はじめに
この記事ではワイエルシュトラスの関数を中心とした楕円関数論の基礎的な話について解説していきます。
また楕円関数の話をするにあたってモジュラー形式の話もちょっぴり織り交ざって来ますので前回の記事(
前編
、
後編
)に目を通しておいた方がより理解が深まると思います。
楕円関数とは
楕円関数とはざっくり二重周期を満たすような関数のことを言います。つまりある上線形独立な複素数と任意の整数に対してが成り立つような関数のことを言います。
なぜ"楕円"関数なのか
上での楕円関数の説明を見るに一見楕円とは全く関係ないように見えますが、これは"楕円"の周長を求める際に出てくる(第2種)"楕円"積分
の派生である第1種楕円積分
の逆関数を考えたヤコビの関数というもの(を複素変数に拡張したもの)が二重周期性を持つことを発端としています。
楕円関数と格子
楕円関数の具体的なステートメントは以下のようになっています。
格子
上線形独立な(つまり一方がもう一方の実数倍で表されない)複素数に対して
と表されるような集合のことを格子と言う。このときのことを基本周期という。
楕円関数
複素数平面全域で定義される有理型関数であってある格子について
が任意のに成り立つようなもののことを楕円関数という。
例えば上で挙げたヤコビの関数()はレムニスケート周率について格子
の楕円関数であるみたいです(
こちらの文献
参照)。
ここで楕円関数の話をする前に少し格子についての話をしておきましょう。まず二つの格子の間に同値関係を定めておきます。
二つの格子が等価(equivalent)であるとはある複素数が存在してが成り立つことを言う。
これは格子を回転させたり拡大縮小させたりしてできる格子はと似たようなものだよね、と言っているような感じです。そして任意の格子にはそれと等価な次のような標準形が(複数)存在します。
任意の格子
に対して
がと等価となるようなが存在する。
とするとある実数が存在してとなるが、これはが格子であることに矛盾。
したがってまたはが成り立つのでそれをとおくととなることがわかる。
ここでとが等価となるようなの条件を考えてみましょう。
- まず
であるのでの平行移動に対して等価であることがわかります。 - また
であるのでの反転に対しても等価であることがわかります。
平行移動と反転について等価ということはつまりとが等価である(必要十分)条件はがの一次分数変換
として表せることだということになります。よって次の命題が言えます。
任意の格子に対してがと等価となるようなが一意に存在する。
更に言うと
という関係から自身もモジュラーな性質
を満たすことがわかります。
となると格子の等価な変形に対してのような性質を満たすような写像は自然とモジュラーな性質を満たすことになってきます。まあとりあえずこんなところでもモジュラー形式が関わってくるのかと思ってもらえればいいと思います。
楕円関数の性質
まずは格子に対して基本領域を
と定めておきましょう。これはつまり任意のにあるが存在して
が成り立つということを示しており、またについての楕円関数においては
が成り立つのでにおけるの性質がわかればにおけるの性質もわかることとなります。
上正則な楕円関数は有界な領域でも正則、つまり上で有界であり二重周期性から上でも有界となるが、リウヴィルの定理からそのような正則関数は定数関数に限ることがわかる。
リウヴィルの第二定理
楕円関数は上で高々有限個の極を持ち、それらの留数の和はになる。
もし楕円関数が上で無限個の極を持つとすると(ボルツァーノ・ワイエルシュトラスの定理より)上に集積した極を持つことになり、これはが有理型関数であることに矛盾。
またの境界
においてが極を持たないようなを取り、それに沿った(反時計回りの)周回積分を考えると留数定理より
(ただしは上のの極全体を渡る)が成り立つが
であることに注意すると
がわかる。
リウヴィルの第三定理
でない楕円関数は上で重複度込みで同じ数だけの零点と極を持つ。
命題4と同様にしてでない楕円関数の零点は有限個であることがわかるのでの境界上でが零点も極も持たないようなを取ると、偏角の原理から
が成り立つがも格子についての楕円関数なので命題4と同様にしてこの左辺はになることがわかる。
こによって定まる楕円関数の上の零点の個数、あるいは極の個数のことをの位数と言います。
ちなみにリウヴィルの第四定理というのもありますがこの記事で使うことはないため省かせてもらいます。(詳しくは
こちらの文献
の59ページ辺りで解説されています。)
ワイエルシュトラスの関数
ここからはワイエルシュトラスの(ペー)関数という楕円関数の性質について解説していきます。
ワイエルシュトラスの関数
格子に対してワイエルシュトラスの関数をそれぞれ
と定める。このとき
が成り立つことに注意する。
こののの部分はしばしば省略したりしなかったりします。
偶関数であることはに注意すると
とわかる。または上でのみを極に持つので位数はとなる。
いま関数の導関数
は任意のに対し
を満たすので
が成り立つが、のとき偶関数性より
となるので
を得る。
したがっての二重周期性がわかり、は有理型関数でもあることから楕円関数となる。
は偶関数なのでは奇関数であり、したがって命題6より上の零点を持つことがわかる。また
よりは上で以外を極に持たないのでは位数の楕円関数であり、したがってその零点は上で尽くされることがわかる。
は周りでローラン展開
を持つ。ただしはアイゼンシュタイン級数
とした。
とおくとこれは周りで正則であり
なのでは偶関数であることおよびに注意すると
と展開できることがわかる。
ちなみにはその名の通りとすると
とモジュラー形式のアイゼンシュタイン級数そのものになっています。
は微分方程式
を満たす。ただしはによって定まる定数でと与えられる。
とおいたとき、は楕円関数であって上で極を取るとするならに限るので、これがで極を持たない、特にとなることを示す。
のローラン展開の次以下の項を考えると命題9より
であるので
とはを零点に持つことがわかる。
特にこのことからは上で正則となるのでリウヴィルの第一定理(定理3)より恒等的にとなることがわかる。
見ての通りの点は集合(上の曲線)
に埋め込まれることになります。そんなわけでは"楕円"関数であったことからこのような曲線が"楕円"曲線と呼ばれているわけです。
に対してとおくと命題8より
が成り立つのでは上でを二位の零点を持つことがわかる。または二位の楕円関数なのでこれ以上零点を持たないことがわかる。
あとは命題10の等式を
と因数分解したときこの左辺がを二位の零点に持つことと、上で示したようには以外で零点を持たないことに注意するとわかる。
基本擬周期とルジャンドル関係式
続いて少しワイエルシュトラスの関数についての話をします。
上で見たようには楕円関数でしたが、については残念ながら楕円関数となりません。
におけるの部分が周期性を損なわせているためですね。
ただ任意のに対し
が成り立つのであるに依らない定数があり
となることがわかります。さらにとおけば
という疑二重周期(quasiperiod)を持つことがわかります。またのことを基本擬周期といいます。
他にも擬二重周期を持つ関数として例えばテータ関数
というものがあります。テータ関数はについて
という擬二重周期を持っています。
基本周期と基本擬周期は以下の関係式によって結びついていることがわかります。
ルジャンドル関係式
格子の基本周期についてであるものとすると
が成り立つ。
例のごとくの境界上でが極を持たないような(つまり)を取ると留数定理より
が成り立つ。ここでの仮定より積分経路
は反時計回りになり
であることに注意すると
を得る。
ワイエルシュトラスの関数と-展開
以下ではワイエルシュトラスの関数の擬二重周期性およびに-展開、そしてワイエルシュトラスの関数の-展開について解説していきます。
が成り立つのでに依らないある定数があって
と表せる。
または奇関数なのでこのの場合を考えることで
つまりを得る。
格子について基本周期に対応する基本擬周期をとし
とおく。このときはについて擬二重周期
を持つ。
基本周期に対応する基本擬周期をとおくとよりなのでルジャンドル関係式(命題12)から
が成り立つことに注意すると命題17から
とわかる。
上で定めたは-展開
を持つ。ただしとした。
特にワイエルシュトラスの関数は-展開
を持つ。
あらすじ
とおいたときはと同じ擬二重周期を持ち、同じ零点を持つことを示せば
は格子についての上正則な楕円関数となるのでリウヴィルの第一定理(命題3)から定数関数であることがわかり
を示すことで証明が完結する。
同じ擬周期を持つこと
においてとなるので
がわかり、またにおいてとなるので
とわかる。
同じ零点を持つこと
がとなるのはのとき、つまり
のときに限り、逆にであればとなることがわかる。
およびそれぞれが一位の零点であることは自明。
比がであること
におけるの挙動を考えると
が成り立つので
を得る。
格子の基本周期に対応する基本擬周期について
が成り立つ。
に注意すると命題15から
が成り立ち、またこの最後の項は
と変形できるので
が得られる。
そしてこれを微分することで
となるので
に注意してこの両辺からを引いて極限を取ることで
すなわち
を得る。
ついでに途中で出てきた式
にの-展開を代入することで次の系が得られます。
おまけ:ヤコビの三重積
上で見てきたようには
という擬二重周期性を持ち
という無限積による-展開を持っていたのでした。
これに類似して
で定義されるヤコビのテータ関数は
という擬二重周期性を持ち
という無限積による-展開を持っています。
その証明の流れもと全く同様となります。以下でその証明を見ていきましょう。
あらすじ
とおいたときはと同じ擬二重周期を持ち、同じ零点を持つことを示せば
は格子についての上正則な楕円関数となるのでリウヴィルの第一定理(命題3)から定数関数であることがわかり、またこれをとおくと
が成り立つことがわかり
を示すことで証明が完結する。
同じ擬周期を持つこと
においてとなるので
がわかり、またにおいてとなるので
を得る。
同じ零点を持つこと
がとなるのはのとき、つまり
のときに限り、これは一位の零点となる。(よりつまりに注意する)
また
なのでがとなるときもとなることがわかる。
比がであること
以上より
はに依らない関数であり
つまり
が成り立つ。よって
とはにも依らないことがわかる。
そしてにおいてなので
つまり
を得る。