前回 の最後に関数のグラフで与えられる曲面の変分を計算しました. 今回と 次回 でより一般の曲面に対して変分を計算します. 当面の目標は次の公式の証明です.
曲面$\Sigma$の任意の変分$F:\Sigma\times(-\eps, \eps)\to\mbb{R}^3$に対し, $\Sigma_t=F(\Sigma, t)$とおくと,
\begin{align}
\left.\frac{d}{dt}\right|_{t=0}\area{\Sigma_t}=-\int_{\Sigma}2H\inn{\left.\frac{\partial}{\partial t}\right|_{t=0}F}{N}.
\end{align}
今回は変分計算のための事前準備として, 曲面の幾何学をRiemann幾何学の視点から復習し, 各種用語や概念を定義します.
はじめに, 曲面論で学んだ事項をRiemann幾何学の言葉に翻訳しておきましょう.
向き付け可能な$C^{\infty}$級2次元連結多様体$\Sigma$の$ C^{\infty}$級はめ込み$f: \Sigma \to \mbb{R}^3$による像を考えます. $\Sigma$には, はめ込み$f$による引き戻し計量
\begin{align}
g(X, Y)=f^{*}\inn{X}{Y}=\inn{df(X)}{df(Y)}
\end{align}
を入れておきます. こうすることで, $f$は(自明に)等長はめ込みになります. $\Sigma$上の局所座標$(u^1, u^2)$を導入し, $f_i=df(\partial/\partial{u^i})$とおけば$g_{ij}=\inn{f_i}{f_j}$となるので, この計量の定義は曲面論における第一基本形式に他ならないことがわかります.
この意味で, 以下では2次元多様体$\Sigma$とその$f$による像($\mbb{R}^3$内の曲面としての実現)を同一視し, 単に曲面$\Sigma$と呼ぶことにします. それに伴い, $\Sigma$上の計量$g$やそれによる接ベクトルのノルムも, 今後しばしば$\mbb{R}^3$のそれと同一視して$\inn{\cdot}{\cdot}$や$|\,\cdot\,|$で表すことがあります.
続いて$\Sigma$上の接続や第二基本形式について見ていくのですが, そのために一つ用語を定義します.
曲面$\Sigma$上の$C^{\infty}$ベクトル値関数$V: \Sigma \ni p \mapsto V(p) \in T_p\mbb{R}^3= \mbb{R}^3$を, 曲面$\Sigma$に沿ったベクトル場と呼ぶ.
曲面$\Sigma$上の任意の接ベクトル場も, 各点で$\mbb{R}^3$のベクトルと思うことで$\Sigma$に沿ったベクトル場と見做せます.
いま, $\mbb{R}^3$内の曲面$\Sigma$は向き付け可能ですから, 単位法ベクトル場$N$が大域的に定義できます. この$N$も, $\Sigma$に沿ったベクトル場の一種です. 曲面$\Sigma$上各点$p\in\Sigma$で, 接空間$T_p\mbb{R}^3=\mbb{R}^3$を$\mbb{R}^3=T_p\Sigma \oplus\langle N \rangle$と分解しておきます.
曲面$\Sigma$に沿ったベクトル場$V$と$p \in\Sigma$における接ベクトル$X\in T_p\Sigma$に対し,
\begin{align}
\nabla_{X}V=\left.\frac{d}{dt}\right|_{t=0}V(c(t))
\end{align}
と定義します. ここで, $c(t)$は$\Sigma$上の曲線で, $c(0)=p$, $c'(0)=X$を満たすものとします. $\mbb{R}^3$への写像の微分, すなわち, $\nabla_{X}V=dV(X)$を考えているのと同じであることに注意すれば, この定義が曲線$c$の取り方に依存しないことはすぐにわかります. 曲面$\Sigma$に沿ったベクトル場の微分$\nabla_{X}V$は, $\mbb{R}^3$上大域的に定義されたベクトル場に対する通常の微分$\nabla$を$\Sigma$上に制限したものに他なりません.
$\Sigma$に沿ったベクトル場の微分
続いて, $X, Y\in\mathfrak{X}(\Sigma)$を取ると, $\nabla_{X}Y$もまた$\Sigma$に沿ったベクトル場ですから, 各点で先程の接成分と法成分の分解を考えて
$\nabla_{X}Y=\nablaS_{X}Y+A(X, Y)N$
となります.
$\nabla$の定め方から$\nablaS$および$A$の線形性は明らか.
$\Sigma$上の任意の関数$a$, $b$に対し,
\begin{align}
\nabla_{aX}(bY)&=d(bY)(aX)=a(db(X)Y+bdY(X))\\
&=a(db(X)Y+b\nabla_{X}Y)\\
&=(ab\nablaS_{X}Y+a(Xb)Y)+abA(X, Y)N
\end{align}
となるので, $\nablaS$は接続, $A$は$(0, 2)$テンソルになる.
さらに, 微分の性質より
\begin{align}
0&=\nabla_{X}Y-\nabla_{Y}X-[X, Y]\\
&=(\nablaS_{X}Y-\nablaS_{Y}X-[X, Y])+(A(X, Y)-A(Y, X))N
\end{align}
となるから, 接成分と法成分を比較して
\begin{align}
&\nablaS_{X}Y-\nablaS_{Y}X=[X, Y]\\
&A(X, Y)=A(Y, X)
\end{align}
が成り立つ. $\nablaS$が計量$g$と適合する(compatible)ことは,
\begin{align}
Xg(Y, Z)&=X\inn{Y}{Z}=\inn{\nabla_{X}Y}{Z}+\inn{Y}{\nabla_{X}Z}\\
&=\inn{\nablaS_{X}Y}{Z}+\inn{Y}{\nablaS_{X}Z}\\
&=g(\nablaS_{X}Y, Z)+g(Y, \nablaS_{X}Z)
\end{align}
からわかる.
この$A$が曲面論で学んだ第二基本形式と同じものであることは次のようにして確かめられます. 曲面$\Sigma$上の局所座標$(u^1, u^2)$を取ると,
\begin{align}
A_{ij}=A(f_i, f_j)=\inn{\nabla_{f_i}f_j}{N}
\end{align}
となります. 微分$\nabla_{f_i}f_j$は曲面論で言うところの写像$f$の2階微分$\partial^2f/\partial u^i\partial u^j$のことですから, $A$は2階微分の法成分, すなわち第二基本形式そのものです.
一方, 先程注意した通り, 単位法ベクトル場$N$もまた$\Sigma$に沿ったベクトル場ですから, 任意$X\in\mathfrak{X}(\Sigma)$に対して$\nabla_{X}N$を考えることができます. ここで, $|N|^2=\inn{N}{N}=1$ですから, これを微分して
\begin{align}
0=X\inn{N}{N}=2\inn{\nabla_{X}N}{N}
\end{align}
となります. 特に, $\nabla_{X}N\in \mathfrak{X}(\Sigma)$が成り立ちます. これによって定まる$\Sigma$上のテンソル$S=-\nabla N: X\mapsto-\nabla_{X}N$をシェイプ作用素(型作用素)またはWeingarten写像と呼びます.
シェイプ作用素$S$と第二基本形式$A$は
\begin{align}
A(X, Y)=\inn{\nabla_{X}Y}{N}=X\inn{Y}{N}=-\inn{Y}{\nabla_{X}N}=\inn{S(X)}{Y}
\end{align}
という形で結びつきます. これは曲面論で言うところのWeingartenの公式に対応します.
$A(X, Y)=\inn{S(X)}{Y}$
Weingartenの公式から,
\begin{align}
H=\frac{1}{2}\sum_{i}\inn{S(e_i)}{e_i}=\frac{1}{2}\tr{S}
\end{align}
となって, やはり曲面論での平均曲率の定義と一致することが確かめられます.
以上のことは, はめ込み$f:\Sigma \to\mbb{R}^3$による引き戻し束$f^{*}T\mbb{R}^3$上に, 引き戻しによるファイバー計量$f^{*}\inn{\cdot}{\cdot}$を与えた幾何学を考えていると解釈するとわかりやすいです. この設定のもとでは, 曲面に沿ったベクトル場は引き戻し束の切断のことです. その上で, $\Sigma$の接束$T\Sigma$を$f^{*}T\mbb{R}^3$の部分束と思い, ファイバー計量に関する$T\Sigma$の法束や各種接続およびテンソルを考えています.
続いて, ベクトル解析で用いる各種の作用素を定義していきます.
曲面$\Sigma$上の任意の点$p$を一つ取り, $T_p\Sigma$の$g$に関する正規直交基底$\{e_i\}_{i=1, 2}$を取っておきます.
$u$を$\Sigma$上のなめらかな関数, $V$を$\Sigma$に沿ったなめらかなベクトル場とする.
$\Sigma$の接ベクトル場$X\in \mathfrak{X}(\Sigma)$に対しては, その発散は
\begin{align}
\divS{X}=\sum_{i=1}^2\inn{\nablaS_{e_i}X}{e_i}
\end{align}
と, $\Sigma$のLevi-Civita接続を用いた通常の発散と一致します.
続いて単位法ベクトル場$N$の発散を取ると,
\begin{align}
\divS{N}=\sum_i\inn{\nabla_{e_i}N}{e_i}=-\sum_{i}\inn{S(e_i)}{e_i}=-2H
\end{align}
となります. すなわち平均曲率は法ベクトル場の発散でもあります.
最後に, 今後息をするように用いるGaussの発散定理を紹介しておきます.
$\Sigma$を向き付けられたRiemann多様体とし, $X\in\mathfrak{X}(\Sigma)$を接ベクトル場とする. このとき, $\Omega\subset\Sigma$をなめらかな境界を持つ領域で, $\overline{\Omega}$がコンパクトなものとすると,
\begin{align}
\int_{\Omega}\divS{X}=\int_{\partial\Omega}\inn{X}{\nu}.
\end{align}
ここで, $\nu$は境界$\partial\Omega$の外向き単位法ベクトル場である.
特に, $X$がコンパクトな台を持てば
\begin{align}
\int_{\Sigma}\div{X}=0.
\end{align}
今回は曲面論の各種概念をRiemann幾何学っぽく言い換え, 今後扱いやすい形にまとめ直しました. 多様体論を学んだ直後の筆者は, 「曲面論を多様体論的に解釈して一般化したい」と思ってあれこれ考えておりました. そんなかつての私のような読者の学びの助けに少しでもなればよいなと思います.
今回, 第二基本形式と多様体の内在的な曲率($\mrm{Rm}$, $\mrm{Ric}$, $\mrm{Scal}$)とを結びつける, Gauss-Codazziの公式やRicciの公式までは扱えませんでしたが, これらについてもいつか解説できればと考えています.