前回の記事「 同型が基底に依存するっていう意味がようやく分かった 」で、線型空間とその双対空間との同型$V \cong V^*$が標準的でないことの意味を確かめた。ところが内積を導入した内積空間については、これが標準的な同型になるらしい。どういうことか確かめてみたい。
なお、関数解析学の素養がないため、ここでは有限次元内積空間の代数的な考察のみを行う。ヒルベルト空間とかよく分かんない。
ちなみに前回の追記にも書いたが、この記事では「標準的」と「自然性」を暗黙的に同一視している。これは良くない。「標準的とはなにかさっぱり理解していなかったでござる」の公開を待たれよ。
有限次元実内積空間$V$と、その双対空間$V^*$を考える。$V$には内積$\langle \cdot, \cdot \rangle_V: V \times V \to \mathbb{R}$が備わっている。内積は非退化双線型形式であり1)、線型同型写像$\eta_V: V \to V^*$を$\eta_V (v_1)(v_2) \defeq \langle v_1, v_2 \rangle_V$によって定義できる。これは恣意的な基底の選択によらずに定まる。
この同型が射(写像)に関して整合性を持つかどうかを調べたいが、どのような種類の写像を考えるべきだろう?
$V$は内積を持つ線型空間なので、その構造を保存する写像として等長線型写像(内積を保つ線型写像は等長線型写像。逆も成り立つ)を考えるのは妥当だろう。そこで、有限次元実内積空間を対象として等長線型写像を射とする圏$\mathbf{FDHilb}_{\mathbb{R}, \text{iso}}$を考える。FDは有限次元(finite-dimensional)、Hilbはヒルベルト空間、Rは実数、isoは等長(isometry)を表している(有限次元内積空間は自動的にヒルベルト空間となるのでこのような表記を採用した)。
等長線型写像$p: V \to W$は、$\langle v_1, v_2 \rangle_V = \langle p(v_1), p(v_2) \rangle_W$を満たす写像である。$p$の表現行列を$A$とすると、$A^T A = I$となる(あまり一般的ではないかもしれないが$A$は等長行列と呼ばれることもあるっぽい)。$V$と$W$が同次元なら$p$は直交写像であり、$A$は直交行列である。
双対空間$V^*$の内積を$V$の内積から誘導する、すなわち$\langle f_1, f_2 \rangle_{V^*} \defeq \langle {\eta_V}^{-1}(f_1), {\eta_V}^{-1}(f_2) \rangle_V $と定義すると、$\eta_V$は等長線型写像になる。
等長線型写像$p: V \to W$に関する図式を描くと以下のようになる(後述するが実は$\mathbf{FDHilb}_{\mathbb{R}, \text{iso}}$の図式ではない)。これをもとに、前回の記事の「基底に依存しない同型を取った場合」の節と同じ議論を辿ってみよう。
右ルート$p^* \circ \eta_W \circ p$と左ルート$\eta_V$が等しいかどうか確かめたいが、線型写像なので基底を入力した値の一致を確認すれば十分である。$V$の基底$\left({e_V}_1, \dots, {e_V}_n \right)$を取り、$p^* \circ \eta_W \circ p$に${e_V}_i$を入力すると
$$ \begin{align*} \left(p^* \circ \eta_W \circ p \right) ({e_V}_i) &= \left(p^* \circ \eta_W \right) \left( p({e_V}_i) \right) \\ &= \eta_W \left( p({e_V}_i) \right) \circ p && \text{(双対写像}p^*\text{の定義より)} \end{align*} $$
となる。これに${e_V}_j$を入力すると
$$ \begin{align*} \left(p^* \circ \eta_W \circ p \right) ({e_V}_i) ({e_V}_j) &= \left( \eta_W \left( p({e_V}_i) \right) \circ p \right) ({e_V}_j) \\ &= \eta_W \left( p({e_V}_i) \right) \left( p({e_V}_j) \right) \\ &= \langle p({e_V}_i), p({e_V}_j) \rangle_W && \text{(}\eta_W\text{の定義より)}\\ &= \langle {e_V}_i, {e_V}_j \rangle_V && \text{(等長線型写像}p\text{の定義より)}\\ &= \eta_V ({e_V}_i) ({e_V}_j) && \text{(}\eta_V\text{の定義より)} \end{align*} $$
となる。従って
$$ p^* \circ \eta_W \circ p = \eta_V \tag{1} \label{cw_eq_ccw} $$
である。
ところが、実は問題がある。双対写像$p^*$は等長写像とは限らないのだ。
等長線型写像$p: V \to W$が存在するとき、空間の次元は$\text{dim}(V) \leq \text{dim}(W)$である。$\text{dim}(V) = \text{dim}(W)$のとき$p$は直交写像であり、$\text{dim}(V) < \text{dim}(W)$のときは等長埋め込みである。$\text{dim}(V) > \text{dim}(W)$すなわち次元を潰すような等長写像は存在しない。
すると、双対写像$p^*: W^* \to V^*$はどうなるか。$V$と$V^*$, $W$と$W^*$の次元はそれぞれ等しく、等長線型写像$p$が存在するということは$\text{dim}(V) \leq \text{dim}(W)$であり、従って$\text{dim}(V^*) \leq \text{dim}(W^*)$である。$\text{dim}(V^*) < \text{dim}(W^*)$の場合、$p^*$は線型写像ではあるが等長写像ではなく、$\mathbf{FDHilb}_{\mathbb{R}, \text{iso}}$の射にならない。
$p, \eta_V, \eta_W$は等長線型写像であり$\mathbf{FDHilb}_{\mathbb{R}, \text{iso}}$の射だが、$p^*$はそうではない。これは困った。前回記事の流れに則り、恒等関手$\text{Id}_{\mathbf{FDHilb}_{\mathbb{R}, \text{iso}}}$から双対化関手$(\cdot)^*$への対角自然変換を考えようとしたのだが、双対写像が射ではないとなると双対化関手を定義できない。
圏$\mathbf{FDHilb}_{\mathbb{R}, \text{iso}}$における図式を描くと、正しくは以下のようになる。
等長線型写像を射とする圏における図式(双対写像は射ではない)
等長線型写像を射とする圏を考えたとき、双対写像$p^*$は存在するし式\eqref{cw_eq_ccw}も成り立つのだが、$p^*$が射にならなくて困ったのだった。仕方がないので、射を直交写像(可逆な等長線型写像)に制限してみよう。有限次元実内積空間を対象とし直交写像のみを射とする圏$\mathbf{FDHilb}_{\mathbb{R}, \text{orth}}$を考える。orthとは直交(orthogonal)を意味している。
$p$が可逆の時、式\eqref{cw_eq_ccw}から$p^*$は
$$ p^* = \eta_V \circ p^{-1} \circ {\eta_W}^{-1} $$
と表せる。$\eta_V, \eta_W$は同型(可逆)で等長線型写像なので、つまり直交写像である。右辺は直交写像の合成なので左辺$p^*$も直交写像となる。従って、$p^*$が$\mathbf{FDHilb}_{\mathbb{R}, \text{orth}}$の射であることを無事に確認できた。
しかし直交写像ということは、同じ次元の空間同士($\text{dim}(V) = \text{dim}(W)$)にしか射が存在しないということだ。なんだか不自由な圏になってしまったなあ。
いずれにせよ、これで$\eta_V$と$\eta_W$は射$p$に関して対角自然変換の整合性条件を満たし、$\eta = \{\eta_X: X \in \text{ob}(\mathbf{FDHilb}_{\mathbb{R}, \text{orth}})\}$は$F(X, \cdot) = \text{Id}_{\mathbf{FDHilb}_{\mathbb{R}, \text{orth}}}$から$G(\cdot, X) = (\cdot)^*$への対角自然同型となる。すなわち、有限次元実内積空間を対象とし直交写像を射とする圏$\mathbf{FDHilb}_{\mathbb{R}, \text{orth}}$を考えると、$V \cong V^*$は対角自然変換の意味で標準的な同型である。めでたい。
ところがよく考えてみると、$p$には逆写像$p^{-1}$が存在するんだから、次の可換図式が成り立つじゃないか(式\eqref{cw_eq_ccw}を変形すると$p^* \circ \eta_W = \eta_V \circ p^{-1}$である)。
逆写像化関手$(\cdot)^{-1}: {\mathbf{FDHilb}_{\mathbb{R}, \text{orth}}}^\text{op} \to \mathbf{FDHilb}_{\mathbb{R}, \text{orth}}$を、対象を自分自身に写し直交写像をその逆写像に写す関手とすると、逆写像化関手$(\cdot)^{-1}$から双対化関手$(\cdot)^*$への普通の自然変換が成り立つということだ。わざわざ対角自然変換という弱い概念を持ち出さなくても、普通の自然変換の意味で$V \cong V^*$が語れることになる。
まあそりゃ、射を直交写像に制限したんだから強い結果が出るのは不思議ではないか。
ところで、内積空間$V$から$W$への線型写像$p: V \to W$には、随伴写像と呼ばれる写像$p^\dagger: W \to V$が一意に存在する。$p^\dagger$は$\langle p(v), w \rangle_W = \langle v, p^\dagger(w) \rangle_V$を満たす写像である。内積の対称性から、$\langle w, p(v) \rangle_W = \langle p^\dagger(w), v \rangle_V$としてもいい。
等長とも可逆とも制限しない一般の線型写像を考えると、逆写像があるとは限らないが随伴写像はいつも存在する。随伴写像は逆写像と向きが同じなので、逆写像の代わりに使えるのではないか?
前節では直交写像を射とする圏を考えたが、ここでは射を一般の線型写像に緩和しよう。有限次元実内積空間を対象とし線型写像を射とする圏を$\mathbf{FDHilb}_\mathbb{R}$とする。また、操作$(\cdot)^\dagger$を、任意の内積空間$V$について$(V)^\dagger = V$(恒等)とし、内積空間から内積空間への任意の線型写像$p$について$(p)^\dagger = p^\dagger$(随伴写像を取る)とする。するとこの操作は、$\mathbf{FDHilb}_\mathbb{R}$における自己反変関手$(\cdot)^\dagger: {\mathbf{FDHilb}_\mathbb{R}}^\text{op} \to \mathbf{FDHilb}_\mathbb{R}$となる(随伴化関手と呼ぶ)。射の合成について確かめておくと、任意の$p: V \to W$と$q: W \to Z$について
$$
\langle q(p(v)), z \rangle_Z = \langle p(v), q^\dagger(z) \rangle_W = \langle v, p^\dagger(q^\dagger(z)) \rangle_V
$$
より$(q \circ p)^\dagger = p^\dagger \circ q^\dagger$である(反変関手なので合成の順序が入れ替わることに注意)。
線型写像$p: V \to W$に関する図式を描くと以下のようになる。
逆写像の時と同じ形の図式だ。この図式において、右上の$W$を始点とする左回りルート$W \overset{p^\dagger}{\longrightarrow} V \overset{\eta_V}{\longrightarrow} V^*$と右回りルート$W \overset{\eta_W}{\longrightarrow} W^* \overset{p^*}{\longrightarrow} V^*$が一致する予感がする。確かめてみよう。
任意の$v \in V$と$w \in W$について、左回りルートでは
$$ \begin{align*} \eta_V(p^\dagger(w))(v) &= \langle p^\dagger(w), v \rangle_V \\ &= \langle w, p(v) \rangle_W && \text{(}p^\dagger\text{の定義より)} \end{align*} $$
右回りルートでは
$$
\begin{align*}
p^*(\eta_W(w))(v)
&= \left(\eta_W(w) \circ p\right)(v) \\
&= \eta_W(w)\left(p(v)\right) \\
&= \langle w, p(v) \rangle_W
\end{align*}
$$
と確かに一致し、$\eta_V \circ p^\dagger = p^* \circ \eta_W$である。
よって$\eta = \{\eta_X: X \in \text{ob}(\mathbf{FDHilb}_\mathbb{R})\}$は$(\cdot)^\dagger$から$(\cdot)^*$への自然同型となる。
なんと、内積空間を対象とするからといって、射を等長線型写像や直交写像に限定する必要などなかったようだ。有限次元実内積空間$V$とその双対空間$V^*$の同型$V \cong V^*$が標準的とは、一般の線型写像について$(\cdot)^\dagger$から$(\cdot)^*$への自然変換の意味で整合性を持つことを言っていたのだ。
ちなみに前回の記事で「謎の反変関手$H$が存在するのだろうか」と言ったが、それがまさにこの随伴化関手である。線形空間に内積が加わったことで、反変関手が現れたのだ。
前記事の$\mathbf{FDVect}$も含めて、空間とその双対空間との同型が「標準的」とは何を意味するのか、以下の表にまとめる。
| 圏 | $\mathbf{FDVect}$ | $\mathbf{FDHilb}_{\mathbb{R}, \text{orth}}$ | $\mathbf{FDHilb}_{\mathbb{R}, \text{iso}}$ | $\mathbf{FDHilb}_\mathbb{R}$ |
|---|---|---|---|---|
| 対象 | 有限次元 線型空間 | 有限次元 実内積空間 | 有限次元 実内積空間 | 有限次元 実内積空間 |
| 射 | 線型写像 | 直交写像 (可逆な等長線型写像) | 等長線型写像 | 線型写像 |
| 恒等関手$\text{Id}$と双対化関手$(\cdot)^*$の自然同型 | - (型が合わない) | - (型が合わない) | - (型が合わない) | - (型が合わない) |
| 恒等関手$\text{Id}$と双対化関手$(\cdot)^*$の対角自然同型 | × | 〇 | - (双対写像が射ではない) | × |
| 逆写像化関手$(\cdot)^{-1}$と双対化関手$(\cdot)^*$の自然同型 | - (逆写像が無い) | 〇 | - (逆写像が無い) | - (逆写像が無い) |
| 随伴化関手$(\cdot)^\dagger$と双対化関手$(\cdot)^*$の自然同型 | - (随伴写像が無い) | 〇 | 〇 | 〇 |
有限次元線型空間において$V \cong V^*$が標準的でないのは、双対化関手$(\cdot)^*$と(対角)自然同型の関係にある関手が無いことに対応している。恒等関手(共変関手)と双対化関手(反変関手)は型が合わないし、一般に逆写像が無く、随伴写像も無い。
有限次元実内積空間においては、射を直交写像に限定すると、恒等関手と双対化関手は対角自然同型になった。しかしわざわざ対角自然変換を持ち出さなくても、逆写像化関手と双対関手が自然変換になるのであった(ちなみにこの時、逆写像と随伴写像は一致している)。しかしそのように射を限定せずとも、一般の線型写像に関して随伴化関手と双対化関手は自然同型になるのである。
内積を使うと基底に依存しない同型$V \cong V^*$が作れることは分かっていたが、これが等長線型写像ではなくて一般の線型写像に関しても自然変換の整合性を満たすことに驚いた。てっきり「基底に依存しないけれど標準的でない同型」というものが存在して、これがその例になるのかと思っていたが、違った(「標準的」という言葉の意味をよく考えるべきだ)。内積の無い線型空間では苦し紛れに対角自然変換というものを持ち出してなお標準的な同型が作れなかったものが、内積を使うと向きの反転した随伴写像を介してあっさりと$V$と$V^*$を結ぶことができた。内積の役割としては、基底に依存しない同型を誘導することもあるが、それよりも随伴写像(双対写像と同じ向き)を誘導することが大きな役割を果たしているのではないだろうか。
前回記事でも今回記事でも、自然変換の一般化である対角自然変換という概念を持ち出したが、これに関して最後に少し注意しておきたい。
対角自然変換の整合性条件は六角形の可換図式であった。
対角自然変換の六角可換図式
この六角可換図式の中の2つの射が恒等射の場合、辺と頂点が潰れて四角形の図式になる。潰れ方には2パターンあり、一つ目のパターンは普通の自然変換を表すものである。
パターン1 自然変換の四角可換図式
二つ目のパターンは、反変関手から共変関手への変換とでもいうもの(名前がついているのだろうか?)の整合性条件を表すものであり、前回記事・今回記事の中で「対角自然変換」と呼んでいたのはこれのことである。
パターン2 反変関手から共変関手への変換(?)の四角可換図式
パターン1(自然変換)もパターン2(反変→共変の変換)もどちらも対角自然変換(六角可換図式)の特殊例として包含されるが、パターン1と2の間に包含関係があるわけではない。「対角自然変換は自然変換の一般化だ」とは言ったが、パターン2がパターン1の一般化というわけではないことに注意が必要だ(記事執筆の終わり際にようやく気付いた)。
有限次元線型空間の圏$\mathbf{FDVect}$では、パターン1(自然変換)はそもそも存在せず、パターン2(反変→共変の変換)の可換性は成り立たなかった。有限次元実内積空間の圏のうち、直交写像を射とする圏$\mathbf{FDHilb}_{\mathbb{R}, \text{orth}}$ではパターン1と2の両方が成り立った。線形写像を射とする圏$\mathbf{FDHilb}_\mathbb{R}$では、パターン2が成り立たず、パターン1のみ成り立った。
パターン1(自然変換)が成り立たず、パターン2(反変→共変の変換)のみが成り立つケースは存在するのだろうか? もしパターン1と2が対等な存在なら、そういうケースもあり得そうだ。ただし、仮に対等とはいっても少なくともパターン1の方が性質がよく扱いやすそう(例えば自然変換は関手圏の射であるが、パターン2の変換は二つの関手の型が異なるため、何らかの圏の射にはならない気がする)。
このあたりのことは今後また考えてみたい。