則線形変換の場合の極分解を示しておきます。
まずは比較的簡単な、正則線形変換の極分解について示していきます。
$T$をユニタリ空間の正則線形変換とする。この時$T=HU$なる正値エルミート変換$H$とユニタリ変換$U$が一意に存在する。
補題2より$TT^*$は正値エルミート変換になる。補題3を用いると、$H^2=TT^*$なる正値エルミート変換$H$が一意に存在する。この時$T$が正則であることより$T^*$も正則で、(両辺の$det$などを考えることで)$H$が正則であることが分かる。
$U=H^{-1}T$とおくと当然$T=HU$であり、さらに$UU^*=(H^{-1}T)(H^{-1}T)^*=H^{-1}TT^*H^{-1}=H^{-1}H^2H^{-1}=I$より$U$はユニタリ変換である。よって分解の存在が示された。
また、$T$が正値エルミート変換$H_1$とユニタリ変換$U_1$を用いて$T=H_1U_1$と表せたとすると、$H_1=HUU^{-1},H_1^*=(U_1^{-1})^*U^*H$より$H_1^2=H_1H_1^*=H^2$となる。
すなわち$H^2=H_1^2(=X)$で $H,H_1,X$は全て正値エルミート変換となっている($X$が正値エルミートであることは$H,H_1$の正則性およびエルミート性から従う)。よって補題3の一意性から$H=H_1$となり、$H$の正則性から$U=U_1$もただちに分かるから分解の一意性が示された。
このように$T$に正則性を仮定した場合は$H$が正則なので$U=H^{-1}T$という安直な定義ができて割とすんなりいけます。これが使えない一般の線形変換の場合について考えていきます。
ユニタリ空間$V$の任意の線形変換$T$は半正値エルミート変換$H$とユニタリ変換$U$を用いて$T=HU$と分解される。
まず先と同様にして$H^2=TT^*$なる半正値エルミート変換$H$が取れる。
$H$がエルミート変換であることより、$\forall x \in V, \forall y \in KerH$に対して$(H(x),y)=(x,H(y))=(x,0)=0$となるから $ImH \subset (KerH) ^\perp $が分かり、さらに次元定理より$dimImH=dim(KerH) ^\perp$であるから結局$ImH = (KerH) ^\perp $が分かる。したがって$V=ImH \oplus KerH$と直和分解される。さて、今$T=HU$、すなわち$T^*=U^*H$を満たす$U$を定義したいということを踏まえて$U$を構成していく。
$ImH$の正規直交基底$< e_1,,,,e_r>$および$KerH$の正規直交基底$< e_{r+1},,,,e_n>$を取る。$e_1〜e_r$については$e_i=H(f_i)$となる$f_i \in V$が少なくとも一つ存在するのでこのような$f_i$を一つ取って固定しておく。そして$U^*$(まだ$U$を定義してないのにこう書くのは少しおかしい気もするがとりあえず形式的な記号だと思ってほしい)による$e_i(1 \leq i \leq r)$の行き先は$T^*(f_i)$ であると定める。この時$T^*(f_1)〜T^*(f_r)$は正規直交系になっている。実際、$(T^*(f_i),T^*(f_j))=(f_i,TT^*(f_j))=(f_i,H^2(f_j))=(H(f_i),H(f_j))=(e_i,e_j)$より従う。よって$T^*(f_1)〜T^*(f_r)$を延長して$V$の正規直交基底$< T^*(f_1),,,,T^*(f_r),u_{r+1},,,,u_n>$を作ることができる。$e_{r+1}〜e_n$の$U^*$による行き先は$u_{r+1}〜u_n$と定める。
以上により定まる線形変換を$U^*$とする。
このように定義したとき、$T^*=U^*H$が成り立っていることを確かめる。まず$||T^*(x)||^2=(T^*(x),T^*(x))=(x,TT^*(x))=(x,H^2(x))=(H(x),H(x))=||H(x)||^2$より$||T^*(x)||=||H(x)||( \forall x \in V)$が分かるので$KerH=KerT^*$であり、ここから特に、「$H$で送って等しいなら$T^*$で送っても等しい」と言えることに注意しておく。
$x \in V$を任意に取る。$e_1〜e_r$は$ImH$の基底であったから$H(x)=c_1e_1+,,,,+c_re_r$と表せる。
$x'=c_1f_1+,,,,+c_rf_r$とすると$H(x)=H(x')$だから$T^*(x)=T^*(x')$となる。これと$T^*(x')=U^*(H(x))$より$T^*(x)=U^*(H(x))$となる。以上より$T^*=U^*H$がいえた。
また、$U^*$は正規直交基底を正規直交基底に移す線形変換であるからユニタリ変換である。よって$U=(U^*)^*$と定義すれば、$U$はユニタリ変換かつ$T=HU$となる。以上より定理が示された。
途中で正規直交基底に延長したり、$e_{r+1}〜e_n$を$u_{r+1}〜u_n$に送ったりするところで任意性が生じているので$U$が一意ではないことが見て取れます。また、極分解における$U$は上のような操作により得られるものに限るということも容易に確かめることができます。
極分解におけるユニタリ変換は、元の変換に最も近いユニタリ変換であるという話をします。
まずは行列の大きさを図る量としてフロベニウスノルムを導入します。
複素成分行列$A=(a_{ij})$に対して、$ \sqrt{\sum_{i,j}|a_{ij}|^2} $を$A$のフロベニウスノルムといい、$||A||_F$で表す。
僕でも思いつきそうな定義ですね。
フロべニウスノルムに関する補題をいくつか紹介します。
$||A||_F^2=tr(AA^*)=tr(A^*A)$
計算により分かる。
ある複素数成分行列に左や右からユニタリ行列をかけてもフロベニウスノルムは不変である。
ユニタリ行列を左からかける場合について証明する(右からかける場合についても同様)。$A$を複素数成分行列、$U$をユニタリ行列とする。
$||UA||_F^2=tr((UA)^*(UA))=tr(A^*A)=||A||_F^2$
フロベニウスノルムは0以上だから$||UA||_F=||A||_F$が従う。
さて、ここで以下の問題を考えます。
ある複素数成分正方行列$A$が与えられた時、$A$に最も近いユニタリ行列は何か?すなわち$||A-V||_F$を最小にするようなユニタリ行列$V$は何か?
実は$A$を極分解したときに現れるユニタリ行列こそがこの答えになっています。これを正当化していきましょう。
その前に特殊な場合に関する補題を用意しておきます。
$A$を対角成分が全て0以上の実数であるような対角行列とする。
この時、ユニタリ行列$U$の中で$||A-U||_F$が最小となるものの一つは$U=I$である。
$U$をユニタリ行列とする。
$||A-U||_F^2=tr((A-U)^*(A-U))=tr(A^2)+tr(I)-2Re(tr(AU))$となるから、$Re(tr(AU))$を最大にするユニタリ行列が$I$であることを示せば良い。
ここで$A$の対角成分を$a_1〜a_n$、$U$の対角成分を$u_1〜u_n$とすると$tr(AU)=a_1u_1+,,,,+a_nu_n$であり、ユニタリ行列の対角成分は全て絶対値が1以下の複素数であることに注意すると$Re(tr(AU)) \leq a_1+,,,,+a_n$で、$U=I$ならば等号は成立する。以上より示された。
ちなみに最小となるのが$I$だけとは限らない点には注意が必要です。
これを用いて一般の場合を考えていきます。極分解により補題8に帰着させることができます。
$A$を複素数成分対角行列とする。$A$の極分解の一つを$A=HU$とするとき、ユニタリ行列$V$の中で$||A-V||_F$が最小になるのもののうちの一つは$V=U$である。
$A$の極分解の一つを$A=HU$とする。$||A-V||_F=||HU-V||_F=||H-VU^*||_F$である。$W=VU^*$とおくと、$V$がユニタリ行列全体を動く時$W$もユニタリ行列全体を動く。(これはユニタリ行列全体が群を成していることから分かる。)したがって、$||H-W||_F$を最小にするようなユニタリ行列$W$をとりあえず求めれば良い。$H$はエルミート行列だからあるユニタリ行列$P$で対角化できる。この時$||H-W||_F=||P^{-1}HP-P^{-1}WP||_F$
である。$W$がユニタリ行列全体を動く時、$P^{-1}WP$もユニタリ行列全体を動く。$P^{-1}HP$は対角成分が全て0以上の実数であるような対角行列であるから、補題8より$||H-W||_FはP^{-1}WP=I$、すなわち$W=I$の時に最小値をとる。この時$V=U$となる。よって示された。
より一般に、$A$に最も近いユニタリ行列全体が、$A$を極分解した時に現れるユニタリ行列全体に一致しているということも言えます(が、疲れたのでこの記事ではここまでにします)。
以上です。お読みいただきありがとうございました。