やぁやぁ皆さん.陽袮 柊です.
前回の記事
では「直積」の概念を圏のレベルで定義し,そこからの考察として「余積」という積の双対概念がごく自然に現れることを最後に見ました.具体的にはどんな数学的対象がその圏における余積になっているのかの考察を宿題としてましたが,やってくれた人はいるんでしょうかね.
今回の記事では,まず,この余積が具体的な圏ではどんなものになっているのかをご紹介し,そこから,様々な数学的対象を同様の考察により定め,より豊かな話をしていこうと思います.
もちろん,この記事でもとします.当たり前です.自然数は0から始まるのです.
余積の具体的な様相
少しだけ復習をしておくと,圏の対象, の余積 (coproduct) とは,の反対圏での, の積をに戻してきたのことでした.これらを図で表すと次のようになります:
この図は,左がでの図で,右がでの図です.余積もこの意味で普遍性をもっているわけですが,積が持っている普遍性とは射の向きがすべて反対になっていることに注意してください.
なお,上の図でのは,錐の双対ということで余錐 (cocone) とよばれます.錐の脚は頂点からの射たちですが,余錐の脚は頂点への射たちです.
用語について
「を頂点とする, 上の余錐」を英訳すると「a cocone over , with summit 」となりますが,cocone という語を使わない別の表現として「a cone under , with nadir 」というものもあります.前者の表現では,を左下の図のように「錐の射の向きを反対にしただけのもの」として認識していて,後者の表現では,右下の図のように「射はすべて下へ向かうように表したい」という感情が現れていると思います:
どちらの表現を使うかは好みの問題なのですが,後者の表現のしっくりくる和訳が思いつかないので,この記事では前者の表現を採用することとします.良い表現を思いつかれた方はぜひコメントを残して共有してください.
では,余積の具体例を見てみましょう.
における余積
, をの対象とします.そこで,直和集合を考え,, を包含写像としましょう.じつは,は余積の普遍性をみたします.確認してみましょう.
, 上の余錐を任意にとります.これに対して,かつをみたす写像がただ1つ存在するかどうかを見るわけですが,あるとしたらどんな写像になるでしょうか?#1の時と同様,少し考えてみたください.
さて,がどんな写像なのか分かったでしょうか.答えは,次のように定まる写像です:
は一般にはただの和集合と異なり,がもともとに属していたものなのかに属していたものなのかがはっきりと分かるということに注意してください.
つまり,直積集合の双対は直和集合なのです!
いま,余積は2つの対象の場合についてしか考えていませんが,あとで定めるように,もちろん族に対しても定義されて,集合を添字集合とする集合族の直和集合と包含写像たちは,先と同様の理由により余積の普遍性をみたします.よく,この集合はと表されますが,なぜ直積集合の「」をひっくり返した記号を使うかというと,双対概念だからです.
ちなみに,では「」はで「」はで出力されます.
こういった理由から,余積はしばしば和 (sum) とよばれます.
余積(和)
を圏,を集合,をを添字集合とするの対象の族とする.このとき,における上の錐をへ戻したを上の余錐 (cocone) という.
そして,におけるの積をへ戻したをの余積 (coproduct),または,和 (sum) とよび,をと表す.そして,を余射影 (coprojections) とよぶ.
つまり,次の普遍性をみたす上の余錐が,の余積である:
- 上の任意の余錐に対して,各についてが成り立つの射がただ1つ存在する.
なお,となる正の整数が存在するとき,として,をと表すこともある.
他の圏における余積も見てみましょう.
における余積
の対象, の余積はたとえばどんなものになるでしょうか.ひとまず,と似たことが起きると予想して,その余錐の頂点の土台となる集合を直和集合とし,脚は包含写像, としてみます.#1でおこなった議論と同様に,, が連続となって,さらに余積の普遍性をみたすような位相をに入れてみましょう.
まず,, を連続としたいのですから,任意のについて, がどちらも成り立たなければなりません., がへの包含写像であることに注意すると,はある, によってと表されていなければなりません.
そして,普遍性をみたさなければならないので,, 上の任意の余錐に対して,での話からただ1つ存在する写像
が連続にならなければなりません.そのためには,の元のによる逆像がすべてに属さなければならないので,はなるべく強い位相にしておいたほうがよいです.先の議論からは分かっていて,この右辺は位相の公理をみたすので,であれば都合がよく,実際,この位相がに入ると,余積の普遍性がみたされます.
以上により,とすると,は, の余積となります.こういった理由から,は, の直和位相と,は, の直和(位相)空間とよばれます.位相空間の族についても同様です.
における余積
の対象, の余積はどうなるでしょうか.積の場合では,での話と同じように直積集合に代数構造を入れていたので,今回もでの話と同じように直和集合に代数構造を入れればよいのではないかとはじめは思うかもしれませんが,それではうまくいきません.なぜかというと,に代数構造を入れるということは,結局のところ,任意のととについてを定めるということになりますが,これではなのかなのかを決めなければならないのです.かなり微妙な気がしないでしょうか.
しかたがないので,に代数構造をいれることは諦めましょう.しかし,余積自体は諦めたくないので,別の余錐を考えてみることにします.余積の頂点の候補として,のように,ととをある意味で含んでいるような空間を考えてみると余射影を構成しやすいはずなので,そうしてみましょう.以外に, を含んでいるような大きい集合で真っ先に思いつくのはではないでしょうか.実際,
という埋め込み(つまり,単射準同型)が自然に思いつきます.
じつは,は余積の普遍性をみたします.少し確認してみると,, 上の任意の余錐に対して
という線形写像を考えれば,これがととをみたすただ1つの射になります.は,, の積の頂点であるだけでなく,余積の頂点でもあったのです!
話を広げて,集合を添字集合とするの対象の族の余積は,なら,先の場合と同様で直積空間を頂点にもちますが,だと,普遍性の議論で登場するが無限和をとる射になってしまうので,有限和にするために,直積空間の部分空間として
を土台とする空間を考えれば,それが余積の頂点になります.この集合はよくと表され,はの直和(ベクトル)空間とよばれます.もちろん,ならです.
なお,これはやでも同じです.
における余積
の対象, の余積も考えてみましょう.なお,両者の単位元はと表すことにします.での話と同様の理由から,直和集合に演算を入れようとするとうまくいきません.また,直積群と上で考えたような埋め込み, を考えても,は余積の普遍性をみたしません.なぜなら,, 上の任意の余錐に対して,, をみたす射は,存在するならのときと同じようにとなるしかないのですが,は可換とは限らないので,は一般にはの射とならないのです.
では,いったいどんなものが余積になるのでしょうか.答えを言うと,, の自由積とよばれる群と自然な埋め込みたちとの組が余積の普遍性をみたします.
自由積とは,簡単に言えば,, の元たちの形式的な積をすべて考えて得られる群のことです.だとなぜうまくいかなかったのかというと,ととの積を, のどちらに属させるのかで困ってしまうからだったわけですが,その問題点をパワーで筋肉解決したものが自由積です.
より正確に定義するなら,まず,, の有限個の元を一列に並べたもの,つまり「語」全体の集合を考えます.たとえば,, について
といった具合のものをすべて集めるわけです.ただし,これはの元を並べているのではなく,の元を並べています.つまり,各元がもともとの元だったかの元だったかははっきりと区別できることとするのです.また,毎回「」と「」とをかいていると大変なので,それらは省略しちゃいましょう:
そして,このに,次のルールを設けます:
- 単位元は省略しても良い.
- 同じ群の2元が隣り合っているならそこはその2元の積と取り換えても良い.
上の場合にこのルールを適用すると,
となります.つまりは,上のルールによって作られる上同値関係を考えて,これによるの商集合を考えるということです.この商集合がです.そして,上の演算を,任意のに対して
と定めると,は群になります.これが自由積です.すると,埋め込み
が自然に思いつくので,という, 上の余錐が考えられますね.
さて,自由積が余積の普遍性をみたしているかどうかです., 上の任意の余錐に対して,射を,任意のに対して
とし,これにより定まる群準同型と定めます.たとえば,先のをで写すと
となります.このは,ととをみたす唯一の射です.以上の話は,群の族についても同様です.
における余積は,でのアナロジーを応用して構成されるそうですが,私はあまり詳しくないので,興味のある方は
こちらのリンク先
などをご参照ください.
における余積
の対象, の余積は,もう長くなるので答えを先に言ってしまうと,, のの対象としてのテンソル積をとり,任意の, に対して
と定めると,は可換環になって,これへの射
を考えれば,は, の余積となります.実際,, 上の余錐に対して,, をみたす射は,存在するなら
により定まるもので,直積環からの双線型写像
がありますから,テンセル積の普遍性によりこの射は存在します.
一般に,の対象の族の余積も存在しますが,この記事で扱う範囲を若干超えてしまうので扱いません.ざっくりと言えば,での話をそのまま拡張してしまうと,のときと同じように,余積の普遍性により一意に存在する射が無限積をとるものになってしまうので,のテンソル積を考えたときに,有限個のを除いてとなるようなもの全体を構成すれば,が実質的に有限積になるので問題が無くなり,余積となるといった流れです.詳しく知りたい方は
こちらのリンク
などをご参照ください.
順序集合のなす圏における余積
を順序集合とし,これを圏と見なします.この圏における対象, の積はで,これを,交わりとよんで,と表すのでした.
では,, の余積はどうなるでしょうか.これは,積で考えた図の矢印の向き,つまり,大小関係がすべて逆転するので,ではなくが余積の頂点となります.これは, の結び (join) とよばれ,と表されます.
2つの関数に対して,関数を()により定めることがありますが,この記法は前述のことに由来します.
具体例として,を集合とし,という順序集合を考えると,この圏の対象, の結びは和集合となります.
また,整除関係によるという順序集合のなす圏の対象, の結びは,, に割りきられるもののうち最小のものなので,最小公倍数になります.
圏の対象の族の場合も,その余積の頂点はで,これはと表され,の結びとよばれます.
空族の余積
ここで,話を一般の圏に戻し,の対象の族として空族の余積について考えてみましょう.空族の積のときの話と同様に,余錐の脚に関する情報は無いに等しいので,そういったものを削ぎ落としていくと,の余積とは,次の普遍性をもつの対象のこととなります:
このはの始対象 (initial object) とよばれ「無の和をとる」という意味でよくと表されます.
の始対象
の始対象は,空集合のことです.任意の集合に対して,空写像がただ1つ存在しますからね.(終対象のときと同様に,始対象をと表す説明は「0元集合がの始対象となるからと表す」というもののほうが妥当です.)
においても同様です.
の始対象
の始対象は零ベクトル空間です.実際,の任意の対象に対して,の射は,零ベクトルを零ベクトルに写さなければならないので,というものしかありません.
, , でも同様です.これらの圏では,終対象も単位元のみからなる自明なものでしたから,この意味で「」が成り立ちますね.
の始対象
の始対象は,などと同じような1元のみの零環ではありません.の射は零元を零元に写すだけでなく,乗法単位元を乗法単位元に写さなければならないですから,零環からの射は零環へのものしかありません.
では,の始対象はいったいなんなのか.じつは,有理整数環が該当します.実際,の任意の対象に対して,の射があったとすると,まず,, で,任意の正の整数について
と,による写し方は一意に定まりますし,写像はもちろんの射となりますから,始対象の普遍性をみたします.
もちろん,このことはでも同じです.
順序集合のなす圏の始対象
順序集合を圏と見なすと,この圏の終対象はで,と表すのでした.それと同様の議論をすれば,この圏の始対象は最小元だと分かります.そして,これは「」の上下を逆さにしてと表されたりします.
ちなみに,では「」はで「」はで出力されます.こういう遊び心は個人的に好きです.
を集合とし,という順序集合のなす圏を考えると,この圏ではです.
また,圏でのとは,すべての自然数を割りきる自然数のことですから,1となります.始対象をと表すのであれば,またしても「」が成り立ちますね.
様々な図と,それ上の(余)錐
前回と今回とでは(余)積を考えてきましたが,これがどんなものであるかを復習すると,圏の対象をいくつかもってきて固定し,もう1つの対象と,これとそれらとの間の射をまとめたものを(余)錐とよび,そのうち普遍性を持つものが(余)積なのでした.
この場合,固定されている対象たちと(余)錐の頂点とは繋がりを持っていますが,固定されている対象たちの間には繋がりがなにも無く,離散的です.ここに繋がりを持たせてみるとどんなことが起きるでしょうか.たとえば,2つの対象, の間に2つの射を入れてみて,これ上の(余)錐を考えるだとか,3つの対象, , の間に2つの射を入れてみて,これ上の(余)錐を考えてみるだとか,可算無限個の対象, , , ...の間に可算無限個の射を入れてみて,これ上の(余錐)を考えてみるだとか,固定する対象たちの間に繋がりを入れてみようとすると,より様々な(余)積の類似を構成できます:
次回の記事では,こういった様々な図の上の(余)錐を考えて,そのうち普遍性を持つものはどんなものかということをいくつかピックアップしてご紹介しようと思います.
ここまでご覧くださりありがとうございました!