この記事では保型形式の基礎的な理論について解説してきます。
保型形式の代表的な例として
$$SL_2(\Z)=\l\{\M abcd\mid a,b,c,d\in\Z,\;ad-bc=1\r\}$$
の作用に対して
$$f\l(\frac{az+b}{cz+d}\r)=(cz+d)^kf(z)$$
という保型性を持つ関数ことモジュラー形式というものがよく知られています。
このモジュラー形式については過去にも
保型形式の基礎のキソ:モジュラー形式とモジュラー変換
という記事で解説したことがありますが、今回は$SL_2(\Z)$よりも広い群に対する一般論について解説していきます。
なおこの記事では参考文献[1]の内容を独断と偏見で掻い摘んで紹介していくので、より細かい理論については同書などを参照してください。
環$R$に対し一般線形群、特殊線形群を
\begin{eqnarray}
GL_n(R)&=&\{A\in M_n(R)\mid\det A\neq0\}
\\SL_n(R)&=&\{A\in M_n(R)\mid\det A=1\}
\end{eqnarray}
と定める($M_n(R)$は$R$成分の$n$次正方行列全体とした)。
本記事においては基本的に$\det$の固定された$SL$を考えた方が便利であるが、一般論の見通しをよくするためしばしば$GL$を考えることもある。
行列$\g\in GL_2(\C)$と複素数$z$に対し$\g$の$z$への作用$\g z$と保型因子$j(\g,z)$を
$$\g z=\frac{az+b}{cz+d},\quad j(\g,z)=cz+d\quad(\g=\M abcd)$$
と定める。これらは
$$\g\begin{pmatrix}z\\1\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}az+b\\cz+d\end{pmatrix}
=j(\g,z)\begin{pmatrix}\g z\\1\end{pmatrix}$$
という関係によって定まるので$\g=\g_1\g_2$の場合を二通りに計算することで
$$\g_1\g_2\begin{pmatrix}z\\1\end{pmatrix}
=j(\g_1\g_2,z)\begin{pmatrix}(\g_1\g_2)z\\1\end{pmatrix}
=j(\g_1,\g_2z)j(\g_2,z)\begin{pmatrix}\g_1(\g_2z)\\1\end{pmatrix}$$
つまり
$$(\g_1\g_2)z=\g_1(\g_2z),\quad j(\g_1\g_2,z)=j(\g_1,\g_2z)j(\g_2,z)$$
という公式が得られる。
$\g$によって定まる写像$\ol\g:z\mapsto\g z$のことを一次分数変換といい、$\g^{-1}(\g z)=z$が成り立つことから$\ol\g$は$\P=\C\cup\{\infty\}$の自己同型となることがわかる($z=\infty$における正則性についてはここでは解説しない)。
複素領域$U$から$V$への写像$f$が
・$f$は全単射
・$f$および$f^{-1}$は正則関数
を満たすとき、$f$は双正則写像であると言う。
また複素領域$D$から$D$自身への双正則写像を(複素解析的な)自己同型と言い、$D$の自己同型全体を$\Aut(D)$と表す。これは写像の合成について群を成す。
行列と一次分数変換の対応$\iota:\g\mapsto\ol\g$は群準同型をなす。特に$\iota:SL_2(\C)\to\Aut(\P)$は全射であることが知られており、その核は$\{\pm I\}$($I$は単位行列)であることから同型
$$\Aut(\P)\simeq SL_2(\C)/\{\pm I\}$$
が得られる。
また$\g\in GL_2(\R)$においては
$$\Im(\g z)=\frac{\Im(z)}{|cz+d|^2}\det\g$$
が成り立つので、各
$$\g\in GL^+_2(\R):=\{A\in M_2(\R)\mid\det A>0\}$$
に対応する一次分数変換$\ol\g$は上半平面
$$\H:=\{z\in\C\mid\Im(z)>0\}$$
の自己同型となる。このときも$\iota:SL_2(\R)\to\Aut(\H)$は全射となることが知られており、同型
$$\Aut(\H)\simeq SL_2(\R)/\{\pm I\}$$
が得られる。
$\ol\g\neq\mathrm{id}$なる$\g\in GL^+_2(\R)$が
・$\tr(\g)^2<4\det\g$を満たすとき、$\g$を楕円元
・$\tr(\g)^2=4\det\g$を満たすとき、$\g$を放物元
・$\tr(\g)^2>4\det\g$を満たすとき、$\g$を双曲元
と言い、対応する一次分数変換のことをそれぞれ楕円型変換、放物型変換、双曲型変換と言う。
$\g\in GL^+_2(\R)$に対し$\g$が$\P$において
・ある二点$z,\ol z\;(z\in\H)$のみを固定点に持つ$\iff\g$は楕円元
・ある一点$x\in\R\cup\{\infty\}$のみを固定点に持つ$\iff\g$は放物元
・ある二点$x,y\in\R\cup\{\infty\}$のみを固定点に持つ$\iff\g$は双曲元
が成り立つ。
$\g=\M abcd$とおく。
$\g\in SL_2(\R)$に対しある$\s\in SL_2(\R)$が存在して以下が成り立つ。
$\g$が楕円元のとき、その固定点の一方を$z=x+iy\in\H$とすると$\s z=i$なる$\s\in SL_2(\R)$が取れるので$\s\g\s^{-1}$は$i$を固定する楕円元となる。
$\g$が放物元のとき、その固定点を$x$とすると$\s x=\infty$なる$\s\in SL_2(\R)$が取れるので$\s\g\s^{-1}$は$\infty$を固定する放物元となる。
$\g$が双曲元のとき、その固定点を$x,y$とすると$\s x=0,\s y=\infty$なる$\s\in SL_2(\R)$が取れるので$\s\g\s^{-1}$は$0,\infty$を固定する双曲元となる。
あとはそれぞれの$\s\g\s^{-1}$の各成分が満たすべき条件を考えることで主張を得られる。
$SL_2(\R)$には$\R^{2\times2}$の部分空間としての位相が備わっていることに注意する。
$SL_2(\R)$の離散部分群$\G$のことをFuchs群という。
また$z\in\H\cup\R\cup\{\infty\}$がFuchs群$\G$のある楕円元、放物元、双曲元の固定点であるとき、それぞれ$z$は$\G$の楕円点、尖点、双曲点という(ちなみに尖点はカスプ(cusp)と呼ばれることが多い)。
特に解説はしないが$SL_2(\R)$の離散部分群を考えるモチベーションとして次のような特徴付けがある。
$SL_2(\R)$の部分群$G$に対し次の(i),(ii),(iii)は同値である。
以下Fuchs群$\G$に対し
$Z(\G)=\G\cap\{\pm I\},\quad
\G_z=\{\g\in\G\mid\g z=z\}$
とおく。
Fuchs群$\G$において尖点かつ双曲点となるような$x\in\R\cup\{\infty\}$は存在しない。
$\G$の尖点$x$に対し$\s x=\infty$なる$\s\in SL_2(\R)$を取ると、$\s\G_x\s^{-1}$はFuchs群$\G'=\s\G\s^{-1}$における$\infty$の固定部分群となっているので、$\G'$を再び$\G$とおくことで$x=\infty$としてよい。
いま$\G_\infty$がある双曲元$\a$を持ったとすると
$\a=\M ab0{a^{-1}}\quad(a\neq\pm1)$
と表せるが、任意に放物元$\g\in\G_\infty$を取り
$\g=\pm\M 1l01\quad(l\neq0)$
とおくと
$\a^n\g^2\a^{-n}=\M1{2la^{2n}}01\in\G\quad(n\in\Z)$
より$\G$は$I$を集積点に持つことになり、離散集合であったことに矛盾。よって主張を得る。
$\R$の加法についての離散部分群は$\a\Z\;(\a\in\R)$と表せるものに限る。
$\R$の離散部分群$G\neq\{0\}$に対し
$\a=\inf\{x\in G\mid x>0\}$
とおくと、$G$は離散であったので
$\a=\min\{x\in G\mid x>0\}\in G$
が成り立つ。
いま$G\setminus\a\Z$が空でなければ、$\b\in G\setminus\a\Z$に対しある$k\in\Z$が存在し
$|\b-\a k|<\a$かつ$\b-\a k\in G$
が成り立つのでこれは$\a$の最小性に反する。よって主張を得る。
$\G$の固定点に対し以下が成り立つ。
$\s z=i$なる$\s\in SL_2(\R)$を取ると$\s\G_z\s^{-1}$は有界集合
$$\l\{\M{\cos\t}{-\sin\t}{\sin\t}{\cos\t}\mid0\leq\t<2\pi\r\}$$
の離散部分集合となるので有限集合となる(そうでなければ有界性より集積点を持つことになり矛盾)。
また$\G_z$の元を$\cos\t+i\sin\t\in\C$に対応させることで$\G_z$は$\C^\times$の有限部分群とみなせるので巡回群であることがわかる(一般に体$K$の乗法についての有限部分群は巡回群となることが知られている)。
$\s x=\infty$なる$\s\in SL_2(\R)$を取ると$\s\G_x\s^{-1}$は
$$\l\{\pm\M1b01\mid b\in\R\r\}$$
の部分群となるので、$\G_x$の元を$b\in\R$に対応させることである$h>0$が存在して同型
$$\G_x/Z(\G)\simeq h\Z$$
が得られる。
$\infty$を尖点に持つFuchs群$\G$が$-I$を含んでいれば$-I\in\G_\infty$より
$$\G_\infty=\l\{\pm\M1{nh}01\mid n\in\Z\r\}=\l\langle\M 1h01,-I\r\rangle$$
が成り立つが、$-I\not\in\G$であれば
$\G_\infty=\l\langle\M 1h01\r\rangle$または$\G_\infty=\l\langle\M{-1}h0{-1}\r\rangle$
となる。この符号によって尖点は2つの場合に分類することができる。
$-I\not\in\G$なるFuchs群$\G$において、上の命題のような$\s\in SL_2(\R),h>0$に対し
$$\s\G_x\s^{-1}=\l\langle\M 1h01\r\rangle,\l\langle\M{-1}h0{-1}\r\rangle$$
となるような$\G$の尖点$x$のことをそれぞれ正則な尖点、非正則な尖点という。
Fuchs群の中でも代表的なものとして冒頭に挙げた$SL_2(\Z)$やその部分群
$$\G(N)=\l\{\M abcd\in SL_2(\Z)\mid\M abcd\equiv\M1001\pmod N\r\}$$
といったものがある($\G(N)$はレベル$N$の主合同部分群と呼ばれる)。
$\G'$をFuchs群$\G$の指数有限な部分群とすると、$\G$と$\G'$は同じ尖点を持つ。
$\G$の尖点が$\G'$の尖点となることを示せばよい。
いま$x$を$\G$の尖点であって、$\G'$の尖点ではないものとすると
$\G'_x=\G'\cap\{\pm I\}$
より$\G_x$における$\G'_x$の指数は
$[\G_x:\G_x']=\infty$
となるが、仮定より
$[\G_x:\G_x']=[\G_x:\G'\cap\G_x]\leq[\G:\G']<\infty$
となって矛盾。よって主張を得る。
この命題から$\G(N)$は次のような特徴を持つことがわかる。
$\G(N)$の尖点は$\Q\cup\{\infty\}$で尽くされる。
また$N\geq3$のとき、任意の$x\in\Q\cup\{\infty\}$に対しある$\s\in SL_2(\Z)$が存在して
$$\s\G(N)_x\s^{-1}=\l\{\M1{Nn}01\mid n\in\Z\r\}$$
が成り立つ。特に$\G(N)$の尖点は全て正則である。
自然な準同型$SL_2(\Z)\to SL_2(\ZZ N)$の核が$\G(N)$となることから$SL_2(\Z)/\G(N)$は有限群となる。また$SL_2(\Z)$の尖点は$\Q\cup\{\infty\}$で尽くされるので$\G(N)$の尖点も$\Q\cup\{\infty\}$で尽くされることがわかる。
また$\G(N)$は$SL_2(\Z)$の正規部分群であることに注意すると、任意の$x\in\R\cup\{\infty\}$に対して$\s x=\infty$なる$\s\in SL_2(\Z)$を取ると$\s\G(N)_x\s^{-1}$は$\s\G(N)\s^{-1}=\G(N)$における$\infty$の固定部分群、つまり
$$\s\G(N)_x\s^{-1}=\G(N)_\infty=\l\{\M1{Nn}01\mid n\in\Z\r\}$$
となる。