この記事では
前回の記事
に引き続き保型形式の基礎理論について要所を掻い摘んで解説していきます。
以下$\G$はFuchs群であるものとします。
$\H$上の計量$ds^2$および測度$dv$を
$$ds^2=\frac{dx^2+dy^2}{y^2},\quad dv=\frac{dxdy}{y^2}$$
と定める。ただし$dz=dx+idy$とした。
また$\H$上の曲線$C(\varphi:[0,1]\to\H)$に対しその長さを
$$L(C)=\int_Cds=\int^1_0\l|\frac{d\varphi}{dt}\r|\frac{dt}{\Im\varphi(t)}$$
と定める。
$\H$上の二点$z_1,z_2$に対してその距離を
$$d(z_1,z_2)=\inf\{L(C)\mid\varphi(0)=z_1,\varphi(1)=z_2\}$$
によって定める。このとき
$$d(z_1,z_2)=\log\frac{|z_1-\ol z_2|+|z_1-z_2|}{|z_1-\ol z_2|-|z_1-z_2|}$$
が成り立つことが知られている。
また$L(C)=d(z_1,z_2)$となるような曲線$C$のことを$z_1$と$z_2$を結ぶ測地線という。$\H$における測地線は実軸に中心を持つ円、または実軸と直交する直線(の一部分)であることが知られている。特に$z_1,z_2$が指定されていない場合においても、それらの図形のことを単に$\H$の測地線と言う。
$ds$および$dv$は$\Aut(\H)$の作用に対して不変である。
任意に$\g\in SL_2(\R)$を取り$z'=\g z=x'+iy'$とおくと
$$y'=\frac y{|cz+d|^2},\quad dz'=\frac{dz}{(cz+d)^2}\quad(\g=\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix})$$
から
$$\frac{dz'\cdot d\ol{z'}}{y'^2}
=\frac{|cz+d|^4}{y^2}\frac{dz}{(cz+d)^4}\cdot\frac{d\ol z}{(c\ol z+d)^2}
=\frac{dz\cdot d\ol z}{y^2}$$
および同様に
$$\frac{dz'\land d\ol{z'}}{y'^2}
=\frac{dz\land d\ol z}{y^2}$$
が成り立つので
$$dx^2+dy^2=dz\cdot d\ol z,\quad dx\land dy=\frac i2dz\land d\ol z$$
に注意すると主張を得る。
保型形式を考えるにあたって$\H$を同値関係
$x\sim y\overset{\mathrm{def}}{\iff}\exists\g\in\G,\;y=\g x$
で割った集合
$\G\backslash\H=\{\G x\mid x\in\H\}$
を考えていくことになる。
となるとこの完全代表系として$\H$の連結集合が取れると便利である($\H$には$\C$の部分空間としての位相を入れる)。しかし完全代表系そのものを考えると少し扱いづらいので、少し条件を緩めた次のような集合を考える。
$\H$の連結な開部分集合$\O$であって
(i) $\H=\bigcup_{\g\in\G}\g\ol\O$
(ii) $\forall\g\in\G\setminus Z(\G),\;\g\O\cap\O=\emptyset$
を満たすようなものを$\G$の基本領域と言う(文献によっては$\ol\O$の方を基本領域と言うこともある)。
実際このような集合は常に存在し、具体的に次のようなものが取れる。
$\G$の楕円点ではない任意の$z_0\in\H$に対し
$$\O=\{z\in\H\mid d(z,z_0)< d(z,\g z_0),\;\forall\g\in\G\setminus Z(\G)\}$$
とおくと、これは$\G$の基本領域となる。
($\H$上の距離$d(z_1,z_2)$は通常の距離$|z_1-z_2|$と同じ位相を定めることから)
$\ol\O=\{z\in\H\mid d(z,z_0)\leq d(z,\g z_0),\;\forall\g\in\G\}$
が成り立つことに注意する。
任意の$z_1\in\H$に対し
$C_r=\{z\in\H\mid d(z_1,z)\leq r\}$
とおくと
前回の記事
の定理3から
$\{\g\in\G\mid\{\g z_0\}\cap C_r\neq\emptyset\}=\{\g\in\G\mid d(z_1,\g z_0)\leq r\}$
は有限集合となるので
$\dis d(z_1,\s z_0)=\min_{\g\in\G}d(z_1,\g z_0)$
となるような$\s\in\G$が取れる。
このとき$SL_2(\R)$の作用に対する$ds$の不変性から
\begin{eqnarray}
d(z_1,\s z_0)&=&d(\s^{-1}z_1,z_0)
\\&=&\min_{\g\in\G}d(\s^{-1}z_1,\s^{-1}\g z_0)
=\min_{\g\in\G}d(\s^{-1}z_1,\g z_0)
\end{eqnarray}
が成り立つので$\s^{-1}z_1\in\ol\O$つまり$z_1\in\s\ol\O$を得る。
ある$\g\in\G\setminus Z(\G)$に対して$\g\O\cap\O\neq\emptyset$が成り立つとすると、その任意の元$z$に対し
\begin{eqnarray}
d(z,z_0)&<&d(z,\g z_0)=d(\g^{-1}z,z_0)&&\quad&(\because z\in\O)
\\&<&d(\g^{-1}z,\g^{-1}z_0)=d(z,z_0)&&\quad&(\because\g^{-1}z\in\O)
\end{eqnarray}
となって矛盾。よって任意の$\g\in\G\setminus Z(\G)$に対して$\g\O\cap\O=\emptyset$が成り立つ。