台の切り落としと相対コホモロジー
この節ではGrothendieckの六演算には含まれていないものの便利な二つの演算について説明しておきましょう.
台の切り落とし操作
局所閉部分集合の包含写像の固有順像を考えることで,茎が全く染み出さないように全体に広げるゼロ拡張が考えられたのでした.これを制限と合成することで次を定義します.
台の切り落とし
を局所閉部分集合の包含写像とする.このとき,上の層に対して
と定める.また,上の定数層に対して,を単にと書く.
(i) 「台の切り落とし函手」という用語は一般的ではないここだけの呼び方である.(プロ向けの釈明:超局所切り落とし (microlocal cut-off) という操作が別にあるが,こちらは底空間方向の切り落としなので単に切り落としと呼んだ.)
(ii) 完全函手の合成として函手は完全函手である.
(iii) の記号は文脈により上の層をあらわすことも上の層をあらわすこともあるので注意が必要である.例えばは上の層かもしれないし上の層かもしれない.しかし,この記号は非常に便利なのでKashiwara-Schapiraにならって用いる.
(iv) 局所閉部分集合とに対して,である.
特異空間があったとき,これを多様体にと閉に埋め込んでを考えれば,なので上の層のコホモロジーとしてのコホモロジーを取り出すことができます.実際,をにおける入射分解(または脆弱分解)とすると,はにおける入射分解(または脆弱分解)だから上の同形が成り立ちます.
例えば固有基底変換を使うことで,二つのの局所閉部分集合に対してとなることが分かります.閉部分集合の包含写像に対してはなので,随伴から定まる自然な層の射が存在します.この射は上の茎では恒等写像を誘導するものです.一方で開部分集合の包含写像に対しては,ゼロ拡張と制限の随伴から定まる自然な層の射が存在します.これも上の茎では恒等写像を誘導します.つまり,閉の場合は大きい方から小さい方に射があり,開の場合は小さい方から大きい方に射があります.これらの閉・開と射の向きはプロもときどき間違えるものですが,どちらかの随伴を思い出してやることですぐにどっち向きか判断できます(ちなみに筆者は閉の場合の随伴を思い出して開は逆だとやっています).これらの誘導された射について次の完全列たちが存在します.一つ目は切除・二つ目と三つ目はMayer-Vietorisの層理論版だと思うことができます.
台の切り落としに付随する完全列
とする.
(i) をの閉部分集合とすると,層の列
は完全である.
(ii) をの二つの閉部分集合とすると,層の列
は完全である.ここで,一つ目の射は自然な射の直和で,二つ目の射は自然な射の差で定まるものである.
(iii) をの二つの開部分集合とすると,層の列
は完全である.射は(ii)と類似のものである.
こうして,層のレベルで切除やMayer-Vietorisを考えることで,ある意味で「仮想的に」空間を切ったり貼ったりというような操作ができることが層理論の良いところの一つだと思います.
開集合上の切断の空間もHomで回復可能
を開部分集合の包含写像としてとすると,である.特にとなる.
コホモロジーの計算例
(i) を次元球面とすると,
である(上の層のMayer-Vietorisを使うか特異コホモロジーと同形であることを使えば良い).上の層の完全列のコンパクト台コホモロジーの長完全列を考えて,ゼロ拡張のところで述べた注意の同形を用いると
が得られる.はコンパクトなので,これらについては普通のコホモロジーと等しく,はと同相なのでであることに注意する.であることと,は恒等写像であることを用いると
が得られる.
(ii) としてでウエッジ和の基点をあらわす.上の層の完全列のコンパクト台コホモロジーの長完全列を考えて,がと同相であること及び(i)の計算結果を用いると
が得られる.
(iii) を考える(これは上の層の意味).ゼロ拡張のところで述べた注意から(右辺の層は上の意味)では同相だから
である.一方で,上の層の完全列のコホモロジー長完全列を考えると,はででで両者ともで常に同形であることから,である.コンパクト台の場合と通常の場合で異なることに注意する.
相対(局所)コホモロジー
ここでは位相空間の対のコホモロジーの層バージョンである相対コホモロジーというものについて説明します.まずモチベーションについて話します.
の開部分集合,を上の層とします.このとき,制限写像に興味があるとしましょう.例えば,上の切断を上に延ばせるか?・延ばせる際にそれは一意か?などに興味があることがあります.もっと一般に任意のに対して,コホモロジーの間に写像が誘導されています.実際,の入射分解を取れば,補題4よりはの入射分解で,制限写像がコホモロジーにも制限写像を引き起こします.上のコホモロジー類を上に延ばせるか?・それは一意か?を調べるためにこれらの写像に興味があるとします.これは写像に関する問いですが,この問いを調べることができる対象があったら嬉しいと思いませんか?これを可能にするのが相対コホモロジーというものです.結論からいうととしてというアーベル群を定めて,長完全列
が得られます.すると,たちを見ることでコホモロジーに誘導される制限写像が単射・全射・同形かが分かるという仕組みになります.このように射に関する情報をエンコードする対象があると嬉しいわけです.
より一般にをの局所閉部分集合,として,を定義しましょう.まず次についてを定めて,その右導来函手としてを定めます.を閉部分集合として含むの開部分集合を取って,
と定めます.すなわち,上のの切断であってとなるものです.上で見た長完全列の最初の部分がほしいので,このように定義しました.を閉部分集合として含むを取ってくると,制限写像から誘導される自然な写像は同形になります.実際,単射は切断の台がに含まれていることから,全射はでとして貼り合わせれば良いからです.したがって,はを閉部分集合として含むの開部分集合の取り方によらないので,これをと書きます.はの部分加群であることから,函手は左完全函手です.また,という対応は上の層を定めることがチェックできます.
相対(局所)コホモロジー
を局所閉部分集合,を上の層とする.
(i) 上で定めた左完全函手の右導来函手を考える.と書き,次のに台を持つ相対コホモロジーまたは局所コホモロジーと呼ぶ.
(ii) なる対応で定まる層をと書き,に台を持つ切断の層とも呼ぶ.
相対・局所コホモロジーの名称について
佐藤幹夫の系列はのことを相対コホモロジーと呼ぶことが多く,Grothendieckの系列は局所コホモロジーと呼ぶことが多いようである.以下では相対コホモロジーと呼称する.
定義からとなります.函手も左完全函手となることが分かるので,その右導来函手も考えることができと書きます.これらの函手について基本的な性質をまとめておきましょう.
局所閉部分集合に台を持つ切断の層の性質
をの局所閉部分集合とする.
(i) がの開部分集合でを包含写像とすると,同形が成り立つ.
(ii) を別のの局所閉部分集合とすると,自然同値が成り立つ.
(iii) を別のの閉部分集合とすると,層の列は完全である.
(iv) に対して,同形が成り立つ.
(v) に対して,自然な同形が成り立つ.
概略
(i) を閉部分集合として含むの開部分集合として自身が取れるのでとなるから良い.
(ii), (iii) やれば出来るので省略.
(iv) が開部分集合の場合は(は包含写像)であるから良い.が閉部分集合の場合は層の完全列に左完全函手を施すと,層の完全列
が得られる.層の完全列と比較するとほしい同形が得られる.一般の局所閉部分集合の場合は(ii)を使えば良い.
(v) であったので,
が得られる.
脆弱層に対しては次もすぐにチェックできます.
脆弱層に対する相対コホモロジーの完全列
を上の脆弱層とする.
(i) をの局所閉部分集合とすると,も脆弱層である.
(ii) をの局所閉部分集合,をの閉部分集合とすると層の列
は完全である.
(iii) をの二つの閉部分集合とすると,層の列
は完全である.ここで一つ目の射は自然な射の直和で二つ目の射は自然な射の差である.
(iv) をの二つの開部分集合とすると,層の列
は完全である.射は(iii)と類似のものである.
上の補題の(i)を使えば,(ii)-(iv)の大域切断を取ったものも完全列となることに注意しましょう.台の切り落としのときとは逆で,閉の場合は小さい方から大きい方に射があり,開の場合は大きい方から小さい方に射があることにも注意します.
さて,左完全函手の右導来函手は入射分解を取って,そこに函手を施してコホモロジーを取るのでした.入射的層は脆弱なので,に対して入射分解を取り,例えば上の補題の(ii)を使うと
は複体の完全列になります.ここから,相対コホモロジーの長完全列
が得られます.の場合が最初にほしいと言った長完全列でした.(iii), (iv)を使えばMayer-Vietoris長完全列の類似が得られます.
相対コホモロジーと佐藤超函数
上の正則函数の層とに関する相対コホモロジーを考えると,完全列
が得られる.解析接続の一意性からであり,
第3節
の定理7の証明中で示したように,である.ゆえに,である.これを上の佐藤超函数の空間と呼ぶのであった(
この記事
の定義2).相対コホモロジーの層バージョンを使えば,として上の佐藤超函数の層も定義できる.高次元でもと定めて,上の佐藤超函数の層と呼ぶ.余談だが高次元でもという消滅定理が成り立ち,消えていない相対コホモロジーの層を佐藤超函数の層と定義するのである.
さて,相対コホモロジーの層を使うことで上で得た切断の長完全列を局所的に見ることもできます.例えば,としてみます.もし,相対コホモロジーの層のでの茎がを満たしたとしましょう.すると,長完全列で帰納極限を取ることで
という同形が得られます.これは何を言っているかというと上の任意のコホモロジー類はの近傍に一意に拡張できるということです.これはにおいての方向に一意に拡張できると思うことができます(の方向に「解析接続できる」という気持ち).それならを他の半空間にすれば色々な方向への一意拡張可能性を調べられると思いませんか?これが超局所層理論で重要な道具であるマイクロ台の考え方そのものなのです!詳しくはまた今度説明します.
まとめ
この節では
- 台の切り落とし
- 相対コホモロジー
- 台の切り落とし函手と相対コホモロジー函手の随伴
について説明しました.