八元数の乗法規則から非結合性を導き、基底の虚数単位での反結合性、交代性や三つ組による結合的な部分代数などのパターンを整理します。
八元数は実ノルム可除代数の中で唯一、結合法則を満たさない非結合的な代数系です。本記事では、四元数から八元数への拡張と基底の添字対応を確認した上で、反交換性と乗法規則から結合法則の不成立を導きます。続いて、同じ三つ組に属さない相異なる3つの基底虚数単位では、括弧の付け替えに伴って符号が反転すること(反結合性)を確認します。反結合性の一般的な証明は扱わず、乗積表による確認に留めます。さらに、2つの元が等しい場合に結合的となる交代性や、三つ組がなす四元数と同型な部分代数での結合性など、結合性が回復・破綻する条件を整理し、乗積表を暗記せずに計算できる手法を示します。
複素数の虚数単位$i$に対して、追加の虚数単位$j$を加えることで、その積$ij$が生成されます。これを$k$と表記して、$i^2=j^2=-1$と$ij=-ji$という演算規則(反交換性)を課したのが四元数です。四元数は結合的なので、結合性と$i^2=j^2=-1$を使うと、$k^2=-1$が次のように確かめられます。
$$ k^2=(ij)^2=i(ji)j=i(-ij)j=-i^2j^2=-(-1)(-1)=-1 $$
四元数$i,j,k$に対して、追加の虚数単位$\ell$を加えることで、その積$i\ell,j\ell,k\ell$が生成されます。$i,j,k,\ell,i\ell,j\ell,k\ell$を7つの虚数単位とし、それぞれの2乗が$-1$になるように乗法を定めたのが八元数です。乗法全体は反交換性だけでは決まらず、後述する三つ組の規則が必要です。
八元数の7つの虚数単位は添字によって表記することが一般的です。固定した7つの虚数単位に対する乗法表の付け方には480種類のバリエーションがあり、どれも数学的な性質は等価です。7shi-480 ここではそのうち2つを紹介します。
本記事では発見当初のグレイブスとケイリーによる定義を使用します。
$$
\begin{aligned}
e_1&=i, & e_2&=j, & e_3&=k, & e_4&=\ell \\
e_5&=e_1e_4=i\ell, & e_6&=e_2e_4=j\ell, & e_7&=e_3e_4=k\ell
\end{aligned}
$$
$e_5,e_6,e_7$の添字は、$1+4=5,\ 2+4=6,\ 3+4=7$の関係にある。
$i\ell$は$i$と$\ell$の積を表し、本記事の添字では$e_5$に等しくなります。積であることを強調する場合は$i\cdot\ell$と書きます。
例:$i\cdot\ell=i\ell=e_1e_4=e_5$
参考までに、もう1つの定義を示します。本記事では使用しません。
添字を$1$から$7$で表し、$7$を超えた値は$7$を引いて読む(法$7$)ものとして、次の積を基本とする。
$$
e_ae_{a+1}=e_{a+3}\quad(a=1,\ldots,7)
$$
各組$(e_a,e_{a+1},e_{a+3})$の中では、四元数の$i,j,k$と同じ規則で積を定める。四元数の拡張との対応は次のようになる。
$$
\begin{aligned}
e_1&=i, & e_2&=j, & e_4&=k, & e_7&=\ell \\
e_3&=e_7e_1=\ell i, & e_6&=e_7e_2=\ell j, & e_5&=e_7e_4=\ell k
\end{aligned}
$$
この定義は、添字が巡回性と合同式によって決まるという利便性から利用される。
八元数の虚数単位$e_a, e_b, e_c$($a,b,c$はすべて異なる)について考えます。虚数単位の積の規則では、異なる二つの虚数単位$e_a, e_b$の積は、第三の虚数単位$e_c$あるいは$-e_c$として一意に定まります。つまり、$a$と$b$を選んだ時点で、その積の結果(符号も含めて)は完全に決定されます。
異なる虚数単位$e_a, e_b$について、その積が$e_c$となる場合を考えます。
$$ e_a e_b = e_c $$
異なる虚数単位の積の順番を交換すれば、符号が反転します。これは反交換性と呼ばれる性質です。
$$ e_b e_a = -e_c $$
$e_1e_2=e_3$として、新たな虚数単位$e_4$との積を考える。
$$ (e_1 e_2) e_4 = e_3 e_4 $$
反交換性より、次が成り立つ。
$$ e_3 e_4 = -e_4 e_3 $$
$e_3$を$e_1 e_2$に戻す。
$$ (e_1 e_2) e_4 = -e_4 (e_1 e_2) $$
これは、括弧を1つの単位として反交換性が適用されることを示している。
積の計算順序を変更しても結果が変わらないという性質を結合性と呼びます。
$$ (ab)c = a(bc) $$
八元数の乗法が結合的であると仮定して括弧内に反交換性を適用すると、次のようになります。
$$ (e_1 e_2) e_4 \xrightarrow{\text{結合性}} e_1 (e_2 e_4) = -e_1 (e_4 e_2) \xrightarrow{\text{結合性}} -(e_1 e_4) e_2 = (e_4 e_1) e_2 \xrightarrow{\text{結合性}} \textcolor{red}{e_4 (e_1 e_2)} $$
これは結合性を使わなかった結果と矛盾します。
$$ (e_1 e_2) e_4 = -e_4 (e_1 e_2) \ne \textcolor{red}{e_4 (e_1 e_2)} $$
この矛盾は、八元数の乗法が結合的であるという仮定が誤りであることを示しています。これが非結合性です。
結合の変更を3回行って符号が逆になったことから、結合を変更するたびに符号が反転すると仮定すれば、整合的な結果が得られます。この性質を反結合性と呼びます。
$$ (e_1 e_2) e_4 \xrightarrow{\text{反結合性}} -e_1 (e_2 e_4) = e_1 (e_4 e_2) \xrightarrow{\text{反結合性}} -(e_1 e_4) e_2 = (e_4 e_1) e_2 \xrightarrow{\text{反結合性}} -e_4 (e_1 e_2) $$
これは反結合性の証明ではなく、仮定が矛盾を生まないことの確認です。反結合性は今回説明した基本的な規則から直接導かれるわけではありませんが、乗積表により確認できます。この例では次のようになります。
$$ \begin{aligned} (e_1 e_2)e_4 &= e_3 e_4 = e_7 \\ -e_1(e_2e_4) &= -e_1 e_6 = e_7 \end{aligned} $$
乗積表をすべて調べると、基底の虚数単位について次の規則が成り立ちます。
相異なる3つの基底虚数単位$e_a,e_b,e_c$が$e_ae_b\ne\pm e_c$を満たすとき、次が成り立つ。
$$
(e_ae_b)e_c=-e_a(e_be_c)
$$
一般の八元数では、括弧を付け替えたときに符号だけが反転するとは限りません。
0以外で割ることができる、すなわち任意の$a\ne0$に対して$ax=b$と$ya=b$がそれぞれ一意に解けるという性質を可除性と呼びます。可除性を要請すると、乗積表の符号は任意には選べません。乗積表全体の構成は別記事で扱っています。7shi-480
例えば、ほかの積を変えずに$\color{red}{e_1 e_6 = e_7}$と定義すれば零因子が発生するため、可除性が失われます。
$$ (e_3-e_1)(e_4+e_6) =e_3e_4+e_3e_6-e_1e_4-\textcolor{red}{e_1e_6} =e_7+e_5-e_5-\textcolor{red}{e_7} =\textcolor{red}{0} $$
積は常に反結合的なわけではありません。
結合性は、計算順序を付けた3つの因子$(xy)z$の形で判断します。$x,y,z$のうちの2つが等しい場合、積は2種類の因子から構成されます。このときに結合的となる性質を交代性と呼びます。
$$ \begin{aligned} (\textcolor{red}{xx})y&=\textcolor{red}{x}(\textcolor{red}{x}y) \\ (y\textcolor{red}{x})\textcolor{red}{x}&=y(\textcolor{red}{xx}) \end{aligned} $$
これらから$(\textcolor{red}{x}y)\textcolor{red}{x}=\textcolor{red}{x}(y\textcolor{red}{x})$も従います。八元数は交代性を持つ交代代数です。wiki-alt ここで$x,y$は、基底の虚数単位に限らない任意の八元数です。
交代性は3つの因子の形に変形してから判断します。見かけ上は4因子でも、一部の積を計算すると交代性が使える場合があります。
$$ (e_1 e_2)(e_3 e_1)=\textcolor{red}{e_3}(\textcolor{red}{e_3} e_1) \xrightarrow{\text{交代性}} (\textcolor{red}{e_3 e_3})e_1=((e_1 e_2)e_3)e_1 $$
この例では、$(e_1e_2)(e_3e_1)=((e_1e_2)e_3)e_1$という括弧の移動を、一部の積を計算してから交代性で正当化した。
3つの因子の形にした段階ですべて異なれば、重複を条件とする交代性は直接使えません。次の例では、$e_3,e_2,e_4$は相異なり、$e_3e_2=-e_1\ne\pm e_4$なので反結合性を使えます。
$$ (e_1 e_2)(e_2 e_4)=e_3(e_2 e_4) \xrightarrow{\text{反結合性}} -(e_3 e_2)e_4 $$
$e_1 e_2=e_3$としてから判断しているため、$e_2$は重複として数えません。
相異なる3つの基底虚数単位$e_a,e_b,e_c$が$e_ae_b=\pm e_c$を満たす場合は、反結合性の条件から外れます。このとき3つは、順序を適切に選べば四元数の$i,j,k$と同じ乗法関係を満たします。
循環的に四元数の$i,j,k$と同じ乗法関係を満たす3つの基底虚数単位の組を三つ組と呼びます。三つ組と$1$が張る部分空間は四元数と同型な部分代数であり、その元どうしの積は結合的です。固定した基底$e_1,\ldots,e_7$から選ばれる三つ組は7つあります。7shi-480 したがって、反結合性の条件$e_ae_b\ne\pm e_c$は、3つの単位が同じ三つ組に属さないことと同じです。
$e_1,e_2,e_3$は三つ組なので、結合的である。
$$
(e_1 e_2)e_3=e_3e_3=-1=e_1e_1=e_1(e_2 e_3)
$$
乗積表をすべて暗記していなくても、反結合性・反交換性・交代性により計算できます。反結合性を使う各段階では、3つの虚数単位が相異なり、同じ三つ組に属さないことを確かめます。次の例では$(e_5,e_2,e_4)$、$(e_1,e_4,e_2)$、$(e_1,e_2,e_4)$がそれに当たります。
$$ \begin{aligned} e_5 e_6 &\xrightarrow{e_6=e_2 e_4} e_5(e_2 e_4) \\ &\xrightarrow{\text{反結合性}} -(e_5 e_2)e_4 \\ &\xrightarrow{e_5=e_1 e_4} -((e_1 e_4)e_2)e_4 \\ &\xrightarrow{\text{反結合性}} (e_1(e_4 e_2))e_4 \\ &\xrightarrow{\text{反交換性}} -(e_1(e_2 e_4))e_4 \\ &\xrightarrow{\text{反結合性}} ((e_1 e_2)e_4)e_4 \\ &\xrightarrow{\text{交代性}} (e_1 e_2)(e_4 e_4) \\ &\xrightarrow{e_1 e_2=e_3,\ e_4^2=-1} -e_3 \end{aligned} $$
$i,j,k,\ell$表記で計算します。
$$ (i\ell)(j\ell)=-((i\ell)j)\ell=(i(\ell j))\ell=-(i(j\ell))\ell=((ij)\ell)\ell=(ij)(\ell\ell)=-k $$
式変形は複雑ですが、最初と最後の2つを抜き出せば、直感的なパターンとして認識できます。
$$ (i\ell)(j\ell)=(ij)(\ell\ell)=-k $$
八元数の乗法は結合的ではありません。固定した基底の虚数単位$e_a,e_b,e_c$については、$(e_ae_b)e_c$と$e_a(e_be_c)$は等しいか、符号が反転するかのどちらかです。結合的になるのは次の場合です。
それ以外の基底虚数単位の組では反結合的$(e_a e_b)e_c=-e_a(e_b e_c)$です。一般の八元数では、この二者択一にはなりません。反結合性・反交換性・交代性を組み合わせれば、乗積表をすべて暗記していなくても積を計算できます。
交代性の$x,y,z$は基底の虚数単位に限定しない任意の八元数を表し、$e_a,e_b,e_c$は基底の虚数単位を表します。