はじめに
この記事では保形形式のという大きな理論の一端であるモジュラー形式に焦点を当てて、その基本的な性質について解説していきます。
ここではモジュラー形式の基本的な理論についてを小難しく解説するだけなので応用的な話を知りたい人は
次回の記事
を参照してこの記事は読み飛ばしてもらってかまいません。
(追記)この記事はまだ私が初学者であったときに書いたものとなるので、色々と遠回りしているところがあります。また最近モジュラー形式の基礎理論についてもう少しちゃんとした記事を書きましたのでよければそちらもご参照ください。詳しくは
記事一覧
の「保型形式」の項をご覧ください。
モジュラー形式とは
一次分数変換
の元と複素数に対して作用を
と定める。これによって定まる写像
のことを一次分数変換、あるいはメビウス変換と言う。
またが定める一次分数変換のなす群
のことをモジュラー群という。
以下、行列と一次分数変換を同一視して考える。つまり符号の差を無視してとみなすことに注意する。
モジュラー形式
上半平面
上の関数であって次の条件を満たすもののことを重さの(正則)モジュラー形式という。
- は上正則である
- はの作用に対して等式
を満たす。 - はカスプにおいても正則である(この意味については後で述べる)。
また上有理型での作用に対して不変(つまり重さ)なる関数をモジュラー関数と言います。
いま重さのモジュラー形式に対し
が成り立つことからが奇数のときはとなるので以下は偶数であるものとします。
のへの作用について
上半平面の点の一次分数変換は再び上半平面の点となることは
より
とわかります。
カスプでの挙動について
モジュラー形式は
という周期性を持つのでフーリエ級数展開
を持つことになります。このとき
によって定まる関数がにおいて正則となることをはカスプにおいて正則であると言います。
特にカスプでの正則性と
は同値であることに注意しましょう。
またカスプにおいてになる(つまりとなる)モジュラー形式のことをカスプ形式と言います。更にがを位の零点に持つ、つまり
が成り立つとき、はカスプを位の零点に持つと言います。
がカスプにおいて有理型であることや極を持つことについても同様に定義されます。
-展開
いまカスプでの正則性からモジュラー形式は
と表せるのでした。このときと置き換えた
という表示のことをの-展開と言います。
ちなみにモジュラー関数の-展開は有限個の負の指数の項を許した
という形になっています。
モジュラー群の構造
モジュラー形式を考えていくにあたって先にモジュラー群の構造について触れておきます。
モジュラー群の分解
常々暗黙の了解として認められている事実ですがちゃんと確かめておきましょう。
のの対応が準同型となること、つまりに対して一次分数変換としての合成と行列としての積が等しいことを示せばよい。
そのことは
とわかる。
の式がまさに行列の積って感じで面白いですよね。
行列
に対しについての数学的帰納法で示す。
いまとみなしていたことに注意する。
のとき
よりなので
と主張を得る。
のとき
よりなので
であり、のときと合わせて主張を得る。
のとき
よりであることに注意すると
と表せ、このとき
なので数学的帰納法により主張を得る。
モジュラー群を生成するつの行列
はそれぞれ平行移動と反転という変換に対応しています。
(厳密には反転ではなく反転虚軸対称という変換ですが個人的な好みで単に反転と呼ぶことにしています。)
この"平行移動"と"反転"というキーワードは今後しばしば出てくるのでよく覚えておいてください。
行列
に対してとおくと仮定の式は
を用いて
と表せる。つまり命題2によってをとの積に分解したとき
となるので
が成り立つことを示せればよい。実際にはに対して
が成り立つことを示せば十分である。
そしてそれは
とおくと
とわかる。
基本領域
基本領域
上半平面の元に対して同値関係を
と定め、に対するの基本領域をと定める。
慣例として基本領域は上半平面をモジュラー群で左から割ったものという意味で
と書かれます。
また基本"領域"と名にある通りは各同値類から適当に代表元を取り内の領域とみなしたものであり
(の任意の点はのある点の一次分数変換として表せれるということ)
(の任意の点はその一次分数変換によっての別の点を表すことはないということ)
という性質を満たすものとして特徴づけられる領域となります。
具体的にどのような領域になるのかは以下の命題で記述されます。
基本領域は
または
を満たす複素数全体の集合に一致する。
複素数平面における基本領域の図
主張のような領域をとおいたとき
任意のに対してあるとがあって
任意のにならば
が成り立つことを示せばよい。
の証明
について上の方で示した通り
が成り立っていたのでが最大(つまりが最小)となるようなが取れ、そのようなに対し
なる整数を取って
とおく。
このときの取り方から
でなければならない、つまりなのでを得る。
(かつのときはとおけばがわかる。)
の証明
に対して一般性を失わずにとしてよい。
(のときはよりと改めてとおけばよい。)
このときとおくと
つまりからに注意すると
なのでに注意するとでなければならない。
(の場合はの場合に帰着するので考える必要はないことに注意する。)
- のとき
よりなので
であり、に注意するとでなければならず
を得る。 - のとき
なのでそのようなの取り方は
かつかつ
または
かつ
に限られる。(上の図1をよく見てもらうとわかると思う。)
- のとき
より
であるが、そのようなの取り方は
に限られ、どちらの場合も
が成り立っていることがわかる。 - のとき
なので(より)に注意すると
であり、そのようなの取り方はに限られ、
を得る。
重さのモジュラー形式
次にモジュラー形式の理論で最も重要な命題の一つである次の主張を紹介しておきます。
重さのモジュラー形式は上正則で、においても発散しないので連続関数は上かにおいて最大値を取る(重さという条件よりこれは上の最大値となる)。またを再びとおくことではで最大値を持たないものとしてよい。
このときはで最大値を取ることになるが、におけるの近傍で最大値の原理(開領域上(定数関数でない)正則な関数の絶対値はその領域の内部で最大値を取ることはない)を適用することでは定数関数でなければならないことがわかる。
また命題5はコンパクトリーマン面上のリウヴィルの定理を使っても証明されます。
コンパクトリーマン面上のリウヴィルの定理
コンパクトリーマン面上正則な関数は定数関数に限る。
コンパクトリーマン面上正則な関数についてのコンパクト性から連続関数はある点で最大値を取る。このとき(がリーマン面であることから)の開近傍からの開領域(もしくは開単位円盤)への同相写像であってが上正則となるようなものが存在するが、はの内部の点で最大値を取ることになり最大値の原理からそのようなは定数関数に限ることがわかる。
がコンパクトリーマン面であることは
こちらの記事
などを見てみるとわかりやすいと思います。
モジュラー形式の特殊な零点
重さのモジュラー形式はある一次分数変換に対して不変、つまり
を満たすに対して
が成り立つのでもしならばとなることがわかります。
そのようなとしてはどのようなものが取れるのか以下で見てみましょう。
あるの作用に対して不変なは
または
と表されるもので尽くされる。
いまについての方程式
つまりの解が虚数解を持つためにはに注意すると
となることが必要十分であり、は整数であること注意すると
の二通りに分けられる。
また適当に符号を取り換えることでとしてよく、このときなる解は
と求まることに注意する。
のとき
つまりのときは
と求まる。
またこのとき
よりが成り立つ。
のとき
つまりのときは
と求まる。
またこのとき
よりが成り立つ。
とおくと重さのモジュラー形式は
・のとき
・のとき
を零点に持つ。
上で見たように適当なに対しては
を満たし、
はそれぞれの原始乗根であるのでにおいて
となりを得る。
(は偶数としていたのでが成り立つことに注意する。)
の最小多項式(円分多項式)をとおくと
という形になっているのが面白いですね。またとしたとき以下の系が得られます。
逆にがの公倍数、つまりの倍数であるときはこのような、いわゆる自明な零点を持たないことになります。
次回の記事
ではラマヌジャンのデルタという重さの特別なモジュラー形式が活躍しますが、ラマヌジャンのデルタが特別である所以は初めて自明な零点を持たない重さがであることにもあるように思えます。