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現代数学
文献あり

層の導来圏とホモロジー・特性類

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この節では,ホモロジーと関連する演算・特性類を層の導来圏から見るとどうなるかについて簡単に説明します.

話し忘れていてこの節で使うものについて説明します.
一つ目はコホモロジー類の引き戻しについてです.f:YXを連続写像としてGD+(kX)とすると,随伴から標準的な射GRff1Gが定まりました.ここに大域切断RΓ(X;)を施してn次のコホモロジーをとると,射f:Hn(X;G)Hn(Y;f1G)が得られます.特に,G=kXのときは,これはコホモロジー類の引き戻し
f:Hn(X;kX)Hn(Y;kY)
のことです.
二つ目は定数層のコホモロジーのホモトピー普遍性です.h:Y×[0,1]Xを連続写像としてf0:=h(,0),f1:=h(,1):YXとしたとき,上で定義した引き戻しの射に関して
f0=f1:Hn(X;kX)Hn(Y;kY)
が成り立つことが層理論だけで示せます.特に,ホモトピー同値な二つの空間の定数層コホモロジーは同形になります.ここでは証明は述べませんが,より一般の主張も含めた証明はSheaves on Manifoldsの命題2.7.5を参照してください.

この節では定数層のコホモロジーがたくさん出てくるので記号を簡単にするために,定数層のコホモロジーHn(X;kX)をしばしば単にHn(X;k)と書くことにします.相対コホモロジーについても同様の記法を使います.

Borel-Mooreホモロジー・カップ積・キャップ積

ここではホモロジーを層の導来圏を用いて解釈することについて説明します.

Borel-Mooreホモロジー

層理論ではコホモロジーが自然に現れるというのをこれまで見てきましたが,Poincaré双対性は普通はホモロジーとコホモロジーの間の双対性として主張されていました.そこで層理論からもホモロジーを作れないかという疑問が出てきます.これはかなりずるいですが,双対化複体をつかって「余コホモロジー」を考えることでできます.以降,全ての空間は有限のコホモロジー次元を持つと仮定します.

Borel-Mooreホモロジー

nZに対して,
HnBM(X;k):=HnRΓ(X;ωX)
と定めて,n次のBorel-Mooreホモロジーと呼ぶ.誤解がないときは単にHn(X;k)と書く.

Borel-Mooreホモロジーは以下のように固有写像に関して函手的になります.f:XYを連続写像とすると,標準的な射Rf!ωXRf!f!ωYωYが定まります.fが固有写像ならばf!=fなので,これは射
RΓ(X;ωX)RΓ(Y;ω)
を引き起こし,結果としてBorel-Mooreホモロジーの間の射
f:Hn(X;k)Hn(Y;k)
を誘導します.二つの固有写像f:XY,g:YZに対して,(gf)=gfが成り立つこともチェックできます.

通常のホモロジーとの関わり

コンパクト空間に対してはBorel-Mooreホモロジーと通常のホモロジーは一致する.また,さらに追加の条件のもとでBorel-Mooreホモロジーは局所有限なチェインから定まるホモロジーと同形である.

カップ積

次に 第11節 のPoincaré双対性のところでも出てきたカップ積を層の導来圏で解釈するという話を説明します.以前も見たようにFD+(kX)に対してRΓ(X;F)RHom(kX,F)なので,n次のコホモロジーを取れば
Hn(X;F)HomD+(kX)(kX,F[n])
とコホモロジーを導来圏における射の集合として書くことができます.右辺はαα[n]の対応でHomD+(k)(kX[n],F)とも同形であることに注意しましょう.特にF=kXと定数層を取ればHn(X;kX)HomD+(kX)(kX,kX[n])が得られます.

さて,F,GD+(k)として,αHj(X;F),βHk(X;G)をコホモロジー類とします.上で見たようにこれらは導来圏D+(kX)の射
α:kXF[j],β:kXG[k]
とみなすことができます.これらのテンソル積を考えてkXLkXkXを用いると,射
αLβ:kX(FLG)[j+k]
が得られます.これをもう一度コホモロジーに戻して考えるとHj+k(X;FLG)の元が得られています.この対応をカップ積だとみなそうというのです.

カップ積

F,GD+(k)とする.コホモロジー類αHj(X;F),βHk(X;G)に対して,上の対応で定まるコホモロジー類をαβHj+k(X;FLG)と書き,αβカップ積と呼ぶ.

標準的な同形FLGGLFを通して,αHj(X;F),βHk(X;G)に対して
αβ=(1)jkβα
が成り立つことがチェックできます(複体のテンソル積の符号を真面目に計算してみてください).カップ積は相対コホモロジーにも拡張されます.すなわち,Z,WXの局所閉部分集合としたとき,kZLkWkZWを使えば
HZj(X;F)×HWk(X;G)HZWj+k(X;FLG), (α,β)αβ
が定まることが分かります.さらに,F=G=kXと定数層の場合は,αHj(X;kX)HomD+(kX)(kX,kX[j])βHk(X;G)HomD+(kX)(kX,kX[k])のカップ積αβHj+k(X;kX)HomD+(kX)(kX,kX[j+k])は射の合成
α[k]β:kXkX[k]kX[j+k]
とも同一視されることがチェックできます.これが前節のPoincaré双対性のところで使ったものでした.

キャップ積

層の導来圏を通してカップ積を構成してホモロジーも得たので,キャップ積も層理論で作れるのではないかという期待が持てますが,もちろんそれもできます.実際のところ上のカップ積の構成でF=kX,G=ωXとすればもう作っていたのです.すなわち,ξHn(X;k)=HnRΓ(X;ωX)HomD+(kX)(kX,ω[n])なので,射のテンソル積により
HomD+(kX)(kX,ωX[n])×HomD+(kX)(kX,kX[j])HomD+(kX)(kX,ωX[jn])
が定まって,同一視により
Hn(X;k)×Hj(X;kX)Hnj(X;k)
が誘導されます.

キャップ積

ξHn(X;k),αHj(X;kX)に対して,上の対応で定まる(ξ,α)の像をξαHnj(X;k)と書き,ξαキャップ積と呼ぶ.

カップ積・キャップ積の定義とテンソル積の結合性からからξHn(X;k),αHj(X;kX),βHk(X;kX)に対して
ξ(αβ)=(ξα)β
が成り立つことが分かります.

せっかくなので多様体の向き付けとBorel-Mooreホモロジーに定まる基本類についても説明しておきます.Xd次元の位相多様体とします.上や 第11節 のPoincaré双対性のところでも見たように,Xの双対化複体ωXHk(ωX)=0 (kd)Hd(ωX)は局所的に定数層kXと同形(階数1の局所定数層)になるのでした.そこでorX:=Hd(ωX)とおいて,X向き付け層と呼びました.環k上で考えていることを強調したいときはorXkと書きます.Xの向き付けはこの層を使って定義できます.

位相多様体の向き付け

Xk-向き付けとは同形μ:kXorXkのことである.Xk-向き付けが存在するときXk-向き付け可能であるという.

Z/2Z上の階数1の局所定数層は定数層なので,位相多様体は常にZ/2Z-向き付け可能です.前節でも述べたように実はC級多様体Xが普通の意味で向き付け可能であることとZ-向き付け可能であることは同値です.

μ:kXorXXk-向き付けとすると,これはΓ(X;orX)Hom(kX,orX)の元と同一視できます.orXω[d]なので,これはさらにHomD+(kX)(kX,ω[d])Hd(X;k)の元と同一視されます.

基本類

k-向き付けμ:kXorXに対して,上のように定義されるホモロジー類を[X]Hd(X;k)と書き,Xk-向き付けμに関する基本類と呼ぶ.

向き付けの定義から次も得られます.

Poincaré双対性(ホモロジーとコホモロジーの双対性としての表現)

Xk-向き付けが与えられたd次元位相多様体として,[X]Hd(X;k)を対応する基本類とする.このとき,jZに対して基本類とのキャップ積は同形
[X]():Hj(X;kX)Hnj(X;k)
を誘導する.

この双対性を使うと次の二つが定まります.これは普通のトポロジーの議論と平行です.
(i) コホモロジー類をPoincaré双対性でホモロジー類にもっていきBorel-Mooreホモロジーの順像を施してまたコホモロジー類に双対で戻すことで,Gysin写像
f!:Hj(X;kX)Hj+dYdX(Y;kY)
が定まる.ここでdX,dYはそれぞれ向き付けられた位相多様体X,Yの次元である.すなわち,αHj(X;kX)に対してf!(α)[Y]f!(α)=f([X]α)を満たすように定める.
(ii) ホモロジー類をPoincaré双対性でコホモロジー類に持っていきキャップ積を取ってまたホモロジー類に戻すことで,交叉積
()():Hn(X;k)×Hm(X;k)Hn+md(X;k)
が定まる.

このようにして普通のトポロジーでの操作や双対性を層理論を使って解釈することができました.

Thom類とEuler類

π:EXを階数rの実ベクトル束として,i:XEをゼロ切断とします.このとき,ωX/E=i!kEr次に集中していて,向き付け層orX/E=Hr(ωX/E)は階数1の局所定数層となるのでした.このとき,Verdier双対性から
Γ(X;orX/E)HomD+(kX)(kX,ωX/E[r])HomD+(kE)(i!kX,kE[r])HXr(E;k)
となります.実ベクトル束Ek-向き付け,すなわち同形kXorX/EΓ(X;orX/E)の元とみなせます.

Thom類

π:EXk-向き付け可能な階数rの実ベクトル束として,μX/E:kXorX/EX上のk-向き付けとする.同形
Hom(kX,orX/E)Γ(X;orX/E)HXr(E;k)
によるμX/Eの像をτEHXr(E;k)と書き,向き付けμX/Eに付随するEThom類と呼ぶ.

Thom類の定義とVerdier双対性から,向き付けられた実ベクトル束に関するThom同形は次の形で与えられることが分かります.

π:EXk-向き付けが与えられた階数rのベクトル束として,向き付けに対応するThom類をτEとする.このとき,任意のnZに対して,射
Hn(X;k)HXn+r(E;k), απατE
は同形である.

さて,Thom類をゼロ切断で底空間に引き戻すことでEuler類が定義されます.

Euler類

EX上のk-向き付けが与えられたベクトル束としてi:XEをゼロ切断とする.合成射
HXr(E;k)Hr(E;k)iHr(X;k)
によるThom類τEの像をeEと書き,EEuler類と呼ぶ.

Euler類を使って底空間とベクトル束からゼロ切断を除いた空間のコホモロジーをつなぐ次のGysin完全列が得られます.ベクトル束π:EXに対して,E˚:=EXでゼロ切断を除いた空間をあらわし,π˚:=π|E˚と定めます.

Gysin完全列

EX上のk-向き付けが与えられたベクトル束とする.このとき,次の完全列が存在する:
Hnr(X;k)eEHn(X;k)π˚Hn(E˚;k)Hn+1r(X;k)eEHn+1(X;k)π˚Hn+1(E˚;k).

概略

完全三角
RΓX(E;kX)RΓ(E;k)RΓ(E˚;kE˚)RΓX(E;kX)[1]
のコホモロジーを取ると長完全列
HXn(E;k)Hn(X;k)Hn(E˚;k)HXn+1(E;k)Hn+1(X;k)Hn+1(E˚;k).
が得られる.ここで1列目と2列目を次の同形で取り替えることを考える:
π()τE:Hnr(X;k)HXn(E;k),i:Hn(E;k)Hn(X;k).
ここで,一つ目の同形はThom同形であり,二つ目の同形は定数層のホモトピー普遍性から得られる同形である.これらの同形を通してみると,合成射
Hnr(X;k)π()τEHXn(E;k)Hn(E;k)iHn(X;k)
eEと等しい.また,合成Hn(X;k)Hn(E;k)Hn(E˚;k)π˚と等しいことも分かる.

Gysin完全列の応用として複素射影空間のコホモロジーを計算してみましょう.複素ベクトル束は実ベクトル束として見て標準的なZ-向き付けを持つので,Z係数のEuler類が定まることに注意します.簡単のため,以下ではカップ積αβをしばしば省略してαβとも書いてしまいます.

複素射影空間のコホモロジー環

CPdd次元複素射影空間,UdCPd上のトートロジー的複素直線束として,e:=eUdH2(CPd;Z)をそのEuler類とする.このとき,次数付き環としての同形
H(CPd;Z)ZZeZed
が存在する.

CPd2d次元の実多様体だからn>2dに対してHn(CPd;Z)=0である.Gysin完全列を考えると,任意のnZに対して完全列
Hn1(U˚d;Z)Hn2(CPd;Z)eHn(CPd;Z)π˚Hn(U˚d;Z)
が得られる.U˚dS2d+1とホモトピー同値なので
Hn(U˚;Z){Z(n=0,2d+1)0(otherwise)
となる.完全列と合わせると,射Hn2(CPd;Z)eHn(CPd;Z)2n2dに対して同形である.さらに完全列
0=H1(CPd;Z)H1(CPd;Z)H1(U˚d;Z)=0
からH1(CPd;Z)=0であり,連結性からH0(CPd;Z)Zとなる.ゆえに,上で見たeとのカップ積が誘導する同形を考えれば結論が得られる.

実射影空間のコホモロジー環

任意の上と同様の議論で次が示せる.

RPdd次元実射影空間,UdRPd上のトートロジー的実直線束として,e:=eUdH1(RPd;Z/2Z)をそのEuler類とする.このとき,次数付き環としての同形
H(RPd;Z/2Z)Z/2ZZ/2ZeZ/2Zed
が存在する.

さて,ベクトル束の向き付けおよびEuler類に関する性質を証明なしに述べておきます.

ベクトル束とEuler類の引き戻し・直和

(i) EX上のベクトル束,f:YXを連続写像とする.このとき,同形f1orX/EorY/fEが存在し,X上のEk-向き付けはY上のfEk-向き付けを誘導する.この向き付けのもとで,等式
efE=feE
が成り立つ.

(ii) E,EX上のベクトル束とする.このとき,同形orX/EorX/EorX/EEが存在し,X上のEEk-向き付けはEEk-向き付けを誘導する.この向き付けのもとで,等式
eEE=eEeE
が成り立つ.

Leray-Hirschの定理

位相空間Xに対して
H(X;k):=nZHn(X;k)
と定めて,次数付き環とみなします.次のLeray-Hirschの定理は,コホモロジー類たちが各ファイバーf1(x)においてコホモロジーのk加群としての基底をなしているならば大域的にもH(X;k)加群としての基底をなすという主張です.これは局所から大域という主張なのでいかにも層理論と相性が良さそうですが,実際に層の導来圏における議論で簡単に証明が得られます.

Leray-Hirschの定理

f:YXを固有写像とし,β1Hn1(Y;k),,βkHnk(Y;k)をコホロモジー類とする.任意のxXに対してβ1|f1(x),,βk|f1(x)k上の加群H(f1(x);k)の基底をなすと仮定する.このとき,β1,,βkは左H(X;k)加群H(Y;k)の基底をなす.ここで左H(X;k)加群の構造は
H(X;k)×H(Y;k)H(Y;k), (α,β)fαβ
で定まる.

Hn(Y;k)HomD+(kX)(kX[n],RfkY)であるから,βiは射
φi:kX[ni]RfkY
と同一視される.これらの直和として射
φ:i=1kkX[ni]RfkY
が定まる.fが固有写像であることから,任意のxXに対して(RfkY)xRΓ(f1(x);kf1(x))であり,茎に誘導される射
φx:i=1kk[ni]RΓ(f1(x);kf1(x))
はコホモロジーを取ると成分ごとにβ1|f1(x),,βk|f1(x)に対応する射である.仮定から任意のxXに対してφxは導来圏D+(Mod(k))における同形なので,φD+(kX)における同形である.大域切断を取れば,同形
RΓ(X;φ):i=1kRΓ(X;kX)[ni]RΓ(X;RfkY)RΓ(Y;kY)
が得られる.コホモロジーを取ると,この射は符号を除いて
i=1kHni(X;k)H(Y;k),(α1,,αk)fα1β1+fαkβk
なる次数付きの射と一致することがチェックできるので結論が得られる.

証明では層の話にすることで茎での同形から大域的な同形を簡単に得ることができました.この定理がどのように使われるかは次の節で見てみましょう.

Chern類

EX上の階数rの複素ベクトル束とします.このとき,Eの射影化P(E)
P(E):={(x,l)xX,lEx内の複素直線}
により定めます.p:P(E)Xを標準的な射影とすると,pは固有写像でファイバーがCPr1の射影束になります.さらに,pE=P(E)×XEの部分ベクトル束U(E)
U(E):={(x,l,e)π(e)=x,el}
により定めてq:U(E)P(E)を標準的な射影とすると,これはP(E)上の複素直線束(トートロジー的複素直線束)となります.複素ベクトル束はZ-向き付けを持つので,U(E)のEuler類eU(E)H2(P(E);Z)が定まっています.特に,X上の複素直線束Lに対してはU(E)pLであり,q:U(L)P(L)π:LXと同形になることがチェックできるので,このときはeU(L)=peLとなることに注意しましょう.

複素射影束のコホモロジー

EX上の階数rの複素ベクトル束として,ξ:=eU(E)H2(P(E);Z)U(E)のEuler類とする.このとき,H(P(E);Z)H(X;Z)上の階数rの自由加群であり,1,ξ,,ξr1がその基底をなす.

複素射影空間のコホモロジー環の計算(命題3)から,e=eUr1CPr1上のトートロジー的複素直線束Ur1のEuler類として次数付き環の同形
H(CPr1;Z)ZZeZer1
が得られる.xXに対して標準的な同形U(E)|p1(x)Ur1を通して,ξ|p1(x)=eUr1が成り立つ.ゆえに,任意のxXに対して1,ξ|p1(x),,ξr1|p1(x)Z上の加群H(p1(x);Z)の基底をなす.ゆえに,Leray-Hirschの定理(定理5)により結論が得られる.

上の命題によりξrH2r(P(E);Z)1,ξ,,ξr1H(X;Z)上の線形結合として一意的にあらわせるので次のように定義することができます.

チャーン類

EX上の階数rの複素ベクトル束として,ξ:=eU(E)H2(P(E);Z)U(E)のEuler類とする.このとき,コホモロジー類cn(E)H2n(X;Z) (n=1,r)
ξrpc1(E)ξr1+pc2(E)ξr2+(1)rpcr(E)=0
により定めて,c0(E)=1,cn(E)=0 (n[0,r])と約束する.このコホモロジー類cn(E)EnChern類と呼ぶ.また,
c(E):=nZcn(E)H(X;Z)
と定めて,これをE全Chern類と呼ぶ.

c(E)H(X;Z)の可換部分代数Hev(X;Z):=nZH2n(X;Z)の元となっています.

Stiefel-Whitney類

実ベクトル束に対しても同様にしてStiefel-Whitney類が定義される.実際,以下のように向き付けを得るために係数をZ/2Zにして構成すればよい.

任意のZ/2Z係数の階数1の局所定数層は定数層であることから,任意の階数rの実ベクトル束EZ/2Z-向き付け可能であり,Z/2Z係数のEのトートロジー的実直線束U(E)のEuler類ξ:=eUZ/2Z(E)H1(P(E);Z/2Z)が定まる.上の議論と全く同様にしてH(P(E);Z/2Z)H(X;Z/2Z)上の階数rの自由加群であり,1,ξ,,ξr1がその基底をなすので
ξr+pw1(E)ξr1+pw2(E)ξr2++pwr(E)=0
によってコホモロジー類wn(E)Hn(X;Z/2Z)が定まる.

さて,Chern類の性質について調べていきましょう.最初の二つはベクトル束の引き戻しと直和に関してChern類がうまく振る舞うという主張です.

Chern類の自然性とWhitney和公式

(i) 自然性:EX上のベクトル束,f:YXを連続写像とする.このとき,等式
c(fE)=fc(E)
が成り立つ.

(ii) Whitney和公式:E,EX上のベクトル束とする.このとき,等式
c(EE)=c(E)c(E)
が成り立つ.すなわち,任意のnZに対して
cn(EE)=k=0nck(E)cnk(E)
が成立する.

概略

(i) ファイバー積
fEf~EYfX
から,射影化の間の射P(f~):P(fE)P(E)およびトートロジー的直線束の間の射U(f~):U(fE)U(E)が誘導される.このとき,同形U(fE)U(f~)U(E)が成立することがチェックできる.したがって,等式
ξfE=eU(fE)=eU(f~)U(E)=P(f~)eU(E)=P(f~)ξE
が成り立つ.Chern類の定義より
ξErpXc1(E)ξEr1+pXc2(E)ξEr2+(1)rpXcr(E)=0
であるが,この両辺にP(f~)を作用させてpXP(f~)=fpYを用いると
ξfErpYfc1(E)ξfEr1+pYfc2(E)ξfEr2+(1)rpYcr(E)=0
が成り立つ.よって,Chern類の定義よりcn(fE)=fcn(E)が成り立つ.

(ii) Eの階数をrEの階数をsとしてH(P(EE);Z)の元α,β
α:=j=0r(1)jpcj(E)ξEErjβ:=k=0s(1)kpck(E)ξEEsk
と定める.すると,Chern類の定義によりαP(E)に引き戻すと0であり,βP(EE)P(E)に引き戻すと0であることがチェックできる.よって,
0=αβ=j=0rk=0s(1)j+kp(cj(E)ck(E))ξEEr+sjk=n=0r+s(1)np(k=0ncn(E)cnk(E))ξEEr+sn
となるから,Chern類の定義より結論が得られる.

次のようにChern類は自明な部分ベクトル束を持つかに関係します.

自明な部分ベクトル束を持つと高次のChern類が消滅

EX上の階数rの複素ベクトル束とする.Eが階数sの自明な部分ベクトル束Eを持つならば,cn(E)=0 (n>rs)である.特に,Eが自明なベクトル束ならばc(E)=1である.

まず,Eが自明なベクトル束の場合を考える.このとき,aX:Xptを一点への射としてEaXCrなので,自然性よりc(E)=aXc(Cr)となる.H(CP;Z)において(eUr1)r=0であるから,定義からc(Cr)=1が得られる.

次に命題の条件を仮定する.このとき,直和分解EEE/Eが成立するので,Whitney和公式から
c(E)=c(E)c(E/E)
が得られる.よって,c(E)=1であることとE/Eが階数rsのベクトル束であることから結論が得られる.

次に最高次のChern類がEuler類に等しいことを示したいのですが,これは次の分裂原理によって複素直線束の場合に帰着して示すことができます.

分裂原理

EX上の階数rの複素ベクトル束とする.このとき,固有写像f:YXであって次の二つの条件を満たすものが存在する:
(1) f:H(X;Z)H(Y;Z)は単射である.
(2) Y上の複素直線束L1,,Lrが存在して,fEL1Lrを満たす.

概略

rに関する帰納法で示す.r=1の場合は示すことはない.階数がr1の場合に正しいと仮定する.p:P(E)Xは固有写像であり,命題6からp:H(X;Z)H(P(E);Z)は単射である.構成からトートロジー的複素直線束U(E)pE=E×XP(E)の部分直線束であり,E:=pE/U(E)とするとP(E)上のベクトル束としての直和分解
pEEU(E)
が得られる.EP(E)上の階数r1の複素ベクトル束であるから帰納法の仮定により,固有写像g:YP(E)であって命題の二条件を満たすものが存在する.よって,f:=pgとすればよい.

この分裂原理の何がうれしいかは次の命題の証明を見ると理解できます.一言で言うと初めから複素ベクトル束が複素直線束の直和になっているとしてよいということです.

最高次Chern類はEuler類

EX上の階数rの複素ベクトル束とする.このとき,Er次のChern類はEを実ベクトル束として見たときのEuler類に一致する:
cr(E)=eE H2r(X;Z).

分裂原理により固有写像f:YXであって次の二つの条件を満たすものが存在する:
(1) f:H(X;Z)H(Y;Z)は単射である.
(2) Y上の複素直線束L1,,Lrが存在して,fEL1Lrを満たす.

すると,Chern類の自然性とWhitney和公式より
fc(E)=c(fE)=c(L1Lr)=c(L1)c(Lr)
となる.一方で,Euler類の引き戻しに関する自然性と和の公式により
feE=efE=eL1eLr
である.f:H(X;Z)H(Y;Z)は単射なので,複素直線束に対して命題の主張を確かめればよい.LX上の複素直線束とすると,eU(E)=peLだったので,Chern類の定義からc1(L)=eLである.

最後にChern類の公理についても述べておきます.

Chern類の公理

上で見たようにChern類は次の公理を満たす.

(i) 自然性:X上の複素ベクトル束Eと連続写像f:YXに対して,
c(fE)=fc(E).

(ii) 加法性:X上の複素ベクトル束EEに対して,
c(EE)=c(E)c(E).

(iii) 正規化:X上の複素直線束Lに対して,
c(L)=1+eL.

逆にベクトル束に対してコホモロジーを対応させる写像cが上の三つの公理を満たすならばc(E)Eの全Chern類である.

(一意性の証明)ccを上の公理を満たす写像とする.EX上の階数rの複素ベクトル束とすると,分裂原理により固有写像f:YXであって次の二つの条件を満たすものが存在する:
(1) f:H(X;Z)H(Y;Z)は単射である.
(2) Y上の複素直線束L1,,Lrが存在して,fEL1Lrを満たす.

これより,
fc(E)=c(fE)=c(L1Lr)=c(L1)c(Lr)=(1+eL1)(1+eLr)=c(L1)c(Lr)==fc(E)
が得られる.ここで,一つ目の等式に自然性,三つめの等式に加法性,四つめの等式に正規化の条件を用いた.fの単射性によりc(E)=c(E)を得る.

上で何回か使った議論のように,fの単射性を用いて初めからEは複素直線束の直和L1Lrとなっているとしてよいわけです.このとき,全Chern類は
(1+c1(L1))(1+c1(Lr))
となっていますが,c1(Li) (i=1,,r)たちはEChern根と呼ばれます.つまり,cn(E)i=1r(1+xi)n次斉次部分Sr,n(x1,,xr)においてxiにChern根c1(Li)を代入したものです.べき級数P(x1,,xr)Q[[x1,,xr]]x1,,xrについて対称のときSr,n(x1,,xr)の多項式で一意的にあらわせるので,PにおいてxiにChern根c1(Li)を代入してコホモロジー類cP(E)を定めることができます.このようにして,ex1++exrx11ex1xr1exrにChern根を代入してChern指標やTodd類が得られます.これらがHirzebruch–Riemann–Rochの定理やGrothendieck–Riemann–Rochの定理につながっていきますが,これ以上はここでは説明しません.興味のある方は参考文献にあるSchneidersの"Introduction to characteristic classes and index theory"や「層の導来圏と特性類」などを参照してください.

まとめ

この節では層理論の観点から

  • Borel-Mooreホモロジー・カップ積・キャップ積
  • Thom類・Euler類
  • Leray-Hirschの定理
  • Chern類・分裂原理

について説明しました.

参考文献

[1]
Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Sheaves on Manifolds, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften, Springer, 1990
[2]
Birger Iversen(著),前田博信(訳), 層のコホモロジー, 丸善出版, 1995
[3]
廣中平祐(講義),森重文(記録), 代数幾何学, 京都大学学術出版会, 2004
[4]
上野健爾, 代数幾何, 岩波書店, 2005
[5]
Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Categories and Sheaves, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften, Springer, 2006
[6]
Alexandru Dimca, Sheaves in Topology, Universitext, Springer, 2013
[7]
Sergei I. Gelfand and Yuri I. Manin, Methods of Homological Algebra, Springer Monographs in Mathematics, Springer, 1997
[8]
Joseph Bernstein and Valery Lunts, Equivariant Sheaves and Functors, Lecture Notes in Mathematics, Springer, 1994
[9]
Jean-Pierre Schneiders, Introduction to characteristic classes and index theory, Textos de Matemática, Faculdade de Ciências da Universidade de Lisboa, 2000
[10]
Alexander Grothendieck, Sur quelques points d'algèbre homologique, Tohoku Math. J., 1957, pp. 119--221
投稿日:2021522

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  1. Borel-Mooreホモロジー・カップ積・キャップ積
  2. Borel-Mooreホモロジー
  3. カップ積
  4. キャップ積
  5. Thom類とEuler類
  6. Leray-Hirschの定理
  7. Chern類
  8. まとめ
  9. 参考文献
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