こんにちは. 今回はタイトルの通り, 今年の東大数学の第3問が代数的に面白い解釈ができるというお話をしていこうと思います. 東大の過去問を見たくないという方にとってはネタバレ注意です!
この内容は, inspired by AKITOさんのツイート です. 感謝申し上げます.
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群に関する基本事項を分かっていると楽ですが, そうではない高校生にもなんとなく分かるように説明をしていこうと思います.
それでは早速, 問題を見ていきましょう.
座標平面上を次の規則(i), (ii)に従って$1$秒ごとに動く点$\mathrm{P}$を考える.
(i)最初に, $\mathrm{P}$は点$(2,1)$にいる.
(ii)ある時刻で$\mathrm{P}$が点$(a,b)$にいるとき, その$1$秒後には$\mathrm{P}$は
以下の問いに答えよ. ただし, (1)については, 結論のみを書けばよい.
(1)$\mathrm{P}$がとりうる点の座標をすべて求めよ.
(2) $n$を正の整数とする. 最初から$n$秒後に$\mathrm{P}$が点$(2,1)$にいる確率と, 最初から$n$秒後に$\mathrm{P}$が点$(-2,-1)$にいる確率は等しいことを示せ.
(3) $n$を正の整数とする. 最初から$n$秒後に$\mathrm{P}$が点$(2,1)$にいる確率を求めよ.
長いですね. 図にすると以下のようになります.
上図の8つの点((1)で聞かれているのがこれです)を点$\mathrm{P}$が動き, その動きは4つのうちから1つの軸を選びそれに関して反転させるというものです.
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まず頭の中で何回か操作をしてみると, いろいろな対称性があることがわかります. 具体的には,
などでしょうか.
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さて, 大学数学では, 「対称性を記述する」と言われる理論があります. それが群論です.
このままでは若干分かりにくいので, 今回の問題の本質を抽出していきましょう.
まず, 8つの点が成す8角形は正8角形としてしまって問題なく, その方が対称性が分かりやすくなります. また, 頂点が軸上にあった方が何かと都合が良いので, 次のように図を描きかえてしまいましょう.
ここで, 点$(2,1)$は$\ell_0$と$\ell_1$の間にあったので, この図では辺$\mathrm{A}_0\mathrm{A}_1$が対応することに注意します.
すると元の問題は次のように書き換えられます.
「正8角形$\mathrm{A}_0\mathrm{A}_1\cdots \mathrm{A}_7 $ を, $\ell_0~\ell_3$のどれかに関して反転させる」という操作を$n$回繰り返したとき, 赤く塗った辺$\mathrm{A}_0\mathrm{A}_1$が元の位置に戻ってくる確率を求めよ.
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このような, ある対象に対する(可逆な)操作の合成がどのように振る舞うか, を数式で表現するのが群論となります. (正確にはこれは群の作用ですが.)
群論(二面体群)を知らない方は以下をクリックして簡単な説明を読んでください.
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ということで, 二面体群
$D_8=\{t^nr^m\ |\ t^2=r^8=1, rt=tr^{-1}\}$
において, $\ell_i$に関する反転$r^{-i}tr^i=tr^{2i}$たちの積が, 赤く塗った辺$\mathrm{A}_0\mathrm{A}_1$を動かさない操作になる条件, つまり積が$1$または$tr$に等しくなるような条件を考えていきましょう.
ところが, $tr^{2i}$の積しか考えないので$tr$に等しくなることはありえません!さらに$r^2$を改めて$r$と書いてしまうことで, $D_4$における以下のような問題に書き換えられます.
これは群論の言葉で言うと, $D_8$の, $tr^{2i}\ (i=0,1,2,3)$により生成される部分群が$D_4$と同型なのでそこで考えて行く, ということです.
$D_4=\{t^nr^m\ |\ t^2=r^4=1, rt=tr^{-1}\}$ において, $x_i=tr^i\ (i=0,1,2,3)$とおく.
$x_0$ | $x_1$ | $x_2$ | $x_3$ |
---|---|---|---|
$\tfrac13$ | $\tfrac16$ | $\tfrac13$ | $\tfrac16$ |
の確率に従って$x_i$を$n$回選んだとき, それらの積が$1$となる確率を求めよ.
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さて, $tr^i$たちの積を考えたいのですが, この積は交換できないので, 回数だけでなく出た順番まで考慮しないといけなくてちょっと難しそうです. そこで, modをとって単純化することを考えてみます!
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これで$D_4/\langle r^2\rangle$での考察に移れるのですが, ここでは$1$と$r^2$は同一視されているので, 積が$1$となる確率だけを求めることはできなくなってしまいます.
従って, $n$個の$x_i$たちの積が$1$になる確率と$r^2$になる確率は等しいことがわかります! これが元々の問題の(2)に対応しています.
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すると, さらに以下のような問題に書き換えられることになります.
$D_4/\langle r^2\rangle=\{1,r, t, tr\}$において, $x_0=x_2=t$, $x_1=x_3=tr$をそれぞれ確率$\tfrac23,\tfrac13$で選ぶことを$n$回繰り返すとき, それらの積が$1$となる確率の$\tfrac12$倍の値を求めよ.
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ここまで来ると, 積は可換ですから結局「$t,r$をどちらも偶数回ずつ掛ける」確率を求めれば良いことになりますね. (積が可換なので, 選ぶ順番を気にせず回数だけ考えればよくなったところがポイント.)
これは, $t,r$を変数$x,y$と対応させて
$f(x,y)=\left(\frac23 x+\frac13 xy\right)^n=x^n\left(\frac23 +\frac13 y\right)^n$ を展開したときの, $x^{\text{偶数}}y^{\text{偶数}}$の係数の和
の$\frac12$倍と等しくなります.(展開したときにどのように選んで掛け合わされるか考えてみてください!)
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これは, まず$x^n$の方を見ることで$n$が奇数なら$0$であることが分かります. そして$n$が偶数のときは$\frac{f(1,1)+f(1,-1)}{2}$によって$y^{\text{偶数}}$の係数の和を求められますから, 答えは
$ p_n=\begin{cases}\dfrac14\left(1+\Big(\dfrac13\Big)^n\right) &(n\text{:偶数})\\[5pt] 0 &(n\text{:奇数})\end{cases}$
と求めることができます.
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こう見てみると, 元々の(2)の誘導が本質的なものだったということになりますね. 2つを同一視することにより操作の合成を簡単に捉えることができるようになります. この発想を, 群論を用いて「剰余群」として説明付けられるのはとても面白いですね.
お楽しみいただけたでしょうか. これを読んで群論に興味を持ってもらえたら幸いです.
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実はもうちょっとだけ続きます. ただしこの後は私があまり詳しくない分野を用いますので, お話程度に読んでいただけると幸いです.
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上で用いた解法は, 母関数を用いるためには「順番は気にせず回数のみを考えれば良い状況」、即ち変数の積が可換である必要があったため, $D_4$のままではだめでさらにその剰余群を考えたのでした.
しかし, 群の元を変数とした係数つきの形式和, と言えば群環ではないですか!群環で母関数を考えることにより, 上記の問題を解決することができます.
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具体的には, 群環$\mathbb{C}[D_4]$とは, $D_4$の8つの元を基底, 係数を$\mathbb{C}$とするベクトル空間に, 積を群での積によって定めて得られる環です. つまり,
$(2+3tr)(r-2t)=2r+3tr^2-4t-6trt=2r-6r^3-4t+3tr^2$
のように積が入った, 群の元の係数つき形式和の環です.
すると, 上述の
$D_4=\{t^nr^m\ |\ t^2=r^4=1, rt=tr^{-1}\}$ において, $x_i=tr^i\ (i=0,1,2,3)$とおく.
$x_0$ | $x_1$ | $x_2$ | $x_3$ |
---|---|---|---|
$\tfrac13$ | $\tfrac16$ | $\tfrac13$ | $\tfrac16$ |
の確率に従って$x_i$を$n$回選んだとき, それらの積が$1$となる確率を求めよ.
この問題は, 次のように書き換えられます.
$\mathbb{C}[D_4]$において, $\left(\frac13t+\frac16tr+\frac13tr^2+\frac16tr^3\right)^n$を展開したときの, $1$の係数を求めよ.
すごく簡単になりましたね. さらに, 表現論の一般論で有限群$G$に対し$\mathbb{C}[G]$は$\mathbb{C}$係数行列環の直積と同型になることが知られているので, あとは同型が具体的に分かれば$n$乗も簡単に計算できます.
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と, ここまで来て私には手に負えなくなってしまったので友人の げの くんに助けを求めたところ,
事実:$\mathbb{C}[G]\cong \mathbb{C}^4\times M_2(\mathbb{C})$で, 同型は$t^nr^m\mapsto \left(1, (-1)^n, (-1)^m, (-1)^{n+m}, \begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}^n\begin{pmatrix}i&0\\0&-i\end{pmatrix}^m\right)$ により定まるもので与えられることが知られている.
と教えてもらったので, これを使ってみます. (勉強しないといけません.)
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これによる$\frac13t+\frac16tr+\frac13tr^2+\frac16tr^3$の行先を頑張って計算してみると, なんと$\left(1, \frac13, -1, -\frac13, O\right)$となり, 行列の部分が0になりました!従ってこれの$n$乗は$\left(1, (\frac13)^n, (-1)^n, (-\frac13)^n, O\right)$であり, これを$\mathbb{C}[G]$に戻したときの$1$の係数が分かれば良いです.
ところがこの同型の逆写像を与える式が知られていて, こちらの記事 のように有限群のFourier逆変換と呼ばれるもので, これを用いることで
$ \begin{align*} p_n &=\frac18\left(1+\Big(\frac13\Big)^n+(-1)^n+\Big(\!\!-\frac13\Big)^n\right)\\[5pt] &=\frac18\left(1+(-1)^n\right)\left(1+\Big(\frac13\Big)^n\right)\\[5pt] &=\begin{cases}\dfrac14\left(1+\Big(\dfrac13\Big)^n\right) &(n\text{:偶数})\\[5pt] 0 &(n\text{:奇数})\end{cases} \end{align*} $
と求めることができました.
東大入試が表現論を使って解けるなんてびっくりですね!
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この考え方を使うと, 普段の母関数の, 代入して足して係数を求めるというやつも, 上のFourier逆変換で説明することができそうです.
また, 今回のように群を割ることによって群環を簡単にする, という手法に一般論はあるのか, などいろいろと疑問が湧きました.
いつかこの辺をきちんと勉強してまとめなおせたら良いなと思います.
それでは, 最後まで読んでくださった方, ありがとうございました.