この節では,ホモロジーと関連する演算・特性類を層の導来圏から見るとどうなるかについて簡単に説明します.
話し忘れていてこの節で使うものについて説明します.
一つ目はコホモロジー類の引き戻しについてです.を連続写像としてとすると,随伴から標準的な射が定まりました.ここに大域切断を施して次のコホモロジーをとると,射が得られます.特に,のときは,これはコホモロジー類の引き戻し
のことです.
二つ目は定数層のコホモロジーのホモトピー普遍性です.を連続写像としてとしたとき,上で定義した引き戻しの射に関して
が成り立つことが層理論だけで示せます.特に,ホモトピー同値な二つの空間の定数層コホモロジーは同形になります.ここでは証明は述べませんが,より一般の主張も含めた証明はSheaves on Manifoldsの命題2.7.5を参照してください.
この節では定数層のコホモロジーがたくさん出てくるので記号を簡単にするために,定数層のコホモロジーをしばしば単にと書くことにします.相対コホモロジーについても同様の記法を使います.
Borel-Mooreホモロジー・カップ積・キャップ積
ここではホモロジーを層の導来圏を用いて解釈することについて説明します.
Borel-Mooreホモロジー
層理論ではコホモロジーが自然に現れるというのをこれまで見てきましたが,Poincaré双対性は普通はホモロジーとコホモロジーの間の双対性として主張されていました.そこで層理論からもホモロジーを作れないかという疑問が出てきます.これはかなりずるいですが,双対化複体をつかって「余コホモロジー」を考えることでできます.以降,全ての空間は有限のコホモロジー次元を持つと仮定します.
Borel-Mooreホモロジー
に対して,
と定めて,次のBorel-Mooreホモロジーと呼ぶ.誤解がないときは単にと書く.
Borel-Mooreホモロジーは以下のように固有写像に関して函手的になります.を連続写像とすると,標準的な射が定まります.が固有写像ならばなので,これは射
を引き起こし,結果としてBorel-Mooreホモロジーの間の射
を誘導します.二つの固有写像に対して,が成り立つこともチェックできます.
通常のホモロジーとの関わり
コンパクト空間に対してはBorel-Mooreホモロジーと通常のホモロジーは一致する.また,さらに追加の条件のもとでBorel-Mooreホモロジーは局所有限なチェインから定まるホモロジーと同形である.
カップ積
次に
第11節
のPoincaré双対性のところでも出てきたカップ積を層の導来圏で解釈するという話を説明します.以前も見たようにに対してなので,次のコホモロジーを取れば
とコホモロジーを導来圏における射の集合として書くことができます.右辺はの対応でとも同形であることに注意しましょう.特にと定数層を取ればが得られます.
さて,として,をコホモロジー類とします.上で見たようにこれらは導来圏の射
とみなすことができます.これらのテンソル積を考えてを用いると,射
が得られます.これをもう一度コホモロジーに戻して考えるとの元が得られています.この対応をカップ積だとみなそうというのです.
カップ積
とする.コホモロジー類に対して,上の対応で定まるコホモロジー類をと書き,とのカップ積と呼ぶ.
標準的な同形を通して,に対して
が成り立つことがチェックできます(複体のテンソル積の符号を真面目に計算してみてください).カップ積は相対コホモロジーにも拡張されます.すなわち,をの局所閉部分集合としたとき,を使えば
が定まることが分かります.さらに,と定数層の場合は,とのカップ積は射の合成
とも同一視されることがチェックできます.これが前節のPoincaré双対性のところで使ったものでした.
キャップ積
層の導来圏を通してカップ積を構成してホモロジーも得たので,キャップ積も層理論で作れるのではないかという期待が持てますが,もちろんそれもできます.実際のところ上のカップ積の構成でとすればもう作っていたのです.すなわち,なので,射のテンソル積により
が定まって,同一視により
が誘導されます.
キャップ積
に対して,上の対応で定まるの像をと書き,とのキャップ積と呼ぶ.
カップ積・キャップ積の定義とテンソル積の結合性からからに対して
が成り立つことが分かります.
せっかくなので多様体の向き付けとBorel-Mooreホモロジーに定まる基本類についても説明しておきます.を次元の位相多様体とします.上や
第11節
のPoincaré双対性のところでも見たように,の双対化複体はでは局所的に定数層と同形(階数の局所定数層)になるのでした.そこでとおいて,の向き付け層と呼びました.環上で考えていることを強調したいときはと書きます.の向き付けはこの層を使って定義できます.
位相多様体の向き付け
の-向き付けとは同形のことである.の-向き付けが存在するときは-向き付け可能であるという.
上の階数の局所定数層は定数層なので,位相多様体は常に-向き付け可能です.前節でも述べたように実は級多様体が普通の意味で向き付け可能であることと-向き付け可能であることは同値です.
をの-向き付けとすると,これはの元と同一視できます.なので,これはさらにの元と同一視されます.
基本類
-向き付けに対して,上のように定義されるホモロジー類をと書き,の-向き付けに関する基本類と呼ぶ.
向き付けの定義から次も得られます.
Poincaré双対性(ホモロジーとコホモロジーの双対性としての表現)
を-向き付けが与えられた次元位相多様体として,を対応する基本類とする.このとき,に対して基本類とのキャップ積は同形
を誘導する.
この双対性を使うと次の二つが定まります.これは普通のトポロジーの議論と平行です.
(i) コホモロジー類をPoincaré双対性でホモロジー類にもっていきBorel-Mooreホモロジーの順像を施してまたコホモロジー類に双対で戻すことで,Gysin写像
が定まる.ここではそれぞれ向き付けられた位相多様体の次元である.すなわち,に対してをを満たすように定める.
(ii) ホモロジー類をPoincaré双対性でコホモロジー類に持っていきキャップ積を取ってまたホモロジー類に戻すことで,交叉積
が定まる.
このようにして普通のトポロジーでの操作や双対性を層理論を使って解釈することができました.
Thom類とEuler類
を階数の実ベクトル束として,をゼロ切断とします.このとき,は次に集中していて,向き付け層は階数の局所定数層となるのでした.このとき,Verdier双対性から
となります.実ベクトル束の-向き付け,すなわち同形はの元とみなせます.
Thom類
を-向き付け可能な階数の実ベクトル束として,を上の-向き付けとする.同形
によるの像をと書き,向き付けに付随するのThom類と呼ぶ.
Thom類の定義とVerdier双対性から,向き付けられた実ベクトル束に関するThom同形は次の形で与えられることが分かります.
を-向き付けが与えられた階数のベクトル束として,向き付けに対応するThom類をとする.このとき,任意のに対して,射
は同形である.
さて,Thom類をゼロ切断で底空間に引き戻すことでEuler類が定義されます.
Euler類
を上の-向き付けが与えられたベクトル束としてをゼロ切断とする.合成射
によるThom類の像をと書き,のEuler類と呼ぶ.
Euler類を使って底空間とベクトル束からゼロ切断を除いた空間のコホモロジーをつなぐ次のGysin完全列が得られます.ベクトル束に対して,でゼロ切断を除いた空間をあらわし,と定めます.
Gysin完全列
を上の-向き付けが与えられたベクトル束とする.このとき,次の完全列が存在する:
概略
完全三角
のコホモロジーを取ると長完全列
が得られる.ここで1列目と2列目を次の同形で取り替えることを考える:
ここで,一つ目の同形はThom同形であり,二つ目の同形は定数層のホモトピー普遍性から得られる同形である.これらの同形を通してみると,合成射
はと等しい.また,合成はと等しいことも分かる.
Gysin完全列の応用として複素射影空間のコホモロジーを計算してみましょう.複素ベクトル束は実ベクトル束として見て標準的な-向き付けを持つので,係数のEuler類が定まることに注意します.簡単のため,以下ではカップ積をしばしば省略してとも書いてしまいます.
複素射影空間のコホモロジー環
を次元複素射影空間,を上のトートロジー的複素直線束として,をそのEuler類とする.このとき,次数付き環としての同形
が存在する.
は次元の実多様体だからに対してである.Gysin完全列を考えると,任意のに対して完全列
が得られる.はとホモトピー同値なので
となる.完全列と合わせると,射はに対して同形である.さらに完全列
からであり,連結性からとなる.ゆえに,上で見たとのカップ積が誘導する同形を考えれば結論が得られる.
実射影空間のコホモロジー環
任意の上と同様の議論で次が示せる.
を次元実射影空間,を上のトートロジー的実直線束として,をそのEuler類とする.このとき,次数付き環としての同形
が存在する.
さて,ベクトル束の向き付けおよびEuler類に関する性質を証明なしに述べておきます.
ベクトル束とEuler類の引き戻し・直和
(i) を上のベクトル束,を連続写像とする.このとき,同形が存在し,上のの-向き付けは上のの-向き付けを誘導する.この向き付けのもとで,等式
が成り立つ.
(ii) を上のベクトル束とする.このとき,同形が存在し,上のとの-向き付けはの-向き付けを誘導する.この向き付けのもとで,等式
が成り立つ.
Leray-Hirschの定理
位相空間に対して
と定めて,次数付き環とみなします.次のLeray-Hirschの定理は,コホモロジー類たちが各ファイバーにおいてコホモロジーの加群としての基底をなしているならば大域的にも加群としての基底をなすという主張です.これは局所から大域という主張なのでいかにも層理論と相性が良さそうですが,実際に層の導来圏における議論で簡単に証明が得られます.
Leray-Hirschの定理
を固有写像とし,をコホロモジー類とする.任意のに対してが上の加群の基底をなすと仮定する.このとき,は左加群の基底をなす.ここで左加群の構造は
で定まる.
であるから,は射
と同一視される.これらの直和として射
が定まる.が固有写像であることから,任意のに対してであり,茎に誘導される射
はコホモロジーを取ると成分ごとにに対応する射である.仮定から任意のに対しては導来圏における同形なので,はにおける同形である.大域切断を取れば,同形
が得られる.コホモロジーを取ると,この射は符号を除いて
なる次数付きの射と一致することがチェックできるので結論が得られる.
証明では層の話にすることで茎での同形から大域的な同形を簡単に得ることができました.この定理がどのように使われるかは次の節で見てみましょう.
Chern類
を上の階数の複素ベクトル束とします.このとき,の射影化を
により定めます.を標準的な射影とすると,は固有写像でファイバーがの射影束になります.さらに,の部分ベクトル束を
により定めてを標準的な射影とすると,これは上の複素直線束(トートロジー的複素直線束)となります.複素ベクトル束は-向き付けを持つので,のEuler類が定まっています.特に,上の複素直線束に対してはであり,はと同形になることがチェックできるので,このときはとなることに注意しましょう.
複素射影束のコホモロジー
を上の階数の複素ベクトル束として,をのEuler類とする.このとき,は上の階数の自由加群であり,がその基底をなす.
複素射影空間のコホモロジー環の計算(命題3)から,を上のトートロジー的複素直線束のEuler類として次数付き環の同形
が得られる.に対して標準的な同形を通して,が成り立つ.ゆえに,任意のに対しては上の加群の基底をなす.ゆえに,Leray-Hirschの定理(定理5)により結論が得られる.
上の命題によりはの上の線形結合として一意的にあらわせるので次のように定義することができます.
チャーン類
を上の階数の複素ベクトル束として,をのEuler類とする.このとき,コホモロジー類を
により定めて,と約束する.このコホモロジー類をの次Chern類と呼ぶ.また,
と定めて,これをの全Chern類と呼ぶ.
はの可換部分代数の元となっています.
Stiefel-Whitney類
実ベクトル束に対しても同様にしてStiefel-Whitney類が定義される.実際,以下のように向き付けを得るために係数をにして構成すればよい.
任意の係数の階数の局所定数層は定数層であることから,任意の階数の実ベクトル束は-向き付け可能であり,係数ののトートロジー的実直線束のEuler類が定まる.上の議論と全く同様にしては上の階数の自由加群であり,がその基底をなすので
によってコホモロジー類が定まる.
さて,Chern類の性質について調べていきましょう.最初の二つはベクトル束の引き戻しと直和に関してChern類がうまく振る舞うという主張です.
Chern類の自然性とWhitney和公式
(i) 自然性:を上のベクトル束,を連続写像とする.このとき,等式
が成り立つ.
(ii) Whitney和公式:を上のベクトル束とする.このとき,等式
が成り立つ.すなわち,任意のに対して
が成立する.
概略
(i) ファイバー積
から,射影化の間の射およびトートロジー的直線束の間の射が誘導される.このとき,同形が成立することがチェックできる.したがって,等式
が成り立つ.Chern類の定義より
であるが,この両辺にを作用させてを用いると
が成り立つ.よって,Chern類の定義よりが成り立つ.
(ii) の階数を,の階数をとしての元を
と定める.すると,Chern類の定義によりをに引き戻すとであり,をに引き戻すとであることがチェックできる.よって,
となるから,Chern類の定義より結論が得られる.
次のようにChern類は自明な部分ベクトル束を持つかに関係します.
自明な部分ベクトル束を持つと高次のChern類が消滅
を上の階数の複素ベクトル束とする.が階数の自明な部分ベクトル束を持つならば,である.特に,が自明なベクトル束ならばである.
まず,が自明なベクトル束の場合を考える.このとき,を一点への射としてなので,自然性よりとなる.においてであるから,定義からが得られる.
次に命題の条件を仮定する.このとき,直和分解が成立するので,Whitney和公式から
が得られる.よって,であることとが階数のベクトル束であることから結論が得られる.
次に最高次のChern類がEuler類に等しいことを示したいのですが,これは次の分裂原理によって複素直線束の場合に帰着して示すことができます.
分裂原理
を上の階数の複素ベクトル束とする.このとき,固有写像であって次の二つの条件を満たすものが存在する:
(1) は単射である.
(2) 上の複素直線束が存在して,を満たす.
概略
に関する帰納法で示す.の場合は示すことはない.階数がの場合に正しいと仮定する.は固有写像であり,命題6からは単射である.構成からトートロジー的複素直線束はの部分直線束であり,とすると上のベクトル束としての直和分解
が得られる.は上の階数の複素ベクトル束であるから帰納法の仮定により,固有写像であって命題の二条件を満たすものが存在する.よって,とすればよい.
この分裂原理の何がうれしいかは次の命題の証明を見ると理解できます.一言で言うと初めから複素ベクトル束が複素直線束の直和になっているとしてよいということです.
最高次Chern類はEuler類
を上の階数の複素ベクトル束とする.このとき,の次のChern類はを実ベクトル束として見たときのEuler類に一致する:
分裂原理により固有写像であって次の二つの条件を満たすものが存在する:
(1) は単射である.
(2) 上の複素直線束が存在して,を満たす.
すると,Chern類の自然性とWhitney和公式より
となる.一方で,Euler類の引き戻しに関する自然性と和の公式により
である.は単射なので,複素直線束に対して命題の主張を確かめればよい.を上の複素直線束とすると,だったので,Chern類の定義からである.
最後にChern類の公理についても述べておきます.
Chern類の公理
上で見たようにChern類は次の公理を満たす.
(i) 自然性:上の複素ベクトル束と連続写像に対して,
(ii) 加法性:上の複素ベクトル束とに対して,
(iii) 正規化:上の複素直線束に対して,
逆にベクトル束に対してコホモロジーを対応させる写像が上の三つの公理を満たすならばはの全Chern類である.
(一意性の証明)とを上の公理を満たす写像とする.を上の階数の複素ベクトル束とすると,分裂原理により固有写像であって次の二つの条件を満たすものが存在する:
(1) は単射である.
(2) 上の複素直線束が存在して,を満たす.
これより,
が得られる.ここで,一つ目の等式に自然性,三つめの等式に加法性,四つめの等式に正規化の条件を用いた.の単射性によりを得る.
上で何回か使った議論のように,の単射性を用いて初めからは複素直線束の直和となっているとしてよいわけです.このとき,全Chern類は
となっていますが,たちはのChern根と呼ばれます.つまり,はの次斉次部分においてにChern根を代入したものです.べき級数はについて対称のときの多項式で一意的にあらわせるので,においてにChern根を代入してコホモロジー類を定めることができます.このようにして,やにChern根を代入してChern指標やTodd類が得られます.これらがHirzebruch–Riemann–Rochの定理やGrothendieck–Riemann–Rochの定理につながっていきますが,これ以上はここでは説明しません.興味のある方は参考文献にあるSchneidersの"Introduction to characteristic classes and index theory"や「層の導来圏と特性類」などを参照してください.
まとめ
この節では層理論の観点から
- Borel-Mooreホモロジー・カップ積・キャップ積
- Thom類・Euler類
- Leray-Hirschの定理
- Chern類・分裂原理
について説明しました.