こんにちは、ロダンです。前回記事を書いてからもう1年以上経ちますが、私のことを覚えていらっしゃいますでしょうか?今回は、マルコフ数に関する最近の研究結果gyoda-maruyamaを紹介したいと思います。
本題に入る前に、いくつかこれまで私がmathlogの記事に書いた事実について確認しておくことにしましょう。
私の記事では再三言及している(
例えばこの記事
)マルコフ方程式とマルコフ数ですが、初見の方も多いと思うので今一度復習しておきましょう。マルコフのディオファントス方程式、長いので略してマルコフ方程式とは、
\begin{align}
x^2+y^2+z^2=3xyz
\end{align}
という方程式のことを指します。この方程式の解である整数の三つ組をマルコフトリプルといい、その各成分をマルコフ数といいます。マルコフ方程式は例えば
\begin{align}
(x,y,z)=(1,1,1), (1,2,1), (1,5,2), (1,13,5),(5,29,2),(1,34,13), (13,194,5)...
\end{align}
を正整数解(マルコフトリプル)として持つので$1,2,5,13,29,34,194,...$なんかがマルコフ数になります。この方程式や正整数解は1880年ごろにAndrey Markov (Markoffとも書く)という数学者が無理数の有理数よる近似(ディオファントス近似)に関する研究markov1markov2の中で見出したもので、現在ではいろいろな数学との関連が明らかになっています。この方程式の正整数解は、自明な解$(1,1,1)$から3つあるうちの成分を1つ入れ替える特定の操作によって全ての正整数解を芋蔓式に列挙できるという性質があるということが知られています(例えば
私の過去の記事
をご覧ください)。
さて、マルコフ数には次のような予想があったのでした。
任意のマルコフ数$b$に対して、$b$を最大数とするようなマルコフトリプルが(数の順番による差を除いて)ただ一つ存在する。
この予想は1913年にFrobeniusfrobeniusが提唱し、100年以上経った今も解決されていない激ムズ予想です。ただ、次のような部分的解決はあります。
マルコフ数$b$が素数であるとき、$b$を最大数とするようなマルコフトリプルが(数の順番による差を除いて)ただ一つ存在する。
この定理は1990年代から2000年代にかけて、いろいろな人によって色々な手法を使って証明されています。例えば、Baragar baragar, Button button, Schmutz schmutz, Zhang zhang, Lang–Tan lang-tanなどなど。今回はこの定理を一般化する話をしたいと思います。
私の過去の記事
では、方程式
\begin{align*}
x^2+y^2+z^2+k_1xy+k_2yz+k_3zx=(3+k_1+k_2+k_3)xyz
\end{align*}
(ただし$k_1,k_2,k_3\in \mathbb Z_{\geq 0}$)が、マルコフ方程式のような「正整数解のツリー構造」を保つような一般化であるという話をしました。そこで、この方程式について次のような問題を考えてみることにしましょう。
上記の方程式の正整数解に現れる数$b$を1つとったとき、$b$が最大の数であるような方程式の解$(a,b,c)$は(数の順番による差を除いて)一意的か?
これが、もし任意の$k_1,k_2,k_3$と任意の$b$についてなりたてば、$k_1=k_2=k_3=0$の場合を考えることでマルコフ数の単一性予想が肯定的に解決されます。しかしながらこの問題、 私の過去の記事 ですでに成り立たない例を挙げていたのでした。実際、$k_1=0,k_2=1,k_3=2$であるような場合は$(1,81,17)$と$(7,81,2)$が解になっていて、これらは共に$b=81$を最大数として持つ解です。
したがって、この範囲まで予想を拡張するのは無理なようです。ただちょっと待ってください、本家のマルコフ方程式は$k_1,k_2,k_3$は全て$0$で、同じ値です。そこで、少し条件を制限して次のような問題を考えてみることにしましょう。
方程式
\begin{align*}
x^2+y^2+z^2+k(xy+yz+zx)=(3+3k)xyz.
\end{align*}
の正整数解に現れる数$b$を1つとったとき、$b$を最大数とするような解が(数の順番による差を除いて)ただ一つ存在するか?
この問題は、問題1の$k_1,k_2,k_3$が全て同じ$k$である場合に制限したバージョンです。実は、この問題2は成り立たない$k$や$b$がまだ見つかっていません。
ということで、この問題を予想の形で述べておくことにしましょう。上記の方程式
\begin{align*}
x^2+y^2+z^2+k(xy+yz+zx)=(3+3k)xyz.
\end{align*}
を$k$一般化マルコフ方程式とよび、その解を$k$一般化マルコフトリプル、その成分を$k$一般化マルコフ数と呼ぶことにします。名前が長いので定理や証明中で言及するときなど、ちゃんと区別したいとき以外は古典的なものと同じように単にマルコフ方程式とかマルコフトリプルと呼んだりすることにします。
さて、考えたい予想は次のようになります。
任意に$k\in \mathbb Z_{\geq 0}$をとる。任意の$k$一般化マルコフ数$b$に対して、$b$を最大数とするような$k$一般化マルコフトリプルが(数の順番による差を除いて)ただ一つ存在する。
本稿の主題は、この予想の次のような部分的解決です。
任意に$k\in \mathbb Z_{\geq 0}$をとる。$k$一般化マルコフ数$b$が素数であるとき、$b$を最大数とするような$k$一般化マルコフ方程式の解が(数の順番による差を除いて)ただ一つ存在する。
この定理2において、$k=0$としたものが定理1です。本稿では、この定理についてのおおまかな解決方針について述べていきたいと思います。
まず、$k$一般化マルコフ方程式の正整数解の列挙方法についてもう少し詳しくみていくことにしましょう。基本原理は 私の過去の記事 で紹介した方法を$k=k_1=k_2=k_3$に適用するだけなのですが、後のために値が一番大きい数が第2成分に出てくるように成分の順番を調整します。
次のルールで帰納的に定まる二分木を考える。
(1) 最初の頂点は$(1,1,1)$
(2) 各$(a,b,c)$は以下のような2つの子を持つ。
\begin{align*}
\begin{xy}(0,0)*+{(a,b,c)}="1",(50,-15)*+{\left(b,\dfrac{b^2+kbc+c^2}{a},c\right).}="2",(-50,-15)*+{\left(a,\dfrac{a^2+kab+b^2}{c},b\right)}="3", \ar@{-}"1";"2"\ar@{-}"1";"3"
\end{xy}
\end{align*}
$k$一般化マルコフツリーについて、次のことが成り立つ。
証明はここではしませんが、$k=0$の例をみておくことにしましょう。スペースの都合上、ツリーを90度倒した状態で表示します。
\begin{align} \begin{xy}(0,0)*+{(1,1,1)}="1",(25,16)*+{(1,2,1)}="2",(25,-16)*+{(1,2,1)}="3", (50,24)*+{(2,5,1)}="4",(50,8)*+{(1,5,2)}="5",(50,-8)*+{(2,5,1)}="6",(50,-24)*+{(1,5,2)}="7", (75,28)*+{(5,13,1)}="8",(75,20)*+{(2,29,5)}="9",(75,12)*+{(5,29,2)}="10",(75,4)*+{(1,13,5)}="11",(75,-4)*+{(5,13,1)}="12",(75,-12)*+{(2,29,5)}="13",(75,-20)*+{(5,29,2)}="14",(75,-28)*+{(1,13,5)}="15",\ar@{-}"1";"2"\ar@{-}"1";"3"\ar@{-}"2";"4"\ar@{-}"2";"5"\ar@{-}"3";"6"\ar@{-}"3";"7"\ar@{-}"4";"8"\ar@{-}"4";"9"\ar@{-}"5";"10"\ar@{-}"5";"11"\ar@{-}"6";"12"\ar@{-}"6";"13"\ar@{-}"7";"14"\ar@{-}"7";"15" \end{xy} \end{align}
$k=1$の場合も見ておきましょう。
\begin{align} \begin{xy}(0,0)*+{(1,1,1)}="1",(25,16)*+{(1,3,1)}="2",(25,-16)*+{(1,3,1)}="3", (50,24)*+{(3,13,1)}="4",(50,8)*+{(1,13,3)}="5",(50,-8)*+{(3,13,1)}="6",(50,-24)*+{(1,13,3)}="7", (80,28)*+{(13,61,1)}="8",(80,20)*+{(3,217,13)}="9",(80,12)*+{(13,217,3)}="10",(80,4)*+{(1,61,13)}="11",(80,-4)*+{(13,61,1)}="12",(80,-12)*+{(3,217,13)}="13",(80,-20)*+{(13,217,3)}="14",(80,-28)*+{(1,61,13)}="15",\ar@{-}"1";"2"\ar@{-}"1";"3"\ar@{-}"2";"4"\ar@{-}"2";"5"\ar@{-}"3";"6"\ar@{-}"3";"7"\ar@{-}"4";"8"\ar@{-}"4";"9"\ar@{-}"5";"10"\ar@{-}"5";"11"\ar@{-}"6";"12"\ar@{-}"6";"13"\ar@{-}"7";"14"\ar@{-}"7";"15" \end{xy} \end{align}
すると、(1)出てくる頂点は全て第2成分が最大であるようなマルコフトリプルであり、(2)ちょうど上半分と下半分で同じ形がでており、(3) $k=0$のときは$(1,5,2)$, $k=1$のときは$(1,13,3)$とそれより下(右)の部分では順番違いが含まれていないようになっていることがわかると思います。
さて、このツリーの頂点は全て第2成分が最大の数であり、また$(1,2k^2+6k+5,k+2)$より下では$(1,1,1)$と$(1,k+2,1)$以外の全ての$k$一般化マルコフトリプルが1回ずつ現れることを踏まえると、以下のことがわかります。
$(1,2k^2+6k+5,k+2)$より下にある頂点全体の集合において、全ての頂点の第$2$成分が互いに異なることと、$k$一般化マルコフ数に関する一意性予想が成立することは同値である。
ここから、定理2についての十分条件を与えることができます。
素数$b$(ただし$b\neq k+2$とする)を第2成分としてもっている、$(1,2k^2+6k+5,k+2)$より下にある$k$一般化マルコフトリプルが一意的であるならば、定理2は成り立つ。
本稿の目標は、この命題を示すことです。
命題5では2番目に小さい$k$一般化マルコフ数$k+2$が素数である場合について考慮されていませんが、実は$k+2$は素数であろうとなかろうと、これが最大数となるような$k$一般化マルコフトリプルは$(1,k+2,1)$しかないことが簡単に示せます。
定理2、もしくは命題5を初等的整数論の枠組みのまま証明しようとするのはいささか難しいです。「($k$一般化)マルコフ数」というものがもつ情報量があまりにも乏しいからです。整数論は、今回の問題のように前提知識が少なくても研究レベルの問題・予想が理解できるものがゴロゴロあるというのがその魅力の一つであると思うのですが、「なぜ理解することが容易な問題が予想のまま残っているのか?」という点に着目してみると、その原因が今回のように「登場する概念の情報量が少なすぎるために、切れるカードがない」という点にある場合が結構あります。この手の問題に対しては、その考察対象の背後にある情報量の多い数学的構造を見抜いて、それを活用して問題を解くという手法がよく取られます。ということで、今回はマルコフ数を「行列化」するという手段をとることにより、内包する情報量を増強する戦術を取ります。
$k\in \mathbb {Z}_{\geq 0}$とする。$2\times2$行列 $P=\begin{bmatrix}p_{11}&p_{12}\\p_{21}&p_{22}\end{bmatrix}$ は、次の条件を全て満たすとき$k$一般化コーン行列という:
こちらも長いので地の文では単に「コーン行列」と呼びます。今回の場合マルコフ数を右上成分に含むような行列を考えて、情報の増強を行なっているわけですね。実際、整数1つだった情報量が、コーン行列を考えることによって整数4つに増えているわけです。さて、今マルコフ数に対する情報の増強を行いましたが、これを使ってマルコフトリプルに対する情報の増強を行うことにしましょう。
$k\in \mathbb {Z}_{\geq 0}$とする。$2\times2$行列の3つ組$(P,Q,R)$は、次の条件を全て満たすとき$k$一般化コーントリプルという:
行列もトリプルも、(3)の条件がだいぶ謎だと思われるかもしれません。こんな条件どこから持ってきたんだと。これがどういう事象に由来しているか、一応きちんとした理由はあるのですが、話すと長くなるので今は「まあこうやって設定すると後々都合がいいんだな」と思っておいてください(そのうちこの話に関する記事を書くかも)。ちなみに$k=0$の場合はそれぞれ「$P$のトレースが$(1,2)$成分の3倍」「$Q=PR$」となって、割と自然な条件に思える人もいるかもしれません。実際、$k=0$のときのコーントリプルが定義されたのは1955年のCohnの論文cohnであり、他の$k$の場合が今回紹介している論文gyoda-maruyamaで導入されたことを踏まえるとかなり早いです。
さてこのコーントリプル、定義をしたはいいのですが、この定義を満たすような$(P,Q,R)$が任意のマルコフトリプル$(x,y,z)$に対して存在するかどうかはまだわかっていません。それを確かめてみましょう。まず$(x,y,z)=(1,1,1)$のケースから。
$k\in \mathbb Z_{\geq 0}$とする。$(p_{12},q_{12},r_{12})=(1,1,1)$であるような$k$一般化コーントリプル$(P,Q,R)$は、次で与えられるもので全てである。
\begin{align*}
P&=P_{1;\ell}:=\begin{bmatrix}
\ell&1\\-\ell^2+2k\ell+3\ell-1&-\ell+2k+3
\end{bmatrix}\\
Q&=Q_{1;\ell}:=\begin{bmatrix}
k+\ell+1&1\\k^2-\ell^2+3k+\ell+1&k-\ell+2
\end{bmatrix} \\
R&=R_{1;\ell}:=\begin{bmatrix}
2k+\ell+2&1\\-\ell^2-2k\ell+2k-\ell+1&-\ell+1
\end{bmatrix}
\end{align*}
ただし、$\ell$は任意の整数とする。
この命題の証明はそんなに難しくないです。$P$の$(1,1)$成分を$\ell$と決めてやると、$P,Q,R$が$SL(2,\mathbb Z)$に入っていること、トレースの条件、$Q=PR-S$であることから$(P,Q,R)$を決定することができます。次に$(1,1,1)$以外の場合を考えます。任意の$(a,b,c)$に対しても$(1,1,1)$と同じような手法で求めることは可能なのですが、ここではもっとスマートな方法を利用します。次のツリーを考えましょう。
次のルールで帰納的に定まる二分木$\mathrm{C}\mathbb{T}(k,\ell)$を考える。
このように与えると、次の定理が成り立ちます。この定理が非常に重要です。
$k$一般化コーンツリー$\mathrm{C}\mathbb{T}(k,\ell)$について、次が成り立つ。
各行列の$(1,2)$成分は$\ell$に依存しないので、どんな$\ell$を取ってもこの定理は成立します。証明は大変なのでここでは省略します。以上のことから、次の系が成り立ちます。
任意の$\ell\in \mathbb Z$に対して、$k$一般化コーンツリー$\mathrm{C}\mathbb{T}(k,\ell)$の頂点に含まれる各行列をその$(1,2)$成分に置き換える操作は、$\mathrm{C}\mathbb{T}(k,\ell)$と$k$一般化マルコフツリーの間のツリー同型を与える。したがって特に、第2成分が最大となるような任意の$k$一般化マルコフトリプルに対して、その値を各$(1,2)$成分に持つような$k$一般化コーントリプルが存在する。
$k=0$でコーンツリーの具体例を見てみることにしましょう。$\ell$は何であってもいいのですが、ここでは$0$とします。
\begin{align}
\begin{xy}(0,0)*+{\left(\begin{bmatrix}0&1\\-1&3\end{bmatrix},\begin{bmatrix}1&1\\1&2\end{bmatrix},\begin{bmatrix}2&1\\1&1\end{bmatrix}\right)}="1",(60,-16)*+{\left(\begin{bmatrix}0&1\\-1&3\end{bmatrix},\begin{bmatrix}1&2\\2&5\end{bmatrix},\begin{bmatrix}1&1\\1&2\end{bmatrix}\right)}="2",(60,16)*+{\left(\begin{bmatrix}1&1\\1&2\end{bmatrix},\begin{bmatrix}3&2\\4&3\end{bmatrix},\begin{bmatrix}2&1\\1&1\end{bmatrix}\right)}="3",
(135,-8)*+{\left(\begin{bmatrix}1&2\\2&5\end{bmatrix},\begin{bmatrix}3&5\\7&12\end{bmatrix},\begin{bmatrix}1&1\\1&2\end{bmatrix}\right)}="4",(135,-24)*+{\left(\begin{bmatrix}0&1\\-1&3\end{bmatrix},\begin{bmatrix}2&5\\5&13\end{bmatrix},\begin{bmatrix}1&2\\2&5\end{bmatrix}\right)}="5",(135,24)*+{\left(\begin{bmatrix}3&2\\4&3\end{bmatrix},\begin{bmatrix}8&5\\11&7\end{bmatrix},\begin{bmatrix}2&1\\1&1\end{bmatrix}\right)}="6",(135,8)*+{\left(\begin{bmatrix}1&1\\1&2\end{bmatrix},\begin{bmatrix}7&5\\11&8\end{bmatrix},\begin{bmatrix}3&2\\4&3\end{bmatrix}\right)}="7",\ar@{-}"1";"2"\ar@{-}"1";"3"\ar@{-}"2";"4"\ar@{-}"2";"5"\ar@{-}"3";"6"\ar@{-}"3";"7"
\end{xy}
\end{align}
$k=1$,$\ell=-1$のときは次のようになります。
\begin{align}
\begin{xy}(0,0)*+{\left(\begin{bmatrix}-1&1\\-7&6\end{bmatrix},\begin{bmatrix}1&1\\3&4\end{bmatrix},\begin{bmatrix}3&1\\5&2\end{bmatrix}\right)}="1",(60,-16)*+{\left(\begin{bmatrix}-1&1\\-7&6\end{bmatrix},\begin{bmatrix}1&3\\5&16\end{bmatrix},\begin{bmatrix}1&1\\3&4\end{bmatrix}\right)}="2",(60,16)*+{\left(\begin{bmatrix}1&1\\3&4\end{bmatrix},\begin{bmatrix}7&3\\23&10\end{bmatrix},\begin{bmatrix}3&1\\5&2\end{bmatrix}\right)}="3",
(135,-8)*+{\left(\begin{bmatrix}1&3\\5&16\end{bmatrix},\begin{bmatrix}9&13\\47&68\end{bmatrix},\begin{bmatrix}1&1\\3&4\end{bmatrix}\right)}="4",(135,-24)*+{\left(\begin{bmatrix}-1&1\\-7&6\end{bmatrix},\begin{bmatrix}3&13\\17&74\end{bmatrix},\begin{bmatrix}1&3\\5&16\end{bmatrix}\right)}="5",(135,24)*+{\left(\begin{bmatrix}7&3\\23&10\end{bmatrix},\begin{bmatrix}35&13\\113&42\end{bmatrix},\begin{bmatrix}3&1\\5&2\end{bmatrix}\right)}="6",(135,8)*+{\left(\begin{bmatrix}1&1\\3&4\end{bmatrix},\begin{bmatrix}29&13\\107&48\end{bmatrix},\begin{bmatrix}7&3\\23&10\end{bmatrix}\right)}="7",\ar@{-}"1";"2"\ar@{-}"1";"3"\ar@{-}"2";"4"\ar@{-}"2";"5"\ar@{-}"3";"6"\ar@{-}"3";"7"
\end{xy}
\end{align}
各行列の$(1,2)$成分を抜き出してみると、先ほど例示したマルコフツリーに現れるマルコフトリプルに一致することが見て取れると思います。これで、コーンツリーはマルコフツリーの情報を増強したものとして与えられることがご理解いただけたかと思います。1つ注意として、$(P,Q,R)$は成分の順番を入れ替えて$(R,Q,P)$などにするとコーントリプルにはなりません。ここはマルコフとは異なるところです。$Q=PR-S$という条件があり、$PR$と$RP$は等しいとは限らないからです。
さて、情報量が増えたことによっていろんなことがわかるようになります。コーンツリーの第2成分に注目してみましょう。次の定理が成り立ちます。
$k$一般化コーンツリー$\mathrm{C}\mathbb{T}(k,\ell)$の各第2成分の行列は全て互いに異なる。
これは、上半分と下半分で同じ頂点が出てくるマルコフツリーでは成立しないことでした。コーンツリーによる情報の増強によって、同じマルコフトリプルでもツリーの位置によって区別ができるようになったわけです。当然、$(1,2k^2+6k+5,2)$に対応する一般化コーントリプル($k=0$の場合は $\left(\begin{bmatrix}1&1\\1&2\end{bmatrix},\begin{bmatrix}7&5\\11&8\end{bmatrix},\begin{bmatrix}3&2\\4&3\end{bmatrix}\right)$)より下の頂点の第2成分についてもすべて異なる行列であることがわかっています(マルコフの方は命題4により第2成分が全て異なることと一意性予想が同値であったのでした)。これが、一意性予想を部分的に解決する大きな足掛かりになるのです。
コーンツリーという大道具を手に入れたところで、定理2の証明の概要を説明することにしましょう。定理2を示すためには命題5を示せば良いのですが、この命題5をもう少しちゃんとした形で述べ直します。$k$一般化マルコフツリーの頂点$(1,2k^2+6k+5, k+2)$とそれより下の頂点全体からなる部分木を$\mathrm{sM}\mathbb T(k)$で表すことにします。例えば$k=0$の場合は
\begin{align}
\begin{xy}(0,0)*+{(1,5,2)}="1",(25,16)*+{(5,29,2)}="2",(25,-16)*+{(1,13,5)}="3",
(60,24)*+{(29,169,2)}="4",(60,8)*+{(5,433,29)}="5",(60,-8)*+{(13,194,5)}="6",(60,-24)*+{(1,34,13)}="7",\ar@{-}"1";"2"\ar@{-}"1";"3"\ar@{-}"2";"4"\ar@{-}"2";"5"\ar@{-}"3";"6"\ar@{-}"3";"7"
\end{xy}
\end{align}
$k=1$の場合は
\begin{align}
\begin{xy}(0,0)*+{(1,13,3)}="1",(25,16)*+{(13,217,3)}="2",(25,-16)*+{(1,61,13)}="3",
(60,24)*+{(217,3673,3)}="4",(60,8)*+{(13,16693,217)}="5",(60,-8)*+{(61,4683,13)}="6",(60,-24)*+{(1,291,61)}="7",\ar@{-}"1";"2"\ar@{-}"1";"3"\ar@{-}"2";"4"\ar@{-}"2";"5"\ar@{-}"3";"6"\ar@{-}"3";"7"
\end{xy}
\end{align}
から始まる部分木です。一方、これと同じ部分の$k$一般化コーンツリーの部分木($(1,2)$成分が同じ様子になっている部分木は2つありますが、左(図では下)の方)を$\mathrm{sC}\mathbb T(k,\ell)$とします。ここで、$\ell=-k$ととっておくことにします(このとり方は非常に重要です)。$k=0$の場合、$\mathrm{sC}\mathbb T(0,0)$は
\begin{align}
\begin{xy}(0,0)*+{\left(\begin{bmatrix}0&1\\-1&3\end{bmatrix},\begin{bmatrix}2&5\\5&13\end{bmatrix},\begin{bmatrix}1&2\\2&5\end{bmatrix}\right)}="1",(75,-16)*+{\left(\begin{bmatrix}0&1\\-1&3\end{bmatrix},\begin{bmatrix}5&13\\13&34\end{bmatrix},\begin{bmatrix}2&5\\5&13\end{bmatrix}\right)}="2",(75,16)*+{\left(\begin{bmatrix}2&5\\5&13\end{bmatrix},\begin{bmatrix}12&29\\31&75\end{bmatrix},\begin{bmatrix}1&2\\2&5\end{bmatrix}\right)}="3",
(155,-24)*+{\left(\begin{bmatrix}0&1\\-1&3\end{bmatrix},\begin{bmatrix}13&34\\34&89\end{bmatrix},\begin{bmatrix}5&13\\13&34\end{bmatrix}\right)}="4",(155,-8)*+{\left(\begin{bmatrix}5&13\\13&34\end{bmatrix},\begin{bmatrix}75&194\\196&507\end{bmatrix},\begin{bmatrix}2&5\\5&13\end{bmatrix}\right)}="5",(155,8)*+{\left(\begin{bmatrix}2&5\\5&13\end{bmatrix},\begin{bmatrix}179&433\\463&1120\end{bmatrix},\begin{bmatrix}12&29\\31&75\end{bmatrix}\right)}="6",(155,24)*+{\left(\begin{bmatrix}12&29\\31&75\end{bmatrix},\begin{bmatrix}70&169\\181&437\end{bmatrix},\begin{bmatrix}1&2\\2&5\end{bmatrix}\right)}="7",,\ar@{-}"1";"2"\ar@{-}"1";"3"\ar@{-}"2";"4"\ar@{-}"2";"5"\ar@{-}"3";"6"\ar@{-}"3";"7"
\end{xy}
\end{align}
$k=1$の場合、$\mathrm{sC}\mathbb T(1,-1)$は
\begin{align}
\begin{xy}(0,0)*+{\left(\begin{bmatrix}-1&1\\-7&6\end{bmatrix},\begin{bmatrix}3&13\\17&74\end{bmatrix},\begin{bmatrix}1&3\\5&16\end{bmatrix}\right)}="1",(80,-16)*+{\left(\begin{bmatrix}-1&1\\-7&6\end{bmatrix},\begin{bmatrix}13&61\\75&352\end{bmatrix},\begin{bmatrix}3&13\\17&74\end{bmatrix}\right)}="2",(80,16)*+{\left(\begin{bmatrix}3&13\\17&74\end{bmatrix},\begin{bmatrix}67&217\\381&1234\end{bmatrix},\begin{bmatrix}1&3\\5&16\end{bmatrix}\right)}="3",
(175,-24)*+{\left(\begin{bmatrix}-1&1\\-7&6\end{bmatrix},\begin{bmatrix}61&291\\353&1684\end{bmatrix},\begin{bmatrix}13&61\\75&352\end{bmatrix}\right)}="4",(175,-8)*+{\left(\begin{bmatrix}13&61\\75&352\end{bmatrix},\begin{bmatrix}1075&4683\\6203&27022\end{bmatrix},\begin{bmatrix}3&13\\17&74\end{bmatrix}\right)}="5",(175,8)*+{\left(\begin{bmatrix}3&13\\17&74\end{bmatrix},\begin{bmatrix}5153&16693\\29327&95004\end{bmatrix},\begin{bmatrix}67&217\\381&1234\end{bmatrix}\right)}="6",(175,24)*+{\left(\begin{bmatrix}67&217\\381&1234\end{bmatrix},\begin{bmatrix}1151&3673\\6545&20886\end{bmatrix},\begin{bmatrix}1&3\\5&16\end{bmatrix}\right)}="7",,\ar@{-}"1";"2"\ar@{-}"1";"3"\ar@{-}"2";"4"\ar@{-}"2";"5"\ar@{-}"3";"6"\ar@{-}"3";"7"
\end{xy}
\end{align}
から始まる部分木です。
さて、$t$を完全二分木の頂点として、$m_t$を$\mathrm{sM}\mathbb{T}(k)$上の$t$の位置にある$k$一般化マルコフトリプルの第2成分とします。
命題5は次のような命題でした。
$k$一般化マルコフ素数$b$(ただし$b\neq k+2$とする)について、$b=m_t$を満たす頂点$t$が一意的であるならば、定理2は成り立つ。
さらにこれをコーンツリーを使った主張に言い換えます。$C_t$を$\mathrm{sC}\mathbb{T}(k,-k)$上の$t$の位置にある$k$一般化コーントリプルの第2成分とします。対応$t\mapsto C_t$は定理8より単射なので、命題9と合わせて次の命題が成り立ちます。
$k$一般化マルコフ素数$b$(ただし$b\neq k+2$とする)に対して、$b$を$(1,2)$成分に持つような$k$一般化コーン行列$C_t$が一意的であるならば、定理2は成り立つ。
以下、$k$一般化マルコフ素数$b$に対して$b=m_t=m_\tau$ならば$C_t=C_\tau$であることを示します。 $C_t$と$C_\tau$は$(1,2)$成分が$m_t=m_\tau$で一致しているので、$(1,1)$成分が一致することを示せば良いです(残りの成分の一致は$\mathrm{tr}(C_t)=\mathrm{tr}(C_\tau)=(3+3k)m_t-k$と$\det(C_t)=\det(C_\tau)=1$であることから従います)。そこで、$C_t$と$C_\tau$の$(1,1)$成分をそれぞれ$u_t,u_\tau$とおきます。 ここで、$C_t$の$(1,1)$成分における次の性質を利用します。
任意の頂点$t$に対して、$C_t$の$(1,1)$成分$u_t$は$0< u_t<\dfrac{m_t}{2}-k$を満たす$x^2+kx+1\equiv 0 \mod m_t$の解である。
この命題は$m_t$が素数かどうかに関わらず成立します。証明はしませんが、成り立つことを$k=0,1$の場合のいくつかのケースで確かめておきましょう。$\mathrm{sC}\mathbb T(0,0)$の最初の3つの頂点について、
$m_t=5,C_t=\begin{bmatrix}2&5\\5&13\end{bmatrix}$のとき、$0<2<\dfrac{5}{2}$かつ$2^2+1=5\equiv 0 \mod 5$、
$m_t=13,C_t=\begin{bmatrix}5&13\\13&34\end{bmatrix}$のとき、 $0<5<\dfrac{13}{2}$かつ$5^2+1=26\equiv 0 \mod 13$、
$m_t=29,C_t=\begin{bmatrix}12&29\\31&75\end{bmatrix}$のとき、 $0<12<\dfrac{29}{2}$かつ$12^2+1=145\equiv 0 \mod 29$、
$\mathrm{sC}\mathbb T(1,-1)$の最初の3つの頂点について、
$m_t=13,C_t=\begin{bmatrix}3&13\\17&74\end{bmatrix}$のとき、 $0<3<\dfrac{13}{2}-1$かつ$3^2+3+1=13\equiv 0 \mod 13$、
$m_t=61,C_t=\begin{bmatrix}13&61\\75&352\end{bmatrix}$のとき、 $0<13<\dfrac{61}{2}-1$かつ$13^2+13+1=183\equiv 0 \mod 61$、
$m_t=217,C_t=\begin{bmatrix}67&217\\381&1234\end{bmatrix}$のとき、 $0<67<\dfrac{217}{2}-1$かつ$67^2+67+1=4557\equiv 0 \mod 217$
で実際に成り立っていることが確認できます。
命題11は$m_t$にのみ依存する性質であるから、$m_t=m_\tau$の条件下では$u_t$と$u_\tau$はともに全く同じ条件を満たすことになります。したがって$u_t=u_\tau$…と結論づけるのはまだ早いです。「$0< x<\dfrac{m_t}{2}-k$を満たす$x^2+kx+1\equiv 0 \mod m_t$の解」が一意的であることを示さなければいけません。したがって、定理2の成立は以下の命題に帰着されます。
$k$一般化マルコフ素数$m_t$に対して、$0< x<\dfrac{m_t}{2}-k$を満たす$x^2+kx+1\equiv 0 \mod m_t$の解は一意的である。
この命題は証明しておきましょう。
まず$x^2+kx+1\equiv 0 \mod m_t$の解が高々2つであることを示す。$x_1$,$x_2$を$x^2+ kx+1\equiv 0 \mod m_t$の解で$x_1\not\equiv x_2$を満たすものとする。 $(x_1-x_2)(x_1+x_2+ k)\equiv 0\mod m_t$だから、 $m_t$の素数性より$x_1+x_2+ k\equiv 0\mod m_t$が成立する。$x_3$を$x^2+ kx+1\equiv 0 \mod m_t$の解で$x_1\not\equiv x_3$であるようなものとしてとる。 このとき、先の議論と同様にして$x_1+x_3+ k\equiv 0\mod m_t$を得る。$x_1+x_2+ k\equiv 0\mod m_t$と$x_1+x_3+ k\equiv 0\mod m_t$の両辺引いて$x_2-x_3\equiv 0 \mod m_t$を得る。したがって、解の個数は高々2個である。さて、$x^2+kx+1\equiv 0\mod m_t$の解として今$0< x<\dfrac{m_t}{2}-k$を満たすものが少なくとも1つ取れることが命題11からわかっている。これを$a$とおくと、$m_t-(a+k)$も$x^2+kx+1\equiv 0\mod m_t$の解であり、このとき$\dfrac{m_t}{2}< m_t-(a+k)< m_t$である。したがって、$a$と$m_t-(a+k)$は別の解であり、$x^2+kx+1\equiv 0\mod m_t$の解の個数が高々2つであることから$x^2+kx+1\equiv 0\mod m_t$の解は$a$と$m_t-(a+k)$で全てである。以上から、$0< x<\dfrac{m_t}{2}-k$を満たす解は$a$しかないことがわかり、一意性が示された。
以上により定理2が示されました。
ここまで読んでくださってありがとうございました(ここに辿り着く人はどれくらいいるんだろうか?)。薄々気づいている人もいるとは思いますが、この$k$一般化マルコフ方程式に関する理論の創始者は私です。この研究は2021年に始まったばかりであり、取り組むべき問題が山ほどあります。ひとまずは1800年代から積み上がっている古典的マルコフ方程式($k=0$のケース)における理論の拡張が目下の課題です。この記事をきっかけに、一般化マルコフ方程式についての知名度が上がり、問題に取り組む研究者が増えてくれると嬉しいなと思います。