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現代数学解説
文献あり

多様体上の構造を群とその表現から理解する

1935
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ベクトル空間には構造に対応する群が存在します.例えば内積には直交群O(n)が対応します.この関係は多様体に拡張でき,多様体上の"構造"には対応する群があります.例えば次の表のようになります.このことを理解するのにあたって要となるのは主束の理論です.

構造
GL(n,R)なし
SL(n,R)体積形式(向き)
O(n)リーマン計量
O(p,q)擬リーマン計量
GL(m,C)概複素構造
U(n)概エルミート構造
前提知識
  • ベクトル束とその接続
  • (主束とその接続)

主束

初めに主束に関する復習を簡単に行います.詳しいことは微分幾何の教科書を参考にしてください.

G

G

Gをリー群,P,Mを多様体とする.π:PMが構造群をGとする主G束であるとは以下を満たすことである.

  • πは滑らかな全射.
  • PGが右から作用し,その作用はファイバーPx=π1(x)を保つ.さらにPxへのGの右作用は自由かつ推移的である.
  • G同変な局所自明化を持つ.すなわち,各点xMに対して開近傍Uと微分同相
    ΦU:π1(U)u(π(u),ϕU(u))U×G
    ϕU(ug)=ϕU(u)gを満たすものがある.
フレーム束

Mn次元多様体とし
Fr(M)=xM{(X1,,Xn)X1,,XnTxMの基底}
とする.Fr(M)は然るべき位相と微分構造を入れることで多様体になり,自然なπ:Fr(M)Mにより主GL(n,R)束になる.実際,2つの基底同士はGL(n,R)の作用で移り合う.(詳細な確認は省略する)

ベクトル束には必ず大域的な切断が存在しますが,主束には大域的な切断は存在するとは限りません.実際,主束の場合は大域的な切断が存在することと自明束であることが同値です.局所的には切断は存在しますが,これは局所自明化が存在するということと同値です.

G束は大雑把に言えばファイバーがGになっているようなファイバー束ですが,ファイバーには群構造が入っていないことに注意が必要です.

同伴ベクトル束

ρ:GGL(V)をリー群Gの表現とします.主GPからρを用いて,ファイバーがVであるようなベクトル束を作ることができます.これを同伴ベクトル束といいます.
P×Vに対してGの右作用
(u,v)g=(ug,ρ(g)1v)
を定めます.この作用による商はベクトル束になり,これをP×ρVと表します.P×ρVの元で(u,v)を代表元とするようなものを[u,v]と表します.定義から[u,v]=[ug,ρ(g)1v]です.

接束

ρ:GL(n,R)GL(n,R)を自然表現(恒等写像)とする.フレーム束Fr(M)ρから定まる同伴ベクトル束は接束TMと同型になります.実際次のように同型写像が作れます.
Fr(M)×ρRnTM,[(X1,,Xn),t(a1,,an)]a1X1++anXn

主束の接続とその同伴ベクトル束に誘導される接続

主束の接続には接束TPの水平部分束を定める方法と微分形式を定める方法があり,この2つは同値な概念です.ここでは今回の議論に必要な微分形式の方のみを定義しておきます.

主束の接続形式

π:PMを主G束とする.Pの接続形式とはP上のgに値を取る1-formωΩ1(P,g)=Ω1(P)gであって次を満たすものである.

  • 任意のgGに対してrgω=Ad(g)ωが成り立つ.ここでrgは引き戻し,Adは随伴表現である.
  • Xgとするとω(X)=Xが成り立つ.ここでXXから得られる基本ベクトル場
    Xu=ddt|t=0uexp(tX)(uP)
    である.

主束に接続ωが定まっていると,同伴ベクトル束に接続が誘導されます.s:MP×ρVを切断とし,小さい開集合UM上で
s(x)=[u(x),v(x)](u:UP|U,v:UV)
と表されているとします.P×ρV上の接続
(Xs)(x)=[u(x),(Xv)(x)+ρ(ω(uX))v(x)](xM,XTxM)
で定めます.ここでXvv(x)Vの適当な基底で展開し,その係数関数をXで微分するという意味です.つまりe1,,enVを基底とし
v(x)=v1(x)e1++vn(x)en(vi:UR)
に対して
(Xv)(x)=(Xv1)(x)e1++(Xvn)(x)en(vi:UR)
ということです.これは基底の取り方に依らず,well-definedになります.またこのが接続の条件を満たすこともすぐにわかります.

ベクトル束からそのフレーム束に誘導される接続

EMをランクrのベクトル束とすると,Fr(M)を構成した時と同じように各ファイバーの基底を集めてくることでEのフレーム束と呼ばれる主GL(r,R)Fr(E)が得られます.特にFr(TM)=Fr(M)です.e=(e1,,en):UFr(E)を局所切断とすると(e1,,en)Eの局所フレームです.Eの接続とすると,この局所フレームに関して
Xej=i=1n(ωe)ji(X)ei(XX(U))
として(ωe)jiというU上の1-formが定義できます.これを行列の形に並べることでωe=[(ωe)ji]ijというgl(n,R)に値を取る1-formが得られます.実はFr(E)上の接続形式ωΩ1(Fr(E),gl(n,R))であって,任意の局所切断eに対して
eω=ωe
となるものが存在します.このようにベクトル束の接続からフレーム束上の接続形式ωが得られます.

G構造

一般論

Fr(M)n次元多様体M上のフレーム束(主GL(n,R)束)とし,GGL(n,R)のLie部分群とします.主G部分束PFr(M)のことをMG構造といいます.つまりG構造とはフレーム束の部分集合でそれ自身が主G束になっているようなもののことです.もちろんGL(n,R)の任意のLie部分群Gに対してM上のG構造が存在するわけではないです.初めに述べたように,G構造が存在することは多様体上に対応する構造が入ることを意味します(これについては次の節で具体例を通して見ていきます).

GをLie群,π:PMを主G束とし,ρ:GGL(V)Gの表現とする.ここでVは実(resp. 複素)ベクトル空間である.E=P×ρVを同伴ベクトル束とする.vVGの作用で不変であるとすると
s:ME,s(x)=[u,v](xM,uπ1(x))
で定義されるPの切断はuの取り方に依らず,したがってwell-definedである.

任意のuπ1(x)を1つ固定する.π1(x)の他の元はgGを用いてugと表せる.vVGの作用で不変であることから
[ug,v]=[u,ρ(g)v]=[u,v]
となる.これはs(x)の定義がuπ1(x)の取り方に依らないことを意味している.

さらに主束に接続がある場合には,同伴ベクトル束上に接続が誘導され,sはその接続に関して平行になる.

prop:InducedStructureOnVectorBundleの状況を考える.さらにP上に接続形式ωΩ1(P,g)が定まっているとし,ωからE上に誘導される接続をとする.このときprop:InducedStructureOnVectorBundleで定めたs:MEs=0を満たす.

開集合UMを十分小さく取ればsU上で
s(x)=[u(x),v](u:UP|U,xU)
と表すことができる.したがって任意の接ベクトルXTxMに対して
(Xs)(x)=[u(x),Xv+ρ(ω(uX))v]=[u(x),0]=0
となる.Mの任意の点の近傍で以上の議論ができるのでs=0である.

具体例

上で示した命題が,G構造と多様体上の構造の関係を表しているということを具体例を通して見ていきます.以下の例においてe1,,enRnは標準基底としe1,,en(Rn)をその双対基底とします.

体積形式

多様体MG=SL(n,R)構造Pを持つ場合を考えてみましょう.V=n(Rn)とします.ρを自然な表現GVとします.具体的書けば
ρ(g)(v1vn):=(gv1)(gvn)
ということです.いまω:=e1enVとすると任意のgSL(n,R)に対して
ρ(g)ω=det(g)(e1en)=ω
となるので,ωSL(n,R)の作用で不変です.したがって命題からωP×ρVn(TM)の切断ω~に拡張できます.つまりMは至る所消えないn-形式ω~を持ちます.これはM向き付け可能であることを意味します.

計量

多様体がG=O(n)構造Pを持つ場合を考えてみましょう.V=(Rn)(Rn)とします.ρを自然な表現GVとします.具体的に書けばsVに対して
ρ(g)s=s(g1,g1)
です.さてg=e1e1++enenVとしましょう.これはRnの標準内積です.したがってgO(n)の作用で不変ですからprop:InducedStructureOnVectorBundleよりP×ρVTMTMの切断g~に拡張できます.つまりMO(n)構造を持てば,そこからMリーマン計量g~が得られます.さらにPの接続ωΩ1(P,g)が定まっていたとすると,ωからTMTMに誘導される接続に関してg~は平行(g~=0)です(prop:ParallelStructure).これは別の表し方をすれば
Xg~(Y,Z)=g~(XY,Z)+g~(Y,XZ)(X,Y,ZX(M))
が成り立つということです.
G=O(p,q)のときは全く同様の議論により擬リーマン計量が得られます.

(概)複素構造

多様体の次元をn=2mとし,G=GL(m,C)構造Pを持つ場合を考えてみましょう.ここでGL(m,C)
GL(m,C)X+iY(XYYX)GL(2m,R)
によってGL(2m,R)のLie部分群とみなしています.V=R2m(R2m)=End(R2m)とします.ρを自然な表現GVとします.具体的に書けばsVに対して
(ρ(g)s)(A)=gs(g1A)
です.さてJVR2mの標準的な複素構造
J=(0II0)(Iは単位行列)
とするとJは任意のgGL(m,C)と可換です.よってgJg1=Jが成り立つのでJGL(m,C)の作用で不変です.したがってprop:InducedStructureOnVectorBundleよりJP×ρVTMTMの切断J~に拡張できます.定義からJ~2=1ですから,これはM上の概複素構造です.Mの接続から誘導されるFr(M)上の接続が,P上ではgに値を取る1-formになっているならこれはP上に制限したときにPの接続になります.このP上の接続から得られるTMTMの接続は,から得られるTMTMの接続(これも同じで表します)
(XJ~)(Y)=X(J~(Y))J~(XY)(X,YX(M))
と一致します.prop:ParallelStructureよりJ~に関して平行なので左辺は0になり
X(J~(Y))=J~(XY)(X,YX(M))
が成り立ちます.もしがtorsion-freeXYYX[X,Y]=0(X,YX(M))ならこのJ~は可積分であり複素構造になります.

概エルミート構造(及びケーラー構造)

多様体の次元をn=2mとし,G=U(m)構造Pを持つ場合を考えてみましょう.ここでU(m)
U(m)=SO(2m)GL(m,C)
によってGL(2m,R)のLie部分群とみなしています.まずU(m)GL(m,C)なのでさっきの議論からJU(m)の作用でも不変であり,TMTMの切断J~に拡張できて概複素構造が得られます.またU(m)SO(m)なのでこれもさっきの議論からgU(m)の作用で不変であり,TMTMの切断g~に拡張できて計量が得られます.さらに
g(J,J)=(e1J)(e1J)++(e2mJ)(e2mJ)=em+1em+1+e2me2m+e1e1++emem=g(,)
なのでgJを保つ.したがって多様体上へ拡張したときもg~J~を保つ.つまり(M,g~,J~)概エルミート多様体です.
概複素構造のときと同じ議論で,Mの接続から得られるFr(M)の接続をPに制限したときにPの接続になるならばg~,J~に関して平行な構造になっています.特にLevi-Civita接続に対してこのことが成り立つとき(M,g~,J~)ケーラー多様体といいます.

(おまけ) スピン構造

スピン群Spin(n)に関する説明は スピン群入門の入門 などをご覧ください.
(M,g)を向き付けられたn次元リーマン多様体とします.つまりMSO(n)構造を持ちます(これをPSO(n)Mと表すことにします)具体的にはフレーム束Fr(M)の元のうち,正の向きの正規直交基底からなるもので構成された部分束がPSO(n)Mです.
PSO(n)M={(e1,,en)Fr(M)(e1,,en)は正の向きの正規直交基底}
Spin(n)PSpin(n)Mθ:PSpin(n)MPSO(n)Mが存在して2重被覆ξ:Spin(n)SO(n)と両立するとき,この組(PSpin(n)M,θ)Mスピン構造といいます.θが2重被覆ξと両立するとは
θ(ug)=θ(u)ξ(g)(uPSpin(n)M,gSpin(n))
が成り立つことです.ρn:Spin(n)GL(Σn)(Σn:複素ベクトル空間)をスピノール表現とするとΣM:=PSpin(n)M×ρnΣnという複素ベクトル束が作れます.これをスピノール束といい,スピノール束の切断をスピノール場といいます.M上のLevi-Civita接続(今回の議論のためにはtorsion-freeはなくても良い)とすると,から得られるFr(M)の接続はPSO(n)M上の接続ωになります.ξ:spin(n)so(n)は同型でしたからωξを通すことでPSpin(n)M上の接続ω~:=ξωΩ1(PSpin(n)M,spin(n))になります.ω~からスピノール束ΣM上に接続が誘導されますが,この接続をスピン接続と言いこれもで表します.つまりTMの接続から下図のように経由することでΣMへ接続を誘導しています.
PSpin(n)MPSO(n)MΣMTM
prop:ParallelStructureよりスピノール束上にはスピン接続に関して平行な構造がいろいろ入ります.例えばΣn上にはSpin(n)不変なエルミート内積hが(定数倍を除いて)一意的に存在します.Spin(n)不変性からhはスピノール束ΣM上に拡張できて,スピン接続に関して平行な構造になっています.
他にも,クリフォード積やクリフォード代数上のvolume formもSpin(n)不変な構造なので束に持ち上がって平行な構造になることが全く同じ理由から従います.これらの詳しい定義などはスピン幾何の教科書などを参考にしてください.

参考文献

[1]
本間泰史, スピン幾何学 スピノール場の数学
[3]
Agricola, Ilka, The SRNÍ lectures on non-integrable geometries with torsion, Archivum Mathematicum, 2006, pp. 5 - 84
投稿日:2024226
更新日:20241125
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なつき
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  1. 主束
  2. $G$
  3. 同伴ベクトル束
  4. 主束の接続とその同伴ベクトル束に誘導される接続
  5. ベクトル束からそのフレーム束に誘導される接続
  6. $G$構造
  7. 一般論
  8. 具体例
  9. (おまけ) スピン構造
  10. 参考文献