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大学数学基礎解説
文献あり

同型写像に基づくベクトル空間の定義

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はじめに

はじめまして。中平健治と申します。通常とは異なるベクトル空間の定義を紹介したいと思い,記事を書いてみました。

標準的には,ベクトル空間は「和とスカラー倍を備えていていくつか(8個前後)の条件を満たす集合」のように定義されます。しかし,初学者にとっては,これらの条件の「ココロ」や「本質的な意味」をすぐに理解することは,難しいかもしれません。

この記事では,線形代数のごく基礎的な知識をもつ読者を対象として,標準的な定義とは異なる視点でベクトル空間を定義する方法を紹介します。紹介する定義では8個前後の条件を明示的に用いることなく,同型写像の概念を用いてベクトル空間を素直に特徴付けます。標準的な定義と同値であることも容易に示せます。

標準的な定義とこの記事で紹介する定義の両方を知れば,きっとベクトル空間や線形写像に関する理解が深まることと思います。

補足:
この記事は文献Nak-2024の概要を紹介したものです。もし間違いなどがありましたら,ご指摘くださると幸いです。

標準的なベクトル空間の定義

定義

話を簡単にするために,この記事では実ベクトル空間に限定することにします(実ベクトル空間を単にベクトル空間とよびます)。実数全体から成る集合をRと書き,実数をスカラーとよぶことにします。

補足:
Rを任意の体に置き換えれば,一般のベクトル空間にすぐに拡張できます。

まずは,標準的なベクトル空間の定義を示します。ベクトル空間では,和とスカラー倍という2種類の演算が登場します。

和とスカラー倍を備えた集合

ある集合Xを考える。各x,yXに対してxyの和とよばれるXの要素(x+yと書く)が定まっているとき,X和を備えているとよぶ。また,各aRと各xXに対してxaとよばれるXの要素(axまたはaxと書く)が定まっているとき,Xスカラー倍を備えているとよぶ。

標準的な意味でのベクトル空間

和とスカラー倍を備えた集合Vを考える。Vのある要素0が存在して任意のa,bRx,y,zVに対して次の条件をすべて満たすとき,標準的な意味でのベクトル空間とよぶ。

  1. x+0=x
  2. x+(y+z)=(x+y)+z
  3. x+y=y+x
  4. x毎に)xVが存在してx+(x)=0
  5. 1x=x
  6. a(bx)=(ab)x
  7. a(x+y)=ax+ay
  8. (a+b)x=ax+bx

ベクトル空間の次元についても述べておきます。標準的な意味でのベクトル空間Vを考えます。ある自然数(1以上の整数)Nに対して,Vの部分集合のうちN個の要素から成るものY:={un}n=1Nが存在して各xV
x=n=1Nanun(anR)
の形で一意的に表せるとき,YV基底とよび,NV次元とよぶことにします。

補足:
ここでは話を簡単にするため,1次元以上の有限次元空間のみに対して基底や次元を定めています。
RN

ベクトル空間の代表例は,N次元列ベクトル空間RNです(Nは自然数)。この空間は
RN:={s:=[s1,s2,,sN]Ts1,s2,,sNR}
で定められます(Tは転置)。RNは次のように定められる和とスカラー倍を備えています。

(i) 和:各s,tRNについてs+t:=[s1+t1,s2+t2,,sN+tN]T
(ii) スカラー倍:各aR, sRNについてas:=[as1,as2,,asN]T

別の定義を考えたくなる理由

初学者にとっては,Standardで示した8個の条件が唐突に現れるように感じるかもしれません。これらの条件を違和感のない形で導入するため,線形代数の多くの入門書では概ね次のような流れでベクトル空間を説明しているように思います。

  1. N次元列ベクトル空間RN(またはこれと似たような空間)を導入する
  2. RNがこれらの8個の条件を満たすことを述べる
  3. これらの8個の条件を満たすより一般的な集合として,Standardのような定義を紹介する

このような説明を別の観点で捉えると,和とスカラー倍に関してRNと同じ演算規則をもたせるために8個の条件の組が用いられているといえそうです。このように捉えたとき,「8個の条件の組」よりも「RNと同じ演算規則をもつこと」のほうがより本質的であるような気にならないでしょうか?このように考えると,「RNと同じ演算規則をもつこと」を素直に定義として採用したほうがわかりやすいかもしれません。

N次元ベクトル空間の別定義

定義

この記事におけるベクトル空間の定義を述べます。以降では,Standardで定めたベクトル空間を標準的な意味でのベクトル空間とよんで,これから紹介する定義と区別します。

準備として,線形写像と同型写像を次のように定義します。

線形写像

和とスカラー倍を備えた2個の集合XYを考える。写像f:XYが次の二つの条件を満たすとき,線形であるとよぶ。

(a) 和を保存:任意のx,yXについてf(x+y)=f(x)+f(y)を満たす。
(b) スカラー倍を保存:任意のaR, xXについてf(ax)=af(x)を満たす。

なお,これらの式の左辺におけるx+yaxXで定められている和とスカラー倍で,右辺におけるf(x)+f(y)af(x)Yで定められている和とスカラー倍です。

同型写像

可逆な線形写像を同型写像とよぶ。また,和とスカラー倍を備えた2個の集合XYに対してXからYへの同型写像が存在するとき,XY同型であるとよびXYと書く。

なお,写像f:XY可逆であるとは,合成gfと合成fgがともに恒等写像であるような写像 g:YXfの逆写像とよぶ)が存在することをいいます。fの逆写像gはしばしばf1と表されます。

補足:
上の線形写像と同型写像の定義は,XYが標準的な意味でのベクトル空間の場合には標準的な定義と同値です。しかし,これ以外の場合にも定義されているという意味で,標準的な定義を一般化したものだといえます。

N次元ベクトル空間を次のように定義します。

N次元ベクトル空間

和とスカラー倍を備えた集合Vを考える。ある自然数Nに対してVRNであるとき,VN次元ベクトル空間とよぶ。

この定義では,Standardで述べた8個の条件を用いる代わりに「RNと同じ演算規則をもつこと」をより素直な形で述べているといえます。ただし,この定義ではRNで述べた特定の集合RNを前提としており,標準的な定義と比べて長所・短所があると思います。

標準的な定義との同値性

次の命題が成り立ちます。

和とスカラー倍を備えた集合Vと自然数Nについて,以下は同値である。

(A) Vは標準的な意味でのN次元ベクトル空間である
(B) VN次元ベクトル空間である

(A)(B):Vの基底{un}n=1Nを任意に選んだとき,写像Vn=1Nanun[a1,a2,,aN]TRNが同型写像であることから容易にわかる(逆写像はRN[a1,a2,,aN]Tn=1NanunVである)。
(A)(B):ベクトル空間の定義より,同型写像ψ:VRNが存在する。0:=[0,0,,0]TRNとおいてx,y,zVを任意に選んだとき,ψ(x), ψ(y), ψ(z)RNは任意のa,bRに対して(Standardの条件(1)~(8)に対応する)次の性質を満たす。

(1') ψ(x)+0=ψ(x)
(2') ψ(x)+[ψ(y)+ψ(z)]=[ψ(x)+ψ(y)]+ψ(z)
(3') ψ(x)+ψ(y)=ψ(y)+ψ(x)
(4') (ψ(x)毎に)ψ(x)Vが存在してψ(x)+[ψ(x)]=0
(5') 1ψ(x)=ψ(x)
(6') a[bψ(x)]=(ab)ψ(x)
(7') a[ψ(x)+ψ(y)]=aψ(x)+aψ(y)
(8') (a+b)ψ(x)=aψ(x)+bψ(x)

これらの各式に対して両辺をψ()の形で表してからψ1を施せば,条件(1)~(8)が得られる。たとえば,性質(1')の左辺はψ(x)+ψ(0)=ψ(x+0)(ただし 0:=ψ1(0)V)であるため,ψ1を施すとx+0が得られる。また,右辺にψ1を施すとxとなるため,条件(1)のx+0=xが得られる。条件(2)~(8)も同様である。したがって,Vは標準的な意味でのN次元ベクトル空間である。

この証明からわかるように,Proposedのようにベクトル空間を定めれば,RNが満たしている性質(1')~(8')と同型写像ψ(およびその逆写像ψ1)によって,条件(1)~(8)が導かれます。

無限次元ベクトル空間への拡張

上の考え方は無限次元ベクトル空間に容易に拡張できます。まず,RNを拡張した集合を次のように定めます。

集合RJ

集合Jに対し,JからRへの写像s:JjsjRのうちsj0を満たすjJが有限個であるようなものの全体から成る集合をRJとする。ただし,RJは次のように定められる和とスカラー倍を備えているものとする。

(i) 和:各s,tRJを写像s+t:Jjsj+tjRに写す(s+tRJである)。
(ii) スカラー倍:各aR, sRJを写像as:JjasjRに写す(asRJである)。

次に,RJと同型な集合としてベクトル空間を定めます。

ベクトル空間

和とスカラー倍を備えた集合Vを考える。ある集合Jが存在してVRJであるとき,Vベクトル空間とよぶ。

N次元ベクトル空間はベクトル空間

自然数Nに対してN~:={1,2,,N}とおくと,RNRN~です。実際,各[s1,s2,,sN]TRNを写像N~nsnRに写すような写像は,RNからRN~への同型写像です。このため,Proposedで定めたN次元ベクトル空間はProposed2で定めたベクトル空間です。

和とスカラー倍を備えた集合Vについて,以下は同値である。

(A) Vは標準的な意味でのベクトル空間である
(B) Vはベクトル空間である

(A)(B):Vの基底Yを任意に選ぶ。

補足:
Vのある部分集合Yに対して 各xVx=yYxyy(ただし各xyRの要素でありxy0を満たすyYは有限個) の形で一意的に表されるとき,YV基底とよぶ。(選択公理のもとで)Vは基底をもつことが知られている。

xVx=yYxyy (xyR)の形で一意的に表せて,xを写像YyxyRに写すようなVからRYへの写像ψを考えられる。ψは同型写像であり,その逆写像ψ1RYsyYsyyVであることがすぐにわかる。したがって,VRYであるため,Vはベクトル空間である。

(A)(B):命題1の証明と同様。

まとめ

8個前後の条件の組を用いる標準的なベクトル空間の定義とは異なる方法として,「RNと同型な集合」のようにベクトル空間を定義する方法を紹介しました。また,紹介した別定義が標準的な定義と同値であることを示しました。標準的な定義で現れる条件の組よりも「RNと同じ演算規則をもつこと」のほうがベクトル空間の本質に近いと考える方にとっては,紹介した別定義のほうが納得感があるかもしれません。

紹介した別定義では,先に線形写像を定めてからベクトル空間を定めました。ベクトル空間と線形写像は切っても切り離せない関係にありますので,この別定義を知ることは線形代数を理解するために役立つのではないかと思います。

参考文献

投稿日:2024426
OptHub AI Competition

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投稿者

量子論 / 量子情報理論 / 量子測定 の研究者です。

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  1. はじめに
  2. 標準的なベクトル空間の定義
  3. 定義
  4. 別の定義を考えたくなる理由
  5. $N$次元ベクトル空間の別定義
  6. 定義
  7. 標準的な定義との同値性
  8. 無限次元ベクトル空間への拡張
  9. まとめ
  10. 参考文献