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現代数学
文献あり

導来圏と導来函手

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$$\newcommand{bbC}[0]{\mathbb C} \newcommand{bbN}[0]{\mathbb N} \newcommand{bbQ}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{bbR}[0]{\mathbb R} \newcommand{bbU}[0]{\mathbb{U}} \newcommand{bbZ}[0]{\mathbb Z} \newcommand{bfk}[0]{\mathbb{k}} \newcommand{C}[0]{\mathsf{C}} \newcommand{cA}[0]{\mathcal{A}} \newcommand{cB}[0]{\mathcal{B}} \newcommand{Cb}[0]{\mathsf{C}^\mathrm{b}} \newcommand{cC}[0]{\mathcal{C}} \newcommand{cD}[0]{\mathcal{D}} \newcommand{cHom}[0]{\mathcal{H}om} \newcommand{cI}[0]{\mathcal{I}} \newcommand{cJ}[0]{\mathcal{J}} \newcommand{cM}[0]{\mathcal{M}} \newcommand{Cm}[0]{\mathsf{C}^-} \newcommand{cO}[0]{\mathcal O} \newcommand{Coker}[0]{\operatorname{Coker}} \newcommand{Cp}[0]{\mathsf{C}^+} \newcommand{CP}[0]{\mathbb{CP}} \newcommand{cRHom}[0]{R\mathcal{H}om} \newcommand{cT}[0]{\mathcal{T}} \newcommand{D}[0]{\mathsf{D}} \newcommand{Db}[0]{\mathsf{D}^\mathrm{b}} \newcommand{dim}[0]{\operatorname{dim}} \newcommand{Dm}[0]{\mathsf{D}^-} \newcommand{Dp}[0]{\mathsf{D}^+} \newcommand{End}[0]{\operatorname{End}} \newcommand{Ext}[0]{\operatorname{Ext}} \newcommand{Hom}[0]{\operatorname{Hom}} \newcommand{id}[0]{\mathrm{id}} \newcommand{Image}[0]{\operatorname{Im}} \newcommand{Int}[0]{\mathrm{Int}} \newcommand{K}[0]{\mathsf{K}} \newcommand{Kb}[0]{\mathsf{K}^\mathrm{b}} \newcommand{Ker}[0]{\operatorname{Ker}} \newcommand{Km}[0]{\mathsf{K}^-} \newcommand{Kp}[0]{\mathsf{K}^+} \newcommand{lten}[0]{\overset{L}{\otimes}} \newcommand{lto}[0]{\longrightarrow} \newcommand{Mc}[0]{\mathrm{Mc}} \newcommand{Mod}[0]{\operatorname{Mod}} \newcommand{MS}[0]{\operatorname{SS}} \newcommand{MS}[0]{\mathrm{SS}} \newcommand{op}[0]{\mathrm{op}} \newcommand{or}[0]{\mathrm{or}} \newcommand{PSh}[0]{\mathrm{PSh}} \newcommand{pt}[0]{\mathrm{pt}} \newcommand{RG}[0]{R\Gamma} \newcommand{RHom}[0]{R\mathrm{Hom}} \newcommand{RP}[0]{\mathbb{RP}} \newcommand{Sh}[0]{\mathrm{Sh}} \newcommand{simto}[0]{\overset{\sim}{\to}} \newcommand{supp}[0]{\operatorname{supp}} \newcommand{Supp}[0]{\operatorname{Supp}} \newcommand{tl}[0]{\widetilde} \newcommand{toone}[0]{\overset{+1}{\to}} \newcommand{U}[0]{\mathbb{U}} $$

この節でも層理論から外れてホモロジー代数の道具である導来圏とその間の導来函手について説明します.証明を全部書くと終わらないので,かなり省略してだいたいの気持ちだけ説明できたらと思います.今回の導来圏の説明は古くて(モデル圏などの話を使わない),有界なものに限るのでご容赦ください.

アーベル圏の導来圏

まず一般論としてアーベル圏の導来圏について説明します.これは以前にもちょっと説明したように「コホモロジーのことを考えたいけどコホモロジーは取りたくない」という悩みをある意味で解決してくれる道具なのです.

以下ではずっと$\cA$をアーベル圏とします.$\cA$における複体$L^\bullet = \left[\cdots \xrightarrow{d^{n-2}} L^{n-1} \xrightarrow{d^{n-1}} L^n \xrightarrow{d^n} L^{n+1} \xrightarrow{d^{n+1}} \cdots \right]$$n \in \bbZ$に対して,その複体の$n$コホモロジーとは
$$ H^n(L^\bullet):=\Ker d^n / \Image d^{n-1} $$
のことをいうのでした.複体の射$f^\bullet \colon L^\bullet \to M^\bullet$はコホモロジーに射$H^n(f^\bullet) \colon H^n(L^\bullet) \to H^n(M^\bullet)$を誘導して,$f^\bullet$$g^\bullet \colon L^\bullet \to M^\bullet$がチェインホモトピックならば全ての$n$に対して$H^n(f^\bullet)=H^n(g^\bullet)$となるのでした.

分解について考え直してみる

導来圏の定義をする前に,(かなり天下り的ですが)どうしてそのようなものを考えたいのかについて説明します.そのために層係数コホモロジーや導来函手を定義するときに使った分解というものについて,もう一度考え直してみましょう.

$\cA$の対象$A \in \cA$の分解とは完全列$0 \to A \xrightarrow{\varepsilon} L^0 \xrightarrow{d^0} L^1 \xrightarrow{d^1} L^2 \xrightarrow{d^2} \cdots$のことでした.ここで$L^n$たちは良い対象(層係数コホモロジーでは脆弱層,一般の右導来函手では入射的対象)を取ったのでした.さて,この分解を次のように書いてみます:
\begin{xy} \xymatrix{ \cdots \ar[r] & 0 \ar[r] \ar[d] & A \ar[r] \ar[d]^-{\varepsilon} & 0 \ar[r] \ar[d] & 0 \ar[r] \ar[d] & \cdots \\ \cdots \ar[r] & 0 \ar[r] & L^0 \ar[r]_-{d^0} & L^1 \ar[r]_-{d^1} & L^2 \ar[r]_-{d^2} & \cdots. } \end{xy}
すると,上の行は$0$次にだけ$A$がいて他は$0$である複体$A^\bullet=[\cdots \to 0 \to A \to 0 \to \cdots]$であって,下の行は$0$次から始まっている複体$L^\bullet=[\cdots \to 0 \to L^0 \to L^1 \to L^2 \to \cdots]$だと思えます.当たり前ですが縦の射たちと複体の微分は可換なので,縦の射たちは複体の射$\varepsilon^\bullet \colon A^\bullet \to L^\bullet$を定めています.さて,分解であることは
$$ \varepsilon \colon A \simto \Ker d^0=H^0(L^\bullet), \quad H^n(L^\bullet)=\Ker d^n / \Image d^{n-1} \simeq 0 \ (n \in \bbZ_{\ge 1}) $$
と言い換えられます.これらの条件と上の図式をよく見比べてみましょう.すると,条件は複体のコホモロジーに誘導される射$H^n(\varepsilon^\bullet) \colon H^n(A^\bullet) \to H^n(L^\bullet)$がすべての$n \in \bbZ$に対して同形であることと同値になっています.このような観察から次のように考えてみます.

  1. コホモロジーに同形を誘導する複体の射があったとき,二つの複体は「同じもの」であるとみなしたい.上では$A^\bullet$$L^\bullet$は同じものである.特にコホモロジーに同形を誘導する複体の射が同形となる圏があればうれしい.
  2. $A \in \cA$という$\cA$の対象からスタートしても「同形」で複体に取り替えるので,はじめから複体の圏を考えて,そこにコホモロジーに同形を誘導する射の逆を付け加えればよい.$\cA$の対象$A \in \cA$は上で考えたように$0$次にだけ$A$がいて他は$0$という複体とみなせば良さそう.

これらを実現したのが次に説明する導来圏というものなのです.ここで何回も「コホモロジーに同形を誘導する複体の射」というのが面倒なので用語を導入しておきましょう.

擬同形

複体の射$f^\bullet \colon L^\bullet \to M^\bullet$擬同形 (quasi-isomorphism) であるとは,任意の$n \in \bbZ$に対して$H^n(f^\bullet) \colon H^n(L^\bullet) \to H^n(M^\bullet)$$\cA$における同形となることである.これを単に$f^\bullet \colon L^\bullet \underset{\text{qis}}{\overset{\sim}{\to}} M^\bullet$と書いたりする.

導来圏の定義

さて,導来圏を作るには上で言った二つのことを実行すればよいだけなのですが, 第4節 で入射分解を考えたときには「チェインホモトピックを除いて」というものが出てきたのでまずこの関係で割った圏,ホモトピー圏を考えると良いことがありそうです.実は導来圏を考えるとこれまでたくさん使ってきて重要だった短完全列という概念がなくなってしまうのですが,それに代わる概念として「完全三角」というものを導入できます.これを考える際にもホモトピー圏が役立ちます.

これまでは複体であることを強調するのに$M^\bullet$,複体の射であることを強調するのに$f^\bullet$と書いてきましたが,今後はめんどくさいのと複体と複体でない$\cA$の対象を区別する必要がないので単に$M$とか$f$と書いてしまいます

複体の圏とホモトピー圏

(i) 対象が複体$L = \left[\cdots \xrightarrow{d^{n-2}_L} L^{n-1} \xrightarrow{d^{n-1}_L} L^n \xrightarrow{d^n_L} L^{n+1} \xrightarrow{d^{n+1}_L} \cdots \right]$で射が複体の射である圏を$\C(\cA)$と書き,$\cA$の複体の圏と呼ぶ.$\C(\cA)$の充満部分圏で対象が$L^n=0 \ (n \ll 0)$$L^n=0 \ (n \gg 0)$)を満たすもの全体からなるものを$\Cp(\cA)$$\Cm(\cA)$)と書き,$\cA$の下に(上に)有界な複体の圏と呼ぶ.また,$\C(\cA)$の充満部分圏で対象が$L^n=0 \ (|n| \gg 0)$を満たす複体$L$全体からなるものを$\Cb(\cA)$と書き,$\cA$の有界な複体の圏と呼ぶ.
(ii) $f, g \in \Hom_{\C(\cA)}(L,M)$に対して,$f$$g$がチェインホモトピックであるとき,$f \underset{\text{ht}}{\sim} g$と書くと,$\underset{\text{ht}}{\sim}$は同値関係になる.圏$\K(\cA)$
$$ \begin{cases} \mathrm{Ob}(\K(\cA)) := \mathrm{Ob}(\C(\cA)) \\ \Hom_{\K(\cA)}(L,M) := \Hom_{\C(\cA)}(L,M)/\underset{\text{ht}}{\sim} \end{cases} $$
と定め,$\C(\cA)$ホモトピー圏と呼ぶ.$\C$$\Cp, \Cm, \Cb$に取り替えて$\Kp(\cA), \Km(\cA), \Kb(\cA)$も同様に定める.
(iii) $L \in \C(\cA)$$k \in \bbZ$に対して,複体$L[k] \in \C(\cA)$
$$ \begin{cases} L[k]^n := L^{n+k} \\ d_{L[k]}^n := (-1)^k d_L^{n+k} \end{cases} $$
により定める.すると,$[k] \colon \C(\cA) \to \C(\cA), L \mapsto L[k]$は自己同形函手となる.これを$k$次のシフト函手と呼ぶ.$k$次のシフト函手$[k]$$\C^*(\cA),\K^*(\cA) \ (*=+,-,\mathrm{b})$の自己同形函手も引き起こすが,これも$k$次のシフト函手と呼び,同じ$[k]$であらわす.何も言わずシフト函手と言ったら$1$次のシフト函手のことを指す.

擬同形はホモトピー圏の射に対してもwell-defined

チェインホモトピックな二つの射はコホモロジーに同じ射を誘導することから,擬同形の概念はホモトピー圏の射に対しても定義される.

以下,導来函手の手前まで述べることは有界・非有界共通に成り立つので,$\C^*(\cA), \K^*(\cA)$と書いて,$*$には何も入らないか$+,-,\mathrm{b}$が入る(これを$*=\emptyset, +,-,\mathrm{b}$と書いてしまいます)として議論します.

さて,複体の圏はアーベル圏だったので短完全列が考えられましたが,ホモトピー圏に行くとチェインホモトピックな射を同一視してしまったので,これはアーベル圏ではなくなってしまい短完全列を考えることができなくなってしまいました.その代わりに次の完全三角というものを使います.

写像錐と完全三角

(i) $\C^*(\cA)$の射$f \colon L \to M$に対して,$f$写像錐$\Mc(f) \in \C^*(\cA)$
$$ \begin{cases} \Mc(f)^n := L^{n+1} \oplus M^n \\ d_{\Mc(f)}^n := \begin{bmatrix} -d_{L}^{n+1} & 0 \\ f^{n+1} & d_{M}^n \end{bmatrix} \end{cases} $$
によって定める.また,複体の射$\alpha(f) \colon M \to \Mc(f), \beta(f) \colon \Mc(f) \to L[1]$
$$ \alpha(f)^n := \begin{bmatrix} 0 \\ \id_{M^n} \end{bmatrix}, \quad \beta(f)^n := \begin{bmatrix} \id_{L^{n+1}} & 0 \end{bmatrix} $$
により定める.
(ii) ホモトピー圏$\K^*(\cA)$における射の列$L \xrightarrow{f} M \xrightarrow{g} N \xrightarrow{h} L[1]$完全三角であるとは,ある複体の射$f' \colon L' \to M'$とホモトピー圏$\K^*(\cA)$で同形となる複体の射$u \colon L \to L', v \colon M \to M', w \colon N \to \Mc(f')$が存在して,図式
\begin{xy} \xymatrix{ L \ar[r]^-{f} \ar[d]^-{u}_-{\sim} & M \ar[r]^-{g} \ar[d]^-{v}_-{\sim} & N \ar[r]^-{h} \ar[d]^-{w}_-{\sim} & L[1] \ar[d]^-{u[1]}_-{\sim} \\ L' \ar[r]_-{f'} & M' \ar[r]_-{\alpha(f')} & \Mc(f') \ar[r]_-{\beta(f')} & L[1] } \end{xy}
$\K^*(\cA)$の可換図式となることをいう.

上の(ii)の可換図式は実は三角の同形という概念ですが完全三角しか使わないので飛ばしました.完全三角を三角形の図式
\begin{xy} \xymatrix{ L \ar[rr] & & M \ar[ld] \\ & N \ar@{..>}[lu]^-{+1} & } \end{xy}
や最後の射に$+1$をつけて$L \to M \to N \toone$であらわすこともあります.完全三角については次のような性質があります.これらのいくつかの可換性は複体の圏では成り立たず,ホモトピー圏でないと正しくありません.

完全三角の性質

$\K^*(\cA)$における完全三角の集まりは次の性質を満たす.
(TR1) 任意の$L \in \K^*(\cA)$に対して$L \xrightarrow{\id_L} L \to 0 \to L[1]$は完全三角である.
(TR2) 任意の$\K^*(\cA)$の射$f \colon L \to M$に対して,完全三角$L \xrightarrow{f} M \to N \to L[1]$が存在する.
(TR3) $L \xrightarrow{f} M \xrightarrow{g} N \xrightarrow{h} L[1]$が完全三角であることと$M \xrightarrow{g} N \xrightarrow{h} L[1] \xrightarrow{-f[1]} M[1]$が完全三角であることは同値である.
(TR4) 二つの完全三角$L \xrightarrow{f} M \to N \to L[1], L' \xrightarrow{f'} M' \to N' \to L'[1]$$\K^*(\cA)$の射$u \colon L \to L', v \colon M \to M'$であって$f' \circ u = v \circ f$を満たすものに対して,$\K^*(\cA)$における射$w \colon N \to N'$が存在して(一意であることは仮定しない)次の図式が可換となる:
\begin{xy} \xymatrix{ L \ar[r]^-{f} \ar[d]^-{u} & M \ar[r] \ar[d]^-{v} & N \ar[r] \ar@{-->}[d]^-{w} & L[1] \ar[d]^-{u[1]} \\ L' \ar[r]_{f'} & M' \ar[r] & N' \ar[r] & L'[1]. } \end{xy}

八面体公理と三角圏

自明に「(TR0) 完全三角と同形な三角は完全三角である」も満たしている.実は八面体公理と呼ばれる(TR5)の条件も満たすが,しばらく使わないのでここでは省略した.逆に圏$\cT$で自己同形函手$[1] \colon \cT \to \cT$と完全三角と呼ばれる$\cT$の射の列$L \to M \to N \to L[1]$の集まりが定まっていて,(TR0)から(TR5)までを満たすとき,$\cT$(と自己同形函手$[1]$と完全三角の集まりの三つ組)は三角圏と呼ばれる.

性質のうち面白いのは(TR3)です.完全三角があったとき,それをクルクルと回しても完全三角になることを言っています.そうすると完全三角に対して完全列を返すような函手を考えたくなってきますが,それが次のコホモロジー的函手です.

コホモロジー的函手

$\cB$をアーベル圏とする.加法的函手$T \colon \K^*(\cA) \to \cB$コホモロジー的函手であるとは,任意の完全三角$L \to M \to N \to L[1]$に対して,$\cB$における列$T(L) \to T(M) \to T(N)$が完全となることをいう.

上の定義を見て「あれ?完全列三つだけでよいのかな?」と思うかもしれませんが,これで十分なのです.実際,(TR3)からクルっと回した$M \to N \to L[1] \to M[1]$も完全三角なので,列$T(M) \to T(N) \to T(L[1])$も完全です.これを繰り返すことで
$$ \cdots \to T(N[k-1]) \to T(L[k]) \to T(M[k]) \to T(N[k]) \to T(L[k+1]) \to \cdots $$
という長完全列を得ることができます.コホモロジー的函手は完全三角があれば定義できるので,注で述べた三角圏からの函手に対して定義できることにも注意しましょう.

コホモロジー的函手の例

(i) 函手$H^0 \colon \K^*(\cA) \to \cA, L \mapsto H^0(L)$はコホモロジー的函手である.
(ii) $K \in \K^*(\cA)$に対して函手$\Hom_{\K^*(\cA)}(W,\ast) \colon \K^*(\cA) \to Ab$および$\Hom_{\K^*(\cA)}(\ast,K) \colon \K^*(\cA)^{\op} \to Ab$はコホモロジー的函手である.

(i) $L \xrightarrow{f} M \to \Mc(f) \to L[1]$の形の完全三角について示せばよいが,$0 \to M \to \Mc(f) \to L[1] \to 0$$\C^*(\cA)$における短完全列なので,$H^0(M) \to H^0(\Mc(f)) \to H^0(L[1])$は完全列である.
(ii) $L \xrightarrow{f} M \xrightarrow{g} N \to L[1]$を完全三角として,
$$ \Hom(K,L) \xrightarrow{f \circ} \Hom(K,M) \xrightarrow{g \circ} \Hom(K,N) $$
が完全であることを示せばよい.
まず(TR1)と(TR4)から次の図式で点線の射が存在して図式を可換にする:
\begin{xy} \xymatrix{ L \ar[r]^-{\id_L} \ar[d]^-{\id_L} & L \ar[r] \ar[d]^-{f} & 0 \ar[r] \ar@{-->}[d] & K[1] \ar[d]^-{\id_L[1]} \\ L \ar[r]_-{f} & M \ar[r]_-{g} & N \ar[r] & L[1]. } \end{xy}
よって,$g \circ f=0$である.
次に$\phi \Hom(K,M)$$g \circ \phi=0$を満たしたとすると,(TR1), (TR3), (TR4)から次の図式で点線の射$\psi$が存在して図式を可換にする:
\begin{xy} \xymatrix{ K \ar[r]^-{\id_K} \ar@{-->}[d]^-{\psi} & K \ar[r] \ar[d]^-{\phi} & 0 \ar[r] \ar[d] & K[1] \ar@{-->}[d]^-{\psi[1]} \\ L \ar[r]_-{f} & M \ar[r]_-{g} & N \ar[r] & L[1]. } \end{xy}
これは$\psi \in \Hom(K,L)$が存在して$f \circ \psi=\phi$を満たすことを意味する.

$L \in \K^*(\cA)$$k \in \bbZ$に対して$H^0(L[k])=H^k(L)$なので,完全三角$L \xrightarrow{f} M \xrightarrow{g} N \to L[1]$に対して上で見たことから
$$ \cdots \to H^{k-1}(N) \to H^k(L) \to H^k(M) \to H^k(N) \to H^{k+1}(K) \to \cdots $$
という長完全列が得られます.

上の命題2を使うと色々なことが系として得られます.

射が擬同形であることと写像錐が非輪状であることは同値

$f \in \Hom_{\K^*(\cA)}(L,M)$が擬同形であることと$H^n(\Mc(f))=0 \ (n \in \bbZ)$であることは同値である.

この補題はいろいろなところで有用です.射が擬同形かチェックしたいときに,その写像錐という対象を使って判定できるからです.つまり,射の情報を対象としてエンコード出来るのが写像錐ということで,その点で制限写像の情報をエンコードしていた相対コホモロジーと似ています.

完全三角の射において二つが同形ならば残り一つも同形

$L \to M \to N \to L[1]$$L' \to M' \to N' \to L'[1]$を二つの完全三角とする.このとき,$\K^*(\cA)$の可換図式
\begin{xy} \xymatrix{ L \ar[r] \ar[d]^-{u} & M \ar[r] \ar[d]^-{v} & N \ar[r] \ar[d]^-{w} & L[1] \ar[d]^-{u[1]} \\ L' \ar[r] & M' \ar[r] & N' \ar[r] & L'[1] } \end{xy}
において$u,v$が同形ならば$w$も同形である.

概略

任意に$K \in \K^*(\cA)$を取りコホモロジー的函手$\Hom(K,\ast)$を施すと長完全列の間の射が得られて,$u,v$に関する射は全て同形である.したがって,五項補題より$w$に関する射も同形であるから結論は米田の補題から従う.

さて,上で説明したように私達は擬同形を同形だと思いたいのでした.これにはどうすれば良いでしょうか?擬同形の逆元を付け加えてやれば良いのです.それには整数環から有理数体を作る,より一般に環$R$を積閉集合$S$で局所化して$R[S^{-1}]$を作るのと同じ考え方をします.実は$\K^*(\cA)$における擬同形の集まり$S$積閉系と呼ばれる良い条件を満たす射の集まりとなっていることがチェックできます.

一般に圏$\cC$とその射の集まり積閉系$S$が与えられたとします.このとき,$\cC$$S$による局所化$\cC[S^{-1}]$$\mathrm{Ob}(\cC[S^{-1}]):=\mathrm{Ob}(\cC)$
$$ \Hom_{\cC[S^{-1}]}(A,B) := \left\{ (f',s) \; \middle| \; A \xrightarrow{f'} B' \xleftarrow{s} B, \ s \in S \right\} \Big/ \sim $$
と定めます.ここで,同値関係$(f',s) \sim (g',t)$とは$u \in S$である可換図式
\begin{xy} \xymatrix{ & B' & \\ A \ar[ru]^-{f'} \ar[rd]_-{g'} \ar[r]^-{h'} & B''' \ar[u] \ar[d] & B \ar[lu]_-{s} \ar[ld]^-{t} \ar[l]_-{u} \\ & B'' & } \end{xy}
が存在することとします.これは$s^{-1} \circ f'$たちという気持ちなのです.写像の合成は$[(f',s)] \in \Hom_{\cC[S^{-1}]}(A,B)$$[(g',t)] \in \Hom_{\cC[S^{-1}]}(B,C)$に対して,積閉の条件から可換図式
\begin{xy} \xymatrix{ & & C'' & & \\ & B' \ar@{-->}[ru]^-{h'} & & C' \ar@{-->}[lu]_-{u} & \\ A \ar[ru]^-{f'} & & B \ar[lu]_-{s} \ar[ru]^-{g'} & & C \ar[lu]_-{t} } \end{xy}
が存在するので,$[(h' \circ f', u \circ t)] \in \Hom_{\cC[S^{-1}]}(A,C)$をそれらの合成とすればうまく定まっていることもチェックできます.これは
$$ (t^{-1} \circ g') \circ (s^{-1} \circ f')=t^{-1} \circ (g' \circ s^{-1}) \circ f'=t^{-1} \circ (u^{-1} \circ h') \circ f'=(u \circ t)^{-1} \circ (h' \circ f') $$
という気持ちなのです.$\cC$における射$f \colon A \to B$に対して$[(f,\id_B)] \in \Hom_{\cC[S^{-1}]}(A,B)$を対応させることで,局所化函手$Q \colon \cC \to \cC[S^{-1}]$が定まります.この新しい圏$\cC[S^{-1}]$では$S$に入っている射は同形になります.つまり,$s \in S$に対して$Q(s)$$\cC[S^{-1}]$における同形です.$s^{-1}$,つまり$[(\id,s)]$という逆が存在するからです.しかも,この$\cC[S^{-1}]$$Q$は次の普遍性を満たします:任意の$T \colon \cC \to \cD$であって$s \in S$に対して$T(s)$$\cD$の同形になるものに対して,函手$T_S \colon \cC[S^{-1}] \to \cD$が一意的に存在して$T \simeq T_S \circ Q$を満たす.図式で書くと次の通りです:
\begin{xy} \xymatrix{ \cC \ar[r]^-{T} \ar[d]_-{Q} & \cB \\ \cC[S^{-1}]. \ar@{-->}[ru]_-{T_S} & } \end{xy}
実際,$[(f',s)] \in \Hom_{\cC[S^{-1}]}(A,B)$(これは$s^{-1} \circ f'$という気持ちでした)に対して,$T(s)^{-1} \circ T(f')$を対応させて$T_S$を定めることができます.

こうして導来圏の定義にたどり着きました.

導来圏

$S$$\K^*(\cA)$の中の擬同形の集まりとする.このとき,$\D^*(\cA)$$\K^*(\cA)$$S$による局所化
$$ \D^*(\cA) := \K^*(\cA)[S^{-1}] \quad (*=\emptyset, +, -, \mathrm{b}) $$
と定めて,$\cA$の(非有界な・下に有界な・上に有界な・有界な)導来圏と呼ぶ.
導来圏$\D^*(\cA)$における完全三角$L \to M \to N \to L[1]$$\K^*(\cA)$における完全三角の局所化函手$Q$による像(と同形なもの)全体として定める.

導来圏の完全三角

導来圏における完全三角の集まりも(TR0)から(TR5)までの条件を満たすので,導来圏も三角圏の構造を持つ.導来圏においても$H^0$および$\Hom_{\D^*(\cA)}(K,\ast), \Hom_{\D^*(\cA)}(\ast,K)$はコホモロジー的函手となる.実際,$H^0$については完全三角の定義から従い,Hom函手については命題2の証明では(TR1), (TR3), (TR4)しか使っていないので同じように証明が進む.

アーベル圏$\C^*(\cA)$では短完全列が考えられましたが,それは導来圏$\D^*(\cA)$の完全三角を与えます.

複体の短完全列は導来圏で完全三角

$0 \to L \xrightarrow{f} M \xrightarrow{g} N \to 0$$\C^*(\cA)$の短完全列とする.このとき,$\phi^n:=[0,g^n] \colon L^{n+1} \oplus M^n \to N^n$と定めると$\phi \colon \Mc(f) \to N$は擬同形である.特に,$L \to M \to N \to L[1]$なる完全三角が存在する.

$\cA$は導来圏$\D^*(\cA)$$0$次に集中している複体からなる充満部分圏と同一視されます.

アーベル圏は導来圏の$0$次に集中している複体からなる部分圏

標準的な函手$\cA \to \K^*(\cA) \xrightarrow{Q} \D^*(\cA)$により$\cA$$H^n(L)=0 \ (n \neq 0)$を満たす対象$L$からなる$\D^*(\cA)$の充満部分圏と圏同値である.

導来圏の射の集まりは局所化で定義したので一般にはよく分からないですが,$\cA$が十分多くの入射的対象を持つ場合は入射的対象からなる$\cA$の部分圏のホモトピー圏と圏同値になります.ここで,ホモトピー圏はコホモロジーをまだ考えていなかったので加法圏に対して定義されることに注意します.次は下に有界なものを有界なものに単純に取り替えるだけでは成立しません.

アーベル圏の導来圏は入射的対象の部分圏のホモトピー圏と圏同値

$\cA$は十分多くの入射的対象を持つと仮定して,$\cI_\cA$で入射的対象からなる$\cA$の充満部分圏をあらわす.このとき,圏同値$\Kp(\cI_\cA) \simeq \Dp(\cA)$が成り立つ.

概略

入射的分解の間に誘導される複体の射がチェインホモトピックを除いて一意に存在する( 第4節 の命題3(i))ことの証明から,$I$が入射的対象からなる複体で$H^n(I)=0 \ (n \in \bbZ)$を満たせば($\Dp(\cA)$だけでなく)$\Kp(\cA)$の対象として$I \simeq 0$であることが分かる.ゆえに,$\Kp(\cI_\cA)$の射$f \colon I \to J$が擬同形ならば$\Mc(f)$は入射的対象からなる複体でコホモロジーが全て$0$なので$\Kp(\cI_\cA)$において$0$だから,実は$f$$\Kp(\cI_\cA)$で同形である.

一方で入射分解の存在をもう少し頑張ると,任意の$L \in \Kp(\cA)$に対して,$I \in \Kp(\cI_\cA)$と擬同形$L \underset{\text{qis}}{\overset{\sim}{\to}} I$が作れる.これはナイーブには下に有界であることを使う.

以上から,自然な函手$\Kp(\cI_\cA) \to \Dp(\cA)$は忠実充満で本質的全射が分かるので圏同値である.

導来函手

アーベル圏の間の加法函手$T \colon \cA \to \cB$を導来圏の間に持ち上げることを考えてみましょう.$T$は複体の圏の間の函手$\C^*(\cA) \to \C^*(\cB)$とホモトピー圏の間の函手$\K^*(\cA) \to \K^*(\cB)$を誘導します.これらも同じ記号$T$と書いてしまいます.もし$T$完全函手ならば,写像錐を考えることで$\K^*(\cA)$の擬同形を$\K^*(\cB)$の擬同形に送ることが分かるので,導来圏の間の函手$T \colon \D^*(\cA) \to \D^*(\cB)$を誘導します(同じ記号$T$であらわします).この場合は複体にただ$T$を施しているだけなので,函手$T$は有界性を保ちます.

導来圏の間の逆像函手

連続写像$f \colon X \to Y$に対して,逆像函手$f^{-1} \colon \Sh(Y) \to \Sh(X)$は完全函手であった( 第6節 の命題6).ゆえに,導来圏の間の函手$f^{-1} \colon \D^*(\Sh(Y)) \to \D^*(\Sh(X)) \ (*=\emptyset, +, -, \mathrm{b})$が誘導される.

問題は一般には函手$T$$\K^*(\cA)$の擬同形を$\K^*(\cB)$の擬同形に送るとは限らないことです.導来圏$\Dp(\cA)$では同形だったものを$\Dp(\cB)$で同形なものにうつすか分からないので導来圏の函手は一般には誘導されません.これを回避するのが導来圏の間の導来函手というものなのです.

さて,前考えた導来函手の作り方を思い出してみましょう.$\cA$が十分多くの入射的対象を持つ場合は,$T \colon \cA \to \cB$をアーベル圏の間の左導来函手に対して,以前の意味での導来函手は

  1. $A \in \cA$に対して入射分解$A \underset{\text{qis}}{\overset{\sim}{\to}} I$を取る.
  2. $T(I) \in \Dp(\cB)$という複体を考える.実際,二つの入射分解はホモトピー同値なので分解の取り方によらない.
  3. そのコホモロジー$H^n(T(I))$を取り$R^nT(A)$と定める.

という手順で定義したのでした.私たちはもうコホモロジーを取らずともコホモロジーが同じものは同一視できているので最後の3のステップは要らなさそうです.下に有界な複体$L \in \Kp(\cA)$に対しても,上の命題7の証明中で使ったように$I \in \Kp(\cI_\cA)$と擬同形$L \underset{\text{qis}}{\overset{\sim}{\to}} I$が作れるので,$T(I)$を導来函手の出力として採用すればよさそうです(取り替えが存在するところに下に有界であることを使いました).この手順がなぜうまく働いて上で述べた問題を回避しているかを説明するのがここでの目標です.

上の説明は導来函手の手順としては分かった気がしますが,これでは導来函手の定義としてはなんだか気持ちが悪いし,前に見たように入射分解でしか導来函手が計算できないわけでもありませんでした.なので一度抽象的に導来函手を考え直してみたくなります.そこで思い出したいのが普遍$\delta$函手というものです.右導来函手は普遍$\delta$函手として特徴づけられたのでした( 第4節 の定理5).この特徴づけを導来圏を使ってもうちょっとだけ抽象化してみます.

導来圏の間の導来函手

$T \colon \cA \to \cB$をアーベル圏の間の左完全函手とする.$T$によってホモトピー圏の間に誘導される函手も$T \colon \Kp(\cA) \to \Kp(\cB)$と書く.このとき,$RT \colon \Dp(\cA) \to \Dp(\cB)$と自然変換$\tau \colon Q_\cB \circ T \to RT \circ Q_\cA$の組$(RT,\tau)$であって次の普遍性を満たすものを$T$右導来函手と呼ぶ:
任意の加法函手$U \colon \Kp(\cA) \to \Kp(\cB)$と自然変換$\sigma \colon Q_\cB \circ T \to U \circ Q_\cA$に対して,自然変換$\tl{\sigma} \colon RT \to U$が一意的に存在して$\tl{\sigma} Q_\cA \circ \tau \simeq \sigma$を満たす.

Kan拡張としての導来函手

図式で書くと
\begin{xy} \xymatrix@R=10pt{ \Kp(\cA) \ar[r]^-{T} \ar[dd]_-{Q_\cA} & \Kp(\cB) \ar[r]^-{Q_\cB} \ar@{=>}[d]^-{\tau} & \Dp(\cB) \\ & & & \\ \Dp(\cA) \ar@{-->}[rruu]_-{RT} & & } \end{xy}
である.別の言い方をすると,右導来函手$RT$とは$Q_\cA$に沿った$Q_\cB \circ T$の左Kan拡張のことである.

$0$次の射が全体に持ち上がるというのが少し変わっただけで,持ち上がる写像の向きは普遍$\delta$函手のときと一緒になっています.普遍性から$RT$は存在すれば同形を除いて一意に定まります.射の向きを全部逆にすることで右完全函手$T$の左導来函手$LT$も定義されます.

さて定義はこれで良いとして,右導来函手が存在するための十分条件を考えましょう.これを考える中で導来函手の計算の仕方も明らかになってくるのです.

函手に対して入射的な部分圏

$T \colon \cA \to \cB$をアーベル圏の間の左完全函手とする.このとき,$\cA$の加法的充満部分圏$\cJ$$T$-入射的であるとは次の三つの条件を満たすことをいう:
(1) 任意の対象$A \in \cA$に対して,$J \in \cJ$と単射$A \to J$が存在する.
(2) $0 \to A \to B \to C \to 0$$\cA$における短完全列で$A,B \in \cJ$ならば$C \in \cJ$である.
(3) $0 \to A \to B \to C \to 0$$\cA$における短完全列で$A \in \cJ$ならば$0 \to T(A) \to T(B) \to T(C) \to 0$$\cB$における短完全列である.

函手に対して入射的な部分圏の例

(i) $\cA=\Sh(X), T=\Gamma(X;\ast) \colon \Sh(X) \to Ab$とすると,脆弱層からなる$\Sh(X)$の加法的充満部分圏は$\Gamma(X;\ast)$-入射的である.実際,任意の層は脆弱層に単射に埋め込めて( 第3節 の補題1),条件(2)と(3)は 第3節 の命題2そのものである.
(ii) $\cA$が十分多くの入射的対象を持つならば,$\cA$の入射的対象からなる加法的充満部分圏$\cI_\cA$は任意の左完全函手$T \colon \cA \to \cB$について$T$-入射的である.実際,条件(1)が十分多くの入射的対象を持つことそのもので,(2)と(3)は$A$が入射的ならば短完全列$0 \to A \to B \to C \to 0$が分裂することから従う.

この$T$-入射的な部分圏を用いて右導来函手$RT$の存在の十分条件が次のように述べられます.ここでやっている証明も下に有界であることを使っています.

右導来函手の存在の十分条件

$T \colon \cA \to \cB$をアーベル圏の間の左完全函手として,$\cA$$T$-入射的な加法的充満部分圏$\cJ$が存在すると仮定する.このとき,$T$の右導来函手$RT \colon \Dp(\cA) \to \Dp(\cB)$が存在する.しかも,この$RT$$\Dp(\cA)$の完全三角を$\Dp(\cB)$の完全三角にうつす.

概略

$T$-入射的部分圏の条件(1)を用いると,任意の$L \in \Kp(\cA)$に対して,$J \in \Kp(\cJ)$と擬同形$L \underset{\text{qis}}{\overset{\sim}{\to}} J$が作れる.これを用いると$S_\cJ$$\Kp(\cJ)$の擬同形の集まりとして,$\Kp(\cJ)[S_\cJ^{-1}] \to \Dp(\cA)$は圏同値となる.

$T$-入射的部分圏の条件(2)と(3)を用いると,$J \in \Kp(\cJ)$$H^n(J)=0 \ (n \in \bbZ)$を満たすものに対して$T(J)$$\Dp(\cB)$において$0$に擬同形,すなわち$H^n(T(J))=0 \ (n \in \bbZ)$である.実際,短完全列に分解すると(2)より分解した各項も$\cJ$に入り,(3)から各短完全列に$T$を施しても完全となるからである.よって,写像錐を考えれば函手$Q_\cB \circ T \colon \Kp(\cJ) \to \Dp(\cB)$$S_\cJ$に入る射を$\Dp(\cB)$の同形に送るので,函手$\tl{T} \colon \Kp(\cJ)[S_\cJ^{-1}] \to \Dp(\cB)$であって$\tl{T} \circ Q_\cJ=Q_\cB \circ T$を満たすものが誘導される.

したがって,圏同値$\Kp(\cJ)[S_\cJ^{-1}] \to \Dp(\cA)$の逆を使って,$\Dp(\cA) \simto \Kp(\cJ)[S_\cJ^{-1}] \xrightarrow{\tl{T}} \Dp(\cB)$$RT$とすればよい.図式では以下のようになる:
\begin{xy} \xymatrix{ \Kp(\cJ) \ar[r]^-{T} \ar[d]_-{Q_\cJ} & \Kp(\cB) \ar[r]^-{Q_\cB} & \Dp(\cB) \\ \Kp(\cJ)[S_\cJ^{-1}] \ar[rru]_-{\tl{T}} \ar[d]_-{\sim} & & \\ \Dp(\cA). \ar@{-->}[rruu]_-{RT} & & } \end{xy}
これは具体的には$L \in \Dp(\cA)$に対して,$J \in \Kp(\cJ)$と擬同形$L \underset{\text{qis}}{\overset{\sim}{\to}} J$を取り,$RT(L):=Q_\cB \circ T(J)$とすることである.

右導来函手は有界導来圏に落ちるかは分からない

上の条件のもとで$L \in \Db(\cA)$という有界な複体に対して,一般には$L \in \Kp(\cJ)$という有界な複体に擬同形$L \underset{\text{qis}}{\overset{\sim}{\to}} J$で取り換えられるかは分からないので,値域が有界導来圏の$RT \colon \Db(\cA) \to \Db(\cB)$が誘導されるかも分からない.これにはもっと条件が要る.

上の定理は,もし左完全函手$T$に対して完全にふるまうような十分大きな部分圏$\cJ$があれば,複体をその部分圏の対象からなる複体に取り換えて$T$を施せばそれが右導来函手になることを言っています.$T$$\cJ$では完全にふるまうことから$\cJ$の対象からなる複体の間の擬同形は$T$で送っても擬同形なのでwell-definedになるわけです.普遍性によって$RT$$\cJ$の取り方によりません.これが今までも何回か出てきた脆弱分解でも非輪状分解でも入射分解でも右導来函手が計算できることの説明なのです.

右導来函手の存在の例

(i) $\cA=\Sh(X), T=\Gamma(X;\ast) \colon \Sh(X) \to Ab$とすると,脆弱層からなる$\Sh(X)$の加法的充満部分圏は$\Gamma(X;\ast)$-入射的だったので,右導来函手$\RG(X;\ast) \colon \Dp(\Sh(X)) \to Ab$が存在する.計算の仕方から$H^n \circ \RG(X;\ast) = H^n(X;\ast)$である.これで層係数コホモロジーが導来圏の間の函手として持ち上がった.連続写像$f \colon X \to Y$に対して脆弱層からなる$\Sh(X)$の部分圏は$f_*$-入射的でもあるので,右導来函手$Rf_* \colon \Dp(\Sh(X)) \to \Dp(\Sh(Y))$も存在する.これは脆弱層からなる複体に擬同形で取り換えて$f_*$を施すことで計算できる.
(ii) $T \colon \cA \to \cB$を左完全函手とする.$\cA$が十分多くの入射的対象を持つならば,$\cA$の入射的対象からなる加法的充満部分圏$\cI_\cA$は任意のについて$T$-入射的だったので,右導来函手$RT \colon \Dp(\cA) \to \Dp(\cB)$が存在する.これは入射的対象からなる複体に擬同形で取り換えて$T$を施すことで計算されるので, 第4節 で説明した古典的な導来函手と同じ作り方である.
(iii) 右導来函手$RT$が存在すれば,$R^nT(A):=H^nRT(A)=0 \ (n \in \bbZ)$を満たす$\cA$の対象($T$-非輪状な対象という)からなる$\cA$の部分圏は$T$-入射的である.よって,このような対象からなる複体に擬同形で取り換えてやって$T$でうつすことで導来函手は計算できる.

大事なのでもう一回述べると,上の定理8で右導来函手$RT$の存在が分かれば$\Dp(\cA)$の完全三角$L \to M \to N \to L[1]$に対して$RT(L) \to RT(M) \to RT(N) \to RT(L)[1]$$\Dp(\cB)$の完全三角となります.$n \in \bbZ$に対して$R^nT:=H^n \circ RT \colon \Dp(\cA) \to \cB$と定めると,$H^0$はコホモロジー的函手だったので
$$ \cdots \to R^{n-1}T(N) \to R^nT(L) \to R^nT(M) \to R^nT(N) \to R^{n+1}T(L) \to \cdots $$
という長完全列が得られます.$\cA$における短完全列は$\Dp(\cA)$における完全三角を与えたので,これで古典的な導来函手を完全に復元できたことになります.

さて,コホモロジーを取る古典的な導来函手のもったいない点は合成の導来函手は導来函手の合成そのものにならないことでした.この問題が解決していることを見ましょう.

合成の導来函手が導来函手の合成になる十分条件

$T \colon \cA \to \cB, U \colon \cB \to \cC$をアーベル圏の間の二つの左完全函手とする.さらに,$T$-入射的な$\cA$の部分圏$\cJ_\cA$$U$-入射的な$\cB$の部分圏$\cJ_\cB$が存在して,$T(\cJ_\cA) \subset \cJ_\cB$,すなわち$T$$\cJ_\cA$の対象を$\cJ_\cB$の対象にうつすと仮定する.このとき,$\cJ_\cA$$(U \circ T)$-入射的で自然同値$R(U \circ T) \simeq RU \circ RT$が成り立つ.

定義と$T(\cJ_\cA) \subset \cJ_\cB$より,$\cJ_\cA$$(U \circ T)$-入射的である.

$L \in \Dp(\cA)$に対して$RT(L)$$J \in \Kp(\cJ_\cA)$と擬同形$L \underset{\text{qis}}{\overset{\sim}{\to}} J$を取って$T(J)$で計算できたのであった.これをさらに$RU$で送るには$\Kp(\cJ_\cB)$に擬同形に取り換えて$U$で送ればよいが,条件から既に$T(J) \in \Kp(\cJ_\cB)$なので取り換える必要がない.ゆえに,$RU(RT(L))$$U(T(J))$で計算できる.$\cJ_\cA$$(U \circ T)$-入射的だったので,これは$R(U \circ T)(L)$の結果でもある.

合成の導来函手が導来函手の合成になる例

(i) $f \colon X \to Y$を連続写像とすると,$f_* \colon \Sh(X) \to \Sh(Y)$は脆弱層を脆弱層に送るのであった( 第6節 の補題2).よって,上の例3で述べたことと命題9から$\RG(X;\ast) = R(\Gamma(Y;) \circ f_*) \simeq \RG(Y;\ast) \circ Rf_*$である.つまり,$F \in \Dp(\Sh(X))$に対して$\RG(X;F) \simeq \RG(Y;Rf_*F)$である.
(ii) $T \colon \cA \to \cB, U \colon \cB \to \cC$をアーベル圏の間の二つの左完全函手として,$\cA$$\cB$がそれぞれ十分多くの入射的対象を持つと仮定する.さらに$T$$\cA$の入射的対象を$\cB$$U$-非輪状な対象に送ると仮定すると,上の命題9から自然同値$R(U \circ T) \simeq RU \circ RT$が成り立つ.これがGrothendieckスペクトル系列が存在する条件であった.

まとめ

この節では

  • 導来圏の定義と性質
  • 導来函手を導来圏の観点から見直すこと・導来函手の存在の十分条件
  • 導来函手の合成が合成の導来函手になる十分条件

について説明しました.

参考文献

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Alexander Grothendieck, Sur quelques points d'algèbre homologique, Tohoku Math. J., 1957, pp. 119--221
投稿日:2021522

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