はじめに
この記事では保型形式の基礎的な理論について解説してきます。
保型形式の代表的な例として
の作用に対して
という保型性を持つ関数ことモジュラー形式というものがよく知られています。
このモジュラー形式については過去にも
保型形式の基礎のキソ:モジュラー形式とモジュラー変換
という記事で解説したことがありますが、今回はよりも広い群に対する一般論について解説していきます。
なおこの記事では参考文献[1]の内容を独断と偏見で掻い摘んで紹介していくので、より細かい理論については同書などを参照してください。
行列と一次分数変換
環に対し一般線形群、特殊線形群を
と定める(は成分の次正方行列全体とした)。
本記事においては基本的にの固定されたを考えた方が便利であるが、一般論の見通しをよくするためしばしばを考えることもある。
行列の作用と保型因子
行列と複素数に対しのへの作用と保型因子を
と定める。これらは
という関係によって定まるのでの場合を二通りに計算することで
つまり
という公式が得られる。
一次分数変換
によって定まる写像のことを一次分数変換といい、が成り立つことからはの自己同型となることがわかる(における正則性についてはここでは解説しない)。
自己同型
複素領域からへの写像が
・は全単射
・およびは正則関数
を満たすとき、は双正則写像であると言う。
また複素領域から自身への双正則写像を(複素解析的な)自己同型と言い、の自己同型全体をと表す。これは写像の合成について群を成す。
行列と一次分数変換の対応は群準同型をなす。特には全射であることが知られており、その核は(は単位行列)であることから同型
が得られる。
上半平面の自己同型
またにおいては
が成り立つので、各
に対応する一次分数変換は上半平面
の自己同型となる。このときもは全射となることが知られており、同型
が得られる。
一次分数変換の分類
一次分数変換の型
なるが
・を満たすとき、を楕円元
・を満たすとき、を放物元
・を満たすとき、を双曲元
と言い、対応する一次分数変換のことをそれぞれ楕円型変換、放物型変換、双曲型変換と言う。
に対しがにおいて
・ある二点のみを固定点に持つは楕円元
・ある一点のみを固定点に持つは放物元
・ある二点のみを固定点に持つは双曲元
が成り立つ。
とおく。
- のとき、およびより
- ならば、は放物元であり、はのみを固定点に持つ。
- ならば、は双曲元であり、はのみを固定点に持つ。
- のとき、の固定点は二次方程式
によって定まるので、この判別式はとなることに注意すると主張を得る。
が楕円元のとき、その固定点の一方をとするとなるが取れるのではを固定する楕円元となる。
が放物元のとき、その固定点をとするとなるが取れるのではを固定する放物元となる。
が双曲元のとき、その固定点をとするとなるが取れるのではを固定する双曲元となる。
あとはそれぞれのの各成分が満たすべき条件を考えることで主張を得られる。
Fuchs群と固定点
にはの部分空間としての位相が備わっていることに注意する。
の離散部分群のことをFuchs群という。
またがFuchs群のある楕円元、放物元、双曲元の固定点であるとき、それぞれはの楕円点、尖点、双曲点という(ちなみに尖点はカスプ(cusp)と呼ばれることが多い)。
特に解説はしないがの離散部分群を考えるモチベーションとして次のような特徴付けがある。
の部分群に対し次の(i),(ii),(iii)は同値である。
- はの離散部分群である。
- 任意のに対しそれぞれの近傍であって
が有限集合となるようなものが存在する。
(このことを「はに不連続に作用する」と言う) - の任意のコンパクト集合に対し
は有限集合となる。
固定部分群の性質
以下Fuchs群に対し
とおく。
Fuchs群において尖点かつ双曲点となるようなは存在しない。
の尖点に対しなるを取ると、はFuchs群におけるの固定部分群となっているので、を再びとおくことでとしてよい。
いまがある双曲元を持ったとすると
と表せるが、任意に放物元を取り
とおくと
よりはを集積点に持つことになり、離散集合であったことに矛盾。よって主張を得る。
の離散部分群に対し
とおくと、は離散であったので
が成り立つ。
いまが空でなければ、に対しあるが存在し
かつ
が成り立つのでこれはの最小性に反する。よって主張を得る。
の固定点に対し以下が成り立つ。
- が楕円点のとき、は有限巡回群となる。
(楕円点に対しこの位数のことをの位数という。) - が尖点のとき、が成り立つ。
特にあるおよびが存在し
が成り立つ。
が楕円点のとき
なるを取るとは有界集合
の離散部分集合となるので有限集合となる(そうでなければ有界性より集積点を持つことになり矛盾)。
またの元をに対応させることではの有限部分群とみなせるので巡回群であることがわかる(一般に体の乗法についての有限部分群は巡回群となることが知られている)。
が尖点のとき
なるを取るとは
の部分群となるので、の元をに対応させることであるが存在して同型
が得られる。
を尖点に持つFuchs群がを含んでいればより
が成り立つが、であれば
または
となる。この符号によって尖点は2つの場合に分類することができる。
なるFuchs群において、上の命題のようなに対し
となるようなの尖点のことをそれぞれ正則な尖点、非正則な尖点という。
モジュラー群
Fuchs群の中でも代表的なものとして冒頭に挙げたやその部分群
といったものがある(はレベルの主合同部分群と呼ばれる)。
をFuchs群の指数有限な部分群とすると、とは同じ尖点を持つ。
の尖点がの尖点となることを示せばよい。
いまをの尖点であって、の尖点ではないものとすると
よりにおけるの指数は
となるが、仮定より
となって矛盾。よって主張を得る。
この命題からは次のような特徴を持つことがわかる。
の尖点はで尽くされる。
またのとき、任意のに対しあるが存在して
が成り立つ。特にの尖点は全て正則である。
自然な準同型の核がとなることからは有限群となる。またの尖点はで尽くされるのでの尖点もで尽くされることがわかる。
またはの正規部分群であることに注意すると、任意のに対してなるを取るとはにおけるの固定部分群、つまり
となる。