前回
はRiemann幾何学的な視点から曲面論の復習を行い, 各種用語や概念の定義をしました.
今回はいよいよ$\Sigma$の面積$\area{\Sigma}$の変分を計算していきます.
はじめに, 初回で紹介した解析学の命題を証明しておきます.
$M^m$をRiemann多様体とする. $u \in C^0(M)$が任意の関数$\phi \in C_0^{\infty}(M)$に対して
\begin{align}
\int_{M}u\phi = 0
\end{align}
を満たすならば, $u\equiv 0$である.
任意に固定した$p\in M$に対し, $u(p)=0$となることを示せばよい.
$p$を中心とした半径$r$の測地球$B_r$を考える. 十分小さな$r>0$を考えることで, $B_r$の閉包はコンパクトであるとしておく(具体的には, $p$の周りのある局所座標に含まれるようにしておけばOK).
いま, 関数$\phi_r \in C_0^{\infty}(M)$を以下で定義する:
\begin{align}
\phi_r(x)=
\begin{cases}
C_r\exp{\left(-\frac{1}{r^2-\mrm{dist}(x, p)^2}\right)} &\text{if\quad $x \in B_r$,}\\
0 &\text{otherwise.}
\end{cases}
\end{align}
ここで, 定数$C_r>0$は$\int_M \phi_r = 1$となるように取った.
このとき,
\begin{align}
\lim_{r \to 0}\int_M u\phi_r =u(p)
\end{align}
であることを示す.
実際, 任意に$\eps>0$を取ると, $u$の連続性から, $r>0$を十分小さく取っておけば
\begin{align}
|u(x)-u(p)|<\eps \quad\text{for every $x \in B_r$}
\end{align}
とできる. このとき, $\int_M \phi_r = 1$を用いると,
\begin{align}
\left|\int_M u\phi_r -u(p)\right|=\left|\int_M (u -u(p))\phi_r\right| \leq \int_{B_r}|u-u(p)|\phi_r \leq \eps \int_{B_r} \phi_r = \eps
\end{align}
となるから, $\int_M u\phi_r \to u(p)$がわかる.
一方, 仮定より$\int_M u\phi_r=0$だったから, $u(p)=0$でなければならない.
2次元多様体$\Sigma$の$\mbb{R}^3$へのはめ込み$f:\Sigma\to \mbb{R}^3$が与えられたとき, それを微小に変形したものを変分と言います. より詳細には次で定義します.
曲面$\Sigma$の変分とは, $C^{\infty}$級写像$F: \Sigma\times(-\eps, \eps) \to \mbb{R}^3$で, 以下の条件を満たすものとする:
$\Sigma$が境界を持つ場合は,
を追加で仮定する.
このようなはめ込みの1径数族が存在することは, 変分を次のようにして構成できることからわかります.
$f:\Sigma \to \mbb{R}^3$を曲面$\Sigma$のはめ込みとする. $V$をコンパクト台を持つ, $\Sigma$に沿ったなめらかなベクトル場とする. $\Sigma$が境界を持つ場合は, $\partial\Sigma$上で$V\equiv 0$を追加で仮定する. このとき, 十分小さな$\eps >0$を取ると, $t \in (-\eps, \eps)$に対して写像$F(\cdot, t): \Sigma \to \mbb{R}^3$を
\begin{align}
F(x, t) = f(x)+tV(x)
\end{align}
で定めたとき,$F: \Sigma\times (-\eps, \eps)\to \mbb{R}^3$が$\Sigma$の変分であるようにできる.
こうして作った写像$F_t=F(\cdot, t)$がはめ込みになることは, はめ込み全体の成す集合が写像空間の中で(適当な位相に関して)開集合になることから直ちにわかります(Hiも参照のこと). 以下の折り畳みに証明を載せておきますが, 証明そのものよりも「変分がこのようにして構成できる」ことの方が重要ですので, 一旦この事実は認めて先に進んでもらって構いません.
十分小さな任意の$t$に対して, $f_t=F(\cdot, t)$がはめ込みになることを示せばよい. それには任意の点$x\in\Sigma$で$(df_t)_x: T_x\Sigma \to T_{f_t(x)}\mbb{R}^3 =\mbb{R}^3$が単射となることを示せばよい.
仮定より$f$ははめ込みだから, 任意の$x\in \Sigma$に対し$df_x: T_x\Sigma \to \mbb{R}^3$は単射な線形写像である. $V$の台を$K$とおく. $x \in \Sigma \setminus K$の時は$f_t(x)=f(x)$となるから, 以下$x\in K$で考える.
いま, コンパクト集合$K$上の単位接束
\begin{align}
SK = \coprod_{x\in K}\{v \in T_x\Sigma\, |\,|v|=1 \}
\end{align}
を考え, $SK$上の関数$\rho$を$\rho(x, v)= |df_x(v)|$で定義すると, $df_x$の単射性から$\rho$は$SK$上の正値連続関数である. さらに, $SK$は接束$T\Sigma$のコンパクト部分集合だから, この上で$\rho$は最小値$\rho_0>0$を持つ. このとき任意の$x\in K$および$v\in T_x\Sigma$に対し,
\begin{align}
|df_x(v)| \geq \rho_0|v|
\end{align}
が成り立つ.
いま, $C=\max_{(x, v)\in SK}|dV_x(v)|>0$とおくと, 任意の$v \in T_x\Sigma$に対し, $|dV_x(v)|\leq C|v|$.
そこで, $\eps=\rho_0/2C$とおくと, $|t|<\eps$のとき,
\begin{align}
\rho_0|v|\leq|df_x(v)|&\leq |(df_t)_x(v)-df_x(v)|+|(df_t)_x(v)|\\
&= |t||dV_x(v)|+|(df_t)_x(v)|\\
&\leq C\eps|v|+|(df_t)_x(v)|\\
&\leq \frac{\rho_0}{2}|v|+|(df_t)_x(v)|
\end{align}
となるので, $\displaystyle|(df_t)_x(v)|\geq \frac{\rho_0}{2}|v|$. したがって$(df_t)_x$は単射となり, $f_t$がはめ込みになることがわかった.
$F: \Sigma\times(-\eps, \eps)\to \mbb{R}^3$を$\Sigma$の任意の変分とします. $x \in \Sigma$の周りの局所座標$(U; u^1, u^2)$を$g_{ij}=\delta_{ij}$となるよう取っておきます. 示すべき公式を思い出しておきましょう.
曲面$\Sigma$の任意の変分$F:\Sigma\times(-\eps, \eps)\to\mbb{R}^3$に対し, $\Sigma_t=F(\Sigma, t)$とおくと,
\begin{align}
\left.\frac{d}{dt}\right|_{t=0}\area{\Sigma_t}=-\int_{\Sigma}2H\inn{\left.\frac{\partial}{\partial t}\right|_{t=0}F}{N}.
\end{align}
変分した曲面$\Sigma_t$の面積は
\begin{align}
\area{\Sigma_t}=\int_{\Sigma}\sqrt{\det{g(t)}}du^1du^2=\int_{\Sigma}\frac{\sqrt{\det{g(t)}}}{\sqrt{\det{g(0)}}}\sqrt{\det{g(0)}}du^1du^2
\end{align}
となります. $\nu(t)=\sqrt{\det{g(t)}}/\sqrt{\det{g(0)}}$とおくと, これは局所座標によらず大域的に定義できる関数ですから,
\begin{align}
\left. \frac{d}{dt}\right|_{t=0}\area{\Sigma_t}=\int_{\Sigma}\left. \frac{d}{dt}\right|_{t=0}\nu(t)\,\sqrt{\det{g(0)}}du^1du^2
\end{align}
とできます. そこで, $\nu(t)$のパラメータ$t$に関する微分を計算します.
正則行列のなめらかな1径数族$g(t)$に対し,
\begin{align}
\frac{d}{dt}\det{g(t)}=\det{g(t)}\tr\left({g^{-1}(t)}\frac{d}{dt}g(t)\right).
\end{align}
任意に$t_0$を固定し, $h(t)=g^{-1}(t_0)g(t)$の$t=t_0$における微分を考える.
行列式の定義より, $S_n$を$n$次対称群とすると,
\begin{align}
\det{h(t)}=\sum_{\sigma \in S_n}\mrm{sign}(\sigma)h_{1\sigma(1)}(t)\cdots h_{n\sigma(n)}(t)
\end{align}
となる. $h(t_0)=I$に注意して$t=t_0$で微分すると,
\begin{align}
\left.\frac{d}{dt}\right|_{t=t_0}\det{h(t)}&=\sum_{\sigma \in S_n}\mrm{sign}(\sigma)\sum_{i=1}^{n}h_{1\sigma(1)}(t_0)\cdots h'_{i\sigma(i)}(t_0)\cdots h_{n\sigma(n)}(t_0)\\
&=h'_{11}(t_0)+\cdots+h'_{nn}(t_0)\\
&=\tr{h'(t_0)}\\
&=\tr{(g^{-1}(t_0)g'(t_0))}.
\end{align}
一方, $h$の定義から$\det{g(t)}=\det{g(t_0)}\det{h(t)}$となるから,
\begin{align}
\left.\frac{d}{dt}\right|_{t=t_0}\det{g(t)}=\det{g(t_0)}\tr\left({g^{-1}(t_0)}\left.\frac{d}{dt}\right|_{t=t_0}g(t)\right).
\end{align}
補題4より,
\begin{align}
\frac{d}{dt}\sqrt{\det{g(t)}}=\frac{1}{2\sqrt{\det{g(t)}}}\frac{d}{dt}\det{g(t)}=\frac{1}{2}\sqrt{\det{g(t)}}\tr\left({g^{-1}(t)}\frac{d}{dt}g(t)\right)
\end{align}
となります. いま, $x$の周りの局所座標を$g_{ij}(0)=\delta_{ij}$となるよう取っていたので,
\begin{align}
\left. \frac{d}{dt}\right|_{t=0}\nu(t)=\frac{1}{2}\sum_{i=0}^{2}\frac{d}{dt}\inn{F_i}{F_i}=\sum_{i=1}^{2}\inn{\nabla_{F_t}F_i}{F_i}=\sum_{i=1}^{2}\inn{\nabla_{F_i}F_t}{F_i}.
\end{align}
最後の等式を得るために, $\nabla_{F_t}F_i-\nabla_{F_i}F_t=[F_i, F_t]=dF([\partial_i, \partial_t])=0$となることを用いました.
さて, $V=F_t|_{t=0}$それ自体は曲面$\Sigma$に沿ったベクトル場ですから, 接空間の分解$\mbb{R}^3=T_x\Sigma\oplus\langle N \rangle$にしたがって,
\begin{align}
V=X+\phi N, \quad X\in \mathfrak{X}(\Sigma),\, \phi\in C_0^{\infty}(\Sigma)
\end{align}
と分解しておきます. $t=0$で$\{F_i\}$は$T_x\Sigma$の正規直交基底になるので, $\Sigma$に沿ったベクトル場$V$に対する発散が
\begin{align}
\divS{V} =\sum_{i=1}^{2}\inn{\nabla_{F_i}V}{F_i}
\end{align}
で与えられますから,
\begin{align}
\left. \frac{d}{dt}\right|_{t=0}\nu(t)=\divS{V}=\divS{X}+\divS{\phi N}
\end{align}
と計算されます. 前回も計算したように, 法成分の発散は
\begin{align}
\divS{\phi N}&=\sum_{i=1}^{2}\inn{\nabla_{F_i}(\phi N)}{F_i}=\phi\sum_{i=1}^{2}\inn{\nabla_{F_i}N}{F_i}+\sum_{i=1}^{2}d\phi(F_i)\inn{N}{F_i}\\
&=\phi\sum_{i=1}^{2}\inn{\nabla_{F_i}N}{F_i}\\
&=-2H\phi
\end{align}
となります.
このことと発散定理により, 面積の変分は
\begin{align}
\left.\frac{d}{dt}\right|_{t=0}\area{\Sigma_t}=\int_{\Sigma}\divS{X}+\int_{\Sigma}\divS{\phi N}=-2\int_{\Sigma}H\phi=-2\int_{\Sigma}H\inn{V}{N}
\end{align}
と計算されます. これにより, 第一変分公式が証明されました. お疲れ様でした.
さて, 変分法の基本補題によれば,
\begin{align}
\left.\frac{d}{dt}\right|_{t=0}\area{\Sigma_t}=0 \iff H=0
\end{align}
が$\phi$の任意性から成り立ちます. こうして, 次のような定義に至ります.
平均曲率が至る所$0$であるような曲面を極小曲面と呼ぶ.
向き付けられない(より厳密には裏表のない(one-sided))曲面に対しては, 大域的な単位法ベクトル場の非存在性から今回のような変分計算はできません. ところが, どんな曲面にも局所的には単位法ベクトルは存在するので, 各点において平均曲率が$0$という概念自体は意味を持ちます. そのためこの場合にも, 平均曲率が$0$という条件を以って極小曲面を定義することができます.
今回は面積汎函数の変分計算を行い, 極小曲面の概念を改めて定義しました. 今回の計算はそのまま高次元の場合にも一般化ができます. その場合にもやはり「平均曲率が$0$」という条件で極小部分多様体を特徴づけることができます.
次回
は, 第一変分公式から導かれる極小曲面の幾つかの幾何学的な性質について紹介しようと思います.