前回 は, quiverやその表現などの定義を考えました. 表現の射が与えられたとき, 線形写像に核・余核があることと自明なquiver表現として零表現があるので, 表現の射にも核・余核を定義したいという気持ちになります. 今回は表現の射の核・余核について定義し, 圏論的な観点からも見てみようと思います.
前回と同様, 特に断りの無い限り, 有限quiverおよび有限表現について考えます.
$Q$をquiverとし, $M=(M_{i},\varphi_{\alpha})_{i\in{Q_{0}},\alpha\in{Q_{1}}},M'=(M'_{i},\varphi'_{\alpha})_{i\in{Q_{0}},\alpha\in{Q_{1}}}$を$Q$の表現, $\shazou{f}{M}{M'}$を表現の射とする.
$Q$の表現$L=(L_{i},\psi_{\alpha})_{i\in{Q_{0}},\alpha\in{Q_{1}}}$を次のように定める:
この$L$を$\kernel{f}$と表し, $f$の核という.
ここで, この$L$はちゃんと$Q$の表現になっているのかということが問題になります. これをちゃんと確かめておきましょう.
上の定義における$L=(L_{i},\psi_{\alpha})$は$Q$の表現である.
各$i\xrightarrow{\alpha}j$に対し, $\shazou{\psi_{\alpha}}{L_{i}}{L_{j}}$がwell-definedであることを示せばよい.
$l_{i}\in{L_{i}}$に対し, $f_{i}(l_{i})=0$であることと$\gousei{f_{j}}{\varphi_{\alpha}}=\gousei{\varphi'_{\alpha}}{f_{i}}$($\because f$:表現の射)より$0=\varphi'_{\alpha}f_{i}(l_{i})=f_{j}\varphi_{\alpha}(l_{i})$となるので, $\varphi_{\alpha}(l_{i})\in{L_{j}}$を得る.
したがって, $\psi_{\alpha}$はwell-definedである.
$\incl{\iota_{i}}{L_{i}}{M_{i}}$を包含写像とすると, $\shazou{\iota=(\iota_{i})}{L}{M}$は$L$から$M$への包含写像とみることができます. これを$\incl{\iota}{L}{M}$と表すことにします.
$Q$をquiverとし, $M=(M_{i},\varphi_{\alpha})_{i\in{Q_{0}},\alpha\in{Q_{1}}},M'=(M'_{i},\varphi'_{\alpha})_{i\in{Q_{0}},\alpha\in{Q_{1}}}$を$Q$の表現, $\shazou{f}{M}{M'}$を表現の射とする.
$Q$の表現$N=(N_{i},\chi_{\alpha})_{i\in{Q_{0}},\alpha\in{Q_{1}}}$を次のように定める:
このNを$\coker{f}$と表し, $f$の余核という.
核のときと同様に, この$N$はちゃんと$Q$の表現になっているのかをちゃんと確かめておきましょう.
上の定義における$N=(N_{i},\chi_{\alpha})$は$Q$の表現である.
$\chi_{\alpha}$がwell-definedであることを示す.
$\overline{m'_{i}}=\overline{m''_{i}}\in{N_{i}}$とすると, $m'_{i}-m''_{i}=f_{i}(m_{i})\,(\sonzai{m_{i}}\in{M_{i}})$と表せる.
このとき,
$\varphi'_{\alpha}(m'_{i})-\varphi'_{\alpha}(m''_{i})=\varphi'_{\alpha}(m'_{i}-m''_{i})=\varphi'_{\alpha}f_{i}(m_{i})=f_{j}(\varphi_{\alpha}(m_{i}))\in{N_{j}}$
これより, $\overline{\varphi'_{\alpha}(m'_{i})}=\overline{\varphi'_{\alpha}(m''_{i})}$となる.
$\proj{p_{i}}{M'_{i}}{N_{i}}$を自然な全射とすると, $\shazou{p=(p_{i})}{M'}{N}$は$M'$から$N$への自然な全射とみることができます. これを$\proj{p}{M'}{N}$と表すことにします.
包含写像により得られる表現の射$\incl{\iota}{L}{M}$によって, $L$は$M$の表現の一部とみなすことができます.
$L,M$をquiver$Q$の表現とする.
$L$が$M$の部分表現であるとは, $\incl{\iota}{L}{M}$が存在することである.
また, このとき$M$の$L$による商表現を$\qg{M}{L}:=\coker{\iota}$により定める.
$M=(M_{i},\varphi_{\alpha}),N=(N_{i},\psi_{\alpha})$をquiver$Q$の表現とし, $\shazou{f}{M}{N}$を表現の射とする.
このとき, $\qg{M}{\kernel{f}}\cong\image{f}$が成り立つ.
ここで, $\image{f}=(\image{f}_{i},\psi'_{\alpha})$において$\psi'_{\alpha}$は$\psi_{\alpha}$を$\image{f}_{i}$上に制限したもの, すなわち次の図式が可換になるようなものである:
$\xymatrix{
M_{i} \ar[r]^-{\varphi_{\alpha}} \ar[d]_-{f_{i}} \ar@/_30pt/[dd]_-{f_{i}} \ar@{}@<-4ex>[dd]|{\circlearrowright} & M_{j} \ar[d]^-{f_{j}} \ar@/^30pt/[dd]^-{f_{j}} \ar@{}@<4ex>[dd]|{\circlearrowright} \\
\image f_{i} \ar@{.>}[r]^-{\psi'_{\alpha}} \ar[d] & \image f_{j} \ar[d] \ar@{}@<0ex>[lu]|{\circlearrowright} \\
N_{i} \ar[r]^-{\psi_{\alpha}} & N_{j} \ar@{}@<0ex>[lu]|{\circlearrowright}
}$
具体的には, $\psi'_{\alpha}(f(m_{i})):=f_{j}\varphi_{\alpha}(m_{i})$と定めることとする.
各$f_{i}$は線形写像なので, 同型写像$\shazou{\overline{f}_{i}}{\qg{M_{i}}{\kernel{f_{i}}}}{\image{f_{i}}},\,\overline{f}_{i}(\overline{m_{i}}):=f_{i}(m_{i})$を誘導する.
ここで, $\qg{M}{\kernel{f}}=(\qg{M_{i}}{\kernel{f}_{i}},\chi_{\alpha}),\,\chi_{\alpha}(\overline{m_{i}})=\overline{\varphi_{\alpha}(m_{i})}$とおくと,
\begin{align}
&\overline{f}_{j}\chi_{\alpha}(\overline{m_{i}})= \overline{f}_{j}\left(\overline{\varphi_{\alpha}(m_{i})}\right)=f_{j}\varphi_{\alpha}(m_{i})\\
&\psi'_{\alpha}\overline{f}_{i}(\overline{m_{i}})=\psi'_{\alpha}f_{i}(m_{i})=f_{j}\varphi_{\alpha}(m_{i})
\end{align}
となるので, 次の図式が可換になる:
$\xymatrix{
\qg{M_{i}}{\kernel{f}_{i}} \ar[r]^-{\chi_{\alpha}} \ar[d]_-{\overline{f}_{i}} & \qg{M_{j}}{\kernel{f}_{j}} \ar[d]^-{\overline{f}_{j}}\\
\image{f}_{i} \ar[r]_-{\psi'_{\alpha}} & \image{f}_{j} \ar@{}@<0ex>[lu]|{\circlearrowright}
}$
したがって, $\shazou{\overline{f}}{\qg{M}{\kernel{f}}}{\image{f}}$は表現の間の同型射となる.
表現と表現の間の射があるということは, そこから圏を作ることができます.
$Q$を有限quiverとする.
$\rep{Q}$という圏を次のように定める:
核・余核は圏論的な定義をすることが可能です. これを利用して, 先ほど考えた表現の射の核・余核が圏論的な意味での$\rep{Q}$における核・余核を与えることを確認したいと思います.
$\mathscr{C}$を零射を持つ圏とし, $f\in\mathscr{C}(X,Y)$とする.
$\mathscr{C}$を圏とし, $f\in\mathscr{C}(X,Y)$とする.
線形空間においては, 線形写像がモノ射(resp. エピ射)であることと単射(resp. 全射)であることは同値であることが分かります.
$k$は(代数的閉体とは限らない)体とする.
$\mathbf{Vect}_{k}$を$k$-線形空間のなす圏とし, $\shazou{f}{V}{W}$を$k$-線形写像とする.
このとき, 次が成り立つ:
(1) $f:\mathbf{Vect}_{k}$におけるモノ射$\Leftrightarrow f:$単射
(2) $f:\mathbf{Vect}_{k}$におけるエピ射$\Leftrightarrow f:$全射
次の補題は上の命題から示すことができます.
$Q$の表現の射$\shazou{f=(f_{i})}{M}{M'}$に対し,
$M,M'\in\rep{Q}$および$f\in\Hom{M}{M'}$に対し,
$(\kernel{f},\incl{\iota}{\kernel{f}}{M}),(\coker{f},\proj{p}{M'}{\coker{f}})$はそれぞれ$f$の核・余核となる.
これまでに見てきたことから次が分かります. アーベル圏についてはおそらく深掘りはしないと思います
$\rep{Q}$において, 次が成り立つ:
(1) 任意の$M,N\in\rep{Q}$に対し, $\Hom{M}{N}$は$k$-ベクトル空間
(2) 任意の$L,M,N\in\rep{Q}$に対し, 合成$\shazou{\,\circ\,}{\Hom{M}{N}\times\Hom{L}{M}}{\Hom{L}{N}}$は$k$-双線形写像
(3) 任意の$M,N\in\rep{Q}$に対し, 直和$M\oplus{N}$が存在する
(4) 零対象$0\in\rep{Q}$が存在する
(5) 任意の$f\in\Hom{M}{N}$は核$(K,\shazou{\iota}{K}{M})$および余核$(N,\shazou{p}{N}{C})$をもち, $\coker{i}\cong\kernel{p}$
特に, $\rep{Q}$はアーベル圏となる.
(5)は$\incl{\iota}{\kernel{f}}{M},\proj{p}{N}{\coker{f}}$を考えれば, 第一同型定理より$\coker{i}=\qg{M}{\kernel{f}}\cong\image{f}=\kernel{p}$となる.
今回は表現の間の射の核・余核に関する性質について確かめました.
次回は, 表現の間の射による完全列について見ていこうと思います.