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現代数学
文献あり

層の導来圏と層に対する演算

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この節では層の導来圏について説明します.層のアーベル圏の導来圏を考えて,そこに層の演算を導来して持ち上げることを考えます.層の導来圏の間の函手たちの関係についても説明します.

補足:Hom函手の右導来函手

前節でHom函手の導来函手についてやり残したので,ここで補足をしておきましょう.実は2変数の函手の導来函手について一般論も展開できるのですが,ここでは主に計算の仕方だけを説明します.

以下,Aをアーベル圏とします.Hom函手はAop×AAbという函手でした.この右導来函手として
RHomA(,):D(A)op×D+(A)D(Ab)
というのものが作りたいわけです.しかし,Hom函手は2変数の函手なので両方の引数に複体を入れると出力が二重複体になります.そこでその全複体を取った普通の複体を考えましょう.すなわち,L,MC(A)に対して
HomA(L,M)n:=kZHomA(Lk,Mn+k)
として,f={fk}kHomA(L,M)nに対して(dnf)k:=dMn+kfk+(1)n+1fk+1dLkとすることで,複体HomA(L,M)C(Ab)が定まります.これにより,複体の圏の間の2変数の函手HomA(,):C(A)op×C(A)C(A)が定まります.しかも,計算してみるとKerd0が複体の射の集合HomC(A)(L,M)Imd10にチェインホモトピックな射の集合なので
H0(HomA(L,M))HomK(A)(L,M)
となることが分かります.さらに,この函手はホモトピー同値なものをホモトピー同値なものにうつすので,ホモトピー圏の間の2変数の函手HomA(,):K(A)op×K(A)K(A)を誘導します.

さて,Aは十分多くの入射的対象をもつと仮定してIAで入射的対象からなるAの充満部分圏をあらわします.このとき,LK(A)が非輪状(0に擬同形)またはIK+(IA)であって非輪状ならばHomA(L,I)も非輪状になることがチェックできます(Iが下に有界であることを使いました).これより写像錐を考えることで,LK(A),MD+(A)に対してIK+(IA)MqisIとなるものを取って,RHomA(L,M):=QAbHomA(L,I)D(Ab)とすればwell-definedになります.擬同形で取り替えるときにも下に有界であることを使いました.このようにして導来圏の間のHom函手の右導来函手
RHomA(,):D(A)op×D+(A)D(Ab)
が得られました.RHomAAは省略する場合もあります.アウトプットの複体RHomA(L,M)のコホモロジーは導来圏D(A)のHomを次のように回復します.

RHomの0次コホモロジーは導来圏のHom集合

LD(A),MD+(A)に対して,同形
H0(RHomA(L,M))HomD(A)(L,M)
が成立する.

概略

IK+(IA)MqisIとなるものを取ると,RHomA(L,M)=QAbHomA(L,I)であった.上で見たことから,H0(HomA(L,I))HomK(A)(L,I)である.もしLD+(A)なら, 第9節 の命題7より圏同値K+(IA)D+(A)が成り立つのでHomK+(A)(L,I)HomD+(A)(L,I)である.一般の場合もNK(A)が非輪状のとき,HomK(A)(N,I)=0であることから,写像錐を考えることでHomK(A)(L,I)HomD(A)(L,I)が分かる.D(A)においてMIであるから結果が得られる.

2変数函手の導来函手の存在定理

アーベル圏の間の2変数の左完全函手T:A×BCに対する右導来函手RTが存在する十分条件は,任意のBBを固定したときにT(,B)-入射的になる充満部分圏JAAと任意のAAを固定したときにT(A,)-入射的になる充満部分圏JBBが存在することと述べられる.上でHom函手についてはAAIAAを使った.

層の導来圏

さて,本筋の層理論に戻ってきて層のアーベル圏の導来圏を考えてみましょう.以下ずっとXを(局所コンパクトハウスドルフな)位相空間とします.これまではX上のアーベル群の層の圏Sh(X)を考えてきましたが,ここで少し一般化して,アーベル圏だけでなく環上の加群に値を取る層の圏を導入しておきましょう.アーベル群Mに対して,X上の茎がMの定数層をMXと書くのでした.

環上の加群に値を取る層のアーベル圏

kを可換環とする.k上の加群Mod(k)に値を取る層,すなわち函手TXopMod(k)であって貼り合わせ条件を満たすもののなす圏をMod(kX)と書く.

この記号を使うと,これまで扱っていた層の圏はSh(X)=Mod(ZX)とあらわせます.これまで考えていた層の演算は可換環上の加群の層の圏の間の函手を誘導します:
Hom:Mod(kX)op×Mod(kX)Mod(kX),k:Mod(kX)×Mod(kX)Mod(kX).
連続写像f:XYに対して
f:Mod(kX)Mod(kY),f1:Mod(kY)Mod(kX),f!:Mod(kX)Mod(kY).
随伴(k,Hom),(f1,f)もこの状況で同様に成立します.

層の導来圏とその間の函手

以下では可換環kを固定します.それでは層の圏Mod(kX)の導来圏を考えましょう.

層の導来圏

位相空間X上のk加群の層のアーベル圏Mod(kX)の導来圏を
D(kX):=D(Mod(kX))(=,+,,b)
と書く.誤解がない場合は単にD(X)とも書く場合がある.
同様にC(kX):=C(Mod(kX)),K(kX):=K(Mod(kX))と書く.

層の導来圏の記号

D(X)の記号は代数幾何だと連接層の導来圏D(Coh(X))をあらわすことが多いので,D(Mod(kX))に用いるのは不評である.Sheaves on Manifoldsでは単に単にD(X)と書かれている部分が多い.

以下では層の演算を導来函手として導来圏に持ち上げることを考えましょう.

Homとテンソル積

ここでは内部演算のsheaf Homとテンソル積の導来函手について考えます.

まず,sheaf Hom Homを考えましょう.これは2変数函手なので既によく分からないですが,上で見たRHomが参考になりそうです.F,GC(kX)に対して
Hom(F,G)n:=kZHom(Fk,Gn+k)
として,微分はHomのときと同様に定めることで,2変数の函手Hom:C(kX)op×C(kX)C(kX)が定まります.これはホモトピー圏の間の函手Hom:K(kX)op×K(kX)K(kX)を誘導し,各開集合での切断を取りRHomのところで見たことを使うと,FK+(k)が非輪状またはIK+(kX)が入射的層からなる下に有界な複体で非輪状ならばHom(F,I)も非輪状になることが分かります.ゆえに,FD(kX),GD+(kX)に対して,入射的層からなる下に有界な複体IK+(kX)GqisIとなるものを取って,RHom(F,G):=QHom(F,I)D(kX)とすればwell-definedになります.こうして,Homの右導来函手
RHom:D(kX)op×D+(kX)D(kX)
が得られました.この記事では,空間X上であることを強調するためにRHomX(Homの導来函手についてもRHomX)と書いたりもします.

さて,テンソル積はどうすれば良いでしょうか?これも2変数の函手なので二重複体の全複体を考えれば良いわけです.記号が煩雑になるのを避けるために以下でもテンソル積kを単にと書いてしまいます.F,GC(kX)に対して
(FG)n:=j+k=nFjGk
として,dn|FjGk:=dFjidGk+(1)jidFjdGkとすると,FGC(kX)が定まります.いつものようにこれは2変数の函手:C(k)×C(kX)C(kX)およびK(kX)×K(kX)K(kX)を定めます.さて問題は擬同形をこの函手で送っても擬同形のままになるようにふるまう充満部分圏をどう取って導来函手を作ればよいかということです.写像錐を取るいつもの議論でこの充満部分圏の対象からなる非輪状な複体を送って非輪状になってくれればよい,つまりこの部分圏上でテンソル積が完全になればよいわけです.

平坦な層

FMod(kX)k平坦であるとは,函手Fk():Mod(kX)Mod(kX)が完全函手となることをいう.

明らかな場合は「k上」というのを
層の完全性は茎の完全性と同値であることとテンソル積の茎は茎のテンソル積であることから,Fが平坦であることと任意のxXに対してFxが平坦k加群であることは同値です.さて,任意の層は入射的層への単射が存在したのでした.これと逆向きに任意の層に対して平坦層からの全射が存在します.

任意の層には平坦層からの全射がある

任意のFMod(kX)に対して,k上平坦な層PMod(kX)と全射PFが存在する.

S:={(U,s)UXの開部分集合, sΓ(U;F)}とする.(U,s)Sに対して,k(U,s):=kUMod(kX)と定める.同形Hom(kU,F)Γ(U;F)により,sに対応する射kUFΓ(U;kU)=k1sΓ(U;F)なるものが存在する.P:=(U,s)Sk(U,s)と定めて,上の射から誘導される射をPFとする.すると,任意のxXに対してPxkの直和だから平坦で,作り方から射PFは全射である.

上の補題と茎での平坦性を考えることで,Mod(kX)の平坦層のなす充満部分圏は-射影的(T-入射的の定義で射の向きを逆にしたもの)となることが分かるので,テンソル積の左導来函手
L:D(kX)×D(kX)D(kX)
が定まります.F,GD(k)に対して,平坦層からなる上に有界な複体PK(k)PqisFとなるものを取ってFLG:=PGとすればよいわけです.平坦層からなる上に有界な複体QK(k)QqisGとなるものを取ってFQを考えても,さらにPQを考えても導来圏では同形になります.

いやしかし,ここで出てきたのは上に有界な導来圏D(kX)でした.上で見たRHomは下に有界な導来圏D+(k)からの函手だったし他の右導来函手も下に有界な導来圏の間の函手だったので,これは都合が悪いことがあります.下に有界・有界な導来圏の間の函手としてテンソル積を考えたい場合はさらに条件が必要です.それは,あるnZ0が存在して任意のk加群が長さn以下の平坦加群による分解を持つことです(kの弱大域次元がn以下と言います).この条件は例えばkがPIDならば満たされます.さてこの条件のもとでは,=+,bについて,FK(kX)に対して平坦層からなる複体PK(kX)PqisFとなるものが存在します.層の複体が上に有界・有界なら上に有界・有界な平坦層からなる複体に擬同形に取り替えられるのです.したがって,kの弱大域次元が有限ならばテンソル積の左導来函手は
L:D(kX)×D(kX)D(kX)(=+,,b)
と下に有界・有界な導来圏の間の函手となります.以下では常にkの弱大域次元が有限であることを仮定しましょう.特にkが体ならテンソル積は完全函手なので,そのままテンソル積を施せば良いことになります.この場合は導来しなくて良いのでLを単にと書きます.

さて,導来する前のテンソル積とsheaf Homの間には随伴の関係がありました.それは導来函手にしても成り立ちます.

導来圏でも層のテンソル積とsheaf Homは随伴

F,GD(kX),GD+(kX)に対して自然な同形
RHom(FLG,H)RHom(F,RHom(G,H))
が成り立つ.

概略

まずQMod(kX)が平坦層でIMod(kX)が入射的層であるとき,Hom(Q,I)Mod(kX)は入射的層であることに注意する.実際,アーベル圏での随伴からHom(,Hom(Q,I))Hom(()Q,I)であり,右辺は完全函手の合成として完全函手だからである.

さて,平坦層からなる上に有界な複体QK(k)QqisGとなるものと入射的層からなる下に有界な複体IK+(kX)GqisIとなるものを取る.すると,左辺はHom(FQ,I)で,上で見たことからHom(Q,I)が既に入射的層からなる複体なので取り替えなくて良くて右辺はHom(F,Hom(Q,I))である.符号の計算を頑張るとアーベル圏の随伴からこれらが同形であることが分かるので,結果が従う.

RHom0次コホモロジーは導来圏のHomなので,随伴(L,RHom)が成り立つことに注意しましょう.同様の議論で,F,GD(kX),GD+(kX)に対して自然な同形
RHom(FLG,H)RHom(F,RHom(G,H))
も得られます.この証明のようにあるクラスの層に演算をかけても良いクラスに送られるという条件を用いて導来圏で様々な同形を示すことが基本的なテクニックなのです!

順像と逆像

さて次に外部演算の順像と逆像を考えます.以下ではf:XYを連続写像とします.

まず前節も例としてすこし説明しましたが,順像f:Mod(kX)Mod(kY)についてです.この函手は左完全函手で,脆弱層からなるMod(kX)の充満部分圏がf-入射的となるのでした.したがって,右導来函手の存在定理( 第9節 の定理8)より,右導来函手Rf:D+(kX)D+(kY)が存在します.FD+(kX)に対して,脆弱層からなる下に有界な複体FK+(kX)FqisFとなるものを取ってRfF=fFと計算されます.fは脆弱層を脆弱層に送る( 第6節 の補題2)ので,導来函手の合成についての命題( 第9節 の命題9)から次が得られます.

合成の導来順像は導来順像の合成

f:XY,g:YZを連続写像とすると,FD+(kX)に対して自然にR(gf)FRgRfFが成り立つ.

一点への連続写像aX:Xptに対してはRaX=RΓ(X;)であって,nZに対してHn(X;)=HnRΓ(X;)とあらわします.これは以前定義した層係数コホモロジーと一致しています.特に層係数コホモロジー導入の動機であった完全列を右に引き伸ばすという話は,「D+(kX)における完全三角FGHF[1]に対してRΓ(X;F)RΓ(X;G)RΓ(X;H)RΓ(X;F)[1]D+(Ab)における完全三角である」というところに吸収されたのでした.実際,これは右導来函手RΓ(X;)が完全三角を完全三角にうつすことから成り立っていて,H0がコホモロジー的函手であることとHn=H0[n]であることから,後者の完全三角から長完全列
Hn1(X;H)Hn(X;F)Hn(X;G)Hn(X;H)Hn+1(X;F)
が得られるからです.

連結準同形の符号

図式追跡あるいは蛇の補題で普通に作った連結準同形の符号と導来圏での射HF[1]から誘導される射は符号がずれることがあるので注意が必要である.

次も良いクラスの層に演算をかけても良いクラスに入っていることから示せます.

導来sheaf Homの大域切断はRHom

FD(kX),GD+(kX)に対して,同形
RΓ(X;RHom(F,G))RHom(F,G)
が成り立つ.

どうせ取り替えるのではじめからGは入射的層からなる複体としてよい.すると,左辺はRΓ(X;Hom(F,G))であるが,Gが入射的だから 第7節 の補題5からHom(F,G)は脆弱層からなる複体である.よって,RΓ(X;)を施す際に取り替える必要がなく,左辺はΓ(X;Hom(F,G))Hom(F,G)である.これはGが入射的だから右辺に等しい.

次に逆像f1:Mod(kY)Mod(kX)ですが,これは完全函手なのでした.したがって,任意の擬同形を擬同形に送るので何も気にする必要がなくただf1を施すだけで函手f1:D(kY)D(kX) (=,+,,b)が定まります.

逆像と順像は層のアーベル圏においては随伴でしたが,それは導来圏でも成り立ちます.

導来圏でも逆像と順像は随伴

FD+(kX),GD(kY)に対して,自然な同形
RHomX(f1G,F)RHomY(G,RfF)
が成り立つ.

はじめからFは入射的層からなる複体としてよい.すると,右辺はRHomY(G,fF)であるが,入射的層の順像も入射的( 第6節 の命題7)なので,これはHomY(G,fF)である.アーベル圏での随伴を使うと最後の複体はHomX(f1G,F)と同形になるが,これは右辺に等しい.

さらに強くsheaf Homについても同形が言えます.

逆像と順像の随伴のsheaf Hom版

FD+(kX),GD(kY)に対して,自然な同形
RfRHomX(f1G,F)RHomY(G,RfF)
が成り立つ.

はじめからFは入射的層からなる複体としてよい.すると,上と同様にして右辺はHomY(G,fF)である.一方,左辺はHomX(f1G,F)が脆弱層からなる複体であることから,fHomX(f1G,F)である.よって,アーベル圏での同形から結果が得られる.

だんだんと証明のやり方にも慣れてきたと思うので,以下ではときどき証明は省略してしまいます.

固有順像

さて,それでは固有順像について考えてみましょう.f:XYを(局所コンパクトハウスドルフ空間の間の)連続写像とすると,固有順像f!:Mod(kX)Mod(kY)は左完全函手でした.この函手の右導来函手を計算するために,f!-入射的な充満部分圏であってf!で送ってもその性質を満たすものがあるとうれしいわけです.それが以下で説明するc-柔軟層というものです.

FMod(kX)Xのコンパクト部分集合Kに対して,Γ(K;F|K)Kを含むXの開部分集合UをわたるFの切断の帰納極限と同形になる.すなわち
Γ(K;F|K)limKUΓ(U;F)
が成り立つことが分かります.随伴に付随する射または上の帰納極限との同形により制限写像ρK,X:Γ(X;F)Γ(K;F|K)が誘導されます.c-柔軟層とは脆弱層の定義で任意の開部分集合への制限写像が全射のところを任意のコンパクト部分集合への制限写像が全射に置き換えたものです.cはコンパクトを意味します.

c-柔軟層

FMod(kX)がc-柔軟 (c-soft) であるとは,任意のXのコンパクト部分集合Kに対して制限写像ρK,X:Γ(X;F)Γ(K;F|K)が全射であることをいう.

c-柔軟層の例

(i) 上で見たコンパクト部分集合上の切断と帰納極限との同形により,脆弱層はc-柔軟層である.
(ii) XC級多様体とすると,X上のC級函数の層CX1の分割の存在によりc-柔軟である.

c-柔軟層たちの性質は次のようにまとめられます.

c-柔軟層の性質

FMod(kX)をc-柔軟層とする.
(i) ZXの局所閉部分集合とするとF|Zはc-柔軟である.
(ii) f:XYを連続写像とするとf!Fはc-柔軟である.
(iii) ZXの局所閉部分集合とするとFZはc-柔軟である.

概略

Fがc-柔軟であること任意のXの閉部分集合Zに対して,制限写像Γc(X;F)Γc(Z;F|Z)が全射であることと同値であることがチェックできる.

(i)は上のことを使えばよい.(ii)は任意のYのコンパクト部分集合Kに対して固有基底変換を使ってΓ(K;f!F)Γc(f1(K);F|f1(K))であることと上のことから従う.(iii)は(i)と(ii)から得られる.

c-柔軟層のなすMod(kX)の充満部分圏は実際にf!-入射的になっています.

c-柔軟層のなす部分圏は固有順像に関して入射的

f:XYを連続写像とする.このとき,c-柔軟層のなすMod(kX)の充満部分圏はf!-入射的である.

概略

三つの条件を確かめればよい.
(1)は脆弱層がc-柔軟であることと,任意の層は脆弱層に単射で埋め込めることから従う.
(3)は任意のyYに対してyの茎での完全性を調べればよいが,固有順像の茎は計算できて(f!F)yΓc(f1(y);F|f1(y))であること( 第7節 の命題1)と制限もc-入射的であることから,f=aX:Xptとして示せばよい.つまり,0FGH0Mod(kX)の完全列でFがc-柔軟のときに0Γc(X;F)Γc(X;G)Γc(X;H)0が完全であることを示せばよい.これはちょっと面倒で脆弱層と大域切断函手に対して同様のことを示したとき( 第3節 の命題2)にZornの補題を使ったところをコンパクト性を使って有限被覆の議論に置き換えればできる.
(2)は脆弱層のときと同じ議論で(3)とc-柔軟の定義から従う.

遠可算型のときはc-柔軟層のなす部分圏は大域切断函手に関しても入射的

Xが遠可算型 (countable at infinity) のときは上の命題で見た(3)を使って,
0FGH0Mod(kX)の完全列でFがc-柔軟ならば0Γ(X;F)Γ(X;G)Γ(X;H)0は完全列
が示せる.これはc-柔軟層のなすMod(kX)の充満部分圏はΓ(X;)-入射的であることを示しているので,大域切断函手の右導来函手はc-柔軟層に擬同形で取り替えて計算することができる.これが 第3節 の例2で見たド・ラーム複体で定数層の層係数コホモロジーが計算できる理由である.

上の命題によってf!の右導来函手Rf!:D+(kX)D+(kY)が存在します.FD+(kX)に対して,c-柔軟層からなる下に有界な複体FK+(kX)FqisFとなるものを取ってRf!F=f!Fと計算できます.fはc-柔軟層をc-柔軟層に送るので,導来函手の合成についての命題( 第9節 の命題9)から次が得られます.

合成の導来固有順像は導来固有順像の合成

f:XY,g:YZを連続写像とすると,FD+(kX)に対して自然にR(gf)!FRg!Rf!Fが成り立つ.

固有基底変換も次のように導来函手に拡張されます.

固有基底変換

位相空間のファイバー積の図式
XfgYgXfY
FD+(kX)に対して,自然な同形
g1Rf!FRf!g1FD+(kY)
が成り立つ.

特にf:XYFD+(kX)に対して,任意のyYについて(Rf!F)yRΓc(f1(y);F|f1(y))が成り立つことに注意しましょう.

次は射影公式 (projection formula) と呼ばれ,いろいろなところで役立つ同形です.

射影公式

f:XYを連続写像,FD+(kX),GD+(kY)とする.このとき,同形
Rf!FLGRf!(FLf1G)
が成り立つ.(kは有限な弱大域次元を持つと仮定していたことに注意する.)

概略

まずSMod(kX)k上平坦な加群Mに対して,同形Γc(X;S)kMΓc(X;FMX)が成り立つことが示せる.特に,Sがc-柔軟ならSkMXもc-柔軟である.ゆえにHMod(kY)k上平坦な層ならば,茎を考えることにより()f1HX上のc-柔軟層を任意のファイバーf1(y)に制限したときにc-柔軟となる層に送る.任意のファイバーf1(y)に制限したときにc-柔軟となる層のなすMod(kX)の充満部分圏はf!-入射的であるから,命題を示すにはGk上平坦な層からなる複体として茎の同形を見ればよい.

さてテンソル積とsheaf Hom・逆像と順像は導来圏でも随伴になっていたのでした.しかし,固有順像には相方がいなくて悲しくなってしまいます.これはアーベル圏では存在しないと以前説明しましたが,マイルドな仮定のもとで導来した固有順像Rf!:D+(kX)D+(kY)には右随伴f!:D+(kY)D+(kX)が存在します!これが上付きびっくりというものなのです!これは次節でゆっくり説明します.

その他の演算

さて上の五つの演算の他にも役立つ演算があったのでした.その導来函手について少しだけ説明します.

台の切り落としと相対コホモロジー

ZXの局所閉部分集合としたとき,台の切り落とし函手()Z:Mod(kX)Mod(kX)は完全だったので,導来圏の函手()Z:D(kX)D(kX) (=,+,,b)を誘導します.複体の短完全列が導来圏における完全三角を与えること( 第9節 の補題5)と台の切り落としに付随する完全列( 第5節 の命題1)から次が得られます.(i)は切除,(ii)と(iii)はMayer-Vietorisに対応します.

台の切り落としに付随する完全三角

FD+(kX)とする.
(i) ZXの閉部分集合とすると,完全三角
FXZFFZFXZ[1]
が存在する.
(ii) Z1,Z2Xの二つの閉部分集合とすると,完全三角
FZ1Z2FZ1FZ2FZ1Z2FZ1Z2[1]
が存在する.
(iii) U1,U2Xの二つの開部分集合とすると,完全三角
FU1U2FU1FU2FU1U2FU1U2[1]
が存在する.

次に相対コホモロジーについて考えましょう.Mod(k)函手ΓZ:Mod(kX)Mod(kX)の右導来函手RΓZ:D+(kX)D+(kX)が考えられます.FD+(kX)に対して入射的層からなる複体IFqisIとなるものを取って,RGZ(F)=ΓZ(I)と計算されるわけです.入射的層は脆弱であること・脆弱層に対する相対コホモロジーの完全列( 第8節 の補題3)・複体の短完全列が導来圏における完全三角を与えること( 第9節 の補題5)から次も得られます.ここでもやはり(i)は切除,(ii)と(iii)はMayer-Vietorisに対応します.

相対コホモロジーの完全三角

FD+(kX)とする.
(i) ZXの局所閉部分集合,ZZの閉部分集合とすると,完全三角
RΓZ(F)RΓZ(F)RΓZZ(F)RΓZ(F)[1]
が存在する.
(ii) Z1,Z2Xの二つの閉部分集合とすると,完全三角
RΓZ1Z2(F)RΓZ1(F)RΓZ2(F)RΓZ1Z2(F)RΓZ1Z2(F)[1]
が存在する.
(iii) U1,U2Xの二つの開部分集合とすると,完全三角
RΓU1U2(F)RΓU1(F)RΓU2(F)RΓU1U2(F)RΓU1U2(F)[1]
が存在する.

台の切り落とし函手と相対コホモロジーは導来圏でも随伴の関係です.

導来圏でも台の切り落とし函手と相対コホモロジーは随伴

ZXの局所閉部分集合とする.このとき,F,GD+(kX)に対して,自然な同形
RHom(FZ,G)RHom(F,RΓZ(G))
が成り立つ.

Gを入射的層からなる複体として示せばよいが,アーベル圏での随伴からΓZは入射的層を入射的層にうつすので結果が従う.

層の合成演算

ここでいろいろな場面で役立つ層の意味での積分変換を導入しておきましょう.そのために,ちょっと函数の積分変換を思い出してみます.Y上の函数g(y)X×Y上の核函数k(x,y)による積分変換は可積分性などを無視すると,
Yk(x,y)g(y)dy
と定義されたのでした.よく考えるとこれは

  1. Y上の函数g(y)Yの成分のみに依存するX×Y上の函数とみなす.
  2. X×Y上の函数k(x,y)をかける.
  3. Y成分で積分する.

という操作の組合せでできています.これを層の言葉に直していけば層の積分変換は次のように定めるのが自然です:GD+(kY)に対して

  1. Gを射影X×YYで引き戻してX×Y上の層を作る.
  2. KD+(kX×Y)をテンソルする.
  3. 射影X×YXの固有順像をとる.

実際,固有順像はファイバーに沿った積分という気分なのでした.これをもうちょっとだけ一般化して,層の意味の核の合成演算を定義します.

核の合成演算

X,Y,Zを位相空間としてqXY,qXZ,qYZをそれぞれX×Y×ZからのX×Y,X×Z,Y×Zへの射影とする:
X×Y×ZqXYqXZqYZX×YX×ZY×Z.
このとき,KXYD+(kX×Y)KYZD+(kY×Z)に対して,
KXYYKYZ:=RqXZ!(qXY1KXYLqYZ1KYZ)
と定め,KXYYKYZKXYKYZY上の合成と呼ぶ.文脈から明らかな場合はYを単にと書く.

合成演算は結合的であることがチェックできます.さっきまで考えていた積分変換はZ=ptの場合に対応します.この合成演算は次のように固有順像と逆像(とテンソル積)を特殊な場合として含んでいます.f:XYを連続写像としてΓfX×Yfのグラフとします.このとき,Γf上の定数層のゼロ拡張kΓfMod(kX×Y)に関する積分変換を考えれば,FD+(kX),GD+(kY)に対して
Rf!FFkΓf,f1GkΓfG
となることが分かります.何かと便利な合成演算は新しい層を作る際に大活躍します.

まとめ

この節では

  • 層の導来圏
  • 層に対する演算を導来圏の間の函手としてみること
  • 導来圏における層の演算の間の関係
  • 層の合成演算(積分変換)

について説明しました.

参考文献

[1]
Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Sheaves on Manifolds, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften, Springer, 1990
[2]
Birger Iversen(著),前田博信(訳), 層のコホモロジー, 丸善出版, 1995
[3]
廣中平祐(講義),森重文(記録), 代数幾何学, 京都大学学術出版会, 2004
[4]
上野健爾, 代数幾何, 岩波書店, 2005
[5]
Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Categories and Sheaves, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften, Springer, 2006
[6]
Alexandru Dimca, Sheaves in Topology, Universitext, Springer, 2013
[7]
Sergei I. Gelfand and Yuri I. Manin, Methods of Homological Algebra, Springer Monographs in Mathematics, Springer, 1997
[8]
Joseph Bernstein and Valery Lunts, Equivariant Sheaves and Functors, Lecture Notes in Mathematics, Springer, 1994
[9]
Jean-Pierre Schneiders, Introduction to characteristic classes and index theory, Textos de Matemática, Faculdade de Ciências da Universidade de Lisboa, 2000
[10]
Alexander Grothendieck, Sur quelques points d'algèbre homologique, Tohoku Math. J., 1957, pp. 119--221
投稿日:2021522

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  1. 補足:Hom函手の右導来函手
  2. 層の導来圏
  3. 層の導来圏とその間の函手
  4. Homとテンソル積
  5. 順像と逆像
  6. 固有順像
  7. その他の演算
  8. まとめ
  9. 参考文献
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