記念すべき第十回目ではあるが、
今回は少し本筋から離れて、Krawtchouk行列と呼ばれる行列について話そうと思う。
直交多項式の行列変数/行列値への拡張であるとか、そういうものは近年盛んに研究がなされているが、
それとは全く違うものである。
ようこそ二項係数の魅せる世界へ。
定義は至ってシンプルである。
非負整数$n$に対し$n+1$次のKrawtchouk行列$K^{(n)}=\left(K_{i, j}^{(n)}\right)_{0\le i,\, j\le n}$を、$p=1/2$に関する(以下のように適切に正規化された)Krawtchouk多項式の値を成分とする行列として定める。
すなわち各成分$K_{ij}^{(n)}$を以下のように定める。
\begin{align*}
K_{ij}^{(n)}
:=\left.(-2)^ik_i^{(n)}(j)\right|_{p=1/2}
=\sum_{r=0}^i(-1)^r\binom{j}{r}\binom{n-j}{i-r}
\end{align*}
$(-2)^i$を掛けてあるのは、ある意味トリッキーなのだが、今は説明を端折る。
要は$p=1/2$に関するKrawtchouk多項式の値を並べました、それだけの話。
対応する重さ関数(二項分布)は$p$と$1-p$の値が等しい、「確率論的」表裏のあるコインを$n$枚投げる分布に等しい。
$n=0$から$4$まで行列の成分を載せることにする。
\begin{align*}
K^{(0)}&=\begin{pmatrix} 1 \end{pmatrix} \\
\\
K^{(1)}&=\begin{pmatrix} 1 & 1 \\ 1 & -1 \end{pmatrix} \\
\\
K^{(2)}&=\begin{pmatrix} 1 & 1 & 1 \\ 2 & 0 & -2 \\ 1 & -1 & 1 \end{pmatrix} \\
\\
K^{(3)}&=\begin{pmatrix} 1 & 1 & 1 & 1 \\ 3 & 1 & -1 & -3 \\ 3 & -1 & -1 & 3 \\ 1 & -1 & 1 & -1 \end{pmatrix} \\
\\
K^{(4)}&=\begin{pmatrix} 1 & 1 & 1 & 1 & 1 \\ 4 & 2 & 0 & -2 & -4 \\ 6 & 0 & -2 & 0 & 6 \\ 4 & -2 & 0 & 2 & -4 \\ 1 & -1 & 1 & -1 & 1 \end{pmatrix}
\end{align*}
もちろん定義式から直ちに従うことだが、全ての成分の値は明らかに整数である。
まず、Krawtchouk多項式の母関数がかなり綺麗な形で書けていたことを思いだす。
それは各Krawtchouk行列の列ベクトルに対応している。
Krawtchouk行列$K^{(n)}$の成分$K_{i, j}^{(n)}$に関する(各行ごとの)母関数は次のように計算できる。
\begin{align*}
\sum_{i=0}^nK_{i, j}^{(n)}v^i=(1+v)^{n-j}(1-v)^j
\end{align*}
すなわち各行ごとに多項式$(1+v)^{n-j}(1-v)^j$を展開した係数が成分に現れているということである。
これはKrawtchouk多項式の母関数の式から従う。実際、
\begin{align*}
\sum_{i=0}^nK_{i, j}^{(n)}v^i
=\sum_{i=0}^nk_i^{(n)}(j)(-2v)^i
=\left\{1+\frac{1}{2}(-2v)\right\}^j\left\{1-\frac{1}{2}(-2v)\right\}^{n-j}
=(1+v)^{n-j}(1-v)^j
\end{align*}
となることから従う。(証明終わり)
また、この行列の特筆すべき性質の1つは次の定理である。
Krawtchouk行列$K^{(n)}$は等式$\left(K^{(n)}\right)^2=2^nI_{n+1}$を満たしている。
この定理は、Krawtchouk多項式の直交性を焼き直したものである。
行列$\left(K^{(n)}\right)^2$の$(i, j)$成分を計算すると
\begin{align*}
\left(K^{(n)}\right)^2_{i, j}
&=\sum_{l=0}^nK^{(n)}_{i, l}K^{(n)}_{l, j} \\
&=\sum_{l=0}^n(-2)^ik_i^{(n)}(l)(-2)^lk_l^{(n)}(j)
\end{align*}
となる。ここで、Krawtchouk多項式$k_i^{(n)}(j)$に関する直交性の式を思い出すと(第8回目の記事内)
\begin{align*}
\sum_{l=0}^nk_i^{(n)}(l)k_j^{(n)}(l)\binom{n}{l}\frac{1}{2^l}\frac{1}{2^{n-l}}
=\delta_{ij}\binom{n}{j}\frac{1}{2^j}\frac{1}{2^j}
\end{align*}
と書くことができていた。さらに、Krawtchouk多項式に関するduality(これも第8回目の記事内)を使うと
\begin{align*}
k_j^{(n)}(l)=(-1)^{j+l}\binom{n}{j}\binom{n}{l}^{-1}\frac{1}{2^{j-l}}k_l^{(n)}(j)
\end{align*}
と書き表される。このdualityを上の直交性の式に代入すると
\begin{align*}
&\sum_{l=0}^nk_i^{(n)}(l)\left\{
(-1)^{j+l}\binom{n}{j}\binom{n}{l}^{-1}\frac{1}{2^{j-l}}k_l^{(n)}(j)\right\}
\binom{n}{l}\frac{1}{2^l}\frac{1}{2^{n-l}}
=\delta_{ij}\binom{n}{j}\frac{1}{2^j}\frac{1}{2^j} \\
&\quad\Leftrightarrow
\sum_{l=0}^n(-2)^{j+l}k_i^{(n)}(l)k_l^{(n)}(j)
=2^n\delta_{ij}
\end{align*}
という式が得られる。以上よりKrawtchouk行列の平方の値は
\begin{align*}
\left(K^{(n)}\right)^2_{i, j}
&=\sum_{l=0}^n(-2)^ik_i^{(n)}(l)(-2)^lk_l^{(n)}(j) \\
&=(-2)^{i-j}\sum_{l=0}^n(-2)^{j+l}k_i^{(n)}(l)k_l^{(n)}(j) \\
&=(-2)^{i-j}2^n\delta_{ij}
=2^n\delta_{ij}
\end{align*}
のように計算でき、題意の式が従う。(証明終わり)
この式がわかると、このKrawtchouk行列の固有値がわかる。
具体的には、固有値の値の候補は$\pm 2^{n/2}$のどちらかであり(平方が$2^n$なので)、重複を含めると合計$n+1$個ある(対角化可能)。
実はもう少し強いことが言える。
$K^{(n)}$の固有値は重複を含めると合計$n+1$個あり、値は以下のようである。
これを示すためには、Krawtchouk行列についてより深い考察が必要である。
実はこの記事の後半で、このスペクトル分解を示すことのできる枠組みを手に入れるので
証明はこの記事の後半に回すことにしよう。
ここで少し話が変わる。
アダマール行列(Hadamard matrix)という行列(の性質)がある。
これはやや広い観点から調べられている行列であり、それについて導入する。
ある$n$次正方行列がHadamard行列であるとは、以下の2条件を満たすことである。
Hadamard行列は各次数$n$に対して2つ以上存在することもあるが、存在しないこともある。
ちなみに、Hadamard行列が存在するような$n$は
$n=1, 2$または$4$の倍数になる、ことは知られているが
任意の$4$の倍数の$n$に対し$n$次Hadamard行列が存在するかどうかは現在も未解決の問題である。
($n=668$の時が2024年10月現在では存在が知られていない最も小さい$4$の倍数の$n$である)
例えば、$n$が$2$の冪の時のHadamard行列の1つの例として、Walsh行列というものが知られている。
(それ自身をHadamard行列と呼ぶことさえもある)
具体的な構成方法は次のとおりである。
行列$H$を$H=H^{(1)}=\begin{pmatrix}1 & 1 \\ 1 & -1\end{pmatrix}$で定める。
非負整数$n$に対し、$n$次のWalsh行列$H^{(n)}=\left(H_{i, j}^{(n)}\right)_{0\le i, j\le 2^n-1}$は次のように帰納的に定義される$2^n$次正方行列である。
\begin{align*}
H^{(0)}&=(1) \\
H^{(n)}&=H\otimes H^{(n-1)}=\begin{pmatrix} H^{(n-1)} & H^{(n-1)} \\ H^{(n-1)} & -H^{(n-1)} \end{pmatrix} \quad \text{(ここで$\otimes$は Kronecker積を表す)}
\end{align*}
ここで成分の添え字は1からではなく0から$2^n-1$までとすることに注意する。
このように定めたWalsh行列はHadamard行列になることがすぐにわかる。
また、成分の値も直接的に計算することができる。
例えば$n=2$のときのWalsh行列は
\begin{align*}
H^{(2)}=\begin{pmatrix}
1 & 1 & 1 & 1 \\ 1 & -1 & 1 & -1 \\ 1 & 1 & -1 & -1 \\ 1 & -1 & -1 & 1
\end{pmatrix}
\end{align*}
のように計算できる。
上の定義は帰納的に定められるものだが、実は直接的に成分を計算することも可能である。
Walsh行列$H^{(n)}$の$(i ,j)$成分$H_{i, j}^{(n)}$($0\le i, j\le 2^n-1$)は次のように計算できる。
$i$と$j$を2進数展開する。$i$と$j$の両方で桁が1になる桁の個数を$p(i, j)$とするとき
$H_{i, j}^{(n)}=(-1)^{p(i, j)}$として計算できる。
Walsh行列の帰納的な定義は一意的に定まるので、上の直接的な計算がそれを満たしていることを示せば良い。
まず初項$n=0$のとき、$i=j=0$に関して$p(i, j)=0$となる。
これはWalsh行列の成分$H_{0, 0}^{(0)}=1$であるという事実と合致する。
次に$n-1$の時の成立を仮定し、$H^{(n)}$の成分の値についても正しいことを示す。
$0\le i ,j\le 2^{n-1}-1$なる$i$と$j$を1つfixし、それに対して定理が正しいことを仮定する。
次数$n$の時、対応する$(i', j')$成分の値を計算すると
ことを考えると、$H^{(n)}=H\otimes H^{(n-1)}$の式を満たしていることがわかる。(証明終わり)
別の言葉で言うと、「成分の添え字同士の論理積(AND関数)の各位の和」などと言い表すこともできる。
この2進数による計算方法は、プログラミングなどでも組みやすいものとなっている。
実はこれら2つの間に対応があるということがわかる。
例えば3番目のWalsh行列$H^{(3)}$について考える。その位数は8であり
\begin{align*}
H^{(3)}=\begin{pmatrix}
+1 & +1 & +1 & +1 & +1 & +1 & +1 & +1 \\
+1 & -1 & +1 & -1 & +1 & -1 & +1 & -1 \\
+1 & +1 & -1 & -1 & +1 & +1 & -1 & -1 \\
+1 & -1 & -1 & +1 & +1 & -1 & -1 & +1 \\
+1 & +1 & +1 & +1 & -1 & -1 & -1 & -1 \\
+1 & -1 & +1 & -1 & -1 & +1 & -1 & +1 \\
+1 & +1 & -1 & -1 & -1 & -1 & +1 & +1 \\
+1 & -1 & -1 & +1 & -1 & +1 & +1 & -1
\end{pmatrix}
\end{align*}
と書けている。
例えばこの$H^{(3)}$から3番目のKrawtchouk行列$K^{(3)}$が構成可能である、という話をしたい。
そのために、非負整数の2進weight関数を定義する。
2進weight関数$w: \mathbb{Z}_{\ge0}\to\mathbb{Z}_{\ge0}$を次のように定める。
$n$を非負整数とし、その2進展開を$n=\sum_{k=0}^ra_k2^k$とする。(ただし$a_k$は$0$または$1$)
このとき$w(n):=\sum_{k=0}^ra_k$として定める。
2進展開の係数の和である。
例えば$n=57$なら$57_{(10)}=111001_{(2)}$なので$w(57)=4$である。
この2進weight関数$w$を集合$\{0, 1, \cdots, 2^n-1\}$の各元にあてると
最小値は$w(0)=0$、最大値は$w(2^n-1)=n$であり、値域は集合$\{0, 1, \cdots, n\}$に一致する。
すなわち$w$の逆像$w^{-1}$は集合$\{0, 1, \cdots, 2^n-1\}$の分割を与える。
例えば$n=3$のときは
\begin{align*}
w(0)&=0 \\
w(1)=w(2)=w(4)&=1 \\
w(3)=w(5)=w(6)&=2 \\
w(7)&=3
\end{align*}
のようになるので、集合$\{0, 1, \cdots, 7\}$が
\begin{align*}
w^{-1}(\{0\})=\{0\}, \,\,
w^{-1}(\{1\})=\{1, 2, 4\}, \,\,
w^{-1}(\{2\})=\{3, 5, 6\}, \,\,
w^{-1}(\{3\})=\{7\}
\end{align*}
のように$w$の逆像で分割できる。
上で定められた2進weight関数の引き戻しが与える集合の分割を行列の添え字に適用する。
すると次の定理が成立する。
上で与えたWalsh行列$H^{(n)}=(H_{i, j}^{(n)})_{i, j}$($2^n$次正方行列)とKrawtchouk行列$K^{(n)}=(K_{i, j}^{(n)})_{i, j}$($n+1$次正方行列)の間には、次の対応がある。
\begin{align*}
\binom{n}{j}K_{i, j}^{(n)}=\sum_{\substack{k\in w^{-1}(\{i\}) \\ l\in w^{-1}(\{j\}) \\ 0\le k, l\le 2^n-1}}H_{k, l}^{(n)}
\end{align*}
すなわち2進weight関数で送ると$(i, j)$になる添え字集合におけるWalsh行列の成分の和がKrawtchouk多項式の$(i, j)$成分と対応がある、という主張である。
ここで、上で出てくる値を成分に持つ行列は次のように呼ばれている。
行列$S^{(n)}=\left(S_{i, j}^{(n)}\right)_{0\le i, j\le n}:=\left(\binom{n}{j}K_{i, j}^{(n)}\right)_{0\le i,j\le n}$は対称行列になる。
この行列を$n$次の対称Krawtchouk行列と呼ぶ。
…なので対称Krawtchouk行列の成分になる、と書いても良かったのだが。話の流れ的にやめた。笑
元の論文にはこれの証明が書かれていないので、ここに載せておく。
まずWalsh行列の成分の値について復習する。添え字$i$及び$j$について
\begin{align*}
i=\sum_{t=0}^Ri_t2^t,\quad j=\sum_{t=0}^Sj_t2^t
\end{align*}
と2進展開がなされる時に、Hadamard行列の成分$H_{i, j}^{(n)}$は
\begin{align*}
H_{i, j}^{(n)}=(-1)^{\#\{t \mid 0\le t\le \min\{R, S\}, \,\, i_t=j_t=1\}}
\end{align*}
のように計算できていた。この事実をもとに上の定理の右辺の値を計算する。
さて$k\in w^{-1}(\{i\})$を1つとめる。具体的には$k=2^0+2^1+\cdots+2^{i-1}$とする。
別の言い方をすれば、$k=00\cdots011\cdots1_{(2)}$である。ただし$0$は$n-i$個、$1$は$i$個。
次に$l\in w^{-1}(\{j\})$を走らせて、$\#\{t \mid 0\le t\le n-1, \,\, i_t=j_t=1\}$の値を考察する。
しかしこれは大変なので、$i_t=j_t=1$の個数に関する和と見て式を書き直した方が楽である。
そこで変数$s:=\#\{t \mid 0\le t\le n-1, \,\, i_t=j_t=1\}$を固定する。($s$の変域は$0\le s\le \min\{i ,j\}$である)
この条件を満たす$l\in w^{-1}(\{j\})$の個数が何個あるのかを数えれば良い。
満たすべき条件は
組み合わせ論の問題と化してしまった。
後ろから$i$個の中にある$1$の場所の選び方が$\binom{i}{s}$通り、前$n-i$個の中には$1$が$j-s$個あるので$\binom{n-i}{j-s}$通り。
この$s$ごとに$(-1)^s$が足されるのであった。
そして、$k$をfixしていたのは、対称性で全ての場合が同じ値になるので、その分の$\binom{n}{i}$倍が必要。
以上より
\begin{align*}
(\text{右辺})
&=\sum_{s=0}^{\min\{i, j\}}(-1)^s\binom{n}{i}\binom{i}{s}\binom{n-i}{j-s}
\quad \left(=S_{j, i}^{(n)}\right) \\
&=\sum_{s=0}^{\min\{i, j\}}(-1)^s\frac{n!}{i!(n-i)!}\frac{i!}{s!(i-s)!}\frac{(n-i)!}{(j-s)!(n-i-j+s)!} \\
&=\sum_{s=0}^{\min\{i, j\}}(-1)^s\frac{j!}{s!(j-s)!}\frac{n!}{j!(n-j)!}\frac{(n-j)!}{(i-s)!(n-i-j+s)!} \\
&=\sum_{s=0}^{\min\{i, j\}}(-1)^s\binom{n}{j}\binom{j}{s}\binom{n-j}{i-s} \\
&=\binom{n}{j}K_{i, j}^{(n)}=S_{i, j}^{(n)}
\end{align*}
となり題意の式が従うことが示された。(証明終わり)
ということで
2進数の論理積の各位の和を通じて、場合の数・二項係数の問題になってしまった。
さて、次はKrawtchouk行列を拡張していい性質を満たすものがある、そんな論文を見てみよう。
$\alpha,\, \beta,\, \gamma,\, \delta$は4つの複素数とする。(一般に何かしらの体の元でよさそう)
非負整数$N$に対し、行列$\left\{\begin{pmatrix} \alpha & \gamma \\ \beta & \delta \end{pmatrix}\right\}_N=\begin{pmatrix} \alpha & \gamma \\ \beta & \delta \end{pmatrix}_N$を、次で定められる$(N+1)$次正方行列とする。
\begin{align*}
\left(\begin{pmatrix} \alpha & \gamma \\ \beta & \delta \end{pmatrix}_N\right)_{i, j}
=\sum_{v=\max\{0,\, i+j-N\}}^{\min\{i,\, j\}}
\binom{j}{v}\binom{N-j}{i-v}\alpha^{N-i-j+v}\beta^{i-v}\gamma^{j-v}\delta^v
\quad (0\le i,\, j\le n) \tag{*}
\end{align*}
名前がついていないので、適当に「(*)型の行列」とか呼んでおくことにする。
Krawtchouk行列は(*)型の行列として書き表すことができる:$K^{(N)}=\begin{pmatrix} 1 & 1 \\ 1 & -1 \end{pmatrix}_N$である。
これは実際に$\alpha=\beta=\gamma=1$及び$\delta=-1$を代入することで、$(i,j)$成分の値が
\begin{align*}
\left(\begin{pmatrix} 1 & 1 \\ 1 & -1 \end{pmatrix}_N\right)_{i, j}
=\sum_{v=\max\{0,\, i+j-N\}}^{\min\{i,\, j\}}
\binom{j}{v}\binom{N-j}{i-v}(-1)^v
\end{align*}
と書けていることから明らかに従う。
和の範囲が違って見えるのは二項係数が意味を持つ範囲を正確に書いただけであることに注意する。(証明終わり)
ここで出てきた行列がWalsh行列$H^{(1)}$と一致しているのは偶然か幻か。
さて、実はこうやって作った(*)型の行列が持つ一番興味深い性質は次のものである。
$N$の値が揃った(*)型の行列同士には次のように積構造を持つことがわかる。
\begin{align*}
\begin{pmatrix} \alpha & \gamma \\ \beta & \delta \end{pmatrix}_N
\begin{pmatrix} a & c \\ b & d \end{pmatrix}_N
=\left\{\begin{pmatrix} \alpha & \gamma \\ \beta & \delta \end{pmatrix}
\begin{pmatrix} a & c \\ b & d \end{pmatrix}\right\}_N
\left(=\begin{pmatrix} \alpha a+\gamma b & \alpha c+\gamma d \\
\beta a+\delta b & \beta c+\delta d \end{pmatrix}_N\right)
\end{align*}
このことから、$\alpha\delta-\beta\gamma\neq0$を満たす(*)型の行列全体には$\mathrm{GL}_2(\mathbb{C})$から誘導される群構造が入る。
なんだこれ。初めて見た時は私は声が出ました。
まさかKrawtchouk行列の成分を拡張して$\mathrm{GL}_2$と同型な群が作れているとは。
逆に言うと2次元の表現がある…という話は今は一旦スルーで。
とりあえず証明しよう。
証明したくなーいのでやっぱり元論文で。なんかもっと簡明な証明方法はないんかいこれ。
ということで、積構造を保つということは、対角化を保つということになる。
すなわち、(*)型の行列、特にKrawtchouk行列の対角化が可能になるということである。
実際、計算をしてみよう。
$H^{(1)}$は明らかに対角化可能であり、具体的な固有値・固有ベクトルは
\begin{align*}
H^{(1)}
=\begin{pmatrix} 1 & 1 \\ 1 & -1 \end{pmatrix}
=\begin{pmatrix} 1+\sqrt{2} & 1 \\ 1-\sqrt{2} & 1 \end{pmatrix}^{-1}
\begin{pmatrix} \sqrt{2} & \\ & -\sqrt{2} \end{pmatrix}
\begin{pmatrix} 1+\sqrt{2} & 1 \\ 1-\sqrt{2} & 1 \end{pmatrix}
\end{align*}
のように書き表すことができる。従ってKrawtchouk行列に対しても
\begin{align*}
K^{(N)}
=\begin{pmatrix} 1 & 1 \\ 1 & -1 \end{pmatrix}_N
=\begin{pmatrix} 1+\sqrt{2} & 1 \\ 1-\sqrt{2} & 1 \end{pmatrix}_N^{-1}
\begin{pmatrix} \sqrt{2} & \\ & -\sqrt{2} \end{pmatrix}_N
\begin{pmatrix} 1+\sqrt{2} & 1 \\ 1-\sqrt{2} & 1 \end{pmatrix}_N
\end{align*}
のように計算することができる。(これが上の定理のすごいところである)
まず真ん中の行列を計算する。これが対角行列になっているならば嬉しい。
$(i, j)$成分の値は
\begin{align*}
\left(\begin{pmatrix} \sqrt{2} & 0 \\ 0 & -\sqrt{2} \end{pmatrix}_N\right)_{i, j}
=\sqrt{2}^{N-i}(-\sqrt{2})^i\delta_{ij}
\quad (\text{$i-v=j-v=0$ の時のみ意味を持つ})
\end{align*}
となり対角行列となることがわかる。
$i$番目の対角成分は$\sqrt{2}^{N-i}(-\sqrt{2})^i=(-1)^i2^{N/2}$となることから、例えば$N$が偶数の時は$+2^{N/2}$が$\frac{N}{2}+1$個、$-2^{N/2}$が$\frac{N}{2}$個であることが従う。$N$が奇数の時も同様である。(証明終わり)
さらに、Krawtchouk行列の固有ベクトルの成分も計算できてしまう。具体的には
\begin{align*}
\begin{pmatrix} 1+\sqrt{2} & 1 \\ 1-\sqrt{2} & 1 \end{pmatrix}_N
\end{align*}
という(*)型の行列の行ベクトルに他ならない。
が、これを展開してもあまり綺麗な式にはならないので、これはこのまま止めておこう。
やっぱりKrawtchouk行列の(*)型の表示に$H^{(1)}$が出てきたことは、何かしら理論があるであろう。
ここで行列$A=\begin{pmatrix} \alpha & \gamma \\ \beta & \delta \end{pmatrix}$に対し、次のようにして考えられる行列族$(A^{(n)})$を考える:
\begin{align*}
A^{(0)}&=(1) \\
A^{(n)}&=A\otimes A^{(n-1)}
=\begin{pmatrix} \alpha A^{(n-1)} & \gamma A^{(n-1)} \\
\beta A^{(n-1)} & \delta A^{(n-1)} \end{pmatrix}
\end{align*}
以上は構成法としてWalsh行列の構成法を一般的に拡張したものになっている。
今定められた$A^{(n)}$に対し、行列$J^{(n)}$を
\begin{align*}
J_{i,j}^{(n)}=\sum_{\substack{k \in w^{-1}(i) \\ l \in w^{-1}(j)}} A_{k,l}^{(n)}
\end{align*}
として定め、Krawtchouk行列のときと同様に行列$J^{(n)}$を作ってみる。
$\underline{\text{Question}}$: この行列$J^{(n)}$に関してもKrawtchouk行列のときと同様の対応があるのか!?
上の $\underline{\text{Question}}$ は正しい。より具体的に書くと
\begin{align*}
J_{i, j}^{(n)}
=\binom{n}{j}\left(\begin{pmatrix} \alpha & \gamma \\ \beta & \delta \end{pmatrix}_n\right)_{i,j}
\end{align*}
という等式が任意の$n\ge0$及び任意の$0\le i, j\le n$に対して成立する。
ただし、これらを成分に持つ行列、すなわち$J^{(n)}$は条件$\beta=\gamma$を満たさない限りは対称行列ではない。
類似、と言うか、主張として真に含んでますね。
ここまで話を大風呂敷に広げておいて、間違っていたらどうするんだい。笑
たぶん新規性がありそうな気がするのだが、既存の結果であることをご存知の方はコメントお願いします。
証明も似た流れで行う。
まずはWalsh-likeの行列$A^{(n)}$の成分$A_{i,j}^{(n)}$について、$i$及び$j$の二進展開から計算できることを言う。
すなわち
$i=\sum_{k=0}^{n-1}i_k2^k$及び$j=\sum_{k=0}^{n-1}j_k2^k$(ただし$i_k, j_k$は0または1)としたときに、次の4つの数を計算する。
\begin{align*}
a(i,j,n)&=\#\{k \mid 0\le k\le n-1, \,\, i_k=j_k=0\} \\
b(i,j,n)&=\#\{k \mid 0\le k\le n-1, \,\, i_k=1,\,\, j_k=0\} \\
c(i,j,n)&=\#\{k \mid 0\le k\le n-1, \,\, i_k=0,\,\, j_k=1\} \\
d(i,j,n)&=\#\{k \mid 0\le k\le n-1, \,\, i_k=j_k=1\}
\end{align*}
もちろんこれら4つの数を加えると$n$と一致するはずである。
このとき、$A^{(n)}$の構成法から次が従う。
\begin{align*}
A_{i, j}^{(n)}=\alpha^{a(i,j,n)}\beta^{b(i,j,n)}\gamma^{c(i,j,n)}\delta^{d(i,j,n)}
\end{align*}
これの証明は全く同様なので省略する。(4つの場合分けそれぞれで$\alpha, \beta, \gamma, \delta$が掛かることを言えば良い)
さて次に2進モーメントの各点の逆像を変域で足し合わせるフェーズに取り掛かる。
今回は和の取り方の順番を変えようと思う。
具体的には、まず最初に$l\in w^{-1}(j)$を1つfixしておく。
ここの選び方は$\binom{n}{j}$通りであり、$l$は$00\cdots011\cdots1_{(2)}$の形にしておく。
次に$k\in w^{-1}(i)$を動かして、$A_{k, l}^{(n)}$の値を計算していく。
ここで変数を取り直して、$d(k,l,n)=v$とおき変数$v$についての足し算だと見ていく。
まず$k$における1の桁数は$i$桁なので、$b(k,l,n)+d(k,l,n)=i$である。ゆえに$b(k,l,n)=i-v$
同様に$l$における1の桁数は$j$桁なので、$c(k,l,n)+d(k,l,n)=j$である。ゆえに$c(k,l,n)=j-v$
最後に$a(k,l,n)$については、全体の和が$n$であることから
$a(k,l,n)=n-v-(i-v)-(j-v)=n-i-j+v$と計算することができる。
またこれらの個数を実現する$k$の選び方は、
$l$の後ろ$j$個の1の中で$v$個の1を選ぶ:$\binom{j}{v}$通り
$l$の前$n-j$個の0の中で$i-v$個の1を選ぶ:$\binom{n-j}{i-v}$通り
これらで決定することができる。
以上をまとめると
\begin{align*}
J_{i,j}^{(n)}=\sum_v\binom{n}{j}\binom{j}{v}\binom{n-j}{i-v}
\alpha^{n-i-j+v}\beta^{i-v}\gamma^{j-v}\delta^v
\end{align*}
がわかり題意の式を示すことができた。(証明終わり)
幕間とか言いながら、話が長くなってしまった。
Krawtchouk行列と呼ばれる、Krawtchouk多項式の特殊値を成分に持つ行列を考えた。
この行列の特徴として、
Hadamard行列の一種であるWalsh行列から添え字の2進数展開に関する適切な範囲で和を取ると得られる
ということが知られていた。
この事実の一般化に繋がる概念として(*)型の行列を導入した。
群構造がGLから埋め込まれる、すなわち2次元の表現を持つことが重要な性質の一つであった。
さらに、Walsh行列からKrawtchouk行列の構成法が一般の(*)型の行列に対しても同様にできることを言った。
これらの内容は表現論のもう少し深い観点から見つめ直すことができるのだが、
話していると本題から外れすぎてしまう。
またいつか書くことにしよう。
先にHahn多項式系の話を片付けるはずだったのだ。
次の記事では、Krawtchouk多項式の極限として現れるCharlier多項式についてまとめる。