ベクトル空間には構造に対応する群が存在します.例えば内積には直交群が対応します.この関係は多様体に拡張でき,多様体上の"構造"には対応する群があります.例えば次の表のようになります.このことを理解するのにあたって要となるのは主束の理論です.
群 | 構造 |
| なし |
| 体積形式(向き) |
| リーマン計量 |
| 擬リーマン計量 |
| 概複素構造 |
| 概エルミート構造 |
主束
初めに主束に関する復習を簡単に行います.詳しいことは微分幾何の教科書を参考にしてください.
主束
主束
をリー群,を多様体とする.が構造群をとする主束であるとは以下を満たすことである.
- は滑らかな全射.
- にが右から作用し,その作用はファイバーを保つ.さらにへのの右作用は自由かつ推移的である.
- 同変な局所自明化を持つ.すなわち,各点に対して開近傍と微分同相
でを満たすものがある.
フレーム束
を次元多様体とし
とする.は然るべき位相と微分構造を入れることで多様体になり,自然なにより主束になる.実際,2つの基底同士はの作用で移り合う.(詳細な確認は省略する)
ベクトル束には必ず大域的な切断が存在しますが,主束には大域的な切断は存在するとは限りません.実際,主束の場合は大域的な切断が存在することと自明束であることが同値です.局所的には切断は存在しますが,これは局所自明化が存在するということと同値です.
主束は大雑把に言えばファイバーがになっているようなファイバー束ですが,ファイバーには群構造が入っていないことに注意が必要です.
同伴ベクトル束
をリー群の表現とします.主束からを用いて,ファイバーがであるようなベクトル束を作ることができます.これを同伴ベクトル束といいます.
に対しての右作用
を定めます.この作用による商はベクトル束になり,これをと表します.の元でを代表元とするようなものをと表します.定義からです.
接束
を自然表現(恒等写像)とする.フレーム束とから定まる同伴ベクトル束は接束と同型になります.実際次のように同型写像が作れます.
主束の接続とその同伴ベクトル束に誘導される接続
主束の接続には接束の水平部分束を定める方法と微分形式を定める方法があり,この2つは同値な概念です.ここでは今回の議論に必要な微分形式の方のみを定義しておきます.
主束の接続形式
を主束とする.の接続形式とは上のに値を取る1-formであって次を満たすものである.
- 任意のに対してが成り立つ.ここでは引き戻し,は随伴表現である.
- とするとが成り立つ.ここではから得られる基本ベクトル場
である.
主束に接続が定まっていると,同伴ベクトル束に接続が誘導されます.を切断とし,小さい開集合上で
と表されているとします.上の接続を
で定めます.ここではをの適当な基底で展開し,その係数関数をで微分するという意味です.つまりを基底とし
に対して
ということです.これは基底の取り方に依らず,well-definedになります.またこのが接続の条件を満たすこともすぐにわかります.
ベクトル束からそのフレーム束に誘導される接続
をランクのベクトル束とすると,を構成した時と同じように各ファイバーの基底を集めてくることでのフレーム束と呼ばれる主束が得られます.特にです.を局所切断とするとはの局所フレームです.をの接続とすると,この局所フレームに関して
としてという上の1-formが定義できます.これを行列の形に並べることでというに値を取る1-formが得られます.実は上の接続形式であって,任意の局所切断に対して
となるものが存在します.このようにベクトル束の接続からフレーム束上の接続形式が得られます.
構造
一般論
を次元多様体上のフレーム束(主束)とし,をのLie部分群とします.主部分束のことをの構造といいます.つまり構造とはフレーム束の部分集合でそれ自身が主束になっているようなもののことです.もちろんの任意のLie部分群に対して上の構造が存在するわけではないです.初めに述べたように,構造が存在することは多様体上に対応する構造が入ることを意味します(これについては次の節で具体例を通して見ていきます).
をLie群,を主束とし,をの表現とする.ここでは実(resp. 複素)ベクトル空間である.を同伴ベクトル束とする.がの作用で不変であるとすると
で定義されるの切断はの取り方に依らず,したがってwell-definedである.
任意のを1つ固定する.の他の元はを用いてと表せる.がの作用で不変であることから
となる.これはの定義がの取り方に依らないことを意味している.
さらに主束に接続がある場合には,同伴ベクトル束上に接続が誘導され,はその接続に関して平行になる.
開集合を十分小さく取ればは上で
と表すことができる.したがって任意の接ベクトルに対して
となる.の任意の点の近傍で以上の議論ができるのでである.
具体例
上で示した命題が,構造と多様体上の構造の関係を表しているということを具体例を通して見ていきます.以下の例においては標準基底としをその双対基底とします.
体積形式
多様体が構造を持つ場合を考えてみましょう.とします.を自然な表現とします.具体的書けば
ということです.いまとすると任意のに対して
となるので,はの作用で不変です.したがって命題からはの切断に拡張できます.つまりは至る所消えない-形式を持ちます.これはが向き付け可能であることを意味します.
計量
多様体が構造を持つ場合を考えてみましょう.とします.を自然な表現とします.具体的に書けばに対して
です.さてとしましょう.これはの標準内積です.したがってはの作用で不変ですからprop:InducedStructureOnVectorBundleよりの切断に拡張できます.つまりが構造を持てば,そこからのリーマン計量が得られます.さらにの接続が定まっていたとすると,からに誘導される接続に関しては平行()です(prop:ParallelStructure).これは別の表し方をすれば
が成り立つということです.
のときは全く同様の議論により擬リーマン計量が得られます.
(概)複素構造
多様体の次元をとし,構造を持つ場合を考えてみましょう.ここでは
によってのLie部分群とみなしています.とします.を自然な表現とします.具体的に書けばに対して
です.さてをの標準的な複素構造
とするとは任意のと可換です.よってが成り立つのではの作用で不変です.したがってprop:InducedStructureOnVectorBundleよりはの切断に拡張できます.定義からですから,これは上の概複素構造です.の接続から誘導される上の接続が,上ではに値を取る1-formになっているならこれは上に制限したときにの接続になります.この上の接続から得られるの接続は,から得られるの接続(これも同じで表します)
と一致します.prop:ParallelStructureよりはに関して平行なので左辺は0になり
が成り立ちます.もしがtorsion-freeならこのは可積分であり複素構造になります.
概エルミート構造(及びケーラー構造)
多様体の次元をとし,構造を持つ場合を考えてみましょう.ここでは
によってのLie部分群とみなしています.まずなのでさっきの議論からはの作用でも不変であり,の切断に拡張できて概複素構造が得られます.またなのでこれもさっきの議論からはの作用で不変であり,の切断に拡張できて計量が得られます.さらに
なのではを保つ.したがって多様体上へ拡張したときもはを保つ.つまりは概エルミート多様体です.
概複素構造のときと同じ議論で,の接続から得られるの接続をに制限したときにの接続になるならばはに関して平行な構造になっています.特にLevi-Civita接続に対してこのことが成り立つときをケーラー多様体といいます.
(おまけ) スピン構造
スピン群に関する説明は
スピン群入門の入門
などをご覧ください.
を向き付けられた次元リーマン多様体とします.つまりは構造を持ちます(これをと表すことにします)具体的にはフレーム束の元のうち,正の向きの正規直交基底からなるもので構成された部分束がです.
主束とが存在して2重被覆と両立するとき,この組をのスピン構造といいます.が2重被覆と両立するとは
が成り立つことです.をスピノール表現とするとという複素ベクトル束が作れます.これをスピノール束といい,スピノール束の切断をスピノール場といいます.を上のLevi-Civita接続(今回の議論のためにはtorsion-freeはなくても良い)とすると,から得られるの接続は上の接続になります.は同型でしたからはを通すことで上の接続になります.からスピノール束上に接続が誘導されますが,この接続をスピン接続と言いこれもで表します.つまりの接続から下図のように経由することでへ接続を誘導しています.
prop:ParallelStructureよりスピノール束上にはスピン接続に関して平行な構造がいろいろ入ります.例えば上には不変なエルミート内積が(定数倍を除いて)一意的に存在します.不変性からはスピノール束上に拡張できて,スピン接続に関して平行な構造になっています.
他にも,クリフォード積やクリフォード代数上のvolume formも不変な構造なので束に持ち上がって平行な構造になることが全く同じ理由から従います.これらの詳しい定義などはスピン幾何の教科書などを参考にしてください.