この記事では 前回の記事 に引き続いてモジュラー形式のお話を、今回はアイゼンシュタイン級数とラマヌジャンのデルタに焦点を当てて解説していきます。
以下での議論を円滑にするために後で使う手法や公式を紹介しておきます。
モジュラー形式の$q$-展開にはフーリエ級数
$\dis\sum^\infty_{n=0}a_nq^n$
の他にランベルト級数
$\dis\sum^\infty_{n=1}A_n\frac{q^n}{1-q^n}$
という展開をすることがあります。
フーリエ級数とランベルト級数の間には
$\dis\sum^\infty_{n=1}A_n\frac{q^n}{1-q^n}
=\sum^\infty_{n=1}A_n\sum^\infty_{m=1}q^{mn}
=\sum^\infty_{l=1}\left(\sum_{d|l}A_d\right)q^l$
($\mu(n)$はメビウス関数)よりメビウスの反転公式から
$\dis a_n=\sum_{d|n}A_n$もしくは$\dis A_n=\sum_{d|n}\mu\left(\frac nd\right)A_d$
という関係によって
$\dis\sum^\infty_{n=0}a_nq^n=\sum^\infty_{n=1}A_n\frac{q^n}{1-q^n}$
と変換することができます。
部分分数展開の記事
で紹介したように$\cot z$は
$\dis\cot z=\frac1z+\sum^\infty_{\substack{n=-\infty\\n\neq0}}(\farc1{z-\pi n}+\farc1{\pi n})$
という部分分数展開を持ち、これを$z\mapsto\pi z$として$\pi$を掛けることで
$\dis\pi\cot\pi z=\frac1z+\sum_{n\neq0}(\farc{1}{z+n}-\frac1n)$
がわかります。
ところで
$\dis \pi\cot\pi z=\pi\farc{\cos\pi z}{\sin\pi z}
=\pi i\frac{e^{\pi iz}+e^{-\pi iz}}{e^{\pi iz}-e^{-\pi iz}}
=\pi i\farc{e^{2\pi iz}+1}{e^{2\pi iz}-1}$
であったので$q=e^{2\pi iz}$とおくと$\pi\cot\pi z$は$q$-展開
$\dis\pi\cot\pi z=\pi i\frac{2q-q+1}{q-1}=-\pi i(1+\frac{2q}{1-q})=-\pi i(1+2\sum^\infty_{n=1}q^n)$
を持つことがわかります。
こうして得られた等式
$\dis\frac1z+\sum_{n\neq0}(\farc1{z-n}+\farc1n)
=-\pi i-2\pi i\sum^\infty_{n=1}q^n$
を$k-1$回微分することで次の公式を得ます。
自然数$k\geq2$に対し
$\dis\sum^\infty_{n=-\infty}\frac1{(z+n)^k}=(-1)^k\farc{(2\pi i)^k}{(k-1)!}\sum^\infty_{n=1}n^{k-1}q^n$
が成り立つ。
デデキントのイータ関数は
$\dis\eta(z)=q^{\frac1{24}}\prod_{n=1}^\infty(1-q^n)\quad(q=e^{2\pi iz})$
と定義される関数です。イータ関数は次のフーリエ展開を持ちます。
$\dis \prod^\infty_{n=1}(1-q^n)=\sum^\infty_{n=-\infty}(-1)^nq^{\farc{n(3n-1)}{2}}$
が成り立つ。特に
$\dis\eta(z)=\sum^\infty_{n=-\infty}(-1)^nq^{\farc{(6n-1)^2}{24}}$
である。
楕円関数の記事
のおまけとして示したヤコビの三重積
$\dis\vartheta(\nu,\tau)=\sum^\infty_{n=-\infty}p^{n^2}w^n
=\prod^\infty_{n=1}(1-p^{2n})(1+p^{2n-1}w)(1+p^{2n-1}w^{-1})$
(ただし$p=e^{\pi i\tau},w=e^{2\pi i\nu}$)において$p=q^{\farc32},w=-q^{-\frac12}$とすると
\begin{eqnarray}
\sum^\infty_{n=-\infty}(-1)^nq^{\frac{3n^2-n}2}
&=&\prod^\infty_{n=1}(1-q^{3n})(1-q^{3n-2})(1-q^{3n-1})
\\&=&\prod^\infty_{n=1}(1-q^n)
\end{eqnarray}
を得る。あとは
$\dis\frac{3n^2-n}2+\frac1{24}=\frac{(6n-1)^2}{24}$
からわかる。
いま
$\dis\eta(z)=\sum^\infty_{n=1}(-1)^nq^{\farc{(6n-1)^2}{24}}+\sum^\infty_{n=0}(-1)^nq^{\farc{(6n+1)^2}{24}}$
なのでディリクレ指標$\chi(n)$を
$\chi(n)=\left\{\begin{array}{cl}
1&n\equiv\pm1\pmod{12}
\\-1&n\equiv\pm5\pmod{12}
\\0&otherwise
\end{array}\right.$
で定めると
$\dis\eta(z)=\sum^\infty_{n=1}\chi(n)q^{\frac{n^2}{24}}$
と表すことができます。このことからイータ関数は以下の関数等式を持ちます。
$\dis\psi_\chi(t)=\sum^\infty_{n=1}\chi(n)e^{-\frac{\pi n^2t}{12}}$とおくと$\dis\psi_\chi(t)=\frac1{\sqrt{t}}\psi_\chi(\frac1t)$が成り立つ。
特に$\dis\eta(z)=\sqrt{\frac zi}\eta(-\frac1z)$である。
ディリクレ指標$\chi$が法$12$において原始的であること、偶指標であること、実指標であることに注意すると
この記事
の公式6から
$\dis\psi_\chi(t)=\frac{\sqrt{12}}{\tau(\chi)\sqrt{t}}\psi_\chi(\frac1t)$
が成り立つ。このとき$\chi$のガウス和を計算すると
\begin{eqnarray}
\tau(\chi)&=&\sum^{12}_{n=1}\chi(n)e^{\frac{2\pi in}{12}}
\\&=&e^{\frac{\pi i}6}-e^{\frac{5\pi i}6}-e^{-\farc{5\pi i}6}+e^{-\frac{\pi i}6}
\\&=&2\cos\frac\pi6-2\cos\farc{5\pi}{6}
\\&=&2\sqrt3
\end{eqnarray}
なので
$\dis\psi_\chi(t)=\frac1{\sqrt{t}}\psi_\chi(\frac1t)$
を得る。また
$\dis\eta(z)=\sum^\infty_{n=1}\chi(n)e^{\frac{2\pi in^2z}{24}}=\psi_\chi(\frac zi)
=\sqrt{\frac iz}\psi_\chi\left(\frac1i(-\farc1z)\right)=\sqrt{\frac iz}\eta(-\frac1z)$
がわかる。
以上により
$\dis\eta(z)=q^{\farc1{24}}\prod^\infty_{n=1}(1-q^n)$
は擬モジュラー性
$\dis\eta(z+1)=\eta(z),\;\eta(-\frac1z)=\sqrt{\farc zi}\eta(z)$
を持つことがわかる。
アイゼンシュタイン級数は以下のように定義される級数のことを言います。
自然数$k\geq2$と$z\in\H$に対してアイゼンシュタイン級数$G_{2k}(z)$を
$\dis G_{2k}(z)=\sum_{\substack{m,n\in\Z\\(m,n)\neq(0,0)}}\frac1{(mz+n)^{2k}}$
と定め、正規化アイゼンシュタイン級数$E_{2k}(z)$を
$\dis E_{2k}(z)=\frac12\sum_{\substack{c,d\in\Z\\\gcd(c,d)=1}}\frac1{(cz+d)^{2k}}$
と定める。
このとき$m,n\in\Z$の最大公約数を$l$として$m=lc,n=ld$とおくことで
\begin{eqnarray}
G_{2k}(z)&=&\sum_{l=1}^\infty\sum_{(c,d)=1}\frac1{l^{2k}(cz+d)^{2k}}
\\&=&\left(\sum_{l=1}^\infty\frac1{l^{2k}}\right)\sum_{(c,d)=1}\frac1{(cz+d)^{2k}}
\\&=&2\z(2k)E_{2k}(z)
\end{eqnarray}
という関係があることがわかります。
正規化アイゼンシュタイン級数のどこが正規化なのかは後でわかります。
またアイゼンシュタイン級数は重さ$2k$のモジュラー形式となります。そのことは
$\dis G_{2k}(z+1)=\sum_{(m,n)\neq(0,0)}\farc1{(mz+(m+n))^{2k}}=G_{2k(z)}$
$\dis G_{2k}(-\farc1z)=\sum_{(m,n)\neq(0,0)}\frac{z^{2k}}{(nz-m)^{2k}}=z^{2k}G_{2k}(z)$
であることから(
前回の記事
の命題3と合わせて)わかります。
さて、アイゼンシュタイン級数の重要な性質として$E_{2k}(z)$は次の$q$-展開を持つことが挙げられます。
$\dis E_{2k}(z)=1-\frac{4k}{B_{2k}}\sum^\infty_{n=1}\s_{2k-1}(n)q^n$が成り立つ。
ただし$B_{2k}$はベルヌーイ数で$\s_k(n)$は約数関数$\dis\s_k(n)=\sum_{d|n}d^k$である。
リプシッツの公式(定理1)に注意すると
\begin{eqnarray}
G_{2k}(z)&=&\sum_{n\neq0}\frac{1}{(0z+n)^{2k}}+2\sum^\infty_{m=1}\sum^\infty_{n=-\infty}\frac1{(mz+n)^{2k}}
\\&=&2\z(2k)+(-1)^{2k}\frac{2(2\pi i)^{2k}}{(2k-1)!}\sum^\infty_{m=1}\sum^\infty_{n=1}n^{2k-1}q^{mn}
\\&=&2\z(2k)+\frac{2(2\pi i)^{2k}}{(2k-1)!}\sum^\infty_{n=1}n^{2k-1}\frac{q^n}{1-q^n}
\end{eqnarray}
が成り立ちます。
ここでゼータ関数の特殊値
$\dis\z(2k)=-\farc{(2\pi i)^{2k}}{2(2k)!}B_{2k}$
およびランベルト級数の反転公式
$\dis\sum^\infty_{n=1}A_n\frac{q^n}{1-q^n}=\sum^\infty_{n=1}\left(\sum_{d|n}A_d\right)q^n$
を思い出すと
$\dis G_{2k}(z)=2\z(2k)\Big(1-\frac{4k}{B_{2k}}\sum^\infty_{n=1}\s_{2k-1}(n)q^n\Big)$
がわかり、上で見たように
$\dis E_{2k}(z)=\frac1{2\z(2k)}G_{2k}(z)$
であったことから主張を得る。
$E_{2k}(z)$が正規化アイゼンシュタイン級数と言われているのは$q$-展開の定数項が$1$であるという意味で正規化というわけだったのです。
以下で$B_{2k}$と$\frac{4k}{B_{2k}}$の具体的な値を示しておきます。
$\begin{array}{cccccc}
\dis B_2=\frac16,&\dis B_4=-\frac1{30},&\dis B_6=\frac1{42},&
\dis B_8=-\frac1{30},&\dis B_{10}=\frac5{66},&\dis B_{12}=-\frac{691}{2730}
\\\dis\frac{4}{B_2}=24,&\dis \frac{8}{B_4}=-240,&\dis \frac{12}{B_6}=504,&
\dis \frac{16}{B_8}=-480,&\dis \farc{20}{B_{10}}=\frac{1320}{5},&\dis \frac{24}{B_{12}}=-\frac{65520}{691}
\end{array}$
ところで上で定義したアイゼンシュタイン級数は$2k\geq4$とのことでした。しかし諸性質の証明を追ってみると$2k=2$のときにも同じ議論ができるように思います。でも実は$2k=2$のときはうまくいかないみたいです。具体的には
$\dis\sum_{(m,n)\neq(0,0)}\farc1{(mz+n)^2}$
が条件収束になるだとかなんとかで。(厳密にチェックしたことがないので詳しいことは言えません。)
ですが$E_2(z)$を$q$-展開から定義することで重さ$2$のモジュラー形式のようなものが構成できます。
(後で見るように実は重さ$2$のモジュラー形式はどこを探しても存在しないのでこれは必然的な現象となります。)
$\dis E_2(z)=1-\farc{4}{B_2}\sum^\infty_{n=1}\s_1(n)q^n=1-24\sum^\infty_{n=1}\s(n)q^n$
とおくと
$E_2(z+1)=E_2(z)$および$\dis E(-\frac1z)=z^2E(z)+\farc{6z}{\pi i}$
が成り立つ。
$E_2(z+1)=E_2(z)$は定義から自明。
いまデデキントのイータ関数の対数微分を取ると
\begin{eqnarray}
\log\eta(z)&=&\log e^{\frac{2\pi iz}{24}}+\sum^\infty_{n=1}\log(1-q^n)
\\\farc{d}{dz}\log\eta(z)&=&\farc{\pi i}{12}-\sum^\infty_{n=1}\farc{2\pi inq^n}{1-q^n}
\\&=&\farc{\pi i}{12}(1-24\sum^\infty_{n=1}\left(\sum_{d|n}d\right)q^n)=\farc{\pi i}{12}E_2(z)
\end{eqnarray}
がわかる。
ところで
$\dis \eta(-\farc1z)=\sqrt{\frac zi}\eta(z)$
であったことに注意すると
\begin{eqnarray}
\frac{d}{dz}\log\eta(-\frac1z)
&=&\farc1{z^2}\frac{d\log\eta}{dz}(-\frac1z)=\farc{\pi i}{12z^2}E_2(-\frac1z)
\\&=&\frac d{dz}\log\left(\sqrt{\frac zi}\eta(z)\right)
\\&=&-\farc1{2z}+\farc d{dz}\log\eta(z)=-\frac1{2z}+\frac{\pi i}{12}E_2(z)
\end{eqnarray}
すなわち
$\dis E(-\frac1z)=z^2E(z)+\farc{6z}{\pi i}$
を得る。
ラマヌジャンのデルタとは次に定義されるような関数のことを言います。
$z\in\H$に対してラマヌジャンのデルタ$\D$を
$\dis\D(z)=q\prod^\infty_{n=1}(1-q^n)^{24}=\eta(z)^{24}$
と定め、ラマヌジャンの$\t$関数をその$q$-展開
$\dis\D(z)=\sum^\infty_{n=1}\t(n)q^n$
の係数$\t(n)$として定義する。
デデキントのイータ関数は
$\eta(z+1)=\eta(z)$および$\dis\eta(-\frac1z)=\sqrt{\frac zi}\eta(z)$
を満たしていたことに注意するとラマヌジャンのデルタは
$\D(z+1)=\D(z)$および$\dis\eta(-\frac1z)=z^12\D(z)$
を満たす。すなわち重さ$12$のモジュラー形式となります。
またカスプ$z=i\infty$(つまり$q=0$)において$0$になるカスプ形式でもあります。
ここで出てくるラマヌジャンの$\t$は数論的に興味深い性質を持つことで有名ですが、それはしばしばこのラマヌジャンのデルタそのものがそもそも良い性質を持っていることに起因します。ラマヌジャンのデルタがもつ良い性質の中で特に注目すべき点は$z\in\H$において零点を持たないことだと私は思います。
この性質により逆数$\D(z)^{-1}$は$z\in\H$において正則であり、カスプにおいて極を持つことを除けば形式的に重さ$-12$のモジュラー形式として扱え、様々なモジュラー形式に$\D(z)^{-1}$を掛けて重さ$0$のモジュラー形式とすることで
前回の記事
の命題5と合わせて様々な関数等式を生み出すことができます。
では実際に$\D(z)$がどのような性質や等式を満たすのか以下で見ていきましょう。
素数$p$に対しMordell作用素$T_p$を
$\dis T_p\D(z)=\frac1p\sum^{p-1}_{l=0}\D\left(\frac{z+l}{p}\right)+p^{11}\D(pz)$
で定めたとき
$T_p\D(z)=\t(p)\D(z)$
が成り立つ。
証明の流れとしてはまず$T_p\D(z)$が重さ$12$のモジュラー形式であることを示し、
上で解説したように
$\dis\frac{T_p\D(z)}{\D(z)}$
は重さ$0$のモジュラー形式となるので
前回の記事
の命題5からこれは定数関数であり
カスプ$z=i\infty$においてその値が$\t(p)$となることを示すことで主張を得る。
$T_p\D(z+1)=T_p\D(z)$であることは
\begin{eqnarray}
T_p\D(z+1)
&=&\frac1p\sum^{p-2}_{l=0}\D\left(\frac{z+l+1}{p}\right)+\frac1p\D\left(\frac{z+p}{p}\right)+p^{11}\D(pz+p)
\\&=&\frac1p\sum^{p-1}_{l=1}\D\left(\frac{z+l}{p}\right)+\frac1p\D\left(\frac{z}{p}\right)+p^{11}\D(pz)=T_p\D(z)
\end{eqnarray}
とわかる。
$\dis T_p\D(-\frac1z)=z^{12}T_p\D(z)$であることは
\begin{eqnarray}
T_p\D(-\frac1z)
&=&\frac1p\sum^{p-1}_{l=1}\D\left(\frac{-1+lz}{pz}\right)+\frac1p\D\left(-\farc1{pz}\right)+p^{11}\D\left(-\frac pz\right)
\\&=&\frac1p\sum^{p-1}_{l=1}\D\left(\frac{lz-1}{pz}\right)+p^{11}z^{12}\D(pz)+\frac{z^{12}}p\D\left(\frac zp\right)
\end{eqnarray}
より
$\dis\sum^{p-1}_{l=1}\D\left(\frac{lz-1}{pz}\right)
=z^{12}\sum^{p-1}_{l=1}\D\left(\frac{z+l}{p}\right)$
を示せばよい。
それは$1\leq l\leq p-1$に対して$ll'\equiv-1\pmod{p}$なる$1\leq l'\leq p-1$を取り$ll'+pk=-1$とおくと
$l(-l')-pk=1$より$\begin{pmatrix}l&k\\p&-l'\end{pmatrix}\in\G=SL(2,\Z)$であり、
$\dis z'=\frac{z+l'}{p}$とおくと$pz'-l'=z$から
$\dis\frac{lz-1}{pz}=\frac{l(pz'-l')+(ll'+pk)}{p(pz'-l')}=\frac{lz'+k}{pz'-l'}$であるので
\begin{eqnarray}
\sum^{p-1}_{l=1}\D\left(\frac{lz-1}{pz}\right)
&=&\sum^{p-1}_{l'=1}\D\left(\frac{lz'+k}{pz'-l'}\right)
\\&=&\sum^{p-1}_{l'=1}(pz'-l')^12\D(z')
\\&=&z^{12}\sum^{p-1}_{l'=1}\D\left(\frac{z+l'}{p}\right)
\end{eqnarray}
とわかる。
$T_p\D(z)$の各項はカスプにおいて$0$になるので$T_p\D(z)$はカスプ形式であり、
$\dis\frac{T_p\D(z)}{\D(z)}$
のカスプにおける極は打ち消され、これは重さ$0$のモジュラー形式となる。
重さ$0$のモジュラー形式は定数関数しかないこと、および
\begin{eqnarray}
\frac1p\sum^{p-1}_{l=0}\D\left(\farc{z+l}{p}\right)
&=&\frac1p\sum^{p-1}_{l=0}\sum^\infty_{n=1}\t(n)e^{2\pi in\frac{z+l}{p}}
\\&=&\sum^\infty_{n=1}\t(n)\left(\frac1p\sum^{p-1}_{l=1}e^{\farc{2\pi inl}{p}}\right)q^{\frac np}
\\&=&\sum^\infty_{n=1}\t(pn)q^n
\end{eqnarray}
に注意すると
$\dis\frac{T_p\D(z)}{\D(z)}=\lim_{z\to i\infty}\frac{T_p\D(z)}{\D(z)}=\lim_{q\to0}\frac{(\t(p)q+\t(2p)q^2+\cdots)+p^{11}(q^{p}+\t(2)q^{2p}+\cdots)}{q+\t(2)q^2+\cdots}=\t(p)$
を得る。
ラマヌジャンの$\t$関数は素数$p$と自然数$n$に対して漸化式
$\dis\t(pn)+p^{11}\t\left(\frac np\right)=\t(p)\t(n)$
を満たす。ただし自然数ではない実数$x$に対しては$\t(x)=0$と定める。
補題6とその証明で見たように
\begin{eqnarray}
\dis T_p\D(z)&=&\sum^\infty_{n=1}\t(pn)q^n+p^{11}\sum^\infty_{n=1}\t(n)q^{pn}
\\&=&\sum^\infty_{n=1}\t(n)q^n=\D(z)
\end{eqnarray}
が成り立ってるのでこの両辺の$q^n$のフーリエ級数に注意するとわかる。
ラマヌジャンの$\t$関数は乗法性を持つ。
つまり任意の互いに素な自然数$m,n$に対し$\t(mn)=\t(m)\t(n)$が成り立つ。
特にラマヌジャンの$L$関数を
$\dis L(s,\D)=\sum^\infty_{n=1}\frac{\t(n)}{n^s}$
とおくとこれはオイラー積表示
$\dis L(s,\D)=\prod_{p:\mathrm{prime}}\farc1{1-\t(p)p^{-s}+p^{11}p^{-2s}}$
を持つ。
乗法性については任意の素数$p$と自然数$k,n\;(p\ndiv n)$に対して
$\t(p^kn)=\t(p^k)\t(n)$
が成り立つことを示せばよい。
数学的帰納法で示す。
$k=0$のときは$\t(1)=1$に注意すると
$\t(p^0n)=1\t(n)=\t(p^0)\t(n)$
$k=1$のときは定理7および$\t(\frac np)=0$に注意すると
$\dis\t(pn)=\t(p)\t(n)-p^{11}\t\left(\frac np\right)=\t(p)\t(n)$
とわかる。
$l\leq k$において
$\t(p^ln)=\t(p^l)\t(n)$
が成り立つとすると定理7において$n\mapsto p^kn,\;n\mapsto p^{k+1}$とすることで
$\t(p^{k+1}n)+p^{11}\t(p^{k-1}n)=\t(p)\t(p^kn)$
$\t(p^{k+1})+p^{11}\t(p^{k-1})=\t(p)\t(p^k)$
がわかるので
\begin{eqnarray}
\t(p^{k+1}n)&=&\t(p)\t(p^kn)-p^{11}\t(p^{k-1}n)
\\&=&(\t(p)\t(p^k)-p^{11}\t(p^{k-1}))\t(n)
\\&=&\t(p^{k+1})\t(n)
\end{eqnarray}
と$l=k+1$においても
$\t(p^ln)=\t(p^l)\t(n)$
が成り立つことがわかる。
$\t(n)$の乗法性より
$\dis L(s,\D)=\sum^\infty_{n=1}\frac{\t(n)}{n^s}=\prod_{p:\mathrm{prime}}\sum^\infty_{n=1}\frac{\t(p^n)}{p^{ns}}$
と素因数分解できるので$x=p^{-s}$に対して
$\dis\sum^\infty_{n=1}\t(p^n)x^n=\frac1{1-\t(p)x+p^{11}x^2}$
が成り立つことを示せばよい。
いま定理7において$n=p^{k-1}\;(k\geq1)$とした式
$\t(p^k)+p^{11}\t(p^{k-2})=\t(p)\t(p^{k-1})$
から
\begin{eqnarray}
&&\sum^\infty_{k=0}\Big(\t(p^k)-\t(p)\t(p^{k-1})+p^{11}\t(p^{k-2})\Big)x^k
\\&=&\Big(\t(p^0)-\t(p)\t(p^{-1})+p^{11}\t(p^{-2})\Big)x^0=1
\end{eqnarray}
であってまた
\begin{eqnarray}
&&\sum^\infty_{k=0}\Big(\t(p^k)-\t(p)\t(p^{k-1})+p^{11}\t(p^{k-2})\Big)x^k
\\&=&\sum^\infty_{k=0}\t(p^k)x^k-\sum^\infty_{k=0}\t(p)\t(p^k)x^{k+1}+\sum^\infty_{k=0}p^{11}\t(p^k)x^{k+2}
\\&=&\sum^\infty_{k=0}\t(p^k)x^k(1-\t(p)x+p^{11}x^2)
\end{eqnarray}
なので
$\dis(1-\t(p)x+p^{11}x^2)\sum^\infty_{k=0}\t(p^k)x^k=1$
すなわち
$\dis\sum^\infty_{n=1}\t(p^n)x^n=\frac1{1-\t(p)x+p^{11}x^2}$
を得る。
ちなみにここで現れる$x$についての二次式
$1-\t(p)x+p^{11}x^2$
の判別式$D=\t(p)^2-4p^{11}$が負である、つまり
$|\t(p)|<2p^{\frac{11}2}$
であることを主張するのがラマヌジャン予想と呼ばれています。
$\dis\D(z)=\frac{E_4(z)^3-E_6(z)^2}{1728}$
および
$\dis\D(z)=\frac{691}{65520+1008\cdot691}(E_{12}(z)-E_6(z)^2)$
が成り立つ。
$E_4(z)^3,E_6(z)^2,E_{12}(z)$
はそれぞれ重さ$12$のモジュラー形式で、(定理4から)その$q$-展開の定数項はそれぞれ$1$なので
$E_4(z)^3-E_6(z)^2,\;E_{12}(z)-E_6(z)^2$
はカスプ形式となり、
$\dis\frac{E_4(z)^3-E_6(z)^2}{\D(z)},\;\frac{E_{12}(z)-E_6(z)^2}{\D(z)}$
のカスプにおける極は打ち消され、これらは重さ$0$のモジュラー形式、つまり定数関数となる。
あとは
$\D(z)=q+\t(2)q^2+\cdots$
$E_4(z)^3=(1+240q+\cdots)^3=1+3\cdot240q+\cdots$
$E_6(z)^2=(1-504q+\cdots)^2=1-2\cdot504q+\cdots$
$\dis E_{12}(z)=1+\frac{65520}{691}q+\cdots$
に注意すると
$\dis\frac{E_4(z)^3-E_6(z)^2}{\D(z)}=\lim_{z\to i\infty}\frac{E_4(z)^3-E_6(z)^2}{\D(z)}
=3\cdot240+2\cdot504=1728$
$\dis\frac{E_{12}(z)-E_6(z)^2}{\D(z)}=\lim_{z\to i\infty}\frac{E_{12}(z)-E_6(z)^2}{\D(z)}
=\frac{65520}{691}+2\cdot504=\frac{65520+1008\cdot691}{691}$
を得る。
$\t(n)\equiv\s_{11}(n)\pmod{691}$
が成り立つ。特に素数$p$に対して
$\t(p)\equiv1+p^{11}\pmod{691}$
が成り立つ。
定理9
$(65520+1008\cdot691)\D(z)=691E_{12}(z)-691E_6(z)^2$
の両辺において
$\dis\D(z)=\sum^\infty_{n=1}\t(n)q^n$
$\dis E_6(z)^2=\left(1-504\sum^\infty_{n=1}\s_5(n)q^n\right)^2$
$\dis 691E_{12}(z)=691+65520\sum^\infty_{n=1}\s_{11}(n)q^n$
の各係数が整数であることに注意して、法$691$で係数を比較すると
$65520\t(n)\equiv65520\s_{11}(n)\pmod{691}$
がわかり、$65520$は$691$と互いに素なので
$\t(n)\equiv\s_{11}(n)\pmod{691}$
を得る。
重さ$k$のモジュラー形式、カスプ形式全体の集合をそれぞれ$M_k=M_k(\G),S_k=S_k(\G)$とおくとこれらは$\C$上の線形空間となることがわかります。さらにその次元は有限であり、その基底はアイゼンシュタイン級数で表現できることがわかります。以下でその次元や基底がどう表現されるのか見ていきましょう。
$\dis\o=\frac{-1+\sqrt3i}{2}$とおくと
$E_4(i)\neq0,\;E_6(i)=0$
$E_4(\o)=0,\;E_6(\o)\neq0$
が成り立つ。
$E_4(\o)=E_6(i)=0$であることは
前回の記事
の命題8系として示した。
$E_4(i),E_6(\o)\neq0$であることは、任意の$z\in\H$に$\D(z)\neq0$であることと、$E_4(z)^3-E_6(z)^2=1728\D(z)$(定理9)であることから、$E_4(\o)=E_6(i)=0$と合わせてわかる。
$M_k$と$S_k$との間には
$M_k=\C E_k\oplus S_k\quad(k\geq4)$
$S_k=\D\cdot M_{k-12}\quad(k\geq12)$
という関係が成り立つ。
任意の$f\in M_k\;(k\geq4)$について$f$の$q$-展開における定数項を$a_0$(つまり$\dis a_0=\lim_{z\to i\infty}f(z)$)とおくと$f-a_0E_k$はカスプにおいて$0$になるのでこれは$S_k$の元となり
$M_k=\C E_k\oplus S_k\quad(k\geq4)$を得る。(直和であることは自明)
任意の$f\in S_k\;(k\geq12)$について$\dis\frac{f}{\D}$のカスプにおける極は打ち消されるのでこれは$M_{k-12}$の元となり、また任意の$g\in M_{k-12}$に対し$\D\cdot f$は重さ$k$のカスプ形式になるので
$S_k=\D\cdot M_{k-12}\quad(k\geq12)$を得る。
$M_k$と$S_k$は$k=0,2,4,6,8,10$において
$M_0=\C,M_2=0,M_k=\C E_k\quad(4\leq k\leq10)$
$S_k=0\quad(0\leq k\leq10)$
と求まる。
任意の$f\in S_k\;(k<12)$について$\dis\frac{f^{12}}{\D^k}$は例のごとく定数関数となるが、
$\dis f(z)=\sum^\infty_{n=1}a_nq^n$
とおくと
$\dis\frac{f(z)^{12}}{\D(z)^k}=\lim_{z\to i\infty}\frac{f(z)^{12}}{\D(z)^k}=\lim_{q\to0}\frac{a_1^{12}q^{12}+12a_1^{11}a_2q^{13}+\cdots}{q^k+k\t(2)q^{k+1}+\cdots}=0$
なので$f=0$でなければならないことがわかる。
$M_0=\C$は
前回の記事
の命題5そのものであり、
$M_k=\C E_k\quad(4\leq k\leq10)$は$M_k=\C E_k\oplus S_k$および$S_k=0$からわかる。
$M_2=0$は任意に$f\in M_2$を取ったとき$f\cdot E_4\in M_6=\C E_6$なのである$c\in\C$に$f\cdot E_4=cE_6$が成り立つが、補題11より
$f(i)E_4(i)=0=cE_6(i)$かつ$E_6(i)\neq0$
なので$c=0$および$f=0$でなければならないことからわかる。
$M_k,S_k$の次元はそれぞれ
$\dim M_k=\left\{\begin{array}{cl}
\left\lfloor\farc k{12}\right\rfloor+1&k\not\equiv2\pmod{12}
\\\left\lfloor\farc k{12}\right\rfloor&k\equiv2\pmod{12}
\end{array}\right.$
$\dim S_k=\left\{\begin{array}{cl}
0&k<12
\\\dim M_{k-12}&k\geq12
\end{array}\right.$
と求まる。
$\dim S_k$については$k<12$において補題13より、$k\geq12$において補題12からわかる。
$\dim M_k$については補題13より$0\leq k\leq10$において
$\dim M_k=\left\{\begin{array}{cl}
1&k\not\equiv2\pmod{12}
\\0&k\equiv2\pmod{12}
\end{array}\right.$
であり、補題12より$k\geq12$において
$\dim M_k=\dim(\C E_k)+\dim(S_k)=1+\dim M_{k-12}$
という漸化式が成り立つことからわかる。
$\dis M_k=\bigoplus_{\substack{4a+6b=k\\a,b\geq0}}\C E_4^aE_6^b$が成り立つ。
$\dis M'_k=\bigoplus_{\substack{4a+6b=k\\a,b\geq0}}\C E_4^aE_6^b$
とおくと$0\leq k\leq 10$において
$M'_0=\C,\;M'_2=0,\;M'_4=\C E_4,\;M'_6=\C E_6,\;M'_8=\C E_4^2,\;M'_{10}=\C E_4E_6$
であるので
$(E_8-E_4^2)\in S_8=0$
$(E_{10}-E_4E_6)\in S_{10}=0$
から$E_8=E_4^2,\;E_{10}=E_4E_6$であることに注意すると補題13より
$M_k=M'_k\quad(0\leq k\leq10)$
がわかる。
また任意に$4a+6b=k$なる非負整数$a,b$を取ったとき、補題12と同様にして
$M_k=\C E_4^aE_6^b\oplus S_k$
が成り立ち、また$k\geq12$において$S_k=\D\cdot M_{k-12}$であったので
$\dis \D=\frac{E_4^3-E_6^2}{1728}$
に注意すると数学的帰納法により$M_{k-12}=M'_{k-12}$の仮定から
$M_k=\C E_4^aE_6^b\oplus(E_4^3-E_6^2)\cdot M_{k-12}\subset M'_k$
がわかり、また自明に$M'_k\subset M_k$であることから
$M_k=M'_k$
を得る。
上では触れていなかったが
$\dis\sum_{\substack{4a+6b=k\\a,b\geq0}}\C E_4^aE_6^b$
が直和であることは次にようにしてわかる。
ある$r$個の複素数$c_l\neq0$と異なる非負整数の組$a_l,b_l\;(4a_l+6b_l=k)$があって
$\dis\sum^r_{l=1}c_iE_4^{a_l}E_6^{b_l}=0$
が成り立つとすると、$b_l$のなかで最小のものを$b_j$としたとき
$\dis\sum^r_{l=1}c_lE_4^{a_l}(i)E_6^{b_l-b_j}(i)=c_jE_4^{a_j}(i)=0$
となるが$E_4(i)\neq0$なので$c_j=0$であり、これは$c_l$の取り方に反する。
よって$E_4^aE_6^b\;(4a+6b=k,\;a,b\geq0)$は$\C$上線形独立である。