やぁやぁ皆さん.陽袮 柊です.
前回の記事
では「直積」の概念を圏のレベルで定義し,そこからの考察として「余積」という積の双対概念がごく自然に現れることを最後に見ました.具体的にはどんな数学的対象がその圏における余積になっているのかの考察を宿題としてましたが,やってくれた人はいるんでしょうかね.
今回の記事では,まず,この余積が具体的な圏ではどんなものになっているのかをご紹介し,そこから,様々な数学的対象を同様の考察により定め,より豊かな話をしていこうと思います.
もちろん,この記事でも$0 \in \N$とします.当たり前です.自然数は0から始まるのです.
少しだけ復習をしておくと,圏$\C$の対象$X$, $Y$の余積 (coproduct) とは,$\C$の反対圏$\C\op$での$X$, $Y$の積$(C, (i\op, j\op))$を$\C$に戻してきた$(C, (i, j))$のことでした.これらを図で表すと次のようになります:
$$ \xymatrix @C=20pt{ & {^{\forall} A} \ar@/_10pt/[ldd]_{^{\forall} f\op} \ar@/^10pt/[rdd]^{^{\forall}g\op} \ar@[red][d]|{\color{red}{^{\exists!} u\op}} & & & & {^{\forall} A} &\\ & C \ar[ld]^{i\op} \ar[rd]_{j\op} & & \xleftrightarrow[\quad\quad\quad]{\mathrm{op}} & & C \ar@[red][u]|{\color{red} {^{\exists!} u}} & \\ X & & Y & & X \ar[ru]_i \ar@/^10pt/[ruu]^{^{\forall} f} & & Y \ar[lu]^j \ar@/_10pt/[luu]_{^{\forall} g} }$$
この図は,左が$\C\op$での図で,右が$\C$での図です.余積もこの意味で普遍性をもっているわけですが,積が持っている普遍性とは射の向きがすべて反対になっていることに注意してください.
なお,上の図での$(A, (f, g))$は,錐の双対ということで余錐 (cocone) とよばれます.錐の脚は頂点からの射たちですが,余錐の脚は頂点への射たちです.
「$A$を頂点とする$X$, $Y$上の余錐」を英訳すると「a cocone over $X$, $Y$ with summit $A$」となりますが,cocone という語を使わない別の表現として「a cone under $X$, $Y$ with nadir $A$」というものもあります.前者の表現では,$(A, (f \colon X \to A, \, g \colon Y \to A))$を左下の図のように「錐の射の向きを反対にしただけのもの」として認識していて,後者の表現では,右下の図のように「射はすべて下へ向かうように表したい」という感情が現れていると思います:
$$ \xymatrix @C=20pt{ & A & & & X \ar[rd]_f& & Y \ar[ld]^g \\ X \ar[ru]^f & & Y \ar[lu]_g & & & A & }$$
どちらの表現を使うかは好みの問題なのですが,後者の表現のしっくりくる和訳が思いつかないので,この記事では前者の表現を採用することとします.良い表現を思いつかれた方はぜひコメントを残して共有してください.
では,余積の具体例を見てみましょう.
$X$, $Y$を$\Set$の対象とします.そこで,直和集合$X \sqcup Y$を考え,$i \colon X \inc X \sqcup Y$, $j \colon Y \inc X \sqcup Y$を包含写像としましょう.じつは,$(X \sqcup Y, (i, j))$は余積の普遍性をみたします.確認してみましょう.
$X$, $Y$上の余錐$(A, (f, g))$を任意にとります.これに対して,$u \circ i = f$かつ$u \circ j = g$をみたす写像$u \colon X \sqcup Y \to A$がただ1つ存在するかどうかを見るわけですが,あるとしたらどんな写像になるでしょうか?#1の時と同様,少し考えてみたください.
$$ \xymatrix @C=15pt{ & {^{\forall} A} & \\ & X \, \sqcup \, Y \ar@[red][u]|{\color{red} {^{\exists!} u}} & \\ X \ar@{^{(}-{>}}[ru]_i \ar@/^10pt/[ruu]^{^{\forall} f} & & Y \ar@{^{(}-{>}}[lu]^j \ar@/_10pt/[luu]_{^{\forall} g} }$$
さて,$u$がどんな写像なのか分かったでしょうか.答えは,次のように定まる写像です:
$$ u(z) \coloneqq \begin{cases} f(z) & (z \in X), \\ g(z) & (z \in Y). \end{cases} $$
$X \sqcup Y$は一般にはただの和集合$X \cup Y$と異なり,$z \in X \sqcup Y$がもともと$X$に属していたものなのか$Y$に属していたものなのかがはっきりと分かるということに注意してください.
つまり,直積集合の双対は直和集合なのです!
いま,余積は2つの対象の場合についてしか考えていませんが,あとで定めるように,もちろん族に対しても定義されて,集合$\varLambda$を添字集合とする集合族$(X_\lambda)_{\lambda \in \varLambda}$の直和集合と包含写像たちは,先と同様の理由により余積の普遍性をみたします.よく,この集合は$\coprod_{\lambda \in \varLambda} X_\lambda$と表されますが,なぜ直積集合$\prod_{\lambda \in \varLambda} X_\lambda$の「$\prod$」をひっくり返した記号を使うかというと,双対概念だからです.
ちなみに,$\LaTeX$では「$\prod$」は$\mathtt{\backslash prod}$で「$\coprod$」は$\mathtt{\backslash coprod}$で出力されます.
こういった理由から,余積はしばしば和 (sum) とよばれます.
$\C$を圏,$\varLambda$を集合,$(X_\lambda)_{\lambda \in \varLambda}$を$\varLambda$を添字集合とする$\C$の対象の族とする.このとき,$\C\op$における$(X_\lambda)_{\lambda \in \varLambda}$上の錐$(A, (f\op \colon A \to X_\lambda)_{\lambda \in \varLambda})$を$\C$へ戻した$(A, (f \colon X_\lambda \to A)_{\lambda \in \varLambda})$を$(X_\lambda)_{\lambda \in \varLambda}$上の余錐 (cocone) という.
そして,$\C\op$における$(X_\lambda)_{\lambda \in \varLambda}$の積$(C, ({i_\lambda}\op \colon C \to X_\lambda)_{\lambda \in \varLambda})$を$\C$へ戻した$(C, (i_\lambda \colon X_\lambda \to C)_{\lambda \in \varLambda})$を$(X_\lambda)_{\lambda \in \varLambda}$の余積 (coproduct),または,和 (sum) とよび,$C$を$\coprod_{\lambda \in \varLambda} X_\lambda$と表す.そして,$(i_\lambda \colon X_\lambda \to C)_{\lambda \in \varLambda}$を余射影 (coprojections) とよぶ.
つまり,次の普遍性をみたす$(X_\lambda)_{\lambda \in \varLambda}$上の余錐$(C, (i_\lambda \colon X_\lambda \to C)_{\lambda \in \varLambda})$が,$(X_\lambda)_{\lambda \in \varLambda}$の余積である:
$$ \xymatrix @C=20pt{ & {^{\forall} A} \\ & \coprod\limits_{\lambda \in \varLambda} X_\lambda \ar@[red][u]_{\color{red} {^{\exists!} u}} \\ X_\lambda \ar[ru]_{i_\lambda} \ar@/^10pt/[ruu]^{^{\forall} f_\lambda} & }$$
なお,$|\varLambda| = n$となる正の整数$n$が存在するとき,$\varLambda \eqqcolon \{\lambda_0, \, \ldots, \, \lambda_{n-1}\}$として,$\coprod_{\lambda \in \varLambda} X_\lambda$を$X_{\lambda_0} \sqcup \cdots \sqcup X_{\lambda_{n-1}}$と表すこともある.
他の圏における余積も見てみましょう.
$\Top$の対象$(X, \O_X)$, $(Y, \O_Y)$の余積はたとえばどんなものになるでしょうか.ひとまず,$\Set$と似たことが起きると予想して,その余錐の頂点の土台となる集合を直和集合$X \sqcup Y$とし,脚は包含写像$i \colon X \inc X \sqcup Y$, $j \colon Y \inc X \sqcup Y$としてみます.#1でおこなった議論と同様に,$i$, $j$が連続となって,さらに余積の普遍性をみたすような位相$\O$を$X \sqcup Y$に入れてみましょう.
まず,$i$, $j$を連続としたいのですから,任意の$W \in \O$について$i^{-1}(W) \in \O_X$, $j^{-1}(W) \in \O_Y$がどちらも成り立たなければなりません.$i$, $j$が$X \sqcup Y$への包含写像であることに注意すると,$W$はある$U \in \O_X$, $V \in \O_Y$によって$W = U \sqcup V$と表されていなければなりません.
そして,普遍性をみたさなければならないので,$(X, \O_X)$, $(Y, \O_Y)$上の任意の余錐$((A, \O_A), (f, g))$に対して,$\Set$での話からただ1つ存在する写像
$$
u \colon X \sqcup Y \to A; \, z \mapsto \begin{cases}
f(z) & (z \in X), \\
g(z) & (z \in Y)
\end{cases}
$$
が連続にならなければなりません.そのためには,$\O_A$の元の$u$による逆像がすべて$\O$に属さなければならないので,$\O$はなるべく強い位相にしておいたほうがよいです.先の議論から$\O \subseteq \{ U \sqcup V \mid U \in \O_X, \, V \in \O_Y\}$は分かっていて,この右辺は位相の公理をみたすので,$\O = \{ U \sqcup V \mid U \in \O_X, \, V \in \O_Y\}$であれば都合がよく,実際,この位相が$X \sqcup Y$に入ると,余積の普遍性がみたされます.
以上により,$\O \coloneqq \{ U \sqcup V \mid U \in \O_X, \, V \in \O_Y\}$とすると,$((X \sqcup Y, \O), (i, j))$は$(X, \O_X)$, $(Y, \O_Y)$の余積となります.こういった理由から,$\O$は$\O_X$, $\O_Y$の直和位相と,$(X \sqcup Y, \O)$は$(X, \O_X)$, $(Y, \O_Y)$の直和(位相)空間とよばれます.位相空間の族についても同様です.
$$ \xymatrix @C=15pt{ & {^{\forall} (A, \, \O_A)} & \\ & (X \, \sqcup \, Y, \, \O) \ar@[red][u]|{\color{red} {^{\exists!} u}} & \\ (X, \, \O_X) \ar@{^{(}-{>}}[ru]_i \ar@/^10pt/[ruu]^{^{\forall} f} & & (Y, \, \O_Y) \ar@{^{(}-{>}}[lu]^j \ar@/_10pt/[luu]_{^{\forall} g} }$$
$\Vect_K$の対象$(V, +_V, \cdot_V)$, $(W, +_W, \cdot_W)$の余積はどうなるでしょうか.積の場合では,$\Top$での話と同じように直積集合$V \times W$に代数構造を入れていたので,今回も$\Top$での話と同じように直和集合$V \sqcup W$に代数構造を入れればよいのではないかとはじめは思うかもしれませんが,それではうまくいきません.なぜかというと,$V \sqcup W$に代数構造を入れるということは,結局のところ,任意の$v \in V$と$w \in W$とについて$v + w \in V \sqcup W$を定めるということになりますが,これでは$v + w \in V$なのか$v + w \in W$なのかを決めなければならないのです.かなり微妙な気がしないでしょうか.
しかたがないので,$V \sqcup W$に代数構造をいれることは諦めましょう.しかし,余積自体は諦めたくないので,別の余錐を考えてみることにします.余積の頂点の候補として,$V \sqcup W$のように,$V$と$W$とをある意味で含んでいるような空間を考えてみると余射影を構成しやすいはずなので,そうしてみましょう.$V \sqcup W$以外に$V$, $W$を含んでいるような大きい集合で真っ先に思いつくのは$V \times W$ではないでしょうか.実際,
\begin{gather}
i \colon (V, +_V, \cdot_V) \inc (V \times W, +, \cdot); \, v \mapsto (v, 0), \\
j \colon (W, +_W, \cdot_W) \inc (V \times W, +, \cdot); \, w \mapsto (0, w)
\end{gather}という埋め込み(つまり,単射準同型)が自然に思いつきます.
じつは,$((V \times W, +, \cdot), (i, j))$は余積の普遍性をみたします.少し確認してみると,$(V, +_V, \cdot_V)$, $(W, +_W, \cdot_W)$上の任意の余錐$((A, +_A, \cdot_A), (f, g))$に対して
$$
u \colon (V \times W, +, \cdot) \to (A, +_A, \cdot_A); \, (v, w) \mapsto f(v) +_A g(w)
$$
という$K$線形写像を考えれば,これが$u \circ i = f$と$u \circ j = g$とをみたすただ1つの射になります.$(V \times W, +, \cdot)$は,$(V, +_V, \cdot_V)$, $(W, +_W, \cdot_W)$の積の頂点であるだけでなく,余積の頂点でもあったのです!
$$ \xymatrix @C=15pt{ & {^{\forall} (A, \, +_A, \, \cdot_A)} \ar@[blue]@<0.5ex>@/_20pt/[ldd]^{\color{blue} \forall} \ar@[blue]@<-0.5ex>@/^20pt/[rdd]_{\color{blue} \forall} \ar@[blue]@{.>}@<0.5ex>[d]^{\color{blue} \exists!} \\ & (V \, \times \, W, \, +, \, \cdot) \ar@[blue]@<0.5ex>[ld]^{\color{blue} \mathrm{pr}_V} \ar@[blue]@<-0.5ex>[rd]_{\color{blue} \mathrm{pr}_W} \ar@[red]@{.>}@<0.5ex>[u]^{\color{red} \exists!} & \\ (V, \, +_V, \, \cdot_V) \ar@[red]@<0.5ex>[ru]^{\color{red} i} \ar@[red]@<0.5ex>@/^20pt/[ruu]^{\color{red} \forall} & & (W, \, +_W, \, \cdot_W) \ar@[red]@<-0.5ex>[lu]_{\color{red} j} \ar@[red]@<-0.5ex>@/_20pt/[luu]_{\color{red} \forall} }$$
話を広げて,集合$\varLambda$を添字集合とする$\Vect_K$の対象の族$((V_\lambda, +_\lambda, \cdot_\lambda))_{\lambda \in \varLambda}$の余積は,$|\varLambda| < \infty$なら,先の場合と同様で直積空間$(\prod_{\lambda \in \varLambda} V_\lambda, +, \cdot)$を頂点にもちますが,$|\varLambda| = \infty$だと,普遍性の議論で登場する$u$が無限和をとる射になってしまうので,有限和にするために,直積空間の部分空間として
$$
\left\{ (v_\lambda)_{\lambda \in \varLambda} \in \prod_{\lambda \in \varLambda} V_\lambda \relmid{|} |\{\lambda \in \varLambda \mid v_\lambda \ne 0\}| <\infty \right\}
$$
を土台とする空間を考えれば,それが余積の頂点になります.この集合はよく$\bigoplus_{\lambda \in \varLambda} V_\lambda$と表され,$(\bigoplus_{\lambda \in \varLambda} V_\lambda, +, \cdot)$は$((V_\lambda, +_\lambda, \cdot_\lambda))_{\lambda \in \varLambda}$の直和(ベクトル)空間とよばれます.もちろん,$|\varLambda| < \infty$なら$\bigoplus_{\lambda \in \varLambda} V_\lambda = \prod_{\lambda \in \varLambda} V_\lambda$です.
なお,これは$R \text{-} \Mod$や$\Ab$でも同じです.
$\Grp$の対象$(G, \cdot_G)$, $(H, \cdot_H)$の余積も考えてみましょう.なお,両者の単位元は$e$と表すことにします.$\Vect_K$での話と同様の理由から,直和集合$G \sqcup H$に演算を入れようとするとうまくいきません.また,直積群$(G \times H, \cdot_\times)$と上で考えたような埋め込み$i \colon (G, \cdot_G) \inc (G \times H, \cdot_\times); \, g \mapsto (g, e)$, $j \colon (H, \cdot_H) \inc (G \times H, \cdot_\times); \, h \mapsto (e, h)$を考えても,$((G \times H, \cdot_\times), (i, j))$は余積の普遍性をみたしません.なぜなら,$(G, \cdot_G)$, $(H, \cdot_H)$上の任意の余錐$((A, \cdot_A), (\varphi, \psi))$に対して,$u \circ i = \varphi$, $u \circ j = \psi$をみたす射$u \colon (G \times H, \cdot_\times) \to (A, \cdot_A)$は,存在するなら$\Vect_K$のときと同じように$u(g, h) = \varphi(g) \cdot_A \psi(h)$となるしかないのですが,$\cdot_A$は可換とは限らないので,$u$は一般には$\Grp$の射とならないのです.
では,いったいどんなものが余積になるのでしょうか.答えを言うと,$(G, \cdot_G)$, $(H, \cdot_H)$の自由積とよばれる群$(G \ast H, \cdot)$と自然な埋め込みたちとの組が余積の普遍性をみたします.
自由積とは,簡単に言えば,$G$, $H$の元たちの形式的な積をすべて考えて得られる群のことです.$G \sqcup H$だとなぜうまくいかなかったのかというと,$g \in G$と$h \in H$との積を$G$, $H$のどちらに属させるのかで困ってしまうからだったわけですが,その問題点をパワーで筋肉解決したものが自由積です.
より正確に定義するなら,まず,$G$, $H$の有限個の元を一列に並べたもの,つまり「語」全体の集合$W$を考えます.たとえば,$g_1, \, g_2, \, g_3 \in G$, $h_1, \, h_2, \, h_3, \, h_4 \in H$について
$$
(g_1, h_1, {h_2}^{-1}, {g_2}^{-1}, g_2, e, h_3, g_3, h_4, h_4)
$$
といった具合のものをすべて集めるわけです.ただし,これは$G \cup H$の元を並べているのではなく,$G \sqcup H$の元を並べています.つまり,各元がもともと$G$の元だったか$H$の元だったかははっきりと区別できることとするのです.また,毎回「$(\quad)$」と「$,$」とをかいていると大変なので,それらは省略しちゃいましょう:
$$ g_1 \, h_1 \, {h_2}^{-1} \, {g_2}^{-1} \, g_2 \, e \, h_3 \, g_3 \, h_4 \, h_4. $$
そして,この$W$に,次のルールを設けます:
上の場合にこのルールを適用すると,
\begin{align}
&\textcolor{white}{\stackrel{(1)}{=}} g_1 \, h_1 \, {h_2}^{-1} \, {g_2}^{-1} \, g_2 \, \textcolor{red}{e} \, h_3 \, g_3 \, h_4 \, h_4 \\
&\stackrel{(1)}{=} g_1 \, h_1 \, {h_2}^{-1} \, \textcolor{red}{{g_2}^{-1} \, g_2} \, h_3 \, g_3 \, \textcolor{red}{h_4 \, h_4} \\
&\stackrel{(2)}{=} g_1 \, h_1 \, {h_2}^{-1} \, \textcolor{red}{e} \, h_3 \, g_3 \, {h_4}^2 \\
&\stackrel{(1)}{=} g_1 \, h_1 \, {h_2}^{-1} \, h_3 \, g_3 \, {h_4}^2
\end{align}
となります.つまりは,上のルールによって作られる$W$上同値関係を考えて,これによる$W$の商集合を考えるということです.この商集合が$G \ast H$です.そして,$G \ast H$上の演算$\cdot$を,任意の$x_1, \, \ldots, \, x_m, \, y_1, \, \ldots, \, y_n \in G \sqcup H$に対して
$$
(x_1 \cdots x_m) \cdot (y_1 \cdots y_n) \coloneqq x_1 \cdots x_m \, y_1 \cdots y_n
$$
と定めると,$(G \ast H, \cdot)$は群になります.これが自由積です.すると,埋め込み
\begin{gather}
i \colon (G, \cdot_G) \inc (G \ast H, \cdot); \, g \mapsto g, \\
j \colon (H, \cdot_H) \inc (G \ast H, \cdot); \, h \mapsto h
\end{gather}が自然に思いつくので,$((G \ast H, \cdot), (i, j))$という$(G, \cdot_G)$, $(H, \cdot_H)$上の余錐が考えられますね.
さて,自由積が余積の普遍性をみたしているかどうかです.$(G, \cdot_G)$, $(H, \cdot_H)$上の任意の余錐$((A, \cdot_A), (\varphi, \psi))$に対して,射$u \colon (G \ast H, \cdot) \to (A, \cdot_A)$を,任意の$k \in G \sqcup H$に対して
$$
u(k) \coloneqq \begin{cases}
\varphi(k) & (k \in G), \\
\psi(k) & (k \in H)
\end{cases}
$$
とし,これにより定まる群準同型と定めます.たとえば,先の$g_1 \, h_1 \, {h_2}^{-1} \, h_3 \, g_3 \, {h_4}^2$を$u$で写すと
\begin{align}
u \left( g_1 \, h_1 \, {h_2}^{-1} \, h_3 \, g_3 \, {h_4}^2 \right)
&= u(g_1)u(h_1)u(h_2)^{-1}u(h_3)u(g_3)u(h_4)^2 \\
&= \varphi(g_1) \psi(h_1) \psi(h_2)^{-1} \psi(h_3) \varphi(g_3) \psi(h_4)^2
\end{align}
となります.この$u$は,$u \circ i = \varphi$と$u \circ j = \psi$とをみたす唯一の射です.以上の話は,群の族についても同様です.
$$ \xymatrix @C=15pt{ & {^{\forall} (A, \, \cdot_A)} & \\ & (G \, \ast \, H, \, \cdot) \ar@[red][u]|{\color{red} {^{\exists!} u}} & \\ (G, \, \cdot_G) \ar@{^{(}-{>}}[ru]_i \ar@/^10pt/[ruu]^{^{\forall} \varphi} & & (H, \, \cdot_H) \ar@{^{(}-{>}}[lu]^j \ar@/_10pt/[luu]_{^{\forall} \psi} }$$
$\Ring$における余積は,$\Grp$でのアナロジーを応用して構成されるそうですが,私はあまり詳しくないので,興味のある方は こちらのリンク先 などをご参照ください.
$\CRing$の対象$(R, +_R, \cdot_R)$, $(S, +_S, \cdot_S)$の余積は,もう長くなるので答えを先に言ってしまうと,$(R, +_R)$, $(S, +_S)$の$\Z \text{-} \Mod$の対象としてのテンソル積$(R \otimes S, +)$をとり,任意の$r_1, \, r_2 \in R$, $s_1, \, s_2 \in S$に対して
$$
(r_1 \otimes s_1) \cdot (r_2 \otimes s_2) \coloneqq r_1r_2 \otimes s_1 s_2
$$
と定めると,$(R \otimes S, +, \cdot)$は可換環になって,これへの射
\begin{gather}
i \colon (R, +_R, \cdot_R) \to (R \otimes S, +, \cdot); \, r \mapsto r \otimes 1, \\
j \colon (S, +_S, \cdot_S) \to (R \otimes S, +, \cdot); \, s \mapsto 1 \otimes s
\end{gather}
を考えれば,$((R \otimes S, +, \cdot), (i, j))$は$(R, +_R, \cdot_R)$, $(S, +_S, \cdot_S)$の余積となります.実際,$(R, +_R, \cdot_R)$, $(S, +_S, \cdot_S)$上の余錐$((A, +_A, \cdot_A), (f, g))$に対して,$u \circ i = f$, $u \circ j = g$をみたす射$u \colon (R \otimes S, +, \cdot) \to (A, +_A, \cdot_A)$は,存在するなら
$$
u(r \otimes s) \coloneqq f(r)g(s) \quad (r \otimes s \in R \otimes S)
$$
により定まるもので,直積環からの$\Z$双線型写像
$$
B \colon (R \times S, +_\times, \cdot_\times) \to (A, +_A, \cdot_A); \, (r, s) \mapsto f(r)g(s)
$$
がありますから,テンセル積の普遍性によりこの射は存在します.
$$ \xymatrix @C=15pt{ & {^{\forall} (A, \, +_A, \, \cdot_A)} & \\ & (R \, \otimes \, S, \, +, \, \cdot) \ar@[red][u]|{\color{red} {^{\exists!} u}} & \\ (R, \, +_R, \, \cdot_R) \ar[ru]_i \ar@/^10pt/[ruu]^{^{\forall} f} & & (S, \, +_S, \, \cdot_S) \ar[lu]^j \ar@/_10pt/[luu]_{^{\forall} g} }$$
$$ \xymatrix @C=30pt{ (R \, \times \, S, \, +_\times, \, \cdot_\times) \ar[d]_{{-} \, \otimes \, {-}}^{\Z \text{双線型}} \ar[r]^B_{\Z\text{双線型}} & (A, \, +_A, \, \cdot_A) \\ (R \, \otimes \, S, \, +, \, \cdot) \ar@[red][ru]_{\color{red} u} & }$$
一般に,$\CRing$の対象の族$((R_\lambda, +_\lambda, \cdot_\lambda))_{\lambda \in \varLambda}$の余積も存在しますが,この記事で扱う範囲を若干超えてしまうので扱いません.ざっくりと言えば,$|\varLambda| < \infty$での話をそのまま拡張してしまうと,$\Vect_K$のときと同じように,余積の普遍性により一意に存在する射が無限積をとるものになってしまうので,$(r_\lambda)_{\lambda \in \varLambda} \in \prod_{\lambda \in \varLambda} R_\lambda$のテンソル積$\bigotimes_{\lambda \in \varLambda} r_\lambda$を考えたときに,有限個の$r_\lambda$を除いて$r_\lambda = 1$となるようなもの全体を構成すれば,$u \left( \bigotimes_{\lambda \in \varLambda} r_\lambda \right)$が実質的に有限積になるので問題が無くなり,余積となるといった流れです.詳しく知りたい方は こちらのリンク などをご参照ください.
$(P, \leqslant)$を順序集合とし,これを圏と見なします.この圏における対象$x$, $y$の積は$\inf{\{x, y\}}$で,これを,交わりとよんで,$x \wedge y$と表すのでした.
では,$x$, $y$の余積はどうなるでしょうか.これは,積で考えた図の矢印の向き,つまり,大小関係がすべて逆転するので,$\inf{\{x, y\}}$ではなく$\sup{\{x, y\}}$が余積の頂点となります.これは$x$, $y$の結び (join) とよばれ,$x \vee y$と表されます.
$$ \xymatrix @C=20pt{ & {^{\forall} a} & \\ & x \, \vee \, y \ar@[red][u]|{\color{red}\exists} & \\ x \ar[ru] \ar@/^10pt/[ruu] & & y \ar[lu] \ar@/_10pt/[luu] }$$
2つの関数$f, \, g \colon \R \rightrightarrows \R$に対して,関数$f \vee g \colon \R \to \R$を$(f \vee g)(x) \coloneqq \max{\{f(x), g(x)\}}$($x \in \R$)により定めることがありますが,この記法は前述のことに由来します.
具体例として,$S$を集合とし,$(\mathcal{P}(S), \subseteq)$という順序集合を考えると,この圏の対象$X$, $Y$の結び$X \vee Y$は和集合$X \cup Y$となります.
また,整除関係$\mid$による$(\N, \mid)$という順序集合のなす圏の対象$x$, $y$の結びは,$x$, $y$に割りきられるもののうち最小のものなので,最小公倍数$\mathop{\mathrm{lcm}}{(x, y)}$になります.
圏$(P, \leqslant)$の対象の族$(x_\lambda)_{\lambda \in \varLambda}$の場合も,その余積の頂点は$\sup_{\lambda \in \varLambda} {x_\lambda}$で,これは$\bigvee_{\lambda \in \varLambda} x_\lambda$と表され,$(x_\lambda)_{\lambda \in \varLambda}$の結びとよばれます.
ここで,話を一般の圏$\C$に戻し,$\C$の対象の族として空族$(X_\lambda)_{\lambda \in \emptyset}$の余積$(C, (i_\lambda \colon X_\lambda \to C)_{\lambda \in \emptyset})$について考えてみましょう.空族の積のときの話と同様に,余錐の脚に関する情報は無いに等しいので,そういったものを削ぎ落としていくと,$(X_\lambda)_{\lambda \in \emptyset}$の余積とは,次の普遍性をもつ$\C$の対象$C$のこととなります:
この$C$は$\C$の始対象 (initial object) とよばれ「無の和をとる」という意味でよく$0$と表されます.
$\Set$の始対象$0$は,空集合$\emptyset$のことです.任意の集合$A$に対して,空写像$\emptyset \to A$がただ1つ存在しますからね.(終対象のときと同様に,始対象を$0$と表す説明は「0元集合が$\Set$の始対象となるから$0$と表す」というもののほうが妥当です.)
$\Top$においても同様です.
$\Vect_K$の始対象$0$は零ベクトル空間$(\{0\}, +, \cdot)$です.実際,$\Vect_K$の任意の対象$(V, +_V, \cdot_V)$に対して,$\Vect_K$の射$0 \to (V, +_V, \cdot_V)$は,零ベクトルを零ベクトルに写さなければならないので,$0 \mapsto 0$というものしかありません.
$\Grp$, $R \text{-} \Mod$, $\Ab$でも同様です.これらの圏では,終対象$1$も単位元のみからなる自明なものでしたから,この意味で「$1 = 0$」が成り立ちますね.
$\Ring$の始対象は,$\Vect_K$などと同じような1元のみの零環ではありません.$\Ring$の射は零元を零元に写すだけでなく,乗法単位元を乗法単位元に写さなければならないですから,零環からの射は零環へのものしかありません.
では,$\Ring$の始対象はいったいなんなのか.じつは,有理整数環$(\Z, +, \cdot)$が該当します.実際,$\Ring$の任意の対象$(A, +_A, \cdot_A)$に対して,$\Ring$の射$u \colon (\Z, +, \cdot) \to (A, +_A, \cdot_A)$があったとすると,まず,$u(0) = 0_A$, $u(1) = 1_A$で,任意の正の整数$n$について
\begin{gather}
u(n) = u(\underbrace{1 + \cdots + 1}_n) = \underbrace{u(1) +_A \cdots +_A u(1)}_n = n \, u(1) = n 1_A,\\
u(-n) = -u(n) = -(n 1_A) = (-n) 1_A
\end{gather}
と,$u$による写し方は一意に定まりますし,写像$u \colon \Z \to A; \, n \mapsto n 1_A$はもちろん$\Ring$の射となりますから,始対象の普遍性をみたします.
もちろん,このことは$\CRing$でも同じです.
順序集合$(P, \leqslant)$を圏と見なすと,この圏の終対象は$\max{P}$で,$\top$と表すのでした.それと同様の議論をすれば,この圏の始対象は最小元$\min{P}$だと分かります.そして,これは「$\top$」の上下を逆さにして$\bot$と表されたりします.
ちなみに,$\LaTeX$では「$\top$」は$\mathtt{\backslash top}$で「$\bot$」は$\mathtt{\backslash bot}$で出力されます.こういう遊び心は個人的に好きです.
$S$を集合とし,$(\mathcal{P}(S), \subseteq)$という順序集合のなす圏を考えると,この圏では$\bot = \emptyset$です.
また,圏$(\N, \mid)$での$\bot$とは,すべての自然数を割りきる自然数のことですから,1となります.始対象を$0$と表すのであれば,またしても「$0 = 1$」が成り立ちますね.
前回と今回とでは(余)積を考えてきましたが,これがどんなものであるかを復習すると,圏の対象をいくつかもってきて固定し,もう1つの対象と,これとそれらとの間の射をまとめたものを(余)錐とよび,そのうち普遍性を持つものが(余)積なのでした.
$$ \xymatrix @C=15pt{ & & & & {\color{lightgray} \bullet} \ar@[lightgray]@/_15pt/[lllddd]_{\colorbox{white}{$\color{lightgray} \cdots$}} \ar@[lightgray]@/_10pt/[llddd] \ar@[lightgray]@/_5pt/[lddd] \ar@[lightgray][ddd] \ar@[lightgray]@/^5pt/[rddd]^{\color{lightgray} \cdots} \ar@[lightgray]@{.>}[ldd] & & \\ & & {\color{gray} \bullet} \ar@[gray]@/_5pt/[ldd]_{\color{gray} \cdots} \ar@[gray][dd] \ar@[gray]@/^5pt/[rdd] \ar@[gray]@/^10pt/[rrdd] \ar@[gray]@/^15pt/[rrrdd]^{\color{gray} \cdots} \ar@[gray]@{.>}[rd] & & & & \\ & & & \colorbox{white}{$\prod\limits_{\lambda \in \varLambda} X_\lambda$} \ar@/_10pt/[lld]^{p_\iota} \ar@/_5pt/[ld]^{p_\kappa} \ar[d]|{p_\lambda} \ar@/^5pt/[rd]_{p_\mu} \ar@/^10pt/[rrd]_{p_\nu} & & & \\ \cdots & X_\iota & X_\kappa & X_\lambda & X_\mu & X_\nu & \cdots }$$
この場合,固定されている対象たちと(余)錐の頂点とは繋がりを持っていますが,固定されている対象たちの間には繋がりがなにも無く,離散的です.ここに繋がりを持たせてみるとどんなことが起きるでしょうか.たとえば,2つの対象$X$, $Y$の間に2つの射$s, \, t \colon X \rightrightarrows Y$を入れてみて,これ上の(余)錐を考えるだとか,3つの対象$X$, $Y$, $Z$の間に2つの射$X \xrightarrow[]{s} Y \xleftarrow[]{t} Z$を入れてみて,これ上の(余)錐を考えてみるだとか,可算無限個の対象$X_0$, $X_1$, $X_2$, ...の間に可算無限個の射$X_0 \xleftarrow[]{s_0} X_1 \xleftarrow[]{s_1} X_2 \xleftarrow[]{s_2} \cdots$を入れてみて,これ上の(余錐)を考えてみるだとか,固定する対象たちの間に繋がりを入れてみようとすると,より様々な(余)積の類似を構成できます:
$$ \xymatrix { X \ar@<0.5ex>[r]^s \ar@<-0.5ex>[r]_t & Y }$$
$$ \xymatrix { & X \ar[d]^s \\ Z \ar[r]_t & Y }$$
$$ \xymatrix { X_0 & X_1 \ar[l]_{s_0} & X_2 \ar[l]_{s_1} & X_3 \ar[l]_{s_2} & X_4 \ar[l]_{s_3} & \cdots \ar[l]_{s_4} }$$
次回の記事では,こういった様々な図の上の(余)錐を考えて,そのうち普遍性を持つものはどんなものかということをいくつかピックアップしてご紹介しようと思います.
ここまでご覧くださりありがとうございました!