ルービックキューブの可解な配置のうち半数は交換子だけで揃えることができ,残りの半数は任意の面をこっそり度回せば交換子だけで揃えられる配置になるので,実質「出来らあっ!」ということになります.
- ルービックキューブ周りの用語・記法について,慣用のものとは異なる場合があります.
- 手元にルービックキューブを用意することをおすすめします,そのほうが何をやっているのかがわかりやすいと思うので.
- 群論に関する種々の定義や(簡単な)性質を断りなく或は証明をせずに使うことがあります.適宜,本などを参照してください.
- 特に群作用についての知識があると読みやすいかと思います.
誤りなどありましたらご指摘・ご教示くださると嬉しいです.
ルービックキューブ群と拡張ルービックキューブ群
ルービック変換とルービックキューブ群
を(任意の)点集合,を(任意の)点集合とする.集合
を()ルービックキューブという.の元をコーナーキューブ,の元をエッヂキューブといい,これらをまとめて小キューブという.
ルービックキューブの「展開図」
- 上記の意味でのルービックキューブと(適当にラベル付けされた)実際のルービックキューブをしばしば混同します.
- たとえばの元は「コーナーキューブの面」と呼ぶのが実態に即していると思いますが,以下での説明の便宜上これらもコーナーキューブと呼ぶことにします.
- 本記事ではセンターキューブは考えません.
ルービックキューブの前後上下左右の各面を時計回りに度回す操作をそれぞれで表わし,まとめて基本変換と呼ぶ.
雑な定義ですが,意味するところは伝わるかと思います.
基本変換で生成されるの部分群をルービックキューブ群といいで表わす.また,ルービックキューブ群の元をルービック変換という.
我々がルービックキューブを揃えるときに行なっているのは,スクランブルで崩されたルービックキューブに対してうまいことルービック変換を見つけることに他なりません.
拡張ルービック変換と拡張ルービックキューブ群
ところで,ルービックキューブを揃える一番簡単な方法は,一旦分解してから組み立てるというものでしょう.このような操作を考えることは(数学的には)何ら問題がないので,しばらくおおらかに行くことにします.
ルービックキューブを分解してから組み立てるという操作はある置換に対応します.実際にルービックキューブを観察すると以下のことがわかります.
コーナーキューブについて
ただしはへの射影です.
これらのことから,は全単射およびを誘導することがわかります.後者について次が成り立ちます:
エッヂキューブについて
同様に次が成り立ちます:
逆にこれら5条件を満たす置換はルービックキューブを分解してから組み立てるという操作に対応しています.
置換であって,上記の5条件を満たすものを拡張ルービック変換という.拡張ルービック変換全体の成すの部分群を拡張ルービックキューブ群といいで表わす.
基本変換は拡張ルービック変換なので,はの部分群です.
拡張ルービック変換の作用を詳しく見ていきましょう.
コーナーキューブについて
写像を
で定めます.の定義からは準同型です.
また,拡張ルービック変換とに対して,を
で定め,この値をによるの回転数といいます.
コーナーキューブの回転
から誘導される全単射が偶置換であることから,任意のに対して
が成り立つことに注意します.
写像を
で定めます.
基本変換に対するの値は以下のようになります:
また,基本変換に対するの値は以下のようになります:
は(残念ながら?)準同型ではないのですが,次が成り立ちます:
各について
が成り立つことを示せばよい.ところで
が成り立つ.
半直積の積の定義から次が成り立ちます.
エッヂキューブについて
同様にして準同型と,によるの反転数が定まります.そこで写像を
で定めます.
基本変換に対するの値は以下のようになります:
また,基本変換に対するの値は以下のようになります:
についても同様に次が成り立ちます:
以上の考察から,準同型
が定まります.これが全単射であることは容易に納得できると思います.
これで拡張ルービックキューブ群の構造がわかりました.とくにその位数はです.
可能配置
ここでルービックキューブ自体に目を向けてみると,混ぜられたルービックキューブの状態は
- コーナーキューブの位置(通り)
- コーナーキューブそれぞれの向き(通りづつ)
- エッヂキューブの位置(通り)
- エッヂキューブそれぞれの向き(通りづつ)
で記述できることに気づきます.
集合
を可能配置集合,その各元を可能配置という.また,を初期配置といいで表わす.
集合と群を適宜混同することでのへの作用を定めることができます:
この作用は(当然)自由かつ推移的なので写像は全単射です.さらに
となるので,によって操作と状態とが同一視できることがわかります.
ルービックキューブの基本定理
可能配置集合の部分集合を
で定める.これを可解配置集合といい,各元を可解配置という.
その名の通り,可解配置とはルービック変換のみで揃えることのできるルービックキューブの配置のことです.したがって,混ぜられた状態のルービックキューブが与えられたとき,それが可解配置であるかどうか(を判定する方法)が問題になります.
ルービックキューブの基本定理
可能配置について,これが可解配置であるためには,つぎの3条件が成り立つことが必要かつ十分である:
- (置換の偶奇の一致);
- (総回転数保存則);
- (総反転数保存則).
この定理から,たとえば,ルービック変換だけでは(つまりルービックキューブを分解しない限りは)エッヂキューブをひとつだけ反転させたり,ふたつのコーナーキューブの位置を入れ替えたりすることは,たとえ天地がひっくり返ってもできないことがわかります.
ここではまず必要性のみ証明します.十分性の証明は小キューブの動かし方について考察してから行なうことにします.
(必要性)
仮定よりである.
- 例1,例2より,基本変換に対してはが成り立つことがわかる.いまは有限個の基本変換の積で書けるので,が準同型であることと併せて結論を得る.
- 例1より,基本変換に対しては (ii) が成り立つことがわかる.さて,と有限個の基本変換の積で表わすと,補題1より
が成り立つ.したがって
が成り立つので,に関する数学的帰納法により結論を得る. - 例2,補題3を用いればよい.
小キューブを思いのままに動かすには
数学的準備:交換子による作用について
集合に群が右から作用している状況を考えます.元に対して
とおきます.これらはの作用に関して閉じており,また,が成り立ちます.
さらに,に対して
とおきます.
任意の,に対して
- ,ならば,が成り立つ;
- ならば,が成り立つ.
- 仮定よりであるが,よりであるからでなければならない.
- とする.このときより
であるからとなる.一方,であるから,でなければならない.
任意のに対して
が成り立つ.とくに,全単射は全単射を誘導する.
したがって,交換子による作用を考える場合,部分集合への影響だけ考えればよいことになります.
とする.このとき,とくにとなることに注意する.
- のとき,明らかにが成り立つ.
- のとき,であるから,補題6よりとなる.よって
が成り立つ. - のとき,上と同様にしてが成り立つことがわかる.
よって,が成り立つ.
さて,とする.もしとなったとすると,上で示したことからとなるが,となって矛盾が生ずる.したがって,となり,写像が定まる.また,同様にして定まる写像が逆写像を与える.
3点交換
とし,次の仮定をおく:
このとき,全単射はつぎの3つの部分に分割される:
- ;
- ;
- .
写像がwell-definedであることを確かめればよい.
- とする.このときであるから,補題6よりとなる.したがって,となるので,となる.
- とする.仮定よりだからとなるので,補題6よりを得る.したがってとなる.仮定よりとなるので,と併せて,補題6よりを得る.よって,が成り立つ.
- 逆写像に (i) を適用すればよい.
が命題8の仮定を満たすとする.このとき,任意のに対して,のによる共軛も命題8の仮定を満たす.
を示せば十分である.ところで,に対して,であることとであることとは同値であるから結論を得る.
3点交換の原理
集合の相異なる3点を考える.いまであって,以下の条件を満たすものが存在したとする:
このとき,およびが成り立つ.とくには3点交換(のみ)を行なう.さらに,任意のに対して,による作用は3点交換(のみ)を行なう.
よりとなるので,を得る.
とする.まず,のときは明らかにとなる.またのときは,となるので,を得る.したがってが成り立つ.
よりを得,よりを得る.したがってが成り立つ.
2ヶ所での同時置換
とし,次の仮定をおく:
さらに
- のとき,全単射は次の2つの部分に分割される:
- ;
- . - のとき,全単射は次の2つの部分に分割される:
- ;
- .
(i) の場合に写像がwell-definedであることを確かめればよい.
- とする.このときであるから,補題6よりとなる.よってが成り立つ.
- とする.このときであるからとなる.仮定よりであり,となるから,補題6よりが成り立つ.よってを得る.
3点交換のときと同様に,仮定を満たす元の組がひとつでも見つかればそれらの共軛に対しても同じことが成り立ちます:
が命題10の仮定を満たすとする.このとき,任意のに対して,のによる共軛も命題10の仮定を満たす.
小キューブの3点交換
小キューブの2点交換は不可能でしたから,3点交換を考えることにします.
とおきます.ルービックキューブ群は準同型およびを通してに作用していました.
を相異なるコーナーキューブ(resp. エッヂキューブ)とします.3点交換の原理より,その条件を満たすをうまく見つけることができれば(向きを無視した)3点交換が実現できます:
3点交換のための手順
- を動かさずにをがある位置に持ってくる(これがを定める);
- 以外ので動いた小キューブを動かさずにをがある位置(もともとがあった位置)に持ってくる(これがを定める);
- をする.
詳しく(?)は
J Perm氏の動画
(ここでは向きも考慮に入れています)を参照してください.
コーナーキューブの3点交換
任意の3つのコーナーキューブをに持って来られることはルービックキューブを少しいぢればわかるので,の3点交換さえ実現できればよいことになります.
たとえば,とおくと,となることが(実際にルービックキューブを回すことで)わかります.よって,は3点交換を行ないます.
エッヂキューブの3点交換
任意の3つのエッヂキューブをに持って来られることはルービックキューブを少しいぢればわかるので,の3点交換さえ実現できればよいことになります.
たとえば,とおくと,となることがわかります.よって,は3点交換を行ないます.
小キューブの回転・反転
続いて,コーナーキューブの回転,およびエッヂキューブの反転について考えます.
とおきます.ルービックキューブ群はに作用しているのでした.ひとつの小キューブだけの回転・反転は不可能でしたから,ふたつ(以上)の小キューブを同時に回転・反転させることを考えましょう.以下,たとえばをと略記します.
コーナキューブの回転
とおきます.このとき,となることがわかります.よって,はコーナーキューブの回転のみを行ないます.とくに
となることが実際に確かめられます.
さらに,命題11より,とその共軛を用いることで,コーナーキューブは自由に回転できることがわかります(ただし,総回転数が保存する必要はあります).
また,とおくと,とその共軛を用いることで,コーナーキューブは自由に回転できることがわかります.
エッヂキューブの反転
とおきます.このとき,となることがわかります.よって,はエッヂキューブの反転のみを行ないます.さらに,命題11より,とその共軛を用いることで,エッヂキューブは自由に反転できることがわかります(ただし,総反転数が保存する必要はあります).
- 上で挙げたなどはあくまでも一例です.もっとよい手順があるかもしれません.
- 命題10は二組の小キューブの同時交換にも応用できる気がしますが,本記事では立ち入りません(ちゃんと考えていないので).
基本定理の十分性の証明,或はルービックキューブを交換子(だけ)で揃える方法
前節での考察をもとに基本定理の十分性を証明しましょう.
そこで,拡張ルービック変換が
- ;
- ;
を満たしているとします.このとき,可能配置が可解配置であることを示すためには,ルービック変換であってとなるものが存在することを示せばよいことになります.
定理5の必要性と補題1,補題3より,任意のに対しても上の3条件を満たすことに注意しましょう.
(十分性)
Step 1(小キューブの位置を調整する)
このとき,についてが成り立つ.
Step 2(コーナーキューブの位置を合わせる)
前節での考察より任意の3つのコーナーキューブの3点交換が可能であり,このことと交代群が長さの巡回置換全体で生成されることから,であってとなるものが存在することがわかる.
Step 3(エッヂキューブの位置を合わせる)
同様にして,であってとなるものが存在することがわかる.
Step 4(小キューブの向きを合わせる)
上で注意したことからは条件 (ii), (iii) を満たすので,前節での考察より,であってとなるものが存在することがわかる.
よって,とおけばよい.
上の証明において,は交換子の積で書けることに注意すると,ルービックキューブは交換子だけで揃えられると放言しても許される気がしてきます.実際にやってみろと言われるとそれはまた別の話になりますが.
補遺:ルービックキューブ群の構造
まず,基本定理からただちにつぎがわかります:
拡張ルービックキューブ群の部分群をつぎで定めます:
また,と,およびとを自然に同一視します.このとき,次が成り立ちます:
群同型は群の同型
を誘導する.とくには指数の部分群である.
基本定理の系よりはの部分群ですが,より詳しく次が成り立ちます:
全射準同型を
で定める.このとき,が成り立つ.とくには指数の部分群であり,その位数はである.
最後に,
および
に注意すると,次がわかります:
更新履歴
2023/08/06:
- ルービックキューブのラベル付けを変更しました.
- 回転数,反転数の定義を修正しました.
- 合せて関係各所の修正・書き換えを行いました.