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現代数学
文献あり

層に対する演算4(台の切り落としと相対コホモロジー)

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台の切り落としと相対コホモロジー

この節ではGrothendieckの六演算には含まれていないものの便利な二つの演算について説明しておきましょう.

台の切り落とし操作

局所閉部分集合の包含写像の固有順像を考えることで,茎が全く染み出さないように全体に広げるゼロ拡張が考えられたのでした.これを制限と合成することで次を定義します.

台の切り落とし

i:ZXを局所閉部分集合の包含写像とする.このとき,X上の層FSh(X)に対して
FZ:=i!i1FSh(X)
と定める.また,X上の定数層MXSh(X)に対して,(MX)Zを単にMZと書く.

(i) 「台の切り落とし函手」という用語は一般的ではないここだけの呼び方である.(プロ向けの釈明:超局所切り落とし (microlocal cut-off) という操作が別にあるが,こちらは底空間方向の切り落としなので単に切り落としと呼んだ.)
(ii) 完全函手の合成として函手()Z:Sh(X)Sh(X)は完全函手である.
(iii) MZの記号は文脈によりZ上の層をあらわすこともX上の層をあらわすこともあるので注意が必要である.例えばZ[0,1][0,1]上の層かもしれないしR上の層かもしれない.しかし,この記号は非常に便利なのでKashiwara-Schapiraにならって用いる.
(iv) 局所閉部分集合ZFSh(X)に対して,ZZFFZである.

特異空間Sがあったとき,これを多様体Xi:SXと閉に埋め込んでZS=iZSSh(X)を考えれば,Hn(X;ZS)Hn(S;ZS)なのでX上の層のコホモロジーとしてSのコホモロジーを取り出すことができます.実際,0ZSISh(S)における入射分解(または脆弱分解)とすると,0ZSiISh(X)における入射分解(または脆弱分解)だから上の同形が成り立ちます.

例えば固有基底変換を使うことで,二つのXの局所閉部分集合Z,Zに対して(FZ)ZFZZとなることが分かります.閉部分集合の包含写像i:ZXに対してはFZii1Fなので,随伴から定まる自然な層の射FFZが存在します.この射はZ上の茎では恒等写像を誘導するものです.一方で開部分集合の包含写像j:UXに対しては,ゼロ拡張と制限の随伴から定まる自然な層の射FUFが存在します.これもU上の茎では恒等写像を誘導します.つまり,閉の場合は大きい方から小さい方に射があり,開の場合は小さい方から大きい方に射があります.これらの閉・開と射の向きはプロもときどき間違えるものですが,どちらかの随伴を思い出してやることですぐにどっち向きか判断できます(ちなみに筆者は閉の場合の随伴を思い出して開は逆だとやっています).これらの誘導された射について次の完全列たちが存在します.一つ目は切除・二つ目と三つ目はMayer-Vietorisの層理論版だと思うことができます.

台の切り落としに付随する完全列

FSh(X)とする.
(i) ZXの閉部分集合とすると,層の列
0FXZFFZ0
は完全である.
(ii) Z1,Z2Xの二つの閉部分集合とすると,層の列
0FZ1Z2FZ1FZ2FZ1Z20
は完全である.ここで,一つ目の射は自然な射FZ1Z2FZ1,FZ1Z2FZ2の直和で,二つ目の射は自然な射FZ1FZ1Z2,FZ2FZ1Z2の差で定まるものである.
(iii) U1,U2Xの二つの開部分集合とすると,層の列
0FU1U2FU1FU2FU1U20
は完全である.射は(ii)と類似のものである.

こうして,層のレベルで切除やMayer-Vietorisを考えることで,ある意味で「仮想的に」空間を切ったり貼ったりというような操作ができることが層理論の良いところの一つだと思います.

開集合上の切断の空間もHomで回復可能

j:UXを開部分集合の包含写像としてFSh(X)とすると,HomX(ZU,F)jHomU(ZU,F)jF|Uである.特にHom(ZU,F)Γ(U;F)となる.

コホモロジーの計算例

(i) Snn次元球面とすると,
Hk(Sn;ZSn)={Z(k=0,n)0(k0,n)
である(上の層のMayer-Vietorisを使うか特異コホモロジーと同形であることを使えば良い).Sn上の層の完全列0ZSnptZSnZpt0のコンパクト台コホモロジーの長完全列を考えて,ゼロ拡張のところで述べた注意の同形を用いると
0Hc0(Snpt;ZSnpt)Hc0(Sn;ZSn)Hc0(pt;Zpt)Hc1(Snpt;ZSnpt)Hc1(Sn;ZSn)Hck1(pt;Zpt)Hck(Snpt;ZSnpt)Hck(Sn;ZSn)Hck(pt;Zpt)Hck+1(Snpt;ZSnpt)
が得られる.Sn,ptはコンパクトなので,これらについては普通のコホモロジーと等しく,SnptRnと同相なのでHck(Snpt;ZSnpt)Hck(Rn;ZRn)であることに注意する.Hk(pt;Zpt)=0 (k1)であることと,Z=H0(Sn;ZSn)Hc0(pt;Zpt)=Zは恒等写像であることを用いると
Hck(Rn;ZRn)={Z(k=n)0(kn)
が得られる.
(ii) X=i=1μSnとしてptでウエッジ和の基点をあらわす.X上の層の完全列0ZXptZXZpt0のコンパクト台コホモロジーの長完全列を考えて,Xpti=1μRnと同相であること及び(i)の計算結果を用いると
Hk(X;ZX)={Z(k=0)Zμ(k=n)0(k0,n)
が得られる.
(iii) Z(0,)Sh(R)を考える(これはR上の層の意味).ゼロ拡張のところで述べた注意からHck(R;Z(0,))Hck((0,);Z(0,))(右辺の層は(0,)上の意味)で(0,)R同相だから
Hck(R;Z(0,))={Z(k=1)0(k1)
である.一方で,R上の層の完全列0Z(0,)ZRZ(,0]0のコホモロジー長完全列を考えると,Hk(R;ZR)Hk(R;Z(,0])Hk((,0];Z(,0])k=0id:ZZk0で両者とも0で常に同形であることから,Hk(R;Z(0,))=0 (kZ0)である.コンパクト台の場合と通常の場合で異なることに注意する.

相対(局所)コホモロジー

ここでは位相空間の対のコホモロジーの層バージョンである相対コホモロジーというものについて説明します.まずモチベーションについて話します.

Xの開部分集合UFSh(X)X上の層とします.このとき,制限写像Γ(X;F)Γ(U;F)に興味があるとしましょう.例えば,U上の切断をX上に延ばせるか?・延ばせる際にそれは一意か?などに興味があることがあります.もっと一般に任意のnZ0に対して,コホモロジーの間に写像Hn(X;F)Hn(U;F)が誘導されています.実際,Fの入射分解0FIを取れば,補題4より0F|UI|UF|Uの入射分解で,制限写像Γ(X;I)Γ(U;I|U)がコホモロジーにも制限写像を引き起こします.U上のコホモロジー類をX上に延ばせるか?・それは一意か?を調べるためにこれらの写像に興味があるとします.これは写像に関する問いですが,この問いを調べることができる対象があったら嬉しいと思いませんか?これを可能にするのが相対コホモロジーというものです.結論からいうとZ=XUとしてHZn(X;F)というアーベル群を定めて,長完全列
0HZ0(X;F)Γ(X;F)Γ(U;F)δ0HZ1(X;F)H1(X;F)Hn1(U;F)δn1HZn(X;F)Hn(X;F)Hn(U;F)δnHZn+1(X;F)
が得られます.すると,HZn(X;F)たちを見ることでコホモロジーに誘導される制限写像が単射・全射・同形かが分かるという仕組みになります.このように射に関する情報をエンコードする対象があると嬉しいわけです.

より一般にZXの局所閉部分集合,FSh(X)として,HZn(X;F)を定義しましょう.まず0次についてΓZ(X;F)を定めて,その右導来函手としてHZn(X;F)を定めます.Zを閉部分集合として含むXの開部分集合Uを取って,
ΓZ(U;F):=Ker(ρUZ,U:Γ(U;F)Γ(UZ;F))
と定めます.すなわち,U上のFの切断sであってsupp(s)Zとなるものです.上で見た長完全列の最初の部分がほしいので,このように定義しました.Zを閉部分集合として含むVUを取ってくると,制限写像から誘導される自然な写像ΓZ(U;F)ΓZ(V;F)は同形になります.実際,単射は切断の台がZに含まれていることから,全射はUZ0として貼り合わせれば良いからです.したがって,ΓZ(U;F)Zを閉部分集合として含むXの開部分集合Uの取り方によらないので,これをΓZ(X;F)と書きます.ΓZ(X;F)Γ(U;F)の部分加群であることから,函手ΓZ(X;):Sh(X)Abは左完全函手です.また,UΓZU(U;F)という対応はX上の層を定めることがチェックできます.

相対(局所)コホモロジー

ZX局所閉部分集合,FSh(X)X上の層とする.
(i) 上で定めた左完全函手ΓZ(X;):Sh(X)Abの右導来函手RnΓZ(X;):Sh(X)Abを考える.HZn(X;F):=RnΓZ(X;F)と書き,n次のZに台を持つ相対コホモロジーまたは局所コホモロジーと呼ぶ.
(ii) UΓZU(U;F)なる対応で定まる層をΓZ(F)と書き,Zに台を持つ切断の層とも呼ぶ.

相対・局所コホモロジーの名称について

佐藤幹夫の系列はHZn(X;F)のことを相対コホモロジーと呼ぶことが多く,Grothendieckの系列は局所コホモロジーと呼ぶことが多いようである.以下では相対コホモロジーと呼称する.

定義からΓ(X;ΓZ(F))ΓZ(X;F)となります.函手ΓZ:Sh(X)Sh(X),FΓZ(F)も左完全函手となることが分かるので,その右導来函手RnΓZも考えることができHZn:=RnΓZと書きます.これらの函手について基本的な性質をまとめておきましょう.

局所閉部分集合に台を持つ切断の層の性質

ZXの局所閉部分集合とする.
(i) Z=UXの開部分集合でj:UXを包含写像とすると,同形ΓU(F)jj1Fが成り立つ.
(ii) Zを別のXの局所閉部分集合とすると,自然同値ΓZZΓZΓZが成り立つ.
(iii) Zを別のZの閉部分集合とすると,層の列0ΓZ(F)ΓZ(F)ΓZZ(F)は完全である.
(iv) FSh(X)に対して,同形Hom(ZZ,F)ΓZ(F)が成り立つ.
(v) F,GSh(X)に対して,自然な同形Hom(FZ,G)Hom(F,ΓZ(G))が成り立つ.

概略

(i) Uを閉部分集合として含むXの開部分集合としてU自身が取れるのでΓU(X;F)=Γ(U;F)となるから良い.
(ii), (iii) やれば出来るので省略.
(iv) Zが開部分集合の場合はHomX(ZZ,F)jHomU(ZZ,j1F)jj1Fj:ZXは包含写像)であるから良い.Zが閉部分集合の場合は層の完全列0ZXZZXZZ0に左完全函手Hom(,F)を施すと,層の完全列
0Hom(ZZ,F)Hom(ZX,F)Hom(ZXZ,F)FΓXZ(F)
が得られる.層の完全列0ΓZ(F)FΓXZ(F)と比較するとほしい同形が得られる.一般の局所閉部分集合の場合は(ii)を使えば良い.
(v) FZFZZであったので,
Hom(FZ,G)Hom(FZZ,G)Hom(F,Hom(ZZ,G))Hom(F,ΓZ(G))
が得られる.

脆弱層に対しては次もすぐにチェックできます.

脆弱層に対する相対コホモロジーの完全列

FSh(X)X上の脆弱層とする.
(i) ZXの局所閉部分集合とすると,ΓZ(F)も脆弱層である.
(ii) ZXの局所閉部分集合,ZZの閉部分集合とすると層の列
0ΓZ(F)ΓZ(F)ΓZZ(F)0
は完全である.
(iii) Z1,Z2Xの二つの閉部分集合とすると,層の列
0ΓZ1Z2(F)ΓZ1(F)ΓZ2(F)ΓZ1Z2(F)0
は完全である.ここで一つ目の射は自然な射の直和で二つ目の射は自然な射の差である.
(iv) U1,U2Xの二つの開部分集合とすると,層の列
0ΓU1U2(F)ΓU1(F)ΓU2(F)ΓU1U2(F)0
は完全である.射は(iii)と類似のものである.

上の補題の(i)を使えば,(ii)-(iv)の大域切断を取ったものも完全列となることに注意しましょう.台の切り落としのときとは逆で,閉の場合は小さい方から大きい方に射があり,開の場合は大きい方から小さい方に射があることにも注意します.

さて,左完全函手の右導来函手は入射分解を取って,そこに函手を施してコホモロジーを取るのでした.入射的層は脆弱なので,FSh(X)に対して入射分解0FIを取り,例えば上の補題の(ii)を使うと
0ΓZ(X;I)ΓZ(X;I)ΓZZ(X;I)0
は複体の完全列になります.ここから,相対コホモロジーの長完全列
0ΓZ(X;F)ΓZ(X;F)ΓZZ(X;F)δ0HZ1(X;F)HZ1(X;F)HZZn1(X;F)δn1HZn(X;F)HZn(X;F)HZZn(X;F)δnHZn+1(X;F)
が得られます.Z=Xの場合が最初にほしいと言った長完全列でした.(iii), (iv)を使えばMayer-Vietoris長完全列の類似が得られます.

相対コホモロジーと佐藤超函数

C上の正則函数の層OCRCに関する相対コホモロジーを考えると,完全列
0ΓR(C;OC)Γ(C;OC)Γ(CR;OC)HR1(C;OC)H1(C;OC)
が得られる.解析接続の一意性からΓR(C;OC)=0であり, 第3節 の定理7の証明中で示したように,H1(C;OC)=0である.ゆえに,HR1(C;OC)Γ(CR;OC)/Γ(C;OC)である.これをR上の佐藤超函数の空間BR(R)と呼ぶのであった( この記事 の定義2).相対コホモロジーの層バージョンを使えば,BR:=HR1(OC)としてR上の佐藤超函数の層BRも定義できる.高次元でもBRn:=HRnn(OCn)と定めて,Rn上の佐藤超函数の層と呼ぶ.余談だが高次元でもHRnk(OCn)=0 (kn)という消滅定理が成り立ち,消えていない相対コホモロジーの層を佐藤超函数の層と定義するのである.

さて,相対コホモロジーの層を使うことで上で得た切断の長完全列を局所的に見ることもできます.例えばX=R2,Z={(x,y)R2y0},U:=XZFSh(X)としてみます.もし,相対コホモロジーの層HZn(F)0=(0,0)Xでの茎がHZn(F)0=0 (nZ0)を満たしたとしましょう.すると,長完全列で帰納極限を取ることで
0=lim0BHZn(B;F)lim0BHn(B;F)lim0BHn(UB;F)lim0BHZn+1(B;F)=0
という同形が得られます.これは何を言っているかというとU={(x,y)R2y<0}上の任意のコホモロジー類は0の近傍に一意に拡張できるということです.これは0において(0,1)の方向に一意に拡張できると思うことができます((0,1)の方向に「解析接続できる」という気持ち).それならZを他の半空間にすれば色々な方向への一意拡張可能性を調べられると思いませんか?これが超局所層理論で重要な道具であるマイクロ台の考え方そのものなのです!詳しくはまた今度説明します.

まとめ

この節では

  • 台の切り落とし
  • 相対コホモロジー
  • 台の切り落とし函手と相対コホモロジー函手の随伴

について説明しました.

参考文献

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Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Sheaves on Manifolds, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften, Springer, 1990
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廣中平祐(講義),森重文(記録), 代数幾何学, 京都大学学術出版会, 2004
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上野健爾, 代数幾何, 岩波書店, 2005
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Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Categories and Sheaves, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften, Springer, 2006
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Alexandru Dimca, Sheaves in Topology, Universitext, Springer, 2013
[7]
Sergei I. Gelfand and Yuri I. Manin, Methods of Homological Algebra, Springer Monographs in Mathematics, Springer, 1997
[8]
Joseph Bernstein and Valery Lunts, Equivariant Sheaves and Functors, Lecture Notes in Mathematics, Springer, 1994
[9]
Jean-Pierre Schneiders, Introduction to characteristic classes and index theory, Textos de Matemática, Faculdade de Ciências da Universidade de Lisboa, 2000
[10]
Alexander Grothendieck, Sur quelques points d'algèbre homologique, Tohoku Math. J., 1957, pp. 119--221
投稿日:2021522

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  2. 台の切り落とし操作
  3. 相対(局所)コホモロジー
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  5. 参考文献
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