教科書
滑らかな多様体の定義 の記事でこんなことを書きました。
(3.滑らかな構造についての補足)
- 「滑らかなアトラス$\mathcal A$が与えられたとき、$\mathcal A$を含む極大滑らかなアトラスが一意に存在する」が成り立ちます。これがあるおかげで安心して滑らかな多様体を考えることができます。
- 共通する極大滑らかなアトラスを持つ$\mathcal A$, $\mathcal B$が与えられたとき、(集合としては違うものだが)$\mathcal A$, $\mathcal B$は滑らかな構造としては大した違いはない、と判断している、ともいえそうです。
今回はこちらの話をちゃんと定式化することで、アトラスの同値性と微分同相の違いを理解することが目標です。この違いが分かるとエキゾチック球面の話も多少理解できるようになります(たぶん)。
Leeの本ではアトラスの同値を極大アトラスの一致で定めている。もう一つの定義もあると便利なので、その同値性をまずは示しておく。
$M$を滑らかな多様体、$\mathcal A, \mathcal B$を$M$の滑らかなアトラス、$\mathcal A, \mathcal B$を含む極大滑らかなアトラスをそれぞれ$\mathcal A_{\text {max}}, \mathcal B_{\text {max}}$とする。このとき次の条件は同値である。
(1)$\Rightarrow$(2)を示す。$\mathcal A \subset \mathcal A \cup \mathcal B$なので$\mathcal A \cup \mathcal B \subset \mathcal A_{\text {max}}。 \mathcal B \subset \mathcal A \cup \mathcal B \subset \mathcal A_{\text {max}}$なので$\mathcal A_{\text {max}} \subset \mathcal B_{\text {max}}$となる。$\mathcal A_{\text {max}} \supset \mathcal B_{\text {max}}$も同様。
(注意:(1)があるから極大性が使えている)
(2)$\Rightarrow$(1)を示す。
(注意:$\varphi \in \mathcal A_{\text {max}} \iff \varphi \text{ は任意の }\mathcal A \text{ のチャートと滑らかに両立する}$)
(2)より$\mathcal A \subset \mathcal B_{\text {max}}$となりこれは「$\mathcal A$のチャートと$\mathcal B$のチャートが滑らかに両立することを意味する。よって(1)が成り立つ。
(補足というか、自分がミスした点)
(2)$\Rightarrow$(1)の証明にて、「$\mathcal A \subset \mathcal A \cup \mathcal B \Rightarrow \mathcal A \cup \mathcal B \subset \mathcal A_{\text {max}}$」とするのは間違い。$\mathcal A \cup \mathcal B$が滑らかなアトラスであることが言えないと極大性は使えない。
命題1の(1)(2)を満たすとき、アトラス$\mathcal A, \mathcal B$は同値であるという。
多様体間の滑らかな写像も定義しておく。
$M, N$ を可微分多様体とし、$F: (M, \mathcal A) \to (N, \mathcal B)$ を写像とする。
ここで、$F$ が点$p \in M$で滑らかであるとは、 以下の条件を満たすチャート $(U, \varphi)$ と $(V, \psi)$ が存在することをいう。
$F$ が滑らかな写像であるとは、$M$のすべての点$p$で$F$が滑らかであることをいう。
$F, F^{-1}$がともに滑らかな写像であるとき、$F, F^{-1}$を微分同相写像という。
滑らかな多様体$M, N$の間に微分同相写像が存在するとき、2つの多様体は微分同相であるといい$M\cong N$とかく。
(補足)
滑らかな写像の定義は[1]~[4]を満たすチャート$\varphi, \psi$が1つずつ存在することが条件だが、実は1つずつ存在すれば、すべてのチャートでこの条件を満たすことが分かる。よって定義の条件も「存在」ではなく「任意」としても同じとなる(余力があればいつか示します)。
$M$を滑らかな多様体、$\mathcal A, \mathcal B$を$M$のアトラスとする。
このとき次は同値である。
命題2は「アトラスの同値:命題1(1)」と「微分同相写像」の定義を見直すとすぐに分かる。
命題2より「アトラスの同値」=「恒等写像が微分同相」だと分かる。2つの多様体が微分同相の定義は「(恒等写像に限らず何か1つでも)同相写像が存在すること」なので、アトラスの同値の方が微分同相より強い概念であることが分かる。
多様体$M$に対して「同値ではない」アトラスを2つ構成するのはすぐにできる。
$(\mathbb R, \{\text{id}\})$は滑らかな多様体となる。また$\varphi (x)=x^3$とすると$(\mathbb R, \{\varphi\})$も滑らかな多様体となる。このとき恒等写像$\text{id}: (\mathbb R, \{\varphi\}) \to (\mathbb R, \{\text{id}\})$を考えると、
$$\text{id} \circ \text{id} \circ \varphi ^{-1} (x) = \sqrt[3]{x}$$
となりこれは$x=0$において微分可能ではない。よって多様体間の恒等写像が微分同相ではないので、$\{\text{id}\}, \{\varphi\}$は$M$のアトラスとして同値ではない。
一方、$F: (\mathbb R, \{\varphi\}) \to (\mathbb R, \{\text{id}\}), F(x)=x^3$を考えると、
$$ \text{id} \circ F \circ \varphi ^{-1} = \text{id}$$
$$ \varphi \circ F^{-1} \circ \text{id}^{-1}=\text{id}$$
となるので、$F$は微分同相である。
「アトラスとして同値でなくても、多様体としては微分同相になる」というのが例1だが、微分同相にもならない(多様体間のあらゆる写像が微分同相にならない)アトラスは存在するのか?結論として、存在しておりそれがミルナーのエキゾチック球面というものらしい。手術の理論を駆使して別の微分構造を作り出すらしいのだが、こちらもいつか学んでみたいものです。