はじめに
この記事では
前回の記事
に引き続き超幾何数列の基本事項についてまとめていきます。
前回までの記事では一変数の超幾何数列に注目して閉形式の求め方や漸化式の解き方について解説してきましたが、今回からは二変数の超幾何数列に焦点を当てていきます。
二変数の超幾何数列
超幾何数列
二重数列が超幾何数列であるとは
がそれぞれについての有理関数となることを言う。
proper
超幾何数列がproperであるとは、ある多項式およびある定数
が存在して
と表せることを言う。
なおあるに対しが以下の整数となるようなに対しては定義されない(ill-definedである)ものとし、またあるに対しが以下の整数となるようなに対してはと定めます。例えば二項係数
はに対しては定義されず、またはにおいてはと定まります。
ちなみにをポッホハマー記号
とするとproperな超幾何数列は
のようにも表せます。
基本定理
本題に入っていく前にまずはproperな超幾何数列が満たす漸化的性質について紹介しておきましょう。
Sister Celine's Method
properな超幾何数列はに依らない漸化式を満たす。
つまりある(どれか一つはではない)多項式が存在して
が成り立つ。さらにこの(の上界)として
と取れる(ただしはについての次数を考えるものとした)。
証明
方針
を任意に取りを未知数とする線形方程式
を考えたとき、両辺をで割ることでこの方程式はある多項式を用いて
と表せ、またの最小公倍多項式をとおくと
という多項式の恒等式に帰着できる。
ここでこの左辺のについての次数をとおくと係数比較によってこれは本の方程式に分解でき、またこの方程式の未知数の個数は個であるので十分大きいに対し
が成り立つことを示せばよい(一般に方程式の本数より未知数の個数の方が多い線形方程式は非自明な解を持つことが知られている)。
最小公倍多項式
以下簡単のために対し
と定める(は上昇階乗(rising factorial)と下降階乗(falling factorial)の頭文字を取っている)。
このとき
と置いていたのでは
のように表せる(ただしは既約分数とは限らない)。ここで実数に対し
と定めたとき
が成り立つことに注意するとの最小公倍多項式は
と求まる。
次数の評価
このとき
およびに注意すると
が成り立つことがわかる。
したがってはについての一次関数程度の大きさであり、が十分大きいときこれはより小さいことがわかる。特に
とおき
とすると
と所望の不等式が満たされることがわかる。
なおproperという条件は
とおいたときの最小公倍多項式に対し
のについての次数を推定するためにのみ利用しており、一般の超幾何数列に対しても上と同様の方針で
を満たすようなの取り方があれば
という漸化式が存在することがわかります。
ちなみにの上界について次のような事実も知られています(証明は気が向いたら書きます)。
properな超幾何数列が多項式部分を持たない、つまり
と表されるとき、定理1におけるの上界として
と取れる。ただし実数に対して
と定めるものとした。
Zeilberger's Method
properな超幾何数列に対して、ある(どれか一つはでない)多項式およびをについての有理関数とするような数列が存在して
が成り立つ。
証明
構成法
がproperであることから
なる多項式が取れ、これに対し多項式を
によって定める。またをそれぞれについての前進作用素、つまり数列に対して
と定めると
が成り立つことに注意する。
いまをの多項式としてで割ることで
と表すと
が成り立つので
とおくと
を得る。またの取り方からはについての有理関数となる。
非自明性
次にを満たすような多項式が存在することを示す。
いまを満たすような多項式であってについての次数が最小となるようなものを取る。このときが成り立つとすると
よりはに依らない数列となり、またこれは超幾何数列であったことからあるでない多項式が存在して
が成り立つ。
したがってとおくと
つまり
はを満たす多項式となるが
であったことからはについてよりも次数が低い多項式であり、これはの取り方に矛盾。よってを得る。
この結果もproperという条件は定理1のような漸化式
の存在を保証するためにのみ利用しており、一般の超幾何数列に対してもこのような漸化式が存在すれば
を満たすような数列を構成することができます。
二重数列の総和
さて
第一回の記事
でも言及したように我々が(proper) 超幾何数列を考える上で関心が高いのはその総和
が閉形式で表せるか、ということにあります。
ここで注目したいこととして
第二回の記事
(問題4)にて紹介したように
という和はを用いた閉形式に表せないのに対し
という和はについての閉形式に表せるという現象があります。
このように二重数列の総和を考える上で興味深いのは"不定和分"ではなく"定和分"を求めることにあります(そもそも前者については
Gosper's algorithm
によって解決できます)。したがって以下では
という和の持つ性質について考えていきましょう。
和の範囲について
ちなみにが分母にのような因子を持つときはを境にその前か後ろでは常にとなるので、いま考えている和は多くの場合ある有理数を用いて
や
のように表せます(無限和の場合は収束級数を考えるものとします)。
また各に対しはについてill-definedな点を持つ場合もありますが、少なくともこのような範囲においてwell-definedであれば気にしないものとします。
基本定理
この問題において重要なのは、驚くべきことに、はP-再帰的であるという事実が成り立つことにあります。
properな超幾何数列に対しとおくと、ある(どれか一つはでない)多項式が存在して
が成り立つ。
定理1によりはに依らない漸化式
を満たすので、この左辺をについて足し合わせることで
という漸化式を得る。
がP-再帰的であるということはその閉形式を考えることができるということになります。
またの漸化式が得られればその閉形式は
第一回の記事
にて説明したようなステップによって求めることができるので、以下ではその「の満たす漸化式をどうやって求めるのか」という問題について考えていくこととしましょう。
Sister Celine's Algorithm
素朴には上で説明したように定理1のような漸化式
を求め、これをについて足し合わせることで
という漸化式を得るという方法があります。
また定理1のような漸化式はその導出をそのまま辿る、つまり以下のようなステップによって求めることができます。
- を任意に取り、未知数についての方程式
を考える。 - 各に対し
なる多項式を求める。 - の公倍多項式を求め
という多項式の恒等式に帰着させる。 - この両辺をについて係数比較することによって得られるについての線型方程式を解く。
- もしその方程式が非自明な解を持たなければをより大きく取り直して同様の試行を繰り返す。
Zeilberger's Algorithm
しかし我々が求めたいのは
という多項式であり、この個々のまで求める必要はありません。そこでを経由せず直接を求めるために定理2のような漸化式
を考えてみましょう。
なおある有理関数が存在してと書けるとのことだったので、適当なに対してなりなりが成り立てばにも同様の事実が成り立ち、したがって上の漸化式をについて足し合わせることで
というについての漸化式が得られることとなります。
問題の帰着
いま考えている等式の左辺
をについての超幾何数列とみなすと
よりはGosper総和可能ということになります。したがってこの問題には
Gosper's algorithm
の考え方が応用できることになります。
ステップ1
まず
なる多項式を構成してみましょう。
いま
とおくと
ただし
と表せます(ここではの取り方に依らず定まる多項式であることに注意しましょう)。
また
Gosper's algorithm
のステップ1によって
なる多項式であって任意の非負整数に対し
を満たすようなものを取り、とおくと
と表せることとなります。
ステップ2
このとき
とおくとは多項式であり
を満たすのでした。
ここではの取り方に依らず定まる多項式であったことに注意すると
Gosper's algorithm
のステップ2によっての次数の上界を求めることができます。このとき
とおくと方程式
はについての係数比較によりの未知数
についての線型方程式に帰着でき、あとはこれを解くことで万事解決となります。
まとめ
以上の議論をまとめると
を満たすような多項式および超幾何数列は以下のようなステップによって求めることができます。
- を任意に取り、未知数および未知の超幾何数列についての方程式
を考える。 - 多項式を
によって定め
とおく。 -
Gosper's algorithm
のステップ1によって
なる多項式であって任意の非負整数に対し
を満たすようなものを取り、とおく。 -
Gosper's algorithm
のステップ2によって
を満たすような多項式の次数の上界を求め
と展開し、についての係数比較によって得られる
についての線形方程式を解く。 - もし非自明な解が得られれば
が求める超幾何数列となる。
もし非自明な解が得られなければをより大きく取り直して同様の試行を繰り返す。
計算例
以下で簡単な計算例について紹介しておきますが、流石に二重数列の計算ともなると手計算が地獄となるので基本的には機械計算に頼った方がいいと思います。
解説
とおく。これは二項係数の漸化式
の両辺にを掛けることで
という漸化式を満たすことがわかる。
したがってこれをについて足し合わせることで
という漸化式が得られ、またに注意すると
と求まる。
解説
とおくと、これも二項係数の漸化式から
という漸化式を満たすことがわかる。
したがってこれをについて足し合わせることで
つまり
という漸化式が得られ、また
に注意すると
と求まる。
解説
とおきZeilberger's algorithmを実行する。
とりあえずとし
とおく。このとき
が成り立つので
とおくとよい。
このとき
なる多項式が存在すればその次数は高々であることがわかるので
とおくとについての係数比較によって
つまり
という方程式が得られるので、これを解くことでその解の一つとして
と求まる。
以上より
という漸化式が得られ、またに注意すると
と求まる。
ちなみにこのとき
であったのでこれによっては
と求まる。またこの問題をSister Celine's algorithmによって解く場合は
という漸化式が得られる。