この記事では,実数係数と複素係数の3次元Lie代数の分類定理の証明を行う.
可換性,可解性,冪零性といった不変量はなるべく持ち出さずに,線形代数の初等的な知識とそこから示せるいくつかの定理のみで証明する.定理の証明で用いたLie代数の定義や基本的な性質については後述する.必要があれば参照すること.
必要な知識
- Lie代数の定義
- 線形代数の基本的な知識
まずは定理の紹介から行おう.
定理の主張
3次元-Lie代数の分類 (Bianchi)
3次元-Lie代数は,
のいずれかただ一つと同型である.
次元Lie代数の基底をとすると,基底のbracket積はそれぞれ次のようになる.
3次元-Lie代数の分類 (Bianchi)
3次元-Lie代数は,
のいずれかただ一つと同型である.
次元Lie代数の基底をとすると,基底のbracket積は次のようになる.
基底のbracket積を与える形で,Lie代数を与えたが実際は具体的な形で与えることも多い.は上三角行列全体の集合,は狭義上三角行列全体の集合,は交代行列全体の集合,はトレースがになる行列全体の集合である.(ただし添え字は行列のサイズ.)
証明の流れ
証明を追いながら適宜,下のフローチャートを確認して議論を追ってほしい.の次元で場合分けして,その後適切な行列の標準化を考える.
Lie代数の分類定理の証明
-Lie代数の分類定理の証明
証明
3次元-Lie代数の分類の証明
3次元-Lie代数の分類 (Bianchi)
定理に現れるLie代数が互いにを同型でないことは,
随伴表現と同型の判定
で示した.
の同型に関して
は不変量
なので,で場合分けして示す.
- のとき
の定義から,
となるから, - のとき
の基底を,の基底をとする.
このとき,であることに注意すれば,いずれかはでない複素数を用いて
と書ける.
ここで2つの場合を考える.
(1) かつのとき
となり,という基底の変換により,
よって, が成り立つ.
(2) またはのとき
のときはとすれば,
となるので,のときを考えれば十分である.
なら,という基底の変換が考えられ,
となるので, が従う. - のとき
の基底を,の基底をとする.
はの基底なので,複素数を用いて
と書ける.
ここで
であるから,基底に関するJacobi 等式
を考えると,
すなわち,
が成り立つ.
(1) のとき
より,ベクトルはでないベクトルに一次従属する.すなわち,となるが,これはであることに反する.
(2)のとき
基底について
となるので,の基底の変換を考えればよい.
基底の変換とおく.
と書くことにすると,(行列は正則行列である.)
したがって,基底の変換
は正則行列による行列の標準化を与えることが分かる.
一般に,次複素正方行列は正則行列により Jordan 標準形にできるので,
の2通りで書ける.()
(1) のときここで,とすれば,
従って, となることが分かる.(ただし,である.)
(2) のとき
である.ここで,とおけば,
となるから, となる. - のとき
及びの基底をとする.すると,
とおける.すなわち正則行列を用いて
とする.ここで,
であり,Jacobi 等式から
となる.であってはから生成される空間なので,一次独立であるからが成り立つ.
よって,行列は対称行列となる.
また基底の変換
とすると,
となるのでとおけば,
については
したがってが成り立つので,
となるから,基底の変換行列は正則な複素対称行列に対して
を与える.
であっては代数閉体なので,であることに注意すれば,
という標準化となることが分かる.
つまり,正則な複素対称行列に対して,正則行列による
という標準化を考えればよい.
ただし,ここで正則行列の存在と正則行列の存在は同値である.
実際,なら となる.
まただから, とすればよい.
逆についてもこの議論を逆にたどればよい.
ここで
オートン・高木分解
,特にその系1により,正則な複素対称行列に対して,正則行列が存在して
とできる.
すなわち,基底の変換により,
とできる.
さらに,基底の変換
により,
となり, が分かる.
3次元-Lie代数の分類の証明
3次元-Lie代数の分類 (Bianchi)
定理に現れるLie代数が互いにを同型でないことは,
随伴表現と同型の判定
で示した.
の同型に関して不変量なので,で場合分けして示す.
- のとき
のときと同様に - のとき
のときと同様に, または が成り立つ. - のとき
の基底を,の基底をとする.
はの基底なので,実数を用いて
と書ける.
のときと同様に,Jacobi 等式とであることより,となる.
つまり,基底について
となるので,の基底の変換を考えればよい.
基底の変換とおく.
と書くことにすると,(行列は正則行列である.)
のときと同様に,基底の変換は正則行列による行列の標準化を与えることが分かる.正則行列による
2次実正則行列の標準化
は以下の3種類に書ける.
(ただし,)
(1) のとき
のときと同様にして
ここで,とすれば,
従って, となることが分かる.(ただし,である.)
(2) のとき
のときと同様にして
ここで,とすれば,
となり, となる.
(3)のとき
ここで,とすれば,
となるから, となる.(ただし,である.) - のとき
及びの基底をとする.正則行列を用いて
とすると,で示したときと同様に,と Jacobi 等式から行列は対称行列である.
からへの基底の変換行列は正則な実対称行列に対して
を与える.
であることに注意すれば,
という標準化となることが分かる.(は符号を表す.)
つまり,正則な複素対称行列に対して,正則行列による
という標準化を考えればよい.
ここで
実対称行列の標準化
,特にその系3により,正則な実対称行列に対して,正則行列が存在して
とできる.
(1) のとき
基底のブラケット積は,
となるから, が分かる.
(2) のとき
基底のブラケット積は,
となるから,基底の変換
により,
となり, が分かる.
証明に必要な補題や知識
この証明で用いた補題をまとめた.証明は長くなるため,以下の記事で書いた.この証明が一番苦労したので,ぜひ確認してほしい.
の次元が同型に関して不変量となること
は同型に関して不変量
:有限次元-Lie代数
は同型に関する不変量である.
つまり,
が成り立つ.
次複素正方行列の標準化
Jordan 標準形
任意の次複素正方行列に対して,ある正則行列が存在して (はジョルダンブロックを対角に並べた行列)となるようにできる.
(はの固有値)
複素対称行列の標準化
ではなく,という標準化を考える.
オートン・高木分解
任意の次複素対称行列に対して,ユニタリ行列が存在して
となるようにできる.ここで,である.
(すなわち,複素対称行列はユニタリ行列による"標準化"により実対角行列とできる.)
任意の正則な次複素対称行列に対して,正則行列が存在して
となるようにできる.
2次実正方行列の標準化
実数の範囲でジョルダン標準形にできる場合と,ジョルダン標準形にできない場合がある.
2次実正方行列の標準化
2次実正方行列は,正則行列を用いて,固有値が実数のとき,Jordan標準形
にでき,固有値が虚数のとき,
とできる.
実対称行列の標準化
次形式の標準化を考えればよい.符号数やシルヴェスターの慣性法則などに詳しければ,よく知っている操作だろう.
実対称行列の対角化(有限次元のスペクトル定理)
次実対称行列は、直交行列で
となるものが存在する.直交行列はを自由にとることができる.
次実対称行列は,正則行列で
となるものが存在する.(ただし, である.)
さらに,直交行列はを自由にとることができる.
正則な次実対称行列は,正則行列で
となるものが存在する.(ただし, である.)
分類定理の証明の補足
- 次元リー代数の分類定理に現れるリー代数として,基底のブラケット積を示す形でリー代数を与えたが,それらが実際にリー代数となっているかは確認すべきことである.つまり,等式を満たすかどうかは確認すべきである.計算をひたすらに頑張るだけである.この記事では省略する.
- 次元リー代数の分類定理に現れるリー代数が互いに同型でないことは,
随伴表現と同型の判定
で示した.
- 元の論文の証明では,行列の標準化の際に「multiplicatively cogredient」という概念を出していた.
- 冪零性や可解性を使えば,あっさり議論できる部分も少しある.
研究を進めること
- 他の体,例えば正標数の体や有理数体では,どんな分類となるか
- 次元や次元など、より高い次元でのリー代数の分類はどうか
- 無限次元でのリー代数はどうか
- 定理の応用にどのようなものがあるか
最後に
記事の記述の間違いや,もっとこうした方がよいのではという提案があれば,ぜひ連絡していただけると助かります.質問や疑問があれば,気が向けば返信するので気軽にもらえると嬉しいです.
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