層のアーベル圏
ここでは層の圏について調べます.
層の核と像
さては前層の射に対して開集合ごとに核や像を定義することでアーベル圏になるのでした.層の場合にも同じことができるかを見てみましょう.
開集合の組に対して,核の普遍性により次の図式を可換にする写像が定まる:
これを制限写像としては前層になる.貼り合わせ条件を確かめよう.開集合との開被覆に対してが与えられ任意のに対してを満たすとする.これらをとみなせば,上の可換図式からの制限写像はのそれと可換なのでで貼り合わせ条件の仮定を満たすことが分かる.は層だから,一意的にが存在して任意のに対してを満たす.すると,任意のに対してであったからである.は層だから,これはを意味する.ゆえにである.
層化の随伴との関係
層化函手は埋め込み函手の左随伴であった.上の補題は右随伴函手が核を保つということからも分かる.
核については開集合ごとに考えることでめでたく層になりましたが,残念なことに像については次の例が示すように一般には層にはなりません.
層の射の開集合ごとの像は層とは限らない
として上の正則函数のなす層を考える.に対してと定めるとは層の射である(微分は局所的!).とすると,は前層であるが層ではない.
前層であることは上の補題のように普遍性から定まる写像を考えればよい.とするとはの開被覆である.は単連結だからは上原始函数をもつ.つまりである.しかしである.
層の射に対して開集合ごとの像の対応は層ではないですが,我々は前層に対して「一番近い層」を対応される層化という道具を手に入れていたのでした.これを使って層の射の像を定義します.
層の核・像
を層の射とする.で定義した層をと書き,の核と呼ぶ.さらに,で定義した前層の層化をと書き,の像と呼ぶ.
次は茎を取る函手が完全であることと層化で茎は変わらないことから得られます.
層化の普遍性から,このように定義した核と像が満たしてほしい普遍性を満たすこともチェックできます.こうして次が分かりました.
ここで後のために部分層・商層について準備しておきます.
商層
とする,がの部分層であるとは任意の開集合に対してであり任意の開集合の組であることを言う.単射な層の射が存在すると言ってもよい.このとき,をにを対応させる前層の層化として定めてのによる商層と呼ぶ.と言ってもよい.
層の完全列
層の圏がアーベル圏であることが分かったので次のように層の完全列を考えることができます.
層の完全列
層の射の列が完全であるとはを満たすことをいう.さらに長い列が完全であるとは任意の連続する三つの射の列が完全であることをいう.
次は命題1と補題3から従います.
上の命題は非常に役立つものです.実際,層の列が完全であることを知るには任意の点の近傍だけを見れば良いからです.これを使って次のような層の完全列を得ることができます.
層の完全列の例
(i) をの部分層とするとは完全である.
(ii) をの領域とする.このとき正則函数の層は有理型函数の層の部分層である.したがって,上の例の特殊な場合としては完全である.
(iii) 再びをの領域とする.をを取らない正則函数のなす層として乗法に関してアーベル群の層とみなす.層の射をと定めるとは層の完全列である.実際,命題5より完全性を示すには任意の点の十分小さい開円盤での完全性を言えばよいが,このときはが取れるのでよい.
(iv) を級多様体としてを次微分形式のなす層とする.外微分の写像は層の射である.またに付随する定数層はの部分層とみなせる.このとき,
は層の完全列である.実際,命題5より完全性を示すには任意の点の十分小さい開円盤での完全性を言えばよいが,これはポアンカレの補題より正しい.
(v) を正則函数係数の線形微分作用素として層の射とみなす.このとき,が完全,すなわちが全射であることは微分方程式が任意のに対して局所可解であることと同値である.これはCauchy–Kovalevskayaの定理などに現れる状況である.
上の例のように層の列が完全であるという状況はよく起こりチェックが容易いですが,それを上の切断にすると完全かどうか分からなくなってしまいます.実際,上の例の(iii)ではが単連結でなければは全射ではありません.一般に層の射が全射任意の開集合と任意のに対して,の開被覆が存在してしか分からないのです.まとめておくと,切断を取る函手については一般には次の左完全性しか分かりません.
切断函手の左完全性
任意の開集合に対して,上の切断を与える函手は左完全函手である.すなわち,層の完全列に対して,は完全である.
この命題は命題1と同様の議論で元を取ることで証明できます.別のやり方として埋め込み函手は層化函手の右随伴なので左完全での完全性は開集合ごとの完全性であることからも従います.
命題の最後の全射性が分からないのはなんだか悲しいことです.例えば上の例でのの元がで大域的に書けるかや局所的には常に可解な微分方程式が大域的に解けるかは興味があることだからです.これがいつ全射になるかの条件が分かるようになれば嬉しいですが判定する道具はあるのでしょうか?実はこれが(層係数)コホモロジーというものです.次回やるように左完全でしかなかった列の右側にと付け足していって
が完全になるようにできます.すると,を見ることでの「全射でない具合」を見ることができます.嬉しいですね!次節でやりましょう.
まとめ
この節では
- 層の射が同形であることは茎で同形であること
- 層の核・像を定義して層の圏がアーベル圏になること
- 層の列が完全であることは比較的チェックが容易いこと
- 切断函手は左完全でしかないこと
について説明しました.