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高校数学解説
文献あり

ラマヌジャンの円周率公式を理解したい

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はじめに

 この記事ではラマヌジャンの円周率公式
1π=22992n=0(4n)!(n!)426390n+11033964n
を理解したくて奔走した話について語ります。

(2023/10/09 追記)
 この記事を書いてからおよそ2年半の月日が経ち、その間もこの記事は多くの人に読んでもらえているようでとても嬉しく思います。ただ、中にはラマヌジャンの円周率公式の証明を真剣に探している人たちが幾度となく訪れてはこの記事に核心に迫る内容が記されていないことに肩を落していったのではないかと考えると、昔の自分の力不足を悔やまずにはいられません。
 しかし長い間この公式と向き合い続けた末に、遂にはラマヌジャンの円周率公式について人に解説できるだけの知見が十二分に揃いましたので ラマヌジャンの円周率公式の全貌を解き明かす記事 を書きました。日本語の文献としては類を見ないほど充実した内容となっていると自負しておりますので是非ご一読ください。

前書き

 最近保形形式についての勉強をしたので長年手が届きそうになかったラマヌジャンの円周率公式にも今なら迫ることができるんじゃないかと思い、色々と調べてみることにしました。
 手始めに高校の頃読もうとして挫折した こちらのブログ を読んでみました(ちなみにこの記事のタイトルはこのブログのタイトルにあやかっています)。このブログでもラマヌジャンの円周率公式を理解すべくその証明を追うシリーズ「 ラマヌジャンの円周率公式を証明する 」をやっていましたが、途中で更新が止まっていたので そこで参考にされていた論文 を直接読んでみることにしました。
 保形形式を勉強した私にはそれなりに難なく読めたのですが、証明のあらすじを理解して「さあ、ここからどうやってラマヌジャンの円周率公式が出てくるんだ?」と思ったところ、なんと

この論文はラマヌジャンの円周率公式を証明するものではありませんでした!

これはどういうことかと言うと、Ramanujan-like formula (詳しく言えば ラマヌジャン・佐藤級数 のこと)にはいくつかの階層があって、その論文で紹介されていたのはChudnovskyの公式を中心としたレベル1の公式の証明で、ラマヌジャンの円周率公式はレベル2に属しているとのことなのです。
 ちなみにChudnovskyの公式
1π=12n=0(1)k(6n)!(3n)!(n!)3545140134n+135914096403203n+32
は現在円周率の計算において最も有効なものとして知られています。

本題

 さてじゃあレベル2の公式はどうやって証明されるのかと色々と探してみましたがなかなかどうして有効な論文やテキストは見つかりませんでした。ただ、その中でも 一番ラマヌジャンの円周率公式に迫っていた論文 について情報を集めて考察し、わかったことを以下にまとめていきたいと思います。

ラマヌジャンの円周率公式

 そもそもラマヌジャンは冒頭に挙げた式だけでなく他にも多数の円周率公式を与えていたようで、それらは
1π=n=0(12)n(1s)n(11s)n(1)n3An+BCn(s=2,3,4,6)
という形の公式になっていたそうです((x)nはポッホハマー記号)。

 例えば冒頭の公式はs=4,C=994の場合、Chudnovskyの公式はs=6,C=533603の場合になっており、実際そのことは次のようにしてわかります。
(14)n(12)n(34)n=(14)n(24)n(34)n=(123)(567)((4n3)(4n2)(4n1))43n=143n12344n48124n=143n(4n)!4nn!=(4n)!44nn!(16)n(12)n(56)n=(16)n(36)n(56)n=(135)(7911)((6n5)(6n3)(6n1))63n=163n123(6n1)6n246(6n2)6n=163n(6n)!23n(3n)!=(6n)!123n(3n)!

 ではどうやってこのような公式を構成することができるのでしょうか。

円周率公式のからくり

 ここで重要になってくるのはルジャンドル関係式、超幾何関数、そしてClausenの公式です( tsujimotterさんのブログ でも似たようなこと言ってましたね)。これらの公式については こちらの記事 で詳しく解説してあります。
 上に挙げた円周率公式の一般形をよく見てみましょう。勘の良い人はもうわかったと思いますがこれは一般化超幾何関数3F2を用いて
n=0(12)n(1s)n(11s)n(1)n3An+BCn=ACd3F2dz(12,1s,11s1,1;1C)+B3F2(12,1s,11s1,1;1C)
と書くことができます。ここでClausenの公式と二次変換公式を思い出してみましょう。

Clausenの公式

2F1(a,ba+b+12;z)2=3F2(2a,2b,a+b2a+2b,a+b+12;z)

二次変換公式

2F1(a,ba+b+12;z)=2F1(a2,b2a+b+12;4z(1z))

 この二つの公式から次のような関係が得られます。
2F1(1s,11s1;z)2=2F1(12s,1212s1;4z(1z))2=3F2(1s,11s,121,1;4z(1z))
つまり
Fs(z)=2F1(1s,11s1;z)
とおくと
n=0(12)n(1s)n(11s)n(1)n3(4z(1z))n=Fs(z)2n=0(12)n(1s)n(11s)n(1)n3n(4z(1z))n=2z(1z)12zFs(z)ddzFs(z)
という式が成り立つことがわかります。
 だいぶそれらしきものが見えてきたところで極めつけにルジャンドル関係式を思い出してみましょう。

ルジャンドル関係式

Fs(z)=2F1(1s,11s1;z),Gs(z)=zdFsdz
およびw=1zとおくと
zFs(z)Gs(w)+wFs(w)Gs(z)=sinπsπ
が成り立つ。

 このGswを使うと上の式は次のようにも書き変えられます。
n=0(12)n(1s)n(11s)n(1)n3n(4z(1z))n=2w12zFs(z)Gs(z)

なるほど、これはつまり2次方程式
4z(1z)=1C
の解をz=α,βとしたとき、解と係数の関係からβ=1αであることに注意すると、Fs(α),Gs(α)Fs(β),Gs(β)の間に何らかの関係があって
n=0(12)n(1s)n(11s)n(1)n3An+BCn=2Aβ12αFs(α)Gs(α)+BFs(α)2=αFs(α)Gs(β)+βFs(β)Gs(α)
が成り立つようなA,Bを持って来ればこの右辺が1πsinπsとなって晴れて円周率公式の完成だ!となるわけです。
 となると「じゃあ、その『何らかの関係』ってなんなの?」という話になります。しかし残念ながら私が得られた情報はここまでで、具体的なA,Bの決定については保形形式や楕円関数の理論でなんやかんやするのでしょうくらいにしかわかってません。ただ、 今回参考にした論文 ではその『何らかの関係』が具体的に求まるようなあるs,Cについての解説が載っているので少し紹介してみようと思います。

s=4,C=3の円周率公式

 さてs=4,C=3のときには以下の円周率公式が成り立つとのことです。
1π=229n=0(12)n(14)n(34)n(1)n310n+134n
これは以下の関係式を使うことで証明できるみたいです。

α(x)=64x5(1+x)(1+4x2)(12x4x2)2β(x)=64x(1+x)5(1+4x2)(1+22x4x2)2m(x)=12x4x21+22x4x2
とおいたとき
F4(α)=mF4(β)
が成り立つ。

 なんじゃこりゃ。
 一体この有理関数たちはどこから出てきたんでしょうか。こういう超幾何関数の有理的、もしくは代数的な変換による関係式は代数変換公式(algebraic transformation)と呼ばれているらしく、無数の代数変換公式が知られています。何か公式を無限に生成する魔法のようなものがあるのでしょうか(どうにも超幾何微分方程式が関わっているらしい?というのはわかりますが...)。
 ともかくこの関係式においてα=1βという方程式を考えると、その解の一つとして
x0=522
が取れるらしく、このときα,β,mにそれぞれx=x0を代入すると
α0=12259,β0=12+259,m0=15
が成り立ち、z=α0,β0は方程式4z(1z)=1/34の解となります。
 またα,β,mにもそれぞれx=x0を代入すると
α0=β0=5+227,m0=8(5+2)15
となり、
αddxF4(α)=αG4(α)=αmF4(β)+αmββG4(β)
に注意すると
F4(α0)=15F4(β0)G4(α0)=165365F4(β0)+16153605G4(β0)
という関係式を得ることができるのでこれを用いてなんやかんや計算することで
n=0(12)n(14)n(34)n(1)n313n(209n+29)=α0F4(α0)G4(β0)+β0F4(β0)G4(α0)=1πsinπ4=121π
が成り立つことを確認できる。といった具合らしいです。
 ちなみに方程式α=1βの別の解
x0=2334234i
を使えば同様にまた別の公式
1π=316n=0(1)n(12)n(14)n(34)n(1)n328n+348n
得られるのだとか。

まとめ

F4(α)=mF4(β)
を満たすような有理関数α=α(x),β=β(x)および無理関数mであって、方程式α=1βのある解x=x0についてz=α(x0),β(x0)が方程式
4z(1z)=1994
を満たすようなものがあればF4(α0),G4(α0)F4(β0),G4(β0)の間に成り立つ具体的な関係がわかって
2992n=0(4n)!(n!)426390n+11033964n=1πsinπ4=121π
であることが納得できる!
 なにかラマヌジャンの円周率公式の証明が書かれた文献を知っている人がいれば教えて下さるとありがたいです。

(2022/12/22 追記)
 約2年の時を経て遂に ラマヌジャンの円周率公式を理解しました! ぜひご一読ください。

参考文献

投稿日:2021319
更新日:2024520
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投稿者

子葉
子葉
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主に複素解析、代数学、数論を学んでおります。 私の経験上、その証明が簡単に探しても見つからない、英語の文献を漁らないと載ってない、なんて定理の解説を主にやっていきます。 同じ経験をしている人の助けになれば。最近は自分用のノートになっている節があります。

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  1. はじめに
  2. ラマヌジャンの円周率公式
  3. 円周率公式のからくり
  4. $s=4,C=3$の円周率公式
  5. まとめ
  6. 参考文献