はじめに
この記事では
前回の記事
に引き続き超幾何数列の基本事項についてまとめていきます。
概要
第二回の記事
では超幾何数列に対し
なる超幾何数列を求めることで望遠鏡和
を作り出す手法について解説しました。
またこの手法では例えば
のようにGosper総和可能でない数列はその部分和
を閉形式に表すことはできませんでした。
しかしこの数列は実は
のように表すことができ、これによって
というある種の閉形式や
という級数の値を求めることができます。
この記事ではこのように完全な望遠鏡和が作れない場合にも、ある種の最小性を持つを用いて
と表すことで
との部分和をより簡単な数列の部分和に帰着させる手法(Abramov-Petkovšek method)について解説していきます。
標準形と核・殻
さて
Gosper's algorithm
によるcreative telescopingでは
なる多項式であって任意の非負整数に対し
を満たすようなものを求めることで見通しが良くなるのでした。
これに類似して以下では
なる多項式および有理関数であって任意の(負数も含めた)整数に対し
を満たすようなものを考えます。
有理関数の標準形
シフト既約
多項式がshift-freeであるとは、任意の整数に対しとが互いに素となることを言う。
また有理関数がshift-reducedであるとは、任意の整数に対しとが互いに素となることを言う。
標準形
でない有理関数に対し
なる有理関数の組であってがshift-reducedとなるようなもののことをの標準形(rational normal form)と言う。
証明
有理関数に対し
第二回の記事
の補題3から
なる多項式であって、任意の非負整数に対し
を満たすようなものが取れる。
このときその構成法からはそれぞれを割り切るので
が成り立つ、つまりはshift-reducedとなるので
とおくとこれはの標準形を定めることがわかる。
なお有理関数の標準形は一意には定まりません。実際
を標準形とすると
なども標準形となることがわかります。
ただ標準形を定めるに関しては次のようなある種の一意性を持つことが知られています(証明は気が向いたら書きます)。
ある有理関数の二通りの標準形
に対しある有理関数とある整数が存在して
が成り立つ。
超幾何数列の核と殻
核と殻
超幾何数列に対し、その階比の標準形
を定める有理関数のことをそれぞれの核(kernel)、殻(shell)と言う。
このときは
によって定まる超幾何数列を用いて
と表せることに注意する。
例えば上で出てきた数列
の核と殻として
などが取れます。
Abramov-Petkovšek Method
以下では与えられた超幾何数列に対し
なる超幾何数列であってがある種の最小性を持つものはどのように求められるか、という問題について考えていきます。
問題の帰着
まずこの問題をの核と殻についての話に帰着させておきましょう。
定数でない超幾何数列が
を満たすとき、はそれぞれ相似である。特にこれらは同じ核を持つ。
いま相似なに対し、適当な核と殻を用いて
と表すと、これらが
を満たすことと
を満たすことは等価となることに注意しましょう。
分解の最小性
ここでが満たすべき最小性とは、の殻の分母の次数(の最小値)が最小となることを言うものとします。そしてどのようなときにその最小性が満たされるかは次の定理によって判別することができます。
多項式と有理関数がstrongly coprimeであるとは、任意の非負整数に対し
が成り立つことを言う。
超幾何数列が簡約であるとは、のある核と殻
が以下を満たすことを言う。
- はshift-freeである。
- とはstrongly coprimeである。
なお簡約という語については説明の都合上便宜的に命名したものであり一般的なものではありません。
簡約な超幾何数列に対し上の条件(i),(ii)を満たすような核を取る。
このとき
なる任意の超幾何数列および任意の核に対し、に関するの殻をそれぞれ
とおくと
が成り立つ。
この証明については書くと長くなるので、ここではとした場合のみを示しておきます。
証明
がある既約多項式の累乗を因数に持つとき、ある整数が存在してもを因数に持つことを示す。のときは明らかなのでとしてよい。
このときに関するの殻をとおくと
が成り立つので、この分母に注目すると
がわかる。
のとき
をを満たすような整数であって最小のものとする(仮定よりに注意する)。このときの最小性から
となるので再び上の分母に注目することで
がわかる。
のとき
をを満たすような整数であって最大のものとする(仮定よりに注意する)。このときの最大性から
となるので再び上の分母に注目することで
がわかる(に注意する)。
以上よりどちらの場合にもある整数が存在してが成り立つことが示された。
さて、これにより与えられたに対し
なるであってが簡約であるものが構成できればこれは所望の最小性を満たすことがわかります。
実際他のを用いて
と表せるとき
とおくと
が成り立つので定理4によりの殻の分母の次数はの次数以下となることがわかります。
分解の構成
そしてそのようなは次のような手法によって構成することができます。
有理関数について、がshift-reducedであるとき
なる有理関数と多項式であって(i),(ii)を満たすようなものが存在する。
証明
を適当に
部分分数分解
することで、まずがある既約多項式を用いて
と表せる場合を考える。このとき以下の三通りの場合が考えられる(の取り方から(1)と(2)は同時には起こらないことに注意する)。
(1) ある非負整数に対しが成り立つ
(2) ある非負整数に対しが成り立つ
(3) 任意の非負整数に対しはもも割り切らない
(1)の場合
とおくとある非負整数およびある多項式が存在して
が成り立つ。このときさらに
とおくと
が成り立つ。
また
に対して同様の操作を繰り返していくことで(3)の場合に帰着できる。
(2)の場合
とおくとある非負整数およびある多項式が存在して
が成り立つ。
また
に対して同様の操作を繰り返していくことで(3)の場合に帰着できる。
一般の場合
これによって一般の有理関数に対し
なる多項式であって条件(ii)を満たすようなものが構成できる。
またがshift-freeでなければ上と同様の操作によって
と平行移動させることでshift-freeなるものが構成できる。
超幾何数列に対しある超幾何数列であって
が簡約な超幾何数列またはとなるようなものが存在する。
証明
の核と殻に対し上の補題のような有理関数と多項式を取る。
このとき
とおくと、このは所望の性質を満たす。実際そのことは核
に関するの殻が
となることからわかる。
Abramov-Petkovšek's Algorithm
一旦以上の議論をまとめておくと、与えられたに対し
なるであってが簡約となるようなものは以下のようなアルゴリズムによって求めることができます。
- の階比の標準形
を一つ求める。 - このに対し補題5の証明のようなアルゴリズムによって
なる有理関数と多項式を構成する。 - このとき
が求める超幾何数列となる。
計算例
解説
の核と殻として
を取る。このとき
つまり
とおくと
が成り立つので
を得る。したがって
が求める超幾何数列となる。
Residual Form
さて上ではの分母を最小化することを考えましたが、ここからさらにその分子を最小化することを考えていきましょう。
いまあるを用いて
と変形したときが多項式でなければの分母はよりも大きくなってしまうので、が多項式である場合を考えれば十分となります。したがってまずはとし
という線形空間の性質について考えてみましょう(ただしは適当な体とした)。
解説
の取り方からが直和であることは明らか。
任意の整数に対しが成り立つことを帰納法によって示す。であれば明らか。またであればある次のモニック多項式が存在し、帰納法の仮定により
が成り立つので
を得る。
いまに対してこのような補空間を考えることによって次のような簡約化を考えることができます。
超幾何数列がresidual formであるとは、のある核と殻
が以下を満たすことを言う。
- はshift-freeである。
- とはstrongly coprimeである。
- が成り立つ。
- である。
これについても一般的な用語ではありません。
超幾何数列に対しある超幾何数列であって
がresidual formまたはとなるようなものが存在する。
証明
の核と殻に対し補題5よりある有理関数と多項式であって
および上の(i),(ii)を満たすようなものが取れる。
いまをで割り
とおき、またこれに対し
とおくと
が成り立つ(これによって(iii)が満たされる)。
また補題7より
なるが存在し、またの取り方から
なる多項式が取れる。このとき
とおくと
が成り立つ。
したがってこれに対し
とおくとこれらは所望の性質を満たすことがわかる。
の求め方
ちなみにの基底は次のようにして求めることができます。
証明
多項式に対し
の次数が取り得る値の範囲について考えればよい。
またはが成り立つとき
このとき明らかに
が成り立つのでの取り得る値の範囲は
と求まる。
かつが成り立つとき
このときをモニック多項式とすると
と表せるのでであれば
が成り立つ。
また(が非負整数であり)のときは
が成り立つので、これを次数の多項式
を用いて次数下げすることによって
とすることができる。
したがっての取り得る値の範囲はのとき
と求まり、のとき
または
と求まる。
以上より主張を得る。
計算例
解説
よりが成り立つことに注意する。
いまに対し
とおくと
が成り立つのでは
と次数下げできる。したがってつまり
を得る。
解説
の核と殻
に対しAbramov-Petkovšek's algorithmを実行すると
なる有理関数として
が取れる。
またなのでこれはまだ簡約化することができ、実際
より
つまり
とおくとこれが求める超幾何数列となる。
総和可能性
residual formは真に最小性を持つものとなっており、これにより定理8のようながであるか否かによってが
Gosper総和可能
であるかどうかを判別することができます。
簡約な超幾何数列に対し(i),(ii)を満たすような核と殻を
とおく。
このときがGosper総和可能であるためにはは多項式でなければならない。
証明
が多項式ではない、特にがある既約多項式を因数に持つものとする。
いま
なる超幾何数列が存在する、つまり
なる多項式が存在するならば定理5(の特別な場合の証明)と全く同様にして、あるでない整数が存在して
または
が成り立つことがわかる。このときはも因数に持たなければならないが、これはがshift-freeであったことに矛盾。よっては定数でなければならないことが示された。
residual formはGosper総和不可能である。
証明
residual formに対し(i)-(iv)を満たすような核と殻
を取る。このとき
という核と殻を考えるとこれらは(i),(ii)を満たすので、命題9よりがGosper総和可能でればは多項式となる。特にとが互いに素であることとであることからでなければならない。
また
なる超幾何数列が存在する、つまり
なる有理関数が存在するならば
第二回の記事
の定理4からは多項式となる。したがってつまりが成り立たなければならないが超幾何数列の定義からであったことに矛盾。よってはGosper総和不可能である。