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数学史・伝記解説
文献あり

ラマヌジャンがハーディに宛てた手紙

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 これはある男がある名門大学の教授に向けて宛てた手紙の一部である。

I beg to introduce myself to you
(自己紹介をさせてください.)
 
as a clerk in the Accounts Department of the Port Trust at Madras on a salary of only £20 per annum.
(私はマドラス港湾信託局経理部の年俸20ポンドの事務官です.)
 
I am now about 23 years of age.
(年齢は23歳であります.)
 
I have had no University education but I have undergone the ordinary school course.
(大学には進学しませんでしたが, 普通教育は受けました.)
 
After leaving school I have been employing the spare time at my disposal to work at Mathmatics.
(学校を卒業して以来, これまで寸暇を惜しんで数学の研究に専念してまいりました.)
 
I have not trodden through the conventional regular course which is followed in a University course,
(大学の専門課程のような正規の高等教育を受けてはいませんが,)
 
but I am striking out a new path for myself.
(独学で新しい研究の道を切り拓いてまいりました.)
 
I have made a special investigation of divergent series in general
(私は主に発散級数の研究をしてまいりました.)
 
and the result I get are termed by the local mathmaticians as "starling".
(そして私の研究成果は, 当地の数学者たちから"驚嘆に値する"との評価をいただいております.)

 彼は数学に対し高い関心を寄せていたが、研究を続けていくにはあまりにも貧しかった。

I am already a half starving man.
(私はすでに半分餓死しそうな男であります。)
 
To preserve my brains I want food
(頭脳を働かすためには食べなければなりません.)
 
and this is now my first consideration.
(そして, これが現在私の最大の関心事です.)

 そんな境遇の中、彼は一縷の望みに賭けるように自身の発見した50を超える定理の数々を紙にしたため、3人の教授に送った。そしてそのうちの一通は彼の人生を、そして現在に至るまでの数学の歴史を大きく変えることとなった。
 そんな彼の名前は、何を隠そう、かのシュリニヴァーサ・ラマヌジャンであった。

はじめに

 というわけでこの記事ではラマヌジャンがその人生を変えることとなった手紙の内容について紹介していこうと思います。
 またこの記事は 日曜数学 Advent Calendar 2023 および Mathlog Advent Calendar 2023 の22日目の記事となります。

 12/22といえばかの稀代の数学者シュリニヴァーサ・ラマヌジャンの誕生日です(今年で生誕136周年)。
ラマヌジャンの肖像 ラマヌジャンの肖像

ちなみに1222は私のMathlogのユーザーID (https://mathlog.info/users/1222)でもあります。運命的ですね。

 インドに生まれ、イギリスに渡り、世界に名を轟かせた数学者ラマヌジャン。皆さんご存じの通り彼は神懸かりとも言える数学の才能を持ち、それを象徴するような逸話が現代でも数多く語り継がれています。しかし彼の人生は決して順風満帆と言えるものではありませんでした。特にイギリスへの切符を手にする以前、25歳の彼は絶望の最中にいました。
 当時、彼はインドの数学誌への投稿により地元の数学者の中で有名人になっており、手に職もつき、理解ある協力者にも恵まれていました。しかし彼が研究を続けていくには貧困という絶対的な壁が立ちはだかっていました。当時の相場では年収40ポンドで生活費をギリギリ賄える程度であったらしいですが、ラマヌジャンの年収はわずか20ポンドでした。
 それだけでなく大学に行こうにも数学以外への関心が極端に低いために奨学金を打ち切られてしまったり、学位試験に不合格になった過去もあります。またラマヌジャンに"よき協力者"がいたと言えども、そのうちの一人がある手紙にて「当地に在住の数学教授によりますと, 当地において彼の研究を検討できるものは皆無なのです.」と綴っていたように彼の"よき理解者"となり得る者はもはやインドにはいませんでした。そんな先の見えない生活にラマヌジャンは経済的にも精神的にも追い詰められていました。
 そこで活路を切り開くべく、ラマヌジャンや彼の協力者たちはどうにかして本国(イギリス)の数学者にその才能を認めてもらえないかと手を尽くすことにしました。知識のある人間に認められれば当人から適切な指導を受けられるかもしれないし、また地位のある人間に認められれば大学や総督府から奨学金を得る助けになるかもしれない、というわけです。
 そんな背景を考えるとラマヌジャンはその送り相手の気を引くためにそれはそれは吟味して筆を執らなければならなかったはずです。この記事ではそうして書かれたラマヌジャンの手紙に一体どんな数式が綴られていたのかを眺めていきたいと思います。

第一の手紙

 1913年初頭、当時25歳のラマヌジャンはケンブリッジ大学の3人の教授に手紙を出していました。そのうち2人はそれに興味を示しませんでしたが喜ばしいことに残る1人、G.H. ハーディはやがてその真価に気付き、すぐさま次の行動に移りました。その後のことについては下で触れるものとしてまずはハーディに宛てられた手紙の内容を見てみましょう。

概要

 ラマヌジャンの手紙はその手紙の趣旨を綴った1ページと彼の発見した公式を書き並べた11ページから構成されています。また後者の内容はIからXIまでの11節に分けられています。なお残念ながらその11ページのうち8ページ目と10ページ目は今では失われてしまっています。
 最初の1ページについてはこの記事の冒頭で紹介した文から始まること以上に特に解説することもないのでその概要だけ述べておくと、「ガンマ関数の負値への拡張(解析接続)を基点とした研究をしているが理解者がいない」ということおよび「この手紙の内容に価値があると思っていただけたらそれを論文にしようと思っている」、「未熟者のため助言をいただけると幸いである」といったことが綴られています。

 (余談) 冒頭で見たようにこの手紙の中でラマヌジャンは23歳であると自己紹介していますが、実際の年齢は25歳でした。これは若いと思わせた方が好意的に受け取ってもらえると考えたためか、あるいは単に自身の年齢を正確には把握してなかったためだと言われています。

 何よりも注目したいのはその後11ページに及んで書き連ねられた公式の数々にあります。ラマヌジャンはこの手紙に着手した時点で既に何千もの公式を自身のノートブックに書き留めていましたが、11ページの手紙で紹介できるのは高々50~60個程度しかありません。ではラマヌジャンは一体その中のどれを選んでハーディに送ったのか、そしてその公式の価値を見抜いたハーディの目がいかに優れていたか、ということを実際の数式を眺めることで確かめていくこととしましょう。
 なお一つ一つの式への深堀りは下に挙げる文献にて十二分に行われているので、ここでは数式を鑑賞することに重きを置こうと思います。またそういう趣旨から以下に提示するのは原文そのままの数式ではなく、独断により大なり小なり見た目を整形したものであることをここに断っておきます。

I.素数の挙動について1

 ラマヌジャンはハーディの著書"Orders of Infinity"に

(x 以下の素数の個数)=2xdtlogt+ρ(x)
ただしρ(x)のオーダーはわからない。

とあるのを見て次のようなことを発見したと述べています。

ρ(e2πx)0x3において非常に小さい値を取るが、x>3において急激に増加する。
x以下の素数の個数を正確に表す関数を二通り見つけた。それはベルヌーイ数を用いた表し方と積分を用いた表し方がある。

 前者には反例があります。実際e6π1.5×108であるのに対し
π(108)=5761455,2108dtlogt5762208
つまりρ(108)753が成り立ちます。
 また後者の具体形はこの手紙では明かされませんでしたが第二の手紙にてその全貌を知ることができます。

II. 素数の挙動について2

 またラマヌジャンはAn+B型の素数の個数についても同様の式を発見したと述べ、更にx以下の4n1型素数、4n+1型の素数の個数π4,3(x),π4,1(x)の差を求める方法やその差が発散することを発見したと述べています。これについてもそのそれぞれの具体的な式や説明は書かれていません。
 ちなみにラマヌジャンは
π4,3(x)π4,1(x)(x)
を主張したわけですがこれは誤りであり、数年後ハーディとリトルウッドによりこの左辺は無限回符号を入れ替える、つまり振動するということが示されました。

III. 整数の挙動について

 ここからは公式がたくさん出てきます。
 ちなみにラマヌジャンは通常の意味の等号と近似としての等号を特に書き分けず、同じ記号"="で両辺を結んでいましたが、ここでは後者の意味の等号は""に書き直してあります。

(n より小さい 2p3q 型の整数の個数)12log(2n)log(3n)log2log3

 奇数個の相違なる素因数を持つ整数全体
X={2,3,5,7,11,13,17,19,23,29,30,31,37,41,42,}
を考える。このとき
(n より小さい mX の個数)3nπ2nX1n2=92π2nX1n4=152π4
が成り立つ。

 約数関数d(n)=dn1に対し
k=1nd(k)n(2γ1+logn)+12d(n)
が成り立つ。ただしγはオイラー定数とした。

 この式は近似的にはあまり正確ではないが、漸近的には正しいものとなっています。

 2つの非負整数の平方和として表せる整数全体
X={1,2,4,5,8,9,}
に対し
(A 以上 B 以下なる nX の個数)=KABdxlogx+θ(B)
が成り立つ。ただしK=0.764でありθ(B)は直前の積分に比べて極めて小さい値である。

 ちなみにKはランダウ・ラマヌジャンの定数と呼ばれており
K=12p : primep3(mod4)11p2
と表されます。またある定数Cがあって
θ(x)Cx(logx)32
となることが知られています。

IV. 積分に関する定理

0(n=01+(xb+n+1)21+(xa+n)2)dx=π2Γ(a+12)Γ(a)Γ(b+1)Γ(b+12)Γ(ba+12)Γ(ba+1)

0(n=01(1+(xa+n)2)(1+(xb+n)2))dx=π2Γ(a+12)Γ(a)Γ(b+12)Γ(b)Γ(a+b)Γ(a+b+12)

0costxe2πx1dx=ϕ(t)
とおくと
0sintxe2πx1dx=ϕ(t)12t+ϕ(π2t)2π3t3
が成り立つ。また特殊値として
ϕ(0)=112,ϕ(π2)=14π,ϕ(π)=228,ϕ(2π)=116,ϕ()=0ϕ(π5)=6+545108,ϕ(2π5)=83516,ϕ(2π3)=133(31618π)
が成り立つ。

0(n=011+r2nx2)dx=π2(n=0rn(n+1)2)1

 ちなみにこの公式はラマヌジャンがインドの数学誌に出題および解決した問題の一つでもありました。

0sin2txx(coshπx+cosπx)dx=π42n=0(1)ne(2n+1)tcos(2n+1)t(2n+1)cosh(2n+1)π2

 偶数2nと実数xに対し
0tan1(2nzn2+x2z2)dze2πz1
は正確に求めることができる。

 ラマヌジャンはその具体形を明示しませんでしたがこの積分は
tan1(2nzn2+x2z2)=tan1zn+ix+tan1znix
とビネの公式
logΓ(t)=(t12)logtt+12log2π+20arctan(z/t)e2πz1dz
を組み合わせることで求められます。

V. 級数に関する定理

 以下(x)nをポッホハマー記号
(x)n=x(x+1)(x+n1)
とします。

n=11n32n=16(log2)3π212log2+n=11n3

n=0(8n+1)(14)n4(1)n4=22πΓ(34)2

n=0(1)n(4n+1)(12)n3(1)n3=2π

n=1n13e2nπ1=124

n=1cothnπn7=19π256700

n=0(1)n(2n+1)5cosh(2n+1)π2=π5768

n=11(n2+(n+1)2)(sinh(2n+1)πsinhπ)=12sinhπ(1π+cothππ2tanh2π2)

 この式には誤りがあり、正しくは左辺の分母のsinhcoshに書き直す必要があります。

n=02n+1(25+(2n+1)3100)(e(2n+1)π+1)=π2coth25π2468911890

 この式にも誤りがあり、正しくは右辺に1を掛ける必要があります。

n=0(1)n(2n+1)7cosh((2n+1)π23)=π723040

 正の整数nに対して
k=1(1+(nk)3)
は正確に求めることができる。

 またしても具体形が示されていませんが、これはガンマ関数を用いて
1n3Γ(n)Γ(ωn)Γ(ωn)(ω=e2πi3)
と求まります。

2301tan1xxdx023tan1xxdx=π12log(2+3)

VI. 級数や積分の変形に関する定理

π(12+n=1(1)n2n1+2n+1)=n=0(1)n(2n+1)2n+1

n=0(1)nlog(2n+1)2n+1=12(π2γlog2π)n=0(1)n2n+1

n=0(1)n(3n)!(n!(2n)!)3x2n=(n=0xn(n!)3)(n=0(1)nxn(n!)3)

0aϕ(p,x)costx dx=ψ(p,t)
とおくと
π20aϕ(p,x)ϕ(q,tx)dx=0ψ(q,x)ψ(p,tx)dx
が成り立つ。

 αβ=πにおいて
α0ex2coshαxdx=β0ex2coshβxdx
が成り立つ。

 αβ=πにおいて
1α4(1+4α0xeαx2e2πx1dx)=1β4(1+4β0xeβx2e2πx1dx)
が成り立つ。

tn=0(1)net2/(2n+1)(2n+1)2n+1=πn=0et(2n+1)πsin(t(2n+1)π)

 非負整数nに対し
k=1k4n(ekπekπ)2=nπ(B4n8n+k=1k4n1e2kπ1)
が成り立つ。ただしBnはベルヌーイ数とした。

VII. 積分や級数の近似に関する定理

nxn2logn16x(x+1)logx19x3+14π2n=11n3+(x121360x+)

 この式の最後の項は
x12+n=0N12B2n+4(2n+1)(2n+2)(2n+3)(2n+4)x2n+1
と表せ、その誤差項はある0θ1を用いて
2B2N+4(2N+1)(2N+2)(2N+3)(2N+4)x2N+1θ
と表せます。

1+x1!+x22!++xxx!θ=ex2
ここでθ845k221なるkによってθ=13+4135(x+k)と表される。

 この式もインドの数学誌に投稿したものの一つでした。

n=0(xnn!)5=54π2e5x5x2x+θ
ここでθ=o(1)(x)である。

n=1n2enx12x3n=11n3112x+x1440+x3181440+x57257600+x7159667200+
ここでxは小さいものとした。おそらく0x2でこれが成り立つ。

 この式の最後の項は
n=0B2nB2n+2(2n+2)(2n)!x2n1
と表せます。

n=1nn2(1000+n)n110001.0125×10440

0aex2dx=π2ea22a+1a+22a+3a+42a+

(n=(1)nxn2)1
の冪級数展開におけるxnの係数q(n)
14n(cosh(πn)sinh(πn)πn)
に最も近い整数に等しい。

 この結果は正確ではなく、後のラマヌジャンの論文にて
q(n)=14πddneπnn+32πcos(23nπ16π)ddne13πnn+O(1n4)
という式に修正されています。なお
23cos(23nπ16π)={1n0(mod3)0n1(mod3)1n2(mod3)
が成り立つことに注意しましょう。

VIII. 楕円関数に関する定理

 VIII節には楕円関数に関する内容が書かれていたそうですが、上で述べた通りこの手紙の8ページ目は失われているため具体的に何が書かれていたのかはわかりません。

IX. 連分数に関する定理

 以下、簡単のため連分数
p1q1+p2q2+p3q3+
のことを
p1q1+p2q2+p3q3+
のように表します。

4x+122x+322x+522x+722x+=(Γ(x+14)Γ(x+34))2

P=Γ(14(x+m+n+1))Γ(14(x+mn+1))Γ(14(xm+n+3))Γ(14(xmn+3))Γ(14(xm+n+1))Γ(14(xmn+1))Γ(14(x+m+n+3))Γ(14(x+mn+3))
とおいたとき
1P1+P=mx+12n2x+22m2x+32n2x+42m2x+

z=n=0(12)n2(1)n2xn,y=π2z(1x)z(x)
とおいたとき
n=01(1+(2n+1)2a2)cosh(2n+1)y=12zx1+(az)21+(2az)2x1+(3az)21+(4az)2x1+

u=x1+x51+x101+x151+v=x51+x1+x21+x31+
とおいたとき
v5=u12u+4u23u3+u41+3u+4u2+2u3+u4

11+e2π1+e4π1+e6π1+=(5+525+12)e2π5

11eπ1+e2π1e3π1+=(552512)eπ5

 正の有理数nに対して
11+eπn1+e2πn1+e3πn1+
は正確に求めることができる。

 上の4つの公式は
11+q1+q21+q31+=n=1(1q5n4)(1q5n1)(1q5n3)(1q5n2)
という関係式とモジュラー方程式の理論を用いることで示すことができます。

X. 失われたページ

 X節の内容もまたこの手紙の10ページ目が失われたことにより今では闇に包まれています。ちなみにいくつかの状況証拠からX節に書かれていたことの一つとして今日で言うところのロジャース・ラマヌジャン恒等式
n=0qn2(1q)(1q2)(1qn)=n=11(1q5n4)(1q5n1)n=0qn2+n(1q)(1q2)(1qn)=n=11(1q5n3)(1q5n2)
があったのではないかと考察されています。

XI. 発散級数に関する定理

 ラマヌジャンは自身の発見した発散級数に関するいくつかの定理により以下のようなことができると主張しています。

・その収束・発散に関わらず任意の級数に対して意味のある値を与えることができる。
・項の数が分数あるいは負数となる場合にも意味を与えることができる。
・それらの値を正確に、あるいは近似的に計算することができる。

 相変わらずその理論の詳細は付記していませんが、具体例として以下のような公式を紹介しています。

12+34+=1411!+2!3!+=0.5961+2+3+4+=11213+23+33+43+=1120

 ちなみに
0.596=0et1+tdt112=ζ(1)1120=ζ(3)
と表せます。

k=0(12)k2(1)k21n+k=(Γ(n)Γ(n+12))2k=0n1(12)k2(1)k2

 これはラマヌジャンの理論が収束級数にも適用できる例として紹介されています。

読者への問い

 以上がラマヌジャンがハーディに宛てた手紙の全容となります。
 ここで一つ皆さんに聞いてみたいことがあります。もしこんな手紙が自身の元に送られてきたとしたら皆さんは何を思うことでしょうか。
 一度ハーディの視点に立って考えてみましょう。するとこの手紙は
・送り主は見ず知らずの、大学レベルの教養も受けていない、貧しいインド人
・一切の説明もなく、正しいかどうかもわからない複雑な、あるいはデタラメとも思える数式の羅列
・発散級数の研究などという不可解な発言
等々、この限られた文脈からアヤしくない点を挙げろと言う方が難しいはずです。

ハーディの反応

 実際ハーディ自身も最初はそう感じたことかと思います。しかし、幸運なことに、ハーディはこの手紙に記された数式の価値を見極めることができました。というのもラマヌジャンの送った数式の中には丁度ハーディ、およびその共同研究者であるJ.E. リトルウッドの専門に通ずるものがありました。それどころかかつてハーディが証明したものと全く同じ結果さえ含まれていました。
 ハーディがその手紙の真価に気付いてからというもの、その後の行動は速いものでした。まずハーディはその手紙の内容を精査すべく知り合いの数学者にラマヌジャンの手紙を見せて回りました。その様子はラマヌジャンへの返答の手紙にて

 私はあなたの結果のいくつか――特に楕円関数についての結果にはふれませんでした. これらについて私は, まったく言及しませんでした. というのも, この特別な問題に関しては, 私よりはるかに優れた専門家である他の数学者にそれらを渡してあるからです.

や同じくラマヌジャン宛ての3月26日付けの手紙にて

 私はすでにあなたの手紙をリトルウッド氏, バーンズ博士, ベリー氏そしてその他の数学者に見せてあります.

とあったり、1940年にラマヌジャンに関する書類を整理していた際に書かれた手紙にて

 思い当たる所は, 全部探してみましたが, 最初の手紙の途切れたページの痕跡は何も見つけることができませんでした. きっとなくなってしまったに違いありません. これはごく当然の事かもしれません. というのも, この手紙はラマヌジャンのことに関心をもったたくさんの人たちの間で廻し読みされたのですから.

とあることからも見て取れます。
 またラマヌジャンの手紙に記された日付は1月16日であり、それからどの程度でハーディの元に届いたかはわかりませんが、少なくとも2月2日付けのとある手紙では次のような様子が綴られています。

 ホールで会ったときのハーディとリトルウッドは大変興奮していました. というのも彼らは第2のニュートンを発見したというのです. その第2のニュートンというのは, マドラス在住のヒンドゥー教徒で年収20ポンド程の事務員です. 彼は手紙で独学で得たいくつかの結果をハーディに伝えてきたのですが, ハーディは, それがすばらしい結果でありしかも普通教育しか受けていない人間が発見したものとすればなおさらのことと考えています. ハーディは, ただちにこの男を当地に招聘したい旨を伝える手紙をインド局(Indian Ofiice)に送ったそうです.

これによるとハーディらはラマヌジャンのことを「第2のニュートン」と評し

Hady, and Littlewood in a state of wild excitement, ...

と形容されるほどの昂ぶりを見せていました。そして、気の早いことに、ラマヌジャンへの返答の手紙を書くよりもまず先に「この男をイギリスに招きたい」という旨の手紙をインドを管轄する機関に出していました。彼らがどれだけラマヌジャンのことを評価し、そして期待していたかがよくわかりますね。
 ちなみにハーディのインド局への働き掛けにより2月3日付けのある手紙には「彼にケンブリッジで教育を受けさせることを検討することは, 価値あることと思います.」という提言が早くも挙がっていました。

ハーディの返答

 その後ラマヌジャンへの返答は2月8日付けの手紙でなされました。その内容についても簡単に紹介しておきましょう。

ラマヌジャンへのメッセージ

 ハーディはラマヌジャンの驚異的な才能を認めつつも、彼自身による証明を見ないことには話は始まらないと考えていました。実際この手紙には

  • あなたの成果の価値を正確に判断するために, あなたの主張に対する証明を検証することが肝要です.
  • 新しくかつ重要と思われる結果がいくつかあります. しかし, そのほとんどすべては, あなたが採用した証明方法の厳密性にかかっています.
  • しかし私が特に望んでいるのは, ここにあるあなたの主張に対するあなた自身の証明を拝見することなのです.
  • この理論において, すべては証明の厳密な意味での正確性によっているのです.
  • もしあなたがそれらを正確かつ独立に証明することができたのならば, 私の意見としましては, それらは大いに注目すべき実績であります.
  • この組には, (証明が厳密であると仮定した上で) 素数に対するあなたの定理のいくつかを挙げるべきでしょう.
  • できるだけ速やかに, とにかく少しでも結構ですから証明を私に送り下さい. また時間の余裕があるならば, 素数と発散級数に関するあなたの研究の詳細をご説明いただきたいのです. 膨大な量のあなたの研究は, 論文発表の価値が十分にあると思います. もしあなたが十分な証明を示すことができたならば, 喜んで発表のお手伝いをしたいと思います.

のように証明の重要性を説く文言が何度も見られ、とにかく証明を見せてほしいという旨が強調されていることがわかります。

ラマヌジャンの手紙への言及

 ハーディはラマヌジャンの手紙にあった定理の数々を大きく

  1. よく知られた結果、あるいはその系として得られるもの
  2. 興味深くはあるが、奇抜なだけで重要性は低いもの
  3. 新規性もあり重要性も高いもの

の3つに分けてそれぞれ次のような具体例とコメントを残しています。

(1)について

 ここでは例えば公式14,23,30
n=1n13e2nπ1=124n=0(1)nlog(2n+1)2n+1=12(π2γlog2π)n=0(1)n2n+1nxn2logn16x(x+1)logx19x3+14π2n=11n3+(x121360x+)
などは留数定理やゼータ関数、オイラー・マクローリンの公式などのよく知られた手法により導けるものであり、公式26
α0ex2coshαxdx=β0ex2coshβxdx(αβ=π)
に至ってはハーディ自身が証明したことのある既知の結果であると述べられています。その他にもベルヌーイ数に関するもの、発散級数や整数に関するものも既存の結果があると言及されています。
 そしてこのような発見が既知の結果であったことへの失望は相当覚悟する必要があると忠告しつつも、高等な教育を受けていない人間がこのような結果を再発見したというのは大変誉れなことであり、もしラマヌジャンが既存のものとは独立の証明を与えているとするなら、それは大いに注目すべき業績であると評しています。

(2)について

 ここでは(2)に分類される結果として公式7,8,37,40
0sintxe2πx1dx=ϕ(t)12t+ϕ(π2t)2π3t30(n=011+r2nx2)dx=π2(n=0rn(n+1)2)14x+122x+322x+522x+722x+=(Γ(x+14)Γ(x+34))2v5=u12u+4u23u3+u41+3u+4u2+2u3+u4
などが挙げられています。また公式36

(n=(1)nxn2)1
の冪級数展開におけるxnの係数q(n)
14n(cosh(πn)sinh(πn)πn)
に最も近い整数に等しい。

に関しては

 この定理について, 私と私の同僚であるリトルウッド氏——彼もまたあなたの研究に非常に興味を持っているのですが——は, これが成り立たないのではないかと考えています。

というコメントが添えられています。

(3)について

 ここには素数に関する結果が分類されています。
 これについてはハーディの手紙に同封されたリトルウッドによる補足ノートにて深堀りされています。

リトルウッドのコメント

 リトルウッドはその昔、彼の師バーンズからリーマン予想の解決に挑戦するよう言われていたこともあり、リーマン予想と深い関わりを持つ素数の挙動についての話題には深い造詣がありました。そのため彼がラマヌジャンの手紙に興味を持ったのは必然的であったと言えましょう。
 特にラマヌジャンが素数定理
π(x)=2xdtlogt+ρ(x)
の誤差ρ(x)の増大するオーダーについて、そして「π(x)の値を正確に表す関数を発見した」と言及していたことが問題でした。というのも、もしそれらの考察からρ(x)のオーダーが正確に求まるのだとしたら、それはリーマン予想が解決されたことに他ならないからです。
 リトルウッドはそのことに言及した上で

 素数の総数についての公式をお送りください. また, できるだけたくさんの証明をできるだけ早くお送りください.

とまくし立てるように要求しています。また他にも

  • π4,3(x)π4,1(x)を厳密に証明したと主張しているのか。
  • 公式4
    f(B)=KABdxlogx+θ(B)
    におけるθ(x)のオーダーはどのくらいなのか。
  • 公式3
    k=1nd(k)n(2γ1+logn)+12d(n)
    における誤差項d(n)/2は正確にはどの程度のオーダーだと考えているのか。

といったことを問い質しています。

第二の手紙

 さて、このようにハーディの返した手紙にはとにかく「証明を見せろ!」というメッセージが込められていたわけですが、これに対してラマヌジャンはどのような回答を返したのでしょうか。それは2月27日付けの手紙にて明らかになります。
 ラマヌジャンがハーディに宛てた二通目の手紙は10ページに及ぶものでした。最初の5ページは証明を黙していることへの弁明、そしてハーディやリトルウッドからの質問に対する回答に宛てられています。そして残りの5ページでは、前回の手紙の続きとでも言うかの如く、またしても彼の発見した定理の数々が書き連ねられています。

ラマヌジャンの心境

 この記事の序盤で説明したように、ラマヌジャンは経済的にも精神的にも追い詰められていました。しかしハーディから好意的な返事が返ってきたことで彼は大変元気付けられていました。

 私の研究を好意的に見てくださる先生の中に, 友を発見した思いであります. そのおかげで私は勇気づけられ, 私自身の進むべき道をさらに前進し続けることができるでしょう. (中略)
 先生が1枚目に分類した結果は, まさに先生がおっしゃられたように, それらはすでに知られた結果であるか, もしくはすでに知られた結果から導かれるものなのですが, そのことが私がさらに前進するように勇気を与えてくれます.

 またハーディの手紙は精神的な助けになるだけでなく、経済的な問題の解決にも大きな役割を果たしていました。

 私は半分餓死しそうな男であります. 頭脳を働かすためには食べなければなりません. そして, これが現在私の最大の関心事です. 先生からの好意的な手紙はすべて, 私が大学あるいは総督府からの奨学金を獲得するための助けとなるでしょう.

ハーディへの弁明

 ラマヌジャンはハーディの伝えんとしていたことはしっかりと理解していました。

 先生の手紙には, 多くの箇所で厳密な証明が必要であることなどが書かれていて, さらに私から証明方法を伝えるようにとありました.

 しかし、彼にも彼なりに思うところがありました。

 もしこれを先生に伝えたならば, きっと先生は私の末路は精神病院であるとお考えになるでしょう. このようなことをくどくどと書く理由は, 単にたった1通の手紙で私が進めている研究の方針をお伝えしても, 私の証明方法をご理解いただけないことを納得していただくためであります. (中略)
 そして, 現在私が望んでいるのは先生のような著名な教授に私のような者にもいくらかの価値があることをご理解いただくことであります. (中略)
 私が証明方法について黙していることに対して, 厳しい判断を下されるかもしれません. しかしながら繰り返して申し上げたいのは, 私が進んできた過程を手短に述べてしまうと, 誤解をまねいてしまうと思うのであります. 私がそうすることを望んでいないのではありません. 手紙ですべてを説明するのは不可能ではないかと考えているからなのです. 証明方法を墓の中まで持っていくつもりは決してございません. 私の結果が先生のような著名な方からお認めていただけたならば, それらを論文として発表したいと考えています.

 ラマヌジャンは過去に彼の協力者を通じてロンドン大学のM.J.M. ヒルという教授に自身の論文を見せたことがありました。しかしヒルから返ってきた言葉は「論文の記述に多くの穴や誤った理解が見られるため、適切な専門書をしっかり読み込んだ方がいい」といった旨のもので、彼に協力的な姿勢を示すものではありませんでした。
 そういったこともありラマヌジャンは手紙という媒体で下手に説明を書いて誤解を招き、折角のハーディの好意を失望に変えてしまうことを恐れていたのだと思います。上で述べたようにラマヌジャンは既にハーディから勇気と奨学金を得るチャンスというこれ以上にないものを獲得していました。ともなれば一層、それを振り出しに戻してしまうようなことは絶対に避けたかったはずです。
 彼が証明を黙していることへの弁明は、実に2ページに渡って行われていました。

ハーディへの回答

 さて物語的な解説についてはそこそこにして、あとは数式を眺めていきましょう。
 第二の手紙の3,4ページには次のような主張が書いてあります。

素数公式と計算方法

π(ea)0axxζ(x+1)Γ(x+1)dx

π(x)2πn=1(1)n12n(2n1)B2n(logx2π)2n1

 これは以前 この記事 で紹介したことがあります。

π(x)n=1μ(n)nLi(xn)

Li(x)=x(1logx+1!(logx)2++(n1)!(logx)nθ)
ただしδ=nlogxに対し
θ=(23δ)+1logx(4135δ2(1δ)3)+1(logx)2(82835+2δ(1δ)135δ(1δ2)(23δ2)45)+
とおいた。

An+B型素数について

 以下簡単のため
πA,B(x)=pxpB(modA)1
とおきます。

π4,1(x)π6,1(x)π4,1(x)π6,1(x)π8,1(x)π12,1(x)
同様にπ8,3(x),π8,5(x),π8,7(x),π12,5(x),π12,7(x),π12,11(x)は(漸近的に)等しい。

 これらの結果は算術級数の素数定理
πA,B(x)1φ(A)xlogx
から漸近的には正しい主張となっています。

π4,1(x)π4,1(x)π6,1(x)π6,1(x)π8,3(x)π8,1(x)π12,5(x)π12,1(x)

 この公式については上で述べたように全て誤りとなっています。

リトルウッドへの回答

 第二の手紙の5ページ目には次のようなことが書いてあります。

  • すでに知られているもっともよい結果ρ(x)=O(eαlogx)が間違いであるとは推論できるかもしれない。
  • 公式4におけるθ(x)のオーダーはxlogxである。
  • 公式3は正確には誤差項Eを用いて
    k=1nd(k)=n(2γ1+logn)+12d(n)+E
    と表せる。
  • 公式36におけるxnの係数は正確には
    14n(cosh(πn)sinh(πn)πn)+F(cos(πn))+f(sin(πn))
    のように表され、Ffは多くの場合小さい値を取るというのが正式である。

 しかしこれらは依然として上でも述べた誤りを修正し切れてはいません。

公式集

 6ページ以降に綴られている公式の数々には(1)から(23)までの番号が振られており、全体的に一貫性はありませんが、主に連分数とモジュラー方程式にまつわるものが多く掲載されています。

(1)

F(x)=11+x1+x21+
とおくと、αβ=π2において
(5+12+e2α/5F(e2α))(5+12+e2α/5F(e2α))=5+52
が成り立つ。特に
e2π/5F(e2π5)=51+514(512)52145+12
が成り立つ。

(2)

40xex5coshxdx=11+121+121+221+221+321+321+20x2ex3sinhxdx=11+121+123+221+225+321+327+

(3)

n=0(1)n(4n+1)(12)n5(1)n5=2Γ(34)4

(4)

n=11n3(cothnπx+x2cothnπx)=π390x(x4+5x2+1)

(5)

n=1n522πn112500+n4=123826979630645625π4coth25π

(6)

f(x)=n=0xn(n+1)2v=x1+x3+x61+x6+x121+x9+x181+
とおいたとき
x(1+1v)=f(x)f(x9)x3(1+1v3)=(f(x)f(x3))4

(7)

k=0(1)k(2k+1)(cosh(2k+1)π2n+cos(2k+1)π2n)=π8

(8)

0(n=11+ab2nx21+b2(n1)x2)dx=π2(n=0xn(n+1)2)n=11ab2n1ab2n1

(9)

0asinzzdz=π2rcos(aθ)
ただし
r=0ezzlog(1+z2a2)dzθ=tan1(0zeza2+z2dz0aeza2+z2dz)

(10)

3F2(a,b,cd,e;1)=Γ(d)Γ(dab)Γ(da)Γ(db)3F2(a,b,eca+bd+1,e;1)+Γ(d)Γ(e)Γ(a+bd)Γ(d+eabc)Γ(a)Γ(b)Γ(ec)Γ(d+eab)×3F2(da,db,d+eabcdab+1,d+eab;1)

(11)

 xが十分大きくなければ
xe12n=1e12(1+nx)2=11+11+21+31+41+x2+x212+x4360+x65040+x860480+x101710720+

 ちなみにこの下段は
x2+n=1N(1)n1B2n(2n)!(k=0n1(1)k(2n1)!k!(2n2k1)!2k)x2k+O(x2N)
と表せます。

(12)

π2α=logtan(π4(1+β))
において
n=0((2n+1)2+α2(2n+1)2β2)(1)n(2n+1)=eπαβ/2

(13)

a1+n+a23+n+(2a)25+n+(3a)27+n+=2a01zn/1+a2dz(1+a2+1)+z2(1+a21)

(14)

F(α,β)=α+(1+β)2+k2α+(3+β)2+k2α+(5+β)2+k2α+
とおいたとき
F(α,β)=F(β,α)

(15)

F(α,β)=αn+b2n+(2α)2n+(3β)2n+
とおいたとき
F(α,β)+F(β,α)=2F(α+β2,αβ)

(15)

F(α,β)=αn+b2n+(2α)2n+(3β)2n+
とおいたとき
F(α,β)+F(β,α)=2F(α+β2,αβ)

(16)

F(α,β)=tan1(αx+β2+k2x+α2+(2k)2x+β2+(3k)2x+)
とおいたとき
F(α,β)+F(β,α)=2F(α+β2,α+β2)

 以下、簡単のため
Gs(x)=2F1(1s,11s1;1x)2F1(1s,11s1;x)
とおきます。

(17)

 G2(k2)=210のとき
k=(21)4(23)2(76)4(837)2×(103)4(415)4(1514)2(635)2

(18)

 G3(α)=5G3(β)のとき
αβ3+(1α)(1β)3+3αβ(1α)(1β)6=1

(19)

 G4(α)=G4(β)のとき
αβ+(1α)(1β)+8αβ(1α)(1β)6(αβ6+(1α)(1β)6)=1

(20)

 G2(α)=3G2(β)=5G2(γ)=15G2(δ)のとき
α=1α, β=1β, γ=1γ, δ=1δ
および
P=256αβγδαβγδ48,Q=αδαδβγβγ16
とおくと
(αδ8+αδ8)(βγ8+βγ8)=1αδ8αδ8=βγ8βγ8(1+βγ8+βγ8)(1αδ8αδ8)=216αβαβγδ241+βγ8+βγ81αδ8αδ8=βγβγαδαδ8αβγδ8+αβγδ8+16αβγδαβγδ24=1Q+1Q=(P+1P)2

(21)

G2(α)=3G2(β)=5G2(γ)=15G2(δ)G2(α)=3G2(β)=13G2(γ)=39G2(δ)G2(α)=5G2(β)=11G2(γ)=55G2(δ)G2(α)=7G2(β)=9G2(γ)=63G2(δ)
のいずれかのとき
αδ8αδ8βγ8βγ8=1+αδ4+αδ41+βγ4+βγ4=12(1+αδ+αδ)αδ8βγ8+βγ8=2F1(12,121;β)2F1(12,121;γ)2F1(12,121;α)2F1(12,121;δ)

(22)

G2(α)=3G2(β)=5G2(γ)=15G2(δ)G2(α)=3G2(β)=13G2(γ)=39G2(δ)G2(α)=3G2(β)=29G2(γ)=87G2(δ)G2(α)=5G2(β)=11G2(γ)=55G2(δ)G2(α)=5G2(β)=27G2(γ)=135G2(δ)G2(α)=7G2(β)=9G2(γ)=63G2(δ)G2(α)=7G2(β)=25G2(γ)=175G2(δ)G2(α)=9G2(β)=23G2(γ)=207G2(δ)G2(α)=11G2(β)=21G2(γ)=231G2(δ)G2(α)=13G2(β)=19G2(γ)=247G2(δ)G2(α)=15G2(β)=17G2(γ)=255G2(δ)
のいずれかのとき
12(1+βγ+βγ)+βγ8+βγ8+βγβγ8=(1+αδ4+αδ4)2F1(12,121;α)2F1(12,121;γ)2F1(12,121;β)2F1(12,121;δ)

(23)

 q=eπ1353について
q124n=1(1q2n1)=24×569+99338+561+99338×25+3332+17+3332×123+1124×10+3118×26+1538×6817+321451212

エピローグ

 以上がラマヌジャンがハーディに送った第二の手紙の全容となります。
 ここからは特に大きな出来事が起こるわけでもないので、その後のラマヌジャンがイギリスに渡るまでの流れについては手短にまとめておきます。

  • 3月の未明、ハーディはラマヌジャンに第二の手紙を送るがラマヌジャンに届くことなく紛失される。
  • 3月の後半、リトルウッドはラマヌジャンの第二の手紙の内容を検証した結果をハーディに送る。
    その中で彼はラマヌジャンの素数に関する結果の誤りに対して失望したようなところを見せつつも、連分数や楕円関数(モジュラー方程式)に関する結果に対して「彼がヤコビ級の数学者であると, 私には確信できます.」と高い期待を寄せている。
  • 3月26日、ハーディはラマヌジャンに第三の手紙を送る。これ以降、複数回の手紙に渡ってハーディとラマヌジャンは素数に関する結果について議論することになる。
  • 4月9日付けの手紙にて、マドラス大学から月額75ルピーの奨学金が支給されることがラマヌジャンに通達される。ちなみに事務官としてのラマヌジャンの月給は30ルピーであった。
  • その後、紆余曲折ありながらも1914年1月22日付けの手紙にてラマヌジャンは数か月後に渡英する旨をハーディに伝え、3月17日に出航する。そのころにはマドラス大学から年額250ポンド、ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジから年額60ポンドの奨学金が受け取れることになっていた。

おわりに

 稀代の数学者、ラマヌジャン。現代では彼についての様々な逸話が語り継がれていますが、逆にその逸話以上の人物像が語られているところはほとんど見られません。
 私は兼ねてよりそんな現状を残念に思っており、逸話以上のラマヌジャンの魅力を皆にも知ってもらいたい考えていました。そんなこともあって以前「ラマヌジャンは本当に何も知らなかったのか」という記事を書いたことがあります。そしてその調べ物の際に目に付いたのがラマヌジャンがハーディに宛てた手紙でした。
 ラマヌジャンの人生を変えるターニングポイントとなったその手紙には、ラマヌジャンの境遇・人柄、ラマヌジャンが直々に選りすぐった公式の数々、ハーディの反応、そんなラマヌジャンを語る上で欠かせない要素が非常によく詰まっており、これを紹介しない手はないと思い立ってできたのがこの記事となります。
 この記事を通してラマヌジャンという物語の魅力、あるいはラマヌジャンの編み出した数式の魅力を感じてもらえたなら幸いに思います。またラマヌジャンについてもっと知りたいと思われたなら、下に挙げるような文献を読んでみてはいかがでしょうか。
 では。

おまけ:参考文献の紹介

原文と和訳

 今回の記事で紹介した手紙の内容および和訳は主に"Ramanujan: Letters and Commentary"および"ラマヌジャン書簡集"より引用したものとなります。前者はラマヌジャンに関係するありとあらゆる手紙を蒐集し、その全文を解説とともに紹介したものであり、後者はその邦訳となっています。
 "ラマヌジャン書簡集"による和訳は素晴らしいものであり、それは我々にとって大いに助けになるものではありますが、数学的な文脈では少し不適当な訳がなされていることがあります。例えば原文では

all numbers containing an odd number of dissimilar prime divisors
(奇数個の異なる素因数を持つ数)

となっているところが

素因数がすべて相違なる任意の整数

と不可欠な仮定を欠いて訳されていたり、関数が増大するオーダー(order)のことを位数、モジュラー方程式(modular equation)のことを保型方程式と訳すなど現代で使われている言い回しとは異なる訳が宛てられていることがあります。
 また物語的な側面としても、原文からこそ読み取れる情緒があることを忘れてはいけません。例えばこの記事の冒頭の一文も日本語では

自己紹介をさせてください.

とあっさりしたものになっていますが、原文では

I "beg" to introduce myself to you ...

とラマヌジャンの必死さが(彼の境遇を考えるとなおさら)伝わって来るものがあります。
 そのため私のように数学的な内容をじっくり眺めたい人や細かい情緒まで味わいたい人は"Ramanujan: Letters and Commentary"と見比べながら読まれることをお勧めします。ただそういう人でなければ"ラマヌジャン書簡集"単体でも十分に楽しめますので興味があれば是非手に取ってみてはいかがでしょうか。

数学的内容について

 また今回の記事には「数式を鑑賞する」という目的もあったためその正確なステートメントを確認する必要がありました。それにはC.T. PreeceおよびG.N. Watsonによる14編の論文"Theorems Stated by Ramanujan (I)-(XIV)"が参考になりました。このシリーズではラマヌジャンがハーディに宛てた二通の手紙にある公式を、おそらく網羅的に、証明あるいは反証しています。もし今回の記事で気になった公式があれば、これらの論文をあたってみるといいと思います。
 ついでに言うとラマヌジャンの手紙に書いてあることはラマヌジャンのノートブックにも書いてあるはずなのでB.C. Berndtによる"Ramanujan's Notebooks (Part I-V)"も参考になるかもしれません。証明については恐らく上の論文への参照が記されているだけの可能性が高いですが、ラマヌジャンが手紙に記さなかった同種の公式やそれらの繋がりについても詳細に解説されているので手紙の内容以上のことが知りたい人は是非こちらも読んでみてはいかがでしょうか。

参考文献

[1]
細川 尋史, ラマヌジャン書簡集, シュプリンガー・フェアラーク東京, 2001
[2]
B. C. Berndt, R. A. Rankin, Ramanujan: Letters and Commentary, Amer Mathematical Society, 1995
投稿日:20231221
更新日:202417
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子葉
子葉
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主に複素解析、代数学、数論を学んでおります。 私の経験上、その証明が簡単に探しても見つからない、英語の文献を漁らないと載ってない、なんて定理の解説を主にやっていきます。 同じ経験をしている人の助けになれば。最近は自分用のノートになっている節があります。

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  1. はじめに
  2. 第一の手紙
  3. 概要
  4. I.素数の挙動について1
  5. II. 素数の挙動について2
  6. III. 整数の挙動について
  7. IV. 積分に関する定理
  8. V. 級数に関する定理
  9. VI. 級数や積分の変形に関する定理
  10. VII. 積分や級数の近似に関する定理
  11. VIII. 楕円関数に関する定理
  12. IX. 連分数に関する定理
  13. X. 失われたページ
  14. XI. 発散級数に関する定理
  15. 読者への問い
  16. ハーディの反応
  17. ハーディの返答
  18. ラマヌジャンへのメッセージ
  19. ラマヌジャンの手紙への言及
  20. 第二の手紙
  21. ラマヌジャンの心境
  22. ハーディへの弁明
  23. ハーディへの回答
  24. リトルウッドへの回答
  25. 公式集
  26. エピローグ
  27. おわりに
  28. おまけ:参考文献の紹介
  29. 参考文献