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現代数学
文献あり

上付きびっくり(Poincaré-Verdier双対性)

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この節ではいよいよGrothendieckの六演算の最後の一つである「上付きびっくり」と呼ばれる函手について説明したいと思います.まず上付きびっくりの存在について説明して,それがPoincaré双対性などを含むということを話して,最後に上付きびっくりの存在がどのように証明されるのかの概略を説明します.

上付きびっくりの存在定理の主張

さて,おさらいで見たようにテンソル積とsheaf Hom・逆像と順像は随伴になっていましたが,固有順像にはまだ随伴がいなくて寂しくて死んでしまいそうなのでした.上付きびっくりは何度か予告しているように固有順像(の右導来函手)の右随伴函手です.その存在を述べるためには固有順像に以下で説明する仮定が必要です.この節の最後までf:XYを次の仮定を満たす(局所コンパクトハウスドルフ空間の間の)連続写像,kを弱大域次元が有限な可換環とします.

仮定 固有順像函手f!:Mod(kX)Mod(kY)は有限のコホモロジー次元を持つ.すなわち,あるNZ0が存在して
Rnf!:=HnRf!0(n>N)
を満たす.

この仮定は例えばXが位相多様体の場合,もっと一般にpseudomanifoldの場合は満たされます.Xd次元の位相多様体の場合は,任意のGMod(kRd)に対してHcn(Rd;G)=0 (n>d)であってc-柔軟性が局所的な性質なので,X上の任意の層FMod(kX)は長さd以下のc-柔軟分解を持つことから示せます.実際,Rf!Fを計算するには,この長さがd以下のc-柔軟分解Fを使ってf!Fとすれば良いですが,これはdより上の部分が0だからです.

上付きびっくりの存在(Verdier双対性)

上の仮定のもとで,函手f!:D+(kY)D+(kX)であって,FD+(kX),GD+(kY)に対して自然な同形
RHomY(Rf!F,G)RHomX(F,f!G)
が成り立つものが存在する.特にf!Rf!の右随伴函手である.また,f!D+(kY)の完全三角をD+(kX)の完全三角に送る.

上の定理で存在が分かる函手f!:D+(kY)D+(kX)上付きびっくり (upper shriek) 函手とかねじれ逆像とかexceptional inverse imageとか呼びます.定理中の同形をVerdier双対性またはPoincaré-Verdier双対性と呼びます.随伴の一意性により,函手f!は一意であることに注意しましょう.特にj:UXを開部分集合の包含写像とすると,制限が右随伴となっていたのでj!=j1となります.上の随伴からFD+(kX),GD+(kY)に対して,標準的な射
Ff!Rf!F,Rf!f!GG
が存在します(随伴のunit・counit).

固有順像の連続写像に関する函手性および固有基底変換と随伴から次がすぐに分かるので述べておきます.

上付きびっくりに関する同形

(i) f:XY,g:YZを連続写像とすると,自然同値(gf)!f!g!:D+(kZ)D+(kX)が成り立つ.
(ii) 位相空間のファイバー積の図式
XfgYgXfY
に対して,自然同値f!RgRgf!:D+(kY)D+(kX)が成り立つ.

定理を認めると,テンソル積とsheaf Hom・逆像と順像・固有順像と上付きびっくりという六つの演算の間の三つの随伴関係が得られたことになります.この六つの演算をGrothendieckの六演算と呼びます.これらを組み合わせることで層を様々な形に変形して調べるというのが層理論の基本方針なのです.

上付きびっくりの何がうれしいのか?

さて,上のように随伴函手があると言われても何がうれしいのかよく分からないかもしれないので,f:XYF,Gが特殊な場合に何を意味するかを見てみましょう.ここではPoincaré双対性・Alexander双対性・Thom同形がVerdier双対性から得られることを見ます.その他に上付きびっくりがあると演算の随伴を構成できることも簡単に説明します.

Poincaré双対性

まず初めにVerdier双対性の同形からPoincaré双対性が得られることを見ます.Xを連結なd次元位相多様体として,f=aX:Xptを一点への写像,F=kX,G=kpt=kとしてみましょう.ここでMod(kpt)k上の加群のなすアーベル圏Mod(k)と同一視しました.RaX!RΓc(X;)を使って定理の同形を書いてみると
RHom(RΓc(X;kX),k)RHom(kX,aX!k)RΓ(X;aX!k)
となります.

さて,aX!kD+(kX)というのは何でしょうか?ωX:=aX!と置いて(X双対化複体と呼びます),これをちょっと計算してみましょう.Xの開部分集合Uに対してRΓ(U;ωX)RHom(kU,aX!kX)ですが,右辺にもう一度随伴の同形を用いると,これは
RHom(kU,aX!kX)RHom(RΓc(X;kU),k)RHom(RΓc(U;kU),k)
が得られます.UとしてRdと同相なものを取るとRΓc(U;kU)k[d],つまり次数dにだけ集中したkとなります( 第8節 の例2).よって,このときは最後のものはk[d]になります.Uは各点の十分小さい近傍として取れるので,これはaX!kについてHk(ωX)=0 (kd)Hd(ωX)が階数1の局所定数層になることを意味しています.言い換えるとorX:=Hd(ωX)Mod(kX)と定めると,orXX上の階数1の局所定数層でωXorX[d]となるということです.orXは前層UHom(Hcd(U;kU),k)の層化です.実はXC級多様体のとき,Xが向き付け可能ならばorXkXX上の定数層と同形になることがチェックできます.このことからorXのことをX向き付け層と呼び,同形orXkXのことをXの向き付けと呼びます.

向き付け層を使って最初の同形を書き直してみると
RHom(RΓc(X;kX),k)RΓ(X;orX)[d]
となります.おや,なんだか知っているような関係が出てきました.ここでさらにkを体として,nZに対して両辺の(n)次のコホモロジーHnを取ってみましょう.すると,ベクトル空間の複体VD+(k)に対してHnRHom(V,k)(Vn):=Hom(Vn,k)であることから,
Hcn(X;kX)Hdn(X;orX)
が得られます.特にXがコンパクト向き付け可能ならHn(X;kX)Hdn(X;kX)となります.したがって,上の同形は一般の多様体に対するPoincaré双対性を意味しています!見直してみるとVerdier双対性の一般論を先に得ておけば,局所的に計算できる層の利点を生かしてaX!kを局所的に計算して向き付け層を得て,それを随伴に放り込んでやることでPoincaré双対性を導出できるという仕組みになっていました.また,こう見るとVerdier双対性はPoincaré双対性を射f:XYに相対的にしたものと考えることもできます.

普通のPoincaré双対性はペアリングを使っても理解できましたが,それはVerdier双対性から得たやり方からも可能です.上でも見たidωXHomD+(kX)(ωX,ωX)の随伴の同形よる像を
X:RΓc(X;ωX)=RaX!aX!kk
と書いて積分射と呼びます.これはRΓc(X;orX)[d]kのことなので,0次コホモロジーに誘導される唯一非自明な射Hcd(X;orX)kXと書くことにしましょう.XC級多様体でk=Rまたはk=Cのときは,この射は微分形式を使って定義される積分の写像X:Hcd(X;orX)k0でない定数を除いて一致することが示せます.さて,GD+(kX)に対して,同形RHom(kX,G)RΓ(X;G)でコホモロジーを取ればHomD+(kX)(kX,G[n])となることが分かります.つまりコホモロジー類は導来圏の射ともみなせるのです!こう考えれば,上で考えた随伴の同形は
Hdn(X;orX)HomD+(kX)(kX,ω[n])HomD+(k)(RΓc(X;kX),k[n])Hcn(X;kX),αXα
となっています.ここでαが誘導する射Hcn(X;kX)Hcn(X;orX[dn])Hcd(X;orX)αと書いてしまいましたが,これは実はカップ積α()とみなすことができます(次節で説明します).すると,最終的にはペアリング
Hdn(X;orX)×Hcn(X;kX)Hcd(X;orX)Xk
が非退化であって,同形
Hdn(X;orX)Hcn(X;kX),αXα()
を誘導しているということも分かります.

Alexander双対性

次にAlexander双対性も得られることをさっと見ましょう.Xを連結なd次元位相多様体でZXの閉部分集合,f=aX:Xptを一点への写像,F=kZ,G=kpt=kとしてみましょう.すると,随伴の同形をそのまま書いてみると
RHom(RΓc(X;kZ),k)RHom(kZ,ωX)RΓZ(X;ωX)
となります.RΓc(Z;kZ)RΓc(Z;kZ)であることとPoincaré双対性のところで見たωorX[d]を使うと,この同形は
RHom(RΓc(Z;kZ),k)RΓZ(X;orX)[d]
になります.kが体のときは,nZに対して(n)次コホモロジーを取れば
Hcn(Z;kZ)HZdn(X;orX)
というAlexander双対性が得られました.ここでHZk(X;orX)=HkRΓZ(X;orX)は相対コホモロジーで,Xが向き付け可能のときは通常のトポロジーの記号で書けばHk(X,XZ)のことです.

Thom同形

Thom同形もVerdier双対性の一部として捉えられることも説明しましょう.π:EXを階数rの実ベクトル束とします.Verdier双対性でf=i:XEをゼロ切断,F=kX,G=kEとして同形を書き下してみると
RHom(i!kX,kE)RHom(kX,i!kE)RΓ(X;i!kE)
となります.左辺はRΓX(E;kE)と同形になるのでした.右辺についてですが,ωX/E:=i!kEと置いて双対化複体のときの議論と同様に考えると,Xの開部分集合Uに対してRΓ(U;ωX/E)RΓU(π1(U);kπ1(U))となります.ここで完全三角を考えるとRΓ{0}(Rr;kRr)k[r]となることが分かるので,茎を考えることでHn(ωX/E)=0 (nr)Hr(ωX/E)は階数1の局所定数層になることが分かります.つまりorX/E:=Hr(ωX/E)とすれば,orX/EX上の階数1の局所定数層でωX/EorX/E[r]となるということです.実はベクトル束Eが向き付け可能ならばorX/EkXと定数層と同形になることがチェックできます.このことからorX/E相対向き付け層とも呼んだりします.これを戻してあげると
RΓX(E;kE)RΓ(X;orX/E)[r]
となるので,nZに対して(n+r)次のコホモロジーを取れば
HXn+r(E;kE)Hn(X;orX/E)
が得られます.これはThom同形というものです.実際,通常のトポロジーの記号で書けば左辺はHn+r(E,EX)のことです.

層の積分変換の随伴

上付きびっくりを使うと層の積分変換の右随伴を具体的に書けることも見ておきましょう.X,Yをコホモロジー次元が有限な位相空間とします.このとき,核KD+(kX×Y)によるFD+(kY)の積分変換はRqX!(KLqY1F)D+(kX)と定義されたのでした.ここでqX:X×YX,qY:X×YYはそれぞれ射影です.この操作は逆像・テンソル積・固有順像の組合せでできており,それぞれ順像・sheaf Hom・上付きびっくりの左随伴函手になることが分かったのでした.ゆえに一つずつ随伴で右にうつしてやることで
HomD+(kX)(RqX!(KLqY1F),G)HomD+(kX×Y)(KLqY1F,qX!G)HomD+(kX×Y)(q1F,RHom(K,qX!G))HomD+(kY)(F,RqYRHom(K,qX!G))
が得られます.つまり,RqYRHom(K,qX!())として積分変換の右随伴が具体的に書けました.このように随伴を具体的な層の演算の組合せで書いておくことで,操作を施した後の層についての様々な情報を得ることが出来るのです.

上付きびっくりの構成

それでは上付きびっくりの存在はどうやって示すのでしょうか?ここではその概略を説明したいと思います.

存在したらどのような形か?なぜ導来圏に行かないと作れないのか?

まずf!Gが存在すればその切断がどのようになるかを見て,なぜ導来圏に行かないとf!が作れないのかについて説明します.まず仮に導来圏に行かずに層のアーベル圏の間の函手f!:Mod(kY)Mod(kX)が存在して,FMod(kX),GMod(kY)に対して自然な同形
HomY(f!F,G)HomX(F,f!G)
が成り立ったとしましょう(一般には正しくありません).するとPoincaré双対性のところでωXの切断を計算したのと同じように,Xの開部分集合Uに対してF=kUMod(kX)とすれば
HomY(f!kU,G)HomX(kU,f!G)Γ(U;f!G)
が得られます.ということはf!Gは必然的にUHomY(f!kU,G)と定めないといけないということです!問題は一般にはこの対応が層にならないということなのです.実はあとの構成の概略を見る際に分かるのですが,層にならない原因は固有順像函手f!が完全ではないからなのです.実際,f!が完全になる状況であるfが局所閉集合の埋め込みi:XYのときは,導来圏に行かなくてもf!G=i1ΓZと作れます(上の対応をよく見れば分かります).

こうして構成に詰まったわけですが,函手が完全にならなくて困るという問題にはあるところで既に遭遇していました.それは函手を導来圏の間の函手に持ち上げるところです.導来函手を作る際のアイデアは,函手が完全にふるまうような良い部分圏の対象からなる複体に取り換えて函手を適用するというものでした.今回もそれを行えばよいのです!つまりf!が完全にふるまう部分圏の対象からなる複体Kで定数層kXを取り換えてやって,UHomY(f!KU,G)のようなものを考えればよいわけです.この「取り換える」という操作は複体Kに擬同形でつながるということなので,導来圏で話を進めないといけないという仕組みになっています.

構成の概略

さて,上で方針は説明したので構成をどのようにやるかの流れをざっと説明しましょう.まずf!が完全にふるまう部分圏を考える必要があります.c-柔軟層のなす部分圏はこれを満たしていましたが( 第10節 の命題9),ファイバーごとに考えることにして少し条件を緩めます.

f-柔軟

FMod(kX)f-柔軟であるとは,任意のyYに対してF|f1(y)がc-柔軟であることをいう.

第10節 の命題8からc-柔軟な層の制限はc-柔軟なので,X上のc-柔軟層はf-柔軟です.固有順像の茎はファイバーのコンパクト台切断(f!F)yΓc(f1(y);F)だったので,c-柔軟層の性質から,0FFF0Mod(kX)の完全列でFf-柔軟ならば0f!Ff!Ff!F0は完全であることが分かります.いまRnf!=0 (n>N)と仮定していたので,Mod(kX)の完全列
F0F1FN1FN0
に対して,F0,F1,,FN1f-柔軟ならFNf-柔軟であることがチェックできます.実際,これは「Ff-柔軟任意のXの開部分集合Uに対してRnf!FU0 (n0)」と完全列を短完全列に分解してdimension shiftingの議論を行うことで示せます.これを使うと定数層ZXを有限長さの良い層で分解することができます.

定数層の平坦かつf-柔軟な分解

定数層ZXMod(ZX)Mod(ZX)の対象による分解
0ZXK0K1KN0
であって,各KnZ上平坦かつf-柔軟なものが存在する.

概略

第3節 で定義したZXの標準脆弱分解0ZXC0(ZX)C1(ZX)を考える.各Cn(Z)は脆弱なのでc-柔軟,特にf-柔軟である.しかも,茎を考えればZ上平坦であることも分かる.Kn:=Cn(ZX) (n=0,,N1)としてKN:=Coker(KN2KN1)とする.すると上で見たことからKNf-柔軟であり,茎を考えればZ上平坦でもある.

このように得られた複体0K0K1KN1KN0KKb(ZX)と書くことにしましょう.つまりZqisKとなっているということです.さて,FD+(kX)に対してRf!FKを使ってf!(FK)と計算することができます.実際,f-柔軟な層のなすMod(kX)の部分圏はf!-入射的であって,次が成り立つからです.

f-柔軟な層の性質

LMod(kX)Z上平坦なf-柔軟な層とする.
(i) 任意のFMod(kX)に対して,FZLf-柔軟である.
(ii) 函手Ff!(FZL)は完全である.

GMod(kY)Xの開部分集合Uに対して
f!(L,G)(U):=HomY(f!(kUZL),G)
と定める.
(iii) f!(L,G)X上の層である.
(iv) FMod(kX),GMod(kY)に対して,自然な同形
HomY(f!(FZL),G)HomX(F,f!(L,G))
が成り立つ.特にGが入射的層ならばf!(L,G)も入射的層である.

概略

(i)は結構テクニカルで, 第10節 の補題2で平坦層からの全射を作る際にX開部分集合Uiたちを使ってiZUiの形の層からの全射を構成した.よって各項がこの形のFの分解が取れることが分かりZUiZLf-柔軟なので上の方で見たように長さNまで考えれば結論が得られる.(ii)は(i)から従う.

(iii)が一番重要なところである.f!(L,G)が前層であることはよい.任意のXの開部分集合Uとその開被覆{Ui}iを取る.すると,層の列
i,jkUiUjikUikU0
は完全である.ここで一つ目の射は第1成分への包含からは正・第2成分への包含からは負の符号を付ける.ここに完全函手f!(()ZL)を施すと,完全列
i,jf!(kUiUjZL)if!(kUiZL)f!(kUZL)0
が得られる.ここがf!が完全でない場合,f!を施すだけだと完全性を保たないので成り立たない部分である.この完全列に左完全函手HomY(,G)を施すと,完全列
0HomY(f!(kUZL),G)HomY(if!(kUiZL),G)HomY(i,jf!(kUiUjZL),G)
が得られるが,これは完全列
0f!(L,G)(U)if!(L,G)(Ui)i,jf!(L,G)(UiUj)
のことであり,これはf!(L,G)が層であることを意味している.
(iv)もGGG0なる完全列でG,GkVVYの開部分集合)の直和の形となるものが取れることと五項補題から証明できる.実際,GkVの直和に対しては同形がすぐに分かるからである.詳細は省略する.

さて最後のパートを説明します.IXで入射的層のなすMod(kX)の充満部分圏をあらわすと,圏同値K+(IX)D+(kX)が成り立つのでした.GK+(IY)Xの開部分集合Uに対して,
fK!G(U):=HomX(f!(kUK),G)
と定めます.ここでHom 第10節 で導来函手を作る際に用いた二重複体を単化して作る複体でした.ゆえにfK!G(U)n=jZf!(Kj,Gn+j)です.上の命題から各項は入射的層なのでfK!GK+(IX)を定めることが分かります.しかも,上の命題を使って符号の計算を頑張れば
HomY(f!(FK),G)HomX(F,fK!G)
が得られます.上で見たようにD+(kY)においてRf!Ff!(FK)だったので,これはRHom(Rf!F,G)RHom(F,fK!G)を意味します.こうして函手fK!:D+(kY)K+(IY)K+(IX)D+(kX)が条件を満たすことが分かりました.

表現可能性からの証明

(i) Gelfand-Maninなどでは次の主張を使って層f!(L,G)を得ている.

函手T:Mod(kX)Mod(k)opが表現可能であることと,TMod(kX)の帰納極限をMod(k)の射影極限に送ることは同値である.

FHom(f!F,G)f!が完全でないのでそのままでは後者の条件を満たさず,平坦かつf-柔軟なLを用いてFHom(f!(FL),G)を考える必要がある.

(ii) 固有順像の右導来函手をRf!:D(kX)D(kY)と非有界導来圏に拡張しておけば,Rf!が直和を直和にうつすこととBrownの表現定理から右随伴f!D(kY)D(kX)の存在が示せる.(著者は詳しくないのでこれ以上述べない.)

上の構成でHomHomに置き換えることで次も得られています.

Verdier双対性の局所的な形

FDb(k),GD+(kY)に対して,D+(kY)における自然な同形
RHomY(Rf!F,G)RfRHomX(F,f!G)
が成り立つ.

これ以降は数学的に意味のある主張を含みませんが,構成における定数層ZXの分解Kが何なのかの私見を述べたいと思います.解析学ではしばしばδ関数δ(x)を軟化子ρε(x)で近似して様々なことを証明したりしました.軟化子ρε(x)は普通はC級関数のクラスに属していて,ε0ρε(x)δ(x)と収束するのでした.δ(x)は畳み込みに関する単位元になっているので,これでもって勝手な関数fに対して
ρεfδf=f(ε0)
C級関数による近似ができるのでした.つまり軟化子を畳み込みすることで勝手な関数の良い関数クラスによる近似を一度に得られるわけです.上付きびっくりの構成におけるKの働きはこれによく似ています.すなわち,テンソル積の単位元である定数層ZXをある意味で軟化して分解ZXqisKを得ておくと,勝手なFD+(kX)に対して擬同形
FFZZXqisFK
が得られます.こうして定数層の分解Kを取っておけば,これをテンソルすることで勝手な層の複体から良いクラスの層の複体への擬同形が一度に得られるわけです.関数ではε0での収束として処理したところが,層の複体では擬同形になって導来圏では同形として処理したとみなせます.この軟化のさせ方Kに依存して上付きびっくりを構成したというのが上の証明なのです.

上付きびっくりに関する性質

ここでは上付きびっくりの随伴を使うことで得られる様々な射や同形について説明します.上付きびっくりは固有順像の右随伴なので,随伴でうつして固有順像のいろいろな性質を使うことができます.特に固有順像には固有基底変換と射影公式という二つの性質がありました( 第10節 の命題11と命題12).これら二つがどのように使われるかを見ながら重要さを見ていきたいと思います.

一つ目は上付きびっくりとsheaf Homの関係です.sheaf Homに上付きびっくりを施すと,前の方には逆像で後ろの方には上付きびっくりで入ります.

sheaf Homに上付きびっくりを施す

F,GD+(kY)に対して,同形
f!RHomY(F,G)RHomX(f1F,f!G)
が成立する.

任意のHD+(kX)に対して,随伴を繰り返し用いることで
HomX(H,f!RHomY(F,G))HomY(Rf!H,RHomY(F,G))HomY(Rf!HLF,G)HomY(Rf!(HLf1F),G)HomX(HLf1F,f!G)HomX(H,RHomX(f1F,f!G))
が得られる.ここで三つ目の同形には射影公式( 第10節 の命題12)を用いた.よって,米田の補題から結論が得られる.

上の同形は特に次のように使われることが多いです.q1,q2X×Xからの第1射影・第2射影としてδ:XX×Xを対角集合への埋め込みとします.すると,F,GD+(kX)に対して
δ!RHomX×X(q21G,q1!F)RHomX(G,F)
が成り立ちます.Homの前の方に第2射影q2が後ろの方に第1射影q1がいて気持ちが悪く感じるかもしれませんが,これはあとでX×Xの対角集合Δを第1射影でXと同一視するときに整合性を保つためなので我慢しましょう.

次は直積上のsheaf Homを(コンパクト台)大域切断であらわす式です.

大域切断の間のHomと直積上のsheaf Hom

Yが有限なc-柔軟次元を持つ,すなわち,あるNZ0が存在して任意のFMod(kY)に対して,Hn(X;F)=0 (n>N)を満たすと仮定する.q1:X×YX,q2:X×YYをそれぞれX,Yへの射影とすると,FD+(kX),GD+(kY)に対して,同形
RΓ(X×Y;RHom(q21G,q1!F))RHom(RΓc(Y;G),RΓ(X;F))
が成り立つ.

位相空間のファイバー積の図式
X×Yq1q2XaXYaYpt
を考えて,随伴と固有基底変換( 第10節 の命題11)を用いれば
RΓ(X×Y;RHom(q21G,q1!F))RaXRq1RHomX×Y(q21G,q1!F)RaXRHomX(Rq1!q21G,F)RaXRHomX(aX1RaY!G,F)RHom(RaY!G,RaXF)
が得られる.

逆像と上付きびっくりはどちらもD+(kY)D+(kX)という函手でした.これらの間には次のように射があります.

上付きびっくりと逆像に関わる射

D+(kY)×D+(kY)からD+(kX)への函手の間の自然な射
f!()Lf1()f!(L)
が存在する.

G1,G2D+(kY)に対して,随伴と射影公式を用いると,同形
HomX(f!G1Lf1G2,f!(G1LG2))HomY(Rf!(f!G1Lf1G2),G1LG2)HomY(Rf!f!G1LG2,G1LG2)
が得られる.ゆえに標準的な射Rf!f!G1G1から得られる射Rf!f!G1LG2G1LG2に対応する射f!G1Lf1G2f!(G1LG2)が存在する.

上で特にG1=kYと定数層を考えれば,GD+(kY)に対して自然な射
f!kYLf1Gf!G
が得られます.左辺は定数層の上付きびっくりと逆像に分解できているので,もしこの射が同形なら上付きびっくりの計算が簡単そうです.同形になる十分条件を考えてみましょう.その前に定数層の上付きびっくりはよく出てくるので記号を準備しておきます.

双対化複体

ωf:=f!kYD+(kX)と定め,これをfに関する相対双対化複体と呼ぶ.Y=pt,すなわちf=aX:Xptのときは,ωXと書き,X双対化複体と呼ぶ.

相対双対化複体の記号

Kashiwara-Schapiraでは相対双対化fを明記せずにωX/Yと書いていたが,ここではBernstein-Luntsなどを参考に改めて,ωX/YXYの部分空間の場合にのみ用いることにする.

双対化複体については上で様々な双対性の例を見た際に既に出てきていました.随伴によりFD+(kX)に対して
RΓ(X;RHom(F,ωX))RHom(F,ωX)RHom(RΓc(X;F),k)
が成り立ちます.このようにしてRHom(F,ωX)の大域切断で(コンパクト台のずれはあるにしても)双対をあらわせるのでうれしいわけです.このRHom(F,ωX)のことをFVerdier双対と呼びます.Verdier双対は構成可能層 (constructible sheaf) や偏屈層 (perverse sheaf) の理論で重要な役割を果たします.

さて話を戻して,射f!kYLf1Gf!Gが同形になるfに関する十分条件を考えましょう.

位相的沈めこみ

任意のxXに対して,あるX内のxの開近傍Uであって次の二条件を満たすものが存在するとき,f:XYをファイバー次元がl位相的沈めこみと呼ぶ:
(1) V=f(U)Yの開部分集合である.
(2) ある同相写像h:V×RlUが存在して,q:V×RlVを射影としたときにf|Uh=qを満たす:
Uf|UVV×Rl.hq

例えばf:XYC級多様体の間の射であって,沈めこみの場合は位相的沈めこみになります.

位相的沈めこみに関しては上付きびっくりはほぼ逆像

f:XYがファイバー次元がlの位相的沈めこみであると仮定する.
(i) Hn(ωf)=0 (nl)でありHl(ωf)X上の階数1の局所定数層である.
(ii) 任意のGD+(kY)に対して,標準的な射ωff1Gf!Gは同形である.

(ii)でLと書かずにと書いたのはωfが平坦層からなる複体で,導来する(擬同形で取り換える)必要がないからです.

概略

Y=ptの場合は実は上のPoincaré双対性でωXを計算したときに示した.一般の場合は局所的な話なのでX=Y×Rlfは射影としてよい.p:XRlを射影とすると固有基底変換を考えることにより射p1ωRlf!kYが存在する.ゆえに任意のGD+(kY)に対して,射の合成
p1ωRlf1Gf!kYf1Gf!G
を考えられる.これが同形であることはXの開部分集合UおよびRlと同相なRlの開部分集合Vを取ってU×V上の切断を考えることで示せる.

上の命題では任意のGD+(kY)に対して,射ωff1Gf!Gが同形になるfの条件を与えました.しかし,この射が同形になる条件がGに応じて分かっていると便利だと思いませんか?実は一般に射ωff1Gf!Gが同形になる十分条件を記述するのが層のマイクロ台という概念なのです.マイクロ台は層の特異性を記述する余接束内の部分集合であって,マイクロ台と多様体の射fの関係によって上記の射が同形になる十分条件を記述することができます.これはまたの機会に説明します.

次は大事ですが,若干テクニカルなので認めて飛ばすこともできます.上付きびっくりの応用として位相多様体上の層のアーベル圏の大域次元の上限を与えましょう.ここで,十分多くの入射的対象を持つアーベル圏A大域(ホモロジー)次元n以下であるとは,任意の対象AAに対して長さn以下の入射分解が取れることを言います.これは任意のA,BAに対してHomD(A)(A,B[k])=0 (k>n)となることと同値です.k加群のなすアーベル圏Mod(k)の大域次元をgld(k)と書いてkの大域次元と呼びます.kの弱大域次元はgld(k)以下になります.

位相多様体上の層のアーベル圏のホモロジー次元の上限

Xd次元の位相多様体とする.このとき,アーベル圏Mod(kX)のホモロジー次元は3d+gld(k)+1以下である.

概略

F,GMod(kX)として
HomD(kX)(G,F[k])=0(k>3d+gld(k)+1)
を示す.δ:XX×Xを対角集合Δへの埋め込みとするとδ!δ1RΓΔであるから
RΓΔ(X×X;RHom(q21G,q1!F))RΓ(X;δ!RHom(q21G,q1!F))RΓ(X;RHom(G,F))RHom(G,F)
が得られる.さらに,Xの開部分集合U,Vに対して
HkRΓ(U×V;RHom(q21G,q1!F))HomD(k)(RΓc(U;G),RΓ(V;F)[k])
も分かる.RΓ(V;F)d次以上が0となる複体なので,入射分解Iとしてはさらにgld(k)増やした長さd+gld(k)以下で取ることができる.すると
HomD(k)(RΓc(U;G),RΓ(V;F)[k])HomK(k)(RΓ(U;G),I[k])
だが,RΓc(U;G)[0,n]のみ非ゼロでI[0,d+gld(k)]のみ非ゼロなのでk>d+gld(k)でこれは消滅する.結局
HkRHom(q21G,q1!F)=0(k>d+gld(k))
である.X×X2d次元なので,任意のMod(kX×X)の対象は長さ2d+1以下の脆弱分解を取ることができる.このことから,RHom(q21G,q1!F)=0は長さ3d+gld(k)+1以下の脆弱分解が取れることが分かる.この脆弱分解でRΓΔ(X×X;RHom(q21G,q1!F))は計算できるので結論が従う.

この証明でやったようにδ!RHom(q21G,q1!F)RHom(G,F)を使ってXの上のsheaf HomをX×Xに持ち上げて議論するとうれしいことがよくあり頻繁にこの議論は登場します.Verdier双対性を使ってsheaf Homの切断をD(k)の間の射に変換して消滅を示す議論も面白いところです.

上の命題の重要な帰結は,Xが位相的多様体の場合,任意の有界導来圏の対象FDb(kX)は入射的層からなる有界な複体と擬同形になるということです.これより位相的多様体の間の層の演算は有界導来圏の間の函手に制限されることが分かります.

多様体の間の層の演算は有界導来圏に制限される

kを有限な大域次元を持つ可換環とするとき,Grothendieckの六演算は位相多様体上の層の有界導来圏に制限される.すなわち,f:XYを位相多様体の射とするとき,
RHom:Db(kX)op×Db(kX)Db(kX)L:Db(kX)×Db(kX)Db(kX)Rf:Db(kX)Db(kY)f1:Db(kY)Db(kX)Rf!:Db(kX)Db(kY)f!:Db(kY)Db(kX)
が誘導される.

したがって,位相多様体上の層理論を考える際には有界導来圏だけで話をすることができます.

まとめ

この節では

  • 上付きびっくりの存在の主張
  • Verdier双対性がPoincaré双対性・Alexander双対性・Thom同形など様々な主張を導くこと
  • 上付きびっくりの構成の概略
  • 上付きびっくりの性質

について説明しました.

参考文献

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Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Sheaves on Manifolds, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften, Springer, 1990
[2]
Birger Iversen(著),前田博信(訳), 層のコホモロジー, 丸善出版, 1995
[3]
廣中平祐(講義),森重文(記録), 代数幾何学, 京都大学学術出版会, 2004
[4]
上野健爾, 代数幾何, 岩波書店, 2005
[5]
Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Categories and Sheaves, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften, Springer, 2006
[6]
Alexandru Dimca, Sheaves in Topology, Universitext, Springer, 2013
[7]
Sergei I. Gelfand and Yuri I. Manin, Methods of Homological Algebra, Springer Monographs in Mathematics, Springer, 1997
[8]
Joseph Bernstein and Valery Lunts, Equivariant Sheaves and Functors, Lecture Notes in Mathematics, Springer, 1994
[9]
Jean-Pierre Schneiders, Introduction to characteristic classes and index theory, Textos de Matemática, Faculdade de Ciências da Universidade de Lisboa, 2000
[10]
Alexander Grothendieck, Sur quelques points d'algèbre homologique, Tohoku Math. J., 1957, pp. 119--221
投稿日:2021522

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  1. 上付きびっくりの存在定理の主張
  2. 上付きびっくりの何がうれしいのか?
  3. Poincaré双対性
  4. Alexander双対性
  5. Thom同形
  6. 層の積分変換の随伴
  7. 上付きびっくりの構成
  8. 存在したらどのような形か?なぜ導来圏に行かないと作れないのか?
  9. 構成の概略
  10. 上付きびっくりに関する性質
  11. まとめ
  12. 参考文献
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