はじめに
この記事では群環がある種の行列環の直積として書けることについて,半単純左アルティン代数の理論を使ってまとめる.のこの分解に,群の全ての既約表現が現れる.
この記事における議論は基本的に『代数の基礎』 1 によるが, 1 では半単純左アルティン「環」について記述しているのに対し,この記事では半単純左アルティン「代数」について記述する.について考える時は代数の理論が必要になるのでこのようにした.しかし証明は, 1 における対応する命題の証明で「環」を「代数」に書き換えるだけで通用するので,この記事では証明は省略する.
記事全体では有限群,は(可換な)体とする.この記事における代数は,構造射の像がの中心に含まれるとする.また,次のよく使う2つの仮定に名前をつけておく.
半単純左アルティン代数の理論
半単純左アルティン代数の構造
まずは,半単純左アルティン代数の構造理論を用意する.
劣直積
代数に対して,代数の族と代数の単射準同型が存在して,任意のについて射影との合成が全射であるとき,は族の劣直積であるという.
加群の劣直積についても同様に定義する.
半単純代数
代数に対して,単純代数の族が存在して,が族の劣直積であるとき,を半単純代数という.
左アルティン単純代数は,可除代数上の有限階数の加群の自己準同型のなす代数に代数として同型である.このときが上有限次元なら,も上有限次元.
半単純代数が両側イデアルについての降鎖律を満たせばは有限個の単純代数の直積に同型である.
1 の命題3.5.20証明でをどのようにして環(代数)とみなすのかということについてだけ書いておく.
は代数.をにより左加群とみなす.
1 の命題3.5.20の議論と同様にして,有限個の既約加群と加群としての同型
が存在する.各射影ととの合成は全射加群準同型.このを用いてにおける積を定義し,を環にしたい.
に対して,の全射よりが存在して.このを用いてにおける積をと定義する.
この定義がwell-definedであることを示す.
もしであれば,となることをいう.
今,
,
であるから,
よって上記のにおける積はwell-definedで,この積によりは環になり,代数になる.このとき,が加群として既約であることから,は単純代数となることを示すことができる.また,は代数の同型となる.
命題1と命題2により,次の定理を得る.
代数について,次は同値である.
(1)は左アルティン代数であり,でないべき零イデアルを持たない.
(2)は半単純左アルティン代数である.
(3)は左加群として完全可約である.
(4)は有限個の は可除代数上の有限階数の加群)という形の代数の直積に同型である.
半単純左アルティン代数上の加群の構造
定理3の条件を満たす代数上の既約加群について見ておく.
可除代数上の有限階数加群はある自然数を用いてと書くことができ,代数の同型
が成立する.ただし右辺は成分の次正方行列全体のなす代数.よって定理3の条件下でと書ける.(は可除代数,は正の整数.)
さて,行列の素朴な操作と 1 の補題3.5.23より,次の命題を得る.
可除環と自然数について,環を考える.
このとき,は既約左加群であり,既約左加群はこれに同型なものしかない.
直積環上の加群の一般論( 2 を参照)と命題4により,次の命題を得る.
(は可除環,は正の整数)に対して,既約左加群は同型を除いてで全てである.
ただし命題5におけるのへの作用は次のように定まっている.
と列ベクトルに対して,
.
(右辺は行列と列ベクトルの積.)
表現論
表現は加群
表現は上の加群とみなせることについて見る.
可換群(とと)を固定する.集合を次のように定める.
は次のように言い換えることができる.
この言い換えのもとで,との間には全単射が存在する.
を次のように定める.
とに対して,.
このとき,は全単射.
の逆写像を構成する.を次のように定める.
をとる.
をに対してと定める.(ただしの単位元をと書いた.)
をに対してと定める.
このを用いて,と定める.
このとき,ととは互いに逆であることが示せる.
よっての上の表現と左加群との間に1対1の対応が存在することが言えた.
部分表現,既約表現を上の加群の言葉で書き直しておく.
はの上の有限次表現とすると,命題6によりは左加群とみなせる.
このとき,部分集合について,次は同値である.
(1)はの部分表現.
(2)はの部分加群.
命題7により,次の命題が得られる.
命題7の状況下で,次は同値である.
(1)は既約表現.
(2)は既約加群.
よっての上の既約表現と既約左加群との間には1対1の対応があることが言えた.
の構造と既約表現
半単純左アルティン代数の理論を用いての構造を決定する.次のマシュケの定理が中心的な役割を果たす.
仮定(P1)のもとで,の任意の上の有限次元表現は,既約表現の直和に同型である.
特には自然にの上の表現であるから,は既約表現の直和である.このことは,命題8によりは左加群として完全可約であるということを意味する.よって定理3により,の構造についての次の定理を得る.
仮定(P1)のもとで,可除代数と正の整数が存在して代数として,.
命題5,命題8,定理10により,次の命題を得る.
仮定(P1)のもとで,定理10のようにが個の行列環の直積として書かれるとき,の上の既約表現は同値を除いて個()存在する.
念のため,命題11の既約表現たちがどんな表現なのか見ておこう.
を1つ固定する.
がどんなの表現になっているか記述する.それは,
(1)どんな環準同型によりは上線形空間になっているか,
(2)どんな群準同型によりはに作用しているか,
という2点を記述するということである.
まず,定理10の代数の同型をとおく.に対して,と書くことにする.は代数の準同型であるから,に対してを満たす.ただしにおける単位行列をと書いた.よって特にである.
ここで命題5のあとに書いた作用を思い出すと,の左加群への作用を表す環準同型は,とに対して(右辺は行列と列ベクトルの積)により定まっている.
命題6証明中のによりに対応するを求めれば上記の(1),(2)が得られる.
(1)の定義よりはとに対してにより定まっている.このによりは上線形空間.
(2)の定義よりは次のように定まる.ごとに行列が定まり,に対して(右辺は行列と列ベクトルの積).このによりはに作用している.すなわちとに対して.
以上での表現が記述された.
定理10の同型の両辺について中心の次元を比較することで,の既約表現の個数はの共役類の個数以下になることを示そう.まず次の命題が成立する.
の共役類の個数をとする.
このとき,の中心の上の次元はである.
命題12により次の命題を得る.
仮定(P1)のもとで,の共役類の個数を,の上の既約表現の個数をとする.このとき,.
定理10の代数の同型
において,両辺の中心を考えることで,代数の同型
を得る.特にこの同型は上線形空間の同型でもある.命題12により,両辺の上の次元を考えることで,
の場合について具体例を見てみよう.
の乗法群の部分群を考える.の元と区別するために,の元はと書くことにする.このとき,代数としての同型
がある.終域は次正方行列のなす環の直積とも書けるので,確かに定理10の形になっている.
この表示により,は上で次既約表現を個と,次既約表現を個持つことがわかる.は位数の可換群なので共役類の個数は.既約表現の個数はなので,確かに共役類の個数以下になっている.
また例えば次既約表現は次のように定まっている.
とに対して(右辺はにおける積).
ハミルトンの四元数体を考える.の乗法群の部分群を考える.の元と区別するために,の元は と書くことにする.このとき,代数としての同型
がある.ただしに対してとおいた.終域は次正方行列のなす環の直積とも書けるので,確かに定理10の形になっている.
この表示により,は上で次既約表現を個と次既約表現を個持つことがわかる.の共役類の個数は,既約表現の個数もで等しい.
また例えば次既約表現は次のように定まっている.
とに対して,(右辺はにおける積).
なおこの表現が既約表現であることは,が可除環であることを用いて次のように素朴に示すこともできる.(例1のの既約も同様に示せる.)
は部分表現とする.をつとる.
任意にをとる.とおく.
環の演算で
ここで,はの上部分線形空間であることから,.また,はの元の作用で閉じていることから,がわかる.よってであり,が言えた.よってであり,は既約表現.
代数閉体の場合
が代数閉体の場合を見る.
次の命題が成立する.
は代数閉体とする.
このとき,上有限次元の可除代数は同型を除いてのみである.
は可除代数で上有限次元とする.とみなす.
を任意にとる.は(可換な)整域であり,上有限次元.よっては上代数的であり,は代数閉体であることから,を得る.よって.
定理10(と命題11)と命題14から,が代数閉体のとき,は,次のように表せる.
仮定(P2)のもとで,正の整数が存在して代数として,が成立する.
またこのとき,の上の既約表現は同値を除いて個()存在する.は既約表現の直和としてと書かれる.
定理15の同型において両辺の上の次元を比較することで,が成り立つこともわかる.
命題13の証明を見返すことで,が代数閉体のときは,の共役類の個数と既約表現の個数が等しくなることがわかる.
仮定(P2)のもとで,の共役類の個数を,の上の既約表現の個数をとする.このとき,.
よって,定理15では,の共役類の個数の行列環の直積になっている.
(.はの共役類の個数.)
の場合について具体例を見てみよう.
(次対称群)の場合を考える.の単位元をと書く.このとき,代数の同型
がある.ただし,.
の共役類の個数との上の既約表現の個数はともにで等しい.
また,次既約表現は次のように定まっている.
とに対して,.
定理15は,左アルティン環の構造理論を用いての行列環への分解を得ることにより,の上の既約表現が得られるというものであるが,逆に何らかの方法での既約表現を全て見つけられれば,そこから定理15のようなの分解が得られる.
の共役類の個数をとする.
仮定(P2)のもとで,の上の既約表現は同値を除いてで全てであるとする.ただしは上線形空間では群準同型とする.
このとき,次は代数の同型になる.
を定理15の同型とする.必要なら順番を入れ替えることで,加群としてとなる.
この同型が代数の同型を誘導し,これらが代数の同型を誘導する.となることを示すことができ,これは同型の合成なので,同型になる.
もし何らかの方法でが得られていれば,定理15を使わずとも,マシュケの定理から命題17を示せるので,別証明を書いておく.
(命題17の別証明)
より,の始域と終域の上の次元は等しいので,単射が言えれば同型が言える.そこで,の単射を示す.
はを満たすとする.このとき,任意のに対して.命題6の対応を思い出すと,これは,を左加群と見たときの倍写像が零写像であることを意味する.今,定理9(マシュケの定理)より,は左加群としてたちの直和であるから,倍写像も零写像である.よって特にの場合を考えることで,を得る.よっては単射.
命題17の具体例を見てみよう.そのためにまず既約表現の特徴づけを見ておく.
仮定(P2)のもとで,は上線形空間ではの表現とする.が誘導する代数の準同型をとする.このとき次は同値.
(1)は既約表現.
(2)は全射.
を定理15の同型とする.
(1)(2)を示す.
あるについて加群としてなので,命題17の1つ目の証明と同様の議論での全射が言える.
(2)(1)を示す.
は部分表現とする.はの部分加群.をつとる.命題4により,は左加群として既約なので,となる.よってを任意にとると,が存在してとなる.の全射より,が存在して.よってが部分加群であることより.が得られた.よってであり,は既約表現である.
命題17の具体例を見よう.
の場合を考える.例2と同じ群を考える.であることに注意しておく.の共役類の個数をとする.の共役類はで全てであり,である.よって命題16よりの上の既約表現は個存在する.
まず次元既約表現は個存在する.実際,ごとに写像
はwell-definedな群準同型であり,これらがの上の次既約表現を定める.
また,次元の既約表現を次のように定める.
今,がの上の基底であることが示せるので,命題18でに対応するは全射である.よって命題18よりは既約表現である.
以上で個の既約表現が出揃ったので,これらを用いて命題17より次の代数の同型を得る.
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