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Dirac作用素の指数と熱核を調べる動機

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スピン幾何における解析学
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convention
$D_k(E,F):\Gamma(E)$から$\Gamma(F)$への$k$階の微分作用素(E,Fはベクトル束)
$S:$スピノル束
$\langle,\rangle:S$$Spin(n)$不変ファイバー内積
$(,):=\int_M\langle,\rangle dv$

 指数定理を証明するために熱核の詳細な分析が必要なのでこれから調べるのですが、ここではDirac作用素の指数を定義して、熱核を調べる動機を説明します。

 初めに例として偶数次元コンパクトスピンリーマン多様体$(M,g)$上の指数について述べます。スピン束とスピノルを
$$ S=S^+\oplus S^-,\ \Gamma(S)\ni\varphi=\varphi^++\varphi^- $$
と分解し、Dirac作用素を
$$ D=\begin{pmatrix} 0 & D^- \\ D^+ & 0 \end{pmatrix} $$
とします。このとき、$D^+\in D_1(S^+,S^-),\ D^-\in D_1(S^-,S^+)$であり、
$$ (D^+\varphi^+,\varphi^-)=(D\varphi^+,\varphi^-)=(\varphi^+,D\varphi^-)=(\varphi^+,D^-\varphi^-) $$
なので、$(D^\pm)^\dagger=D^\mp$となります。また
$$ D^2=\begin{pmatrix} D^-D^+ & 0 \\ 0 & D^+D^- \end{pmatrix} =\begin{pmatrix} \Delta^+ & 0 \\ 0 & \Delta^- \end{pmatrix} $$
となります。

$\lambda\ne0$に対して、$\Delta^+\varphi^+=\lambda\varphi^+$とすると、
$$ \Delta^-D^+\varphi^+=D^+D^-D^+\varphi^+=D^+\Delta^+\varphi^+=\lambda D^+\varphi^+ $$
となるから、$\Delta^\pm$の固有値$\lambda$に関する固有空間を$E(\lambda,\Delta^\pm)$と書くとき、
$$ D^+:E(\lambda,\Delta^+)\to E(\lambda,\Delta^-) $$
となることが分かります。また同様に
$$ D^-:E(\lambda,\Delta^-)\to E(\lambda,\Delta^+) $$
となります。

さらに
$$ D^-D^+|_{E(\lambda,\Delta^+)}=\Delta^+|_{E(\lambda,\Delta^+)}=\lambda\ \textrm{id}|_{E(\lambda,\Delta^+)} $$
であり、$\lambda\ne0$であるから、$(D^+)^{-1}=\frac{1}{\lambda}D^-$となります。よって同型
$$ E(\lambda,\Delta^+)\simeq E(\lambda,\Delta^-) $$
が分かります。

このことから$\Delta^+,\Delta^-$の0でない固有値に関する固有空間の次元は完全に一致することが分かりました。しかしこれまでの議論からは0固有値、すなわち$\ker\Delta^\pm$については何も分かりません。そこで、$ \ker\Delta^\pm=\ker D^\pm$であることから、$D$の指数を次のように定義します。

$$ \textrm{ind}(D):=\textrm{dim}_\mathbb{C}\ker D^+-\textrm{dim}_\mathbb{C}\ker D^-(=\textrm{dim}_\mathbb{C}\ker\Delta^+-\textrm{dim}_\mathbb{C}\ker\Delta^-) $$

コンパクト自己随伴作用素$P$に対して、その熱核$e^{-tP}$が定義され、$\textrm{tr}(P)=\sum_{i=1}^\infty e^{-t\lambda_i}$$\lambda_i$$P$の固有値たち)となります。ここで$\{\lambda_i\}$$\Delta^+$の(重複度込みの)固有値全体、$\{\mu_i\}$$\Delta^-$の(重複度込みの)固有値全体とすると
\begin{align} \textrm{tr}(e^{-t\Delta^+})-\textrm{tr}(e^{-t\Delta^-})&=\sum_{i=1}^\infty e^{-t\lambda_i}-\sum_{i=1}^\infty e^{-t\mu_i}\\ &=\textrm{dim}_\mathbb{C}\ker D^+\sum_{\lambda_i>0}e^{-t\lambda_i}-\textrm{dim}_\mathbb{C}\ker D^--\sum_{\mu_i>0}e^{-t\mu_i}\\ &=\textrm{ind}(D) \end{align}
となります。

この式を見ると左辺は$t$に依存してそうに見えますが実は依存しないことが分かります。従って左辺の$t=0$の極限値を計算すれば$\textrm{ind}(D)$を求めることができるはずです。よって$\Delta^\pm$の熱核(のトレース)の$t=0$付近での漸近展開を調べることになります。

上で述べたDirac作用素の指数はより一般にDirac型作用素の指数として議論できます。
$M$をコンパクト多様体とし、$E,F$$K(=\mathbb{R},\mathbb{C})$ベクトル束とし、$D\in D_1(E,F)$をDirac型の微分作用素とします。このとき、
\begin{align} \Delta^+:=D^\dagger D\in D_2(E,E)\\ \Delta^-:=D D^\dagger\in D_2(F,F) \end{align}
はLaplace型の微分作用素となります。

$\varphi\in\ker\Delta^+$のとき、$0=(\Delta^+\varphi,\varphi)=||D\varphi||^2$となり$D\varphi=0$となるので、$\ker\Delta^+=\ker D$となります。同様に$\ker\Delta^-=\ker D^\dagger$となります。 Dirac作用素による固有空間分解 で示したのと同様にコンパクト多様体上の形式的自己随伴Dirac型作用素もコンパクト自己随伴作用素となりスペクトル分解定理が成り立つので、$\ker D^\pm$は有限次元となります。よって以下のように定義します。

$M$をコンパクト多様体とし、$E,F$$K(=\mathbb{R},\mathbb{C})$ベクトル束とし、$D\in D_1(E,F)$をDirac型の微分作用素とするとき、$D$の指数を
$$ \textrm{ind}(D):=\textrm{dim}_K\ker D-\textrm{dim}_K\ker D^\dagger $$
と定義する。

上で説明した偶数次元スピン多様体上のDirac作用素以外のDirac型作用素の指数の例を見てみます。

$\textrm{ind}(D)=0$になる自明な例

$D\in D_1(E,E)$が自己随伴Dirac型作用素ならば、$D^\dagger=D$だから$\textrm{ind}(D)=0$である。

$\textrm{ind}(D)$がEuler数になる例

$E=\bigoplus_{k:even}\Lambda^k(M),F=\bigoplus_{k:odd}\Lambda^k(M)$とし、$D=d+d^\dagger:E\to F$とする。このとき、$\ker D=\ker\Delta^+=\bigoplus_{k:even}H^k_{dR}(M),\ker D^\dagger=\ker\Delta^-=\bigoplus_{k:odd}H^k_{dR}(M)$である。よって$\textrm{ind}(D)=\sum_i(-1)^k\textrm{dim}H^k_{dR}(M)=\chi(M)$

Euler数の例以外にも$E,F,D$を適切に設定することで$D$の指数として符号数やHodge数などの位相不変量を得ることができます。Dirac型作用素の指数は解析的に定義されるので解析的指数とも呼ばれ、多様体の位相不変量は位相的指数とも呼ばれます。指数定理はDirac型作用素の解析的指数と多様体の位相的指数が一致することを主張する定理で、Dirac型作用素の解析的指数が特性類の積分で書かれます。指数定理は20世紀幾何学の最大の成果と言われることもあるようです。

投稿日:39
更新日:39

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Submersion
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専門は相対論やLorentz幾何です。Einstein系の厳密解の構成や接触幾何の応用などの研究をしています。Ph.D保有者の中ではクソ雑魚の部類です。

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