スピン幾何における解析学
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convention
$M:$コンパクトリーマンスピン多様体
$S:$スピノル束
$\langle\cdot,\cdot\rangle:S$のSpin不変内積
$\Gamma(S):S$の滑らかな切断
$C^s(S):S$の$C^s$級の切断
$D_k(S):\Gamma(S)$から$\Gamma(S)$への$k$階の微分作用素
$L^2(S):S$の切断が作るHilbert空間
$H_k(S):S$の切断が作る$k$次のSobolev空間
Dirac作用素$S\in D_1(S)$に対して、その拡張$\bar D:H_1(S)\to L^2(S)$は自己随伴作用素です。ここでは$\bar D$の固有空間による$L^2(S)$の直交直和分解を論じます。 随伴作用素についてのいくつかの基本事項 に述べた事項を適宜使います。
$-1\notin spec(\bar D^2)$なので、
$$
\bar D^2+1:dom(\bar D^2+1)\to L^2(S)
$$
は可逆であり、
$$
(\bar D^2+1)^{-1}:L^2(S)\to dom(\bar D^2+1)\subset L^2(S)
$$
は有界作用素となります。このとき次の補題が成り立ちます。
$(\bar D^2+1)^{-1}$はコンパクト自己随伴作用素である。
$(\bar D^2+1)^{-1}$は有界作用素であるから、$||(\bar D^2+1)^{-1}u||^2_{L^2}\le C_0||u||_{L^2}$となる。よって楕円型評価を使うと
$$
\begin{align}
||(\bar D^2+1)^{-1}u||^2_{H_1}&\le C_1(||\bar D(\bar D^2+1)^{-1}u||^2_{L^2}+||(\bar D^2+1)^{-1}u||^2_{L^2})\\
&\le C_1(||\bar D(\bar D^2+1)^{-1}u||^2_{L^2}+C_0||u||^2_{L^2})\\
&\le C_1((\bar D(\bar D^2+1)^{-1}u,\bar D(\bar D^2+1)^{-1}u)_{L^2}+C_0||u||^2_{L^2})\\
&\le C_1((\bar D^2(\bar D^2+1)^{-1}u,(\bar D^2+1)^{-1}u)_{L^2}+C_0||u||^2_{L^2})\\
&\le C_1(((\bar D^2+1)(\bar D^2+1)^{-1}u-(\bar D^2+1)^{-1}u,(\bar D^2+1)^{-1}u)_{L^2}+C_0||u||^2_{L^2})\\
&\le C_1((u,(\bar D^2+1)^{-1}u)_{L^2}+||(\bar D^2+1)^{-1}u||^2_{L^2}+C_0||u||^2_{L^2})\\
&\le C_1(||u||_{L^2}||(\bar D^2+1)^{-1}u||_{L^2}+2C_0||u||^2_{L^2})\\
&\le C_1(\sqrt{C_0}||u||^2_{L^2}+2C_0||u||^2_{L^2})\\
&\le C||u||^2_{L^2}
\end{align}
$$
となる。
よってRellich埋め込み定理より、$(\bar D^2+1)^{-1}:L^2(S)\to H_1(S)\hookrightarrow H_0(S)=L^2(S)$はコンパクト作用素である。
また$\bar D$が自己随伴であることから$(\bar D^2+1)^{-1}$も自己随伴である。
$K:=(\bar D^2+1)^{-1}$はコンパクト自己随伴作用素であるから、直交直和分解
$$
L^2(S)=\overline{\bigoplus_{n\in\mathbb{N}}E(\mu_n,K)}
$$
が成り立ちます。さらに
$$
\begin{align}
&u\in E(\mu_n,K)\\
\Leftrightarrow
&(\bar D^2+1)^{-1}u=\mu_n u\\
\Leftrightarrow &\bar D^2 u=\left(\frac{1}{\mu_n}-1\right)u
\end{align}
$$
であることと、
$$
\bar D^2 (\bar Du)=\left(\frac{1}{\mu_n}-1\right)(\bar Du)
$$
より、$\bar D$は$E(\mu_n,K)$上に制限すれば、直交直和分解
$$
E(\mu_n,K)=E(\lambda_n,\bar D)\oplus E(-\lambda_n,\bar D),\ \lambda_n=\sqrt{\frac{1}{\mu_n}-1}
$$
を与えることが分かります。従って次の定理が得られました。
$M$をコンパクトリーマンスピン多様体とする。拡張されたDirac作用素$\bar D:H_1(S)\to L^2(S)$はコンパクト自己随伴作用素であり、そのスペクトルは全て固有値である。また固有値$\lambda_n$は$|\lambda_n|\to\infty\ (n\to\pm\infty)$である。そして各$E(\lambda_n,\bar D)$は有限次元であり、直交直和分解
$$
L^2(S)=\overline{\bigoplus_{n\in\mathbb{Z}} E(\lambda_n,\bar D)}
$$
が成り立つ。
上の証明において、$E(\mu_n,K)=E(\lambda_n,\bar D)\oplus E(-\lambda_n,\bar D)$と分解しましたが、$E(\pm\lambda_n,\bar D)$のどちらかが$\{0\}$である可能性があります。従って、ある$N$があって$n>N$に対して、常に$E(\lambda_n,\bar D)=\{0\}$あるいは$E(-\lambda_n,\bar D)=\{0\}$が成り立っている可能性は排除しきれていないため、$\bar D$の固有値が上下に非有界であることは示せてません。しかし実はコンパクト多様体上のDirac作用素の固有値は上下に非有界であることが知られています。エータ関数を使う証明が知られてるようですが私はよく理解していません。もっと簡単に示せるといいのですが。