【はじめに】
原子や原子核は量子多体系であり多数の粒子で構成されます。これらの系が回転不変性を持つ場合を考えます。このときハミルトニアンと回転の生成子である角運動量演算子は交換し、その固有状態は時間発展で不変です。このとき角運動量演算子の固有状態を用いて系を記述するのが便利かつ重要です。
粒子全体の角運動量は、それを構成する粒子の角運動量によりもたらされます。そこで以下、多粒子系全体の角運動量固有状態を、各粒子の角運動量固有状態の直積を用いて記述することを考えます。これを「角運動量の合成」と呼びます。ちなみに日本語では「角運動量の『合成』」と呼びますが、英語では"Addition of angular momentum"と呼ばれることが多いようです。
本記事はRef.Igiを参考にして書かれています。角運動量の表現の基礎的な事項に関しては前回の記事Mathlogや巷の教科書・webサイトをご参照ください。
以下2粒子系を考えます。2粒子系の角運動量の合成を繰り返せば任意の個数の粒子の合成ができます。
全体の系$S$の角運動量演算子$\hat{\boldsymbol{j}}$は、各粒子の各運動量演算子$\hat{\boldsymbol{j}}_1,\hat{\boldsymbol{j}}_2$を用いて
\begin{align}
\hat{\boldsymbol{j}}:=
\hat{\boldsymbol{j}}_1\otimes \boldsymbol{1}_2
+\boldsymbol{1}_1\otimes \hat{\boldsymbol{j}}_2
\end{align}
で定義されます。$\otimes$の左側が粒子1の、右側が粒子2の空間とします($\boldsymbol{1}_1,\boldsymbol{1}_2$はそれぞれ粒子1と粒子2の空間における恒等演算子)。これらの演算子は2粒子系の状態空間
\begin{align}
|\text{粒子1の状態}\rangle\otimes |\text{粒子2の状態}\rangle
\end{align}
に作用します。粒子1の演算子は粒子1の状態にのみ、粒子2の演算子は粒子2の状態にのみ作用します。
以降、直積の記号である$\otimes$や恒等演算子を省略し
\begin{align}
\hat{\boldsymbol{j}}=\hat{\boldsymbol{j}}_1+\hat{\boldsymbol{j}}_2
\end{align}
と記します。状態に関してもその直積を
\begin{align}
|\text{粒子1の状態}\rangle|\text{粒子2の状態}\rangle
\end{align}
のように$\otimes$を省略して書きます。以降$|a\rangle|b\rangle$と書いたら、左が粒子1、右が粒子2の状態です。
以下に前提をまとめます:
角運動量の大きさが$j_1,j_2$、角運動量の第3成分がそれぞれ$m_1,m_2$である2つの部分系の直積
\begin{align}
|j_1,m_1\rangle|j_2,m_2\rangle \ \ \ \ (m_1=j_1,j_1-1,\cdots,-j_1-1,-j_1, \ \ m_2=j_2,j_2-1,\cdots,-j_2-1,-j_2)
\end{align}
からなる全体系$S$を考える。本記事では$j_1,j_2$は与えられた定数とする。
$\hat{\boldsymbol{j}}_1,\hat{\boldsymbol{j}}_2$をそれぞれの部分系の角運動量演算子、$\hat j^3_1,\hat j^3_2$をそれぞれの部分系の角運動量演算子の第3成分とすると
\begin{align}
\hat{\boldsymbol{j}}_1^2|j_1,m_1\rangle|j_2,m_2\rangle&=j_1(j_1+1)|j_1,m_1\rangle|j_2,m_2\rangle, \ \
\hat j^3_1|j_1,m_1\rangle|j_2,m_2\rangle=m_1|j_1,m_1\rangle|j_2,m_2\rangle,\\
\hat{\boldsymbol{j}}_2^2|j_1,m_1\rangle|j_2,m_2\rangle&=j_2(j_2+1)|j_1,m_1\rangle|j_2,m_2\rangle, \ \
\hat j^3_2|j_1,m_1\rangle|j_2,m_2\rangle=m_2|j_1,m_1\rangle|j_2,m_2\rangle
\end{align}
が成立する。また両系の角運動量演算子は可換、すなわち$[\hat j_1^a,\hat j_2^b]=0$とする。それぞれの系の上昇・下降演算子$\hat j^\pm_1,\hat j^\pm_2$は
\begin{align}
\hat j_1^\pm :=\hat j_1^1\pm i\hat j_1^2, \ \ \ \hat j_2^\pm :=\hat j_2^1\pm i\hat j_2^2
\end{align}
で定義される。
全体系$S$の角運動量(全角運動量と呼ぶ)の大きさを$j$、その第3成分の値を$m$とする。この状態を
\begin{align}
|j,m\rrangle
\end{align}
で表す。全角運動量の演算子を$\hat{\boldsymbol{j}}$とする。これと各部分系の角運動量演算子$\hat{\boldsymbol{j}}_i\ (i=1,2)$との関係は
\begin{align}
\hat{\boldsymbol{j}}=\hat{\boldsymbol{j}}_1+\hat{\boldsymbol{j}}_2
\end{align}
である。$\hat{\boldsymbol{j}}^2,\hat j^3,\hat j^\pm$の状態$|j,m\rrangle$に対する作用は部分系のそれと同様である。
$|a,b\rangle$と書いたら$a$が角運動量の大きさ、$b$が角運動量の第3成分の値です。よって例えば$|j,j\rangle$と書いたら2つめの$j$は角運動量の第3成分のことですのでご注意ください。
以上の前提のもと、本記事では次の問題を考えます:
全体系$S$の角運動量の固有状態$|j,m\rrangle$を、それを構成する粒子の角運動量固有状態の直積の重ね合わせにより
\begin{align}
|j,m\rrangle=\sum_{j_1,m_1,j_2,m_2}c^{j,m}_{j_1,m_1; j_2,m_2}|j_1,m_1\rangle |j_2,m_2\rangle
\end{align}
のように表す
以下$c^{j,m}_{j_1,m_1; j_2,m_2}$を構成する方法を考えます。この係数は「クレブシュ-ゴルダン係数 (Clebsch-Gordan coefficient)」と呼ばれます。ちなみに実際の系では動径の波動関数も存在しますが、ここでは無視します。
合成に関して具体的に述べていきます。
やることは単純で、
これだけです。以下複雑そうに見える議論が続きますが実際はそうでもないです。複雑に見えるのは角運動量の固有状態の記法への慣れの問題があると思います。合成の具体例によりその手続きを理解し、記法に慣れるのがよいと思います。
まず重要なのは以下の事実です
全体系$S$における最大の角運動量の大きさ$j$、かつその$j$における最大の角運動量の第3成分の値$m$は
\begin{align}
j=j_1+j_2, \ \ \ m=j_1+j_2
\end{align}
である。そしてそのような状態$|j_1+j_2,j_1+j_2\rrangle$は
\begin{align}
|j_1+j_2,j_1+j_2\rrangle=|j_1,j_1\rangle|j_2,j_2\rangle \tag{1}
\end{align}
で与えられる
$m=j_1+j_2$であることは$\hat j^3|j,m\rrangle=(\hat j_1^-+\hat j_2^-)|j_1,j_1\rangle|j_2,j_2\rangle$を計算すればすぐにわかる。またこの状態に$\hat j^+=j_1^++j_2^+$を作用させるとゼロになることもすぐにわかる。ところで この記事 の「角運動量の固有状態の表現」の【5】より、$\hat j^+$を作用させてゼロになる$\hat{\boldsymbol{j}}^2,\hat j^3$の同時固有状態(両演算子を同時対角化する状態)の$\hat{\boldsymbol{j}}^2$の固有値は、$\hat j^3$の固有値が$j$のとき$j(j+1)$である。ゆえに$|j_1,j_1\rangle|j_2,j_2\rangle$の$\hat{\boldsymbol{j}}^2$に関する固有値は、$j=j_1+j_2$として$j(j+1)$になる。以上でEq.(1)が証明された。${}_\blacksquare$
部分系のすべての$m$が最大の状態が、全体系の$j,m$の最大の状態を与えるということです。これは直感的にも納得いくのではないかと思います。
この$|j_1+j_2,j_1+j_2\rrangle$に$\hat j^-:=\hat j_1^-+\hat j_2^-$を作用させます。すると$j$は変化せず$m$が1小さくなります。全体系および部分系の直積に対して以下が成立します
\begin{align} \hat j^-|j,m\rrangle&=\sqrt{j(j+1)-m(m-1)}|j,m-1\rrangle\tag{2} \\ \hat j_1^-|j_1,m_1\rangle|j_2,m_2\rangle&=\sqrt{j_1(j_1+1)-m_1(m_1-1)}|j_1,m_1-1\rangle|j_2,m_2\rangle \tag{3}\\ \hat j_2^-|j_1,m_1\rangle|j_2,m_2\rangle&=\sqrt{j_2(j_2+1)-m_2(m_2-1)}|j_1,m_1\rangle|j_2,m_2-1\rangle \tag{4} \end{align}
Eq.(1)の両辺に$\hat j^-=\hat j_1^-+\hat j_2^-$を作用させれば
\begin{align}
&j^-|j_1+j_2,j_1+j_2\rrangle=(\hat j_1^-+\hat j_2^-)|j_1,j_1\rangle|j_2,j_2\rangle\\
&\leftrightarrow \ \sqrt{(j_1+j_2)(j_1+j_2+1)-(j_1+j_2)(j_1+j_2-1)}|j_1+j_2,j_1+j_2-1\rrangle
\\
&\hspace{3cm}=\sqrt{j_1(j_1+1)-j_1(j_1-1)}|j_1,j_1-1\rangle|j_2,j_2\rangle
+\sqrt{j_2(j_2+1)-j_2(j_2-1)}|j_1,j_1\rangle|j_2,j_2-1\rangle
\end{align}
を得ます。こうして$|j_1+j_2,j_1+j_2-1\rrangle$を部分系1,2の状態を用いて表すことができました。
これを繰り返し、$|j,m\rrangle=|j_1+j_2,j_1+j_2-1\rrangle,|j_1+j_2,j_1+j_2-2\rrangle,\cdots, |j_1+j_2,-(j_1+j_2)\rrangle$まで構成します。$j=j_1+j_2$の場合、$m=-(j_1+j_2)$が$m$のとりうる最小の値です。
以下
\begin{align}
j_\text{max}:=j_1+j_2
\end{align}
とします。
次に$j$が1つ小さい$j=j_\text{max}-1$の状態を構成します。この場合も重要なのは、$j=j_\text{max}-1$における$m$の最も大きい状態
\begin{align}
|j,m\rrangle=|j_\text{max}-1,j_\text{max}-1\rrangle
\end{align}
を部分系で表現することです。$m=m_1+m_2$なので、この状態は$m_1+m_2=j_\text{max}-1=j_1+j_2-1$を満たす$m_1,m_2$の可能な組み合わせ
\begin{align}
(m_1,m_2)=(j_1,j_2-1),(j_1-1,j_2)
\end{align}
の2つの基底の線形結合で表されます。よって
\begin{align}
|j_\text{max}-1,j_\text{max}-1\rrangle=a|j_1,j_1\rangle|j_2,j_2-1\rangle+b|j_1,j_1-1\rangle|j_2,j_2\rangle\tag{5}
\end{align}
と表せます。これと同じ$m$をもつすでに構成した状態$|j_1+j_2,j_1+j_2-1\rrangle$はEq.(5)と同じ2つの基底の線形結合で表され、かつEq.(5)の状態と直交します。さらに状態の規格化条件があるためEq.(5)の状態に計2条件が課され、$a,b$を決定することができ、$|j_\text{max}-1,j_\text{max}-1\rrangle$は一意的に定まります。
$|j_\text{max}-1,j_\text{max}-1\rrangle$が決定すれば、やることは$j=j_\text{max}$の場合と同じです。$\hat j^-$を用いて$|j_\text{max}-1,m\rrangle, \ \ m=j_\text{max}-1,j_\text{max}-2,\cdots,-(j_\text{max}-1)$の計$2(j_\text{max}-1)+1$コの状態を構成します。
これを$j=j_\text{max}-2,j_\text{max}-3,\cdots$に対して繰り返すことで全ての可能な$|j,m\rrangle$を構成することができます。ただし2つ述べておくべきことがあります。
1.は以下のようにしてわかります。ここでは$j_1< j_2$とします。$|j,m\rrangle$を構成する作業を繰り返し、$j=j_\text{max}, \ j_\text{max}-1,\cdots, \ j_\text{max}-2j_1(=j_2-j_1)$の状態まで構成したとします。このとき構成された全状態の数は
\begin{align}
\{2j_\text{max}+1\}+\{2(j_\text{max}-1)+1\}+\cdots+\{2(j_\text{max}-2j_1)+1\}
&=
\sum_{k=0}^{2j_1}
\{2(j_\text{max}-k)+1\}\\
&=(2j_1+1)(2j_2+1)
\end{align}
です。これは部分系の直積から作られる全状態の数と等しいです。よってこれ以上直交する状態は作れないため、$j=j_\text{max}-2j_1=j_2-j_1=|j_1-j_2|$が最小の全角運動量であることがわかります。もっと直感的に、部分系の状態をそれぞれ$j_1$と$j_2$の長さを持つ古典的ベクトルとみなせば、その方向が真逆の時合成したベクトルの長さが最小になり、このとき長さは$|j_1-j_2|$になります。
2.は重要です。角運動量の合成の過程で非自明なのはこれだけ、と言ってもよいかもしれません。ちなみに$|j_\text{max}-k,j_\text{max}-k\rangle$は$m$が違う状態とももちろん直交しますが、その場合状態を構成するすべての基底が直交するため、意味のある条件は導けません。
ここで説明したことを図にすると図1になります:
角運動量合成のフローチャート。$j$の大きな状態から、また上から下に順次構成してゆく。マゼンタ色で書かれた状態は、それより左に存在する同じ$m$の状態と直交する条件+規格化条件から定まる
$ $
まず左上の$|j_\text{max},j_\text{max}\rrangle=|j_1,j_1\rangle|j_2,j_2\rangle$を$j^-$で落としていき$|j_\text{max},-j_\text{max}\rrangle$まで構成します。次に$j=j_\text{max}-1$におけるマゼンタ色で書かれた状態を、同じ$m$を持ち既に構成された状態(図において同じ行かつそれより左に存在する状態)との直交条件+規格化条件から構成します。これを$\hat j^-$で落とします。次に$j=j_\text{max}-2$におけるマゼンタ色で書かれた状態を構成し,…,と繰り返し、$j=j_\text{max}-2j_1$(※$j_1< j_2$を仮定)まで構成したら終了です。青い数字は状態数であり、すべて足すと$(2j_1+1)(2j_2+1)$になります。
ここでは
\begin{align}
j_1=1,\ j_2=2
\end{align}
の場合に可能なすべての$|j,m\rrangle$を構成します。
まず
\begin{align}
|3,3\rrangle=|1,1\rangle|2,2\rangle
\end{align}
が$j,m$共に最大の状態です。両辺に$\hat j^-$を作用させれば、Eq.(2-4)を用いて
\begin{align}
\text{左辺}&=\sqrt{3\cdot 4-3\cdot 2} |3,2\rrangle=\sqrt{6}|3,2\rrangle\\
\text{右辺}&=(j_1^-+j_2^-)|1,1\rangle|2,2\rangle\\
&=\sqrt{2}|1,0\rangle|2,2\rangle+\sqrt{2\cdot 3-2\cdot 1}|1,1\rangle|2,1\rangle\\
&=\sqrt{2}|1,0\rangle|2,2\rangle+2|1,1\rangle|2,1\rangle
\end{align}
となります。よって
\begin{align}
|3,2\rrangle&=\frac{1}{\sqrt{6}}(\sqrt{2}|1,0\rangle|2,2\rangle+2|1,1\rangle|2,1\rangle)\\
&=\frac{1}{\sqrt{3}}|1,0\rangle|2,2\rangle+\sqrt{\frac{2}{3}}|1,1\rangle|2,1\rangle \tag{6}
\end{align}
を得ます。すぐにわかるように適切に規格化されています($(1/\sqrt{3})^2+(\sqrt{2}/\sqrt{3})^2=1$)。
つぎに$|3,1\rrangle$を構成します。Eq.(6)の両辺に$j^-$を作用させれば
\begin{align}
\text{左辺}&=\sqrt{3\cdot 4-2\cdot 1}|3,1\rrangle=\sqrt{10}|3,1\rrangle\\
\text{右辺}&=(j_1^-+j_2^-)\left(\frac{1}{\sqrt{3}}|1,0\rangle|2,2\rangle+\sqrt{\frac{2}{3}}|1,1\rangle|2,1\rangle\right)\\
&=\frac{1}{\sqrt{3}}
\left\{
\sqrt{1\cdot 2}|1,-1\rangle|2,2\rangle+\sqrt{2\cdot 3-2\cdot 1}|1,0\rangle|2,1\rangle
\right\}
+\sqrt{\frac{2}{3}}
\left\{
\sqrt{1\cdot 2}|1,0\rangle|2,1\rangle+\sqrt{2\cdot 3}|1,1\rangle|2,0\rangle
\right\}\\
&=\sqrt{\frac{2}{3}}|1,-1\rangle|2,2\rangle+\frac{4}{\sqrt{3}}|1,0\rangle|2,1\rangle+2|1,1\rangle|2,0\rangle
\end{align}
となります。よって
\begin{align}
|3,1\rrangle=\frac{1}{\sqrt{15}}|1,-1\rangle|2,2\rangle+\frac{2\sqrt{2}}{\sqrt{15}}|1,0\rangle|2,1\rangle+\sqrt{\frac{2}{5}}|1,1\rangle|2,0\rangle
\end{align}
を得ます。これも適切に規格化されています。
あとは同様に再帰的に$\hat j^-$を作用させ、Eq.(2-4)を用いて$|3,0\rrangle,\cdots,|3,-3\rrangle$を構成します。結果を書くと以下のようになります:
$j=2$において最大の$m$を持つ$|2,2\rrangle$を構成します。
$m=m_1+m_2$なので、$|2,2\rrangle$は$|1,0\rangle|2,2\rangle$と$|1,1\rangle|2,1\rangle$の2つの基底の線形結合で表されます:
\begin{align}
|2,2\rrangle=a|1,0\rangle|2,2\rangle+b|1,1\rangle|2,1\rangle
\end{align}
この状態は、同じ$m$をもつ(そして同じ基底で記述される)$j=3$の状態である$|3,2\rrangle$と直交します。これはすでに構成してあり、Eq.(6)で与えられます。この直交条件と規格化条件より
\begin{align}
a+\sqrt{2}b&=0\\
a^2+b^2&=1
\end{align}
が課されます。ここでは$a$を正の実数にとることにして
\begin{align}
a=\sqrt{\frac{2}{3}},b=-\frac{1}{\sqrt{3}}
\end{align}
と定まります。これで$|2,2\rrangle$が求まりました。
あとはやることは$j=3$の場合と同様です。$j^-$を再帰的に作用させ、Eq.(2-4)を用いて$|2,m\rrangle$を求めます。計算すると以下のようになります:
$j=1$の状態を構成します。$|j_1-j_2|=1$なので、これが最小の$j$です。
$|1,1\rrangle$を求めます。この状態は
\begin{align}
|1,1\rrangle=a|1,-1\rangle|2,2\rangle+b|1,0\rangle|2,1\rangle+c|1,1\rangle|2,0\rangle
\end{align}
のように3つの状態の線形結合で表されます。これは既に構成した
\begin{align}
|3,1\rrangle,|2,1\rrangle
\end{align}
と直交します。この2条件と規格化条件の1条件、計3条件から3パラメータは決定されます。この条件を書き下すと
\begin{align}
a^2+b^2+c^2=1\\
\sqrt{\frac{2}{30}}a+\frac{4}{\sqrt{30}}b+\frac{2}{\sqrt{10}}c=0\\
\frac{1}{\sqrt{3}}a+\frac{1}{\sqrt{6}}b-\frac{1}{\sqrt{2}}c=0
\end{align}
となります。$a$が正の実数になるように係数を決めると、$|1,1\rrangle$は
\begin{align}
|1,1\rrangle=\sqrt{\frac{3}{5}}|1,-1\rangle|2,2\rangle
-\sqrt{\frac{3}{10}}|1,0\rangle|2,1\rangle+\frac{1}{\sqrt{10}}|1,1\rangle|2,0\rangle
\end{align}
となります。
あとはやることは$j=3,2$の場合と同様です。実行すれば
$|1,1\rrangle=\sqrt{\frac{3}{5}}|1,-1\rangle|2,2\rangle
-\sqrt{\frac{3}{10}}|1,0\rangle|2,1\rangle+\frac{1}{\sqrt{10}}|1,1\rangle|2,0\rangle$
$|1,0\rrangle=\sqrt{\frac{3}{10}}|1,-1\rangle|2,1\rangle-\sqrt{\frac{2}{5}}|1,0\rangle|2,0\rangle+\sqrt{\frac{3}{10}}|1,1\rangle|2,-1\rangle$
$|1,-1\rrangle=\frac{1}{\sqrt{10}}|1,-1\rangle|2,0\rangle-\sqrt{\frac{3}{10}}|1,0\rangle|2,-1\rangle+\sqrt{\frac{3}{5}}|1,1\rangle|2,-2\rangle$
を得ます。
これで全状態が構成されました。実際ここまで計15コの状態を構成しましたが、これは$|1,m_1\rangle,\ |2,m_2\rangle$の基底の組み合わせの数$3\times 5=15$と等しいです。
これらの計算が正しいことは WolframAlphaのClebsch-Gordan coefficient calculator WolframAlphaで確かめることができます。使い方はすぐに分かると思います。ただし$j=2$の状態に関しては本記事の結果にマイナスがかかったものが表示されます(脚注)。
余談ですが、$|0,0\rrangle$が構成できないのは次のような理由からもわかります。もし$|0,0\rrangle$が構成できたとすると、$m=m_1+m_2$より、この状態は
\begin{align}
|1,1\rangle|2,-1\rangle,\ |1,0\rangle|2,0\rangle, \ |1,-1\rangle|2,1\rangle
\end{align}
の3つの基底の線形結合で書けるはずです。ところが$|0,0\rrangle$は$|3,0\rrangle,|2,0\rrangle,|1,0\rrangle$の3つの状態と直交し、かつ規格化条件を満たさなければならないので、計4つの拘束条件を満たす必要があります。$|0,0\rrangle$における線形結合の変数は3つしかないため、一般にこの拘束条件を満たすことはできません。
この議論は一般化できます。$|j_\text{max}-2j_1-1,j_\text{max}-2j_1-1\rangle$は$m=m_1+m_2$の条件があるため、最大で$2j_1+1$コの基底の線形結合で表されます。しかしながら、この状態が直交すべき、同じ基底から構成される状態は以下の$2j_1+1$コ存在します:
\begin{align}
|j_\text{max},j_\text{max}-2j_1-1\rangle,|j_\text{max}-1,j_\text{max}-2j_1-1\rangle,\cdots,|j_\text{max}-2j_1,j_\text{max}-2j_1-1\rangle
\end{align}
この直交条件で線形結合の係数が完全に決定されてしまうため、一般には規格化条件を満たせなくなります。
本記事では量子力学における角運動量の合成に関して述べました。角運動量の合成とは、全体系の角運動量固有状態を、部分系の角運動量固有状態の直積の重ね合わせで書くことを指します。
合成の過程はそれほど難しくなく
「可能な全角運動量の各々に対して最大の$m$の状態を構成し、それを$\hat j^-$で落としていく(※全角運動量の大きい状態から順次行う)」
基本的にはこれだけです。各$j$において最大の$m$の状態を作るのだけがちょっと非自明ですが、これも難しくはなく、それより大きな$j$で同じ$m$を持つ既に構成した状態と直交する条件、および規格化条件から定まります。慣れてしまえば大したことはないと思います。
ここで得られたクレブシュ-ゴルダン係数はすべて実数でした。一般にこれらの係数は実数にとることができることを指摘しておきます。
以下は完全に余談なのですが、合成に限らず量子力学の角運動量に関する勘どころを書き留めておきたいと思います:
おしまい。${}_\blacksquare$
$ $
【脚注】本記事の位相の選び方は、教科書Schiffが採用している
\begin{align}
\langle j_1,j_1|\langle j_2,J-j_1||J, J\rrangle\text{ は実数かつ正}
\end{align}
と整合的です。この式に現れる双対な(=ブラの)基底は
\begin{align}
\langle j_1,m_1|\langle j_2,m_2|
\end{align}
を意味します。
$j=j_\text{max}$において、$|j_\text{max},j_\text{max}\rrangle$に$j^-$を作用させ$m$の異なる状態を作っても、$|j_\text{max},-j_\text{max}\rrangle$に$j^+$を作用させ$m$の異なる状態を作っても同じであろうことは直感的にわかると思います。ここでは$|j_\text{max},j_\text{max}\rrangle$に$j^-$を順次作用させたとき、同じ$m$に属する状態がどのように変化するかを見ることで、"top-down"と"bottom-up"の対称性を確認します。
$m$を下げて行く時に生じる状態の変化を描いたものが図1です。ここでは$j_1< j_2$とします。
$j=j_\text{max}$における$|j_\text{max},m\rangle$の構成の図
$ $
一番上の行から見ていきます。$(m_1,m_2)=(j_1,j_2)$、すなわち$|j_\text{max},j_\text{max}\rangle=|j_1,j_1\rangle|j_2,j_2\rangle$の状態に$j^-=j_1^-+j_2^-$を作用させると、$(m_1,m_2)=(j_1-1,j_2),(j_1,j_2-1)$の状態が生じます。これが上から2行目の状況です。右下の矢印に向かうと$j_2$がひとつ下がり、左下の矢印に向かうと$j_1$がひとつ下がります。これらが線形結合された状態が2行目であり、これが$|j_\text{max},j_\text{max}-1\rangle$に対応します(※正確には規格化する必要がある)。これに更に$j^-$が作用すれば3行目の状態を得ます。しばらくの間状態を構成する基底の数は1づつ増えます。
$2j_1$回$j^-$が作用し、$m=j_\text{max}-2j_1$になると状況が変わります。ここに至ると$m_1$が最小となります。これ以上$m_1$は下がらないため、右下に進むしかなくなります。一方で右端の状態$|j_1,j_2-2j_1\rangle$は$j_1< j_2$だからまだ右下に下がることができます。よって図のようにしばらく基底の数が一定(=$2j_1+1$)の状況が続きます。
$m=j_\text{max}-2j_2$になるとまた状況が変わります。この$m$において右端の状態の$m_2$は$m_2=j_2-2j_2=-j_2$であるから、これ以上右下には下がれなくなり、左下にしか下がれなくなります。そのため基底の数はここから1つづつ減ります。そして最後$(j_1-2j_1,j_2-2j_2)=(-j_1,-j_2)$に至り、これ以上下がることはできなくなります。
図2は$j=j_\text{max}=j_1+j_2$の場合ですが、$j=j_\text{max}-k$($k=0,1,2,\cdots,2j_1$)なら、上から$k+1$番目の行から始まって$j^-$で落としていくことになります(※重ね合わせの係数は$j$ごとに異なります)。
この図より、$m$の最も大きい状態から$j^-$で落としていくのと、$m$が最も小さい状態から$j^+$で上げていくことに対称性があることが確認できます。