この記事は "双子"な行列とその必要十分条件 という記事の続きです。今回は、前回定義した双子という性質を、自分自身の転置行列との間に持つ行列の具体例を紹介します。前回までの記事を読んでいなくてもわかるように書いたつもりです。
この記事から読み始めた人にも伝わるように、前回までの復習をしたいと思います。まず、双子という性質の定義は次のようでした。
$A=(a_{ij}),B=(b_{ij})$はすべての成分が正の$N$次正方行列とする。
$n$を正整数とする。
$$
a_{i_1i_{\sigma(1)}}a_{i_2i_{\sigma(2)}}\cdots a_{i_ni_{\sigma(n)}}=b_{i_1i_{\sigma(1)}}b_{i_2i_{\sigma(2)}}\cdots b_{i_ni_{\sigma(n)}}
$$
が任意の$i_1,\cdots ,i_n\in \{1,2,\cdots ,N\}$および任意の$\sigma\in\mathfrak{S}_n$で成り立つとき、$A$と$B$は$n$双子であるという。任意の正整数$n$に対して$n$双子であるとき、$A,B$は単に双子であるといい、$A\sim B$と表す。
そして、$A\sim B$であるかを判定するのに便利な必要十分条件が、次のように示されたのでした。
任意の$p,q,r\in \{1,\cdots ,N\}$に対して、
$$
a_{pq}a_{qr}a_{rp}=b_{pq}b_{qr}b_{rp}
$$
が成り立つことは、$A\sim B$に必要十分である。
今回は$A\sim {}^t\!A$に限るので、この場合の条件に書き直しておきましょう。
任意の$p,q,r\in \{1,\cdots ,N\}$に対して、
$$
a_{pq}a_{qr}a_{rp}=a_{qp}a_{rq}a_{pr}
$$
が成り立つことは、$A\sim {}^t\!A$に必要十分である。
後で使うときのために、この左辺において、$p$と$q$を入れ替えると右辺になることに注意しておきます。
『 パスカルの三角形の驚くべき対称性 』では、パスカルの三角形の中に作られる正方行列(すなわち$a_{ij}=\binom{a+i+j}{b+j}$)が$A\sim {}^t\!A$を満たすことを見たわけです。
では、他にそのような行列は作れないでしょうか?
$a_{ij}=f(i)g(j)$のとき、$A\sim {}^t\!A$は明らかに成り立ちます。実際、
$$
a_{pq}a_{qr}a_{rp}\\
=f(p)g(q)\cdot f(q)g(r)\cdot f(r)g(p)\\
=f(q)g(p)\cdot f(r)g(q)\cdot f(p)g(r)\\
=a_{qp}a_{rq}a_{pr}
$$
です。これはちょっとつまらないので、スルーしましょう。
この場合は、$h(i,j)$が対称式のときに成り立ちます(必要条件ではないです)。証明は上とほぼ同じなので省略します。パスカルの三角形のときの$a_{ij}=\binom{a+i+j}{b+j}$はこの型ですね。
実際に$a_{pq}a_{qr}a_{rp}$を計算してみればわかりますが、これは一筋縄では行きません。
しかし、次のようにすると、うまく$A\sim {}^t\!A$が成り立ちます。
$$
f(i)=s^i,\ g(j)=s^{-j};\ a_{ij}=s^i+s^{-j}
$$
ただし、$s≠0$とします。確かめてみましょう。
$$
a_{pq}a_{qr}a_{rp}\\
=(s^p+s^{-q})(s^q+s^{-r})(s^r+s^{-p})\\
=s^{p+q+r}+s^q+s^p+s^{-r}+s^r+s^{-p}+s^{-q}+s^{-(p+q+r)}\\
=s^{p+q+r}+(s^{p}+s^{q}+s^{r})+(s^{-p}+s^{-q}+s^{-r})+s^{-(p+q+r)}
$$
これは$p,q,r$の対称式ですので、当然$p,q$を入れ替えた$a_{qp}a_{rq}a_{pr}$に一致します。
さらに、
$$
f(i)=s^i,\ g(j)=-s^{-j};\ b_{ij}=s^i-s^{-j}
$$
とすると、
$$
b_{pq}b_{qr}b_{rp}\\
=(s^p-s^{-q})(s^q-s^{-r})(s^r-s^{-p})\\
=s^{p+q+r}-s^q-s^p+s^{-r}-s^r+s^{-p}+s^{-q}-s^{-(p+q+r)}\\
=s^{p+q+r}-(s^{p}+s^{q}+s^{r})+(s^{-p}+s^{-q}+s^{-r})-s^{-(p+q+r)}
$$
となって、やはり$p,q$を入れ替えても不変なので、$b_{qp}b_{rq}b_{pr}$に一致します。
例として、$s=\phi=\frac{1+\sqrt{5}}{2}$としてみましょう。訳あって、$a,A$ではなく$l,L$を、$b,B$ではなく$f,F$を使うことにします。
$$
L=(l_{ij});\ l_{ij}=\phi^i+\phi^{-j}\\
F=(f_{ij});\ f_{ij}=\phi^i-\phi^{-j}
$$
と定義すれば、
$$
L\sim {}^t\!L,\ F\sim {}^t\!F
$$
が成り立つという訳です。ここで、リュカ数列$\{L_n\}$およびフィボナッチ数列$\{F_n\}$の一般項を思い出すと、
$$
L_n=\phi^n+(-\phi)^{-n},\ F_n=\frac{\phi^n-(-\phi)^{-n}}{\sqrt{5}}
$$
でしたから、上で定義した行列$L,F$には、次のように対角成分にリュカ数とフィボナッチ数が交互に現れることになります。
$$
L=
\begin{eqnarray}
\left(
\begin{array}{cc}
\sqrt{5} F_1 & & & \\
& L_2 & & \\
& & \sqrt{5} F_3& \\
& & &\ddots
\end{array}
\right)
,\
F=
\left(
\begin{array}{cc}
L_1 & & & \\
& \sqrt{5} F_2 & & \\
& & L_3& \\
& & &\ddots
\end{array}
\right)
\end{eqnarray}
$$
まあ、だからどうしたという話ですが(笑)、面白いなと思ったのでこんなものも作ってみました。
$A\sim {}^t\!A$を満たす行列として、二項係数、フィボナッチ数、リュカ数が現れたということで、なかなか面白い考察になりました。他にも見つけたよという方はぜひ教えてください。
さて、パスカルの三角形の例を使うと、実はパスカルの三角形の任意の位置の任意の大きさの正方行列の行列式を求める公式が得られるのですが、それは気が向いたら記事にすることにします。
読んでいただきありがとうございました。