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現代数学
文献あり

層に対する演算3(固有順像)

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固有順像

ここでは順像とは少し異なるやり方で層を押し出す方法を定義します.そこでは固有写像の概念を扱う必要があるのですが,扱いを簡単にするために以下では断らない限り位相空間はすべて局所コンパクトハウスドルフ空間であると仮定します.このとき,連続写像f:XY固有であるとはYの任意のコンパクト部分集合Kに対して逆像f1(K)Xのコンパクト部分集合となることでした.連続写像f:XYに対して,あるYの開被覆{Ui}iIが存在して,任意のiIに対してf|f1(Ui):f1(Ui)Uiが固有ならばfは固有になることがチェックできます.

固有順像の定義

さて,f:XYを(固有とは限らない)連続写像とします.このとき,FSh(X)に対して,その順像は(fF)(V):=F(f1(V))=Γ(f1(V);F)と定義されたのでした.これを少し細工して,Yの開部分集合Vに対して
(f!F)(V):={sΓ(f1(V);F)f|supp(s):supp(s)Vは固有}
と定めると,f!FfFの部分前層としてY上の前層を定めます.上で説明したように固有写像であることは局所的な性質なので,f!Fは実際に層になることが分かります.

固有順像

f:XYを連続写像,FSh(X)とする.このとき,
(f!F)(V):={sΓ(f1(V);F)f|supp(s):supp(s)Vは固有}
により定まるY上の層f!FSh(Y)Ffによる固有順像と呼ぶ.また,函手f!:Sh(X)Sh(Y)固有順像函手と呼ぶ.特に,f=aX:Xptが一点への写像のとき,
Γc(X;F):=aX!F={sΓ(X;F)supp(s)はコンパクト}
とあらわし,コンパクト台切断とも呼ぶ.

この函手f!がGrothendieckの六演算の五つ目です.もしfSupp(F)上固有であればf!FfFであることに注意しましょう.固有順像が順像の部分であることを用いると,連続写像f:XYに対して,固有順像函手f!:Sh(X)Sh(Y)は左完全函手であることが分かります.また,連続写像f:XY,g:YZに対して,自然同値g!f!(gf)!:Sh(X)Sh(Z)が成り立ちます.特に,FSh(X)に対して自然な同形
Γc(Y;f!F)Γc(X;F)
が成り立ちます.f!は左完全函手なのでその導来函手である高次固有順像Rnf!が考えられます.特にf=aX:Xptを考えれば,コンパクト台コホモロジー函手Hcn(X;):Sh(X)Abが得られます.導来函手はδ函手なので層の短完全列に対してコホモロジー長完全列があることにも注意しましょう.普通のコホモロジーの長完全列とコンパクト台コホモロジーの長完全列をうまく使い分けることによって様々なコホモロジーを計算することができます(下の例3も参照).

固有順像の嬉しい性質の一つは茎が計算できることです.順像では茎が計算できないのに固有順像では茎が計算できるのは,切断の台に写像に対する固有性を課して暴れ具合を統制しているからと考えられます.

固有順像の茎は逆像のコンパクト台切断

f:XYを連続写像,FSh(X)とする.このとき,任意のyYに対して,自然な同形
α:(f!F)yΓc(f1(y);F|f1(y))
が存在する.

概略

写像αi:f1(y)XとしたときのFii1Fから定まるものである.
αが単射であることを示す.VY内のyの開近傍としてt(f!F)(V)とする.すると,tsΓ(f1(V);F)f|supp(s):supp(s)Vが固有であるもので定まる.α(t)=0とするとyf(supp(s))であり,固有写像は閉写像だから,あるyの近傍Vが存在してVf(supp(s))=となる.ゆえに,Vt=0である.
αが全射であることを示す.sΓc(f1(y);F|f1(y))として,K:=supp(s)f1(y)とする.実は,Kがコンパクトであることから,あるKUとなるXの開部分集合UtΓ(U;F)が存在してs|Uf1(y)=t|Uf1(y)となる.VKの相対コンパクトな開近傍でVUを満たすものとすると,yf(Vsupp(t)V)となる.よって,yの開近傍WであってWf(Vsupp(t)V)=となるものが存在する.ゆえに,sΓ(f1(W);F)
{s|f1(W)V=t|f1(W)Vs|f1(W)(supp(t)V)=0
と定めることが出来る.supp(s)f1(W)supp(t)Vより,f|supp(s):supp(s)Wは固有であり,作り方からs|f1(y)=sを満たす.

次のように固有順像を包含写像に用いることで茎が0でない部分を増やさないように全体に延ばすことができます.

ゼロ拡張

i:ZXを局所閉部分集合の包含写像とする.このとき,上の命題よりFSh(Z)に対して,同形
(j!F)x{Fx(xZ)0(xXZ)
が成り立つ.これはZが開集合であっても成立することに注意せよ({xX(i!F)x0}Supp(i!F)である).開集合の包含写像j:UXと普通の順像jFに対して一般にはこのような茎の同形は成り立たなかったことを思い出そう.i!FFゼロ拡張とも呼ぶ.Zが閉部分集合の場合は自然にi!FiFである.

上の茎の計算より次が得られます.

局所閉部分集合からのゼロ拡張は完全函手

i:ZXを局所閉部分集合の包含写像とする.このとき,ゼロ拡張の函手i!:Sh(Z)Sh(X)は完全函手である.

i:ZXを局所閉部分集合の包含写像とする.このとき,(1) i!が完全函手であること,(2) i!が入射的層をc-柔軟層 (c-soft sheaf) にうつすこと,(3) コンパクト台コホモロジーは柔軟分解で計算できることの三つから,FSh(Z)に対して
Hcn(X;i!F)Hcn(Z;F)
となることが分かる.一般にはf!が完全でないので上でiを一般の連続写像fに取り替えると成立しないが,前節も少し述べたように導来圏とその間の導来函手を考えると正しくなる.

開集合からのゼロ拡張については次の制限との随伴の関係が成り立ちます.

開集合からのゼロ拡張と制限は随伴

j:UXを開部分集合の包含写像とする.このとき,FSh(U),GSh(X)に対して自然な同形
HomSh(X)(j!F,G)HomSh(U)(F,G|U)
が成り立つ.また,これらに対して自然な同形
HomX(j!F,G)jHomU(F,j1G)
が成り立つ.

後半は各開集合で考えれば良いので,前半だけ示す.
VUなる開部分集合Vに対して(j!F)(V)=F(V)なので,層の射φ:j!FGに対して{φV}VUは層の射FG|Uを定める.
逆に,層の射ψ:FG|Uが与えられたとする.このとき,Xの開部分集合Vに対して
(j!F)(V)={sF(UV)supp(s)Vの閉部分集合}
である(雑にいうとsの台はUの境界からちゃんと離れている).上のように見たときs(j!F)(V)に対してψUV(s)G(UV)の台はsupp(s)に含まれているので,Vの開部分集合Vsupp(s)上で0として貼り合わせてG(V)の切断が作れる.この対応で定まる写像をφV:(j!F)(V)G(V)とすると,φ={φV}Vは層の射j!FGを定める.
上記の対応は互いに逆なので同形が示せた.

上の随伴を使うと入射的層の開部分集合への制限が入射的であることが次のように分かります.これも随伴がえらい証明です.

入射的層の開集合への制限は入射的

ISh(X)X上の入射的層,UXの開部分集合とする.このとき,I|USh(U)U上の入射的層である.特に,Hom(,I):Sh(X)Sh(X)は完全函手である.

j:UXを包含写像とする.任意のU上の層FSh(U)に対して,上の随伴から
HomSh(U)(F,I|U)HomSh(X)(j!F,I)
である.右辺はFに対する函手としてみれば,完全函手j!と完全函手HomSh(X)(,I)の合成として完全函手である.したがって,左辺もそうであり,I|Uは入射的である.後半は各開集合について考えればよい.

上の補題を使って次も得られます.これは入射的層は脆弱ということの脆弱層への埋め込みを使わない証明にもなっています.

後ろに入射的層を入れたsheaf Homは脆弱

ISh(X)X上の入射的層,FSh(X)X上の層とする.このとき,Hom(F,I)は脆弱層である.特に,Iは脆弱層である.

j:UXを開部分集合の包含写像とすると,随伴から自然な層の射j!F|UFが得られる.茎を考えるとこの射は単射であるので,完全函手Hom(,I)を施すとHom(F,I)Hom(j!F|U,I)Hom(F|U,I|U)は全射である.これがHom(F,I)の制限写像と一致するので,Hom(F,I)は脆弱である.後半はF=ZXとすればHom(ZX,I)Iであることから従う.

次は命題1の相対版で固有基底変換 (proper base change) と呼ばれることもあります.証明は逆像と順像の随伴を使って射を作って,命題1で茎の同形をチェックすることでできます.

固有基底変換

位相空間のファイバー積の図式
XfgYgXfY
すなわち,X=X×YY={(x,y)X×Yf(x)=g(y)}となるものに対して,自然同値
g1f!f!g1:Sh(X)Sh(Y)
が成り立つ.

固有順像・逆像・テンソル積に関する同形f!(Ff1G)f!FG(射影公式と呼ばれます)もある条件のもとで成立するのですが,これは導来圏で述べたほうがすっきりするので後回しにします.

固有順像の右随伴函手?

さて,少し天下り的ですが次の問いを立ててみましょう.

:一般の連続写像f:XYに対して,固有順像函手f!:Sh(X)Sh(Y)の右随伴函手は存在するか?すなわち,函手f!:Sh(Y)Sh(X)(随伴にしたいのでf!と書いた)であって,FSh(X),GSh(Y)に対して自然な同形
HomSh(Y)(f!F,G)HomSh(X)(F,f!G)
が成り立つものは存在するか?

これを期待する理由は少なくとも二つあります.
一つ目は開部分集合の包含写像j:UXに対しては右随伴が制限として存在するので,一般にも随伴の存在を期待したいという安直なものです.しかし,もしこれができると一つずつ随伴で解きほぐしてやることでテンソル積・逆像・固有順像の組合せで定義された層に対する演算の右随伴を作ることができます.これは嬉しいことです.
二つ目は積分のようなことをしたいというものです.コンパクトな台を持つ函数があったら積分をしたくなるのが人情というものではないでしょうか?より一般にはファイバー方向にコンパクトな切断をファイバーに沿って積分したくなります.もし上のような右随伴函手が存在すれば,自然な写像f!f!GGfのファイバーに沿った積分と思えそうです.特に一点への写像f=aX:XptG=Rを考えれば,Γc(X;aX!R)Rとなって積分のような写像ができます.

さて,この問いに対する答えは残念ながら一般にはNoです.Noである理由はやってみると分かるのですが,f!:Sh(X)Sh(Y)が完全ではないことに起因します.実際,局所閉部分集合の包含写像i:ZXに対してはi!は完全でi!:Sh(X)Sh(Z)を作ることができます(開部分集合の包含写像は特殊な場合).これは非常に残念ですが,枠組みを広げることで回避できるというのが上付きびっくりと呼ばれているf!の構成のアイデアです.ある意味でf!が完全に振る舞うような層のクラスに「同形」で取り替えるという操作ができれば議論がうまく進むのですが,これは層のアーベル圏のレベルでは不可能です.しかし,導来圏ではそこでの「同形」で良い層に取り替えることができてf!が作れるのです!こうしてできたものがGrothendieckの六演算の最後の上付きびっくりと呼ばれるものです.これが導来圏の二つ目の良さなのです.詳細についてはまたの機会に説明します.

まとめ

この節では

  • 固有順像の定義と性質・開部分集合からのゼロ拡張と制限との随伴
  • 固有順像の右随伴函手があったら嬉しいこと

について説明しました.

参考文献

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Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Sheaves on Manifolds, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften, Springer, 1990
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廣中平祐(講義),森重文(記録), 代数幾何学, 京都大学学術出版会, 2004
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上野健爾, 代数幾何, 岩波書店, 2005
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Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Categories and Sheaves, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften, Springer, 2006
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Alexandru Dimca, Sheaves in Topology, Universitext, Springer, 2013
[7]
Sergei I. Gelfand and Yuri I. Manin, Methods of Homological Algebra, Springer Monographs in Mathematics, Springer, 1997
[8]
Joseph Bernstein and Valery Lunts, Equivariant Sheaves and Functors, Lecture Notes in Mathematics, Springer, 1994
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Jean-Pierre Schneiders, Introduction to characteristic classes and index theory, Textos de Matemática, Faculdade de Ciências da Universidade de Lisboa, 2000
[10]
Alexander Grothendieck, Sur quelques points d'algèbre homologique, Tohoku Math. J., 1957, pp. 119--221
投稿日:2021522

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  2. 固有順像の定義
  3. 固有順像の右随伴函手?
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