記念すべき第十回目ではあるが、
今回は少し本筋から離れて、Krawtchouk行列と呼ばれる行列について話そうと思う。
直交多項式の行列変数/行列値への拡張であるとか、そういうものは近年盛んに研究がなされているが、
それとは全く違うものである。
ようこそ二項係数の魅せる世界へ。
定義は至ってシンプルである。
非負整数
すなわち各成分
要は
対応する重さ関数(二項分布)は
もちろん定義式から直ちに従うことだが、全ての成分の値は明らかに整数である。
まず、Krawtchouk多項式の母関数がかなり綺麗な形で書けていたことを思いだす。
それは各Krawtchouk行列の列ベクトルに対応している。
Krawtchouk行列
すなわち各行ごとに多項式
これはKrawtchouk多項式の母関数の式から従う。実際、
となることから従う。(証明終わり)
また、この行列の特筆すべき性質の1つは次の定理である。
Krawtchouk行列
この定理は、Krawtchouk多項式の直交性を焼き直したものである。
行列
となる。ここで、Krawtchouk多項式
と書くことができていた。さらに、Krawtchouk多項式に関するduality(これも第8回目の記事内)を使うと
と書き表される。このdualityを上の直交性の式に代入すると
という式が得られる。以上よりKrawtchouk行列の平方の値は
のように計算でき、題意の式が従う。(証明終わり)
この式がわかると、このKrawtchouk行列の固有値がわかる。
具体的には、固有値の値の候補は
実はもう少し強いことが言える。
これを示すためには、Krawtchouk行列についてより深い考察が必要である。
実はこの記事の後半で、このスペクトル分解を示すことのできる枠組みを手に入れるので
証明はこの記事の後半に回すことにしよう。
ここで少し話が変わる。
アダマール行列(Hadamard matrix)という行列(の性質)がある。
これはやや広い観点から調べられている行列であり、それについて導入する。
ある
Hadamard行列は各次数
ちなみに、Hadamard行列が存在するような
任意の
(
例えば、
(それ自身をHadamard行列と呼ぶことさえもある)
具体的な構成方法は次のとおりである。
行列
非負整数
ここで成分の添え字は1からではなく0から
このように定めたWalsh行列はHadamard行列になることがすぐにわかる。
また、成分の値も直接的に計算することができる。
例えば
のように計算できる。
上の定義は帰納的に定められるものだが、実は直接的に成分を計算することも可能である。
Walsh行列
Walsh行列の帰納的な定義は一意的に定まるので、上の直接的な計算がそれを満たしていることを示せば良い。
まず初項
これはWalsh行列の成分
次に
次数
ことを考えると、
別の言葉で言うと、「成分の添え字同士の論理積(AND関数)の各位の和」などと言い表すこともできる。
この2進数による計算方法は、プログラミングなどでも組みやすいものとなっている。
実はこれら2つの間に対応があるということがわかる。
例えば3番目のWalsh行列
と書けている。
例えばこの
そのために、非負整数の2進weight関数を定義する。
2進weight関数
このとき
2進展開の係数の和である。
例えば
この2進weight関数
最小値は
すなわち
例えば
のようになるので、集合
のように
上で定められた2進weight関数の引き戻しが与える集合の分割を行列の添え字に適用する。
すると次の定理が成立する。
上で与えたWalsh行列
すなわち2進weight関数で送ると
ここで、上で出てくる値を成分に持つ行列は次のように呼ばれている。
行列
この行列を
…なので対称Krawtchouk行列の成分になる、と書いても良かったのだが。話の流れ的にやめた。笑
元の論文にはこれの証明が書かれていないので、ここに載せておく。
まずWalsh行列の成分の値について復習する。添え字
と2進展開がなされる時に、Hadamard行列の成分
のように計算できていた。この事実をもとに上の定理の右辺の値を計算する。
さて
別の言い方をすれば、
次に
しかしこれは大変なので、
そこで変数
この条件を満たす
満たすべき条件は
組み合わせ論の問題と化してしまった。
後ろから
この
そして、
以上より
となり題意の式が従うことが示された。(証明終わり)
ということで
2進数の論理積の各位の和を通じて、場合の数・二項係数の問題になってしまった。
さて、次はKrawtchouk行列を拡張していい性質を満たすものがある、そんな論文を見てみよう。
非負整数
名前がついていないので、適当に「(*)型の行列」とか呼んでおくことにする。
Krawtchouk行列は(*)型の行列として書き表すことができる:
これは実際に
と書けていることから明らかに従う。
和の範囲が違って見えるのは二項係数が意味を持つ範囲を正確に書いただけであることに注意する。(証明終わり)
ここで出てきた行列がWalsh行列
さて、実はこうやって作った(*)型の行列が持つ一番興味深い性質は次のものである。
このことから、
なんだこれ。初めて見た時は私は声が出ました。
まさかKrawtchouk行列の成分を拡張して
逆に言うと2次元の表現がある…という話は今は一旦スルーで。
とりあえず証明しよう。
証明したくなーいのでやっぱり元論文で。なんかもっと簡明な証明方法はないんかいこれ。
ということで、積構造を保つということは、対角化を保つということになる。
すなわち、(*)型の行列、特にKrawtchouk行列の対角化が可能になるということである。
実際、計算をしてみよう。
のように書き表すことができる。従ってKrawtchouk行列に対しても
のように計算することができる。(これが上の定理のすごいところである)
まず真ん中の行列を計算する。これが対角行列になっているならば嬉しい。
となり対角行列となることがわかる。
さらに、Krawtchouk行列の固有ベクトルの成分も計算できてしまう。具体的には
という(*)型の行列の行ベクトルに他ならない。
が、これを展開してもあまり綺麗な式にはならないので、これはこのまま止めておこう。
やっぱりKrawtchouk行列の(*)型の表示に
ここで行列
以上は構成法としてWalsh行列の構成法を一般的に拡張したものになっている。
今定められた
として定め、Krawtchouk行列のときと同様に行列
上の
という等式が任意の
ただし、これらを成分に持つ行列、すなわち
類似、と言うか、主張として真に含んでますね。
ここまで話を大風呂敷に広げておいて、間違っていたらどうするんだい。笑
たぶん新規性がありそうな気がするのだが、既存の結果であることをご存知の方はコメントお願いします。
証明も似た流れで行う。
まずはWalsh-likeの行列
すなわち
もちろんこれら4つの数を加えると
このとき、
これの証明は全く同様なので省略する。(4つの場合分けそれぞれで
さて次に2進モーメントの各点の逆像を変域で足し合わせるフェーズに取り掛かる。
今回は和の取り方の順番を変えようと思う。
具体的には、まず最初に
ここの選び方は
次に
ここで変数を取り直して、
まず
同様に
最後に
またこれらの個数を実現する
これらで決定することができる。
以上をまとめると
がわかり題意の式を示すことができた。(証明終わり)
幕間とか言いながら、話が長くなってしまった。
Krawtchouk行列と呼ばれる、Krawtchouk多項式の特殊値を成分に持つ行列を考えた。
この行列の特徴として、
Hadamard行列の一種であるWalsh行列から添え字の2進数展開に関する適切な範囲で和を取ると得られる
ということが知られていた。
この事実の一般化に繋がる概念として(*)型の行列を導入した。
群構造がGLから埋め込まれる、すなわち2次元の表現を持つことが重要な性質の一つであった。
さらに、Walsh行列からKrawtchouk行列の構成法が一般の(*)型の行列に対しても同様にできることを言った。
これらの内容は表現論のもう少し深い観点から見つめ直すことができるのだが、
話していると本題から外れすぎてしまう。
またいつか書くことにしよう。
先にHahn多項式系の話を片付けるはずだったのだ。
次の記事では、Krawtchouk多項式の極限として現れるCharlier多項式についてまとめる。